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映画「うちの執事が言うことには」のあらすじとネタバレ!小説の結末は?

高里椎奈「うちの執事が言うことには」がおもしろい!

  • 未熟な新当主・花穎(かえい)
  • 反抗的な執事・衣更月(きさらぎ)
  • 要注意人物・赤目

この3人を中心に、とにかくキャラクターの個性や関係性が魅力的!

いわゆる「キャラもの」の小説としては満点で「もっと続きが読みたい!」とページを繰る手が止まりませんでした!

今回は映画化もされた「うちの執事が言うことには」第1巻のあらすじ・ネタバレをお届けします!

あらすじネタバレ

第1話 はだかの王様と嘘吐き執事

『引退する。後を頼む』

「…は?」

父・真一郎から届いた突拍子もない手紙により、花穎はイギリスの研究室から急きょ日本へと舞い戻った。

旧家である烏丸家の屋敷にたどり着いたのは真夜中のこと。

疲れ切った花穎(かえい)はふらふらとした足取りで自室のベッドに倒れこむと、すぐに泥のように眠ってしまった。

 

そして、翌朝。

目が覚めてすぐに、花穎は執事(バトラー)を呼んだ。

「バトラー、僕は起きたぞ」

するとすぐに扉がノックされ、上背のある若い執事が姿を見せる。

「おはようございます、花穎様。お茶をお持ちしました」

うやうやしくかしこまる執事の全身をじっと眺めてから、花穎は言った。

「…お前、誰だ?」

 

烏丸花穎、18歳。

気まぐれに引退した父の跡目を継いだ、烏丸家第27代当主。

イギリスでは大学の博士課程まで修めた俊才。

眼鏡男子。

いくら花穎が才気ある人物であるといっても、普通に考えればこの若さで当主というのは無理がある。

それでも花穎が文句も言わずに帰国したのは、鳳(おおとり)の存在があったからだ。

鳳は烏丸家に長く仕える老執事であり、その人柄は優雅で、そつなく、万能。

完璧を体現した執事の鑑たる鳳に絶大な信頼と好意を寄せていたからこそ、花穎は憂いなく当主の座を継ごうと思ったのだ。

…なのに、これはいったいどうしたことだ。

見知らぬ若い執事曰く、鳳は家令(ハウス・スチュワード)に昇格し、父の旅に付添って家を出ているのだという。

※家令…家の事務・会計を管理し、使用人の監督に当たる人

そして現在、この男…衣更月(きさらぎ)こそが使用人(フットマン)から昇格し、烏丸家の執事なのだという。

鳳の署名が入った辞令を見せられては疑う余地もない。

不承不承、花穎は言った。

「ひとまず認めよう。お前は当家の新しい執事だ」

 


 

事件が発覚したのは、その日の午前だった。

「当家に泥棒が入ったようです」

特に焦った様子も見せずに衣更月が言う。

「いつ?何が盗まれた?」

「昨日から昨夜にかけて。銀食器の一部とティーカップのセットが失くなっています」

困ったことに、内部犯の可能性が高いらしい。

となれば、おいそれと警察に届け出るわけにもいかない。

代替わりした直後に、家名に泥を塗るわけにはいかないだろう。

「犯人は僕が見つけ出す」

花穎は息まいて宣言した。

 

事件の容疑者は、烏丸家の使用人。

・運転手の駒地

・庭師の桐山

・料理人兼ハウスキーパーの雪倉叶絵…は現在、ぎっくり腰で療養中

雪倉叶絵の穴を埋めているのは

・従姉妹の片瀬優香(料理人代理)

・息子の雪倉峻(ハウスキーパー代理)

この中で該当する時間に門を出入りしたのは、片瀬優香と雪倉峻の2人。

2人とも荷物を持って屋敷から出てはいないので、盗品があるとすれば屋敷の中に隠していることになるが…どうも見つからない。

さんざん屋敷の中を荒らして回ったあと、花穎は衣更月を連れて厨房へ。

そこにいた片瀬優香と雪倉峻の会話を聞き、花穎はようやく得心した。

「衣更月、こい。犯人がわかった」

 

花穎が向かったのは、敷地の一角にあるごみ捨て小屋。

そこには今まさにゴミを捨てようとしている人物がいた。

「やはり、お前が犯人だったんだな。雪倉峻

指摘された峻は顔面蒼白。

花穎の読み通り、ゴミ袋の中にはティーセットの木箱が入っていた。

…だが、肝心の中身は空っぽ。これはどういうことだ?

