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『死刑にいたる病』ネタバレ解説!ラストがイヤミスすぎる!

櫛木理宇『死刑にいたる病』を読みました!

この小説の真骨頂は、ラスト10ページから。

それまでの不穏さがそよ風に感じるほどのゾッとする《真実》が、次々に明かされていきます。

さらに最後の最後には、不意打ちで特大のイヤミスが襲いかかってきて……!

この後味の悪さ(ほめ言葉)、イヤミス好きならきっと気に入ると思います。

というわけで、今回は小説『死刑にいたる病』のネタバレ解説!

衝撃のラストにそなえて、まずはあらすじから見ていきましょう!

あらすじ

鬱屈した日々を送る大学生、筧井雅也(かけいまさや)に届いた一通の手紙。

それは稀代の連続殺人鬼・榛村大和(はいむらやまと)からのものだった。

「罪は認めるが、最後の一件だけは冤罪だ。それを証明してくれないか?」

パン屋の元店主にして、自分のよき理解者であった大和に頼まれ、事件を再調査する雅也。

その人生に潜む負の連鎖を知るうち、雅也はなぜか大和に魅せられていく。

一つ一つの選択が明らかにする残酷な真実とは。

(文庫裏表紙のあらすじより)

あらすじの補足

ネタバレの前に、物語前半のポイントを押さえておきましょう!

伏線だらけなのでお見逃しなく!

 

榛村大和の罪状

榛村大和は24件の殺人容疑で逮捕された連続殺人鬼(シリアルキラー)です。

榛村が狙ったのは十代後半の少年少女ばかりで、いずれも監禁拷問し、十分に愉しんでから命を奪っています。

その手口はちょっとここでは書けないほど惨(むご)たらしく残虐なものでした。

第一審では死刑判決が下り、現在は控訴中。

どんなに時間稼ぎをしようと、極刑は免れないでしょう。

 

榛村大和の人柄

榛村大和の《表の顔》は地元で人気のパン屋の店主でした。

とても人当たりがよく、外見も美男子だったので、老若男女問わず人気がありました。

10年以上も続けられていた榛村の犯行がちっとも疑われなかったのはそのためです。

誰がどう見ても榛村は善人そのものでした。

すべてが明らかになった今でも一部の村人たちは「榛村は冤罪ではないのか?」と疑ってさえいます。

榛村が逮捕されたのは5年前。現在の年齢は満42歳です。

 

筧井雅也の人柄

筧井雅也は《ひねくれ者》の大学生です。

「かつては神童だった」というプライドが落ちこぼれた今でも残っていて、そのせいで周囲になじめず、他の大学生を内心で見下してばかりいます。

もちろん友だちはゼロ人。

常におどおどしているので、就職活動も絶望的。

底辺大学のなかでもさらにヒエラルキー最下層の《ぼっち》

それが筧井雅也という人物です。

榛村大和からの依頼を受けたのは、

  • 榛村が神童だったころの自分しか知らなかったから
  • 他人から認められ、求められるのが嬉しかったから

という理由からでした。

 

筧井雅也の調査

榛村が冤罪を主張した事件には、たしかに違和感がありました。

被害者が成人女性で、榛村の《守備範囲》から外れていること。

監禁拷問せず、わずか一日のうちに命を奪っていること。

自宅ではなく、山の中から遺体が見つかっていること。

獲物の選び方も、犯行の手口も、榛村らしからぬものでした。

公判記録を調べてみると、案の定、榛村の犯行を裏づける証拠はなし。

警察も検察も「どうせ榛村の犯行だろう」と最初から決めつけているようでした。


あらすじを読んでいちばん気になるのは

  • 榛村が主張する冤罪は本当なのか?
  • 本当ならば真犯人は誰なのか?

ということですね。

ただ、この謎の答えはほとんど物語の最後に明かされるので、今は少しだけ保留にさせてください。

ぱんだ
ぱんだ
えー

それよりも、あらすじを読んで他に気になることはありませんでしたか?

もったいぶらずに言うと……

榛村はなぜ、雅也に冤罪の再調査を頼んだのでしょうか?

