青春・少女漫画系

綿矢りさ『ひらいて』あらすじネタバレ解説!ラスト一行の意味は?【映画原作小説】

綿矢りさ『ひらいて』を読みました!

主人公はクラスの地味男子に恋する女の子。

けれど、本作は甘酸っぱかったり苦しかったりする恋愛のあれこれを描いた物語……というわけではありません。

物語の中盤、主人公のまさかの行動にはあなたもきっと驚かされるはず。

苛烈すぎる恋を突き進む彼女がたどりつく結末とは……?

今回はそんな小説『ひらいて』のネタバレ解説(と考察)をお届けします!

↓の目次から一気に考察にジャンプできます。既読の方はそちらからどうぞ。

あらすじ

華やかでモテる女子高生・愛が惹かれた相手は、哀しい眼をした地味男子。

自分だけが彼の魅力に気づいているはずだったのに、手紙をやりとりする女の子がいたなんて。

思い通りにならない恋にもがく愛は、予想外の行動に走る――。

身勝手にあたりをなぎ倒し、傷つけ、そして傷ついて。

芥川賞受賞作『蹴りたい背中』以来、著者が久しぶりに高校生の青春と恋愛を瑞々しく描いた傑作小説。

(文庫裏表紙のあらすじより)

あらすじの半分は嘘

物語の登場人物は3人。

  1. 木村愛
  2. 西村たとえ
  3. 美雪

愛は地味男子のたとえを好きになるのですが、たとえには美雪という彼女がいました。

小説『ひらいて』は愛の片思いの苦しみと、たとえや美雪との友情を描いた青春恋愛小説――ではありません。

ぱんだ
ぱんだ
えっ

いや、大まかなジャンルとしては間違っていない気もするのですが【青春恋愛小説】という文字列から連想するイメージに対して、本作の内容はあまりにもクレイジーすぎます。

あらすじ(※)を読んで文庫を買った人は、間違いなく「えっ、ナニコレ」と驚いたのではないでしょうか。

※高校生の青春と恋愛を瑞々しく描いた傑作小説

ぱんだ
ぱんだ
き、気になる……

はい。まずは(まだ)穏やかな物語前半から見ていきましょう。

ネタバレ

美雪のことなんか、どうでもいい。私がたとえを振り向かせて、それでおしまい。

愛は自分の可愛さを自覚していて、男子を落としてきた経験も豊富にあります。

最初にうちはまだ↑みたいに考えられる余裕がありました。

しかし、たとえは愛がどんなにアピールしてもそっけなくて、ちっとも振り向いてくれません。

それもそのはず。

美雪はいかにも守りたくなるような美少女で、しかも、中学二年生から高校三年生に至る現在まで、もう五年間もつきあっているのです。

同世代の子たちが遊び半分でつきあったり別れたりしているのとは、わけが違います。

しかも手をつなぐ程度で、まだキスもしたことがないというのですから、今どきの若者にしては奇跡みたいな純愛だといえるでしょう。

(たとえは美雪を)大切にしているんだ。だから大事に扱い、慈しんでいる。

たとえと美雪は、どこか似たような雰囲気をまとっていました。

「大人びている」というより、何かを諦め、大人にならざるをえなかったような……。

美雪は糖尿病を患っていて、学校では孤立しています。

「美雪の気持ちがわかったってことは、西村くんも美雪の病気に当たるような経験をしてるってこと?」

愛の問いに、美雪はただあいまいにほほ笑むだけでした。

たとえと美雪は付き合っていることを隠しています。

愛はたとえの机から盗んだ手紙で二人の関係を知り、美雪と友達になることで事実関係を確かめました。行動力。

告白

文化祭の準備で、教室には愛とたとえの二人きり。

愛にとってまたとないチャンスが巡ってきました。

彼を好きな気持ちが私の身体からあふれ出て、小さな教室じゅうの隅々まで行きわたる。

空気の密度のカルピスの原液ほどの濃さ、つんとする恋の匂いにたとえが気づいたらと思うと、息が詰まりそうになる。

彼が目の前にいる。それだけで十分満たされる気もする。

でも同じ空気を共有するだけじゃ物足りない。

愛はなるべくさりげなく聞こえるように、想いを伝えます。

「西村くんが(美雪の)彼氏って聞いて、私、本当に驚いたんだよ。だって……

私も西村くんが好きだから」

 

「私では、だめ?」

一世一代の告白でした。

この先これ以上の恋をすることない……そんな覚悟を、自分のすべてをかけた告白。

しかし……

 

