雫井脩介「検察側の罪人」が映画化!
木村拓哉さんと二宮和也さんが出演し、話題になりました。
わたしは小説も読んだのですが、ミステリー作品としての味わいはもちろん、登場人物たちが織り成す人間ドラマに惹きこまれる作品でした。
※ちなみに恋愛要素もあります。
というわけで、今回は映画化もされた小説「検察側の罪人」のあらすじとネタバレをお届けします。
あらすじネタバレ
2012年、5年目の若手検事・沖野啓一郎は東京地検の刑事部に配属された。
刑事部の中でも特に凶悪事件を担当する本部係には、司法修習生時代の恩師・最上毅がいる。
尊敬するベテラン刑事・最上と一緒に仕事ができることを、沖野は心から喜んでいた。
また、最上も優秀で正義感にあふれる沖野に、期待の眼差しを向けていた。
始まり
蒲田で殺人事件が発生した。
捜査本部が立つような事件の場合、本部係である最上は初動段階から警察の捜査に加わる。
最上はさっそく沖野を連れて現場へと急行した。
現場に到着した2人は、捜査一課七係の青戸係長から事件のあらましを説明される。
被害者はともに70歳を超える老夫婦・都築夫妻。
都築は個人的な交友関係において金貸しを行っている小金持ちであり、怨恨、または金銭関係の犯行だと思われる。
凶器の包丁は犯人が持ち去っているが、外から持ち込まれたものであり計画的犯行の可能性が高い。
事件の凶悪性を考えれば極刑が妥当だろうな、と最上はすばやく判断した。
事件現場からは犯人につながるような証拠は出てこなかった。
犯人の目撃情報もなし。
借用書の入った金庫に開けられた形跡があることから、警察は「都築に金を借りていた知人」に当たりをつけ捜査を開始した。
その男、松倉重生
都築に借金をしていた人物のリストの中に「松倉重生」の名前を見つけた時、最上は息を呑んだ。
23年前、根津で起きた殺人事件の犯人であると目されながら、証拠不十分で逮捕されなかった男…それが松倉重生だった。
その事件の被害者は、当時まだ中学二年生だった「久住由季」
かつて最上が妹のように可愛がっていた女の子だった。
事件のあらましはこうだ。
由季は一度、松倉に無理やり暴行されていた。
後日、味をしめた松倉が再び襲い掛かろうとしたとき、由季は用意していたスパナで反撃。
頭にきた松倉はそのまま由季の首を絞めて若い命を奪って逃げた。
本来なら、すぐさま逮捕されてしかるべきだ。
しかし、犯行時間の松倉のアリバイを証言する人物が現れた。
その人物の証言はあやふやで信憑性はなかったが、裁判では重要な証拠として扱われる可能性があった。
さらに、松倉の否認態度も一貫して崩れることがない。
当時の検察はそのことを重要視し、松倉の逮捕・起訴を諦めたものだと思われる。
そして、その事件はひっそりと時効を迎えた。
最上は今でも当時の悔しさや無念さ、犯人への怒りを忘れてはいない。
松倉は「酒・女・ギャンブル」に溺れる典型的なダメ人間だ。
普段から下卑た言動が多く、仕事で怒られてムシャクシャした腹いせに由季を汚そうとした最低の男だ。
そんな男に、なぜ由季の命を奪われなければいけなかったのか…!
この事件は、最上にとって「検事としての原点」であると言っていい。
罪を犯した者は必ず裁かれなければならない、という強い意志の原点。
借用書のリストに松倉の名前を見つけたとき、最上は「過去の無念に報いる日がようやく来た」と感じた。
検事としての領分を越えて「松倉が犯人であってほしい」と強く願った。
加速
偶然にも、捜査本部の幹部・田名部管理官もまた23年前の事件に因縁を持つ人物であり、松倉に厳しい目を向けていた。
最上・田名部のコントロールにより、警察は松倉を容疑者としてマーク。
めぼしい証拠のないまま松倉犯人説を推し進めた。
この捜査の流れに不自然さを感じた沖野は「最上たちは冷静じゃないかもしれない」と疑念を抱きつつも、「自分の力量不足で真実を見抜けていないだけかもしれない」と悩む。
そんな中、捜査に大きな進展があった。
今回の事件に関しても一貫した否認姿勢をとっていた松倉だったが、証言の一部に嘘をついていたことが発覚したのだ!
