青崎有吾『ノッキンオン・ロックドドア』(1・2巻)を読みました。
W探偵が競うように謎を解いていく連作短編集。
- 穴の空いた密室
- 水のないプールで溺れた男
- トンネルで消えた少女
などなど、どれも魅力的な謎ばかりなのですが、今回は物語の核となる事件を解明していきたいと思います。
五年前に起きた密室事件。
その真相とは?
あらすじ
解かないほうがいい謎なんてこの世には存在しない――。
不可能な謎専門の御殿場倒理(ごてんばとうり)、不可解な謎専門の片無氷雨(かたなしひさめ)
大学のゼミ仲間だった二人は卒業後、探偵事務所を共同経営し、依頼人から持ち込まれる数々の奇妙な事件に挑んでいく。
そして、旧友との再会により、唯一解かれていなかった【五年前の事件】の真相が遂に明かされて……。
(『ノッキンオン・ロックドドア2』文庫裏表紙のあらすじより)
最終回までの伏線
探偵事務所『ノッキンオン・ロックドドア』のW探偵はいつも同じ服を着ています。
氷雨はスーツ、倒理はタートルネック。
真面目な氷雨がスーツを制服にしているのはわかります。一方で、自由人な倒理が真夏にも暑苦しいタートルネックを脱がないというのはちょっと妙です。
推理するまでもなく、倒理が【首の傷】を隠そうとしているのは明らかでした。
五年前の事件こと密室殺人未遂において、倒理はその被害者だったのです。
小説において、五年前の事件の詳細は最終回まで伏せられていました。
ただし、いくつかの事件を解決していく間にも断片的な情報だけは集まっていきます。
たとえば、事件の関係者は四人であること。
- 片無氷雨
- 御殿場倒理
- 穿地決(うがちきまり)
- 糸切美影(いとぎりみかげ)
紅一点の穿地は警視庁捜査一課の刑事。美影は犯行トリックを立案して犯人に提供している謎の人物。
かつて四人は仲の良い友人同士でした。
※以下、小説より一部抜粋
…………
僕らの関係は複雑だが、難解ではない。
大学時代、僕ら四人は同じゼミに在籍していた。
文化部社会学科、第十八期天川ゼミ。教授が採り上げる数多の犯罪を相手に、毎週四人で机を囲み、議論し、学び、ほどほどにサボり、卒業して社会に出た。
四人のうち、一人は犯罪者を捕らえる仕事に就き、
二人は犯罪を暴く仕事に就き、
もう一人は犯罪を作る仕事に就いた。
まあ、それだけのことである。
<すぐ下のネタバレにつづく>
ネタバレ
物語の最終話、探偵事務所『ノッキンオン・ロックドア』には四人の当事者が集っていました。
- 氷雨
- 倒理
- 穿地
- 美影
五年前に姿を消したきりの美影が、突如として旧友たちの前にあらわれたのです。その理由は推理するまでもありません。
“僕ら四人が再びそろった、ということは。謎を解くときがやってきた、ということ”
実のところ、五年前の事件の謎が解かれていないのは難易度のためというより、心理的な問題のためでした。
謎を解けば、なにかが決定的に壊れてしまう。
それを避けようとする気持ちが、今日までずっと問題を棚上げさせてきました。
けれど、いつまでも目を背けているわけにもいきません。
過去の因縁と向き合う日がやってきたのです。
事件当日の流れは次の通りです。
五年前のその日、氷雨・穿地・美影の三人はそろって倒理のアパートを訪れました。
他ならぬ倒理から呼び出しのメールが届いたためです。
<17時半今日うち、絶対こい>
倒理の部屋はアパートの103号室。氷雨たちは指定された時間ちょうどに到着しましたが、ドアチャイムを押しても反応がなく、ドアには鍵がかかっていました。
どうせまた寝ているのだろう。彼らはアパートの裏庭へと回ります。
“美影が歩きだし、穿地がそれに続く。僕はコートのポケットに片手を突っ込む”
倒理は部屋にカーテンをつけていませんでした。裏庭の窓からのぞくと、うつ伏せで倒れている倒理の姿が見えます。
「御殿場、起きろ」
彼らが異変に気づいたのは、三度目の呼びかけをしようかというときでした。
倒理の周囲に広がっている赤い染み。緊急事態を悟り、美影が窓を割りクレセント錠を開けます。
“窓が開く。最初に踏み入ったのは穿地だった”
ここからの三人の行動は特に重要です。
穿地は虫の息の倒理に駆け寄り、氷雨は庭で救急車を呼びます。
そして美影は、
