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『セイレーンの懺悔』ネタバレ解説!意外すぎる真犯人とは?

中山七里『セイレーンの懺悔(ざんげ)』を読みました!

中山七里作品といえば「ラストのどんでん返し」が醍醐味ですが、今作でもバッチリひっくり返してくれました!

まさか、あの人が真犯人だったとは……!

というわけで今回は、小説『セイレーンの懺悔』のストーリーを意外すぎるラストまでまるっとネタバレしていきたいと思います!

ぱんだ
ぱんだ
いってみよう!

あらすじ

不祥事で番組存続の危機に陥った帝都テレビ「アフタヌーンJAPAN」

配属二年目の朝倉多香美は、里谷太一と起死回生のスクープを狙う。

そんな折、葛飾区で女子高生誘拐事件が発生。

被害者は東良綾香、身代金は一億円。

報道協定の下、警察を尾行した多香美は廃工場で顔を焼かれた綾香の遺体を目撃する。

綾香がいじめられていたという証言で浮かぶ少年少女のグループ。

主犯格の少女は過去の性犯罪事件の犠牲者だった。

マスコミは被害者の不幸を娯楽にする怪物(セイレーン)なのか――。

葛藤の中で多香美が辿り着く衝撃の真実とは。

報道のタブーに切り込む緊迫のミステリー。

(文庫裏表紙のあらすじより)

作品のテーマ

『セイレーンの懺悔』は報道の在り方を問う異色の作品です。

なにが異色かというと、マスコミのダメな部分に歯に衣着せず言及しているんですね。

曰く、

『報道は他人の不幸を娯楽にしている』

『視聴率至上主義で、過激さばかり追い求めている』

などなど……。

加害者・被害者の家に大挙して押しかけて、ハイエナのようにコメントを求める報道関係者の図がたびたび問題になったりしますが、この小説ではそうしたマスコミの《醜さ》を容赦なく描いています。

そんな作品を槍玉にあげられた当のメディアが取り上げるわけがありませんよね。

だから『セイレーンの懺悔』はドラマ化不可能の問題作とされてきました。

しかし、読んでみるとこれがめちゃくちゃおもしろい!

ここまでで「小難しい本なのかな」とイメージされたかもしれませんが、二転三転するミステリーといい、魅力的な登場人物たちといい、一度読み始めたら止まらなくなるくらいエンタメな物語です。

このたびWOWOWでまさかのドラマ化が決定しました(※後述)が、そちらもきっとおもしろくなるはずだと確信しています!

主な登場人物

朝倉多香美

報道の世界に染まっていない新人局員。

未熟さや青臭さが目立つが、とある失敗を境にジャーナリストとして急成長していく。

妹を殺された過去がある。

里谷太一

多香美とタッグを組んでいるベテラン局員。

非常に優秀で、社会部(≒報道部)のエースと評されている。

多香美とは先輩後輩というよりも、師匠と弟子のような関係。

宮藤賢次

警視庁きっての優秀な刑事。

報道関係者を嫌っているが、一方で里谷のプロ意識は認めている。

30代半ばで身長は180㎝ほど。イケメン。


ネタバレ

あらすじにもありましたが、中盤までの流れはこんな感じ↓

  1. 不祥事が連続して番組存続の危機!
  2. 一発逆転するにはスクープしかない!
  3. 女子高生誘拐事件が発生!
  4. 被害者が遺体で発見される……。
  5. 誘拐は偽装だった?
  6. 犯人らしき不良グループが判明!
  7. 特ダネだ!

多香美たちが手に入れた大スクープによって、報道番組「アフタヌーンJAPAN」の視聴率はうなぎのぼり!