雅也は全寮制の高校に進学したので、榛村と最後に会ったのは15歳の頃です。

二人の関係はパン屋の店主と客でしかなく、しかも、雅也はまだ榛村が狙う年齢でもありませんでした。

そんな関係性の薄い雅也に、わざわざ頼みごとをする意味がわかりません。

というか、意味がわからないといえば目的からして謎すぎます。

一介の大学生である雅也がどんなに事件を洗いなおしたところで、司法(裁判)に影響を与えられるわけありません。

一応、榛村はこのように言っています↓

「問題は結果じゃないんだ。ぼくは死刑になること自体は甘受している。ただ、最後まであがきたい。他人の罪をかぶったまま人生を終えるのは御免なんだ」

一見、筋は通っているようですが……?

 

雅也の変化

再調査を進めていくにつれて雅也は目に見えて変わっていきました。

《良い変化》だったのは、自信と余裕を感じさせる振る舞いが身についたことです。

拘置所に通ったり、弁護士助手と称して関係者から話を聞いたり、きっと調査に必要な行動を通して対人関係に慣れていったのでしょう。

鬱屈した《ぼっち》だったのが嘘のように、いつのまにか雅也は誰とでも笑顔で話せるようになっていました。

一方で、《悪い変化》もあります。

雅也はいつのまにか小さい女の子を目で追うようになっていました。

そう、まるで榛村のように。

ぱんだ
ぱんだ
!!

人当たりのいい外面と、凶暴な本性。

ありていにいえば、雅也は第二の榛村になりかけていました。

でも、いったいどうして……?

前置きはこれで終わり! ここからはネタバレの時間です!


ネタバレ

榛村の資料に紛れていた一枚の写真。

そこには意外な人物が写っていました。

 

「……母さん?」

 

そう。榛村と一緒に写っていたのは、雅也の母の衿子(えりこ)でした。

いったい榛村と衿子はどういう関係だったのか?

やがて雅也は自分の母親の《秘密》を知ることになります。

ぱんだ
ぱんだ
……ごくり

かつて衿子は被虐待児でした。

ろくでもない両親から捨てられた衿子は、人権活動家の榛村織子に引き取られます。

ぱんだ
ぱんだ
……榛村?

はい。織子は榛村大和の養母でもあります。

つまり榛村大和と衿子は、かつて同じ養母に引き取られた養子同士だったんです。

そして……

※以下、雅也と衿子が電話で話すシーン

…………

「それでわたしは、養子になったの。でもそれでハッピーエンドとはいかなかった。織子さんのところでも、やっぱりわたしはうまくやれなかった」

衿子は声を落とした。

「どうして」

雅也は尋ねた。

「……しかた、なかったの」

衿子がささやくように言う。

「織子さんは異性間の……そういう交渉には、すごく厳しい人だった。彼女にばれてすぐ、わたしは追いだされた」

短い沈黙ののち、衿子は言った。

「しかたなかったのよ。――堕ろすことも、できなくて

雅也の胸がぎくりとこわばった。

しかしそんな息子の思いも知らず、衿子は細く問うた。

「彼は……大和さんは、なんて言ってた?」

「母さんと、仲が良かったって。一緒に暮らすうちに打ちとけたって」

「そう」

衿子が答える。

「彼しかいなかったのよ。あの頃のわたしには、頼れる人が彼しかいなかった」

だから、しかたなかったの――。

そう言うなり、衿子は泣き出した。堰が切れたような嗚咽だった。

(中略)

――おれは。おれの父親は。

そうか、と思う。そういうことか。

なぜ榛村が自分に手紙を書いたのか。

なぜあんな不自然な依頼をしてきたのか。

アクリル板越しに見せる、慈しむようなあのまなざし。あの奇妙な表情。

やっとわかった。

――そうか、おれは彼の。

だからか。だから一審の死刑判決を受けたあと、控訴が棄却される前に会っておきたかったのか。

怪物らしくない、ひどく人間的な執着だ。

でもそう考えればなにもかも納得がいく。

彼がなぜおれを頼ったのか。なぜ他の誰でもなく、おれでなければならなかったのか。


怪しい男

『榛村大和は雅也の実の父親だった』

この一文だけでいくつもの疑問が氷解します。

榛村が雅也に再調査を頼んだのは、最後に息子に会いたかったから。

一方、雅也が少しずつ《第二の榛村》に変質していったことも、「父親と会った影響で本来の性質が覚醒した」と考えれば納得できます。

榛村にも父子であることを確認した雅也は、それまで以上に冤罪調査に力を入れるようになりました。

やがて捜査線上に一人の男が浮かんできました。

男の名前は金山一輝(35)