問いただされた峻は、見ていられないほどビクビクした態度で一部始終について説明した。

 

…聞けば、何のことはない。

母親の好きそうなカップだな、と眺めているうちに手がすべって割ってしまった。

ティーセットは高価なもので、とても弁償できない。

ついに言い出せなかった峻は、仕方なく証拠隠滅を図った。

そういうことらしい。

「なるほど。で、銀食器はどうした?」

「え…何のことですか?」

ぶるぶる震えながらも、峻はまっすぐ目を見てそらさない。

つまり、嘘ではない。

ならば、銀食器を盗んだ犯人は別にいるということか…?

考え込みながら、花穎は峻に言い渡した。

「自宅で連絡を待て。追って処分を伝える」

「…申し訳、ありませんでした」

 


 

いくら考えても、銀食器の行方はわからない。

何一つアイデアを出さないなかりか、まともに考えてすらいないような衣更月の態度も癪に障る。

イライラが募った花穎は、つい衣更月に当たってしまった。

「鳳だったら一分で犯人を突き止めただろうに。いや、鳳がいればそもそもこんな事件など起きなかったに違いない。鳳の唯一の失敗は、お前を執事に取り立てたことだ」

花穎の言葉を聞いた瞬間、衣更月の雰囲気が一変した。

「鳳、鳳ってうるさいんだよ!鳳さんが執事じゃなくなって、一番悔しいのは俺だからな!」

「…『俺』?」

「俺は鳳さんの技に惚れこんで、何度も頼んで、旦那様に無理を言って雇い入れてもらったんだ。鳳さんに認めてもらいたくて頑張ってきたのに、フットマンの仕事にやっと慣れてきたと思ったら、跡継ぎ?」

衣更月が鋭く花穎を睨む。

「俺は、こんなクソガキの子守りがしたくて働いてきたわけじゃない!」

「クソガキ…?」

今度は花穎の頭に血が上る。

「僕だって!お父さんの跡を継いで、鳳が僕の執事になる日をずっと楽しみにしていた。お前なんか、望むどころか存在さえ知らなかったのに、いきなり現れて。仕えるフリをしながら馬鹿にしていたのか!」

「心を捧げるに値しない主人に、何を思えと?馬鹿にすることすら労力の無駄遣いだ。給金分の仕事はきちんとこなしている」

「嘘吐き!そんな奴に、執事を名乗る資格はない!」

決定的な対立。

修復不可能な決裂。

しかし、2人はこの後、いがみ合うことも忘れて笑顔を見せることになる。

…なぜか?

それは、老紳士・鳳がその場に現れたからだ。

「花穎様、お久しぶりでございます」

 


 

ひとしきり再会を喜んだあと、鳳はおもむろに事件の謎解きを始めた。

言われるがままに確認してみると、鳳が断言した通り、銀食器はいつのまにか元の位置に戻っているではないか。

…これはいったい?

