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小説「億男」あらすじネタバレ!結末は?【映画原作】

川村元気「億男」は、一度は読んでおきたい小説です。

物語として面白いのはもちろんのこと、私たちとは切っても切り離せない「お金」についていろいろと気づかされることの多い本になっています。

作中最大のテーマは『お金と幸せの関係』について。

  • お金があっても幸せにはなれない?
  • 「お金がなくても幸せになれる」は嘘?

小説「億男」はその『答え』を教えてくれます。

今回は映画化された小説「億男」のあらすじネタバレをお届けします!

いきなり大金を手に入れた主人公…結末はどうなる!?

あらすじネタバレ

第1章 一男の世界

一男には三千万円の借金がある。

二年前、弟が失踪した際に残った借金を肩代わりしたためだ。

妻と義父母からは援助の申し出があったが、一男は断った。

しかし、今思えばそこが運命の分かれ道だったのかもしれない…。

 

借金を返済するため、一男は図書館司書としての仕事に加え、夜はパン工場で働くようになった。

あわせて月収は40万円。月に20万円ずつ返済していっても、完済は30年以上先の話だ。

やがて妻の万佐子と家計のことで口論になった。

そうして万佐子が一人娘のまどかを連れて出ていったのは1年半前のこと。

以来、別居生活が続いている。

一男はパン工場の寮へと引っ越し、四畳半の部屋で一個百円のパンを食べる生活を送っている。

 

『人生に必要なもの。それは勇気と想像力と、ほんの少しのお金さ』

かのチャールズ・チャップリンの格言は、今の一男に勇気を与えない。

一男に必要なのは「ほんの少しのお金」ではなく「大金」だった。

…そう、間もなく一男が手にすることになる『三億円』のような。

 

 

最初は一枚の福引券だった。

狙いは、まどかが誕生日プレゼントに欲しそうにしていた「三等・自転車」

一男が念を込めてガラガラと福引きを回すと、カランカランと当たりの鐘が鳴った。

「四等・宝くじ十枚」

一男はガックリと首を垂れたが、十日後、状況は大きく変化した。

信じられないことに、宝くじが当選していたのだ。

当選金の額は『三億円』

喜びよりも、混乱が一男の頭を支配した。

ネットで検索してみると、高額当選者の多くは不幸な結末を迎えているという。

いったい、これからどうなるのか…。

 

三億円の主となった実感がまるでない。

まずはスーパーで、いつもより少しだけ高い品物を買ってみる。

+80円の贅沢。

今のところ「大金が一男に与えた自由」はその程度のものでしかなかった。

 

 

第2章 九十九の金

大学時代の四年間を一緒に過ごした無二の親友・九十九。

噂によれば、九十九はベンチャー企業の立ち上げに成功し、今では大金持ちになっているという。

一男は誰よりも先に、九十九に相談することにした。

「相談がある」

「じゃ、じゃあ自宅まで来てよ」

15年ぶりの電話とは思えない、昔と変わらない距離感に安心した。

少しどもり気味なしゃべり方も昔のままだ。

 

教えられた住所は、賃料だけで毎月何千万円もするという巨大なタワービルの一室。

部屋に入ると、ガランとした空間に1人、九十九がカップラーメンとコーラを口にしていた。

「お金はあるだろうに。いくらでもおいしいものを食べればいいじゃないか」

「食べるもので、な、悩みたくないんだ。疲れちゃうから。考えたくない」

「しかもこんなオフィスに、ひとり暮らしか?」

「もともとみんなでつ、使ってたオフィスなんだ。今は解散してひとり。引っ越すのが面倒くさいからす、住んでるだけさ」

現在、九十九には約157億円の資産があるという。

相談相手として、不足はない。

「宝くじが当たった。僕はこの三億円を…どうすればいい?」

「すぐにでも全額現金にしてみるべきだと僕は思う。三億円という数字が通帳に記入されただけで、姿かたちを見ることもなく終わる人生と、三億円の現金を実際に見て触ることのできる人生のどちらかを選べるのだとしたら、僕は絶対に後者をお勧めするよ」