一件落着かと思われたそのときでした。

 

大誤報

 

警察が逮捕したのは、多香美たちがまったくマークしていなかった別の犯人グループ。

「アフタヌーンJAPAN」は事件とはまったく無関係の少年少女たちを(モザイクありとはいえ)犯人であるかのように報じてしまっていたのでした。

  • 世間からの非難
  • 視聴率の低下
  • 局からの懲戒処分

誰もが顔を青くしましたが、本当の問題は別のところにあります。

多香美の頭に真っ先に浮かんだのは、それまで主犯だと思い込んでいた少女(仲田未空)のことでした。

性犯罪の被害に遭うという辛い過去を持つその少女は、つい先日、手首を切って病院に運ばれたばかり。

もし未空が犯人だったのなら、厳しいながらも自業自得だといえたかもしれません。

しかし、未空は事件とは無関係でした。

想像するだけで恐ろしいことです。

まったく関係のない事件の犯人だと報道され、連日マスコミ各社から厳しい言葉を投げつけられ、精神的に追い詰められて……。

「被害者の無念を晴らしたい」

「二度と同じような事件を起こさないために」

多香美が信じた正義は、実際にはただの理不尽な暴力でしかありませんでした。


報道という凶器

いったいどうしてこんな誤報が起こってしまったのでしょうか?

東良綾香はいじめられていて、仲田未空はいじめの主犯格でした。

未空は不良グループの一員であり、美人局で小遣いを稼ぐような悪事にも手を染めていましたし、犯行時刻のアリバイもありませんでした。

そして極めつけは、クラスメイトである生方静留(うぶかたしずる)の証言です。

  • 事件当日、未空はしつこく綾香につきまとっていた
  • 綾香は未空たちに取り囲まれて校門を出ていた

状況証拠としては十分で、なるほど確かに未空が犯人であるように思われます。

 

けれど、もしも情報が意図的につかまされた嘘だったとしたら?

 

結論からいえば、生方静留の証言は真っ赤な嘘でした。

事件当日、綾香と未空が一緒に校門を出たという事実はなかったのです。

では、なぜ静留は報道関係者に偽の情報を流したりしたのでしょうか?

その理由は……

※以下、小説から一部抜粋

…………

「何故、俺たちにガセネタを掴ませた。いまさら君の責任を問うつもりはない。だが言え。仲田未空に恨みでもあったのか」

「悪いのは未空よ。あいつが彼にちょっかい出したりするからこうなるんだ」

「彼? 何だそれは」

「同じクラスの冴木道久くん。最近、未空が道久くんに色目を使い始めて……」

要約すると話はこうだ。

静留と付き合っていた冴木道久なる男子が最近、よそよそしくなった。

原因は未空が話しかけたのをきっかけに二人の仲が急接近したからだという。

「それで、未空が警察沙汰に巻き込まれれば道久くんの目が覚めると思って……どうせ元から未空は不良だったし」

多香美は堪えきれず声を出した。

「あなた、そんなことのために嘘を吐いたの?」

…………

報道は社会全体に大きな影響を与えます。

大きな力には相応の責任がともなうわけで、たとえば偽情報に踊らされないようにしっかり裏づけをとることは義務だといってもいいでしょう。

今回の誤報は、一発逆転に目がくらんで裏づけを怠った多香美たちの落ち度です。

警察や司法にとっての冤罪がそうであるように、報道にも他人の人生を狂わせるだけの暴力性があり、だからこそ絶対に誤報だけは起こしてはいけないという自覚が多香美には不足していました。

犯人グループの一味だと誤報された少年のセリフが印象に残っています。

「警察は手錠や拳銃を持っているだけで凶暴なんだ。マスコミはニュースを流すだけで暴力なんだ」


事件の真相

東良綾香を殺害したのは、LINEでつながっていた(つき合いの浅い)友達グループでした。

  • 織川涼菜(16)
  • 櫛谷友祐(17)
  • 坂野拓海(20)
  • 杉浦剛大(20)

このうち涼菜だけが綾香の友だちで、櫛谷はその彼氏。

坂野と杉浦は櫛谷の先輩という関係性です。

では、いったいなぜ彼らは綾香の命を奪ったのでしょうか?

きっかけは「(櫛谷友祐は)キモい」という綾香のなにげない発言でした。

彼氏を悪く言われて腹が立った涼菜が他のメンバーに声をかけて、綾香をリンチしたという次第です。

ぱんだ
ぱんだ
たったそれだけ!?

