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『死亡フラグが立ちました!』あらすじネタバレ!結末や真犯人は?

七尾与史『死亡フラグが立ちました!』を読みました!

  • 「どう考えても松重豊じゃん!」って登場人物が出てきたり、
  • 凶器が『バナナの皮』だったり、

ふざけているようで、ミステリとしても意外とちゃんとしているバランス感覚がおもしろかったです。

というわけで!

今回は『死亡フラグが立ちました!』のあらすじネタバレをお届けします!

謎の殺し屋の正体は誰!?

あらすじ

謎の殺し屋『死神』

それは一種の都市伝説である。

曰く、

  • ジョーカーのカードを受け取った人間は、24時間以内に命を落とす。
  • 狙われた人間は、必ず『思いがけない何か』によって命を落とす。

それは交通事故かもしれないし、頭上から落ちてきた植木鉢かもしれない。

とにかく、死神は偶然としか思えない出来事によってターゲットを仕留めるのだという。

「来週までに死神にインタビューしてきて。よろしくね」

「……は?」

底辺フリーライターの陣内トオルは、編集長からの無茶ぶりで『死神』を追うはめになる。

巷を騒がせている『代議士秘書の事故死』

大物代議士に汚職疑惑が持ち上がったとたんに交通事故で亡くなった秘書は、まるで代議士に口封じされたかのようだった。

とはいえ、事故の加害者は政治家とはまったく無関係な飲酒運転の会社員。

警察はただの事故として処理している。

でも、もし……事故が偶然じゃなかったとしたら?

裏で暗躍した人間がいるとしたら、『死神』しかいないだろう。

蛇の道は蛇。餅は餅屋。

裏社会のことは裏社会の人間に聞くのが筋だ。

トオルは木村組の幹部である松重に話を聞いてみることにした。

すると……

「死神? 知ってるよ」

「ほんとですか!?」

「ああ……そいつにウチのオヤジが殺されたばかりだ」

「……え?」

木村組長は、転んだ拍子に床に置いてあった鉄アレイに頭をぶつけて亡くなったのだという。

その一部始終は監視カメラに録画されていて、他殺を疑う余地はない。

ただし、木村組長にはジョーカーのカードが届いていた。


ネタバレ

ここからメインストーリーではトオルの一人称視点になります。「僕=トオル」です。

松重さんから詳しく話を聞くと、事故当時の状況は次の通りだった。

  • 組長はDVDを見ていた。
  • ビールを取るため冷蔵庫に向かい、足を滑らせて転んだ。
  • 事故の前後にそれぞれ15分ほどの停電が起こっていた。
  • 事故のあと、いつのまにかDVDがなくなっていた。

松重さんは組長に不満を持つ幹部の『葛谷』が死神に暗殺を依頼したと考えているようだ。

……だとしたら、死神はどうやって組長の命を奪ったのだろうか?

こんなとき、頼れるのは本宮さんしかいない。

本宮さんは高校時代の先輩で、なんでもできてしまう超人だ。

100億円の個人資産を有する投資家で、頭も切れればケンカも強い。

『困ったときの本宮頼り』は僕がよく使う奥の手だ。

事情を一通り説明すると、本宮さんは今回もたちどころに謎を解き、ひとつの仮説を組み立ててしまった。

曰く、

  • DVDにはビールが飲みたくなるようなサブリミナルが仕込まれていた。
  • DVDのせいでビールが飲みたくなった組長は、冷蔵庫までの道にセットされていた『滑りやすい何か』につまづき、角度まで計算されて置かれていた鉄アレイに頭をぶつけた。
  • 事故前後の停電は監視カメラの映像を止めるためだった。

