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平野啓一郎『ある男』あらすじネタバレ解説|大祐の正体は?【映画原作小説】

平野啓一郎『ある男』を読みました!

亡くなってから戸籍とは別人だと発覚した《ある男》

その正体は……?

今回は小説『ある男』のあらすじがよくわかるネタバレ解説(と感想)をお届けします!

ぱんだ
ぱんだ
いってみよう!

あらすじ

弁護士の城戸は、かつての依頼者・里枝から奇妙な相談を受ける。

彼女は離婚を経験後、子供を連れ故郷に戻り「大祐」と再婚。

幸せな家庭を築いていたが、ある日突然夫が事故で命を落とす。

悲しみに暮れるなか、「大祐」が全くの別人だという衝撃の事実が……。

愛にとって過去とは何か?

人間存在の根源に触れる読売文学賞受賞作。

(文庫裏表紙のあらすじより)

ある男

《ある男》は寡黙で大人しく、まじめな性格でした。

田舎に流れてきたよそ者でしたが、勤勉な働きぶりから一目置かれ、地元の文具店の娘である里枝と結婚したことからその土地ではすっかり受け入れられていました。

《ある男》が亡くなったのは、里枝と結婚してから三年九か月後のことです。

林業の現場での事故でした。事件性はありません。

《ある男》は善良な人間だと誰もが信じていました。

そんな彼がまったく別人の名前を名乗っていたのは、いったいどういうわけだったのでしょうか?

ぱんだ
ぱんだ
むむむ……

もう少し状況の説明を続けますね。

《ある男》は谷口大祐と名乗っていました。

伊香保温泉の旅館の次男坊であること。

家族とは折り合いが悪く、父親の手術の際にはドナーになることをなかば強制されたこと。

《ある男》は谷口大祐の名前を騙っていただけではなく、その人生のさまざまなエピソードまで自分の過去として語っていました。

ここまでの事実を整理すると次のようになります。

  1. 谷口大祐は実在の人間である
  2. ある男は谷口の過去と戸籍を持っていた
  3. ある男は谷口大祐ではない

いちばんの疑問は、本物の谷口大祐の所在です。

警察に捜索願を届けているものの、その行方は杳(よう)としてしれません。

あるいは、本物の谷口大祐は《ある男》に殺されている……?

弁護士の城戸章良は、里枝から依頼を受けてその真相を探ります。そして……

<すぐ下のネタバレにつづく>


ネタバレ

あっさりネタバレすると、ある男の本当の名前は原誠(はらまこと)といいます。

ぱんだ
ぱんだ
誰!?

原誠は小林謙吉という殺人犯のひとり息子であり、そのために少年期から暗い人生を歩んできました。

誠が別人として生きていた理由はここにあります。

一言でいえば、加害者家族への差別から身を隠すためです。

※本当はもう少し込み入った理由があるのですが……(後述)

原誠という個人はまっとうに生きているのに、父親の凶行のせいで仕事は長続きせず、どこへいってもやがて秘密が露見して《殺人者の息子》というレッテルを貼られてしまう……。

それは想像を絶するほど苦しい人生でした。

自殺未遂を二度。

プロボクサーとして栄冠を掴める実力を持っていたにもかかわらず、世間に注目されることを恐れてここ一番の試合を辞退したこともありました。

ぱんだ
ぱんだ
そんな……

わたしたちには想像もつかないほどの悲惨な人生。

誠が谷口大祐になったのは、別の人間として人生をやり直したいという心からの願いのためです。

大祐になった方法

本物の谷口大祐は生きていました。

なかなかその身元が判明しなかったのは、彼がいま「曽根崎義彦」という名前で生活していたからです。

ぱんだ
ぱんだ
どゆこと?