もちろん涼菜たちに殺意はありませんでした。

殴る蹴るの暴力を振るっても、武器を用意していなかったのがその証拠です。

ただ、集団心理とは恐ろしいもので、暴力に身を任せているとどんどんエスカレートしてしまい、ブレーキが踏めなくなってしまうものです。

「自分たちは不当な評価を受けている」という日常の不満(ストレス)も暴力を加速させ、結果としてやりすぎてしまったということでした。

身代金を要求して誘拐事件のように見せかけたのは、捜査をかく乱するための偽装工作でした。

そもそも最初から、一般家庭に一億円もの無茶な身代金を要求するという経緯は不自然なものでした。


粛清

大誤報への罰として、「アフタヌーンJAPAN」にはスタッフ総入れ替えという処分が下されました。

ディレクター(兵頭)はADに降格。

里谷はバラエティ番組専門の関連会社(下請けの制作会社)に島流し。

厳しい処分が下されるなか、しかし多香美だけはお咎めなしで、そのまま番組に残れることになります。

というのは、里谷が庇ってくれたから。

目先の欲に目がくらんでいたディレクターとは違って、里谷は最初から誤報の危険性を考慮して慎重になるべきだと主張していました。

しかし、いくら社会部のエースといっても、上司の決定には逆らえません。

そこで里谷は誤報の責任がすべて自分にあるように見せかけ、いざというときに多香美を守れるようにしていたんですね。

多香美は自分よりも里谷が残るべきだと(元ディレクターの兵頭に)訴えますが……。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「里谷さんがわたしを庇った理由が理解できません。誰がどう考えたって、里谷さんが報道局に残留すべきでした」

「そういう人間だから、責任を問われる場合には一番先に目をつけられる。たらればの話になるが、お前を庇わなくても、あいつは処罰の対象にされたさ。社会部のエースを人身御供に差し出さなきゃ、とてもじゃないが示しがつかんからな。お前を残そうとしたのは、あくまであいつの我がままだ」

「我がままって……それだけの理由でわたしはお咎めなしにされたんですか」

「去りゆく人間の、最後の我がままだからな。聞かずにはおれん」

…………

こうして多香美はひとり「アフタヌーンJAPAN」に残されました。

これまでずっと里谷にくっついていただけなので、これからなにをすればいいのか右も左もわかりません。

けれど、多香美にはやるべきことがあります。

去っていった里谷の最後の言葉が、多香美の背中を力強く押していました。

里谷「絶対に手を抜くなよ」

多香美「もう……教えてくれる人がいません」

里谷「必要なことはもう充分学んだはずだ。後は忘れなければいい」


残された謎

『本当に事件は終わったのだろうか?』

いまだに捜査を続けているらしい宮藤刑事の姿に、多香美はふと疑問を抱きます。

綾香の死因は首を絞められたことによる窒息で、その遺体は廃工場に放置されていた希硫酸で焼かれていました。

いくら集団心理が働いたといっても、「キモい」というたった一言からそこまで凄惨な事件に発展するものでしょうか?

犯人側の弁護士にアプローチしてみると、涼菜たち犯人グループは暴行の事実を認めている一方で、

  • 首を絞めてはいない
  • 顔の焼けただれにも覚えはない

このように供述しているといいます。

ここで事件当日の流れを振り返ってみましょう。

涼菜に呼び出された綾香は廃工場へ出向き、櫛谷たち四人から殴る蹴るの暴行を受けました。

ぐったりした綾香に満足した犯人グループは廃工場を去ります。

後になって不安になった犯人グループは綾香の様子を確認するため廃工場に戻るのですが、そのときにはもう綾香は亡くなっていました。

慌てた犯人グループは東良家に身代金を要求する電話をかけて誘拐事件のように見せかけ、解散。

最後には監視カメラの映像や現場に落ちていた毛髪などが決め手となり、逮捕されました。

この時系列からわかるのは、誰も綾香がこと切れた瞬間を目撃していないということです。

一見、綾香はリンチによって衰弱して時間差で亡くなったように思われますが、あくまで死因は窒息です。

犯人グループの供述を信じるなら、涼菜たちが廃工場から離れていた空白の時間に、別の何者かが綾香の首を絞め、その顔を焼いたということになります。


真犯人

多香美はさらに事件の真相を探り、『ある人物』にこれまで見えていなかった別の側面があることに気づきます。

夜、人目を忍ぶようにして事件現場(廃工場)に出向き、なにやら探している様子の『ある人物』

明らかに不自然な行動です。

多香美は『ある人物』を追って、廃工場に乗り込むのですが……

 

大ピンチ!

