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「凶犬の眼」のあらすじとネタバレ!衝撃の結末とは?

柚月裕子「凶犬の眼」を読みました!

やっぱり今回も面白い!

  • 前作で殉職した大上に負けないくらい渋く魅力的な新キャラクター
  • 大上の遺志を継いだ日岡の成長と覚悟
  • 圧巻のクライマックスシーンと衝撃的なラスト

どこをとっても最高で「やっぱり孤狼シリーズはいいな」と再認識しました!

というわけで今回は、小説「凶犬の眼」のあらすじとネタバレ!

西日本で大規模な暴力団抗争が発生!そのとき日岡は…!?

小説「凶犬の眼」のあらすじとネタバレ!

日本最大の暴力団組織「明石組」

その組長と若頭が暗殺された。

実行部隊のリーダーは明石組から分裂した「心和会」の富士見亨(45)

計画を指揮した黒幕は、同じく「心和会」の中核人物である国光寛郎(35)

両名は計画を遂行すると、すぐに身を隠した。

その後、明石組は心和会への激しい報復を開始。

史上最大の暴力団抗争といわれる『明心戦争』が始まった。

明石組も警察も血眼になって富士見や国光を探しているが、まだ両名は発見されていない…。

 

★補足解説

戦争開始時の戦力差は約3倍。明石組に1万人の構成員がいるのに対し、心和会の構成員は3千人ほどでした。

また、心和会の内部構成は次の通りです。

・「浅生組」…心和会会長の浅生直巳が組長。富士見はここの若頭。

・「北条組」…仁義に厚い北条兼敏が組長。

・「義誠連合会」…北条組の傘下。国光が会長。

・「杉本組」…北条の舎弟頭であり、国光の兄貴分である杉本昭雄が組長。

 


 

日岡秀一の現在

平成2年。

尾谷組と五十子会の凄絶な抗争事件から2年後。

日岡は呉原東署捜査二課ではなく、比場群城山町の駐在所にいた。

ド田舎への左遷。

その理由は、つまるところ厄介払いだ。

大上の後継者になることを選んだ日岡は、広島県警のあらゆる不祥事を手の内に握っている。

そんな日岡を中央から遠ざけるために、いろいろと理由を用意して僻地に飛ばしたのだろう。

斎宮(※)は「3年で戻す」と約束してくれたが、当てにはならない。

※かつての上司。今は広島県警捜査四課課長

(こんな山奥で、自分はいったい何をやっているのか…)

事件など何も起きない平和な田舎での生活に、日岡は虚しさを感じていた。

 

そんな中、日岡は「志乃」で思わぬ人物と出会う。

一之瀬と瀧井にもてなされている人物。

変装しているが、間違いない。

指名手配犯の国光寛郎だ。

尾谷組初代組長の尾谷憲次は、北条組組長の北条兼敏と兄弟分。

いわば、一之瀬と国光は従兄弟の関係だ。

一之瀬が国光の逃亡を手助けしていたとしても不思議ではない。

 

緊迫した状況を前に、日岡の背中からはどっと汗がふき出す。

目の前の国光を捕まえれば、大手柄になる。

栄転し、所轄に戻れるかもしれない。

そんな日岡の計算を読んだかのように、変装した男は言った。

あんたが思っとるとおり、わしは国光です。指名手配くろうとる、国光寛郎です。のう日岡さん、ちいと時間をつかい(下さい)

「時間?」

「そうじゃ、時間じゃ。わしゃァ、まだやることが残っとる身じゃ。じゃが、目処がついたら、必ずあんたに手錠を嵌めてもらう。約束するわい」

国光はニヤリとわらうと、堂々と「志乃」から出ていった。

国光はすでに明石組のトップとナンバーツーの命を撃ち落としている。

そんな国光が、いったい何をやり残しているというのだろうか…?

 


 

潜伏

2か月後、予想外の事態が起こった。

日岡が担当する平和な中津郷地区、そこに国光がやってきたのだ。

表向きの身分は、中津郷に建設するゴルフ場の開発責任者。

なるほど、工事現場の人間なら田舎でも目立たない。

そのうえ、唯一の警察官である日岡はすでに国光の正体を知っているのだ。

警察の目から逃れる潜伏先としては、絶好の条件だといえるだろう。

 

しかし、そもそもなぜ国光は警察から逃げているのか?

