綿矢りさ『私をくいとめて』を読みました!
主人公のみつ子は「おひとりさま」を満喫する32歳。
恋愛に飢えてはないものの、ふとした瞬間にちょっと心細くなるお年頃。
そんなみつ子の日常と恋のお話は「あるある!」と思わずうなずいてしまうような共感にあふれていて、気づけば夢中で一気読みしていました!
というわけで、今回は『私をくいとめて』のストーリーがまるっとわかるネタバレ解説をお届けします!
あらすじ
黒田みつ子、もうすぐ33歳。
一人で生きていくことに、なんの抵抗もない。
だって、私の脳内には、完璧な答えを教えてくれる「A」がいるんだから。
私やっぱり、あの人のこと好きなのかな。
でも、いつもと違う行動をして、何かが決定的に変わってしまうのがこわいんだ―。
感情が揺れ動かないように、「おひとりさま」を満喫する、みつ子の圧倒的な日常に、共感必至!
同世代の気持ちを描き続けてきた、綿矢りさの真骨頂。初の新聞連載。
(「BOOK」データベースより)
「A」について
「A」はみつ子の頭の中に住んでいる「もう一人の自分」です。
中性的な声で、話すときはいつも敬語。
基本的にはみつ子が困ったり悩んだりしたときの相談相手であり、「鏡写しの自分」というよりは、執事かアドバイザーのような立ち位置です。
いつも適切なアドバイスをくれる彼(みつ子はAのことを「彼」と呼ぶ)のことを、みつ子は《Answer》の頭文字である「A」と呼んでいます。
「A」は内なる理性の声なのか、基本的にはいつも正しい道筋を示してくれます。
ただし、「A」は万能ではありません。
2年前のことです。
「A」がみつ子に恋人をつくらせようとした結果、選んだ男が最悪で、みつ子に苦い失恋を味わわせてしまったこともありました。
ネタバレ
「おひとりさま」にすっかり慣れてしまっているみつ子ですが、たった一人だけ、プライベートで会う同年代の男性がいます。
取引先の営業マンである「多田くん」です。
この二人はちょっと変わった関係で、月に一度か二度、みつ子は多田くんに料理をつくっておすそわけしています。
といっても、一緒にご飯を食べるわけでもなし。
みつ子の部屋まで来ておいて、多田くんは玄関から先に踏み込もうとはしてきません。
近所に住む多田くんと商店街でたまたま出会ってから、こんなやりとりがもう二年間も続いています。
みつ子は多田くんの気持ちを確かめてみたいと思うものの……
※以下、小説より一部抜粋
…………
「とはいっても、いつもと違う行動をして、何かが決定的に変わってしまうのがこわいんだ。こっちがしつこく誘ったあげく、『彼女が他の女の人の家に入ると怒るタイプなんで』とか言われるのもこわいし、多田くんの気持ちを訊いて、彼がほんとに純粋に晩ご飯目当てってだけでうちに来てると判明するのも怖いし」
A「気持ちはわかりますよ。あなたは多田さんのことが好きだから」
「私やっぱりあの人のこと好きなの?」
情けない声が出た。
やっぱ、そうじゃないかな、と薄々気づきかけたときもあったが、「好きになる理由なんてないし」と否定してきた。
じっさい、きっかけはなにも無い。
優しさにときめいた瞬間も、心惹かれる外見の特徴も、気が合うと感じた楽しい会話も。
ただプライベートでちょくちょく会う異性は彼しかいない、というだけだ。
「学生の頃、クラスのモテない男子が、同じクラスの女子にちょっと話しかけてもらっただけで好きになったりしたけど、あんな感じなのかな」
多田くんはいわゆるイケメンの部類ではありません。
身体が大きくて、髪形はスポーツ刈り。
裏表のない、素朴なタイプの男性です。
多田くんとの関係
停滞していた多田くんとの関係に、ついに進展が!
商店街でばったり出会った多田くんを、みつ子が夕食に招待したのです!