事故の前の停電は、『何か』と鉄アレイのセットを隠すため。

事故の後の停電は、証拠になるDVDを抜き取る姿を記録させないため。

本宮さんと木村組の事務所で現場検証。

床に敷かれたクリーム色の絨毯のうち、組長が転んだ場所からはかすかに甘い匂いがした。

そして、本宮さんの指示で調べた冷蔵庫の下から出てきたのは……

「……バナナの皮?」

まるで古典的なお笑いのようだけれど、間違いない。

木村組長はバナナの皮に滑って転び、鉄アレイに頭をぶつけて亡くなったのだ。

事務所に呼び出された葛谷は、知るはずのない『バナナの皮』のことをポロっと口にしてしまい、あっけなく松重さんの銃で頭を撃ち抜かれた。

最後に葛谷が置いていった情報は2つ。

1つ目は、死神にコンタクトを取る方法。

東新宿の喫茶店『ロンドン』の一番奥の席に座り、『タナトス』というカクテルを注文すること。

それが死神に依頼するための正式な手順なのだそうだ。

そして、もう葛谷の2つ目の情報は、死神の次のターゲットについて。

なんと葛谷は死神に松重さんの暗殺も依頼していた。

そして、自らジョーカーのカードを松重さんに運んできた。

今から24時間以内に、松重さんは……。


【Sub】板橋友和 1992年

17年前の『田中一家殺人事件』

犯人は4人家族のうち3人を惨殺し、小学生の男の子を連れ去った。

後に犯人は自宅で首を吊っている状態で発見され、事件は終幕を迎える。

男の子の行方は今もわかっていないが、犯人宅の風呂場に血液反応があったことから、すでにどこかに埋められているものと考えられた。

田中家は宝くじで1億円を当てたばかりであり、遺書にも金目当ての犯行だと書かれていた。

おそらくは男の子と一緒に埋めたのだろう。

1億円の行方もいまだわかっていない。

連れ去られた男の子の名前は『田中鳥栖夫(たなかとすお)といった。

刑事として事件を捜査していた板橋は、いくつかの不審点に気がついた。

  • 田中一家は、一家の父親が趣味で収集していたナイフで刺されていた。強盗が目的なら、犯人はなぜ凶器を持っていなかったのか?
  • その日に限ってなぜ裏口の鍵が開いていたのか?
  • 一家の男の子だけを自宅に連れ帰ってから始末したのはなぜなのか?

捜査を進めるうちに、板橋刑事は信じられない仮説にたどりつく。

『事件の真犯人は田中鳥栖夫だったのではないか?』

鳥栖夫のとった行動はこうだ。

  1. 両親と弟をナイフで刺した。
  2. ゲームセンターで知り合った発達障害の青年と協力し、1億円を青年宅に運んだ。
  3. 遊びだと騙して遺書を書かせ、首を吊らせた。
  4. わざと風呂場に血液をたらし、1億円とともに消えた。

警察が犯人だとしている常盤洋平(20)は鳥栖夫が用意したスケープゴートだったのだ。

そう考えれば、いろいろなことに説明がつく。

  • 田中家の父親は息子に「1億円を現金で見たい」とせがまれて銀行からおろしていた。
  • 鳥栖夫の顔が映った写真は1枚もなく、クラスメイトでさえ誰も鳥栖夫の顔を覚えていなかった。

小学校の卒業文集に書かれた『将来の夢』

鳥栖夫はそこにこう記していた。

『究極の殺し屋になりたい』

鳥栖夫はずっと前から事件を計画し、自らを死んだことにして、『誰でもない人』になったのではないか?

板橋は捜査会議で鳥栖夫犯人説を強く主張したが、誰もが「小学6年生にできるはずがない」と笑って否定した。


【Sub】御室惠介

新米刑事の御室は、目を見開いて驚愕した。

世間を騒がせた『代議士秘書の交通事故』

事故としか思えなかったそれが、定年間近の老刑事・板橋の指摘により『事件』にしか思えなくなったのだ。

まず、奇妙なのは加害者の会社員・筒井弘道の当日の状況である。

  • 筒井はいつもは電車通勤だったが、前日に営業車が故障していたため自家用車で通勤していた。
  • 筒井は前日に財布を落としていた。
  • 筒井は代行タクシーを呼ぼうとしたが、たまたま全車出払っていて捕まらなかった。

筒井が飲酒運転をしたのは、代行タクシーが捕まらず、前日に財布を落としたことから金を節約しようと考えたからだった。

……そんな偶然があるだろうか?

