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『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』あらすじネタバレ解説|汐見夏衛【映画原作小説】

汐見夏衛『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』を読みました。

いきなりですが、あなたはこのタイトルからどんな感情を連想しますか?

悲愴さや切実さ? 胸躍る恋心? じんわりと温かい愛しさ?

正解発表は結末にて。めちゃくちゃきれいにタイトル回収されるので、ご期待ください。

今回は小説『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。

ぱんだ
ぱんだ
いってみよう!

あらすじ

高2の茜は、誰からも信頼される優等生。

しかし、隣の席の青磁にだけは「嫌いだ」と言われてしまう。

茜とは正反対に、自分の気持ちをはっきり言う青磁のことが苦手だったが、茜を救ってくれたのは、そんな彼だった。

「言いたいことがあるなら言っていいんだ。俺が聞いててやる」

実は茜には、優等生を演じる理由があった。

そして彼もまた、ある秘密を抱えていて……。

青磁の秘密と、タイトルの意味を知るとき、温かな涙があふれる――。

(文庫裏表紙のあらすじより)

深川青磁

物語の冒頭、席替えで茜の隣の席になった青磁はあろうことか中指を立てて「お前が大嫌いだ」と言い放ちます。

青磁が茜を毛嫌いしている理由……についてはひとまず置いておくとして、こんな調子で青磁はおよそ空気を読むということを知りません。

文化祭の演劇で主役に推薦されたときも、

「嫌だよ、なんで俺が。誰か他のやつにしろよ」

と取り付く島もありませんでした。

思ったことは遠慮なく言う。やりたくないことはしない。それが青磁です。

ぱんだ
ぱんだ
自由人なのね

意外に思われるかもしれませんが、青磁はクラスの人気者です。いいえ、それどころか青磁は学年でも有名で、他のクラスの生徒でさえみんな彼のことを知っています。

青磁の描く絵がたびたび表彰されているから、ということもありますが、いちばんの理由は整った容姿のためでしょう。

ただでさえ綺麗な顔立ちをしているうえ、銀色に輝く白い髪は、黒髪ばかりの高校では目立って仕方がありません。

体格も身長のわりにほっそりとしていて……と、ちょっと待ってください。

茜から見た青磁の体型は次のように描写されていました。

“余分な脂肪など一グラムもなさそうながりがりの体つき”

  • 痩せぎすの体つき
  • 体力もない
  • 地毛の総白髪

ここまで条件が揃うと、この手の物語にありがちな展開がどうしても頭にちらついてしまいます。

つまり、青磁はなんらかの病気なのではないか? ということです。

もっといえば、その先に待っている結末はもしかして……?

あらすじにも織り込まれていた《青磁の秘密》は物語終盤に明かされます。

青磁は美術部に入っていて、放課後はいつも絵を描いています。演劇の主役を断ったのは、絵を描く時間を削られたくなかったからで、理由もなく断ったわけではありません。


丹羽茜

青磁とは正反対で、茜は過剰なほどに空気を読みます。

むかつくことがあっても、笑って受け流せばいい。自分が我慢すればいい。

努力の甲斐あって、茜のことを悪く言うクラスメイトは誰もいません。

……たった一人の例外、青磁をのぞいて。

茜が無理をしてみんなにあわせていることに、青磁は気づいていました。

なぜいつも作り笑いを顔に貼りつけているのか? なぜ言いたいことを呑み込んでしまうのか?