順を追って説明しましょう。まずは誠の場合です。

自分の人生を生きるのが心底イヤになった彼は、戸籍の交換によって他人になりかわることにしました。

戸籍の交換には専門の仲介人がいて、両者の合意によって身分を入れ替えることができます。

※もちろん犯罪です

原誠はそうやって、まずは曽根崎義彦という人物と人生を交換しました。

原誠 → 曽根崎義彦

しかし、誠のまじめな性格と、粗暴なチンピラである曽根崎の人生とはではそりが合わなかったのでしょう。

誠は(今度は曽根崎として)再び戸籍を交換します。

その二度目の戸籍交換の相手こそ、谷口大祐でした。

原誠 → 曽根崎義彦 → 谷口大祐

この交換によって誠は大祐になり、本物の大祐は曽根崎になったという次第です。


理由

誠がどうして戸籍の交換という法外な手段に踏み切ったのか、その本当の理由はわかりません。

ですが、ただ単純に差別から逃れたかったというだけではなく、そこにはもっと自己の存在認識にかかわる問題があったのではないか、と弁護士の城戸は想像します。

ぱんだ
ぱんだ
どゆこと?

極端な話、一生ずっと自分の出自の秘密を他人に知られることなく生きられたとして、それでも誠は幸せにはなれなかったのではないでしょうか。

なぜなら、他の誰でもない誠自身が「自分は殺人犯の息子だ」と認識してしまっているからです。

自分で自分を呪っている、と解釈すればわかりやすいでしょうか。

「原誠」である限り、彼は自分を愛せなかったのではないかと城戸は想像します。

赤の他人になることで、結局は彼も、自分自身を愛せるようになりたかったのだろうか。

そもそもは、原誠という固有名詞とともに、この世界に存在を開始したはずの自分を。

原誠が戸籍交換という最終手段を選んだことに対して「きみは潔白なのだから、堂々と本名で生きればよかったじゃないか」と言う人もあるでしょう。

しかし、それは誠の痛み苦しみをしらない他人だからこそ言えるキレイごとです。

結局のところ、誠が別人の人生を生きていた理由は、ただ生きていたかったからという(わたしたちにとって)当たり前の願いを果たすためだったのかもしれません。

二度の自殺を試みた末に、彼は、生きるために生きなおしたのだった。

そんな過去から立ち戻ってみると、最後の三年九か月が【彼の人生】における唯一の救いだったことがことさら強く意識されます。

まじめに働き、家に帰れば妻と子供がいて……それは誠が心の底から欲していたふつうの生活であり、何にも代えがたい幸福でした。

最後に望んでいた幸せにたどりつけたのだから、戸籍交換という非合法な手段を選んだ甲斐があったものだ、と考えるべきでしょうか。

それとも、そうまでしてやっと幸福を手に入れたのに亡くなってしまうだなんてあまりにも不憫だ、と考えるべきでしょうか。

原誠であり谷口大祐でもあった彼がどのようにその結末を受け止めたのか、わたしたちにはもう知るすべはありません。


結末

実のところ《ある男》の正体が原誠だと判明したところで、なにかが解決するというわけでもありません。

弁護士の城戸が里枝に真実を報告し、そのまま物語は静かに幕を閉じていきます。

里枝は亡夫が殺人者の息子だという事実について、ことさら嫌悪感を抱いたりはしませんでした。

なぜなら亡夫本人はなんら罪を犯したわけでもなく、三年九か月の結婚生活はほんとうに幸福なものだったからです。

けれど、現実はキレイごとばかりではありません。

もし最初から原誠の過去を知っていたらのなら彼と結婚したりはしなかっただろう、と里枝は考えます。

幼い次男を病気で亡くし、実の父親を亡くし、女手ひとつで長男を育てて……当時の里枝には原誠の人生まで受け止めるだけの余裕なんてありませんでした。

『愛にとって過去とは何か?』

作中で何度か登場するその疑問に、はっきりとした答えは示されません。

結局、里枝は偽りの過去しか口にしなかった彼を愛したのですから、過去は愛にとって大きな問題ではないのでしょうか?

しかし、過去を影響力のないものと軽々しく断ずることはできません。

たとえば、里枝と誠との間に生まれた娘の花(はな)は、殺人犯の血を確かにひいてしまっているのです。

その事実がいつか成長した彼女の人生に暗い影を落とさないと誰が言えるでしょう?