九十九の言葉通り、一男は三億円すべてを現金でおろした。

約30㎏分の紙の束。

旅行バッグに詰めたそれを九十九の部屋に持っていくと、すぐに狂宴が始まった。

九十九が用意したのは、誰もが思い描くであろう「金持ちによる贅沢なパーティー」

美女が踊り、高級シャンパンが垂れ流され、芸能人たちがゲラゲラと笑っている。

一男は酒と金の力でふらふらだ。

ふと気がつくと、どんちゃん騒ぎの中で1人、九十九だけが部屋の隅で寂しげな表情を浮かべていた。

「こんなことを、たくさんしてきたんだな…」

「たくさんした。で、でももう飽きた」

「それで、お金と幸せの答えは見つかったのか?」

「いや、まだだ。でも、もう少しな気がする…」

九十九との話もそこそこに、一男は眠りに落ちた。

 

翌朝、目が覚めると部屋はすっかり片付いていた。

部屋の中には、一男ひとりだけ。

どこを探しても、いくら待っても、九十九は現れない。

そして、三億円が入った旅行カバンもまた、その姿を消していた。

 

 

第3章 十和子の愛

九十九が三億円を盗んで消えた。

どんな手を使ってでも、見つけ出さなければならない。

とはいえ、九十九が立ち上げたベンチャー企業は昨年買収され、そのまま解散している。もちろん電話もつながらない。

まずは、情報収集からだ。

一男が目をつけたのは、ネットで見つけたいくつかの画像。

猫背をさらに丸めてつまらなさそうな表情を浮かべる九十九の横に、ぴったりと美女が寄り添っている。

調べてみると、美女の正体はすぐにわかった。

名前は「十和子」

九十九と一緒に会社を立ち上げた3人のスタッフの内の1人で、秘書・広報を担当していた人物。

九十九の恋人だったのでは、という噂もあるようだ。

どうにか彼女の電話番号を調べて連絡を取ってみると、拍子抜けするほどあっさりと会えることになった。

 

十和子の自宅は、古い団地の一室だった。家賃は二万円ほどだという。

「驚かれましたか?」

「そうですね。正直に言いますと」

写真で見た十和子は金持ちが好みそうな派手な女だった。

ところが今は、地味な服装にメイク、そしてこの団地。

写真のイメージとは大きくかけ離れている。

「ここ公務員宿舎なんです。主人は、ここから車で十分ほどの市役所で働いています」

さらに意外な情報だったが、驚いてばかりいても仕方がない。

一男は本題を切り出すことにした。

「九十九について聞いてもいいですか?」

「どうぞ。でも、わざわざお越しいただいているのに申し訳ないのですが、私も彼とは長い間会っていないし、今どこにいるかも知りません」

十和子の言葉は想定の範囲内だった。

問題は、なぜ裕福なはずの九十九がバッグを盗んで消えたかということだ。

言ってしまえば、九十九には三億円を盗む理由がない。

企業の売却益が何億もあったはずだし、九十九には株取引の才能もある。

あの「資産が157億円ある」という話も本当だろう。

では、何故?

「九十九を見つけるためには、今の九十九について知らなければならないと思いました。だから、あなたを訪ねることにしたんです」

「…わかりました。九十九のことをお伝えするにあたり、まず私の話をしなくてはいけないでしょう」

そうして、十和子は彼女自身についての話を始めた。

 

 

一言で言えば、十和子の人生は金に縛られていた。

貧しい母子家庭で育った十和子は、生来の美貌を活かして、金持ちの男とばかり付き合ってきた。

金持ちの男とつきあえば、その金を自由に使うことができる。

十和子はお金から解放されている、と誰もが思ったことだろう。

しかし、そうではなかった。

「結婚の話が持ち上がり、新居を決め、式場を決めていくうちに私は、その男性のことを愛していたのか、そのお金を愛していたのか分からなくなり、いつも逃げ出してしまうのです。心の底からお金を求めていたのに、結局はお金では買えない愛を求めている自分が無様で憎かった」