“彼は穿地に続いて部屋に踏み込んだが、倒理のもとへは近づかなかった。かわりにローテーブルに近づき、中腰で何かを眺めていた”
テーブルの中央にはマグカップが置かれていました。湯気の立つコーヒーからは細い紐のようなものが飛び出しています。
それは部屋の鍵でした。
倒理は部屋の鍵をいつも電灯の紐にぶらさげていました。正確には電灯の紐に百均のフックをかけ、そこに部屋の鍵をひっかけていたのです。
マグカップの位置は、ちょうど電灯の真下のでした。紐が切れて鍵ごとカップの中に落ちたのでしょう。
「密室」の二文字が氷雨の頭をよぎります。庭から六畳間を抜けて台所のほうまで確認してみますが、犯人が隠れているわけもありません。
そして、彼らは発見します。
倒理が倒れていた場所のすぐ前、押し入れのふすまに、ダイイングメッセージよろしく血文字が残されていました。
《ミカゲ》
※以下、小説より一部抜粋
…………
穿地が美影のほうを見る。
「ああ」
彼の顔からはいつもの穏やかな笑みが消えていた。屋上のフェンスを乗り越えた会社員のような、疲れきった表情が浮かんでいた。
「困るよ、倒理」
それは独り言なのか、死にかけた友人への返答なのか。
たったそれだけ言い残すと、美影は動きだした。鍵をテーブルの上に置き、開けっぱなしの掃き出し窓から外に出る。
そして僕らの視界から消える。
僕と穿地は彼を引き止めることを忘れていた。何もできず、また何も言えなかった。
やがて遠くから、救急車のサイレンが聞こえてきた。
倒理は一命をとりとめましたが、犯人の正体については今に至るまで口をつぐんでいます。
密室トリック
場面は再び探偵事務所『ノッキンオン・ロックドドア』
謎解きは密室状況の確認から始まります。
「唯一の出入り口であるドアと窓は施錠されていたし、一本しかない部屋の鍵は室内にありました。部屋には首を切られた被害者以外誰もいなかったし、彼が自分で鍵をかけたとも思えません。玄関や窓際には血が垂れてなかったから」
この際はっきりさせておくと、犯人は四人のなかにいます。
氷雨たちが倒理を発見したとき、テーブルの上のマグカップからはまだ湯気が立ち上っていました。それは直前に来客があったことを意味しています。
その人物は約束の時間よりわずかに早く倒理の部屋を訪れ、犯行後、ほかの仲間たちと合流したのです。
では犯人は誰なのかといえば、第一印象としては、美影が怪しいと言わざるを得ません。
- 事件を境に姿を消したこと
- 犯罪者に加担する今の立場
なにより、現場には血文字で美影の名前が書き残されていました。
被害者が犯人の名前を書いた、と解釈するのが自然でしょう。
穿地も真っ先にそのことを指摘しました。すると……
「でも決。ぼくが犯人だとすると密室の謎は?」
※以下、小説より一部抜粋
…………
「それもおまえが……」
「いや、待った。ひとつずつ解いていこう」
美影はポケットに手を入れ、見覚えのあるものをひっぱり出した。三十センチほどの紐の先に百均のフックがくくられ、その先に鍵がひとつぶらさがっている。
「用意がいいな」と倒理が笑う。
「倒理の部屋の鍵は、普段電灯の紐の先にぶらさがっていたね。でも発見時は紐がちぎれていた。電灯の真下にはマグカップがあって、鍵はそのコーヒーの中から見つかった。たまたま紐がちぎれてコーヒーの中に落ちたのだろうか? いいや、それはない」
美影は鍵をマグカップの上五十センチほどの高さに掲げ、指を離した。ぽちゃんと小さな音を立て、鍵がマグカップの中に落ちる。
その勢いでカップの周りにコーヒーが飛び散った。
「もし鍵が、電灯の紐の高さから落ちたとすれば、見てのとおりコーヒーが飛散するはずだからだ。でもテーブルの上は綺麗だった。つまり……」
もう一度紐を持ち上げ、今度は二、三センチ上から落とす。飛沫は飛ばなかった。
「こんなふうに、至近距離から故意に落とされたことになる。犯人の手によってね。では、そんなことをした狙いは?」
「鍵を隠すためだ」
僕は口を開いた。不可解専門として発言しておくべきだと思ったから。
「もし鍵が紐にぶらさがったままの状態だったら、窓から覗いただけで鍵の有無が簡単に確認できてしまう。犯人はそれを避けたかったんだ。なぜなら――僕らが窓を覗いたとき、鍵はまだ室内になかったから」
