長岡弘樹『教場0 刑事指導官・風間公親』を読みました。
木村拓哉さんでドラマ化もされた『教場』の前日譚にあたる物語です。
風間はなぜ義眼になったのか?
現役引退を余儀なくされた事件とは?
最後の短編(6話)ではこれらの過去も描かれていました。
今回は小説『教場0 刑事指導官・風間公親』に収録されている6つの短編のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。
あらすじ
T県警が誇る「風間道場」は、キャリアの浅い刑事が突然送り込まれる育成システム。
捜査一課強行犯係の現役刑事・風間公親と事件現場をともにする、マンツーマンのスパルタ指導が待っている。
三か月間みっちり学んだ卒業生は例外なくエース級の刑事として活躍しているが、落第すれば交番勤務に逆戻り。
風間からのプレッシャーに耐えながら捜査にあたる新米刑事と、完全犯罪を目論む狡猾な犯罪者たちとのスリリングな攻防戦の行方は!?
テレビドラマ化も話題の「教場」シリーズ、警察学校の鬼教官誕生の秘密に迫る第三弾。
(文庫裏表紙のあらすじより)
ネタバレ
はじめに
『教場0』に収録されている6つの短編はいずれも倒叙ミステリ、つまり犯人がすぐにわかる構造になっています。
そのかわり謎になっているのは犯行トリックや動機、アリバイなど。
1話につき1人の新人刑事が、風間に見守られながら事件の謎を解き明かしていきます。
第1話 仮面の軌跡
【日中弓】が【芦沢健太郎】を殺した現場は、タクシーの車内でした。
突発的な犯行です。粘着質な男は断固として別れ話を了承せず、それどころか情事の写真をネタに脅迫してきました。
もともと弱みにつけこまれて始まったような関係です。男の心臓をナイフで一突きするとき、女にためらいはありませんでした。
幸いにもその夜は仮装パーティーの帰りで、女は顔の上半分を隠す仮面を装着していました。なおかつ弓と芦沢の関係は誰も知りません。
第一協同交通のタクシーに車内カメラが搭載されていないことはあらかじめ知っていました。警察が弓の存在の存在にたどりつくには難しい状況だと言えるでしょう。
弓にはもう新しい恋人がいます。大企業の御曹司です。
捕まってなるものか、と弓は固く決意しました。
謎
新人刑事の【瓜原潤史】はその夜のタクシーの軌跡に着目します。
事件の夜、車内では芦沢がしきりに右折左折の指示を出していて、通常の約三倍もの時間をかけて目的地に到着していました。
無意味な遠回りはいったい何のためだったのでしょうか?
結末
風間は捜査の初期段階ですっかり事件のあらましを見抜いていました。
【日中弓】は一筆書きが可能な名前です。無秩序に角を曲がっていたかのように思われたタクシーの軌道は、地図上に弓の名前を描いていたのでした。
その夜、芦沢は弓にゲームを持ちかけていました。目的地まで仮面をしたままでいられたら、タブレット端末をプレゼントするというゲームです。
芦沢は言いました。「弓のサインを入れて贈る」と。弓はてっきり油性マジックか何かで書かれるのだと思っていましたが、芦沢はタブレットに表示した地図の上に【日中弓】の文字を描いていたのでした。
補足
第一協同交通のタクシーに社内カメラが未搭載であることを弓が知っていたのは、交際している相手がまさに第一協同交通の御曹司だったからです。
弓はシートベルトを着用するよう芦沢に厳しく注意していたのですが、これも恋人からシートベルトの重要性を説かれていたためです。
タクシーの運転手はこのときの弓の注意を好ましく思っていました。そのエピソードが風間の脳内ではすぐに「犯人は第一協同交通の関係者かもしれない」と変換されたのですから、県警エース刑事の呼び名は伊達ではありません。
第2話 三枚の画廊の絵
【向坂善紀】は殺してしまった【苅部達郎】を山の中に埋めました。
万が一にも遺体の身元が露見しないよう、首と両手首を切断してそちらは別に処理しました。
計画的な犯行ではありません。二人がそれぞれ息子と呼ぶ匠吾(※)の進路について意見が食い違い、突き飛ばした拍子に絶命させてしまったのです。