「花穎様。事の起こりから説明しましょう」

結論から言えば、銀食器を盗んだ犯人は片瀬優香

といっても、正気の犯行ではない。

いくつかの条件が重なり、片瀬由香は料理酒としてワインを使おうとした。

その際、ついワインを飲みすぎてしまい、無意識のうちに銀食器をカバンに入れてしまった。

泥棒騒ぎで自分の犯行に気づいた片瀬優香は、慌てて銀食器をもとの場所に戻した。

つまりは、こういうことらしい。

謎解きの締めくくりとして、鳳が進言する。

「花穎様。古くから使用人による備品の着服は問題視されて参りました。どの雇用主にも起こりうること、対応は千差万別であったようです」

片瀬優香と雪倉峻の処分。

優しい鳳のまなざしを受けながら、花穎は考える。

ここで2人を解雇するというのは、器の大きな主人のすることではないのではないか。

「心を捧げるに値しない主人」という衣更月の言葉がよみがえる。

もっと主人としての度量を鍛えなければ、鳳どころか、衣更月にだって認められることはないだろう。

民から笑われ、見下される『はだかの王様』にはなりたくない。

ならば…

「雪倉叶絵にティーカップを、片瀬優香にはワインを一本、送り届けてやれ。雪倉峻は、母親の回復までしっかりと代役を務めるように」

「承知いたしました」

お辞儀をした鳳の目尻が笑いじわを刻んだので、花穎は密かに安堵の息を吐いた。

 

一方、衣更月はどこか気まずそうな表情を浮かべていた。

花穎が散らかし放題にした屋敷の中がこれほどまでに片付いているのは、鳳の仕事に違いない。

確認すると、鳳は師としての顔で言った。

「ご主人様に居心地よく過ごして頂くのが、執事の務めですよ。衣更月」

衣更月の耳と目元が赤くなる。その一言で、自分の至らなさに気づかされてしまった。

こんなことでは、まだまだ鳳には認めてもらえないだろう。

…そう、すべては鳳に認めてもらうため。

そのためならば、どんな試練も乗り越えてみせる。

衣更月は決意も新たに深々と花穎に頭を下げた。

「花穎様。先ほどは口が過ぎました。すべて私の不徳の致すところ、申し訳ありません」

「いや、僕も言いすぎた。すまない」

まるでケンカをした後の子どものような2人に、鳳は微笑む。

「共に成長できる、理想的な主従関係ですね」

鳳の言葉に、花穎と衣更月は同時にため息を漏らした。

(鳳は当分、手に入れられそうにない)

 


 

第2話 白黒羊と七色の鬼

事件のあと、鳳はまた姿を消してしまった。

一方、衣更月はあれ以降また従順な執事モードに入っている。

表面上は言うことを聞いてくれているが、その実、きっとまだ本当の主人とは認めてくれていないんだろう。

だって、少しは主人らしくしようとプレゼントしてみた最新流行の緑のネクタイだって、一度だって身につけてくれていない。

ならば、いつかはきっと自分から進んであのネクタイをつけさせてみせる。

衣更月が心を捧げるにふさわしい主人になってみせる。

花穎はそう固く決意した。

 

というわけで、今日は花穎の社交界デビューの日。

花穎は人ごみが苦手だしパーティーなどは好まないが、いつまでも避けているわけにもいかない。

芽雛川肇大(めひながわ かずひろ)が主催する今日のパーティーは緩い交流だけが目的の堅苦しくないパーティーだし、参加者も資産家の子どもに限定されている。

肩慣らしにはちょうどいいだろう。

 

会場に入る。

衣更月は付き人専用の部屋へ案内されたため、ここでは花穎は1人。

子息令嬢からの好奇の視線を感じながら、花穎はひとまず主催者である肇大に挨拶をした。

「初めまして。烏丸花穎だ。今日はお招きありがとう」

「ようこそ。烏丸家の新当主に来ていただけるなんて光栄だな。俺が芽雛川肇大。こちらは赤目刻弥(ときや)君」

肇大が手を向けた先には、1組の男女が座っていた。

赤目刻弥は世界的パティスリーの御曹司。

大学生にして経営の中枢を担っているという噂は聞き及んでいる。

赤目家は烏丸家と同格の旧家。

ほとんどすべての財務を鳳に委ねている花穎にとって、自分の腕で家を盛り立てている赤目は眩しい存在だった。

「はじめまして、赤目さん」

「刻弥でいいよ。こっちは連れの莉紗。フランス本店の視察に行って知り合った、モデルなんだ」

赤目はずいぶんと気さくな人柄のようだ。

しかも、フランスでモデルを見つけてくるなんて、やはりやり手なのだろう。

そんな感想を抱きつつ、通り一遍の挨拶を済ませると、花穎はその場から離れた。

 

数時間後。

花穎はトイレの個室の中でうなだれていた。

「疲れた…もう帰りたい…」

烏丸家の新当主だと名乗ってからは、絶えず人に囲まれていた。

正直、ものすごく体力を消耗した。

花穎がパーティーにうんざりしていた、その時だった。

「――――!」

か細く聞こえてきたのは…女性の悲鳴?

