又吉直樹『劇場』を読みました。
「話題作っぽいし読んでみるか」と書店で何気なく手に取ったのですが、気がつけば憑りつかれたように一気読みしていました。
この小説、すごいです。
- おもしろかった
- 感動した
- 泣けた
……という言葉は適さないように思うので、なんと表現したらいいか困るのですが、
「どうせ芸能人が書いたから売れてんでしょ?」
という偏見を(ちょっとは)持っていた私が
「又吉さんってすごいんだな……」
と手のひらをひっくり返すくらいには衝撃的な小説でした。
というわけで、今回は
- 『劇場』のあらすじ
- 『劇場』の感想
を書いていこうと思います。
※内容知ってる方はあらすじを飛ばして感想からどうぞ! 目次からジャンプできます。
『劇場』あらすじ
上京して立ち上げた劇団は鳴かず飛ばず。
売れない脚本演出家の永田は、大衆にウケる芝居をバカにするような、斜に構えたメンドクサイ演劇人。
ひねくれた性格が災いして敵をつくりやすい永田は、ついに数少ない劇団メンバーからも見放されてしまう。
これで劇団『おろか』に残ったメンバーは、一緒に旗揚げした友人の野原だけ。
口先では強がってみても、永田の内心は未来への不安でぐらぐらと不安定に揺れていた。
◆
そんな日々の中、永田は『沙希』に出会う。
出会いのきっかけは、ストーカーだか通り魔だかわからないような意味不明のナンパ。
「あの、暑いので、この辺りの、涼しい場所で、冷たいものでも、一緒に飲んだ方が良いと思いまして。でも、僕、さっき、そこの古着屋で、タンクトップを買ったので、もうお金がないので、おごれないので、あれなんですけど、あきらめます。また、どこかで会いましたら」
通報されても文句は言えないような不気味なナンパだったのに、沙希は永田を拒まなかった。
◆
やがて永田と沙希は恋人同士になる。
沙希は服飾を勉強している学生で、青森から上京して一人暮らしをしていた。
永田は沙希の家に転がり込むと、夕方まで眠り、少しだけ脚本を書き、あとはだらだらと過ごす生活を送り始める。
家事はしなかったし、家賃も光熱費も食費も払わなかった。
あまつさえ、ふとした言葉の揚げ足をとって、沙希をなじることもあった。
それでも沙希はいつも笑っていた。
◆
※以下、ネタバレ注意!※
◆
それから数年の月日が流れた。
沙希は学校を卒業すると、昼は洋服屋で、夜は居酒屋で働き始めた。
一方、永田をとりまく環境は変わらないまま。
何度公演を重ねても、劇団の評価はちっとも上がらない。
無駄に年齢を重ねていくことへの焦燥感。
評価されている同年代の演劇人に対する嫉妬。
自分には才能がないという劣等感と、そこから目を背ける現実逃避。
あらゆるマイナスの感情が、永田という人間を形作っていた。
ライターの仕事をちょくちょく請け負うようになったものの、稼いだ金はほとんど自分のために使っていた。
◆
やがて永田は演劇に打ち込むため、沙希の家を出た。
沙希からのメールには目も通さず、演劇のことだけを考え続けた。
そのくせ、酔って気が大きくなると沙希の部屋に行き、ベッドに入り込んだ。
「わたし、お人形さんじゃないよ」と沙希が言う。
永田が今まで聞いたこともないような、冷たい声だった。
◆
沙希の変化に、永田は気づいていた。
思いつめた表情を浮かべることが多くなったし、毎晩のように酒を飲むようになった。
沙希の不安定さの原因がどこにあるかは明白だった。
永田は沙希から決定的なことを言われないように、ふざけたことを言って誤魔化し続ける。
沙希は笑ったけれど、出会った頃のような陰りのない笑顔ではなかった。
◆
永田は沙希に別れることを許さなかった。
ずっと沙希のメールを無視していたくせに、沙希が周囲の説得で別れる決意をしたと知ると、とりつくろった優しさと有無を言わせない明るさで、強引に関係を続けさせた。
しかし、2人の関係はもう限界だった。