「てことは、トリックはあれか?」と、倒理。「密室が破られたあと、鍵を部屋ん中に紛れ込ませるってやつか?」
「そう。犯人は鍵をポケットに隠し持っていて、窓を割って中に入ったあと、こっそりコーヒーの中に落とす。それ以外あの部屋を密室にする方法はない」
「チープなトリックだねえ」
「おまえはそういうのが好きなんだろう?」穿地が美影をにらむ。「私も片無と同意見だ。そして、あのときコーヒーに鍵を落とす機会があったのはおまえだけだ。私はテーブルには近づかなかったし、片無は部屋の外にいた。二人ともおまえの行動には注意を払っていなかった」
「ぼくが密室を作った理由は?」
「言い逃れのためだ。御殿場が意識を取り戻し、犯人がおまえだと指摘すれば一発ですべてばれてしまう。だが現場を密室にしておけば、自分には犯行は不可能だったという一応の言いわけが立つ」
「つまり犯人には、倒理を殺すつもりまではなかったと」
「……そうだろ」
そうであってほしい、と祈るような言い方だった。美影は被害者のほうを向く。
「倒理の意見は?」
「五年も前のことなんて覚えてねえよ」
嘘だと顔に書いてある。が、美影は予想していたようにうなずいた。
「やったのはぼく。鍵はあとから部屋の中に。探偵さんたちの結論はそれでいい?」
犯人
古今東西のミステリにおいて「いかにも犯人らしい人物が本当に犯人だった」というケースは稀です。
今回の事件においても、美影は犯人ではありません。
確かに氷雨の推理には筋が通っていました。しかし、それが絶対的な真実だと決定づける証拠に欠けています。
密室の謎を解く別解があれば、真相も犯人もくるりとひっくり返ることになります。
「ものすごくチープな手なんだよ」
美影による本当の謎解きが始まります。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「犯人はほかの二人と一緒に倒理のアパートを訪れる。そしてまず、ドアに鍵がかかっていることを確認させる。それから裏に回ることを提案し、二人を先に行かせる。素早く鍵を開け、中に入って、コーヒーの中に鍵を入れる。またドアから出て、二人を追う。
部屋に入って戻るよりもアパートを回り込むほうがはるかに距離があるから、確実に追いつける。二人に気づかれる心配もない。
普通、こんなちょっとした移動中に振り向いたりはしないし……何より、ぼくらはいつも一緒なのが当たり前だったから。声はしなくても『後ろにいるだろう』という先入観が邪魔をする。
裏に回って怪我人を発見したあとは、二人を先に部屋の中に入らせる。鍵が見つかったタイミングで自分も部屋に入り、人が隠れていないことを確認するという名目で玄関のほうへ、そして内鍵を閉める。これで密室の完成」
「おい、待て」穿地が美影の肩に触れた。「待て。つまり……」
美影は応えない。彼はもう、僕だけの目を見ている。僕だけに語りかけてくる。
(中略)
「決め手もあるよ」
美影は指二本で自分の首を横になぞり、
「『穿地、救急車すぐ来る。喉、押さえて。止血』」
あのときの発言を正確に再現した。
あ――と、穿地がつぶやいた。
「決も覚えてるよね。あのとき発された言葉だ。窓の外からじゃ倒理の頭部はよく見えなかったし、決が踏み込んだあとはずっと彼女の背中に隠されていた。外に指示を出したときも決は『片無、救急車!』と叫んだだけで、具体的なことは何も言わなかった。
それなのに……ねえ、氷雨。なんで傷口が喉だって知ってたの?」
責める様子も勝ち誇る様子もない。父親に虫の名前を尋ねる子どもみたいに、純粋な声。
強張った肩から力が抜けていく。
辿り着くとしたらどんなルートか、いくつか予想はしていたが、こんな道があったなんて。こんな簡単なことを見逃していたなんて。
やっぱり僕にはこういうのは向いてない。
「まいったぜ相棒」倒理が僕に苦笑を投げた。「俺たちの負けだ」
Why done it?【前編】
犯人は氷雨だった――意外すぎる真相に一瞬、思考が停止してしまいます。
だって、意味がわかりません。
事件の謎を解くもなにも、倒理と氷雨は当事者も当事者、被害者と加害者でした。
それでいて今まで、軽口をたたき合いながら探偵事務所を共同経営していたわけです。
まったくもって意味がわかりません。
いったいどうして氷雨は倒理の首を切ったのでしょうか?