調べてみると、その夜は各代行タクシー会社でトラブルが相次いでいて、1つの会社に電話が集中していたということだった。

また、そもそも筒井が飲みに行ったのは上司に誘われたからだったのだが、その日はたまたま上司の誕生日で、居酒屋で半額クーポンが利用できる日だった。

まるで、誰かがその夜、筒井に飲酒運転をさせたかのようにも思える痕跡だ。

それだけじゃない。

事故現場の状況も奇妙と言わざるを得ない。

  • 事故現場はふだん誰も使用していない道だった。
  • 事故現場は筒井にとっても、秘書の小早川にとっても馴染みのない道だった。

御室は板橋に言われて調べたが、夜の時間帯、事故現場に人が2人以上同時に通ることはなかった。

それなのに、代議士秘書の交通事故は5人の人間によって目撃されている。

ただ、それも妙な話で、小早川は『青信号の横断歩道の真ん中』でひかれたことになっている。

一方、目撃者は全員横断歩道の前から事故を目撃している。

なぜ信号が青なのに、目撃者は誰も横断歩道を渡っていなかった?

筒井は「車道の信号は黄色から赤に変わるところだった。小早川が急に飛び出してきた」と供述している。

……もし、5人の目撃者が全員嘘をついていたとしたら?

むしろ目撃者の中の1人が、小早川を横断歩道に突き飛ばしたのではないか?

最後に、もうひとつだけ。

その夜、筒井は2か所も通行止めにぶつかり、迂回をした結果、たまたまその道を通っていた。

一方、小早川は妻の浮気を疑い、妻を尾行していてたまたまその道を通りがかっていた。

もし、通行止めも、小早川夫人の浮気相手も、目撃者も、全員グルだったとしたら?

あるいは、全員が『何者か』の意思で無意識に動かされていたとしたら?