その日は家中を掃除してピカピカにしていたので、来客にはもってこいのタイミングでした。
◆
考えてみれば、多田くんとちゃんと話すのはこれがはじめてです。
二人きりの夕食は、近所に住んでいることもあり話題が尽きず、あっという間に時間が過ぎていきました。
その日はそれ以上の進展はなく、食べ終わると同時にお開き。
みつ子は一日をこのように↓振り返りました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
話しやすい人だった。
でも好きとかじゃない。
たぶんあっちも同じ気持ち。
恋人として仲が深まるために必要な情熱が決定的に欠けていた。
さびしくないと言えば嘘になる。
恋人どころか、私には好きな人さえいないのかと思うと、胸の真ん中にぽっかりと穴の空いた気持ち。
同時に自分の気持ちに素直になれた清々しさと安堵が身体と独りぼっちの部屋を満たしていた。
いままで好きな人を見つけよう、見つけようと焦りすぎていたのかもしれない。
告白
こうして多田くんが恋人候補から外れてしまったかのように思われたみつ子。
しかし、結論からいうとみつ子と多田くんは付き合い始めます。
きっかけはひょんなことからダブルデートで行くことになったディズニー。
先輩の恋を応援する目的で、途中でわざと二手に分かれたのですが、そのときになんと多田くんが告白してきたんです!
※以下、小説より一部抜粋
…………
「おれたちも、付き合ってみますか?」
ギクリとして、なんと答えたらいいか分からないまま固まる。対岸の火事が、飛び火してきた。
「すみません、変なタイミングで。思いつきとか、雰囲気に流されて言ってるんじゃないよ。今日ずっと言おうと考えてたんです」
多田くんの真剣な表情で事態の大切さが飲み込めてきて、膝頭を多田くんの方へ向けて、正面から向かい合った。
「うまくいくと思いませんか、家も近所だし、もうちょっと会う回数多くして、週末は今日みたいにどこか行ったり。楽しそうな気がするんだけど」
わりと簡単に多田くんとあちこち一緒に遊びに出かける自分の想像がついた。
週末やお互いの休みが合うときに、バスや電車に乗って、一人では行きづらかった場所や一人で行ってよかった場所に多田くんと一緒に出かける。
もちろん多田くんが興味を持っている場所へも行く。
二人の食べたいものを食べ、仕事で悩みごとができれば愚痴を言い合う。
恋人同士、というイメージに勝手に持っていた恋愛感情の熱い盛り上がりはそこにはないけれど、単純に楽しそうな日常が待っている気配はある。
「多田くんと付き合ったら、私の生活のなにが変わるんだろう」
「なにも変わらないよ。おれが隣にいるだけ」
「それなら、私にもできそう」
「できるよ」
多田くんが手をつないでくれた。
私をくいとめて
みつ子と多田くんは恋人になりましたが、それはゴールではなくむしろスタート。
久しぶりすぎる男性とのおつきあいは思いどおりにいかないことも多くて、みつ子はときおり不安でいっぱいになってしまいます。
たとえば、ちょっとした言葉や態度で多田くんがすねてしまうと、距離感が分からなすぎてどんどんネガティブになっていってしまったり……。
「多田くんに会うのがこわい。また不穏な空気になったらどうしよう。一人で孤独に耐えている方がよっぽど楽だよ」
「多田くんを愛しく思う気持ちはあるよ。でも距離のとり方が分からない」
考えれば考えるほど不安が募っていく悪循環。
いつのまにか抱えきれないほどふくらんでいた不安に、みつ子はもう限界寸前です。
『だれでもいい、だれか私をくいとめて』
誰にも聞こえないはずの心の叫びは、しかし、A にだけは届いていました。
「大丈夫ですから、ちょっと落ち着いてください。気持ちを追い詰めたら、辛くなるだけですよ」
そのときです。
A はみつ子がかつてない混乱に陥っていることを察知したのでしょう。