 

『ある人物』は多香美の尾行に気づいていました。

まんまと人気のない廃工場までついていってしまった多香美は、殴り倒されて拘束されてしまいます。

??「不思議だよなあ。今からあんたを殺そうとしているのに、自分でも驚くくらい落ち着いているんだ。きっとあんたが二人目だからだろうな。綾香の時には慌てふためいて、ろくすっぽ生死も確かめないままに飛び出しちまった」

男はやはり事件の真犯人でした。

しかし、大スクープを耳にした多香美は、今まさに二人目の犠牲者になろうとしています。

もうダメだ……多香美が諦めかけた、そのときでした。

 

「東良伸弘、殺人未遂の現行犯で逮捕する」

 

宮藤刑事が駆けつけてくれたおかげで、多香美は間一髪、命を拾ったのでした。

ぱんだ
ぱんだ
ていうか、犯人誰!?


本当の真相

事件の真犯人は、被害者の父親でした。

といっても、血のつながりはなくて、綾香にとっては「母親の再婚相手」にあたる人物です。

物語中盤までは「娘を亡くした父親」として違和感なくふるまっていた伸弘でしたが、その実態はかなりのダメ男でした。

  • ろくに働かない
  • パチンコ屋に入り浸る
  • プライドだけは高い

この三行だけでも「あ、クズだな」と理解できると思います。

そんなどうしようもない男ですから、多感な時期の綾香が好感を抱くわけがありません。

東良家の家計を支えているのは仕事をかけ持ちしている母親の律子であり、伸弘はほとんどヒモみたいな存在でしたからね。

常日頃から綾香と伸弘は目も合わさない間柄だったといいます。

では、東良伸弘はずっと綾香を亡き者にしようと狙っていたのでしょうか?

答えは「No」です。

いくら妻の連れ子が生意気で気に食わないからといっても、「じゃあ、殺してしまおう」とは普通考えませんよね。

事件の全貌は、次のようなものでした。

※以下、小説より一部抜粋

…………

そして、事件当日の七月二十三日がやってくる。

綾香がLINE上で織川涼菜と会話している最中、涼菜が付き合っていた櫛谷友祐について不用意な発言をしてしまう。

それに憤慨した涼菜が友祐に告げ口し、友祐は先輩の杉浦剛大と坂野拓海を巻き込み、やがて綾香は四人の待つ廃工場に呼び出される。

綾香への暴行が始まり、集団心理と日頃のストレスが相乗効果となって四人の行為は暴走する。

綾香はぐったりとして動かなくなる。

この時点で四人は綾香がただ意識を失っただけだと思い込んでいた。

(宮藤)「その時点で綾香は死んでいなかった。意識を取り戻した綾香は自宅に助けを呼んだ。だが母親はまだ仕事から帰っておらず、自宅の固定電話に出たのは伸弘だった。SOSを聞いて伸弘は廃工場に駆けつけ、綾香を介抱しようとする。だが信じていたLINEの友人から手痛い裏切りに遭って傷ついた綾香はキレて、伸弘を罵倒し始める」

「ひどく汚い言葉で罵ったそうですね」

「彼女はこう言ったそうだ。あんたなんか本当は呼びたくなかった。父親面しているけど、お母さんの収入に頼って生きているただの寄生虫じゃないかってな。他にもDQN(ドキュン)やらゴミクズやら本人には耳の痛い言葉を吐いたらしい。日頃から劣等感を抱いていた人間が聞けば容易に逆上してしまう言葉だったんだろうな」

(中略)