茜が優等生を演じれば演じるほど、青磁はイライラしてしまいます。

「自分に嘘をつき続けるのは、疲れるだろ。浮かべたくもない笑顔ずっと貼りつけてるのは、しんどいだろ。お前、このままじゃ、いつか壊れるぞ」

実際のところ、茜はほとんど限界でした。

学校では真面目な学級委員長として、家では家事を手伝う良い子として、望まれる立場を演じるうちに、息が詰まってしまったのです。

ついには自分の指をペンで刺し始める始末で、青磁は傷だらけになった茜の指を睨みつけて言いました。

「こんなになるまで、我慢しやがって……お前は馬鹿だ」

※以下、小説より一部抜粋

…………

「言えよ。言いたいことがあるなら、自分の口でちゃんと言え!」

命じるように高らかに、青磁が言う。

あまりに偉そうなので、素直に従う気になどなれない。

黙って見つめ返していると、なぜか、彼の顔が悲しそうに歪んだ。

「時間は――人生は、永遠じゃないんだぞ」

青空

頑固に本心を言おうとしない茜の手を引いて、青磁は学校の(生徒立入禁止の)屋上へと連れて行きます。

誰もいない屋上に二人。

青磁はありったけの挑発で強引に茜の本音を引きずり出しました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「仕方ないでしょ……! 私はこういうふうにしか生きられないんだから!! 作り笑いだろうがなんだろうが、とにかく笑ってないとみんなの中にいられないの!!」

「んなわけねえだろ。誰がそんなこと言ったんだよ。お前が勝手に決めつけてるだけだろ?」

「なんで青磁にそんなことわかるの!? わからないでしょ、私のこと知らないんだから! 私がどんな目に遭ったか……!!」

言葉を飲み込み、青磁を睨みつける。

「……なんにも知らないくせに、好き勝手言うな!」

そう叫んだ瞬間、彼がにやにやと笑っているのに気がついた。

「そうだ、その調子だ。言えよ、茜。むかついてること全部言え、ここなら誰も聞いてないからな」

(中略)

「……みんな、むかつく。私にばっかりなんでも押しつけて……!」

ああ、とうとう言ってしまった。ずっと、ずっと、我慢していたのに。

「クラスのみんなも、先生も、むかつく! 言い訳ばっかり、文句ばっかり、要求ばっかり言ってきて、なんにも協力してくれない、助けてくれない!!」

とうとう心の鍵を開けてしまった。青磁にこじ開けられてしまった。

いや、違う。自分で開けたんだ。

きっと、私はずっとこの鍵を開けてしまいたかった。それなのに開けられずに、溢れそうな激情を必死に抑え込んでいて、でも抑えきれなくなっていた。

だから壊れる寸前だった。

それを青磁が手助けしてくれたのだ。鍵を開いて、心を解放するきっかけをくれた。

 

「言えるじゃないか」

私の心のかたい鍵をいとも簡単にこじ開けさせてしまった張本人が、満足げに笑いながら私を見ていた。

(中略)

彼が笑いながら寝転んだので、私も真似をする。

視界には、空しかない。

晴れやかな気持ちだった。こんな爽やかな気分になったのはいつぶりだろう。悔しいけれど、青磁のおかげだ。

ちらりと視線を投げると、彼もこちらを見た。

前は苦手だった硝子玉の瞳。今は素直に、とても綺麗だと思える。


茜の過去

茜が本音を隠すようになったのは、過去に起きた事件が原因でした。

まだ茜が小学生だった頃の話です。

クラスのある女子が誕生日に買ってもらったと自慢していた香りつきの可愛いペンを、こっそり盗もうとした女子がいました。

当時の茜は正義感が強く、思ったことはなんでもはっきりと口にする子どもでした。当然、悪事は見過ごせません。

『人のものを盗んだらいけないんだよ。早く返しなよ』

至極まっとうなこの発言によって、茜は卒業までずっとクラス中から無視されることになってしまいます。

ぱんだ
ぱんだ
なんで!?

茜の失敗は、みんなの前で注意してしまったことです。

ペンを盗もうとしていた女の子はクラスの人気者で、そんな彼女がわっと泣き出してしまったものですから、あとはお察しです。

『茜ちゃん、ひどい』

同級生たちは犯人である彼女を庇い、正しいことを言ったはずの茜を糾弾しました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

『なんでみんなの前でそんなこと言うの?』

『かわいそうだよ』

『ひどいよね、最低だよね』

『謝りなよ』

なんで私が責められるの。なんで謝らなきゃいけないの。

そんな気持ちが邪魔をして、私はその場では謝れなかった。クラス中の女子に囲まれて睨まれながら、押し黙っていた。

そこに先生が入ってきて騒ぎはおさまったけれど、その日から私は、クラスの女子全員から無視されるようになった。

次の日、彼女に『昨日はごめんね』と謝ったけれど、視線すら合わせてもらえなかった。周りの女子たちも無言だった。

盗まれた香りペンの持ち主の子でさえ、少し気まずそうな顔をしつつも、私と口をきいてくれなくなった。

(中略)