目撃情報により「都築の家に行っていない」という松倉の証言が崩れ、当日に松倉が都築宅の周りをうろついていたことが明らかになる。
松倉は「実は家には行っていたが留守だった」と証言を変えて否認姿勢を続けるが、捜査本部内ではますます松倉への疑いは強くなる。
沖野も「やはり自分が間違っていたのか」と最上たちベテランの嗅覚に感服した。
逮捕
松倉を犯人と睨み取り調べを続けるが、相変わらずの否認。
捜査本部にとっての痛手は「証拠」がないことであり、それがない限り逮捕・起訴は難しい。
「本人の自供さえあれば…」
最上らはまず23年前の時効事件の犯人であることを松倉に認めさせ、そこから今回の事件の自供につなげようと考える。
「なぁ、松倉。けりをつけようぜ。自分を救え。最新のDNA鑑定で23年前の検体を調べることもできるんだぞ」
「は…はい…」
「おまえがやったのか?」
「すいません」
森崎警部補の熟練の取り調べにより、ついに松倉が23年前の犯人であることを認めた。
最上・田名部は一気に蒲田の事件にもカタをつけるため、別件(業務上横領)で松倉を逮捕した。
あとは延長を含めた勾留期間20日で、都築夫妻の件も自白させればいい。
松倉を逮捕したことで、ガサ入れが可能になった。
最上らは蒲田事件の証拠(特に凶器)を探すため、松倉の家を捜索する。
そして、最上はあるレシートを見つけて血の気が引いた。
『5時8分 銀龍』
現在、警察は犯行時間4時半説を推している。
これに対して松倉は「5時過ぎに中華屋『銀龍』を出た」を証言中。
つまり、このレシートは「松倉がシロである」という説を補強する材料になってしまうのだ。
もちろん、犯行時刻には幅があるため松倉犯人説が覆るほどの証拠ではない。
しかし、そのレシートは最上にとって明らかに邪魔な存在だった。
最上は誰にも見られていないことを確かめると、そのレシートを握りつぶし、自身のポケットにしまい込んだ。
検事にあるまじき行為…このとき最上は『真実がどうであれ絶対に松倉を犯人にする』ことを決意する。
最上は松倉を犯人に仕立て上げることができるような物証を、密かに松倉の部屋の中からかき集めて持ち出した。
その日は結局、松倉の家から有力な証拠は何一つ出てこなかった。
疑念
「何人手にかけりゃ気が済むんだ?お前みたいなけだものが生きてるせいで、どれだけ犠牲者が生まれなきゃいけねえんだよ?白を切れば、また逃げられるとでも思ってんのか?馬鹿野郎!もう時効はねえぞ!徹底的に追い詰めてやるからな!」
「そんな…検事さん、私じゃありません!」
犯人の取り調べは、警察だけではなく検察でも行われる。
最上から松倉の担当を任された沖野は、指示通り口汚く松倉を罵り、精神的に追い詰めていく。
通常の人間なら、数日のうちに精神が参って自白したくなるような厳しい取り調べだ。
しかし、松倉は精神的には苦しんでいるものの、一向に自白しない。
そのうちに激しく松倉を罵る沖野の方が疲れ果ててしまい、その姿には憔悴が色濃く浮かぶようになっていった。
(本当に松倉が犯人なのだろうか?)