ただ単に捕まりたくない、というわけではないはずだ。

国光の目的とは、いったい…?

見極めなければならない。

国光は己の欲望のために動くクズなのか、それとも仁義を貫く昔気質の極道なのか。

 

国光からの呼び出し。

配下が運転する車に乗り、案内されたのは工事現場の中のプレハブ小屋。

国光は一千万円をぽんと置き、口止め料だという。

日岡は国光を睨んだ。

「わしゃァ、しがない田舎の駐在かもしれんが、金で自分を売るような真似はせん。そこまで腐っとらん」

シンと静まり返った部屋の中、静寂を破ったのは国光の笑い声。

困惑する日岡と部下をよそにひとしきり笑うと、国光は満足そうにニヤリと笑った。

「話には聞いとったが、やっぱりあんたは、みんなのいうとおりの男やった。もし金をそのまま受け取るような人やったら、明日にでもここから身をかわそう思てたんや」

口止め料は日岡が信用に足る男かどうか試すためのテストだったということか。

そして日岡は、テストに合格した。

国光はやはりニヤリと笑うと、国光に言った。

「わしは、約束は守る男や。まあ、わしを信じてつかい(下さい)

 

国光と腹を割って話したことで、ようやくその人となりが見えてきた。

インテリヤクザとして巨額の富を築き上げる一方で、武闘派としても名を馳せる豪傑。

その人柄は侠気(おとこぎ)にあふれ、組の若い者には堅気になった時に備えて必ず何かしらの免許をとらせているのだという。

金を稼いでいるのも我欲のためではなく、獄中の組員やその家族の生活を守るため。

今どき珍しい、義理人情に厚い本物の極道。

その約束には信じるだけの価値がある。

日岡は国光の潜伏を黙認し、今しばらく様子を見ることにした。

 


 

仁正会の不穏

平成2年8月、尾谷組2代目組長・一之瀬守孝が日岡を訪ねてきた。

「実は…あんたに調べてもらいたいことがあるんじゃ」

広島県最大の暴力団組織「仁正会」

尾谷組や瀧井組が名を連ねるその組織内で、何やら不穏な動きがあるのだという。

きっかけは会長である綿船の急逝。

理事長の溝口明と本部長の笹貫幸太郎が跡目問題で争い、最後には溝口が二代目を襲名した。

溝口は刑務所に入ることが確定していたため、不在の間の守りとして、会長代行に舎弟頭の瀧井銀次、理事長には自分の組の若頭・高梨守を指名。

執行部は溝口の身内で固められ、仁正会の体制は整った…はずだった。

 

新体制になった仁正会の裏で暗躍している影。

その正体は役職を外されて一舎弟の身分になった笹貫だ。

笹貫はクーデターを画策し、旧五十子会・旧加古村組の残党である烈心会(橘一行)と接触。

さらに仁正会内の他の組織とも手を組もうと動いているのだという。

一之瀬が日岡に頼んだのは、笹貫や橘と密会していた人物の特定。

具体的には車のナンバーから持ち主を割り出してほしいという依頼だった。

 

日岡はこれを承諾。

引き換えに「今後、仁正会内部の情報を自分に流すこと」という条件を呑ませた。

 

数日後には、車のナンバーの特定が完了した。

車の持ち主の名前は富岡妙子。

甲斐田組という小さな独立団体の若頭・村越信広の情婦だ。

そして村越といえば、瀧井組の若頭である佐川義則と兄弟分。

つまり、主流派を裏切ろうとしている裏切り者は瀧井銀次…?

動機はある。

溝口はやがて三代目を高梨に襲名させるだろう。

そうなれば慣習として、高梨より上の立場にいる瀧井は引退を迫られる。

それを回避するための裏切りと考えれば理屈は通るが…

(いや、それは考えられない)

瀧井組は烈心会の前身である五十子会や加古村組と確執がある。

同じ笹貫派として手を取り合うことはないだろう。

それに瀧井が一之瀬(尾谷組)を裏切るとも考えられない。

とはいえ、笹貫派の密会に佐川が出席していたことは間違いないだろう。

佐川の独断か…?

それとも瀧井に何か事情があるのか…?

 


 

激動の明心戦争

『心和会のトップ・浅生直巳会長の自宅にロケット弾が撃ち込まれた』

日岡がそのニュースを目にしたのは、折り悪く警察の研修合宿の初日。

(国光が動く…!)