沙希は仕事をやめ、部屋でふさぎこむようになった。
永田があれこれと手を尽くしてももう遅い。
沙希の心はとっくにボロボロで、あとは崩れ落ちる瞬間を待つばかりだった。
そして『その日』が来る。
◆
「永くん」
「うん?」
「わたし、もう東京ダメかもしれない」
「……そっか」
「うん。ごめんね」
「別に謝ることちゃうやん」
実家に帰った沙希は少しずつ回復し、地元の会社で働くことを決めた。
もう東京には帰ってこないという。
沙希が自分との関係をどう考えているのか、永田にはわからなかった。
◆
永田が次に沙希に会ったのは、東京の部屋に残した荷物をまとめるために1日だけ沙希が帰ってきた日だった。
夜、沙希の部屋。
永田の手には、出会った頃に1度だけ沙希が出演した思い出の公演の脚本が開かれている。
そのセリフを読むふりをして、永田は初めて沙希に対して素直な気持ちを吐露した。
「迷惑ばっかりかけた。夜の仕事も本当はさせたくなかった。俺の収入がもっと安定してればな。才能の問題か」
「永くんはなにも悪くないよ。勝手に年とって焦って変わったのはわたしの方」
ありがとう、と沙希が言う。
決定的な『終わり』の響きを持つ言葉に反発するように、永田は夢物語を語り始める。
「俺は演劇を続けて、飛躍的な成長をとげてな、アホみたいな言葉やけど認められるかもしれへん。いっぱいお金を稼げるかもしれへん。そしたらな、その時には沙希ちゃんも元気になってるからな、いっぱい美味しいものを食べに行くことができる……」
ありえたかもしれないハッピーエンドを。
求めてやまない幸福を。
永田はとうとうと語り続ける。
「CDも小説も雑誌もDVDもなんでも買いたい放題。楽しい日々を過ごして、還暦を迎えたら、何色かもわからんような茶碗を買って、ちょうどいい温度のお茶を淹れて飲もう」
「ごめんね」と沙希が泣きながら言う。
しかし、永田の口は止まらない。
「帰ったら沙希ちゃんが待ってるから、俺は早く家に帰るねん。誰からの誘いも断ってな。一番会いたい人に会いに行く。こんな当たり前のことが、なんでできへんかったんやろな。沙希ちゃんが元気な声で『おかえり』って言うねん」
「ごめんね」
「ほんで、カレー食うて、お腹いっぱいになったら、一緒に近所を散歩して、帰ってきたら、梨を食べよう。今度は俺がむいたる」
沙希の嗚咽が広くない部屋に響いている。
永田は小道具のお面を顔にかぶせると、かつてそうして沙希を笑わせたときのように、身体を変な風に動かしながら「ばああああ」と言った。
何度も、何度も言った。
しつこく何度も繰り返した。
沙希は観念したように、ようやく泣きながら笑った。
<完>
『劇場』感想
正直、読み始めてから1時間くらいは、
「これはハズレだな」
と思っていました。
主人公は『又吉直樹』を連想させるような暗くて、人見知りで、メンドクサイ男。
一方のヒロインはそんなどう考えても関わりあいになりたくないタイプの男を初対面から受け入れ、やがては永田を徹底的に甘やかすようになる、天使か女神のような女子。
「いや、そんな都合のいい女いないから!」
と心の中でツッコミを入れ、やや辟易しながらも惰性で読み続けていました。
※ビジュアルが山崎賢人ならまだわかりますけど、私の中の永田のイメージは完全に又吉直樹でしたから……。
◆
あれは60ページを過ぎたあたり、物語的には永田と沙希が同棲し始めたころからでしょうか。
私はいつのまにか惰性で読み続けているのではなく、物語に惹きこまれて積極的にページをめくっていることに気がつきました。
ふだんあまり読まない純文学的な文章に慣れたからか。
あるいは、恋人になってからの2人の関係を『ダメ男とダメ男に尽くしちゃうタイプの女子』という現実にありがちなパターンに当てはめることができたからか。
まるで知り合いの過去の恋バナを聞くような気持ちで、続きがどうなるのか気になって仕方がありませんでした。