「そのあと、九十九と出会ったんですね」

「そうです。初めて九十九と会った日、私はすぐに彼に話しかけ、彼と働くうちに付き合うようになりました」

しばらくは仕事が忙しく、素朴なデートが続いた。

十和子はそれに深く満足していた。

しかし、やがて九十九でさえも高価な品を十和子に贈るようになり、反比例するように十和子に時間を使わなくなっていった。

「私は、九十九を愛していたのか、彼のお金を愛していたのか、また分からなくなってしまった。そんな私を見て、彼は私に別れを告げました」

九十九と別れた後、十和子は仕事を辞め、違う人生を生きると決意した。

結婚相談所に登録し、今の夫と結婚した。

「夫の容姿は平凡で、収入も高くありません。派手な学歴やユーモアのセンスもありません。ただ、彼には大きな才能があります。それはお金を愛しも憎しみもしていない、ということです。お金の理屈と別なところで生きている。そのことが私にとって最大の救いでした。夫は私のような卑しい人間にはもったいないほど優しく誠実な男性です。私は生まれてこのかた、これほどまでに安らかな日々を過ごしたことはありません」

 

 

『諸悪の根源はお金そのものではなく、お金に対する愛である』(サミュエル・スマイルズ)

十和子は長い年月をかけて、お金に対する愛から自由になった。

そして幸せを掴んだ。

しかし、本当にそうなのだろうか?

十和子はいまでも押入れの中に十二億円の現金を忍ばせ、毎日眺め、触っているのだという。

「この十二億円の壁紙に見守られながら寝て、起きて、食事をして、夫と生活している今が一番幸せなんです。お金や男を愛したり憎んだりすることから私は自由になりました。この自由こそが、私が心から欲しているものだとようやくわかったんです」

十和子が本当に幸せなのかどうか、一男にはわからなかった。

 

十和子の夫が帰ってきて、一男のことを駅まで送ってくれることになった。

「夫は知らない」と十和子が言った十二億円のことを、十和子の夫は知っていた。

十和子の過去も、十和子が自分を選んだ理由も知っていた。

知っていて、黙っている。

「ぼくがあのお金の存在に気づいてしまったら、彼女はきっと耐えられなくなると思う。やっと彼女はお金から自由になったんです。それが彼女の安息であるのだとしたら、僕は知らないフリを続けます」

カーラジオから、ポールマッカトニーの歌声が聞こえてくる。

曲は『Can’t Buy Me Love』

『お金で、愛は買えない。誰もがそう信じている。そう信じようとしている。だが、果たしてそうなのだろうか。きっとお金で、愛は買える。人の心も買える。

だからこそ僕らは、お金では買えない、愛や心を探している』

 

 

第4章 百瀬の賭

九十九と一緒にベンチャー企業を立ち上げたメンバーは3人。

広報の十和子、技術開発の百瀬、営業の千住。

十和子から連絡先を教えてもらい、一男は先に百瀬の元へと向かった。

 

待ち合わせは競馬場のVIPルーム。その中でもさらに特別な一室。

坊主頭の巨漢。金色のネクタイに金色のネックレス、そして金の時計。

レースに夢中になっている百瀬は、成金を絵にかいたかのような外見をしていた。

そして、その性格はというと…

「三億?知らん知らん!キミのそんなはした金!」

他人を見下している目。嫌な金持ちらしさを詰め込んだような男だ。

一男は少し話しただけで理解した。これ以上は無駄だ。

「今日は、お時間いただきありがとうございました」

一男がその場を去ろうとした、その時だった。

「ちょい待ちいや。一度だけ賭けてみいひんか?一回付き合うてくれたら、九十九はんのことも話したる」

そう言われてしまえば、一男に選択の余地はない。

「…分かりました。賭けてみます。一度だけ」

百瀬から百万円を借りて馬券を買う。

…10分後。

「あんた、億万長者やで!」

ほとんど百瀬の予想のおかげではあったが、一男はレースに勝った。

配当金は、なんと一億円。

百瀬はそのすべてを最後のレースに賭けろという。

最後のレースには百瀬の馬が出走する。単勝でもオッズは三倍。

つまり、当てれば三億円が戻ってくる。

「ここでやめておくべきだ」という理性をはねのけて、「まだいける。賭けるべきだ」という『欲』が腹の底から込み上げてくる。

「分かりました。一億円、賭けてみます」

「よっしゃ!そうこな」

最終レース、最後の直線。

百瀬の馬は先頭を争っていたが、最後の最後で騎手が落馬。

一億円が、一瞬で消えた。

 