日岡は焦ったが、合宿が終わるまで中津郷に戻ることはできない。

じりじりとした気持ちを抑えつつ、日岡は与えられたカリキュラムをこなした。

 

3日間の合宿が終わり、中津郷へ戻ってくると、日岡は真っ先にゴルフ場建設予定地へとバイクを走らせた。

工事現場に国光の姿はなし。

事務員に尋ねると、ニュースの直後から姿を消しているらしい。

最悪の事態を想定しながら武器庫を確認すると、やはり中身は空っぽになっていた。

(遅かった…!)

国光は明石組への報復に出向いたに違いない。

日岡は唇を噛んだ。

 

事が大きく動いたのは、それから2日後のこと。

明石組等々力会系若狭組の組長・若狭勝次が銃撃され、命を落とした。

武闘派として知られる等々力会の中でも、若狭は行動隊長の肩書を持っていた男で、心和会への報復では先頭に立って指揮を執っていたという。

ということは…

若狭を襲撃した犯人は国光。

動機はロケット弾の報復。

 

若狭の事件以後、明石組の心和会への報復は激化した。

一週間で暴力団による発砲事件は十件を越え、何人もの幹部が負傷、または落命した。

もはや、いつ一般人に被害が及んでもおかしくない。

警察はもちろん、世間の注目も血みどろの暴力団抗争に注がれた。

 

明石組の狙いは3人。

1.心和会会長・浅生直巳

2.実行部隊のリーダー・富士見亨

3.襲撃の黒幕・国光寛郎

この3人の引退、あるいは落命こそ明石組の最終目標であり、それが達成されない限り和解はありえない。

和解がない以上、泥沼の戦争は心和会が消滅するまで続けられるだろう。

現在、両組織の戦力差はおよそ7倍。

心和会はその構成員を二千人にまで減らしていた。

 


 

国光の狙い

9月中旬、国光が工事現場に戻ってきた。

「等々力会の若狭をやったんは、あんたですか」

「あれは、わしやない。右田町の、近くやろ」

右田町には浅生組の本家がある。暗に、浅生組関係者の報復だと仄めかしているのだ。

だとすれば、国光が中津郷から姿を消した目的は何か。

日岡は、かねて抱いている最大の疑問と、それに対する推論を口にした。

「国光さん、あんたが娑婆(しゃば)に留まっている本当の理由は、明石組の組長代行と若頭の首を獲るためなんでしょう」

国光は明石組のトップとナンバーツーの首を獲った。

その上さらに、現明石組組長代行の大城隆と現若頭の熊谷元也の首まで欲しているのではないか。

それが日岡の想像だった。

 

国光は大きなため息を吐きながら、宙に視線を向けた。

「あんたには、えらい借りがある。そろそろほんまのこと、教えんといかんな」

思い出話をするような、国光の長い語りが始まる。

「わしはな、武田(明石組初代組長)を殺ったあと、すぐに心和会本部へ向こうた。反応は真っ二つや。ようやった、言うて褒めるもんと、なんぼなんでもやりすぎや、言うて怒るもんと、な」

「わしはその場で、頭下げて頼んだんや。このまま、大城と熊谷の命(タマ)とらせてくれ、言うてな。けど…幹部は全員、口を揃えて止めた。やめとき、もう勝負はついた、そう言うもんもおったし、これ以上やると手打ちができんようになる、言うて本音を抜かすやつもおった」

「正直言うとな、そんときにわしは、ああ、これでこの戦争は負けや、そう思うた。向こうが動揺しとるあんときが、明石組に勝てる最後のチャンスやったんや。そこを逃したら、負け戦になる。太平洋戦争と同じじゃ。土台、国力が違うねん。長期戦になったら、わしらに勝ち目はない。わしァ最初から、そう思うとった」

国光は戦争に負けることを予期していたという。

では何故、国光は今ここにこうしているのか?