◆
物語がさらに進むと、また新たな変化が訪れます。
胸が、苦しい。
比喩ではなく、胸が押し潰されるような感覚を現実に私は味わっていました。
『胸が苦しい』を辞書で引いたときにでてくる説明や
辛く、痛々しく思って気持ちが大きく動揺するさま
『胸が苦しい』の類語すべて
胸を締め付けられるような ・ 可哀想な ・ 哀れな ・ 気の毒な ・ 胸が張り裂けるような ・ 心が痛む ・ 身を切るような ・ 悲痛な ・ 辛い ・ 胸が痛い ・ やりきれない ・ 胸をえぐられるような(以下略)
それらがいっぺんに押し寄せてきたかのようでした。
永田は沙希に食わせてもらっているくせに、ろくに感謝の言葉も口にせず、それどころか沙希に尽くされることが当たり前のように振るまっている最低のクズ野郎です。
だけど、その内心では
- 東京でいっこうに芽が出ないことへの焦り・不安
- 他者と自分を比べての嫉妬・劣等感・コンプレックス
が渦を巻いていて、唯一手放しに自分を褒めてくれる沙希のことを掛けがえのない存在だとちゃんと理解しています。
口に出さないだけで。
※いや、ちゃんと言葉で伝えろって話ですが
一方、沙希も
『なんでも受け入れてくれる男にとっての理想の女子』
ではなく、
『内心では傷つきながらもグッと我慢して永田を支えようとする健気な女子』
であることがだんだんわかってきます。
特に印象に残っているのは、永田に自分の母親の悪口を言われたとき「そんなふうに言わないで」と口にしながらも、決して怒らず、話題を変えることで衝突を避けたシーンです。
大人な対応であるようにも見えますが、こういうときにちゃんと意思表示しておかないと、あとでもっと大変なことになっちゃったりするんですよね……。
本当は好きあっているのに、未熟さからすれ違い、だんだんと溝が深くなっていく。
誰もが経験したことのある若い失敗をまざまざと見せつけられているようで、読み手の私は思わず目を覆いたくなるような、いたたまれない気持ちになりました。
だというのに、当の本人たちは若者らしい視野の狭さゆえに、いずれ崩壊する道のりを進んでいることにまったく気づいてくれません。
物語の結末をうっすらと予感しつつ、私はもう『劇場』から目が離せなくなっていました。
そして、物語は終盤へ。
永田が沙希を手放すまいと必死になる場面は、もう見ていられませんでした。
あまりにも若くて、未熟で、痛々しい。
永田には「それみたことか! なんでこうなるまえに沙希に優しくしなかったんだ!」と、
沙希には「どうしてそこでほだされちゃんだよ! もう元通りにはならないし、自分がきつくなるだけだよ!」と、
無性に言ってやりたくなったところで、当然ながら私なんぞの声は2人には届きません。
そうして永田と沙希はお互いでお互いを削りあうようにして、ゆっくりと最後の瞬間へと近づいていきます。
きっと永田も沙希も、一度は思ったことでしょう。
「どうしてこうなってしまったのだろう?」と。
◆
ラストシーン。
もうとっくに壊れてしまっている関係から目を背けるように、夢物語を語ったり沙希を笑わせようとしたりする永田に、沙希はあきらめたように泣きながら笑ってみせます。
このときの2人の心情を思うと、切なくて切なくて、心臓が本当に圧迫されてるんじゃないかと思うくらいに胸が締めつけられました。
まるで小説からにじみでた永田と沙希の気持ちがそのまま流れ込んでくるかのように、2人がどんな気持ちでいるかわかるような気がしました。
◆
最後の1行まで読み終えると、私は脱力しながら思いました。
「又吉さんってすごいんだな……」
今、そこにいる永田と沙希
- 出会い
- 満たされ
- すれ違い
- 別れる
物語のあらすじだけ取り出すと、別に劇的なことはなにも起こっていないんですよね。
どこにでも転がっているような、ありふれた恋の話です。