会場では弦楽三重奏が奏でられている。

そう遠くの悲鳴ではない。

となれば、悲鳴の発生源は…女子トイレか?

花穎は恥じらいを捨てて、女子トイレに突入する。

「失礼する!僕は男だ、入るぞ!」

そこで花穎が目撃したのは、個室の中で倒れている莉紗の姿だった。

呼吸はあるが、意識はない。殴られた衝撃によるものか、鼻から血を流している。

「莉紗さん!」

花穎が莉紗に手を伸ばした、その時だった。

「今の悲鳴はなんだ!」

肇大、赤目、その他大勢の招待客が駆けつけてきた。

彼らの目に映ったのは倒れている莉紗と、莉紗に手を伸ばしている花穎。

一瞬で顔をこわばらせると、芽雛川肇大は言った。

「花穎君…君が、そんな事をするなんて」

「え」

誰がどう見ても、花穎は第一発見者ではなく最有力容疑者だった。

 


 

目を覚ました莉紗は、犯人の顔を覚えていなかった。

これでは花穎の無実を証明できない。

頭を抱える花穎に肇大が言う。

「花穎君、これは立派な傷害事件だ。でも、烏丸家を継いだばかりの当主を通報するのは忍びない。幸い、ここには警察幹部の息子も数人いる。みんな、君の味方だ」

肇大はこの場の全員で口裏をあわせて事件をもみ消すという。

しかし、それではこの場の全員に借りをつくってしまうことになるし、何より烏丸家の家名に傷がつく。

それは執事を持つに値する当主が選んでいい選択肢ではない。

ならば、とるべき行動はひとつだけだ。

「犯行現場を調べさせてくれないか?無実を証明する」

 

女子トイレを調べる花穎を、肇大や赤目、他の招待客が興味深そうに眺めている。

3つある洗面台のうち、真ん中のものは液体石鹸のディスペンサーが詰まっているのか、ポンプを押すと液体石鹸があらぬ方向へと跳ねた。

「見つけた」

そうつぶやくと、花穎は真犯人の方を振り返った。

「犯人は君だ。芽雛川肇大さん」

 


 

謎解きは手短に行われた。

1.犯行時、悲鳴は弦楽三重奏にさえぎられて、会場の人間には聞こえなかったはず。それなのに肇大は「今の悲鳴はなんだ」といって駆け込んできた。

2.肇大のネクタイが犯行前後で換わっている。

この2つの事象が示す答えは…

「犯人はここで莉紗さんを襲った。平手打ちされた莉紗さんは気を失い、犯人は逃げようとして手についた口紅に気がついた。犯人は洗い流そうと中央の洗面台を使ったが、ソープディスペンサーが壊れていて、ネクタイに石鹸がかかってしまった。だから、急いでネクタイを換えて、悲鳴に気がついたフリをして第一発見者になった」

花穎の推理を否定するため、肇大が反論する。

「俺はネクタイなんか換えてない」

確かに、花穎が推理を披露した今でも、誰も肇大のネクタイが換わっているかどうか判別できないようだ。

とても似ているピンク色。

だが、花穎にだけはその違いがはっきりとわかる。

「僕は生まれつき、色彩感知能力が『違う』んだ」

いつだって花穎の目に正しい色は映らない。

それは花穎にとって忌むべき異常。

他の人と同じ色が見えないということが、どれほど辛いか。

狂った色彩しか目に映らないということが、どれほどのストレスになるか。

普段は眼鏡をかけて色彩の見え方を抑えているが、それだって気休め程度。

まして、今の花穎は眼鏡をかけていない。

だから、今の花穎は途方もない心労をため込んでいるし、肇大のネクタイの色の違いがはっきりとわかる

そして、それは犯行前に撮られた写真としっかり比較すれば明らかになる事実だった。

 


 