かつて榛村に支配され、実の弟と傷つけ合わされた被害者です。

金山は例の冤罪の裁判で「榛村を見た」という疑わしい証言をしていました。

もし、それが復讐のためだったとしたら?

金山には冤罪事件の被害者である根津かおる(当時23歳)と接点がありました。

  • 会社同士に取引があったこと
  • 没後は墓参りに訪れていたこと
  • 遺体が見つかった山中で目撃されていたこと

調べれば調べるほど、怪しい気配が漂ってきます。

『冤罪事件の真犯人は金山一輝に違いない』

決定的な証拠こそないものの、雅也はそう確信しました。

警察も、検察も、榛村が一連の事件の犯人だということにしたがっています。

だって、惨劇の舞台は何十年と大した事件のなかった田舎町なのです。

同時期に別の殺人犯がいたと考えるより、ぜんぶ榛村の犯行だと考えるほうが自然です。

そうした先入観を利用すれば、罪をなすりつけることは難しくないはず。

雅也は再調査の終わりが近いことを意識しました。

あとは金山が真犯人であるという証拠を見つけるだけです。

そして、そのあとは……

 

雅也はもう父親譲りの《凶暴な欲望》を抑えきれなくなりつつあります。

冤罪の調査が終わった後は、榛村と同じ犯行に手を染めることになるでしょう……。

ぱんだ
ぱんだ
そんな……


反転

雅也の精神状態はもはやギリギリでした。

今すぐにでも誰かの命を奪ってしまいたいという衝動。

その衝動に身を任せるのか、それとも踏みとどまるのか。

《それ》を決意するため、雅也はもう一度母の口から真実を聞くことにしました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「はっきり言葉に出して言って欲しい。あの人が……榛村大和が、ぼくの本当の父親なんだろう?」

衿子が息を詰める気配がする。ごくりと喉の動く、かすかな音が聞こえた。

「あなたは大和さんの子供ではないわ」

雅也の身が、硬くこわばった。

「わたしがあのとき妊娠したのは、大和さんの子なんかじゃない。彼とわたしに体の関係なんて一度もなかった。それにあのときの子なら――」

衿子はあえぎ、言った。

「あの子は産まれてすぐ、死んだわ。確かよ。……だってわたしが、この手で、絞め殺したんだもの」

唸るように、衿子は言った。

…………

衿子の本当の《秘密》は、実の子どもの命を奪ったことでした。

けれど、しかたなかったんです。

榛村織子に引き取られたのち、衿子はそのボランティア活動に参加していました。

そして、同じボランティアチームのメンバーだった既婚者の男に手籠めにされて、妊娠してしまったのです。

男は子どもを認知することなく逃亡。

衿子が気づいたときにはもう妊娠5か月を過ぎていて、堕胎することもできず……。

衿子に選択肢はありませんでした。

秘密裏に産んだ子どもの亡骸の《始末》は、唯一事情を知っていた榛村大和が買って出てくれました。

ぱんだ
ぱんだ
……

これが衿子がずっと隠していた本当の《秘密》です。

雅也が最初に電話をかけたとき、衿子はこの秘密のことを話していたんですね。

※もう一度電話のシーンを読んでみると、絶妙に話題がすれ違っていたのだとわかるはずです。

母の《秘密》を知り、雅也は激しく混乱しました。

なぜ、榛村は血のつながりがあるという雅也の誤解を訂正しなかったのか?

なぜ、榛村と血のつながりのない雅也が《第二の榛村》に変質しようとしているのか?

まとまらない思考の中、雅也はふと気がつきます。

あれほど暴れまわっていた《凶暴な衝動》が、まるで嘘だったかのように消えてなくなっていました。

これはいったい……?