それが、どうしてこうも胸を打つのでしょうか。
小説を読み進めていくにつれて、私は「永田と沙希は東京にいる実在の人間なんじゃないか」と思うようになっていきました。
頭からはフィクションだという前提がいつのまにか抜け落ちていたように思います。
そのうえで永田や沙希の心情や細かい表情の変化まで伝わってくるのですから、これはもう大変です。
友人の恋バナを聞くのとは訳が違います。
なんの装飾もされていない生々しいやりとりが目の前で今まさに交わされている(ように感じる)のです。
これで「感情移入するな」という方が無理な話ですよ。
私は自分が2人の共通の知人なのか、同棲している部屋の壁紙なのか、あるいは沙希や永田本人なのか、だんだんわからなくなっていきました。
※いや、ただの読者なんですけどね。汗
没入感によって「自分は物語を読んでいる第三者である」というフィルターが消えていった、とでもいいましょうか。
活字を目で追っている間、『劇場』の物語は私にとって最も身近な現実に他なりませんでした。
永田の劣等感も、沙希の抑え込んだ本音も、ぜんぶ私の心とつながっていました。
あれほど「なんだこいつ」と思っていた永田に深く共感するようになっていましたし、行間にしか存在しない沙希の口には出さない本音にも寄り添えるようになっていました。
ページをめくるたび、物語はどんどん終わりに近づいていきます。
私にとっての現在進行形で大切なものを失おうとしている永田と沙希を見るのは本当につらくて、胸が苦しくなりました。
そして、あのラストです。
中編小説である『劇場』を読んだ時間は数時間程度でしたが、作中では10年近い年月が経過していました。
永田と沙希が過ごした10年の重み。
10年分の愛情と、後悔と、思い出。
そのすべてが凝縮されて生まれたかのような桁違いの『切なさ』に、私は完全に打ちのめされました。
『劇場』がどうしようもなく読む人間の胸を打つ理由。
それは、ありふれた恋のはじまりからおわりまでの心の機微が、驚くべき丁寧さで克明に描かれているからではないでしょうか。
本来、心とか気持ちなんて、本人ですら言語化できないような繊細微妙なものです。
それを直接的な言葉を使わずにこれほど鮮やかに描けるものなのか、という感服が「これはすごい小説だ……」という(語彙力のない)感想を私に抱かせたのだと思います。
間違っていたら申し訳ないのですが、たぶん永田も沙希も作中で一度も「好き」と口に出していません。
それなのに2人の切実な気持ちがこれほどひしひしと伝わってくるというのは、いったいどうしたことでしょう。
「又吉さんってすごいんだな……」
とつぶやくほか、私にできることは何もありませんでした。
又吉直樹『劇場』
軽い気持ちで手に取ったんだけど、すごい小説だった😢
純文学と又吉さんの力に脱帽です🙇♀️🙇♀️🙇♀️#山崎賢人 さんと #松岡茉優 さんが出演する映画も絶対見に行く❗️
⬇️小説のあらすじと感想書きました。https://t.co/STcxGj7it8
— わかたけ (@wakatake_panda) October 21, 2019
まとめ
今回は又吉直樹『劇場』のあらすじ・感想をお届けしました!
では、最後にまとめです。
- 未熟さからすれ違い、永田と沙希は一緒にいられなくなる。
- 永田と沙希の心の機微を精緻に描いた傑作。
- ラストの切なさはレベルが違う。
「芸能人の又吉直樹が書いた~」というフィルターとはまったく無関係にすごい小説でした。
映画化をきっかけに興味をもった方も多いと思いますが、ぜひ原作小説も読んでみてください!
読む人によって感想はそれぞれだと思いますが、私は心から「すごい小説を読んでしまった……!」と思いました。
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