同じだ、と御室は思った。

今でも忘れられない小学生の頃の恐怖体験。

17年前に感じた底知れない恐怖が、今また目の前に横たわっている。

直感的に御室はそう思った。


【Sub】御室惠介 1992年

『黒谷麻美』

今や国民的女優として知られる彼女は、かつて御室のクラスメートだった。

当時から黒谷の美少女ぶりはすさまじく、クラスの男子全員が彼女に恋をしていた。

ある日、たまたま教室に忘れ物を取りに戻った御室少年は、黒谷がいじめっ子の大杉孝夫と話しているところを目撃する。

「お前、俺の彼女になれ。じゃないとこの写真をばらまくぞ。女優になる夢が叶わなくなるぞ」

大杉の脅迫材料は、黒谷麻美が義父から性的暴行を受けている瞬間をとらえた写真だった。

ネガは家に隠してあるから見つかりっこない、と大杉は得意げに言った。

それから間もなくして、大杉家は放火により全焼し、大杉孝夫も亡くなった。

犯人は薬物中毒の青年だったという。

そして、さらにその数日後、今度は黒谷麻美の義父が亡くなった。

階段で足を滑らせて転落したのだという。

どちらも不幸な事件であり、事故だった。

結果として黒谷麻美にとって都合の悪い人間が連続して命を落としたことに気づいた人間は、教室の会話に聞き耳を立てていた御室少年だけだった。

当時、得体のしれない恐怖を感じたことを、今でも御室は覚えている。

まるで黒谷麻美には死神がついているようだ、とそのときの御室は思った。

黒谷麻美が国民的女優の地位に上り詰めるまでには、いくつかの転換点があった。

  • 小劇団でヒロインに選ばれたこと
  • 人気ドラマでヒロインに選ばれたこと

黒谷麻美が重要な局面でヒロインに選ばれるときは、いつも決まって他の女優に不幸が起こっている。

『本来ヒロインを演じるはずだった女優が足を滑らせて大怪我を負ってしまったため、その代役として黒谷が急きょヒロインを演じることになった』

この手の話は枚挙にいとまがない。

『運が味方した』ならぬ『死神が味方した』といったところか。

他人の不幸をチャンスに変えることで、黒谷麻美は望み通りの国民的女優になったのだ。

小学校の卒業文集。

黒谷麻美は将来の夢について『女優になりたい』と書いていた。

そして、同じ文集には『究極の殺し屋になりたい』という田中鳥栖夫の将来の夢も書かれていた。

御室は黒谷麻美だけではなく、田中鳥栖夫ともクラスメートだった。

板橋刑事とコンビを組んでいる今、御室は当時の事件についてこう思っている。

『黒谷麻美と田中鳥栖夫は協力関係にあった』

田中家の事件の真犯人が鳥栖夫だとすれば、誰か彼をかくまう協力者がいたと考えた方が自然だろう。

おそらくその協力者の正体は黒谷だったに違いない。

黒谷は協力の見返りとして、鳥栖夫に大杉孝夫と義父を始末させたのだろう。

そして、その後も黒谷は鳥栖夫を使ってライバルを排除し、スターへの階段を一直線に上っていたのだ。

『女優になりたい』

『究極の殺し屋になりたい』

2人が卒業文集に描いた夢は、今まさに叶っている。


死神の魔の手

死神からジョーカーのカードを受け取った松重さんは、故郷の浜松に行くと言い出した。

「世界一の美女にキスしに行くんだ」

松重さんはそう言って笑っていた。

死神の恐ろしさは緻密に計算された罠そのものではなく、その手数の多さにある。

何十個も用意されている罠のうち、ひとつでも当たれば松重さんの命はない。

僕たちは慎重に慎重を重ねたけれど、最後にはどでかい罠を踏んでしまった。

イベント期間でどのホテルも満室。

そんな中、松重さんがふと思い出した古いビジネスホテルだけ、直前に出たキャンセルのおかげでちょうど人数分空いていた。

今にして思えば、いくら疲れていたとはいえ、安易にそのホテルに泊まってしまったのは間違いだった。

朝、目が覚めると、宿泊していたホテルの6階は火の海だった。

警報がなぜか鳴らず、気づくのが遅れてしまった。

非常口はなぜか開かず、消火器もなぜか壊れている。

どう考えても死神の仕業だった。

絶体絶命の大ピンチ。

でも、こっちにはいつどんなときでも頼りになる本宮さんがいる。

本宮さんは全員にシャワーを浴びせかけて、たっぷりと水を含ませた毛布を配った。

「いいか、火事で危険なのは火よりも煙だ。姿勢を低くして、反対側の階段までたどり着けば助かる」

本宮さんの機転のおかげで、どうにか僕たちは生きたままホテルから脱出することができた。

ホテルの火災では、結果的に男女7人が亡くなった。

火元は601号室で、宿泊していた妊婦がガソリンを被って焼身自殺したのだという。

同じく亡くなった602号室の2人組は刑事だったそうだ。

僕はあのとき6階の階段で、御室という若い刑事の最期の言葉を耳にしている。

「クロ……タニ……」

男のすぐそばには、なぜか小学校の卒業文集が落ちていた。

現在時刻は朝の7時。

松重さんのタイムリミットまで、あと9時間。


最後のキス(前)