呆然と立ちすくむ一男に、百瀬が声をかけた。

「かわいそうやけどこれが競馬や。賭け事っちゅうもんや。というかそれ以前の問題やったんやけど…」

「…どういうことですか?」

「今日、最初からキミの馬券なんて一円も買うてへんのや」

「…え?」

あまりにもいろいろなことが起こりすぎて、百瀬の言葉を理解するまでに少し時間がかかった。

「なんでこんなひどいことするんや、とキミは思ってるやろうな。でもキミは『お金と幸せの答え』を求めてた。だからボクなりにキミにその答えを伝えようと思ったんや。キミはここに来る前と、今とで何一つ変わってへん。キミの頭の中で、百万円が一億円になって、それがゼロ円になった。それはあくまでキミの頭の中だけで起きた出来事なんや。ま、でも、『お金と幸せ』なんてそんなもんちゅうことやねん。実体なんて何もあらへん。今日、キミの頭の中で動いた金と、本物の金の違いなんてたいしてあらへんのや」

 

 

競馬場からリムジンが道に出ていく。

中に乗っているのは百瀬と一男だ。

一男を寮に送り届けるまでの道のり、百瀬は自分自身の話を語って聞かせた。

売却益の十億円を手にしてから、あらゆるやる気を失ってしまったこと。

ギャンブルで使い切ってしまおうとしたが、身についた計算能力のせいで逆に増えてしまったこと。

「結局、金はどんどん増えていって、ようわからん親戚や友達や女がやたらと集まってくるようになった。そうなるともう悲惨や。本物の友情があるはずやのに、その友達に裏切られることに怯え、本当の恋をしているはずなのに、その女は金が目当てやと思うようになっていく。おかげで友達もおらんようになり、恋もできひんようになってもうた」

深いため息をついて、百瀬は最後にこうまとめた。

「人間は欲望のために働く生き物やと思うねん。金で買えると思っている喜びを手に入れるために、金を欲しがる。でも金がもたらしてくれる喜びなんて長続きはせえへん。その先にあるのは恐怖しかない。金持ちが金を持っているのは、怖いからや。金持ちは、金を失う恐怖を金で打ち消そうとしているだけなんや。せやから金を貯めこむ。あってもあってもまだ稼ごうとする。でも、その先に知ることになるんや。金を貯めれば貯めるほど、恐怖がもっと強くなっているちゅうことを」

 

『富は海の水に似ている。それを飲めば飲むほど、喉が渇いていく』(ショーペンハウアー)

 

リムジンが到着する。

結局、百瀬もまた九十九の居場所については知らなかった。

残るは手がかりは、千住ただ一人。

百瀬によれば、九十九の一番の親友だった男。

 

 

第5章 千住の罪

千住は現在、「ミリオネア・ニューワールド」という億万長者セミナーを開催する講師になっていた。

「セミナー講師」といえば多少聞こえもいいが、その実態はほとんど「教祖」に近い。

漠然とお金を欲している無知なセミナー参加者を「信者」へと変えてしまう「教祖」

千住の話術は卓越しており、最初は半信半疑だった参加者たちも、最後には涙を流して千住の話を聞いていた。

「ようこそ、ミリオネア・ニューワールドへ。あなたたちは『幸せな金持ち』になるために生まれてきた!」

信じられないことに、千住による怪しげな団体は高い収益を上げているのだという。

 

四時間に及ぶ「初回セッション」が終わると、スタッフが「個別セッション」について案内した。

数時間、千住から直接教えを受けるために必要な費用は40万円。

一男はその日の個別セッションに申し込む。

といっても、洗脳されてしまったわけではない。

目的はもちろん、千住から九十九の話を聞くことだ。

 

個別セッションの会場は貸し切られた演芸場だった。

これまでの2人と同様、千住は自分自身の話をすることで、九十九のことを教えてくれた。

 

 

『信じることができる人を求む。僕が信じることができる人。僕のことを信じてくれる人』

その風変わりな求人募集に惹かれて、千住は九十九のベンチャー企業に応募した。

特に審査らしいこともなく、すぐに入社が決まる。

九十九は繰り返し「来た人をはなから信じてみようと思った」と説明した。

そうして集まったのが十和子、百瀬、千住の3人だ。

その後、会社は飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長を続けたが、そのせいで買収話が持ちかけられた。