また、里枝と前夫との子どもである悠人にしてもそうです。

悠人は新しい父親である誠を慕っていました。事故以降、悠人はふさぎこむようになってしまっています。

物語のラスト。里枝はそんな悠人に包み隠さずすべてを打ち明けました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「……かわいそう……だね。お父さん」

「優しいね。悠人は」

「お父さんがどうして僕にあんなに優しかったのか、……わかった」

「……どうして?」

「お父さん、……自分が父親にしてほしかったことを僕にしてたんだと思う……」

里枝は、息子のいたいけな表情に、目を赤くして口元を固く結んだ。

「そうね。……でも、それだけじゃなくて、やっぱり悠人が好きだったからよ」

(中略)

悠人は首を振って、気分を落ち着かせるように深呼吸をした。そして、真剣な顔で、「花ちゃんには言うの?」と訊いた。

「どう思う?」

「今言ってもわからないよ」

「そうね。……」

「守ってあげないと、花ちゃんは」

里枝は、また泣きだしそうになるのを堪えて、気丈な息子の目を見つめながら頷いた。

大きくなったな、と思った。

「辛かったら、悠人もお母さんに言ってよ」

悠人は小さく頷いて、

「お母さんも。……じゃあ、おやすみ」と言った。

「おやすみなさい。また明日」

(中略)

(誠)はもういない。そして、遺された二人の子供は随分と大きくなった。

その思い出と、そこから続くものだけで、残りの人生はもう十分なのではないか、と感じるほどに、自分にとっても、あの三年九か月は幸福だったのだと、里枝は思った。

<おわり>

最後は悠人の成長を感じさせる、どことなく前向きな結末でした。

城戸や里枝がそうであったように、悠人もこれから【自分の人生】を生きていくのだな、と思いました。


感想

これはわたしの物語でもある、というのが素直な感想です。

加害者家族への差別や戸籍制度など社会的なテーマを扱っている本作ですが、本質的にはもっと誰にでも当てはまるような普遍的な問題について言及しているのだと思います。

『自分自身の人生をどう生きるのか?』

「それって哲学じゃないか」と思われるかもしれませんが、実際、本作には哲学的なニュアンスが少なからず含まれています。

ただ、難しく考えすぎても頭が混線してしまいそうなので、ここでは小説の内容とからめてできるだけかんたんに思考を整理していきましょう。

ぱんだ
ぱんだ
おー!

記事中では原誠の人生を中心に小説を読み解いていきましたが、この作品の主人公はあくまで城戸(と里枝)です。

城戸は弁護士として成功していて、家に帰れば美人と評判の妻と最愛の息子が待っています。

絵に描いたように順風満帆な人生、といえるでしょう。

しかし、物語を読み進めていくと、城戸もまた人生に迷っていることがわかります。

教育方針の違いから妻との考え方(価値観)の違いが浮き彫りになり、次第に会話も減り、寝室も別になって……典型的な離婚の危機だと、城戸自身も分析します。

分析するのですが……だからといってどちらかが悪いわけでもないし、具体的な解決方法は思いつきません。

やがて城戸は美涼(※)という女性に惹かれていき、(あるいは原誠のように)新しい人生に踏み出すという道もあるのではないかと迷うようになり……。

※本物の谷口大祐の元カノ。調査の過程で知り合う。

ぱんだ
ぱんだ
はらはら

既読の方はもちろんご存じのように、けれど城戸は結局、心惹かれる誘惑を断ち切り……というか諦めて、いつもどおりの日常へと帰っていきます。

そしてちゃんと話し合いの場を設けて、妻との関係もどうにか修復の方向へと向かっていきます。

物語を通じてのこの城戸の一連の心境変化や行動に、わたしはとても考えさせられました。

ぱんだ
ぱんだ
というと?