そして怒りに我を忘れた伸弘が発作的に綾香を絞殺する。

「綾香は薬品入りのプレートに顔を突っ込む。その際、伸弘はジャージを着ていたんだが、このジャージのポケットに入っていたパチンコ玉が弾みで現場に転げ落ちた(※)。だが伸弘はそれに気づかず、そのまま現場を立ち去った。

そこに杉浦たちが入れ替わりの形で戻ってくる。自分たちのしたことに急に不安を覚えたからだが、なんと綾香は死体となっていた。恐怖に駆られた四人は自分たちの犯行を晦(くら)ますためにその場で偽装誘拐を思いつき、綾香の自宅に電話をかけた

……と、これが一連の流れだ」

伸弘が廃工場に戻ってきたのは、落としたパチンコ玉を探すためだった。

しかし、パチンコ玉は警察に回収されていて、指紋つきのそれの存在によって警察は(涼菜たちを逮捕した裏で)伸弘のことをマークしていた。


深い闇

綾香の命を奪った犯人は伸弘です。

これは揺るぎない事実であり、警察の捜査もここで終わります。

しかし、物語にはさらに《裏の裏》とでも呼ぶべき後味の悪すぎるラストが待ち構えていました。

ぱんだ
ぱんだ
……ごくり

考えてもみてください。

いくら友達に裏切られたばかりで、継父のことを毛嫌いしていたとしても、わざわざ助けに来てくれた伸弘に対していきなり口汚く罵るというのは不自然ではないでしょうか?

綾香だってバカではないのですから、逆上した伸弘に危害を加えられてしまう可能性ぐらい頭に浮かんでいたはずです。

少しだけ先回りしてネタバレすると、実はこのときの綾香は「いっそ殺されてもいい」と思うほど深く絶望していました。

では、いったい何がそこまで綾香を追い詰めたのでしょうか?

先ほど宮藤が多香美に説明した事件の一部始終ですが、実はひとつだけ重要なピースが抜けていました。

それは……

※以下、小説より一部抜粋

…………

(宮藤)「杉浦たちがいったん立ち去った午後九時から最後の電話までの約二十分間、綾香さんは何度も何度も同じケータイに電話をかけています。その数、実に二十四回。この事実が示しているのは、つまりこういうことです。

綾香さんは意識を取り戻してから同一人物に何度も助けを求めていた。

二十分間、連続二十四回。しかし、その相手は遂に一度も電話に出ることがなかった。

それでやむなく綾香さんは自宅の固定電話に連絡先を変更したんです。ところが電話に出たのは伸弘氏で、綾香さんの求めていた人物ではなかった。

だから救出に来てくれても綾香さんは絶望したのです。

助けてほしかったのは別の人物で伸弘氏ではなかった。綾香さんが伸弘氏を口汚く罵ったのは、助けを求めた人物に裏切られたと思ったからです」

(中略)

(宮藤)「いいや。当日、あなたは九時ちょうどに仕事を終えてタイムカードを押している。私服に着替えて帰宅準備をする間、あなたには電話に出る時間が十分にあった。

でも、あなたはあえてそれを無視した。それが結果的に綾香さんの首を絞めることになったんです」

…………

宮藤のセリフに登場する《あなた》

もし、《その人物》が電話に出ていれば、綾香はまだ生きていたかもしれません。

つまり、本質的に綾香にとどめを刺したのは、電話を無視した《その人物》であるともいえます。

《その人物》の正体は……

 

「綾香さんが求め、何回も連絡を取ろうとした人物は律子さん、あなたでした」

 

ぱんだ
ぱんだ
え、誰!?

東良律子は、東良綾香の母親です。

たったひとりの味方だと信じた実の母親に裏切られたからこそ、綾香は深く深く絶望したのです。

ここから律子は「どうして電話を無視したのか?」という理由について語りだすのですが、それはもう胸くその悪い、人間の心の闇を煮詰めたような話でした。

あまりにもゾッとするシーンなので、一部ご紹介します。


かく語りき

「東良(伸弘)に生活能力がなかったために、わたし(律子)は昼も夜も働き通しでした」

許しを乞うでも弁解するでもなく、あたかも世間話をするようなしゃべり方だった。

「朝七時半に家を出て、夕方五時までスーパーで働き、いったん家に戻って家族の夕飯をこしらえてからハンバーガー・ショップのパート。帰ってくるのはいつも午後十時。そんな生活を二年近くも続けていれば、いい加減嫌にもなります」