雅也の脳裏に浮かんだのは、金山一輝からの警告でした。

「手を引いたほうがいい。きみは榛村に取り込まれている


支配者

わかりやすく言うと、雅也は榛村に洗脳されていました。

といっても、催眠術や超能力といった類のものではありません。

  1. 人の心の弱さを見抜き、
  2. 自分だけが味方だと刷り込み、
  3. 心を支配(魅了)する

引力のように人を惹きつける《魔性のカリスマ》とでも呼ぶべきものに、いつのまにか雅也も絡めとられてしまっていたんです。

雅也は幼いころから父親に苦手意識を持っていました。

母親(衿子)を冷遇したり、メンツのために息子の落第を隠そうとしたり……。

雅也にとって父親は忌むべき存在でした。

だからこそ、だったんです。

『榛村大和こそが実の父親である』というストーリーに、雅也が魅せられてしまったのは。

ぱんだ
ぱんだ
!!

榛村は雅也の心の歪みを見抜いていました。

そして同様に、榛村には衿子が最後まではっきりとは《秘密》を口にしないとわかってもいました。

つまり、雅也が衿子との電話で血のつながりを誤解することすら、榛村の思惑通りだったんです。

雅也はまんまと榛村の術中にはまり、精神を支配されていました。

雅也が覚えた《衝動》もそうです。

榛村に魅了された者は、やがて「榛村と同じ視点に立ちたい(同一化したい)と渇望するようになります。

雅也の心に芽生えた《衝動》は、榛村が植えつけたものだったんですね。

雅也はほんとうに危ないところでした。

榛村と血のつながりがないと気づく(=正気に戻る)のがもう少し遅かったなら、雅也は取り返しのつかない事件を起こしていたことでしょう。


事件の真相

正気を取り戻した雅也は、それまで冤罪事件の真犯人だと目していた金山一輝に会いに行きます。

そうしてわかったのは、何もかも嘘だったという真実でした。

ぱんだ
ぱんだ
というと?

第一に、榛村が無実を訴えた事件は、冤罪でもなんでもありません。

犯人は間違いなく榛村大和です。

金山一輝は事件の一部始終を知っていました。

なぜなら、犠牲者に根津かおるを指名したのは金山だったからです。

ぱんだ
ぱんだ
!?

もう少し詳しく説明しますね。

榛村はいつも決まって、支配した相手に《選ばせる》ようにしていました。

たとえば幼い兄弟に「遊んでくれる(痛めつけられる)のはどっち?」と尋ねるように。

兄弟への気遣いは、すぐに「相手を生贄に差し出さなければ、自分が痛い目に遭う」という恐怖にとって代わります。

幸いなことに金山たち兄弟は命こそ取られませんでしたが、それでも「我が身かわいさに兄弟を生贄にした」という罪悪感は呪いのように心に刻みつけられました。

そして、その《呪い》がある限り、榛村の支配から抜け出すことは永遠に叶いません。

話は根津かおるがこの世を去った5年前の事件につながります。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「あの日、ぼくは榛村大和に呼び出された」

金山は頬を歪めて笑った。

「いきなり電話してきてね、あいつはこう言った。『会社は五時までだろ? どこかで食事でもしようじゃないか』――とね」

「榛村と接触するのは、何年ぶりでしたか?」

「二十五年ぶりさ」

金山は即答した。

目を見開いた雅也に、彼が苦笑する。

「びっくりだろ? ぼくはあのとき十歳。弟は八歳だった。榛村だってまだ、たかだか十七歳でしかなかった。二十五年も前に逃した獲物をまだつけ狙っていたなんて、いったい誰が想像する? なのにぼくの電話番号も会社名も勤務時間も住所も、榛村はなにもかも押さえていた」

「……彼はぼくに、『成人女性および男性に興味はない』と言っていましたが」

「嘘だよ」

投げだすように金山は言った。

「いや、まるきりの嘘ではないか。出会った時点で成人ならば、確かに榛村が興味を持つことはない。だがかつての獲物なら話は別だ。成人済みの元獲物は彼にとって、監禁し長い時間をかけてなぶり殺しにする価値があるほどにはそそる存在ではない。とはいえ、完全に執着がやむわけでもないんだ」