五年前の事件の《不可能》は破られました。
ここからは《不可解》解明の時間です。
話は彼らの卒業試験に深く関係しています。
それは犬を殺した犯人を突き止めてみろ、というものでした。
経緯は割愛。氷雨たち四人のゼミ生は見事に犯人にたどりつき試験に合格します。
ただし、後味は最悪でした。
犯人が飼い犬のブッチを殺したのは、その主人である杉好宏伸の家に盗みに入るための下準備だったのです。
番犬であるブッチが吠えるのを警戒した……のではありません。犯人こと杵塚実は杉好の親友であり、ブッチが吠えない対象の一人でした。
泥棒が入ったのにブッチが吠えなかったとなれば、容疑者は絞られてしまう……その状況を避けるために、杵塚は無慈悲にもブッチの命を奪ったのです。
「たかが犬じゃないか」と杵塚は言いました。子どものいない杉好家においてブッチが家族の一員として夫婦から愛されていたと知っていながら。
この事件のすっきりしないところは、犯人たる杵塚が逮捕されなかったことです。
天川教授曰く、
「警察には伝えておく。だが証拠の少ない案件で、捜査の優先度も低い。期待はしないほうがいい」
とのことです。
ブッチの主人である杉好の無念は計り知れません。一方、杵塚は盗みには失敗したもののお咎めなしで、アメリカへの移住を予定しています。
杵塚が出国してしまえば、この事件はそこまでです。
倒理は他の三人に問いかけました。
「ずっと考えてたんだが……奴が犯人だって教えなくていいのか」
※以下、小説より一部抜粋
…………
「教えるって、誰に」
「遺族に。つまり杉好宏伸に」
氷水を浴びせられた気分だった。
千石の小さな家でのやりとりを思い出す。僕らと向き合い、悲嘆に暮れていた杉好さんの姿を。語られた愛犬の思い出と、最後に漏れた一言を。
もし犯人が見つかったら――殺してやりたいです。
「教えなくてもいい」
反射的に答えていた。倒理は不満げにかぶりを振る。
「杵塚は、あいつはろくな奴じゃねえぞ。話してみてわかったろ? 金のために盗みを計画してそのためだけに犬を殺した。クソ野郎だ。出国すりゃ直接会うことも難しくなる。教えるなら今日が最後のチャンスだ」
「いや、でも……」
「私も反対だ」穿地が僕にかぶせた。「杵塚がやったという確たる証拠はない。それにもし教えたら、杉好さんは軽率な行動を取るかもしれない」
「取るかどうかは杉好の問題だろ。俺らに決める権利があるか?」
「私たちの仕事は犯罪を防ぐことだ。起こすことじゃない」
眼鏡の奥で冷たい信念が燃えていた。彼女らしい、ぶれない意見だった。
「二対一か」倒理は巻き毛をかき上げてから、「おまえはどうだ?」
最後に残ったひとり――美影のほうを向いた。
美影はきょとんとした顔で相棒(※)を見返した。話を振られるなんて予想外、とでも言うように。グラスの底の澱のように残っていたワインを飲みほすと、彼はいつもの笑みを浮かべた。
「黙っておこう。三対一。はい、これでこの話は終わり」
美影はもともと探偵志望でした。倒理は美影の探偵事務所の助手に、氷雨は会社員になるはずでした。『ノッキンオン・ロックドドア』は美影の失踪後、氷雨が倒理を誘って立ち上げた探偵事務所です。
Why done it?【後編】
倒理は杵塚の処遇に不満を抱いていました。
ゼミ仲間の三人からは反対されてしまいましたが、それで大人しく引き下がる倒理ではありません。
倒理は杉好に《犯人》を教えてやることにしました。
<17時半今日うち、絶対こい>
三人に送ったメールは、いわば罠です。仲間たちを家に招いておいて、その隙に杉好に会いに行こうという狙いでした。仲間たちはいつも時間ちょうどに集合します。