そんな疑念に苦しむ沖野を、相方である事務次官・橘沙穂が心配そうに見つめていた。
一方、最上は松倉の家から集めてきたものを事件現場に配置し、なんとか証拠をつくりだそうとするものの、再捜索までに風に流されてしまったのか失敗に終わってしまう。
その上、最上にさらなる逆風が襲い掛かる。
捜査線上に新たな容疑者が浮上したのだ。
男の名は、弓岡嗣郎。
都築とはギャンブル仲間でありながら、借用書のリストに名前がなかった男だ。
この男が犯人だとすれば、自身の借用書を抜き取るために事件を起こしたということで、つじつまが合う。
詳しく話を聞いてみると、弓岡は飲み屋で『公表していない事件現場の状況』について自慢げに話していたという。
それはつまり、犯人しか知りえない事実に他ならない。
(なんてことだ、犯人は弓岡じゃないか…)
沖野が絶望するなか、最上は道を踏み外す覚悟を固めていた。
外道
(なんとしてでも松倉を犯人にする。罪人は裁かれなければならない)
仮に松倉が犯人ではなかったとしても、裁判で有罪が認められればいい。
最上は、たとえ今回の事件に関しては冤罪だったとしても、松倉を絶対に極刑に処すると誓う。
そのために必要なことは…。
最上はまず捜査資料から得た情報を使って弓岡に連絡し、警察の手が入る前に逃げるように指示。
次に、以前担当した裏社会のブローカーから拳銃(マカロフ)を購入した。
最上は箱根に逃がした弓岡に「安全な隠れ家と資金を提供する」と言って合流。
弓岡が蒲田の事件の真犯人であることを本人の口から確認し、凶器の包丁を回収した。
そして…
「お前も相応に罰せられるべきだ」
最上は震える手に握ったマカロフで弓岡を撃った。
すでに事切れていることを確認すると、事前に用意していた山中の穴に一心不乱に埋める。
薬莢は3発中2発までしか回収できなかったが、仕方がない。
最上は誰かに見られる前にその場から立ち去った。
(松倉を裁くためだからといって、この男を逃がしていいわけはない。罰せられるべき男なのだ)
(けれど…自分も今、この弓岡や松倉と同じ罪人になった。この俺は誰に罰せられるのだろうか)
もう、後戻りはできない。
再逮捕
松倉は一度にいい知らせと悪い知らせを聞くことになった。
いい知らせは業務上横領の件が不起訴になったこと(=釈放)
そして、悪い知らせは蒲田の事件の容疑者として正式に再逮捕されたこと。
これまで警察は「自供がなければ逮捕できない」という姿勢だったが、自供に代わる強力な証拠が発見されたため逮捕に踏み切ったのだ。
その強力な証拠とは「凶器」
偶然、市民が河原に落ちている不審物を当局に通報したのだが、調べてみると犯行に用いられた包丁だった。
しかも、その包丁は松倉の指紋がついた競馬新聞に包まれていた。
この事実を持って、警察は「松倉が犯人である」と断定し、検察は「裁判で勝てる」と見込んだ。
松倉は一瞬絶句したのちに「俺じゃない!」と懸命に抵抗したが、もはや否認に意味はない。
凶器という強い証拠が出た以上、田名部・最上は松倉が否認を続けようと起訴まで持っていく心づもりだった。
なお、もちろん凶器の包丁を競馬新聞に包んで捨てて、しかも通報までしたのは最上である。
最上は真犯人・弓岡から聞いた犯行の一部始終に少しだけ手を加えて、あたかも松倉が犯人であるような真実味のあるストーリーを描いた。
裁判員裁判では、このストーリーが松倉の凶悪性を強く印象付けるだろう…。
勝利を確信した表情の最上を、沖野は複雑な心境で見つめていた。
(確かに最上さんの睨んだとおり松倉が犯人だったようだ…。しかし、最上さんは少し見通しすぎていないか?)