中学生になった私は、生き方を変える決意をした。

人を傷つけないように、相手の機嫌を損ねないように、気を遣いながら生きていかなければならない。

それまでの私は、どんなときでも正しいと思ったことを言ってきたけれど、そんなやり方では上手く生きていけないということに気がついてしまった。

正しいかどうかよりも、好かれるかどうかのほうが、この社会で生きていく上では大事なのだ。

こうして茜は作り笑いをするようになりました。ちなみに茜は私立中学に進学し、引っ越しもしています。だから高校生になったいま、当時の事件を知る同級生は学校にいません。

好き

屋上で本音をぶちまけたのをきっかけに、茜と青磁の関係は変わっていきました。

青磁の前でだけは、茜は素のままの自分でいられます。

小学生のときの事件について話したときも、青磁はいつもどおりの自由さで言いました。

「嫌われたっていいじゃん。嫌われてようが好かれてようが、人は生きていける。生きてるならそれでいい。どうだっていいんだよ」

青磁らしいシンプルな理屈に、茜は思わず笑ってしまいます。

ちゃんと話すようになってみると、青磁は思っていたような男子ではありませんでした。

派手な印象を受けるけれど、青磁は本当は、とても穏やかで柔らかくて、優しい人だと思う。

そうして、茜は自分の気持ちに気づきます。

 

――好きだ。私は青磁が好きだ。

好きになる過程のエピソードごっそり割愛していますが、季節が変わるくらいの時間が経過しています。


朝焼け

放課後になると美術室に足を運ぶのが、茜の習慣になっていました。

青磁が絵を描き、茜はそれを隣で眺めている。沈黙さえ心地よい時間でした。

茜はふと、本で読んだ話を青磁に言ってみます。

「夜が明けるときに、綺麗な朝焼けを見ながら、会いたいって思い浮かべた人が、その人にとって本当に大切な人なんだって」

青磁は「ふうん」と流したかと思うと、スケッチブックに色を塗りながらぽつりとつぶやき、

「……時間は、永遠じゃないんだよな」

そして、茜に呼びかけました。

「なあ、茜。朝焼けを見にいこう。空がすごく綺麗に見える場所を、俺は知ってるんだ」

休日の早朝、青磁は家まで迎えに来てくれました。

季節は冬。まだ薄く夜が残っている静かな街は空気が澄んでいるようです。

どこか幻想的な雰囲気を感じながら歩いて、たどりついた場所は河川敷でした。

「もうすぐだ」

※以下、小説より一部抜粋

…………

雲は紫がかった青で、雲のない部分は薄い水色。

そのうち地平線が白く光り始めて、低い雲が黄色に染まる。高い部分の雲は、淡い薔薇色や青紫色、オレンジ色に輝く。

あらゆる色の競演があまりに豪華で綺麗で、私は息をのんだ。

少し目線を下げると、凪いだ川面に、色鮮やかな朝焼けがそのままに映っていた。空がふたつになったみたいで、言葉にできないほど美しい。

しばらくすると、突然、空全体が鮮やかなオレンジ色に光り出した。

どんどん赤みを帯びていき、一瞬、街中が真っ赤に染め上げられる。

「日が昇る前に、いちばん赤くなるんだよ」

青磁の静かな声が、今この世界で唯一、私の耳に届く音だった。

「あの雲、見てみろよ。茜色だ」

ひときわ明るい燃えるような赤い雲を指差して、彼がやけに嬉しそうに笑う。

「ああいうの、茜雲って言うらしいぞ。綺麗だな」

私は黙ってうなずいた。

「めちゃくちゃ綺麗だ」

青磁は確かめるように繰り返した。

赤に支配されていた空が、下のほうから急激に明るくなっていく。直視できないほどの目映さに、目を細めながら地平線を見ていると、とうとう太陽が顔を出した。

世界に白い光が満ちる。

(中略)