自分たちの夢を売るようなことはしたくない、と最初は誰もが買収に興味を示さなかった。

「しかしながら通信会社は諦めませんでした。彼らは分断工作に出たのです。わたくし、十和子、百瀬、それぞれに買収の提案を続け、九十九を裏切るよう勧めてきました。最初に裏切りを決意しなければ、得られる金額は半額以下になる。最終的に、提示される金額は百億円近くまで上がっていきました」

 

『どんな人間でも金で買収されない者はいない。問題はその金額である』(ゴーリキー)

 

 

すべてが決まる役員会議の一週間前、九十九がふらりと消えた。

千住は「九十九が抜け駆けして裏切ったのではないか?」と疑ってしまった。

「『信用』で始まったわたくしたちの関係は、それを疑った瞬間に終わってしまった。役員会議の前日、わたくしは会社の買収を認める書類にサインをしました」

やがて千住に続き、百瀬、十和子も諦めたように書類にサインをし、会社の売却が決定した。

「わたくしは怖かった。得るべき数十億円のお金を失うことが怖かった。それ以上に、先に九十九に裏切られることが怖かった。しかし、彼はそんな私たちを試していたんです」

「…どういうことですか?」

「彼はわたくしたちを信じたかった。だから最後の賭けに出た。そして姿を消し…戻ってきた。役員会議の日。つまりわたくしたちがサインをした次の日の朝に。わたくしたちが会社を売ることに同意したと知ると、九十九はとても悲しそうな顔をして去っていきました」

去り際に、九十九は一枚の紙をデスクに置いていった。

『信じることができる人を求む。僕が信じることのできる人。僕のことを信じてくれる人』

激しい後悔に涙する十和子、百瀬。

一方、千住は自分の罪の重さに立ちすくむことしかできなかった。

金に目がくらみ、信用を裏切ってしまったこと。それが千住の罪。

「なぜ、たかだか百億円でわたくしたちの夢を売ってしまったのか。夢、そして信用。それらは一度売ったら買い戻せないと、充分にわかっていたはずなのに。九十九は最後までわたくしのことを信じていたのに。だから今でも思います。あの頃に戻ってやり直したい。でもそれは、もちろん無理なことです。信用と同様に、時間も取り戻すことはできない。お金ならばいくらでも取り戻すことができたのに」

千住はせめて売却益だけは守らなければならないと、宗教法人を立ち上げた。

それが「ミリオネア・ニューワールド」の実体である。

 

罪を背負った日から、千住は一切の贅沢を断った。

皮肉にも、そのおかげでお金はどんどん貯まっていく。

「わたくしは、お金をどう使ったらいいか分からなくなってしまった。そんなわたくしにとって、お金を守ることに本質的な意味はない。でもお金から逃げることができない。それこそが、わたくしが背負っていくべき罪なのかもしれません。わたくしが『お金と幸せの答え』を見つけることはないでしょう」

千住もまた、九十九の居場所については知らないという。

「信じるのです。あなたは近づいている。九十九の居場所、三億円の在り処、その先にあるはずのお金と幸せの答えに。まもなくあなたはその答えにたどり着く。ただそのためには、あなたは九十九を信じ続けなければいけない」

 

 