日岡が尋ねると、国光は薄く笑い、すぐに答えを返した。

「親父っさん(北条兼敏)のためや。親父っさんに万が一のことがあったら、仇がどこであろうと、消滅するまで命ァ(タマ)とってとってとりまくったる。そのためだけに、こうしてここにおるんや」

自分の親に手をかけたら、相手を皆殺しにする。

国光の言葉に日岡は息を呑んだ。

「そんなことをしたら、間違いなく死刑になる」

国光は片方の口角を引き上げ、小さく頷いた。

「せやろな。けどヤクザやっとたら、いつでも死ねる覚悟でおらなあかん。死刑になるんも、親のためなら本望や。わしの命は、盃もろたときから親父っさんに預けてある」

国光の言葉に偽りはない。そうわかるほど、声色に信念がこもっていた。

もし北条が命を落としたら、国光は特攻を仕掛ける零戦のように突っ込んでいくだろう。

いったいどれほど激しい戦いになるのか、見当すらつかない。

一般人や警察にも命を落とすも者が出てくるかもしれない。

来るべき地獄のような惨劇を想像し、日岡は震えた。

 

よほど深刻な顔をしていたのだろう。

国光が安心させるように言った。

「心配せんでええがな。もうすぐ、今度の戦争は終わるさかい

ハッとして顔をあげる。国光の眼はこれまでにないほど柔らかい光を湛えていた。

「ほんまはな、中津郷を離れとったんは、手打ちの根回しをするためや。親父っさんに付き添うて、下水流一家の目蒲総裁と、関東成道会の磯村会長に会うとった」

国光が名前を挙げた2人は、いずれも極道界の重鎮。

その二人が仲裁に動けば、確かに明石組も手打ちを考えなければならなくなるだろう。

「手打ちに持ち込んだら、もう心配はいらん。親父っさんの身は安泰や。わしが娑婆におる意味も、のうなる(なくなる)

国光は日岡に両手を突き出すと、おどけるような仕草で手首を合わせ、手錠をかけられる真似をした。

「わしがあんたのお縄につく日も、そう遠くない、思うで。安心し。わしは、約束は守る男や」

国光の声が、遠くでかつての上司、大上のそれと重なった。

『安心せい。わしァ、約束は守る男じゃ』

それ以上、日岡はもう何も言わなかった。

 


 

英雄の歩み

一か月後、無線機から流れてきた情報に、日岡は耳を疑った。

『城山町にて人質立てこもり事件発生』

場所は例のゴルフ場建設予定地。

プレハブに立てこもっているという犯人は、考えるまでもなく国光だ。

いったい何があったというのか?

今すぐ現場に駆け付けたいところだったが、日岡はただの駐在に過ぎない。

県警レベルの事件現場に顔を出すわけにはいかない。

 

翌日、一睡もせず夜を明かした日岡に、現場の指揮を執る斎宮から連絡があった。

とにかく現場に来いという指令を受け、日岡は駐在所を飛び出した。

 

事件現場に到着。

「斎宮さん」

日岡が呼びかけると、斎宮は厳しい顔で振り返った。

「国光から、要求が出ている。人質の女性事務員と、お前を交換してもいい、とのことだ」

日岡は息を呑んだ。予想外の要求に、声を失う。

「自分と、ですか…」

「顔を知った駐在員なら御しやすい、そう考えてのことだろう」

…いや、そうじゃない。

日岡は心の中でつぶやいた。

明石組と心和会の手打ちは進行している。抗争の終わりは近い。

(国光は、俺に手錠を嵌めさせようとしているのだ)

『安心し。わしは約束は守る男や』

国光の言葉がよみがえった。

 

「日岡、すまんが…警察官として、民間人と…いや民間人の、命を、救ってくれ」

斎宮は苦渋の選択であることを感じさせるような、搾りだすような声で言う。

「このとおりだ」

斎宮が頭を下げると、その場にいる捜査員も同時に頭を下げた。

見渡す。彼らの姿は頭を下げたというより、うなだれているかのようだった。

『殉職』

日岡を除く警察関係者全員が、その最悪の二文字を想定しているのだろう。

生きて戻れないだろうと想定しながら、日岡を送り出さなければならない。

その苦しみがにじみ出ているかのように、現場には重苦しい雰囲気が漂っていた。

 

日岡はポケットに右手を入れ、ジッポ―のライターを触った。

狼の絵柄を、指でなぞる。

国光から直接危害を加えられることはないといっても、殉職の可能性は否定できない。

特殊班が突入する事態になれば、何が起きても不思議ではない。

………それでも。

耳の奥で、大上の言葉がよみがえる

『万が一のときは、頼むど』

覚悟を決めると、日岡は斎宮に告げた。

「わかりました」

 