あまりの荘厳な美しさに、私は呼吸するのも、瞬きをするのも忘れてしまいそうだった。

しばらくすると、誕生の瞬間の爆発するように眩しい光は徐々に収束していき、空に色が戻ってきた。

高い空の青と、低い空の黄色。混じり合う部分は、優しい黄緑色。

「青磁色」

私は空の真ん中あたりを指差して、言った。

彼がふっと小さく笑って、「いい色だ」と満足げにうなずいた。

「うん、綺麗」

生まれたばかりの世界を包み込むのにふさわしい、柔らかくて瑞々しくて、優しい色だ。


距離

ものすごくいい雰囲気になっている二人ですが、もちろんこのままハッピーエンドとはいきません。

とある事件をきっかけに、こんなこと↓になってしまいます。

“青磁と言葉を交わすことのないまま、一ヶ月が過ぎた”

ぱんだ
ぱんだ
なにごと!?

お伝えするのがだいぶ遅くなってしまったのですが、茜はいつもマスクを着けています。

作品が書かれたのはコロナ禍の前。茜はいわゆるマスク依存症の女の子として描かれています。

マスク依存の根っこはやはり小学生のときの事件です。本音を覆い隠すようになった茜にとって表情の隠れるマスクはうってつけのアイテムでした。

いまやマスクは茜の一部になっています。人前でマスクを外すことは服を脱ぐくらい恥ずかしいことであり、素顔を見られることには強い抵抗感があります。

それは青磁の前でも変わりません。

あの朝焼けの感動のなかでさえ、茜はマスクを外すことができませんでした。

……という前提を踏まえて、本題に入ります。

ある日、茜は親友の沙耶香にマスクを外されて、パニックに陥ってしまいます。

素顔を晒してしまった羞恥。沙耶香の手を払ってしまった後悔。茜はいたまれなくなって美術室に逃げ込みました。

そこへ青磁があらわれてフォローしようとしてくれたのですが、いかんせん茜は気が動転していて、青磁に八つ当たりしてしまいます。

「青磁にはわからないよ! あんたみたいな恵まれたやつには、私の気持ちなんて一生わからない! だから、ほっといて!!」

まだまだ言います。

「悩みなんかひとつもないでしょ? 思い通りにならないこと、ひとつもないでしょ? そんな幸せなやつに、私みたいな人間の気持ちがわかるわけないじゃない」

青磁は茜の叫びを険しい表情で聞いていました。

その場は茜が逃げ出して終わったのですが、この事件をきっかけに二人の距離は決定的に離れてしまいます。

翌日、青磁は学校を休みました。次の日も、その次の日も……。

メールには返信なし。茜は思い切って電話してみたのですが、

『……もう二度とお前とは話したくない』

これ以上はないってくらいに拒絶されてしまいます。

ぱんだ
ぱんだ
うわあ……

青磁が学校にくるようになっても、状況は変わりませんでした。

話すどころか視線すら合わせてくれません。

茜が勇気を出して謝ったのは、そんな状況が一ヶ月も続いたころでした。

誰もいない廊下で、茜は青磁を呼び止めて言います。

「ごめんね……傷つけてごめん。謝るから、許して」

青磁の反応は、冷たいものでした。

「もう、終わりだ」吐き捨てるように言って去っていきます。

離れていく背中を追いかけて、でも青磁は止まってくれなくて、茜は後悔しないために言うべきことを言わなきゃと思って、

 

「……青磁が、好きなの」

その言葉は、ぽろりと零れるように口をついて出ました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「好きだから、もっと話したいし、一緒にいたい。青磁が絵を描くところを、また見たい」