「ごめん」

たとえは気の毒そうに、同情をにじませながらそう答えました。

愛のプライドは一瞬で砕け散り、ナイフのように鋭い自尊心の欠片が胸を刺します。

そして……

※以下、小説より一部抜粋

…………

恥ずかしさのあまり、怒りがすうっと冷淡な攻撃へと形を変えた。

「たとえが美雪のどこを好きか当ててあげる。自分より弱いところでしょ。同じ世界にいるふりをしながら、美雪のどうしても乗り越えられないタイプの弱さに安心してる。自分の小さな世界を守りたいから、ああいう女の子を選ぶのよ」

冷たくどす黒い笑みを浮かべたまま、すらすらと言い放ち、たとえの顔も見ずに教室を出た。

校舎を出る頃には、身体はまだ熱かったが頭は急速に冷めていき、自分が世界一馬鹿な生き物に思えてきた。

いや、思うだけではなくて確実に馬鹿だ。

長く仲良く付き合っているカップルに勝手に嫉妬して、横取りしようと告白したあげく、ふられて逆上して捨て台詞を吐いて出てきた。

(つば)を吐きかけられても文句を言えないほどの、愚劣な行為の連続。

他人が私を好きなあまりこんな醜態を晒したとしたら、私はあざ笑いながらも、なんだこのうっとうしい奴はと本気で腹を立てるだろう。そして二度と関わらない。

欲張るあまり、ついさっきたとえとの間に流れていた親密な空気さえも失ってしまった。

ねじれた復讐

物語もそろそろ後半戦。

最初にお話ししたクレイジー展開が始まります。

ぱんだ
ぱんだ
というと?

たとえにふられた愛は、遠回りな復讐として美雪を抱きます。

絶対に読み飛ばしてほしくないので、繰り返しますね。

 

愛は、美雪と寝ました。

最初から美雪のことが好きだった、という嘘をついて強引に押し倒しました。

美雪の抵抗は弱々しく、そのうち状況に流されていきました。

自分で招いた事態だったが、私はすでに自分の状況の複雑さについていけなくなっていた。

愛本人がこう思っているのですから、読者にはもっと意味がわかりません。

私はなぜ、好きな男の間男になったのだろう!

好きな男にフラれた腹いせに彼の女と寝る。こんな女が他にいるだろうか。

いないと思います。

しかも、妙なことになったと考えておきながら、愛はこのあと再び美雪を抱きます。2回目です。

美雪から伸びてくる手を邪険にふり払い、気持ち悪さに吐きそうになるのを堪えながらの、性行為でした。

愛はなぜそこまでして美雪の身体を恣(ほしいまま)にしたのでしょうか。

愛自身、その理由はわかっていました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

告白して、謝られた時点で、夢が叶わないことは、当然受け入れなければならなかった。

しかし私は衝動に駆られ、美雪に迫った。

たとえより先に美雪を手に入れて、彼を傷つけるために。

結局、傷つけたかったのだ。

傷ついたプライドをなんとかして持ち直したくて、ひどいやり方で復讐した。

私のものになって

愛は美雪の携帯を勝手に操作して、たとえを学校に呼び出します。

午後7時。誰もいない教室に先に到着すると、愛は服を脱ぎ捨て、裸になってたとえを待ちました。

そして……

 

「私、美雪と寝た。しかも二度も」

そんなこと言っても、たとえが好きになってくれるわけじゃないのに、それなのに愛の口は動き続けます。

「私、好きでもないのに美雪と寝たの。美雪はよろこんでた。

たとえ君の理想通りに、美雪はすべてを受け止めてくれるくらい優しいかもしれないけど、だれにでも優しいから、簡単に身体を開くんだよ」

いつも落ち着いているたとえの顔から、表情が消えていました。

帰ろうとするたとえを、愛は抱きしめて引き止めます。

「私を好きになってほしい。私のものになってほしい。おかしいって分かってるけど、もうどうしても止まらない」

 

「抱きしめて、キスしてほしい」

そうしなければ帰さない、というめちゃくちゃな脅し文句をどう思ったのか、たとえは事務的に愛に口づけます。

「うれしい?」

「うれしい」

気持ちのないキスだとわかっているのに、愛は笑って答えます。

すると、たとえは……

※以下、小説より一部抜粋

…………

「まずしい笑顔だな。まずしくてわびしい。自分しか好きじゃない、なんでも自分の思い通りにしたいだけの人の笑顔だ」

はじめて彼の本当の言葉を聞いた。たとえが奥底に隠し持っている、冷えびえとした重苦しい声。

「おれは、おまえみたいな奴が大嫌いなんだよ。なんでも自分の思う通りにやってきて、自分の欲望のためなら、他人の気持ちなんか、一切無視する奴。

おれが、気づいてないとでも思ったか?