『もしかしたら、もうすぐ死ぬかもしれない』

そう予感した松重さんがどうしても最後に会いたいと望んだのは、奥さんと中学生になる娘さんだった。

ヤクザである松重さんは奥さんのご両親から猛反対され、結婚することはできなかったけれど、ときどきこっそり会っているのだそうだ。

浜松の湖を臨む岬で奥さんと2人きり。

何やら幸せそうに話している松重さんの後ろ姿を、僕と本宮さんは遠くから眺めた。

岬に娘さんの姿はない。

「父親は交通事故で亡くなった」と聞かされている娘さんに今さら松重さんを会わせるべきではないと、奥さんが決めたのだろう。

ふと周囲を見ると、僕たちと同じように松重さんたちの後ろ姿を見つめる人影があった。

中学生くらいの女の子だ。

もしかして……。

声をかけてみると、やっぱり女の子は松重さんの娘さんだった。

「あの人は誰なんです? あたしの母とどんな関係なの?」

どうやら嬉しそうにめかしこんで出かけた母親のあとをついてきたらしい。

僕たちは彼女の質問にはっきりとは答えなかったけれど、その様子から松重さんが実の父親であることは伝わったようだった。

「あっ……」

目線を岬の方に戻すと、松重さんが奥さんを抱き寄せ、唇を重ねているところだった。

遠目からでも、2人が愛し合っていることがひしひしと伝わってくる。

長いキスを終えると、奥さんは目元をぬぐいながら松重さんに背を向け、歩き出す。

岬には1人で佇む松重さんだけが残った。

「君、名前は?」

「渥美真由です」

「真由ちゃんか。君はどうする? このまま帰るかい?」

「……どうしていいかわかりません」

戸惑っている様子の真由ちゃんに、僕は言う。

「1つだけ教えておくね。松重さんはあと15分で死ぬかもしれないんだ

松重さんが言っていた『世界一の美女』は、きっと真由ちゃんのことだろう。

奥さんは会わせない方がいいと判断したけれど、真由ちゃんはもう松重さんのことを知ってしまった。

それなら……

「あと15分なんですね?」

僕は黙ってうなずく。

状況がわからないなりに、真由ちゃんは何かを察したようだった。

「あたし、行ってきます。お父さんに会ってきます」

真由ちゃんは松重さんの背中めがけて走っていくと、思いきりよく声をかけた。

「お父さん!」


最後のキス(後)

岬では松重さんと真由ちゃんが湖を眺めながら話している。

2人とも優しい笑顔を顔に浮かべている。

タイムリミットまで5分を切った。

あたりはひらけていて、怪しいものや危険なものは何もない。

松重さんの命を止めるような『何か』が起こるとは思えない。

だというのに、本宮さんはなにやら難しい顔をしていた。

「何か引っかかるんだよな……。世界一の美女にキスする、か。死亡フラグっぽい台詞だよなあ。キスは……まずいかもしれん、な」

本宮さんがつぶやいたその時、岬から「キャッ!」という真由ちゃんの叫び声が聞こえた。

岬を見ると、松重さんがばったりと倒れている。

……いったいどうして!?