「その話、本当ですか?」

人垣を割って前に進み出てきたのは、被害者の莉紗。

良心の呵責に耐えているようなその様子から、花穎は莉紗の『嘘』に気がついた。

「莉紗さん、あなたは僕が犯人ではないことを知っているのではありませんか?」

花穎の言葉に応えて、莉紗は覚悟の表情で告白する。

「この人です」

莉紗が指さしたのは、芽雛川肇大。

「一緒に遊びに行こうって誘われて、断っても何度も、お手洗いまでついてきて、強く拒んだら殴られました。すみません。わたし、何も話すなと言われて。ごめんなさい!」

被害者の証言により、真犯人は決した。

肇大は開き直って言う。

「え?悪いの俺?可愛かったから、ちょっとふざけただけだろ?」

悪びれる様子のない肇大に、花穎は怒気をはらんだ声で告げた。

「ふざけた?肇大さん、君が言ったんだだろう?『これは立派な傷害事件だ』」

 

ここで幕引きだったら、どんなに良かったことだろう。

しかし、残念ながらこの事件には後味の悪いエピローグが用意されていた。

「俺が犯人?そんなこと、みんな分かっているんだよ!」

肇大の捨て台詞で、花穎はようやく気付く。

招待客はみんな、見て見ぬふりをしようとしていたのだ。

上流階級同士の腐った『思いやり』

そこに加えて、烏丸家に貸しをつくっておこうという計算。

…だから、社交界は嫌いなんだ。

冷ややかな軽蔑の視線を招待客たちに投げてから、花穎はその場から去った。

 

花穎の背中に無礼な言葉を浴びせかけていた肇大は、なぜか衣更月のローリングソバットをモロに食らって倒れこんでいた。

どうやら間接的に鳳まで侮辱されたと判断し、怒りが抑えられなかったらしい。

…まあ、なんというか、衣更月らしい。

 


 

芽雛川の別荘から出る直前、赤目刻弥が声をかけてきた。

「お疲れ。初めてのパーティーで、ハードだっただろ。莉紗が礼を言いたがってた」

あの騒ぎの中、赤目だけは中立的な立場を貫いていた。

だから花穎は赤目に少なからず好感を抱いていた。

その瞬間までは。

「しかし、残念だったなあ。もうちょっと盛り上がると思ったんだけど、あいつ、しゃべっちゃうんだもん。せっかく吹き込んでおいたのに、意味ないじゃん」

「吹き込んだって…?」

『何も話すな』って」

莉紗は話すなと口止めされたと言っていた。てっきり肇大に言われたものだと思っていたが、赤目が…?

「どうして赤目さんが?」

「別にどうでもよかったんだけど。成り上がりの芽雛川家の次男より、名家烏丸家の新当主がやらかした方が面白そうだったから?」

悪気もなく言ってのける赤目を見て、花穎は再認識した。

魔窟だ。

上流階級は食うか食われるか。

赤目もまた魔窟の住人だったのだ。

「じゃあな、花穎。また遊ぼうぜ」

本心の読めない笑顔で告げる赤目を背に、花穎は車に乗り込んだ。

 


 

第3話 ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家

「花穎様。表門の呼び鈴が鳴ったようです。応対に向かってもよろしいでしょうか」

「呼び鈴?僕には聞こえなかったが…」

わずかな呼び鈴の音も聞き逃さないとは、執事の習性おそるべし。

まるでコウモリだな、という花穎のつぶやきに、すでに歩き始めていた衣更月は振り返って答えた。

「執事は、決して主人を裏切りません」

やはり地獄耳ではないか…。

 

早朝の訪問客は赤目刻弥と、車イスに乗った少女だった。

赤目の来訪に警戒する花穎だったが、どうやら赤目は付き添いで、メインの客は少女の方であるらしい。

「はじめまして。久丞壱葉と申します。今年で九歳になります」

聞けば、壱葉は真一郎と『遊園地に連れて行ってもらう』という約束を交わしていたらしい。

…これは困った。

真一郎は世界のどこかを旅している。壱葉の約束は叶えられない。

真一郎の不在に今にも泣きだしそうな壱葉と、突然の修羅場におろおろする花穎。

そのなんともちぐはぐな光景を前に、赤目は提案する。

「じゃあさ、二人で行けばいいじゃん。遊園地」

「え」

「『烏丸の当主』と約束したんだろ?」

予想外の事態に混乱する花穎をよそに、赤目は愉快そうに笑った。

 