おまえがゲームみたいにおれに目をつけて、奪いたがってたこと。吐き気がするんだよ」

(中略)

「美雪に近づくな。おれにも。どれだけがんばっても、木村さんの欲しいものは手に入らないよ」

そらごと

  1. 告白してフラれて逆ギレして、
  2. 腹いせに男の彼女と寝て、
  3. 未練がましくたとえに迫って拒絶されて、

それでもまだ愛は止まりません。

たとえは「ゲーム感覚でおれを落とそうとしているのだろう」と愛を詰(なじ)りましたが、愛としては命をかけた恋をしているつもりです。

この恋が実らないくらいなら、この先生きていく意味はない。

そこまで思いつめているからこその、数々の奇行でした。

だから……

 

「愛ちゃんも一緒に来てくれない?」

美雪のなんともトンチキな誘いが、愛の逆鱗に触れました。

ぱんだ
ぱんだ
どゆこと?

説明しましょう。まず、前提としてたとえは愛から告白されたことや迫られたことを、美雪に話していません。

美雪はまだ愛が「自分のことを好き(だから抱いた)」と勘違いしています。

そして、↑の言葉。

地元を離れるため猛勉強していたたとえが東京の難関大学に合格し、美雪も上京についていくことになった、という話の流れで、美雪は「愛にも東京についてきてほしい」と言ったのです。

優しい美雪は、心と身体でつながった愛のことを置き去りにしたくなかったんですね。

そのくせ、美雪は幸せそうに「ゆくゆくはたとえと結婚するつもりだ」と口にしてもいて……。

ぱんだ
ぱんだ
うわぁ……

はい。愛の地雷を知らずに踏み抜いたようなものです。

愛は無意識のうちに、口を開いていました。

 

「私、たとえのことが好きだったの」

※以下、小説より一部抜粋

…………

「たとえを好きになって、彼の机に入っていた美雪からの手紙を読んで、二人がつき合っていることを知ったの。それで、彼に近づくために美雪と友達になって。夏休みにたとえに告白したけどふられて、くやしい気持ちでいっぱいになっていたから、幸せそうな美雪を妬んで。

たとえを傷つけるために、寝た。彼からは私が告白した話なんて、聞いてないよね」

 

私の手を離すと美雪は、信じられないという顔で首を横へ振った。

「だからあんなことがあったのは、遊びだよ。美雪は私にはめられた被害者。全部私のせい。本当にごめんなさい」

私が勢いよく頭を下げると、美雪は無言で私を見下ろした。

「謝ったからって許されるものでもないよね。あと少しの学校生活、私はあなたたちに決して近づかないようにするから、それで勘弁して。東京行ってもがんばってね。東京では、絶対友達できると思う」

 

「愛ちゃん、こわい」

「こわがられて当然だよね。それだけのことをしたから」

「違う、そうじゃなくて、今言ったこと、全部嘘でしょう」

「なにを言ってるの? 私は本当に心から悪いと思ってるよ」

「ううん、まったく反省してない。私はもうだまされない」

…………

美雪の指摘は半分当たりで、半分ハズレ。

愛としては一生懸命、誠心誠意しゃべっているつもりでした。

けれど、どうしてもそこに心がこもらないのです。

私も必死にしゃべりながらも、自分の言葉の嘘っぽさに愕然としていた。

本気で話しても思いを伝えられない。

私はいつからこんなふうになってしまったんだろう。

まるで心と口とつなぐ糸がぷっつりと切れてしまっているようでした。

愛は確かに暴走しがちですが、たとえをまっすぐに好きな気持ちも、美雪を(友人として)愛しく思う気持ちも、ちゃんと持っています。持っているつもりです。

けれど、伝わらない。

ある意味、愛もまた自分の激しすぎる感情に振り回されている被害者の一人なのかもしれません。

美雪を悲しませたのが悲しい。

私にむかってあんなにも開かれていた、信頼を寄せていた心が、閉じてしまったのが、悲しい。

たとえの秘密

この物語では最初から一つの《謎》が伏せられていました。

「たとえは何を背負っているのか?」という謎です。

美雪と恋人になるにあたって、たとえにはその苦しみを理解できるだけの経験があるようでした。

また、たとえは上京するために勉強に打ち込んでいましたが、そのために高校での青春を切り捨てるような姿勢は、どこか常軌を逸したものでした。

たとえはどうしても地元を離れたかった、といえばピンとくる方もいるのではないでしょうか。

 