沖野は取り調べを担当した心証から、今や「松倉は犯人ではない」と考えている。
それに、冷静になって考え直してみれば凶器以外に犯行を裏付ける証拠が揃っているわけでもない。
沖野は強引に松倉を裁こうとする最上に失望感を抱いた。
決別
沖野は覚悟を決めて最上に胸の中の疑念を訴える。
しかし、最上は沖野の言葉を聞き入れようとはしない。
それどころか「沖野のためを思って」という体裁で、最上は沖野を松倉の担当から外してしまった。
以降の松倉担当は、最上自身。
精神的に限界だった沖野は本来「楽になった」と安堵していい場面だったが、沖野は沸き立つ悔しさを抑えることができなかった。
担当から外れろと宣告されたその日の夜、沖野は沙穂と一緒に飲みに出かけた。
荒れに荒れている沖野の愚痴を、沙穂は静かに聞いてくれている。
沙穂に対して自分の素直な気持ちを話すうちに、沖野にはだんだん自分のとるべき道が見えてくる。
(正義とは何だ?検事としての仕事に忠実である前に、俺は一人の人間として正直に行動したい)
沖野が決意した道は、即ち、最上との対立。
その晩、沖野は沙穂を抱き、気持ちに区切りをつけると、翌朝には「辞職願」を提出した。
検事のままでは、最上を止められない。
最上を止めるためには、まず検事を辞めなければいけない。
沖野の決意はすでに固まっていた。
数週間の後、いよいよ沖野が検事を辞める日が来た。
最後のあいさつをするため、沖野は最上の執務室を訪ねる。
2人の心境はそれぞれに複雑だ。
沖野は憧れだった最上と、これから対立していかなければならない。
一方の最上は、目をかけていた若手の人生を変えてしまったことを、心から苦々しく思っていた。
「君は君の信じる道を進めばいい。成功を祈ってる」
「その言葉を胸に、がんばらせていただきます」
2人は固い握手を交わした。
反逆
すでに松倉の裁判の準備は進められている。
となれば、沖野に残された手は「弁護側に無罪を勝ち取らせる」ことだけ。
沖野は国選弁護人の小田島に事情を話し、元検事として得た情報を提供する。
今後も法律の世界で生きていくであろう沖野にとって、それは社会的立場を失くす可能性のある危険な手段だったが、迷いはない。
正義を貫くため、冤罪だけはなんとしてでも防がなければならないのだ。
とはいえ、検察側には凶器という揺るがぬ証拠がある。このままでは裁判で勝てる見込みは薄い。
劣勢からスタートした弁護陣営だったが、「週刊平日」の記者・船木が連れてきた超大物弁護士・白川雄馬の登場によって風向きが変わり始める。
白川は「無罪職人」とも呼ばれる冤罪事件のプロであり、人権派弁護士として影響力のある人物だ。
白川の協力、そして船木が書いた記事によって世論が動く。
さらに松倉に有利な証言をしてくれる人物を確保できたことで、弁護側はなんとか互角の戦いができる状況まで盛り返すことに成功した。
一方、最上はとある新聞の記事を目にして顔面を蒼白にしていた。
『別荘地から男性の遺体 拳銃の薬莢見つかる 山中湖』
真相へ
そもそも、なぜ今回の事件では松倉が執拗に犯人にされそうになっているのか?
確かに松倉は23年前の事件の真犯人であり、否認を続けて逃げ切った過去を持つ信用ならない男だ。
しかし、それにしても強引すぎやしないだろうか?
しかも、このタイミングで弓岡が消されたというのは、あまりにも出来すぎている。
「蒲田の事件と弓岡の件は関係があるはずなんだ…」
となれば、弓岡を始末したのは蒲田の事件の捜査関係者ということになる。
松倉犯人説を貫くために、警察内部の誰かが弓岡と接触して、凶器を奪った後に始末した…?
ならば黒幕は23年前の事件に刑事として関わっていて、松倉に私怨のある田名部管理官…!?
沖野はさっそく懇意にしている森崎警部補に確認をとったが、田名部を始めとする警察内部の人間には時間的なアリバイがあった。
彼らにはとても箱根まで行って弓岡を消してくるような時間はなかったのだから。
沖野が真相にたどり着くまで、あと少し…!
そして、最後の1ピースがハマった。
『最上毅は23年前の事件の被害者・由季と面識のある人間だった』
その事実にたどり着いたとき、沖野啓一郎はすべてを理解した。
なんてことだ。
黒幕は、最上だったのだ!