 

そうしてやってきたのは、かの有名な夢の国。

食べ歩きがしたいという壱葉のリクエストに応え、花穎は意外に重い車イスを押して園内を右往左往する。

衣更月や赤目はついてきていないので、二人きりだ。

園内を回っていると、やがて壱葉が体調を崩した。

何かの発作だろうか?

家に連絡しようとすると、両親には内緒だからと壱葉に止められる。

ならば救護室を探そうとスタッフに声をかけた花穎だったが…

「おい、本当に救護室に向かっているのか?」

「いいえ。でも暴れないでください。このお嬢さんがどうなってもいいのですか?」

「え」

次の瞬間、花穎は目隠しされ、しかも猿轡(さるぐつわ)まで噛まされていた。

(誘拐…!)

壱葉を狙った誘拐に巻き込まれたのだと花穎は即座に理解したが、だからといってどうすることもできなかった。

 

たどり着いた先で、ようやく目隠しが外される。

そこはログハウスのような木製の建物の室内。

壱葉の姿も見える。

誘拐犯である男女二人組は、単純に身代金を目的としているようだ。

無理に逆らったりしなければ、無事に帰れるだろう…。

 


 

一方その頃、烏丸の屋敷は非常事態に揺れていた。

犯人の要求は身代金。それは問題ないが…『家族が受け渡しに来ること』という条件はやっかいだ。

花穎にとって唯一の肉親である真一郎には連絡がつかない。

いっそ警察に通報するべきか…。

考え込んでいる衣更月を、なぜか居座っている赤目が愉快そうに眺めている。

そんな中、屋敷に久丞家の乳母(ナニー)である藤崎が訪れた。

優しい微笑みを浮かべながら、藤崎は衣更月に宣言する。

「久丞家に、烏丸家と手を取り合う意思はありません」

「なっ…!」

要するに藤崎は「壱葉はこっちで助け出すから、余計なことはするな」と釘を刺しに来たらしい。

…となると、警察に通報する案は却下せざるをえない。

こうなっては仕方がない。

誘拐犯は花穎が烏丸の当主であることを知らないようだ。

ならば当然、花穎の肉親の顔だって把握していないはず。

『運転手の駒地に花穎の父親を演じさせ、身代金を支払う』

この方法なら久丞にも文句は言われないだろうし、花穎を救出することもできるだろう…。

 

作戦は失敗に終わった。

犯人に駒地が花穎の父親でないことを見抜かれてしまったのだ。

身代金の受け渡しは失敗。

それどこか誘拐犯の怒りの火に油を注いでしまったらしい。

己のふがいなさに唇を噛む衣更月。

絶体絶命の状況下、烏丸家に電話をかけてきたのは…

「鳳さん!」

留守番電話で身代金の受け渡しが失敗したと知り、鳳が電話をかけてきてくれた。

すかさず衣更月は助力を求めたが、鳳は一切手出ししないという。

「どうした?たった一人の主人に仕える、一番の執事になるのではなかったか?」

「嘘つきと…執事を名乗る資格はないと言われました。花穎様は俺を信じません」

信じなくて当然だ。衣更月は判断を誤り、花穎を助けられなかった。

執事失格。

自分自身に失望する衣更月に、鳳が語りかける。

「ずいぶんと諦めが良くなったようだね、衣更月?」

「!」

ハッとした。鳳の近くにいるために、何度断られてもしつこく食い下がった日々を思い出す。

そう。本来、衣更月はそういう人間なのだ。

「私の教えを覚えているかな?」

「主人に従い、主人を助け、守り抜くのが執事です」

衣更月は答え、自ら新たな言葉を付け足した。

「…たとえ、主人から信用されていなくとも」

「よろしい」

鳳の声がほほ笑んだ。

 