そう、たとえが抱えているのは家庭問題です。

たとえは父子家庭に育ったのですが、この父親というのがまあ最悪の人種でして。

殴る蹴るは当たり前。

息子を苦しめて楽しむ毒蛇のような男で、だからこそたとえは美雪との交際を(父に知られないように)秘密にしていました。

そんな父親ですから、東京の大学に合格した息子をあっさりと送り出すはずもありません。

卒業を待つまでのわずかな期間、たとえにとっては耐えがたい地獄の日々でした。

 

一方、愛はというと美雪から「許す」という旨の手紙をもらって、感激したその足で美雪の家を訪ねているところでした。

「美雪」

ドアを開けた美雪は私の顔を見ると、目に涙をにじませて私の顔を引き寄せて一度キスをした。私は彼女を強く抱きしめた。

「美雪、手紙ありがとう。あなたに嫌なことばかりしたのに」

「お礼なんていいの。それより……」

美雪はたとえの父親が荒れていることを心配して、ちょうど様子を見に行こうとしているところでした。

手短に事情を聞くと、愛は「一緒に行く」と美雪に申し出ます。

ただでさえ線の細い美雪一人が駆けつけたところで、むしろ危険なだけだと思ったからです。

「分かった、じゃあついてきて。ありがとう。本当言うと、私もいままでたとえ君の家に行ったことがなくて、今日が初めてだから、一人で行くのが恐かったの」

 

「君にはここへ、来てほしくなかった。こんなの、見せたくなかった」

たとえの家は空き家と見間違えるほどに荒れ果てていました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「いつまでも、隠す必要なんかないのよ。病気にかかってこそ、今の私がいるのと同じように、あなたも、全てを含めて、あなたなんだから。私はたとえ君のすべてが愛しいよ」

一緒にいる二人、見つめ合う二人を初めて目の前で見て、嫉妬よりなにより、鋭い恥の意識が私を貫いた。なぜ、彼らを引き裂けると思ったのだろう。なぜ、自分が入り込めると思ったのだろう。

二人は私を、無視しても拒否してもいない。

でもそれが余計に、私と彼らとの間の見えない壁を感じさせる。

二人の根底に流れるお互いへの共感、年月の積み重なりが築き上げてきた絆を、私はやすやすと引きちぎろうとした。

その罪深さを、まさかこんな場所(たとえの家の玄関先)で思い知らされるとは。

 

「私たち、長く付き合ってきたけど、いつもどこか距離があったね。でも距離を埋めようとせずに、お互いの悩みを持ち寄って慰めあうことで、見て見ないふりをしていたね。

これからはお互い、心をひらきましょう。

ねえ、私、ずっとあなたに触ってほしかった。その気持ちを、私は愛ちゃんに教えてもらったの」

 

たとえの細かく震える瞳が、美雪から私に移動する。

「愛ちゃんも、たとえ君のこと心配しているよ。たとえ君のことを愛している。愛ちゃんに向かっても、ひらいてあげて」

…………

それから一悶着あって、愛はたとえの父親を思いきり殴りつけます。

そう、私は恋をして自分のふがいなさを味わうまえは、怒りと自信に満ち溢れた女の子だった。私はまだ失っていない。

この向こうみずの狂気があれば、何も恐くない。

もちろん、そんなことをしてもたとえから許されるわけでも、好きになってもらえるわけでもありません。

実際、そのあと三人で駆け込んだ公園では、たとえがため込んでいた苦悩を吐き出し、美雪がそれを深く受け入れ、絆を深めていく二人をぼんやりと隣で眺めているだけでした。

一生懸命彼の話に耳を傾ける美雪と、それにたまらなく勇気づけられて、さらに言葉を重ねる彼との間にまた壁を感じて、叫びだしたくなり、走って逃げたくなり、でもこらえて最後まで居続けた。