(中略)

「あの日、榛村は言ったんだ」

呻くように金山は言った。

――きっとぼくはもうじき逮捕されるだろう。今度こそ死刑はまぬがれない。だから最後に、きみに会っておきたかった。

榛村はそうささやき、甘く繰り返した。

僕に痛いことされるの、好き? と。

金山はただ首を振った。体は硬くこわばり、冷えきっていた。声すら出なかった。

榛村は微笑んだ。

――そうか。じゃあきみは見逃してあげる。そのかわり、身代わりの生贄を選んでくれないか。誰でもない、きみ自身がね。

金山は恐怖ですくんでいた。なにも考えられなかった。この場を離れなくては、という思いだけがあった。

早く。早く答えなくては。

――きみの好きにしていいよ。きみがどんな答えを出そうとも、ぼくはそれに従うよ。

指がひとりでに動いた。

「……じゃあ、あの人」

乾いた声が洩れた。己の人差し指が見知らぬ女性に向かっていた。

…………

5年前に金山が選んだ女性こそ、榛村の最後の犠牲者となった根津かおるでした。

金山の罪悪感は想像を絶するものであり、いくら根津かおるの墓に手を合わせても軽くはなりません。

そうして元獲物である自分を永遠に支配し、罪悪感で縛りつけることこそ、榛村の本当の目的だったのだろう――。

金山はそう語ります。

そして……


手紙の真実

※以下、小説より一部抜粋

「気づいているかな。きみも、まさにあいつの好みのタイプだよ。拘置所から手紙をもらったんだろ?」

「ええ……はい」

「ぼくのところにも届いた。弟のもとにも来たそうだ。少しずつ文面を変えて、おそらく何十人にも出しているはずだ。彼が過去に目をつけたけれど、手出ししなかったか、とどめを刺さなかった子供たちに向けて、ね」

雅也の体から、力が抜けた。

そうか、おれだけじゃなかったんだ――。

衝撃だった。だが同時に腑に落ちる感覚があった。

榛村にとっては、誰でもよかったのだ。

現状に満足せず、手に入らなかったなにかを求め、過去にすがるようにして会いに来るかもしれない、かつての彼の子供たち。榛村はきっと何十通もの手紙を餌としてばらまいたに違いない。

餌に食いつくのが誰であろうと、彼にとってはどうでもいいことだった。

――なぜって、誰でも同じだからだ。

榛村は「冤罪だ」という主張を撒き餌(まきえ)の一つとして、雅也に調査を依頼した。

それによって金山一輝とその弟に、刑務所の中から揺さぶりをかけようとした。

体は囚われても、支配権は失っていないことを榛村は確認したかったのだ。

兄弟に対しても、雅也に対しても。


怪物

ラストシーンは、拘置所の面会室。

雅也が正気に返った(精神支配から脱した)と知って、しかしアクリル板の向こうの榛村はさして残念そうでもありません。

なぜなら、雅也は榛村が撒いたエサに引っかかった獲物の一人にすぎないから。

そもそも最初から榛村にとって冤罪の証明なんてどうでもいいことだったから。

※実際は冤罪じゃないし

どうせ最後だから、と榛村は雅也の質問に答えていきます。

「薬物の大量摂取で亡くなった新井実葉子(榛村の実の母親)の件は、あなたですか」

――YES

「あなたは養母の榛村織子さえ支配していたのではないですか?」

――YES

「織子に母(衿子)を追放させたのもあなたですね?」

――YES

「ぼくは子どもの頃に芽生えた選民意識(エリート意識)のせいで長年苦しんできました。今思えば、あれもあなたが植えつけたものだったんですね」

――YES

榛村大和は想像を絶する怪物でした。

特に心に傷や弱さを抱えた人間に対する影響力(精神支配)は、もはや超能力レベルです。

榛村は24件の殺人容疑で逮捕されました。

しかし実際に摘み取った命の数は、もしかしたら倍以上だったのかもしれません。

そして、そのさらに何倍もの数の《精神的弱者》に榛村は支配の種を植えつけていました。

榛村織子も、金山一輝も、衿子も、雅也も、みんな榛村大和によって人生を歪められた被害者だったのです。

榛村は他人の精神も周囲の状況も完璧にコントロールしていました。

ならば、と雅也は尋ねます。

金山一輝が根津かおるを指さしたのは、はたして偶然だったのか――?