誘拐から三日。

花穎は生存確認の電話に隠して暗号を伝えてきた。

その解読が、もし衣更月の思う通りであるならば…。

衣更月はもう一度、あらためて状況を整理する。

思い返せば、違和感は最初からつきまとっていた。

誰よりもリラックスして朝食を食べている客人に衣更月は尋ねる。

「赤目様。あなたは何故、烏丸家を訪れたのですか?」

静まり返った厨房の中で、赤目はニィと口の端を上げた。

 


 

一方その頃、ログハウスでは花穎が壱葉に語りかけていた。

「壱葉さん、犯人の見当がつきました

「えっ、本当ですか?」

ひとつひとつの出来事を振り返れば、答えは明白だった。

・花穎はついでに誘拐されたはずなのに、なぜ犯人は駒地が偽物だと気づいたのか?

・なぜ壱葉はサイズの合わない重い車イスに乗っていたのか?

・なぜ園内での食べ歩きでは、わざわざ時間と労力をかけて非効率的なルートを選んでいたのか?

その答えは…

「標的は僕。首謀者はあなたですね、壱葉さん」

重い車イスと非効率的なルートは花穎を疲れさせるため、そして…

「犯人はずっと、家族に相談するよう強調していました。目的は、父ですか?

最初から壱葉の目的は真一郎だった。

だから、駒地が偽物だとすぐにわかったのだ。

 

「藤崎、来て!」

壱葉の号令で扉が開き、藤崎がログハウスの中に入ってきた。

その隣には二人組の誘拐犯も控えている。

「はじめまして、烏丸花穎様。久丞家で乳母をしております、藤崎と申します。この二人は、乳母補佐(ナースメイド)のニカと用務員の(オッドマン)のミーシャ」

久丞家は宇宙開発事業に投資しており、ロシアともつながりがある。

使用人にロシア人がいても不思議ではない。

「ひとつ確認しておきたい。今回のことは久丞家の総意か?」

「我々は久丞家の中でも、特に壱葉様にお仕えする者です」

つまり、久丞家の当主…壱葉の両親はこのことを知らないわけだ。

乳母も乳母補佐も、壱葉の年齢を考えればそろそろお払い箱になる。

だから最後に壱葉のわがままに付き合った…そんなところか。

花穎が冷静に状況を分析していると、涙目の壱葉が恨めし気な視線を向けてきた。

「どうして貴方が真一郎様の子供なんですか?わたしの方が真一郎様を百倍好きだし、わたしの方が真一郎様に千倍会いたいのに!」

壱葉の言葉によって、状況はますますクリアになった。

目的はやはり父。花穎は真一郎を釣るためのエサとして誘拐されたわけだ。

ニカと呼ばれた女が鋭い眼差しを花穎に向ける。

「そういう訳だから、あんたにはもうしばらくここにいてもらうわね」

「承服しかねる」

「なっ…!」

花穎の拒否が予想外だったのだろう。ニカは面食らった顔をしている。

「すぐに迎えが来るそうだから」

衣更月がそう言った。だから、信じて待つ。

「うちの執事が言うことには、執事は決して裏切らないらしい」

 


 

堂々とした花穎の態度に気おされたのか、壱葉がかんしゃくを起こす。

「もとはと言えば、真一郎様が悪いのです!子供相手だからと安易に約束をして、簡単に破って、破ったことも忘れてしまう。真一郎様は…わたしが子供だからわたしの気持ちを信じてくれない。信じさせてくれない」

壱葉の言葉は、どこか奇妙なものとして花穎の耳に届いた。

「君は自分を信じてくれる人しか信じられないの?卵が先か、鶏が先か、だ。皆が自分を信じてくれる人だけを信じていたら、一生、誰も信じられない」

だから衣更月が花穎のことを信じなくても、それは花穎が衣更月を信じない理由にはならない。

「僕は、あいつを信じる」

花穎がそう口にした、その時だった。

扉が外から蹴破られた。

そこに立っているのは、四角四面の執事服。

「お迎えに上がりました」

衣更月はいつも通りの涼しい顔でそう言った。

 