ふと気づくと、みつ子は常夏の海辺に寝そべっていました。
「だいぶ混乱されていたみたいだったので、私の世界へ呼びしました」
◆
そこはもちろん現実の海ではなく、みつ子の精神世界ともいえる場所です。
これまで声しか聞こえなかった A の姿が、そこにはありました。
「ちょっとぽっちゃりしてたんだね、A」
「そうでもないと思いますよ。標準体型です」
◆
ゆっくりと気分が落ち着いてきたみつ子に、Aは尋ねます。
「一体なにがそんなにショックだったんですか。多田さんとの距離がぐっと縮まる言い機会じゃないですか。抱きついてきた彼に幻滅したんですか」
※急に抱きついてきた多田くんを拒否してしまったことで、ふたりはギクシャクしてしまった
「ううん、多田くんは何も悪くなくて……」
※以下、小説より一部抜粋
…………
「自分が根本的に人を必要としていないことがショックだったの。人と一緒にいるのは楽しい。気の合う人だったり、好きな人ならなおさら。でも私にとっての自然体は、あくまで独りで行動しているときで、なのに孤独に心はゆっくり蝕まれていって。その矛盾が情けなくて」
「オレンジジュースを飲まないと死んでしまう人はいますか?」
「めったにいない」
「水を飲まないと死んでしまう人はいますか?」
「人間はみんなそうだよ」
「では、オレンジジュースが好きな人はいますか?」
「いっぱいいる」
「そうです。根本的に必要じゃなくても、生活にあるとうれしい存在はたくさんあるんです。根本的に、なんて思いつめなくていい。多田さんに優しくして、彼が疲れているときは寄り添い、暗いときは何げない会話でリフレッシュさせてあげなさい。彼の喜ぶ顔が見れたらうれしい。そんなささやかな実感が、愛です。相手の心に自分の居場所をつくるのは楽しいですよ」
A の言葉が素直にしみ込んでゆく。
完全な他人の言葉ではなく、私の分身である A が諭してくれたことがうれしい。
だって彼の言葉はもともと私の中にあったものだから。
前向きに頑張る力が、実は私の奥底にすでに芽生えているんだ。
お別れ
「そろそろ帰らなきゃいけないですね、私は」
A の一言に、みつ子はハッとします。
A とはもう二度と話せなくなるのだと、みつ子にははっきりわかりました。
「まだ一人じゃ生きていけない」と引き止めるみつ子を、A はいつもと変わらない優しい口調で諭します。
「私と離れようとしているのは、あなた自身です。こんな場所(自分の中の世界)に耽溺(たんでき)してはいけない、いつか戻ってこれなくなると怯えているのもあなたです。そしてその怯えは正しい。人間が必要とするのは、いつも自分以外の人間ですよ。他人との距離は一万光年より遠くても、求めるのは他者の存在なんです」
「A がいなくなれば、私は誰ともおしゃべりできない」
「だいじょうぶ。ドアを開けて外に出てみましょう。何を考えているかわからない相手だからこそ、伝えられる言葉があるんです」
「A は私だよ。A の発する言葉を信じて生きてゆきたいよ」
「自分の声なのに、自分と切り離してはダメなんです。私の声を、あなた自身の声として取り戻して下さい」
なおも引き止めようとするみつ子の手からするりと逃れると、A はすいすい泳いで海の彼方へと消えていってしまいました。
◆
気がつくと、そこは現実。
ついさっきまでの絶望的な混乱は収まっていて、けれどかわりに A のいない心細さで胸がいっぱいになっています。
(A と会話できる特殊能力を、私は恋によって失ってしまった)
結末
多田くんとの関係がギクシャクしたのは一瞬のことで、あっさりと二人はいつもどおりの穏やかな関係を取り戻します。
そして、今日からは二泊三日の沖縄旅行。
はじめてのお泊り旅行に、みつ子も気合を入れています。
ところが、いざ出発しようとすると家の鍵が見つからない!