慌てて駆け寄った僕たちに、真由ちゃんは泣きそうな声でいう。

「いきなり息ができないって苦しみだしたの!」

松重さんの顔は真っ赤にはれ上がっていた。

「まずい、息が止まってる! すぐに人工呼吸だ!」

本宮さんは人工呼吸を、真由ちゃんは習ったばかりだという心臓マッサージを始める。

「松重さん、戻ってこいよ! やっと娘さんに会えたんだろ! やっと父親になれたんだろ! 死神の野郎に負けるな!」

本宮さんが叫ぶ。

「松重さん、戻りましょうよ。組長さんの仇をとるんでしょう!」

僕も思わず叫んだ。わけもわからず涙があふれた。

松重さんはピクリとも動かない。

「もういいです」

真由ちゃんが静かに言った。

本宮さんが無念そうにうなだれる。

時計を見ると、タイムリミットをすぎていた。

「父にキスをされました。といっても、気を失って倒れこんできて唇があたしの頬にあたっただけなんですけどね」

真由ちゃんがしんみりと言う。

最後に見た松重さんの顔は、どこか微笑んでいるように見えた。

病院に搬送されたことで、松重さんの死因が分かった。

アナフィラキシーショック。

即時性アレルギーの一種だ。

「だけど、何に反応したんでしょうね?」

「キスだ。松重さんは真由ちゃんの母親とキスしてただろ」

「でも、キスで死ぬなんてありえないですよ」

「正確には彼女が直前まで食べていたピーナッツバタークリームだ。松重さんはピーナッツに対するアレルギーを持っていたんだよ」

僕は松重さんがなぜかクッキーを強く拒絶していたことを思い出す。

……あれはピーナッツに対する警戒だったのか。

真由ちゃんの話によれば、渥美家では最近毎日のようにピーナッツバタークリームが食卓に並んでいたそうだ。

その理由は、懸賞の商品として日持ちしない高級バタークリームが大量に送られてきたから。

真由ちゃんの母親は懸賞マニアだったけれど、ピーナッツバタークリームに応募した覚えはなかったと言っていたという。

……死神だ。

死神は松重さんが奥さんや娘さんに会いに行くと予想していた。

そして、死神は松重さんがピーナッツアレルギーを持っていると知っていた。

だから、真由ちゃんやお母さんの唇にピーナッツ成分を付着させるため、高級ピーナッツバタークリームを渥美家に送ったのだ。

「こうなったら弔い合戦だ」

真剣な表情で本宮さんが言った。

「金曜日(〆切)までにヤツの正体を暴いてやるんだ。お前はそれを書いて日本全国に晒してやれ」


死神の正体

「おい、死神を見つけちゃったぞ」

本宮さんの発言に、僕は心底驚いた。

手掛かりになったのは、ホテルで亡くなった御室刑事が所持していた『卒業文集』

本宮さんの目は『将来の夢』のページに釘づけになっていた。

『究極の殺し屋になりたいです(田中鳥栖夫)』

「こいつが死神だ。間違いない」

「なんでそうなるんすか?」

「名前だよ。田中鳥栖夫。略してタナトス。ギリシャ神話に出てくる死を司る神だ。精神分析では死への衝動という意味でも使われる」

「でも、名前だけじゃ……」

「名前を甘く見るなよ。名は体を表すっていうだろ。それに、喫茶『ロンドン』のカクテルは何だった?」

「ああ!」

死神に会うためには喫茶『ロンドン』の一番奥のテーブル席に座り、『タナトス』というカクテルを注文すること――。

「つまり御室刑事は死神の元クラスメートと言うわけですか」

「おそらく2人の刑事は死神、つまり田中鳥栖夫を追っていたんだ。そうしているうちにあのホテルに誘導され、火災に巻き込まれた。そんなところだろう」

あとからわかったことだが、御室刑事たちは601号室で火元になった妊婦を追ってきていた。

そして、妊婦を含む6階の宿泊客全員が『死神』のターゲットだった。

「一網打尽にするつもりだったのか……」

『死神の正体は田中鳥栖夫』

ここまではいい。

だけど、肝心の田中鳥栖夫はどこにいる?

本人は事件で亡くなったことになっているのだから、きっと今は別人として生活しているはずだ。

いったい誰が田中鳥栖夫なのか?

それがわからなければ意味がない。

僕たちは情報を集めるため、御室刑事たちの足跡を追った。

  • 代議士秘書の交通事故
  • 17年前の田中家一家殺人事件

決定的な手がかりになったのは、御室刑事が最期に口にした《あの言葉》だった。


田中鳥栖夫の正体

〆切の金曜日。

僕はとあるホテルのスイートルームにいた。

本宮さんと、松重さんの舎弟だった橋本さんも同席している。

今からこの場所では、国民的女優・黒谷麻美のインタビューが行われる。

ライター仲間の漆原に頼み込んで、無理やりインタビューの場に同席させてもらったのだった。

午後2時。

スイートルームに黒谷麻美が現れた。

映像や写真で見るよりはるかに美しい。

黒谷の隣には名物マネージャーの稲垣の姿も見える。

でっぷりと太った容姿にきょろきょろと落ち着かない態度。

「キモかわいい」いじられキャラとして、近頃ではなぜかテレビで人気が出ている。

「さっそく取材を初めてもらえませんかねえ。黒谷もこのあとスケジュールが立て込んでますんで」

額をしきりにハンカチで拭きながら稲垣マネージャーが言う。

「じゃ、始めますか」

そういうや否や、本宮さんは背後から漆原の後頭部を殴りつけて気絶させた。

さすがに驚いたようで、黒谷は目を見開いて口元に手を当てている。

さあ、ここからだ。

「クロタニ」

御室刑事の遺言を「黒谷麻美を調べろ」と解釈した僕たちはろくに寝もせずに黒谷の経歴を調べまくった。

そして、僕たちは再び『バナナの皮』にたどり着いた。

  • 黒谷にヒロインの座を奪われた女優
  • 黒谷麻美の体をもてあそんでいた義父

彼らは『バナナの皮』に足を滑らせていた。

事故の現場は

  • 黒谷の自宅の階段
  • 小劇団時代の稽古場
  • テレビスタジオ

とバラバラで、おまけに年代もそれぞれ違う。

では、いったい誰が『バナナの皮』を自宅の階段に、小劇団の稽古場に、テレビスタジオに設置したのか?