※以下、小説より一部抜粋

…………

「ぼくが、思うに――あなたはきっとはじめから、金山一輝に《彼女》を選ばせるつもりだったんだ。そうですよね」

笑いを含んだ彼の両目が、ありありと問いを肯定していた。

根津かおるは無遅刻無欠勤で、堅物で、強迫観念的なほど決まりきったサイクルで動いていた。

彼女があの時間にあの道を通ることを、榛村は承知していたのだ。

知っていて、根津かおるが通りかかる瞬間を見計らい、金山に「選べ」と強要した。

そうして質問には三秒以内に答えろと《しつけ》られていた金山は、まんまと彼の望むとおりの答えを口にした。

「彼女も、そうだったんですね」

雅也は言った。

「彼女も――ぼくや金山と同じだったんだ。あなたの元獲物。そうでしょう」

いつも同じ時間に同じ行為をしていないと落ちつかないという、根津かおるの儀式的行動。

過剰なまでの潔癖症。年々悪化していく一方だったという偏食。

あきらかに重度の心的外傷(トラウマ)を負った人間の行動様式だ。

根津かおるにそれほどのトラウマを与えたのは、榛村大和以外に考えられなかった。

榛村は微笑した。

「親に虐待、もしくは抑圧されて強いストレスを感じながら育った子は、総じて自尊心が低い。そこをくすぐってやれば簡単に言いなりになるんだ。まさにきみみたいにね」


結末

※以下、小説より一部抜粋

榛村にとってすべては、長い収監生活の中でのほんのお遊びにすぎない。

雅也が信じようが信じまいが、だまされようがだまされまいが、彼には痛くもかゆくもなかった。

死刑を榛村は覚悟している。だからこその《お遊び》だ。

死刑台にのぼるその一瞬前まで、彼は楽しんでいたいのだ。

この安全なアクリル板の向こうで、かつての獲物を精神的に弄び、なぶり、自分の支配がいまだ健在であると確かめる。

彼の死後も続くだろう支配権を目で、耳で確認すること。

それこそが彼にとって人生最大の娯楽なのだった。

榛村はこれからも何百通と手紙を書き、何十人もの面会者と顔を合わせるに違いない。

彼自身の快楽と愉悦のために。

雅也の支配に失敗したことなど、たいした痛手ではない。

代わりはいくらでもいるのだ。

だが今さらどうでもいい、と雅也は思った。

すべてはもう、彼のあずかり知らぬところにあった。

「さようなら」

雅也は腰を浮かせた。

榛村が応える。

「うん、さようなら」

面会室の扉が静かに閉まった。


エピローグ

榛村の底知れない不気味さはいまだ健在です。

しかし、それはそれとして雅也だけは榛村の支配から解き放たれました。

雅也の人生はこれまで榛村に歪められてきましたが、これから先は違います。

雅也は『普通の人生』を取り戻していくことでしょう。

その第一歩として、雅也にはいま恋人がいます。

加納灯里(かのうあかり)という可愛い女性です。

灯里と雅也は小学校時代の同級生で、いまはまた同じ大学に通っています。

灯里は小学校時代にいじめられていたのですが、そのとき助けてくれた雅也に憧れ、少し前までの《ぼっち》でとっつきにくい雅也のことも何かと気にかけていました。

ありていにいえば、灯里はずっと雅也のことが好きだったんですね。

榛村の支配から解放されたことで、雅也はやっと灯里からの好意を素直に受け止められるようになりました。

エピローグでは幸せそうな雅也と灯里の様子が描かれています。

「加納、なに笑ってんの?」

くすくす笑う灯里に、雅也が尋ねる。

「だって嬉しいんだもん。ねえ筧井くん。ずっと昔からわたし、筧井くんとこうして二人で歩きたかったんだよ。小学生の時から、ずうっと」

というわけで、エピローグは意外にもハッピーエンドでしめくくられました。

めでたしめでたし。

………。

……。

…。

はい。そんなわけがありません。

ぱんだ
ぱんだ
!?