行動パターンは読めている……はずでした。
しかし、その日、倒理のアパートには時間より早く来客がありました。
一人だけ先に来てコーヒーをふるまわれたその客とは、そう、氷雨のことです。
いつになく「絶対」などと指定したメールの文面から、氷雨は倒理の計画を読み取っていました。
「杉好宏伸に会いに行くんだろ」
※以下、小説より一部抜粋
…………
「俺が杉好宏伸に会うと何か問題あるのか」
「僕らは、真相を伝えるのには反対だ。昨日も言ったけど」
「わかってる。だからひとりで行く」
「わかってるよ。だから止めに来た」
「止める? 無駄だな」倒理は部屋を見回して、「美影に千回言われてもこの部屋は片付かなかった。俺はどうも、人の話を聞くのが苦手らしい」
「……それもわかってるよ。初めて会った日からわかってる」
(中略)
「考え直してくれ」
「断る。おまえこそ、なんでそんなに止めたがる?」
「杉好さんを復讐者にしたくない。それに僕は君を……」
「悪いけど時間だ。行かせてくれ」
倒理が僕の胸を押す。諭すような、ゆっくりとした押し方だった。僕は足を踏んばり、その腕をつかんだ。力を込めると倒理の眉が歪んだ。
「どけって」倒理の語勢が強まった。「俺はおまえらほど優しくなれないんだ」
「優しいのは」僕はポケットから手を抜き、「君のほうだろ!」
その腕を振った。
赤色は袖をわずかに汚しただけで、最初は空振りしたかと思った。
けれど倒理は、ぎょっとしたように自分の首を押さえた。左腕で抱えていたコートが再び床に落ちる。ふらふらと二、三歩後ずさり、ストーブにぶつかって大きくよろける。
手の裏側からあふれた血が、窓にぶつかった雨粒のように幾筋も腕を伝い始めた。
(中略)
僕に向けられた倒理の顔は。
なぜか、ひどく嬉しそうだった。
結末
場面は再び探偵事務所『ノッキンオン・ロックドドア』
五年前の事件には《不可能》も《不可解》もすでになく、あとはいくつかの補足を残すのみとなりました。
たとえば、現場に残されていた血文字。
倒理が「ミカゲ」と書き残していたのは、犯人を告発するためではありませんでした。
では、なんのためだったかというと……せっかくなので美影に解説してもらいましょう。
…………
「あのとき。氷雨が喉の傷に言及した時点で、犯人は彼だと察しがついた。おそらく杵塚の件で倒理を止めようとしたんだろうってことも。でもふすまを見るとぼくの名前が。で、ぼくはこう解釈した。
これは――依頼だ。
あの日倒理は、杉好宏伸の家に行くつもりだった。でも首を切られて、動けなくなった。声も出せない。ならどうする? 簡単だね。友達にかわりを頼めばいい。だから倒理は気絶する前、最後の力を振り絞ってぼくの名前を書いた。
風邪を引いた学生がバイト代行のメールを打つみたいに。それだけ。ただそれだけだよ」
…………
美影は依頼を受け、杉好に真実を伝えました。
それから何があったかはわかりません。ただ、想像に難くもありません。
美影はその日、探偵とは反対の行為に手を染めたのでしょう。そして……、
“とにかく彼は結論を出した。こういう仕事のほうが向いている、と。だから、僕たちの前から姿を消した”
さて、事件についてわからないことといえば、もうひとつ特大のものが残っていますね。
氷雨が倒理を止めたかったことはわかりました。ただ、それにしたってナイフをポケットに忍ばせてまで、というのはいささかやりすぎという気がします。
なぜそこまでする必要があったのか?(Why done it?)