その人物は

  • 子どもの頃から黒谷麻美のそばにいた人物であり、
  • 黒谷麻美の輝かしい人生のどの転換点にも立ち会っている人物

である必要がある。

ここまで条件が絞られれば、あとは簡単な調査で事足りる。

小劇団の稽古場にも、テレビスタジオにも、目立たない経歴不明の雑用係の男がいた。

その男こそ『バナナの皮』を設置した人物。

僕は男がたまたま写りこんでいた写真を取り出し、黒谷麻美に突きつけた。

「この男、誰かに似ているとは思いませんか?」

「さあ……?」

黒谷は首を横に振る。

想定内の反応だ。

僕は用意しておいたもう1枚の写真を取り出す。

「この写真の男を思いっきり太らせて、二重まぶたにして、頭を禿げ上がらせれば……。これはコンピューターの画像ソフトでこの写真の人物の顔を加工したものです。見てください」

その他大勢に紛れ込んでいた雑用係の男。

画像加工後の男の顔は、誰がどう見ても稲垣マネージャーの顔だった。

「稲垣さん。あなたが死神、そして田中鳥栖夫だ」

僕はミステリ映画に出てくる探偵さながら男に向かってビシッと指をさした。

彼が

  • 自分の家族を
  • 代議士秘書を
  • 板橋刑事を
  • 御室刑事を
  • 木村組長を

そして松重さんを死に追いやった犯人だ。

「あなたは稲垣舞太郎じゃない。本物の稲垣さんは施設で育った天涯孤独の人だった。十数年前、あなたは施設を出た直後の稲垣さんを殺して彼になりすました。そうして稲垣を名乗って生きてきた。違いますか?」

問いただすと、男は人懐こそうな笑顔を浮かべた。


結末

「あーあ、ばれちゃった。それにしてもたいしたもんだね。僕の正体にたどり着いたのはあんたらが初めてだ」

男は余裕たっぷりに拍手する。

「あなたの正体に一番最初に行きつくのは御室くんだと思ってたわ」

黒谷の表情にも動揺は見られない。

やはり、御室刑事の推測は当たっていたようだ。

「田中一家事件の後、あなたが彼をかくまったんですね?」

「ああ。彼女が僕をかくまってくれた」

黒谷に向けた質問だったのに鳥栖夫が答えた。

「あの日は驚いたね。家族を殺してから常盤洋平と一緒にこっそりと裏口から出たらそこに彼女が立っていたんだ。そしてこういった。『わたしも仲間に入れてくれる?』ってね。そうしないとすべてをばらすというんだ。だから従うしかなかった。あとは彼女が僕に何をさせたかわかってんでしょ?」

「彼女を殺そうとは思わなかった?」

「もちろん何度も思ったし、そのたびに実行したさ。でもダメなんだ。そんな罠を仕掛けても彼女はそれを見抜いちゃうんだよ。彼女は千里眼の持ち主さ。だから田中一家事件のこともお見通しだった」

ソファの黒谷は彼の話を聞きながら苦笑している。

2人は協力関係ではなかった。

鳥栖夫が死神なら、彼女は死神を一方的に操る魔女なのだ。

黒幕は死神ではなく黒谷麻美の方だった。

「ちょっと鳥栖夫くん! いい気になってそんなことまでしゃべっちゃって、どうしてくれんのよ」

「いいの、いいの、麻美ちゃん。全然OKだよ。どうせこの3人は死ぬんだもん

鳥栖夫――死神は僕たちに向かってジョーカーのカードを投げた。

予告から数分もしないうちに橋元さんが死んだ。

気絶していたはずの漆原は実は起きていて、しかも橋元さんに恨みを持つ人間だった。

意識の外からわき腹にグサリ。

漆原が深々と突き立てたナイフによって、橋元さんは絶命した。

……遅かったんだ。

死神はもう僕たちの調査を終えていた。

ジョーカーのカードが投げられたということは、すでに罠の設置が完了しているということだ。

現に、橋元さんは鳥栖夫が用意したトラップによって始末されている。

「余計なお世話かもしれないけど、あなたたち、逃げた方がいいんじゃない? 逃げてどうなるものでもないでしょうけど」

黒谷の声で僕は我に返った。

そうだ、僕たちだっていつこうなるかわからない……!