本部への許可申請。

盗聴器付きの背広への着替え。

準備が整うと、斎宮は真剣な表情で言った。

「日岡、死ぬなよ。俺は部下の葬式にはでない。だから、俺の前に元気な姿で戻ってこい」

あたりを見渡すと、誰もが面を伏せ、唇を結んでいた。

 

いよいよ人質交換が始まった。

国光たちが立てこもっているプレハブまで百メートル。

その半ばあたりまで『道』ができている。

警察官、機動隊員、私服捜査員…大勢の警察関係者が二手に分かれて整列し、道幅二十メートルの『道』をつくっている。

両手を脇に揃え、直立不動の体勢。

全員が日岡を見つめている。

日岡が歩き出すと、その歩みに合わせて、警察官が次々に敬礼した。

 


 

手打ちと手錠

人質交換は無事に完了。

女性事務員と入れ替わりに、日岡はプレハブの中に入った。

ジェスチャーで真っ先に伝えたのは、ベルトに仕込まれた盗聴器のこと。

国光は日岡の意図を察すると、一芝居打ってから、盗聴器を破壊した。

これでやっと話ができる。

国光はニヤリと笑うと言った。

「さあ、質問タイムや」

 

「こんなことになった詳しい経緯を、教えてください」

「あれは、昨日の十一時ごろやった…」

地元住民の誰かが通報したのだろう。

気がついたときには、すでに周囲を警察官に囲まれていた。

国光はとっさに事務員を人質にとり、立てこもった。

…現在に至る。

 

「いつまで、こうやってるつもりですか」

「せやな…たぶん、明日の昼までや」

「明日の昼?」

明日、神戸の明石組本家で手打ちがある。会長の浅生とうちの親父っさんが、出向くことになっとる。下水流一家の目蒲総裁と関東成道会の磯村会長も一緒や。朝の十時に入って、何事もなければ一時間で終わる。本家の門から浅生と親父っさんの車が出てきたら、手打ちは完了したっちゅうこっちゃ。そしたら全部…しまいや」

日岡は息を呑んだ。

人質交換後、国光は警察に「明日の三時までに現金で三億円用意しろ」と要求している。

どう考えても無茶な要求だ。

しかし、国光の真の狙いは三時までの時間稼ぎだったのだ。

手打ちが無事に終わりさえすれば、あとは逮捕されてもいいと考えている。

そして約束通り、日岡に手錠を嵌めさせようとしている。

日岡は国光寛郎という男に改めて感心した。

 


 

翌日、九時五十分。

ニュースが明石組本家の様子を映し出した。

予定通り、浅生会長と北条組長の車が本家に入っていく。

あとは、車が無事に出てくれば、すべて終わり…。

国光はテレビに目を向けたまま、ぽつりと言った。

「なあ、あんた。わしと兄弟分にならへんか」

「兄弟分?」

突然のことで声が裏返る。

警察官が極道の兄弟分になるだなんて、エリートだった頃の日岡には考えもつかないことだ。

しかし、大上ならどうするか………。

目を閉じて、しばらく考える。

…大上の気配を感じた瞬間、日岡は目を開けて、じっとこちらを窺っている国光に頷いた。

「よっしゃ!」

警察官に囲まれたプレハブの中、簡略で盃をかわす。

儀式が終わると、国光は嬉しそうに日岡の肩を抱きよせた。

「兄弟、これからはタメ口や。ええな」

ひとつ息を吸ってから答える。

「わかったけえ、兄弟」

国光の目が、ニヤリと笑った。

 

午前十一時、ニュース番組が再び明石組本家の様子を映し出した。

浅生と北条の車が門を出ていく。

「よし!」

国光が声をあげ、膝を叩いた。

部屋に歓声が沸き上がる。

「終わったようやな」

国光は感慨深げに息を吐くと、立ち上がって命じた。

「おい。支度せい!」

あらかじめ、決めてあったのだろう。

国光の号令で3人の子分たちが一斉に後始末を始める。

国光の心配事は片付いた。

もう立てこもり続ける意味はない。

「表に出る前に細工せなあかん。兄弟、ちいとの間、目ェつぶとってくれ」

意味がわからないまま、目を閉じる。

「動くなよ…」

次の瞬間、頬に激痛が走った。

目を開けると、目の前には匕首を手にした国光の姿。

頬を触ってみると、ぬるりと手が血に染まった。

「大したことないみたいやな、安心せい。まァ、傷跡は残るかもしれんが…」

なるほど『細工』か。

これから日岡は拳銃を持っている男三人を一網打尽にするのだ。

無傷では不自然に思われる。

犯人たちと揉み合った際に匕首で切られたという筋書きを国光はつくろうとしたのだ。

「兄弟はわしと揉みおうて、匕首で切られたんや。ええな」

日岡はしっかりと頷いた。

 


