貫井徳郎『微笑む人』を読みました!
かなり特殊な構造のミステリで、思いっきりネタバレなのですが
『結末まで読んでも真相はわからない』
というオチになっています。
……こう言ってしまうと、
「え、それおもしろいの?」
って感じですよね。
またまた結論から言わせてもらうと、最近読んだ他のミステリ小説の内容がどうでもよくなるくらいおもしろかったです!
今回はそんな小説『微笑む人』の内容があらすじから結末までまるっとわかるネタバレをお届けします!
あらすじ
「本が増えて家が手狭になったから、妻子を殺した」
逮捕された仁藤俊実の自供に「そうだったのか」と納得した人間はいないだろう。
ふつう、人間はそんな理由で家族を川に沈めて溺死させたりはしない。
仁藤はどうして家族を手にかけたのか?
そもそも本当に仁藤が犯人だったのか?
小説家の「私」は事件をノンフィクションにまとめるべく取材を始めた。
「いい人」と評される仁藤だが、過去にさかのぼるとその周辺で不審死を遂げた人間が他にもいることが判明し……。
ネタバレ
小説『微笑む人』はおもしろいことに、
- 誰が犯人なのか?(= Who done it?)
- なぜ殺したのか?(= Why done it?)
- どうやって殺したのか?(= How done it?)
ミステリ小説で追及されるすべての要素が最初から判明しています。
事件はもう終わっていて、(理屈的には)どこにも解き明かすべき謎は残っていません。
いわば「読み始めたときにはもう探偵の謎解きは終わっていた」みたいなものです。
……とはいえ。
「本が増えて家が手狭になったから」という犯行動機は、正直、意味不明ですよね。
だから、物語は犯人や犯行動機について再度検討するところから始まります。
第一章 逮捕
結論からいえば、第一章ではありがちな真相がことごとく否定されています。
まず否定されたのは、冤罪の可能性。
- 妻・翔子の遺体の爪からは仁藤の皮膚片が発見されている
- 逮捕時、仁藤の頬にはひっかき傷があった
いわゆる『動かぬ証拠』ってやつですね。
仁藤は妻の顔が水中から出ないように押さえつけていたのですが、そのとき抵抗した妻の指先が頬をひっかいていたのでしょう。
「仁藤の犯行を見た」という地元住民の目撃証言もありますし、なにより仁藤自身が犯行を認めています。
これだけ材料がそろっている状況で「実は仁藤は犯人じゃなかったのでは?」と考えるのはちょっと難しいですね。
何度も繰り返すようですが、問題は犯行動機です。
- 保険金目当てだった?
- 浮気や不倫などのトラブルがあった?
- そのほかなんらかの恨みがあった?
お決まりの動機(金・色・怨恨)は今回の事件に当てはまりません。
仁藤はエリート銀行員でお金に困っていませんでしたし、実際、家族には高額な生命保険もかけられていませんでした。
仁藤にも妻の翔子にも表に出せないような恋愛関係のトラブルはなく、近所の住民は「とても仲のいい家族だった」と口を揃えて証言しています。
一方、仁藤は読書家で、書斎は本棚に収まりきらない書籍で溢れかえっていました。
娘の亜美華ちゃん(3歳)は気管支炎持ちだったため、亜美華ちゃんの出入りする部屋には本が置けなかった事情があり、そういう意味では確かに妻子がいなくなれば本の置き場が増えたというのは事実です。
また、仁藤は本好きで、本を売ったり処分したりしたくないというこだわりを持っていました。
最後に検討しておかなければならないのは、仁藤が精神異常者だった可能性です。
温和そうに見えた人が実はサイコパスだった、というオチはミステリ小説でも定番ですよね。
仁藤がサイコパスだったのなら、まだ「そういうことだったのか」と納得できそうです。
ところが、精神鑑定の結果、仁藤に精神的な異常は認められませんでした。
作中では仁藤のノンフィクションを書こうとしている小説家の「私」が次のようにまとめています。