どうやったら彼の心に響くのか、そればかりを考えていた。

すごく恥ずかしいことを言っていると、頭の片隅にいる冷静な自分はわかっていたけれど、そんなことはどうでもいい。私の気持ちが青磁に届くのなら。

「青磁が隣にいないと、毎日つまらなくて退屈で、寂しい。青磁の声が聞けないと、空っぽで虚しくてたまらない。青磁に冷たくされたら、世界の終わりみたいに悲しくなる」

彼への思いを、上手く言葉にするのは難しかった。

私にとって青磁は、太陽みたいな、希望の塊みたいな、きらきらと輝くものの全てだ。

青磁という光を知ってしまったから、彼がいないともう、私の世界はどんよりと曇ってくすんだ灰色に沈んでしまう。

「青磁が好きなの。だから、前みたいに、一緒にいたい」

精いっぱいの気持ちを、できる限りの言葉にしてぶつけた。

でも、彼の表情は変わらなかった。

すがるように、青磁、と呟くと、

「……知らねえよ」

氷のように冷たい言葉が返ってきた、

息をのんで目を見張り、青磁を見つめる。

彼はちらりとも私を見ないまま、虚空を睨んで言った。

「知らねえよ、お前の気持ちなんか」

どくどくどく、と胸が早鐘をうつ。耳に痛いくらいに全身が脈打っている。

「俺は、お前とは話したくない。だから、もう二度と話しかけるな」

冷たい、冷たい声だった。情けのかけらもない言葉だった。

呆然と立ち尽くしていると、彼はそのまま早足で歩き出して、廊下の突き当りで曲がって姿を消した。

(中略)

青磁がいなくなった廊下は、震えが止まらないほどに寒かった。

<すぐ下のネタバレにつづく>


ネタバレ

青磁は美術室にも寄りつかなくなりました。茜を避けるために違いありません。

茜の落ち込みようはひどく、見かねた美術部の部長が声をかけてきました。

「本当は深川くんから口止めされてるんだけど」

青磁の絵が県の高校美術展の大賞に内定したのだと、部長は教えてくれました。

その大賞の絵は県立美術館で展示されることになっているのだとも。

部長は言います。

「きっと、あの絵が彼の本心よ。あの絵には、彼が言葉に出せない気持ちが全て込められてるんだと思う」

部長の強い勧めに後押しされて、茜は青磁の絵を見に行くことにしました。

翌日。茜は十時の開館時間に合わせて美術館へと向かいます。

作品が飾られた廊下をぬけて、順路案内の矢印に従って左に曲がったそのとき、

“あたりが優しい朝焼け色の光に満たされた。”

※以下、小説より一部抜粋

…………

息をのむ。目の前に、見上げるほど大きな、淡いピンク色の絵があった。

瞬きすらできずに、その絵を見つめる。

作者の名前なんか見なくても、その清らかで優しい色合いを見ただけで、それが青磁の絵だということがわかった。

そして、なによりも驚いたのは、

「……え、私……?」

驚きの声が唇から洩れる。

美しい光と優しい色に満ちた絵の中心には、私がいた。絵になった私がいた。

それはまぎれもなく私だけれど、私の一部であるマスクをつけていない。

少女はむき出しの泣き顔をさらしていた。

今にも溢れそうに涙が張った瞳は、朝の光を受けて星のようにきらきらと輝いている。

ほんのりと紅潮した頬に、ひと筋の涙がこぼれて、その涙の雫には、綺麗な朝焼けが映り込んでいる。

泣いているのに、それでも少女は、満面の笑みを浮かべていた。清々しいほどの顔で泣きながら笑っていた。

(中略)

下に貼られたプレートを見る。

【大賞 色葉高等学校二年 深川青磁】

青磁、という文字を何度も目でなぞる。

愛おしさが込み上げてきた、青磁、と呟く。

次の瞬間、作品のタイトルが目に入って、時が止まった。

周りにいるたくさんの人たちの足音も、ひそひそ話の声も、なにも聞こえなくなった。そこに書かれた文字しか見えなくなった。

 

【夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく】

それが、この絵のタイトルだった。

瞬く間に時が巻き戻されて、三ヶ月前を思い出す。私が読んだ小説の中に出てきたセリフを、青磁に教えた。

――夜明けに会いたいと思った人が、一緒に朝焼けを見たいと思った人が、あなたにとっていちばん大切な人。

私は視線を上げて絵を見る。

とても、とても優しい筆致で描かれた私と、見つめ合う。

溢れる涙に瞳を潤ませながら、それでも心から嬉しそうに輝くような笑みを浮かべている私。

これはきっと、ずっと昔に私が失くしてしまった笑顔。

頬がひんやりとして、絵の中の私と同じように、自分も泣いていることに気がついた。

マスクの中で、熱い嗚咽が洩れる。

青磁に会いたい。青磁の顔が見たい。青磁の声が聞きたい。

今すぐ青磁に会いにいこう。迷惑がられたって、嫌がられたってかまわない。

最後に目に灼きつけるように絵を凝視してから、私は美術展の会場をあとにした。


届くように

青磁はすぐに見つかりました。

階下に続く階段へと向かっている途中、美術館一階のホールにその姿が見えたのです。

「青磁!」茜は大きな声で叫びました。

けれど、彼はこちらに背中を向けて出口へと向かっていきます。

茜の声はきっと聞こえていたでしょう。聞こえているからこそ、青磁は離れていくのです。

走って追いつける状況ではありません。階段を降りている間に、青磁の背中を見失ってしまいます。

どうすれば青磁の足を止められるだろう? どうすれば彼の心まで声が届くだろう?

茜は思いました。

マスク越しの声ではだめなのだ、と。

※以下、小説より一部抜粋

…………

怖かった。

たくさんの人がいるこんな場所で、素顔をさらすのは、鳥肌が立つほど怖かった。

でも。

……青磁が消えてしまうのは、もっと怖い。

震えてうまく動かない指で、マスクの紐を右耳から外した。突然の外気に、右の頬だけが粟立つ。

反対側の紐も外した。ぽろりとマスクが床に落ちた。

ほとんど一年ぶりに、自分の意志で、外でマスクを外した。

「……青磁!」

外界との隔たりを失った私の声は、吹き抜けのホールに響き渡った。

「青磁、行かないで!」

彼が弾かれたように振り向いた。銀色の髪が揺れる。こちらを見上げた目が大きく見張られているのがわかった。

無数の視線が突き刺さる。

美術館中の人たちが私を見ている気がした。私の醜い素顔をみんなが見ている気がした。

でも、いい。青磁が私を見てくれるなら、誰に見られたっていい。

私は手すりに体を預け、足をかける。

このまま逃げられたりしてしまわないように、下へ飛び降りようと思ったのだ。二階だから、きっと大丈夫。

その瞬間、「馬鹿!」と叫ぶ声が響き渡った。

青磁がこちらを見上げながら、ホールを突っ切って駆け寄ってくる。

「やめろ、馬鹿か! 危ねえだろ!!」

珍しく慌てている彼の様子がおかしくて、ふふっと笑いが洩れた。

「青磁が逃げないなら、飛び降りないよ」

「……わかった。わかったから、大人しくそこにいろ」

(中略)

床に目を向けると、さっき落としたマスクがひっそりと転がっていた。

拾い上げてポケットに入れる。お世話になりました、と心の中で呟いた。

きっと、私にはもうマスクは必要ない。

思い出の笑顔

美術館の展望台。ベンチに並んで座ってふたりは久しぶりに言葉を交わします。

最初に話したのは、大賞の絵のこと。

絵に描かれていたのは小学生の頃の茜でした。

ぱんだ
ぱんだ
どゆこと?