 

十二時。

国光と子分三人を連れて、プレハブ小屋から出る。

すでに本部には『四名を制圧した。表に出る。撃つな』と伝えてある。

とはいえ、目の前には射撃姿勢の警察官がずらり。緊張からマスコミも声を潜めている。

一歩、二歩、三歩…。

ゆっくりと前進する国光たちに合わせて、向こうからも機動隊がじりじりと近づいてくる。

距離が詰まる。

「日岡!」

拡声器からいきなり、斎宮の声が流れた。

「よくやった!」

期せずして、拍手が沸き起こる。

レポーターやカメラマンも、手を叩いていた。

「兄弟、英雄やな」

前を向いたまま、少しのけぞって国光がささやいた。

 

「確保! 確保!」

続々と捜査員が押し寄せ、国光も子分も押し倒されるようにして制圧された。

県警本部の捜査員が、国光の手に手錠を嵌めようとしたその時……

「待たんかい」

国光が凄みを利かせ、睨んだ。

「手錠は、この駐在に嵌めさせたれや」

捜査員が振り返ると、そこには県警一課長の二瓶の姿。

「日岡、お前が手錠をかけろ」

捜査員は向き直ると、手錠を日岡に差し出した。

手錠を受け取る。

国光の前に立った。

国光が両手を揃え、ゆっくりと差し出した。

薄く口角をあげる。

日岡の耳に、はじめて会った夜の、国光の言葉が蘇った。

『わしャァ、まだやることが残っとる身じゃ。じゃが、目処がついたら、必ずあんたに手錠を嵌めてもらう。約束するわい』

国光は、約束を守った。

日岡は国光の手首を握ると、手錠を嵌めた。

 


 

残り火

手打ちは明石組の圧倒的勝利のうちに終結した。

国光ら4人は逮捕され、国光は無期懲役、他3人はそれぞれ懲役15年~20年を言い渡された。

ところが、明心戦争は完全には終わっていなかった。

手打ちから半年後、北条組長が命を落としたのだ。

死因は毒物(青酸カリ)

警察は自決だと判断したが、それにしては不審な点が多すぎる。

多くの人間が他殺だと直感した。

とはいえ、何かがおかしい。

明石組による報復だとすれば、毒ではなく拳銃が使われるはずだ。

舎弟頭の杉本が健在である以上、北条組のシマを狙った犯行だとも思えない。

最後に残る可能性は内部犯だが、北条組長は仁義に厚い親分として子分たちから異様なほど慕われていた。

獄中の国光に言わせれば「それだけはあり得ない」ということだ。

 

では、いったい誰が、何のために北条兼敏を手にかけたのか?

国光から真相究明を頼まれた日岡は、犯人さがしに乗り出した。

 


 

凶犬の眼

国光の逮捕から2年後(北条の事件から1年半後)

巡査部長に昇格した日岡は、国光逮捕の大手柄が認められ、広島県警捜査四課に栄転していた。

返り咲いたマル暴刑事の世界。

経験を積んだ日岡にかつての面影はなく、今では古参の刑事たちから「やり方がガミさんにそっくりじゃのう」と言われている。

大上直伝の違法捜査を繰り返す日岡。

その手のうちには大上から継いだ、県警内部の不祥事を記したノートがある。

かつての大上同様、切り札を持っている限り、組織の事情に囚われず、ある程度は自由に動くことができた。

頬の傷に触れながら、日岡は思う。

国光と盃を交わした自分は、刑事という名の極道だ。

国光同様、目的のためなら外道にでもなる『凶犬』だ。

 

現在、日岡が追っているヤマは2つ。

仁正会の内部抗争と、国光から頼まれた犯人さがし。

特に兄弟から頼まれた後者の真相究明に、日岡は力を入れていた。

 