沖野は最上が田名部の執念に影響されているのかと思っていたが、そうではなかった。
今思えば、最上自身が捜査をコントロールしていたのだ。
弓岡が消された時期、最上は休みを取っていてアリバイがない。
拳銃は沖野も一度担当したことがあるブローカーの男から手に入れたのだろう。
間違いない。
恐ろしい真実を前に、沖野はしばらく呆然と佇んでいた。
最上の覚悟
一方その頃、最上もまた沖野が密かに弁護側に協力していることに気がついていた。
それだけではなく、最上が検事の領分を越えてまで行った数々の行為に沖野がたどり着いていることも。
沖野が弁護側に情報を流しているというのは、かなりグレーな行為だ。
最上が沖野を潰そうと思えば簡単につぶせるだろう。
しかし、最上はそうしなかった。
(沖野が彼自身のために反逆の道を選ぶなら、逃げずに真正面から受け止めよう)
最上は、運を天に預けた。
最上の末路
沖野の情報提供により「現職検事が殺人事件の容疑者!」という記事が世に出た。
見る人間が見れば一発で最上のことを書いているのだとわかる内容だ。
最上は平静を装って疑惑を否定するが、状況は刻一刻と悪化していく。
まず、捜査本部や検察内部の人間から疑惑の目を向けられ、最上の信用は地に落ちた。
次に、最高検からの取り調べが始まり、連日厳しく自白するよう追及された。
最上は変わらず否認を続けたが、Nシステム(自動車ナンバー自動読取装置)のデータなど、弓岡を始末した時の証拠が次々に揃ってくる。
そして、ついにその時が来た。
最上毅、逮捕。
沖野は吉報であるはずのその報せを聞いて、これまでにない複雑な心境を抱いた。
正義の在り処
最上が逮捕されたことにより松倉の裁判は事実上実行不可能となり、松倉は釈放された。
釈放の会見では白川が「23年前の事件の犯人も彼ではない。言わされただけだ」と発表し、沖野は耳を疑う。
「彼にもこれからの社会生活があるから」という白川の判断らしい。
弁護団の祝勝会の席。
上司からの命令だったとはいえ、口汚く松倉を罵っていた沖野は、そのことを松倉に謝罪する。
「い、いったいどの面下げて来やがった!白川先生、こいつが私を脅して無理やり罪を認めさせようとしたんですよ!人を散々罵って!」
「その節は…大変失礼しました」
「そんな簡単に許されると思うな!土下座しろ!土下座だ!」
「申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げる沖野。
そこに痰を切るような音がし、沖野の頭にべちゃりと松倉の吐いた痰がかかった。
「根津の事件だって、俺には何の関係もないんだからな!」
松倉の吐き捨てるようなだみ声を聞きながら、沖野は考えた。
(自分は本当に正義を成したのだろうか?)
沖野はその場を去った。
後ろで白川が松倉に「お祝い金」を渡している。
さきほどまでの怒りをころっと忘れて上機嫌になる松倉。
白川が「何でも好きなものでも食べたらいい。あんたは何が好物なんだ?」と尋ねると、松倉は下卑た声で答えた。
「そうですねえ、白くて柔らかい…女を抱きたいですねえ、うへへへ」
松倉の笑い声を聞きながら、沖野は祝勝会の会場を出た。
すべて終わったのだ。
沖野はこれから弁護士となり、事務次官を辞めた恋人の沙穂と一緒に暮らしていくのだろうと考える。
しかし、沖野は正義を見失い、その気持ちは淀んでいてすっきりしない。
本当にこれで良かったのだろうか?
あるいは、最上の方が正しかったのではないだろうか?