先走って結論を書くと、仁藤に関してトラウマやコンプレックスを抱えていたと思われる証言はいっさい得られなかった。
(中略)
仁藤は典型的なエリートサラリーマンとしての人生を歩んできたといえる。
仁藤の半生に暗い影はなく、今現在も幸せを絵に描いたような状態だった。
だからこそ、何が不満で妻子殺しという凶行に及んだのか、誰も理解できなかった。
第一章の内容をまとめると
『仁藤がどうして犯行に及んだのかまったくわからない、ということがわかった』
という感じですね。
続く第二章ではさらに謎が深まっていきます。
第二章 疑惑
仁藤の逮捕後、ダム湖から男の白骨遺体が発見されます。
男の名前は梶原敬二郎。
二年前から失踪している銀行員で、失踪直前までは仁藤と同じ支店に勤めていました。
警察はこのつながりを重要視して「仁藤の犯行ではないか?」と睨むのですが、仁藤がやったという証拠もなければ動機もありません。
加えて仁藤本人も関与を否定しています。
※最初の事件のときも物的証拠が出るまで容疑を否認していたのでなんとも言えないのですが……
『梶原は仁藤に殺されたのか?』
小説家の「私」は同じ職場に勤めていた同僚たちに取材し、以下のことを明らかにしました。
- 梶原は徹底的に利己的な人間で、誰からも嫌われていた
- ただし、仁藤だけは穏やかに梶原と接していた
- 梶原が失踪したことで、仁藤は一年前倒しで課長代理に昇進した
梶原という男の嫌われっぷりを考えると、
「実は仁藤も心の中では梶原のことを嫌っていたのではないか?」
「梶原に被害を受けた誰かのために(つまり義憤によって)犯行に及んだのではないか?」
とも考えられそうです。
しかし、銀行では二年間隔で異動があります。
わざわざ命までとらなくても、二年間我慢すれば自然と職場が離れるんです。
ふつうに考えれば「じゃあ、二年間我慢しよう」という結論になりますよね。
だから、この線は犯行動機としては弱いと言わざるをえません。
では、「昇進のために邪魔な梶原を消した」という線はどうでしょうか?
梶原は嫌われものでしたが、上司には媚びていましたし、成績は優れていました。
だから、次の昇進は確実と目されていたんですね。
仁藤も成績は優秀でしたが、銀行は基本的に年功序列なので、昇進は梶原の次。
それが犯行の動機だとすれば……いや、ちょっと待ってください。
確かに仁藤は予定よりも早く出世しましたが、どのみち一年後には昇進が決まっていました。
たった一年早く昇進するためだけに、はたして人の命を奪おうとするでしょうか?
常識的に考えれば、もちろん答えは「No」です。
しかし、仁藤は「本の置き場が欲しかったから」という意味不明な理由で妻子を手にかけたかもしれない男です。
だとしたら、もしかして……?
この事件に関してこれ以上の進展はありません。
仁藤がやったという証拠がないどころか、そもそも梶原が他殺だったのかどうかも不明です。
『限りなく仁藤が怪しいけれど、ただそれだけ』
という後味の悪さを残したまま、第二章は終わります。
第三章 罠
小説『微笑む人』は仁藤のルーツを探るようにどんどん過去へとさかのぼっていきます。
第一章は現在、第二章は銀行員時代。
そして第三章は大学生時代です。
小説家の「私」は仁藤の周囲で起きた『交通事故』に注目します。
事故の概要は次の通り。
- 大型ダンプカーの左折に歩行者が巻き込まれて死亡した
- 亡くなったのは仁藤の同級生だった
- 不審点のない事故として処理された
一見すると、ただの事故であるようにしか見えません。
しかし、当時のことをよく知る人々の証言によって話はどんどんきな臭くなっていきます。
同級生の証言
- 仁藤と事故被害者の松山彰は「大学で会えば話す」程度のゆるやかな友人関係だった
- 当時、松山は入手困難なポータブルゲーム機を持っていた