「どうしてここが…」

壱葉のつぶやきに執事は答える。

「花穎様はこの場所を『ヘンゼルと、グレーテルお菓子の家』と表現されました。ヘンゼルが花穎様なら、グレーテルは壱葉様。壱葉様名義の物件から、身代金の受け渡し場所に近い範囲であたりをつけ、周辺の方に人の出入りを尋ねました」

花穎の暗号は、衣更月にしっかり届いていた。

・窓から差し込む光は一定で、時間とともに変化する太陽光だとは思われない

・壱葉にはいつの間にかシャワーを浴びた形跡がある

これらのことから、ここは山中のログハウスではなく、建物内に設置されたログハウスだと推測できる。

そのことを花穎は、密かに衣更月に伝えていたのだ。

 

「急に烏丸に行くっていうから変だと思ったんだ。無理やりついていって正解」

扉からひょっこりと赤目が顔を出す。

「ちょう面白かった」

今回、赤目は単純な好奇心で動いていたらしい。

それが、たまたま久丞家にとってマイナスに働いた。

…まったく、何をしても周囲に迷惑をかけるこの男らしい。

 

これにて事件は一件落着。

花穎の指摘によって、藤崎たちが捨て身の覚悟で協力してくれていたことを知ると、壱葉はしゅんとして反省した。

「ごめんなさい」

事を大きくするつもりはない。

その一言で、誘拐事件は完全に幕を閉じた。

 


 

エピローグ

その後、久丞家には藤崎を壱葉の家庭教師に推薦する書状を出しておいた。

これで藤崎と壱葉はこれからも一緒にいられるはずだ。

 

今から振り返ってみると、あの誘拐事件は真一郎と鳳も把握していたのだろう。

知っていながら、今後の予行演習として利用したに違いない。

そうでなければ何日も電話が通じないというのは、さすがに不自然だ。

もし予想外の事態が起こったとしても、彼らにはそれに対処できる自信と余裕があった。

だから、傍観していたのだ。

「勝てる気がしない…」

当主としての器の差にガックリとうなだれる花穎に、衣更月が声をかける。

「昨日の花穎様は、烏丸家の当主にふさわしい貫禄がございました」

「!」

幻聴だろうか?まったく衣更月らしくない。

「本当か?どれ?どこが?」

「…ご自覚あってのお言葉ではなかったのですね。ラッキーパンチですか」

あ、いつもの衣更月に戻った。

「仮にも主人に向かって、なかなかの言い草だな」

「仮にも、ですか?」

まるで挑発するような衣更月の言葉に答える。

「仮じゃない。烏丸家の当主は僕だ!」

「心得ております」

衣更月は花穎の全力の主張を無関心に受け流してから、お辞儀をして去っていった。

花穎はそんな衣更月の背中を見ながら、別れ際に壱葉に言われたことを思い出す。

『花穎様。執事は決して主人より目立ってはなりません。フットマンは燕尾服や流行の服を与えられて、主人の権威を示すために着飾りますが、執事は型遅れのスーツや色の合わないネクタイをわざと身につけるのです』

衣更月がいつまで待っても与えたネクタイを着けないのは、そういう理由からだったのか。

ならば時が流れ、衣更月があの緑のネクタイを着けるころまでには、きっと自分のことを主人だと認めさせてみせよう。

花穎は心の中でそう決意した。

<うちの執事が言うことには・完>

 


 

まとめ

今回は「うちの執事が言うことには」第1巻のあらすじ・ネタバレをお届けしました!

第1話と第2話は設定紹介という感じで、本編は第3話!

まさか一緒に誘拐された少女が事件の真犯人だとは思いもよりませんでした。

花穎と衣更月の関係性がメインであるのはもちろんですが、ミステリーとしても面白かったです。

・鳳に救われた衣更月の過去とは?

・今後の花穎と衣更月の関係は?

気になる続きは2巻以降の「うちの執事が言うことには」シリーズにて!

映画『うちの執事が言うことには』の配信は?

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※配信情報は2020年6月時点のものです。最新の配信状況は各サイトにてご確認ください。

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