焦って、パニックになりそうなみつ子でしたが……
「鍵は、リビングのテーブルの上にありますよ」
それは、本当に久しぶりに聞く A の声。
「A !?」
「………」
ただ、A が言葉を発したのはその一言だけで、それからはどんなに話しかけても返事は返ってきませんでした。
みつ子はともかく家を出て、タクシーを捕まえて、そうしてようやくどうやらまだ頭の中にいるらしい A に改めて語りかけました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
A、もう聞いてないかもしれないけど、話すね。
私から呼びかけるのは、これで最後にします。
迷っているとき、いつも相談相手になってくれてありがとう。
私は、私自身にさえすがりつかなければ困難を乗り越えられないほど弱い人間だけど、A がいたおかげで何度も乗り越えられたよ
いつも励ましてくれて、つねに私の味方でいてくれてありがとう。
いつも言ってほしい言葉をかけてくれてありがとう。
これからは自分とは別の人間と、向き合って、体当たりで、ぶつかって生きていくよ。
でも、もし頑張っても上手くいかなくて、また孤独でピンチに陥ったら、どうぞよろしく。頼りにしてるよ。
私はラッキーだって今気づいた、本物の孤独なんて私には永久に存在しないね、だって常に A がそばにいるから。A は私なんだから。
そう思うと、すごく強くなれるよ。
………。
返事は聞こえないが、頭の中で A が微笑んだような、脳のシワのうちの一本がゆるんだ感覚があった。
<完>
感想と補足
ネタバレからもわかるように、多田くんの存在感はけっこう薄めです。
ジャンルとしてはラブストーリーになると思うのですが、『みつ子と多田くんの物語』というよりは、
『みつ子と A の物語(=みつ子の物語)』
という印象で、結局のところはみつ子がひとつ成長する話だったのだと思います。
『私をくいとめて』のおもしろさ
『私をくいとめて』のおもしろさは
- 多田くんとの恋愛
- A の存在
ではないところにもたっぷり詰まっています。
というのも、物語の約70%くらいは、みつ子のなにげない日常を描いたシーンなんです。
- 一人焼肉に行ったり
- イタリア旅行に行ったり
- カフェで他の客の会話を聞いては、心の中でコメントしてみたり
アラサーの「おひとりさま」であるみつ子の等身大の日常には、目を見張るほど特別なものはなにもありません。
けれど、みつ子が思ったり感じたりしていることは、思わず「あるある!」とうなずいてしまうような文章(表現)ばかりで、それがなんともおもしろかったです。
ストーリーの本筋はもちろん、それに匹敵するくらいなにげない地の文が魅力的というか。
わたしもそうだったのですが、みつ子と同世代以上の女性なら「ほんと、そうだよね!」と共感する場面がいくつも見つかると思います。
まるでみつ子(ひいては綿矢りささん)が同じ感性を持つ仲間であるように思われて、読んでいてちょっと元気が出る小説でした。
特に全体の20%(50ページ!)もあるイタリア旅行のシーンは、まるで綿矢りささんの旅行記を読んでいるようでおもしろかったです。
金原ひとみさんによる解説
巻末の解説がまた素敵だったので、一部紹介します。
…………
日常の中で、みつ子に出会うことは多い。
好きな人、気になっている人はいるけど今の関係を崩したくない、という逡巡はこの一年で四人から聞いた。
皆それぞれそれなりに悩んでいるが、それぞれそれなりに今の状況に満足しているようでもあって、私のアドバイスが役立ったケースは一つもない。
四人中三人は未だにぐずぐずとした恋愛未満の関係を続けていて、唯一思いを成就させた男性も、痺れを切らした彼女に押し倒されそういう関係になったという。
この十年ほど、みつ子力の高い人は男女問わず増え続けている。
まとめ
今回は小説『私をくいとめて』のネタバレ解説をお届けしました!
綿矢りささんの小説にはドキッとするような『人間の悪意』が織り込まれている印象だったのですが、この作品に関しては当てはまらず、ストレスフリーで読むことができました。
新聞連載だったという経緯もあり、読みやすくて、共感にあふれたお話でした。
「自分(あるいは知り合いの誰か)もちょっとみつ子っぽいな」と思ったかたは、ぜひ読んでみてください。
ふだんなんとなく思っていることがピタリと言語化されていて、きっと楽しめると思いますよ!
映画情報
動画
キャスト
- のん(黒田みつ子役)
- 林遣都(多田くん役)
小説との違い
原作に比べて、よりラブストーリーらしい内容になりそうですね。
映画では多田くんが年下のイケメンになっていて、小説の多田くんとはだいぶキャラが違う印象です。
※小説の多田くんは同年代のフツメン
公開日
2020年冬公開予定
綿矢りさ『私をくいとめて』
主人公のみつ子は「おひとりさま」を満喫する32歳
恋愛に飢えてはないものの、ふとした瞬間にちょっと心細くなるお年頃
そんなみつ子の恋と日常に「あるある!」と共感しまくりでした❗️
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