- 事故後、仁藤はそのポータブルゲーム機を手に入れていた
要するに
『仁藤は人気のゲーム機欲しさに同級生を事故に見せてかけて殺害したのではないか?』
という疑惑が浮かび上がってきたのです。
「仁藤が持っていたゲーム機は松山のものと同じ色で、しかも同じところに傷があった(ように見えた)」
と当時を知る同級生は証言します。
はい。同級生もそう思って、警察に仁藤のことを話しています。
次の証言者は、仁藤を嗅ぎまわり、最終的には警察を辞めさせられることになった刑事です。
(かみこくりょう)
刑事・上国料- 「歩行者は二人いたように見えた」というダンプカー運転手の証言
- ダンプカーはゆっくり左折していて、よほど不注意でなければ巻き込まれたりはしないはず
事故の状況にかすかな事件性を感じとった上国料は、同級生の証言から「仁藤が犯人だったのではないか?」という疑いを持つようになります。
となると重要なのは仁藤が持っているゲーム機です。
上国料「ゲーム機を見せてくれないか?」
仁藤「いいですけど、今は持っていないのでまた今度でいいですか?」
このようなやり取りを経て、上国料は問題のゲーム機を検分します。
すると……
- ゲーム機には同級生が見たという傷はなかった
- ゲーム機からは製造番号が書かれたシールが剥がされていた
上国料は「仁藤は新しいゲーム機を買ったのだ」と直感しました。
製造番号シールがなければ、そのゲーム機がいつどこで買われたものか照会できません。
仁藤は「水に濡れて剥がれた」といいますが、そんなに簡単に剥がれるものでもないはず……。
上国料は「仁藤が犯人だ」と確信しました。
とはいえ、逮捕できるほどの証拠は何ひとつありません。
上国料はしつこく聞き込みや尾行を続けました。
すると、周囲を嗅ぎまわられるのにうんざりしたのか、仁藤は上国料に「話したいことがあります」と持ち掛けます。
仁藤「見られてはまずいので、夜10時、渋谷のスクランブル交差点を歩いていてください。こちらから見つけて声をかけます」
上国料は言われたとおりにしましたが、その夜、仁藤は現れませんでした。
それが仁藤の罠だったと上国料が気づいたのは、翌朝のことです。
上国料をスクランブル交差点に引きつけている隙に、仁藤は「上国料に殴られた」と警察に被害届を出していました。
- 雑踏の中にいた上国料にはアリバイがない
- 上国料が仁藤を殴っているところを目撃した人間がいる
おそらく事の真相は次の通り。
- 仁藤は上国料と背格好の似た人間を雇って自分を殴らせた
- 目撃証言をしてくれるような善良な人間が通る場所と時間帯を計算していた
いくら上国料が「濡れ衣だ」と主張したところで、証拠は覆せません。
そのうえ、上国料の主張は
『買おうと思えば1万円ほどで手に入れられたゲーム機のために仁藤は同級生の命を奪った』
なのです。
いったい誰がそんな犯行動機を信じるというのでしょう?
こうして上国料は辞職を余儀なくされ、仁藤は疑いを逃れたのでした。
この章では当時を振り返る上国料の次の証言が印象的でした。
『仁藤は異常な動機で殺人を犯しながら、その異常さに守られているのです』
あまりに犯行動機が突飛すぎて、誰もが
- そんな動機で人の命を奪うわけがない
- だから仁藤が犯人であるはずがない
と思い込んでしまうんですね。
仁藤はその心理まで計算に入れていたに違いありません。ちょっとゾッとしませんか?
第四章 犬
小説家の「私」は仁藤の子ども時代にも不審な《事故》がなかったか調査します。
すると、仁藤の隣家の主人が交通事故で亡くなっていたことが明らかになりました。
事故の状況は
『大型ダンプカーの左折に歩行者が巻き込まれた』
というものだったそうです。
はい。大学生のときの事故(事件?)と同じ状況ですね。
仮にこの事故も仁藤の完全犯罪なのだとしたら、その動機はいったいなんだったのでしょうか?