第6章 万佐子の欲

一男が万佐子と出会ったのは、図書館だった。

万佐子は週に一度図書館に来ては、風変わりな本を1冊だけ借りていく少し変わった利用者だった。

その出鱈目な本の選び方に興味を持った一男が尋ねると、万佐子は「読んでみたいと思う本がないの」と答えた。

「私にはどうしても好きなものとか、心から欲しいものがない」

欲の欠落。

万佐子は「欲しいと思えるものがあるのは素敵なことだ」という。

「じゃあ、僕に探させてください。あなたの好きなものや、欲しいものを。毎週水曜日、一冊本を選んでお待ちしています」

その日から、一男は万佐子のために本を選ぶようになった。

彼女は何に興味を持つだろうか?と想像する時間は、一男にとって充実した時間だった。

ところが、ある日、万佐子は「もうあなたに本を選んでもらわなくても大丈夫」と告げ、少なからず一男をガッカリさせた。

「君にもう本を選べないと思うと寂しい」

「誤解しないで。私も、あなたがどんな本を選んでくれるのかを想像するだけで毎日が幸せだった。でももう大丈夫なの」

万佐子は一男の目を見つめて言った。

「ようやく今、自分が心から欲しいものが見つかったから」

翌年、一男と万佐子は結婚した。

二年後には、万佐子のお腹の中に新しい命が宿った。

ささやかなことで笑いあえる温かな家庭。

最愛の妻と娘に囲まれ、一男はこれ以上ないほど幸せな日常を過ごしていた。

…それから三年後、弟の借金が判明するまでは。

 

別居のきっかけは「まどかにバレエをやめさせよう」という一男の一言だった。

確かにまどかは何よりバレエに熱心だったが、特別に優秀というわけでもない。

苦しい家計の中で、月に三万円のレッスン代は高すぎる。

いち早く元通りの日常を取り戻すためには、仕方のないことだと思った。

ところが、万佐子は猛反対した。

「バレエはやめさせない。私の仕事を増やしてもいい。彼女が生きていくために、バレエは必要なの」

一男には、万佐子の言っていることの意味が分からなかった。

本格的な口論が始まり、平行線をたどる話し合いが数週間続いた。

そして、ついに万佐子はまどかを連れて出ていってしまった。

家を出ていくとき、当時まだ六歳だったまどかは何度も振り返っては泣きながら手を振っていた。

 

 

九十九の失踪から一か月。

いまだに三億円の在り処の手がかりすら掴めていない。

そんな中、一男は久しぶりにまどかのバレエの発表会に足を運んでいた。

会場後方の隅の席に、万佐子と並んで座る。

「呼んでくれてありがとう。嬉しいよ」

「今日のまどかを、見て欲しかったの」

万佐子には一度、宝くじが当たったと伝えてある。

まだ旅行カバンが九十九に盗まれる前のことだ。

いまだに奪還のめどは立たないが、一男は万佐子を安心させようと言った。

「もうすぐ大金が手に入る。借金も返せる。僕たちは元の家族に戻れるんだ」

「…そうかな」

「ああそうさ、お金がすべて解決してくれるんだ」

「…それで私たちは本当に幸せになれるのかな」

「きっとなれる。借金を返したら、家を買おう。欲しいものは何でも買える。僕たちの幸せがお金で壊されないように気をつけていれば、何も問題はない」

気がつくと、万佐子が射抜くような目で一男のことを見つめていた。

「やっぱり…あなたは変わってしまった。あなたにとって、あの借金はあまりにも大きかった。あなたを変えてしまうほどに。ねえ、あなたが今、本当に心の底から欲しいものは何?」

少しだけ考えて、一男は答える。

「僕が今、欲しいものは何もない。ただ借金を返し、家族が戻ってきて、君たちが欲しいものを買えればそれでいいんだ」

「…やっぱり。あなたはお金に『欲』を奪われてしまった」

「? 欲は人間を狂わせる。それで失敗してきた金持ちを僕はたくさん見てきた」

「確かに欲は人間を狂わせる。でもそれと同時に私たちを生かしている。なぜなら人は、明日を生きるために『何かを欲する』生き物だから。おいしいものを食べたい、どこかに行きたい、なにかが欲しい。そう願うことで、私たちは生きていける」

今の一男には明日を生きるための『欲』がない、と万佐子は言う。

「あなたは真面目すぎたのかもしれない。借金生活の間、昼も夜もお金のことを考えているうちに、お金があなたの中に棲みついて『生きるための欲』を奪っていったのよ。どんなに借金まみれでも、あなたが休みなく働いていても、私はなんとか耐えていけると思っていた。年に一度、あなたと一緒にまどかの発表会を観ることができるだけで、私たちは家族であり続けると思っていた。でもあなたは、まどかにバレエを辞めさせようと言った。あなたは些細なことだと思ったのかもしれないけれど、私にとっては決定的なことだった。あなたがすっかり変わってしまったと確信した。あなたはあのとき、私とまどかの『生きるための欲』を捨てさせようとしたのよ」