その日、日岡は兵庫にいた。

目的は千寿光隆との密会だ。

千寿は兵庫県警一の不良刑事であると同時に、県警マル暴一の情報通としても知られている男。

350万円を支払い、日岡は千寿から情報を買った。

「北条が服毒したっちゅう青酸カリが発見されたのは、若い者が運んだコーヒーカップからや。当然、警察はコーヒーカップやら皿やらスプーンやら、指紋を調べるわな。ここで面白いもんが出てきた。杉本の指紋や。よう考えてみい。仮にも組長本人がやで、自分でコーヒー淹れるわけないやろが。そんなん、若い者の仕事や」

「まさか…!」

当日、北条の家の守りは杉本組の担当だった。

杉本ならば、確かに犯行は容易い。

しかし、動機が分からない。

杉本は北条組のナンバーツーだ。なぜ親分を手にかけたのか?

「まァ、暴対法が出来てからっちゅうもの、ヤクザも世知辛いからの。どこもシノギに汲々としとる。北条組の代紋より明石組の代紋のほうが、そりゃァ、シノギのしやすいやろ」

平成四年三月一日、新たな暴力団対策法が施行された。

千寿のいうようにその影響は大きく、多くの組がシノギに苦しんでいる。

では、杉本が北条を手にかけた理由は…自分が明石組に復帰するための手土産だったというのか。

 

国光は仁義の男だ。

北条を手にかけた犯人が身内の杉本だと知れば、きっと命をとろうとするだろう。

(兄弟…)

約束を果たすべく、日岡は国光のいる旭川へと飛んだ。

 


 

プロローグ

※以下は小説の冒頭の文章ですが、物語の時系列的にはこのタイミングの出来事です。最初に読んだ時には意味がわからない文章ですが、このタイミングで読んでみると…

面会人「そういやあ、前に墓(北条)の件で、兄弟と話をしたことがあったのう」

受刑者「鳥の糞(犯人)の話か」

面会人「なんぼ掃除しても、墓に鳥が糞を垂れていく。汚れがひどうて困っとるいう話じゃったが、それがどこの鳥かわかったよ」

受刑者「墓の向かいの林(明石組)の鳥じゃあ思うとったが、違うんか」

面会人「違う」

受刑者「そりゃあ、ほんまか」

面会人「わしもてっきり、向かいの雑木林じゃと思うとった。じゃがのう、鳥の巣はもちっと近うにあった」

受刑者「近くに?」

面会人「ああ。近くも近く。すぐ側じゃ。あんまり近すぎて、わしもすぐにはわからんかった。あれよ、墓の横にでかい杉の樹があったじゃろう。そこに、鳥はおった」

受刑者の顔が見る間に紅潮する。

信じられないという顔で、面会人を凝視している。

受刑者「間違いないんか」

面会人「間違いない。この目で確認したけ」

受刑者「…ほうか、ほうじゃったんか」

面会人「どうするんない」

受刑者「あの杉はええ樹でのう。雨の降る日は雨よけになり、暑い日には日陰をつくってくれとったんじゃ。じゃが、その樹が墓を汚しとる大本じゃァいうんなら、切り倒さにゃあいけん」

受刑者の顔が苦渋で歪んでいる。

受刑者「親父の法事までには片ァ付けるよう。組の者に言うとくわい」

 


 

その後の顛末

・杉本昭雄は遺体で発見された。遺体には激しいリンチの痕跡があった。

・浅生直巳は引退し、心和会を解散した。

・明石組のトップには若頭だった熊谷がおさまった。熊谷が組長になれたのは、間接的に国光のおかげであるため、熊谷は国光のと義誠連合会に手を出すなと厳しく命じた。

・初代組長である武田力也の弟・大輝だけは熊谷に反発。国光に報復するため、明石組から離反した。

 

平成5年、明心戦争は完全に終結。

仁正会の内部抗争も、佐川が破門され、笹貫が引退したことで幕を閉じた。

 

「志乃」で酒を飲みながら、日岡は国光の顔を思い浮かべた。

裁判官から自分が犯した罪をどう思っているのか問われた国光は、こう言ったという。

「一連の抗争で命を落としたものに対して冥福を祈ります。それが仁義というものです

仁義と正義、一文字違うだけで、意味合いは大きく異なる。

国光がしたことは正義か、と問われれば、否、と答えざるを得ない。

何があっても人の命を奪うことは許されず、その行為を容認してはいけないからだ。

だが、仁義であるか、と問われれば頷くしかない。

それがヤクザの掟だ。

抗争になれば、個人的恨みがなくても、先頭に立って相手方の命をとる。

しかし、亡くなった人の冥福は祈る。

ヤクザになれば命の奪い合いは当たり前のこと。そこに人情の入る隙間はない。

国光が言いたいのは、そういうことだったのだろう。

 