わたしたちは、良くも悪くも「ふつう」の人生を送っています。

そして、その「ふつう」は、原誠が自分自身の人生を捨ててまで欲したものでもあります。

原誠の人生が《鏡》として見えている以上、ありきたりな「ふつう」がどれだけありがたいか、城戸は強く意識せざるをえなかったのではないでしょうか。

わたしは「足るを知る」という言葉が好きなのですが、本作を読んでいると何度もこの言葉が頭に浮かびました。

足るを知る……もうすでに恵まれていることに気づき、満足すること(意訳)

物語の終盤。城戸は妻がその上司と浮気していると気づきながら、その疑惑を自らなかったことにします。

「ふつう」は当たり前に手に入るものではありません。

それは時に当事者の意思や努力によって保たれるものであり、城戸の選択はまさに「ふつう」を維持するための妥協だったのでしょう。

とはいえ、城戸自身も次のように語っています。

(妻の浮気をスルーした)その心境が、理解できないという人もいれば、わかる気がするという人も恐らくはいるであろうが。

わたしは(なんとも中途半端な答えではありますが)城戸の気持ちもわからないでもないような気がします。

城戸のとっての最大の人生の充足はいまや幼い息子の成長を見守ることであり、そのためには妻の浮気を指摘して家庭を崩壊させるのは得策ではありません。

城戸は「ふつう」を守るため、目の前の現実に折り合いをつけたのです。

この先、心の中でずっと妻の不貞を恨み続けるよりも、あるいはそのほうが城戸の心の平穏にとってもいい判断だったといえなくもない……ような気もします。

ぱんだ
ぱんだ
よくわからん

すみません。結局なんだかややこしく考えちゃいましたね。

原誠にしても城戸にしても、彼らは自分自身の生き方と向き合っていました。

その結果、誠はそれまでの人生を捨て、城戸は問題に目をつぶりながら夫婦関係を修復したわけですが、一般人であるわたしが身近に感じたのはやはり城戸の考え方です。

自分にとってなにが幸せなのか?

そのためには何が必要で、どこまで妥協できるのか?

『ある男』はそんなことを考えさせられる小説でした。

 

愛にとって過去とは何か?

作品のテーマの一つに『愛にとって過去とは何か?』というものがあります。

このテーマに関して城戸と美涼の会話の中に「これは答えのひとつでは?」と思えるものがあったので、最後にご紹介したいと思います。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「僕たちは誰かを好きになる時、その人の何を愛してるんですかね? ……出会ってからの現在の相手に好感を抱いて、そのあと、過去まで含めてその人を愛するようになる。で、その過去が赤の他人のものとわかったとして、二人の間の愛は?」

美涼は、それはそんなに難しくないという顔で、

「わかったってところから、また愛し直すんじゃないですか? 一回、愛したら終わりじゃなくて、長い時間の間に、何度も愛し直すでしょう? 色んなことが起きるから」と言った。

城戸は、彼女の顔を見つめた。

その表情に点る芯の強い繊細な落ち着きが、無性に愛しかった。

通念に染まらぬ一種の頑なさと、それが故の自由な、幾らか諦観の苦みのある彼女のものの考え方に、自分はこの一年ほどの間、ずっと影響を受けてきたのだということを改めて意識した。

城戸は、彼女の至極当然のように語ったその愛についての考え方に心を動かされていた。

「そうですね。……愛こそ、変化し続けても同じ一つの愛なのかもしれません。変化するからこそ、持続できるのか……」

間もなく名古屋に到着するというアナウンスが流れた。

美涼と会うのも、これで最後かと思うと、名残惜しかった。

城戸と美涼はある意味、両想いでした。

物語の終盤。本物の谷口大祐に会いに行く新幹線の中、美涼は少しだけ婉曲に、しかしはっきりと城戸に好意を伝えます。

しかし、城戸はそれに気づかないふりをして……。

なんともいえない大人の切なさが漂うシーンでした。

ぱんだ
ぱんだ
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まとめ

今回は平野啓一郎『ある男』のあらすじネタバレ解説(と感想)をお届けしました!

あらすじは完全にミステリのそれでしたが、実際に読んでみるとソコが本質ではないことがよくわかります。

「生きるってなんだろう?」という哲学めいたテーマものぞき見える、奥深い一冊でした。

※平野啓一郎さんの代表作といえば↓

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映画情報

キャスト

  • 妻夫木聡(城戸)
  • 安藤サクラ(里枝)
  • 窪田正孝(ある男)
  • 清野菜名(美涼)

公開日

2022年公開

ぱんだ
ぱんだ
またね!


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