灯里は雅也と同じ小学校に通っていて、もともとはいじめられっ子。

ところが現在では《人が変わったように》可愛くなっていて、友達も多く、さらには雅也の気を引くため他の男からモテているところを見せつけたりもしています。

その変化について灯里は次のように説明しました。

ある人にアドバイスをもらって、目が覚めたの。待ってるだけじゃ駄目だって。男の子はときどき揺さぶってみるのもいいよ、女は飴と鞭を使いわけなきゃ、って」

ぱんだ
ぱんだ
あっ……

はい。もうお察しですね。

では、答え合わせといきましょう。

※以下、小説より一部抜粋

…………

佐村(榛村の弁護士)の膝に置かれたファイルは、事件の資料はもちろん、控訴手続きに必要な書類一式が綴じられたファイルだ。

榛村から一任された各リストも同様に、綴じ紐でくくられて挟まれていた。

収監中の文通リストから『筧井雅也』の名に二本線がひかれ、削除されたのはつい先週のことだ。

だが、いまもってリストには二十数人の名が連なっていた。

『加納灯里』の名も、依然として上位に在った。

榛村は頭を下げた。

「ありがとうございます、先生。こんなぼくに、ほんとうによくしてくださって」

その顔はあいかわらず若々しく、人形のように端整だった。

彼は微笑んだ。

「――いま、あなたの手を握れたらいいのにな」

<完>

…………

  • 灯里もまた榛村に支配された子どもだった
  • 雅也はそのことに気づかず付きあっている

なんともイヤミスな結末でした。

しかも、これだけではないんです。

ラストで登場した佐村弁護士もまた、どっぷり榛村に支配されています。

「――いま、あなたの手を握れたらいいのにな」

これは小説のラスト一行のセリフ。

榛村が佐村弁護士に言った言葉ですが、実は榛村は雅也にも(父子だと錯覚させているときに)同じ言葉を投げかけています。

一見、なんてことのないセリフのようですよね。

しかし、榛村は獲物の《指や爪》に執着していて、かつて自宅には切り取った指やはぎとった爪をコレクションしていたんです。

「――いま、あなたの手を握れたらいいのにな」

このラスト一行にはゾッと鳥肌が立ちました。

ぱんだ
ぱんだ
いいねしてね!


まとめ

今回は櫛木理宇『死刑にいたる病』のネタバレ解説をお届けしました!

結局、冤罪というのは時間稼ぎのためのでっちあげであり、榛村はその時間を使って最大限に《遊ぼう》としていたわけですね。

榛村にとっての娯楽とは、つまり元獲物たちを意のままに支配することです。

逮捕されてもなお人々の人生を娯楽のために狂わせ続ける悪魔。

人当たりのいい仮面の下の素顔は、不気味に笑うサイコパス。

今回のネタバレでは榛村大和に感じる恐怖の半分も、きっとお伝えできなかったと思います。

あのラストには、本当に底知れない不気味さを感じました。

気になる方は、ぜひ小説をお手に取ってみてください。

きっと今回のネタバレから伝わる榛村大和の不気味さが氷山の一角にすぎなかったことがよくわかるはずです。

ざらりとした気持ちの悪さが残る、いいイヤミスでした(※ほめてます)

映画情報

キャスト

  • 阿部サダヲ
  • 岡田健史

公開日

2022年5月6日公開

ぱんだ
ぱんだ
またね!


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POSTED COMMENT

  1. Anne より:

    これは、すぐに展開が読める作品でした。
    ただ、囚人からの手紙って検閲入らないのかな?って思いました。
    何通も同じような手紙を送っていたらさすがにおかしいと思わないと。
    それを阻止していたのが彼に支配された弁護士だったのかな?
    それは小説を読めば分かるのかなぁ?
    ま、いっか。

  2. 怪しいオヤジ より:

    はい……検閲されます……でも……単に「会いたい」という内容なら……問題ないし……もっと深い内容なら……おそらく……弁護士が……代筆して……送っていたのでは……

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