今こそドアの鍵を開けるときです。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「片無。なぜ御殿場を襲った? そこまでする必要はなかったはずだ」
「……どうしても止めたかったんだ」
「なぜ」
「なぜって……」
僕は思い出す。ゼミ修了記念会の帰り道。深夜、電車に揺られながら考えたことを。
それは倒理のことだった。皮肉屋で問題児で趣味が変でいつも真意が捉えられない、そんな友人のことだった。彼が孕んだ危うさのことだった。
目をつぶり、五年と数ヵ月黙っていた秘密を吐露する。たった一言で済んだ。
「僕は、倒理を犯罪者にしたくなかったんだ」
謎解きは終わった。
エピローグ
美影と穿地は去り、事務所には倒理と氷雨の姿だけ。
謎解きは終わったと言いつつ、彼らにはもう少しだけ、お互いに訊ねたいことが残っていました。
ここからは物語のラストまでノンストップでお届けします。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「そういやひとつ聞き忘れたことが」倒理が言った。「おまえ、なんで密室作ったんだ? 言い逃れのためか?」
「……言い逃れしないため、かな」
もしも鍵を開けたまま外に出たら、誰でも容疑者になりえてしまう。それこそ不審者がいきなり入ってきて――という説でも成り立ってしまう。
僕はたぶん、それがいやだった。
僕らの中だけに事件を留めたいといういびつな願望があった。罪滅ぼしへの期待があった。美影でも穿地でも、目を覚ました倒理でもいい。あわよくば見破ってほしいという矛盾した思いがあった。
でも矛盾といえば、こっちからも聞きたかったことがある。
「僕が犯人だって、なんで誰にも言わなかったんだ?」
僕は倒理の首を切りつけた。人にされたひどい仕打ちで打線を組んだら間違いなくピッチャー四番の、これ以上ない凶行だ。
なのに倒理は、一度も僕を責めなかった。病院で目覚めた瞬間から、いや切られた瞬間からそうだった。犯人を聞かれても答えずに、追及をはぐらかし続けた。
僕だとわかってるはずなのに、僕をかばい続けた。
「不可解専門ならそれくらいわかれよ」倒理はぼそぼそと答えた。「おまえを犯罪者にしたくなかったんだよ」
僕は背もたれに体を預けた。レンズについた指紋に気づき、眼鏡を外した。眼鏡拭きが見当たらなかったのでワイシャツの裾で雑に拭く。汚れは取れず、薄く伸びただけだった。
「僕らって馬鹿かもね」
「いまさら気づいたか」
自嘲気味の声。裸眼で見下ろす倒理の姿は輪郭がぼやけている。
僕らはこれからどうすればいいのだろう。
五年前の秘密が暴かれた。当事者ど真ん中の僕らにとっては答えなんて最初からわかりきっていたし、謎解きはただの確認作業にすぎなかった。
でも、何かに亀裂が入ってしまった気がする。埋めることはできるのだろうか。そもそも倒理は修復を望んでいるのだろうか。
迷いながら声をかけようとしたとき、
コン、コン。コンコンコン。
ノックが聞こえた。
我らが住居兼探偵事務所の玄関口には、インターホンがついていない。ドアチャイムや呼び鈴、ノッカーのたぐいもない。
したがって来訪者たちは、必然的に素手でドアをノックすることになる。
コンコンコン。コンコン。……トッ、トッ。ノックは続く。
「最初のノックを戸惑った。うちに来るのは初めてだな」
「……間隔が短いから、かなり慌ててるみたいだ。でももう一種類、弱い音が。たぶん……」
「子どもだ。親を真似してドアを叩いた」
「焦ってる子連れのお客さんは、普通こんな時間に来ないよね」
「てことは」
「依頼人だ」
僕は眼鏡をかけ直す。ぼやけた世界が形を取り戻す。
隣で倒理が笑っていた。
悪魔みたいに意地悪なのにどうしてだか憎めない、親の顔より見飽きたような、いつもの笑い顔だった。
どちらともなく肩をすくめ合い、僕らはソファーから立ち上がった。
<おわり>
まとめ
今回は青崎有吾『ノッキンオン・ロックドドア』最終回のネタバレをお届けしました。
W探偵がずっと目を背けてきた五年前の事件。
氷雨は倒理を犯罪者にしないために罪を犯し、
倒理は氷雨を犯罪者にしないために沈黙する被害者となりました。
相手を大切に思う気持ちがひとつの傷害事件を生み、そして迷宮入りさせていたわけです。
謎が解かれてしまえば、ふたりはもう相棒ではいられなくなってしまう。どうしようもなく加害者と被害者になってしまう。五年間もの膠着状態をつくりだしたのは、そんな予感だったのではないでしょうか。
しかし、本来の探偵こと美影の手によって謎は解かれました。
そうしてなお、二人は新たな依頼者を受け入れるために立ち上がりました。
いつも通りのやりとりの裏に万感の思いが見え隠れしているような、印象的なラストシーンでした。
小説『ノッキンオン・ロックドドア』を読みました❗️
不可能《HOW》専門探偵の御殿場倒理
不可解《WHY》専門探偵の片無氷雨
二人が過去に封印した密室事件の秘密とは?この夏、#松村北斗 #西畑大吾 さんでドラマ化
⬇️シリーズ最終回のネタバレ🗝️🚪https://t.co/ftjdKbEB2Z— わかたけ@小説ネタバレ紹介 (@wakatake_panda) May 31, 2023
ドラマ情報
キャスト
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