結末
「お久しぶりです」
「元気か?」
「はい」
面会しに行った沖野の言葉に、最上はまるで何のわだかまりもないような静かな声で応えた。
「悪かったな」
「え?」
「君のような将来のある人間を検察から去らせてしまった。それだけが痛恨の極みだ。ほかには何も悔いることはない」
沖野は胸が詰まり、感情の昂ぶりを息を吞み込んで抑えた。
震える声で切り出す。
「最上さん…僕に弁護人をやらせてください」
事実上、最上は沖野の働きによって逮捕されている。常識では考えられない申し出だ。
それでも、沖野はそう言わずにはいられなかった。
「お願いします。一生懸命やります。最上さんの力にならせてください」
最上は優し気な眼差しで沖野を見る。
「ありがとう…でも、いいんだ。俺を助けてくれる人間はもういる。君は他の人間を助けてやってほしい。君にしか救えない誰かが、きっとどこかで途方に暮れているはずだ。君が本当に救うべき人間を見つけて、力を注いでやってくれ。俺じゃない」
沖野が虚脱感に襲われるなか、面会の時間が終わった。
沖野は最上のことを想う。
彼はずっと検事だったのだ。
時効で罪の償いから逃れた男に、彼はとてつもない代償を負わせることを思いついた。
やってもいない罪で極刑を科す…およそ考えられるどんな手よりも、苛烈で凄まじい制裁方法だ。
ただ、それをするには彼自身も大きな代償を払わなければならなかった。
また新たに、罪から逃れる人間を作るわけにはいかなかった。
それもはやり、彼が検事だったからだ。
ほかには何も悔いることはないといった彼の目は、正義を見つめ続けているようであった。
沖野もそれを見つめていたはずだったのに、沖野のそれは得意満面に自由を謳歌する松倉になり、アクリル板の向こうの最上になった。
…自分は、何を間違ったのだろう?
正義とはこんなにも歪で、こんなに訳の分からないものなのか。
「うっ…」
沖野は歯を食いしばって抑えようとしたが、自分の中から何かが崩れていこうとするのを止めることはできなかった。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
沙穂が隣から沖野を抱きしめる。
「おおおおおおおおおおおおおおお!」
沖野は沙穂の腕の中でもがきながら叫び続ける。
自分はこれからどう生きていけばいいのか。
いくら考えてもわからない。
最上を救いたいと思って願い出たが、本当に救いたかったのは自分自身だったのかもしれない。
「おおおおおぉぉぉあああああぁぁぁぁぁ…」
声がかすれ、それは嗚咽に変わった。
沖野はむせび泣きながら、最上がいる建物が涙に溶けていくのを見た。
<検察側の罪人・完>
感想
沖野が自問自答した問い「正義とは何か?」…読者としてもそのことについて考えざるをえなくなるような強い訴えを内包した作品でした。
小説の結末における三者の在り方を振り返ると…
最上
検事としての正義を貫いた結果、罪を犯して投獄された。
松倉は裁かれなかったが、自身の選択に後悔はない。
沖野
人間としての正義を貫いた結果、一人の罪人を助けてしまい、信念ある恩師を逮捕させてしまった。
今後どう生きていけばいいのかわからない混迷状態のまま結末を迎える。
松倉
23年前の事件の真犯人だが、何一つ裁かれることはなかった。反省の色もない。
見方によっては完全に「松倉の一人勝ち」です。
正義を信じた2人が不幸になり、救えないほどの下衆だけがハッピーエンドを迎える。
「こんな結末、あんまりじゃないか!」と言いたくなりますが、そこでふと、実は現実の社会でもこういう事態が起こっているのかもしれないという可能性に気がつきます。
正義とは何か?法律とは?裁判とは?
確かに物語としてはすっきりとしないラストでしたが、その代わりに「社会の歪み」について考えさせられるような、メッセージ性の強いラストでした。
壮大な人間ドラマ、読者を飽きさせない展開の連続、深いメッセージ。
小説「検察側の罪人」はとにかく濃く、深く、骨太な作品でした。
おもしろかったです!
まとめ
今回は「検察側の罪人」のあらすじ・ネタバレ・感想などについてお届けしました!
いやぁ、それにしても意外な結末でしたね。
だんだん道を外れていく最上と決別した沖野が勝利を収めるだろうとは予想していましたが、まさか沖野にも傷が残る結果になろうとは…。
松倉が裁かれなかったことを含めて、すっきりしない後味の悪さが残るラストでした。
とはいえ「良くなかった」という意味ではなく、強いメッセージ性が感じられる奥深い結末だったと思います。
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あらすじありがとうございます。
映画を見たのですがスッキリせず、原作小説が気になり結末を読みに来ました。
松倉に関しては映画より嫌な奴な印象で、検察側の2人は原作の方が感情移入出来そうです。
個人的には最上は人としての正義(法は関係なく罪人は報いを受けるべき)、沖野は検察官としての正義(法に則り、罪人であっても嘘で貶めてはならない)という印象でした。