無期懲役といっても、通常なら30年ほどで仮釈放が許される。

しかし、そのためには「ヤクザを辞めて堅気になる」と宣言しなければならない。

その点、獄中の国光は「わしゃァ、死ぬまでヤクザや」と断言しているという。

国光らしい、と日岡は思った。

(…兄弟、長生きせえよ)

心の中で日岡はつぶやく。

刑務所の中にいると言っても、国光は生きている。

会おうと思えば、いつでも会える。

 

エピローグ

それは、一瞬の出来事だった。

刑務所内の工場。

男は作業に使うキリを取り出すと、深々とターゲットの胸に突き刺した。

「国光! 親分の仇や!」

国光の鋭い眼光が、男を捉える。

「われ、武田んとこのもんか」

男は頷くと、逆の手に握りしめていた彫刻刀で、国光の首の動脈を掻き切る。

「往生せい!」

非常ベルが鳴る。

何人もの刑務官が駆けつけてくる。

国光は肩を抱くように男を引き寄せると、顔を近づけた。

 

親の仇を討った男を見やる目が、ニヤリ、と笑うように歪んだ。

<凶犬の眼・完>

 


 

【解説】明心戦争や国光寛郎のモデルとは?

小説「凶犬の眼」にはモデルとなった事件が存在します。

それが史上最大の暴力団抗争といわれた『山一抗争』(1984~1989)

作中で『明心戦争』として描かれている事件のモデルがこれです。

山一抗争は山口組(明石組のモデル)と一和会(心和会のモデル)の間に勃発した抗争で、両陣営あわせて約30名の死者を出しただけではなく、警察官・市民にも負傷者を出した抗争として世間から恐れられ、最終的には550名を超える逮捕者を出しました。

抗争の背景や経過などはwikiにも詳しく書かれていますが、小説「凶犬の眼」と比べてみると、大筋においては同じ展開であることがわかります。

 

『明心戦争』のモデルが『山一抗争』であるように、作中で最も魅力的な人物・国光寛郎にもモデルとなった人物が存在します。

その人物こそ悟道連合会(義誠連合会のモデル)の会長・石川裕雄

石川氏はほとんど国光そのままの人物であり、

・山口組四代目組長・若頭を襲撃したチームの総指揮をとっていた。

・その後、さらに山口組の幹部を狙うべきだと進言したが、一和会の幹部陣に諫められた。同時に、負け戦を悟った。

・指名手配の末に逮捕され、無期懲役を言い渡された。

といった出来事を経て、現在もなお刑務所にて服役中。

石川氏は国光と同じく、自分は現役のヤクザであると表明しているため、仮釈放の望みは薄いということです。

 

小説の終盤、裁判中の国光を描いたシーンは、実はかなり石川氏の発言と重なります。

「被害者の冥福を祈っている。それが仁義というものだ」

これは石川氏の実際の発言。

「日本男児としてやらねばならなかった」「正義を貫きたかった」

裁判中のこれらの発言からは、石川氏の侠気がありありと伝わってきます。

 

『山一抗争』と『石川裕雄』

これらのキーワードについてちょっと調べてみるだけで、「凶犬の眼」の味わいがものすごく変わってきます。

体感としては、1.5倍くらい面白く感じます。

映画や小説で「凶犬の眼」に触れる前に、ちょっとだけでも基礎知識を入れておくのがおススメです。

 


 

まとめ

今回は柚月裕子「凶犬の眼」のあらすじとネタバレをお届けしました!

「孤狼の血」から続く「凶犬の眼」ですが、注目したいのは主人公・日岡の成長ぶり!

・タバコを吸うようになった(大上の遺品のライターを使うため)

・広島弁で話すようになった

そして何より

・極道である国光と兄弟分の盃をかわした

という変化を経て、日岡は一段と「大上の後継者」らしく成長しました。

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『暴虎の牙』あらすじネタバレと感想!堂々たる完結に大満足柚月裕子『暴虎の牙』を読みました! 映画化もされた『孤狼の血』シリーズの完結作(3作目) https://wakatake-...


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