隣家の主人は働き盛りの40代。
隣に住んでいるというだけで、まだ中学生だった仁藤とはなんの接点もなかったはずです。
いいえ。隣家の主人と中学生だった仁藤は「あいさつくらいしていたかもね」というほとんど無に等しい関係性でした。
いわば『隣に住んでいるだけの赤の他人』です。
「なんとなく嫌いだな」と思う機会すらなかったと思われます。
そして実際、小説家の「私」が導き出した答え(犯行動機)も、隣家の主人とは直接関係のないものでした。
中学生だった仁藤が隣家の主人を亡き者にした理由、それは……
『犬』
子どもの頃、仁藤は極度に犬を怖がっていました。
それこそチワワにもビビるレベルです。
そして、隣の家は犬を飼っていました。
はい。小説家の「私」が導き出した答えはこうです。
『中学生の仁藤は《隣の家の犬を排除するために》飼い主の主人を亡き者にした』
ふつうなら、犬を排除したいなら直接的に犬に危害を加えそうなものですよね。
でも、仁藤は犬が怖いので、犬に近づくこともままなりません。
仁藤にとっては犬を絶命させることよりも、犬の飼い主である主人を亡き者にするほうが難易度の低い解決方法だったのです。
実際、隣家は会社の借り上げ社宅だったので、主人を喪った家族はどこかへと引っ越していきました。
小説家の「私」はこれが初犯ではないはずだ、と推測します。
手口に迷いがなく、手慣れている節があるためです。
では、仁藤が今のような人間になるきっかけとなった《最初の事件》とはどのようなものだったのでしょうか?
続く第五章は仁藤の小学生時代。
次が最終章です。
第五章 真実
仁藤俊実という人間はどのようにして誕生したのか?
第五章ではついにその《答え》が明かされます。
もったいぶらずにネタバレすると、きっかけは小学生のとき同級生だった女の子。
女の子の家庭は荒んでいて、母親の再婚相手である義父からは性的な虐待を受けていました。
ところがある日、その義父は階段から転がり落ちて命を落とします。
警察はこれを事故として処理し、女の子はどこかへと引っ越していきました。
『仁藤少年は友だちの女の子を救うために、その父親を事故に見せかけて殺害した』
小説家の「私」はそう解釈しましたが、その女の子本人が《秘密》を打ち明けたことで話は少し変わってきます。
詳しくは省略しますが、義父を階段から突き落としたのは仁藤少年ではなく、その女の子自身だったのです。
当初の計画では仁藤少年が突き落とす役、つまり実行犯を務めるはずでした。
しかし、仁藤少年は土壇場になって怖気づき、「できないよ」と言って震えているだけだったといいます。
女の子はそんな仁藤少年を一瞬の判断で見限り、まだ純粋な少年だった仁藤の目の前でひとりの人間の命を刈りとりました。
これが仁藤の周囲で起きた『最初の事件』の顛末です。
この《真実》を受けて、小説家の「私」は次のように書き記しました。
※以下、小説より一部抜粋
◆
ついに真相に到達した喜びに私は打ち震えた。
これこそが、仁藤の原点だったのだ。
仁藤は確かに、彼女の義父を殺しはしなかった。
しかし、殺人によって困難な事態を解決するという方法を、そのとき知ってしまった。
それが後に、どれだけの影響を彼に与えたか計り知れない。
人を殺しても捕まらないことがあるとわかっていれば、殺人も選択肢の中に入ってくる。
むしろ、これまで私が見てきたように、殺人は仁藤にとって安易な解決法になっていたのだ。
(中略)
常人には理解できない動機で人を殺す男は、こうして生まれたのだった。
◆
実に結末らしい結末ですね。
ここで物語が終わっていれば、『微笑む人』はありふれたミステリ小説の仲間入りをはたしていたことでしょう。
はい。物語はまだ終わりません。
むしろ、ここからの展開が小説『微笑む人』の真骨頂です。
結末
第五章の内容は小学生のときに仁藤と同級生だった女の子(名前はショウコ)の証言をもとにしています。
ショウコは夜の店で働いていて、小説家の「私」は同じ店で働いているカスミという女性に紹介してもらって取材を行いました。
ところが、取材の後、カスミはとんでもないことを言いだします。