震える声で一男は言う。

「そのことは謝る。でも今の僕は違う。今なら…きっと君たちを幸せにできる」

「あなたと一緒に暮らすことはできない」

万佐子はとても悲しそうな目をしている。

「どんなに大金を手にしたとしても、あなたが元に戻ることはない。そして、きっと私も」

ステージにまどかが現れる。

昨夜、まどかは両親の決定的な別れについて聞かされ、大泣きしながらも最後には受け入れたという。

ステージではまどかが一生懸命、全身を使って踊っている。

涙で目の前が霞む。

まどかがもっと小さかった頃の、ささやかで温かな日常の一コマ一コマが思い出される。

いくらお金があっても二度と取り戻せない、幸せな日々。

(僕たちを幸せたらしめているものは何か)

一男は心に浮かんできた問いに、自ら答えた。

(それは柔らかいバスタオル、風に揺れるカーテン、ベランダではためく洗濯物、並んだ歯ブラシ、焼き立てのパン、甘いリンゴ、淹れたての珈琲、一輪のチューリップ、笑顔の家族写真、心地のよい音楽)

そのどれもが、お金で買えるのかもしれない。

けれども、それとともにある幸せは、誰かと一緒でなければ手に入れることはできない。

ひとりでは難しい。

誰かと共有していなければ。その幸せな、ひとときを。

 

ステージでは、これが両親に見せる最後の発表会だと知って、まどかが懸命に踊っている。

(もうすぐ、僕たちは家族じゃなくなる)

一男の目からは、涙が溢れていた。隣に座る万佐子も泣いていた。

 

 

第7章 億男の未来

『お金と幸せの答え』

一男が九十九からその言葉を聞いたのは、卒業旅行でモロッコに行ったときのことだった。

大学四年生にして株取引で一億円の貯金があった九十九は、すでに「お金で何でも解決できる」という状況に『飽き』を感じていた。

何にも執着できず、生きていることに白けてしまっていた。

「だから、僕は旅に出ようと思う」

世界中を回るという意味ではない。

九十九は「お金の世界」をとことん旅して、『お金を幸せの答え』を見つけようとしていた。

「九十九、僕にできることはあるのか?」

「待っていてほしい。戻ってこられないとは思わないんだ。ただ、旅に出た以上、行き着くところまで行ってみないと帰り道は見つからないと思う。僕はこれからお金と向き合う。とことん向き合ってお金の天国と地獄を見てくる。一男くん、待っていてくれないか?僕はお金と幸せの答えを必ず見つけてくるよ。そして必ず帰ってくる」

 

 

まどかの発表会からの帰り道、一男はいつの間にか電車で寝ていた。

そんな一男の目を覚まさせたのは、隣に誰かが座った衝撃。

黒ずくめの服。ぼさぼさのくせ毛。黒猫のような目。

九十九だった。

「九十九、なぜ僕の三億円を持って消えたんだ。説明してくれ」

「…一男くん、僕らはどこで知り合った?」

「落語研究会だ」

「僕が一番得意だった演目は?」

「…芝浜か!」

 

あるところに、腕は良いが酒を飲んで怠けてばかりの魚屋がいた。

ある日、大金の入った財布を拾った魚屋は大喜びでどんちゃん騒ぎをする。

ところが、眠りから目覚めてみると財布はどこにもない。

妻に聞いてみると「夢でも見ていたのだろう」という。

大金を拾った夢を見てどんちゃん騒ぎをしてしまうとは、なんとも情けない。

反省した魚屋は断酒を決意し、仕事に精を出した。

もともと腕が良かった魚屋。

店は繁盛し、三年後には立派な店を構えることができた。

…結論から言えば、実は魚屋は本当に財布を拾っていた。

「苦労もせず大金を拾って飲んだくれていたのでは夫がダメになる」と焦った妻が財布を隠していたのだ。

この嘘を知った夫は、自分を真人間へと立ち直らせてくれた妻に感謝する。

夫をねぎらうため久々に酒を勧める妻。

魚屋は一度はその酒を飲もうとしたものの、直前で思いとどまる。

「よそう。また夢になるといけねえ」

有名な演目『芝浜』のオチだ。

 

 