度重なる衝撃で心底参り、いまにも倒れそうな美雪を支えているのは、彼女の隣に座る私だったから。

結末

美雪とは和解して、たとえとは微妙な関係。

卒業の日が迫ったある日、愛は教室の隅からもの言いたげな視線を投げかけてくるたとえに気づきます。

ここからラスト一行まで駆け抜けます

※以下、小説より一部抜粋

…………

私は立ち上がると、驚いた先生に名前を呼ばれたのも聞かず、たとえに向かって突き進んだ。じゃまな机はなぎ倒し、無理なら土足で上に登って乗り越え、驚いて声を上げるクラスメイトの、座っている膝の上を跨(また)いだ。

教室全体が騒然とするなか、彼だけを目指して、たどりついた。

先生や生徒の怒声が響くなか、彼はつい先ほどまであんなに私を睨んでいたくせに、今では固くかみしめた顎を震わせて黒板に顔を向けたまま私を見ようとしない。

私は彼の机のすぐそばでひざまずくと、彼をじっと見上げた。

彼は一度目を閉じ、息を吸い込むと、こちらへ向き直り私の頭に手を置いた。

 

「おまえも一緒に来い。どうにかして、(東京に)連れて行ってやる」

どこにもひっかからない涙がするっと降りてきて、左の頬を伝った。彼の手はずっしりと重く、動くのも気だるそうに発熱し、私を許しながら、同時に彼の苦悩もたっぷりと注ぎ込む。

 

怒鳴りながら先生が私の腕を掴んだ。

私は勢いよくふり払うと、再び私を捕えようとする手を、素早く避け、机の間を通って教室の外へ飛び出てそのまま、美雪のいる三年一組の教室へ続く廊下を全速力で走った。

廊下に面した窓を開けると、生徒たちがいっせいにこちらを見た。教室の一番後ろに座っている美雪と目が合った。教室に入ってまっすぐ彼女に近づく。

 

「美雪、あなたを愛してる。また一緒に寝ようね」

耳元でささやくと、美雪は私を見つめたまま顔をひきつらせ、両手で顔を覆い、激しく泣いた。

私は彼女の肩を優しくなでたあと、教室を出て、階段を降り、校舎も出て、門から抜け出すと、まだふるえている手を固く握りしめながら、早足で町を歩いた。

駅にたどり着くと、制服のポケットに入っていた小銭で切符を買った。どこの駅のなんという町まで行くかは決めていない。

(中略)

ふいに満たされた。いつも心を急き立てていた焦りが、消え失せて、身体がらくになる。

私を満たすのは、車内に差す陽。私を満たすのは、眠たげな静寂。

ふと生き物の気配がしを感じて、視線をおろすと、野球帽をかぶった男の子が、私のすぐ横に佇んで、窓から外の景色を眺めていた。

(中略)

私の頭に置かれた、たとえの手のぬくもりが、ふいに蘇る。

愛してる、とつぶやこうとしたが、どこか違和感があり口をつぐむ。

私は、たとえを、美雪を、愛しているのだろうか。

確かに初めは自分でも抑えきれない激情があった。

しかしいま、彼らを求めてはいるが、なにか違う感情へ変化している。

友情とも、愛情とも呼べないなにか。

受け入れてもらった。その事実が心を満たす。

愛とは違うやり方で、でも確実に隙間を埋めてゆく。

 

私は二人と共に行くだろうか。いや、決して行かない。

行かなくてもいい、ということを、二人が最大の方法で教えてくれたから。

 

制服のポケットに手を入れると指になにか当たり、出してみると、首が折れてしおれた鶴だった。電車の揺れに流されないように、足をふんばりながら、両手の指を使い丁寧に、鶴をほどいていく。

最後は元通りの四角い紙だけが手のなかに残った。

幾筋もの折り目のついた、しわくちゃの千代紙。

この中に込めた、いっしんに込めた想いは、一体どこへ――。

 

視線を感じて下を見ると、男の子が私の手元をじっと見つめていた。

ドアの隙間から差し込む、やわらかい昼の陽光、車窓の向こうに並ぶ木々の枝先、あさぎ色に萌える芽。

「ひらいて」

私のつぶやきがぶつかり、彼はけげんそうに私へ視線をずらす。

ぼくに話しかけたの?

色あせた野球帽の庇(ひさし)の下から問う、茶色い瞳。

まだ表情を知らない顔の、なんという美しさ。

「ひらいて」

<完>

ぱんだ
ぱんだ
えっ、おわり?

最後の「ひらいて」の意味は?

「ひらいて」ってなんだ?

読後の率直な感想がこれでした。

ラストで二度も繰り返された「ひらいて」という愛の台詞の、意味がわからない。

このままではモヤモヤしてしまうので、考察してみることにしました。

ぱんだ
ぱんだ
それでそれで?