青磁と茜の出会いは、実は高校ではありません。

小学生の頃、青磁はサッカークラブに入っていました。茜の兄も同じクラブに入っていて、その縁で二人は出会っていたのです。

※茜はすっかり忘れていたわけですが……

当時、こんなことがありました。

サッカーの試合で相手チームの男の子が卑怯なプレーばかりしていて、それに怒った茜がコートに乗り込んできたのです。

「あれはマジでびっくりしたよ。いきなり駆け込んできて、あいつに突進して説教はじめて」

それからの展開はもうめちゃくちゃでした。

殴りかかってきた男の子から茜を助けるように青磁が乱入し、かと思えば今度は青磁を助けようと茜が男の子を蹴り飛ばして……。

「……あの絵はさ、あのときのことを思い出しながら描いたんだ」

喧嘩のあと、茜は泣き笑いの表情で「助けてくれてありがとう」と青磁に言いました。

青磁はそのときの笑顔をずっと覚えていて、大賞の絵を描いたのです。

「あのときから、茜のことずっと気になってた」

高校で再会したとき、青磁は開口一番に「お前が嫌いだ」と茜に言い放ちました。

あまりに言葉足らずでわかりにくいのですが、あれは「茜の作り笑いが嫌いだ」という意味だったのだと青磁はいいます。

「だって、お前の笑顔が好きだったから。作り笑いなんか見たくなかったんだよ」

※以下、小説より一部抜粋

…………

「ついでに言うと、間違ったことが許せなくて、言いたいことは思い切りぶちまけて、相手がどんなやつでも食ってかかる強さも、好きだった」

連続で爆弾を投げ込まれたような気分になって、私は両手で顔を覆った。もう、今にも火が出そうだ。

「だから、高校生になったお前が、言いたいこと言わずに飲み込んで、作り笑いで周りのご機嫌とってるの、見てるだけで嫌な気分になったんだよ」

「……うん、ごめん」

「謝るなよ」

俯いた頭を、ぽんぽん、と撫でられる。

「そうなったのには事情があったんだってわかったし。それに、美術室とか屋上にいるときの茜は昔のままだったから、俺にだけは本当の自分見せてくれてたんだって、嬉しかったよ」

それなら、と反射的に言葉がこぼれた。

「それならどうして……私から離れていったの?」


青磁の秘密

いよいよ核心です。

青磁が茜のことを避けていたのは、彼の抱えている《秘密》のためでした。

  • 白髪
  • 意味深な発言
  • 学校を休んだ数日間

伏線というにはあからさまないろいろが思い出されますね。

結論からいいましょう。青磁の秘密とはズバリ【病気】です。

ぱんだ
ぱんだ
やっぱり……!

青磁は中学生のときに小児がんを患いました。

患部は頭。脳腫瘍です。

腫瘍があったのは手術できない位置だったため、治療は放射線と抗がん剤。副作用は地獄の苦しみで、それなのに一回目の治療はまさかの効果なし。

はかり知れない恐怖と絶望が、青磁にのしかかりました。

「本当に、死ぬかもって……めちゃめちゃ怖かった。震えが止まらないことも何回もあった」

青磁の髪から色が抜け落ちたのはこのときです。

「抗がん剤治療は終わって、抜けきってた髪が生えてきたとき、全部真っ白になってたんだ。あまりにも怖がってたせいだと思う……情けないよな」

その後、二回目の抗がん剤治療が成功し、青磁は退院しました。

だから、いまのところ青磁は健康体です。

ただし、再発のリスクは常に隣り合わせです。学校を休んでいたのも定期検査で腫瘍らしき影が発見されたからでした。

ぱんだ
ぱんだ
えっ……?

安心してください。それから詳しい検査を受けて大丈夫だと診断されています。

「でも、結果はよかったけど……」

※以下、小説より一部抜粋

…………

「結果待ちの間、俺はまた、中学のときみたいに、馬鹿みたいに怯えながら過ごしてたんだ。再発は死亡率が上がる、もうだめかも、今度こそ死ぬかもって、がたがた震えながら……」

私の手の中にある彼の手が、徐々に力を失っていくのがわかった。

だから、つなぎとめるように強く、強く握りしめる。

「再発はしてないって言われても、百パーセントは喜べなかった。だって、またいつ再発しないとも限らない。もしかしたら来年、再発するかもしれない。そう思ったら、俺は一生こうやって病気に怯えながら生きるんだなって気がしてきて……」

太陽はいつの間にか空高く昇っていて、頭上からの光が青磁の顔に濃い陰影を作っていた。

「……こんな情けない自分は嫌なんだ。茜に幻滅されて嫌われるのが怖い……だからお前から逃げたんだよ」

だいすき

※直前の青磁の台詞の続きから

「幻滅なんてするはずないでしょ」

「…………?」

「だって、私は青磁のこと、好きだから」

きっぱりと言い切った。彼に信じてもらうために、少しもぶれてはいけない。

「きらきらしてる青磁のことも好きだけど、私だけに見せてくれる弱さも好きだよ。それってすごく特別って感じがして、嬉しいから」

青磁は戸惑うような顔をしていた。

その手を両手で捧げもって、自分の額に当てる。

「……ねえ、青磁。青磁はね、私の世界を変えてくれたの。青磁の絵に出会って、暗くて狭くて息もできなかった私の世界が、すっごく綺麗なものになった。青磁に貰ったたくさんの言葉で、私は生まれ変わって自分の気持ちを外に出せるようになったの」