「陣内。とりあえず出よう。ここはヤバい気がする」

本宮さんが僕の肩をたたいた。

「あんたらのことは書くからな。絶対に生き延びて書いてやる」

僕は死神と黒谷を指さしながらゆっくりと扉に向かった。

田中鳥栖夫はソファに腰掛けたまま悠然と僕たちを見送った。

黒谷の方は憐れむようなまなざしを向けていた。


ラストシーン

ホテルの外へ飛び出すと、目の前の大通りは雑踏でごった返していた。

「通り魔だぁ! 逃げろぉぉ!」

声の方を振り向くと、ちょうど包丁を振り回しながら走っている青年と目が合った。

……さっそく死神の罠か!

『危ない』と頭の中で警報が鳴っているのに、足がすくんで動かない。

とにかく落ち着こうと大きく息を吸って……僕は異臭に気がついた。

ガスだ。

ガスが漏れている。

ちょっとした火花が散るだけで、大爆発が起きるようなガス漏れ……!

危険信号が全開で鳴っている。

けれど、まだ足は動かない。

と、そのとき、今度は上空から鼓膜を裂くような音がした。

空を見上げると、煙を吐いたヘリコプターが僕たちに向かって一直線に落下してきていた。

マズい、マズい、マズい!!

焦れば焦るほど、足は頑なに動こうとしない。

また別方向からの爆音に目をやると、今度は無人の暴走スポーツカーがこっちに猛スピードで突っ込んできていた。

通り魔、ガス、落下ヘリ、暴走車。

そのすべてから濃厚な『死』のにおいが漂っている。

――死にたくない!

そう思ったとき、僕はようやく駆け出していた。

「よけろ、陣内!」

本宮さんの声に応えるように、暴走車をかわす。

すぐそばまで迫っていた通り魔は、本宮さんが妙ちくりんな拳法でノックアウトしていた。

だけど、空にはまだヘリコプターの脅威が残っている。

落下すればガスに引火して、一帯は吹き飛ぶだろう。

ここはまだ安全じゃない。

「これからどうします?」

「とりあえず走るぞ」

「走るってどこへ?」

「明日に向かってさ」

本宮さんがニヤリと笑った。

くさい言い回しだけど、今の僕にとっては希望に満ちた言葉だ。

明日まで走ることができれば、僕たちの勝ちなのだ。

「陣内。絶対に死ぬんじゃねえぞ」

「死にませんよ。この件が片付いたら恋人と結婚するんだから」

「わかりやすい死亡フラグだな」

本宮さんが鼻で笑う。

「冗談ですよ。今日で彼女いない歴ちょうど1年なんだから」

地面にはヘリの影が落ちてきた。

僕たちはスタートの体勢をとる。

「ステキな記念日を迎えたお前に、俺からのちょっとしたアドバイスだ」

「何なんです?」

「とりあえず足元には要注意な」

僕は足元を見た。

バナナの皮が落ちていた。

<完>

ぱんだ
ぱんだ
いいねしてね!

 


まとめ

今回は七尾与史『死亡フラグが立ちました!』のあらすじネタバレをお届けしました!

では、最後にまとめです。

3行まとめ
  • 死神=田中鳥栖夫=稲垣マネージャー
  • 鳥栖夫を操っていたのは黒谷麻美
  • 盛り上がり最高潮のラストシーンでおわり

なんといっても終わり方がニクイ!

命を狙われてる緊迫した状況なのに、足元には『バナナの皮』

作中では主要登場人物も亡くなってますし、あらすじだけ見ればシリアスな物語のはずなのに、最後は『バナナの皮』

しかも、あのラストシーンにおいて

【脅威度】バナナの皮 >>>>>> 落下ヘリ・ガス漏れ・通り魔・暴走車

という構図になってるの、最高じゃないですか!?

ミステリ小説でありながら、「ふふっ」と笑える愉快な作品でした。

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