その時、多香美の口から、叫びのような言葉がついて出た。

「仕事で疲れることと綾香さんからの着信を拒否することと、何か関係があるんですか」

多香美から質問されるのが意外だったのか、律子はわずかに眉を上げて見せる。

「高校に入学してから、ずっと綾香は問題児でした。クラスでいじめられるたびに早退してきて、部屋にこもるし、勉強せずにスマホばっかりいじるようになるし、わたしとさえ会話しなくなるし、担任の先生からは出席日数が足りないと小言を言われるようになるし……くたくたに疲れて帰ってきた身に、そういう話はなにより堪(こた)えるんですよ」

折角可愛がってやった猫が全然なついてくれない――そんな口調だった。

「は、母親じゃないですか」

「あなたは母親になったことがあるの?」

律子は多香美をからかうかのように訊く。

「学校で問題を起こし、家の中ではろくに口も利かなくなり、何を考えているのか全然わからなくなった娘を抱えながら、日がな一日働かされる母親の気持ちがわかるっていうの? 相談したくても、愚痴をこぼしたくても、五歳児のたわごとみたいな話を繰り返す亭主には何を言っても通じない。そんな女房の気持ちがわかるっていうの?」

反論してやりたいと思った。

だが多香美の唇はこわばって開かない。

空気がひどく澱(よど)んでいる。

「一日の仕事が終わって家に帰る途中、娘から着信が入る。どうせろくな用じゃない。わたしがそう思うのは、そんなに責められることなんですか」

終始穏やかな目。

不意に多香美は合点した。

これは感情の一部を放棄した人間の目だ。

辛いことから意識を遠ざけるために、回路を自ら切断した人間の目だ。

「刑事さん」

「はい」

「わたしがあの娘からの電話に出なかったことは、何か罪に問われるのでしょうか」

どこか勝ち誇ったような言い方だった。

思わず腰を浮かしかけたとき、工藤の腕に押さえられた。

「罪に問われるかどうかはともかく、あなたを裁く条文はありませんね」

「それなら安心しました」


結末

宮藤が認めたように、律子が法的に裁かれることはありません。

しかし、司法が沈黙せざるを得ないとしても、報道にはやれることがあります。

多香美は名前を伏せた上で、綾香が最後に《とても親しい人物》に何度もSOSを送っていたことを電波に乗せました。

他ならぬ多香美自身が犯人(伸弘)から襲われた被害者ということもあり、「アフタヌーンJAPAN」の視聴率はぐんぐん伸びています。

しかし、多香美の顔に喜びの色はありません。

視聴率を追いかけた挙句の大誤報でした。

多香美は生放送で(上司には無断で)報道番組のタブーとされる「誤報の謝罪」を口にします。

「同じ過ちを繰り返さないために、誤った報道は直ちに訂正され、誤報した者は直ちに謝罪すべきです。

(中略)

またどこかで間違うかもしれません。でもその度に頭を垂れて初めからやり直します。視聴者の皆様から退場を命じられるまで、わたしは立場の弱い人々の声を拾っていきたいと思っています」

船乗りたちを歌声で惑わせる怪物・セイレーン。

人々に大きな影響を与える報道はまさにセイレーンの歌声であり、その力の使い方を間違ってはいけない。

ジャーナリストとしての多香美の成長を感じさせるその力強い宣言は、報道番組(≒セイレーン)が初めて表明する懺悔でもありました。

ラストシーン

事件の真相はとってもイヤミスなものでしたが、カメラの前で多香美が口にしたスピーチはジャーナリストとしての覚悟がうかがえるもので、どこか清々しい気分にさせてくれました。

そして、最後の最後、ラストシーンにはこんな意外な展開も……!