「君は『お金と幸せの答え』を知りたいと言った。僕にお金の使い方を教えてほしいと言った。だから僕は君に、十和子や百瀬、そして千住に会ってもらおうと思った」

この一か月間の冒険は、すべて九十九によって用意されたものだった。

十和子、百瀬、千住、それぞれ立場のある三人があっさりと自らの話をしてくれたのは、九十九から事前に頼まれていたから。

彼らが語る『お金と幸せの答え』を一男に聞かせることこそが九十九の目的であり、三億円を持って消えた理由だった。

つまり、一男はずっと九十九の手のひらの上にいたのだ。

「それで一男くん。『お金と幸せの答え』は見つかったかい?」

「まだわからない。でもその答えは人間の中にあるんだろ?」

「それは正解でもあり、不正解であるとも言える。つまり、お金と幸せの答え、それはひとつではない。人間すべてひとりひとりに解がある」

九十九にとってのお金と幸せの答えは『信用』だったのだという。

三億円を盗まれたにも関わらず、一男はずっと九十九を信じ続けた。

そのおかげで、九十九は失っていた「人を信じる心」を取り戻せたのだという。

「君のおかげで、僕はまた誰かを信じてみたいと思えるようになった。僕はようやくお金の旅を終え、帰ることができそうだ。九十九と一、僕らはふたりで百。パーフェクトだ」

電車が止まり、ドアが開く。

「また会おう…」

気がつくと九十九はホームに降り立っていた。ドアが閉まる。

電車の中には一男と、三億円が入った旅行カバンだけが残されていた。

 

 

『人生に必要なもの。それは勇気と想像力と、ほんの少しのお金さ』

映画の中で、落ちぶれたコメディアンが病に冒されたバレリーナに語りかけている。

『戦おう。人生そのもののために。生き、苦しみ、楽しむんだ。生きていくことは美しく、素晴らしい。死と同じように、生きることも避けられないのだから』

 

戻ってきた三億円で一男が最初に買ったのは、いつかまどかが見ていたエメラルドグリーンの自転車だった。

今はまだ少し大ぶりな自転車に乗って、まどかがふらふらとペダルを回している。

一男はそんなまどかを後ろから支え、背中を押してあげる。

やがてスピードが上がると自転車は安定し、あっという間に遠くまで走っていってしまった。

小さくなっていく背中を見て、一男は走り出す。

初めはゆっくりと。徐々に力強く。早く。

また、まどかと万佐子と一緒に暮らしたい。

家族でいたい。

どうしても、諦めることができなかった。

遠ざかっていくまどかの背中を見たときに、それを取り戻したいと思った。

お金はある。けれども相変わらず欲しいものは見つからない。

でも今、失ったものを取り戻したいという「欲」が一男を生かし、明日へと送り出す。

一歩、また一歩、足を前に踏み出させる。

一男は腕を振り、足を踏み出す。

土を蹴り、自転車を追い抜いた。

<億男・完>

 

まとめ

今回は川村元気「億男」のあらすじネタバレをお届けしました!

「宝くじで当たった三億円を昔の親友のところに持っていったら盗まれた!」

この時点では「あちゃ~!」という感じでしたが、実はそれは九十九が一男に『お金と幸せの答え』を見つけさせるためにやったことで…というオチでしたね。

では、肝心の『お金と幸せの答え』が何だったかというと、一男にとっては「家族と一緒に暮らすこと」

『貧すれば鈍する』という言葉があるように、借金生活のせいで一男はお金に支配されてしまい、家族への思いやりを忘れ、最後には妻の万佐子から離婚を切り出されてしまいます。

三億円が手に入ったからといって、失ってしまった家族からの信用は買い戻せません。

そうしてやっと一男は気づきます。借金を肩代わりする前のささやかな暮らしこそ本当の幸せだったのだと。

いくらお金があっても、そのことだけでは幸せにはなれないのだと。

こうして見るとチルチルとミチルが登場する「青い鳥」に近いものがありますね。

ラストは一男が再び家族との暮らしを取り戻そうと決意するところでエンドマーク。

読み終わった後にこっちまで少し元気になれるような、素敵な結末でした。

映画『億男』の配信は?

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Hulu×
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※配信情報は2020年6月時点のものです。最新の配信状況は各サイトにてご確認ください。



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