「ショウコさんって、前から虚言癖がある人なんですよね」
もしショウコの話がすべて嘘だったとしたら、とても本に書くことはできません。
小説家の「私」はカスミに会って話を聞くことにします。
そこでカスミが口にした言葉がこの小説の《本質》でした。
※以下、小説より一部抜粋
◆
「先生はショウコさんの話を聞いて、これで全部理解できたと納得したんじゃないですか」
「うん、まあ、そうだ」
「ショウコさんが義理の父親を殺した場面を目撃したことがトラウマになって、仁藤という人は殺人をなんとも思わなくなった。そういう解釈ですよね」
私は愕然とした。
ショウコが殺人行為まで話していたとなると、やはり事実とは思えなくなってくる。
ショウコには虚言癖がある、というカスミの言葉はにわかに真実味を帯びてきた。
「すごくわかりやすいストーリーですよね。淡い恋心を抱いていたクラスメイトが、性的虐待を受けていた。なんとか助けてあげようとしたけど、ぎりぎりのところで竦んでしまった。それでも女の子は地獄から抜け出すために、自ら手を下す。少年はその現場を目の当たりにしたショックが、いつまでも心に残る。そんな原体験が、少年を後に冷酷な殺人鬼に仕立てた――。小説に出てきそうな、筋道が通ったストーリーじゃないですか」
カスミはストーリーという単語を、二度繰り返した。
そこにはその話が架空であるというニュアンスがこもっているように響いた。
「わからないのって、落ち着かないですよね。本の置き場が欲しいから妻子を殺したとか、一年後の昇進が待てなくて人殺しをするとか、わけがわかりませんもんね。そんなおかしな人にも、わかりやすいトラウマがあれば納得できますよ。先生の本を読んだ人はみんな、『ああ、そういうことだったのか』と安心して本を閉じることができるんじゃないですか」
(中略)
「最終的に理解できる結末が必ずあるのなんて、フィクションの中だけですよ」
カスミはなおも言う。
「現実には、他人の心の中なんてわからないものでしょ。殺人鬼に限らず、身近な人の考えていることだって、本当のところはわからないじゃないですか。奥さんの考えていることを理解している旦那さんが、世の中に何人いるんでしょうかね。親のことは? 子供のことは? 恋人とか友達とか、考えを百パーセント理解しあえていたとしたら、それは超能力者同士ですよ。そんなふうに理解できるわけがないとわかっていて、どうして殺人犯の心理だけは理解できないと落ち着かないんですかね」
私はすぐには反論の言葉が思いつかなかった。
カスミの言うことはもっともで、仁藤の原点を探そうという私の試みが傲慢だったようにも思えてくる。
私のしてきたことは、すべて無意味だったのだろうか。
◆
カスミは最後にとっておきの爆弾を落として帰りました。
なんと小説家の「私」が取材したショウコはニューハーフだったというのです。
一方、父親が階段から転落して亡くなった仁藤の同級生は間違いなく女の子でした。
つまり、別人。
「私」はガックリと肩を落としますが、状況はさらに混乱していきます。
再び夜の店に行って確かめてみると、
- カスミもショウコももう店を辞めていて、
- その店にはニューハーフが在籍していたことはなく、
- カスミの本名こそがショウコだった
という事実が明らかになります。
「私」は慌てて電話をかけますが、カスミにもショウコにもつながりません。
「私」はカスミ(=ショウコ)が黒幕で、取材を妨害することが目的だったのだと悟ります。
ショウコが語った過去が現実に起こったことなのか、それとも創作話なのか……判別する方法はありません。
小説『微笑む人』は迷宮に迷い込んだ「私」によって、次のように締めくくられました。
※以下、小説より一部抜粋
◆
そもそも、仁藤にまつわる諸々の証言自体がそうだ。
あれらはすべて、周囲の人間の主観でしかなかった。
相手の心の奥底まで見通すことができない限り、人は自分の見たいようにしか他人を見ない。
ある人は仁藤を善人と見て、ある人は異常な殺人鬼と見る。
私は仁藤を、理解できない価値観の持ち主と見た。