※以下、小説より一部抜粋

…………

言い終わって頭を一つ下げると、期せずしてスタッフの中から拍手が起きた。

拍手をしたのは全員ではなく、ほんの二、三人だろう。

それでも多香美は顔がほてるほど嬉しかった。

とうとう言ってしまった。

後悔と、それをわずかに上回る爽快感がないまぜになっている。

(中略)

見慣れた男が腕組みをしたまま、中継車にもたれかかっている。

「宮藤さん」

仏頂面の刑事は片手を挙げて応えた。

「どうしたんですか、こんなところに」

「刑事に尾行や張り込みはつきものだ」

いきなり何を言い出すのかと思った。

「対象者から身を隠すのに一番好都合なのはクルマの中か道路側に窓のある喫茶店だ。だから喫茶店の位置はすぐに把握するようになる」

「何のことです」

「この辺一帯は尾行で何度も通っている」

「だから、いったい何のつもりなんですか」

宮藤は口をへの字に曲げた。

「近くに美味いコーヒーを飲ませる店がある。今から付き合わないか」

<完>

というわけで、ラストシーンは宮藤刑事からのデートのお誘いでしめくくられました!

きっと宮藤も多香美の職業人としての成長を目の当たりにして、そこに惹かれたのではないでしょうか。

多香美のスピーチといい、イヤミスな気分を忘れさせてくれる爽やかな結末でした。


ちょっとだけ感想

中山七里先生といえば「どんでん返しの帝王」の通称でおなじみですね。

今作『セイレーンの懺悔』でも

  1. 未空
  2. 涼菜
  3. 伸弘(父親)
  4. 律子(母親)

と《犯人》が二転三転して、ミステリーの醍醐味ともいえる「ひっくり返し」がめいっぱい楽しめました。

ただし、『セイレーンの懺悔』のおもしろさはミステリー要素だけにとどまりません。

今回のネタバレではガッツリ省略しちゃったのですが、報道の是非に鋭く切り込む描写にはハッとさせられる部分も多く、なんと記者出身である池上彰さんも解説で「リアルだ」と絶賛しています。

そして、もうひとつ。

なんといってもわたしが一番声を大にして言いたいのはキャラクターがはちゃめちゃ魅力的であるということです。

特に里谷!

今回のネタバレでは存在感薄めになっちゃいましたが、里谷は報道マンとしても一流ですし、多香美を育てる先輩としても時に厳しく、時に優しく、なんていうかもう百点満点なんですよ!

『セイレーンの懺悔』は多香美の成長物語でもありますが、多香美がジャーナリストとしてレベルアップできたのは里谷のおかげとしかいいようがありません。

「多香美と里谷の関係性が素晴らしいから!」という一点だけでもおすすめできる、キャラクター小説的なおもしろさもある一冊でした。

※他にも「里谷と宮藤」「多香美と宮藤」の関係性もまたいいんですよ……!


まとめ

今回は中山七里『セイレーンの懺悔』のネタバレをお届けしました!

ミステリーとしておもしろいのはもちろん、わたしたちの生活に密着しているメディアの裏側が生々しく描かれていて、いろいろと考えさせられる小説でした。

それでいて決して小難しくなく、エンタメとしてするする読んでいけるのはさすが七里先生!

  • ミステリーよし
  • キャラクターよし
  • 学びもある

要素の詰め込まれた濃い一冊なので「なにかおもしろい本ある?」と聞かれたときなんかにおすすめしたいですね。

 

ドラマ情報

主演は新木優子さん!

放送情報は以下の通りです。

  • 10/18(日)放送スタート
  • 毎週日曜よる10:00
  • 第1話無料放送(全4話)
ぱんだ
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POSTED COMMENT

  1. 匿名 より:

    ネタばれ最高!!
    まとめ方が非常にうまい。

  2. はっとぷ より:

    母親の携帯に何度かけても出てもらえず、もしかしたら家にいるのかもしれないと最後の期待をかけた自宅の電話に大嫌いな父親が出たら、場所を言って助けを求めたりしないでしょう。
    その時点での負傷は命に関わるものではなかったと読み取れるし、もし命に関わる重傷だと本人が思ったなら、いったん切って119に掛け直すのが自然。
    あの場に父親が居合わせたことが本作の肝なのに、あり得ない状況なので、物語が破綻していると私は感じました。

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