できれば、青磁を蝕む不安や恐怖を、ひとつ残らず、全て消し去ってあげたい。

でも、きっとそれは無理なことだから。

だから、私は。

「青磁、大好きだよ」

なぜか涙が溢れてきて、止まらなくなった。

「本当に、本当に、大好き。青磁がいない毎日なんて、もう考えられない。青磁と離れてる間、寂しくて悲しくて、どうにかなりそうだった。私はもう青磁から離れられないの。だから……」

言葉も涙も、とめどなく私の中から湧き上がって、溢れ出していく。

胸がいっぱいだった。愛しさでいっぱいだった。

大切な彼を、私の力では、病気や死の恐怖から守ることはできない。

だから、せめて、私にできる精いっぱいのことを。

「……側にいさせて」


結末

青磁は力が抜けたように笑うと、茜の手を引いて歩き出します。

美術展に戻り、たどりついたのは大賞の絵の前でした。

【夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく】

※以下、小説より一部抜粋

…………

「……この絵は、再発の可能性があるって言われて検査して、その結果を待ってるときに描いた」

青磁がぎゅっと私の手を握る。

「再発だったらどうしようって、死ぬほど怖くて。ひとりだけ真夜中に取り残されたみたいな気分だった」

私はその手を握り返す。結果を待つ間の彼の気持ちを思うと、じんと目の奥が熱くなった。

「そのときに思ったんだ……もしも再発じゃないってわかったら、再発への恐怖とか不安を乗り越えられたら」

青磁が柔らかく微笑んで私を見る。

「この真っ暗な夜が明けたら、いちばんに茜に会いたいって」

(中略)

あまりにもストレートな言葉に、私のほうが恥ずかしくなってきた。だから、照れ隠しに笑う。

「なにそれ。青磁は私のことめちゃくちゃ好きってこと?」

冗談めかして言ったのに、彼は真剣な顔で「そうだよ」と答えた。

「俺はお前が好きだ。小学生のときからずっとだよ。この絵を見たらわかるだろ」

(中略)

いきなり視界が塞がれた。

そして、ほんの一瞬、唇にぬくもりが触れる。

えっ、と声を上げたら、青磁がにやりと笑った。

「マスク卒業記念だよ」

ぽかんとしていたら、青磁の目が優しく細まり、そして今度はひどくゆっくりと、唇が降ってきた。

「卒業、おめでとう」

からかうような言葉だけれど、溢れるほどの優しさが伝わってきて、全身が幸福感に満たされた。

「うん……ありがとう」

やっぱり青磁が大好きだ、と噛みしめるように思った。

 

つないだ手のぬくもりに、ひっそりと誓う。

愛しいこの手が、夜の冷たさにひとり凍えてしまわないように、私はいつまでも、彼の隣にいよう。

<おわり>

ぱんだ
ぱんだ
いいねしてね!

 


まとめ

今回は汐見夏衛『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』のあらすじネタバレ解説をお届けしました。

青磁の言動があまりにも不穏で、悲しい結末を覚悟していたのですが、結果的にはとびきりのハッピーエンドになってよかったです。

読み終わってみると、きれいな物語だったな、というのがいちばんに浮かんできた感想でした。

一秒ごとに色を変えていく朝焼けの空の美しさも然り、だんだん青磁に惹かれていく茜の恋心も然り。変化のグラデーションが丁寧かつ色彩豊かに描かれていて好印象でした。

文庫巻末に収録されている番外編では大学生になったふたりの姿も見られます。

今回の記事ではごっそり削ってしまった茜が青磁を好きになっていくいくつかのエピソードを合わせて、ぜひチェックしてみてください。

きっとあなたも朝焼けが見たくなります。

 

映画情報

キャスト

  • 白岩瑠姫(JO1)
  • 久間田琳加

公開日

2023年9月1日公開

ぱんだ
ぱんだ
またね!


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