そして偽ショウコを仁藤の同級生と思い、ふたりが負ったトラウマを知って納得した。
すべて、私というフィルターを通した虚像だ。
虚像は虚像であって、現実ではない。
理解できないのは仁藤だけではない、とショウコは指摘した。
私たちは他人を理解しないまま、わかったふりをして生きている。
自分たちがわかったふりをしていることすら、ふだんは忘れている。
安心していたいからだ。
わからないことを認めてしまえば、たちまち不安になるから。
(中略)
地味な印象だったカスミ=ショウコは、案の定回想しようとしてももうはっきりと顔立ちを思い出すことができない。
ただ、うっすらと浮かべていた笑みだけは、妙に強烈に記憶に残っている。
その理由が、今になってようやくわかった。
ショウコが浮かべる笑みは、何を考えているかわからない仁藤の笑みにそっくりだった。
その事実に気づいて、私は小さく震えた。
◆
この文章で小説『微笑む人』は幕を閉じます。
最初にネタバレしたように、
- 仁藤が過去の事件に関与していたのかどうか
- 仁藤が妻子を殺害した本当の動機
- 仁藤の過去にトラウマとなる事件があったのかどうか
すべてわからないまま、終わります。
読後には「何が真実で何が嘘だったのか?」という混乱だけが残りました。
小説(文庫版)の巻末解説に書かれてある一文が印象的でした。
『著者がわかりやすい物語を否定したのは、本書のラストを読者への挑戦状にする意図があったからではないだろうか。
これは、人はどのような理由で殺人を犯すのか、常識では考えられない犯罪が増えている現代社会とは何かを、読者一人一人に考えてほしいというメッセージに他ならない。
作者が蜘蛛の糸のように天上から降ろしてくれる解答を待つのではなく、作中にちりばめられた情報や伏線を読者が主体的に読み解き、自分なりの解決編をつくることを求める本書は、究極のミステリといえるのである』
貫井徳郎『微笑む人』
犯人が妻子を手にかけた理由が
「本が増えて家が手狭になったから」物語の導入から強烈に惹きつけられたけど、結末はもっとすごかった❗️
好みがわかれるかもだけど、個人的にはめちゃくちゃおもしろかったです🙆♀️🙆♀️🙆♀️#松坂桃李 主演で今春ドラマ化https://t.co/AgbKo3njhw
— わかたけ@読んでネタバレ (@wakatake_panda) January 27, 2020
まとめと感想
今回は貫井徳郎『微笑む人』のネタバレ解説をお届けしました!
狐につままれたような結末でしたが、読後感は「意味がわからなくて後味が悪い」というよりも「心地よい混乱」という感じで、かなり満足度は高かったです。
ミステリ小説を読み慣れていると、つい「結末には謎解きがある」が当たり前になってしまいます。
わたしもその固定観念にとらわれていたので、
『最終的に理解できる結末が必ずあるのなんて、フィクションの中だけですよ』
というカスミ(=ショウコ)のセリフがグサリと突き刺さりました。
さらに
『わかりやすい型に当てはめて納得(安心)したいだけじゃないのか?』(意訳)
とまで指摘されては、もう完全にお手上げです。
仮に自分で「真相はこうだったんじゃないか?」と仮説を組み立てたとしても、「わかりやすいストーリーですね」とショウコに微笑まれたら……と考えると急に虚像にしか思えなくなってしまいます。
どれだけ探しても答えは見つからない、という答え。
「なんだかすっきりしないなあ」と感じる方もいるでしょうが、個人的には「これはすごいものを読んでしまったぞ……!」とゾクゾクしました。
小説『微笑む人』をおすすめしたいのは、ふだんミステリ小説をよく読む読書家さんです。
結末まで読み終えたときの独特な読後感は、ネタバレでは得られない体験だと思います。
人によっては「これまで読んだ最高の小説ベスト5」に入るような小説だと思うので、気になる方はぜひ実際に小説を読まれてみてください。
小説をもう読んだという方は、感想をコメントで教えていただけると嬉しいです。
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