「ひらく」でも「ひらきたい」でもなく、「ひらいて」

言葉のカタチから【誰かに向けて願っている】と解釈できます。

となれば、もちろん対象はたとえと美雪、ということになるでしょう。

では、愛はたとえと美雪になにを「ひらいて」ほしいのか?

 

いちばんキレイな解答は【未来を拓く】でしょう。

これから上京し、ゆくゆくは結婚しそうな二人。

病気や家庭環境に負けず、明るい未来を切り拓いていってほしい。

そんな意味が込められた「ひらいて」

わかりやすく置き換えると

  • がんばって
  • 応援してる
  • 幸せになってね

そんな意味合いの一言だったと考えられます。

ラストの愛は東京についていくことはない、と考えていました。

それは諦めではなく、もう十分に満たされているから。

二人の幸せを願う言葉としてぽつりとこぼれたのが「ひらいて」という言葉だったとすれば、美しいラストシーンだな、という感想が湧いてきます。

ぱんだ
ぱんだ
ハッピーエンドだね

しかし、一方で、わたしのなかの何かが「本当に?」と声を上げています。

あれほど激しく恋をして、破滅的でさえあった愛が、はたして最後にこんなキレイな言葉をつぶやくでしょうか。

愛は一世一代の恋を叶えられず、これから待っているのは灰色の浪人生活。

  • 受け入れてもらった
  • 満たされた

という精神的な満足があるとはいえ、美雪とたとえを祝福する言葉をつぶやくような余裕があるのでしょうか。

「ちくしょう」と恨み節のひとつ口から出てきてもよさそうなものではあります。

あるいは愛は神様に祈るような気持ちで「(私の未来を)ひらいて」とつぶやいた、とか……いや、こじつけですね。

 

「ひらいて」という言葉についてネガティブな意味の解釈も検討してみたのですが、考えれば考えるほど美雪とたとえの幸せを祈る意味の「ひらいて」であるような気がしてきました。

やや無念ながら、ここでいったん考察の手を止めたいと思います。

もしあなたが「こういう意味ではないか?」という別の解釈を持っているのなら、ぜひコメントで教えてください!

ぱんだ
ぱんだ
待ってるよ!

折り鶴を「ひらく」

物語のラスト。愛が折り鶴を【開く】場面が、とても印象的でした。

「折る」と「祈る」は似ている、という一文もありましたが、愛が何十羽と折り続けていた鶴には「たとえと結ばれたい」という祈りが込められていたのではないかと思います。

それはやや攻撃的な感情で「たとえを自分のものにしたい」という独占欲に近いものです。

相手を支えるような献身的な美雪の恋とは対照的な、押しつけるような激しい恋。

そんな想いが込められた折り鶴を【開く】という行為には、とても深い意味があるように思われました。

 

結論からいうと、愛は成長したのだと思います。

たとえと美雪の絆の強さを目の当たりにして、そのうえ傷つけるようなやり方で恋を押し通してきた自分を許して(受け入れて)もらえて、愛は精神的に一歩、大人に近づきました。

折り鶴を開いても、元のまっさらな紙には戻りません。

積み重ねた折り目が残っています。

そして、その折り目こそが愛の成長の証、恋を戦い抜いた勲章でもあります。

少女から大人の女性へ。

愛はもう思春期にしかできない苛烈な恋をすることはないかもしれません。

けれど、その代わり、次の恋ではきっと幸せになれる、と祈りを込めてわたしはそう信じたいと思います。

ぱんだ
ぱんだ
いいねしてね!

 

まとめ

今回は綿矢りさ『ひらいて』のネタバレ解説と考察をお届けしました!

ここまで約1万文字つらつらと書いておいてなんですが、本作は「読めばわかる。読まないとわからない」というタイプの作品だと思います。

この記事でもかなり引用していますが、綿矢りささんの文章はとにかく美しい!

実際に読むとこの物語の印象もまた変わってくると思います。

文庫で200ページ未満と短めなので、気になった方はぜひご自分で「ひらいて」というタイトルに込められた意味を探ってみてください。

※読後は感想や考察などコメントに書き込んでくれるとうれしいです。

 

映画情報

キャスト

  • 主演:山田杏奈

山田杏奈さんはこれまで存じ上げない女優さんでしたが、愛にピッタリ!という雰囲気のある方でした。どんな愛を見せてくれるのか楽しみです。

公開日

2021年秋公開

ぱんだ
ぱんだ
またね!


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