※高校生の匠吾は向坂の実子ですが、母親の再婚につき今は刈部姓になっています。
芸術家である向坂は匠吾に自分以上の才能があることを見抜いていました。
だから本人の希望を捻じ曲げて芸大ではなく医大に進学させようとしていた苅部を説得するため、この日は彼を呼び出していたのでした。
幸いにも苅部は向坂宅への訪問を家族にも伝えていませんでした。もし遺体が発見されたとしても、身元が判明しなければ警察も向坂の存在には気づかないはずです。
なによりも息子の将来のため、向坂は逮捕されるわけにはいきません。
謎
【折本直哉】は風間に指摘されるまで、遺体の特徴に気づきませんでした。
首と両手首のない遺体は、明らかに右肩が下がっていました。それは歯医者という苅部の職業を示すなによりの証拠になります。
行方不明者リストから苅部をピックアップし、そして苅部の周囲から向坂に狙いを定めるまで、それほど時間は必要ありませんでした。
風間は折本に犯人に犯行を認めさせるよう指示します。
折本は向坂に仕事を依頼するていで遺体が発見された山の風景画を何枚か描かせ、それを表のショーケースに飾らせることで心理的プレッシャーをかける作戦を仕掛けました。
しかし、折本の予想に反して向坂はなかなか罪を認めようとはしません。
注文通りショーケースに飾られている山の絵が指定よりも大きいサイズのキャンバスに描かれている点も不可解でした。
結末
向坂があっさりと自首を申し入れてきたのは、匠吾と短い会話をした直後でした。
「いま息子から聞きました。あいつは来年度、T芸大を受けるそうです」
折本は勘違いをしていました。山の絵を描かせて表に飾らせていたのは、向坂を心理的に追い詰めるためではありません。
高坂のアトリエは匠吾の通学路にあります。父親の描いた絵を毎日見せることで、匠吾に進路変更を促すことこそが風間の真の狙いでした。
風間の意図は向坂にも伝わっていました。だから向坂はより息子の心に訴えかけられるよう、注文より大きいサイズの絵を描いていたのです。
風間は犯人の「思い残すこと」を消し去ることで、安心して自首できるようにしてあげたのでした。
第3話 ブロンズの墓穴
【佐柄美幸】は小学三年生の息子を持つシングルマザー。亡き夫の建設会社を継いでからは鉄骨だって溶接しているパワフルな女性です。
そんな彼女が息子の担任教師である【諸田伸枝】を殺した動機はズバリ怨恨でした。
ピッチリとひっつめにした髪型がトレードマークの伸枝はクラスのいじめを放置し、それどころか加担していたという噂を美幸は耳にしていました。
いじめのため不登校になってしまった研人(息子)の件で再三訴えるも、伸枝は聞く耳持たず。霧の濃い朝を待って、美幸は犯行に及びました。
美幸には犯行時刻のアリバイがあります。
彼女がどうやって犯行現場を偽装したのか、その方法は警察でさえも気づけないに違いありません。
謎
風間から現場百篇を命じられた【荒城達真】は、小学校に設置された立派なブロンズ像『本を読む子ども』の前で頭を悩ませていました。
遺体はこの場所で発見されています。鑑識の調べによれば、ブロンズ像の子どもが持つ開いた本の角に後頭部をぶつけて亡くなったようです。
必然的に犯行現場はここ、小学校のブロンズ像前ということになります。
しかし、妙なのです。ブロンズ像前の地面には犯人と被害者、双方が争ったような足跡が残されていたのですが、それらは交互ではなく、犯人の足跡がすべて下側になっていました。
つまり、足跡は犯人による偽装工作。裏を返せば犯行現場はブロンズ像前ではなかったということになりますが、そうすると今度は凶器の問題が立ちふさがります。
伸枝は間違いなくブロンズ像の本の角に後頭部をぶつけて亡くなっています。だとすると、犯行現場はブロンズ像前であるとしか考えられません。
いったいどういうことなのか……?
被害者の額が内出血で変色している理由に見当がつかないことも、荒木の胃をきりきりと痛ませていました。
結末
偽装工作の謎を解くためには、犯人の技能に注目する必要がありました。
美幸はブロンズ像から本の部分を切り離し(※)、それを遠く離れた場所で凶器として使用し、最後に元通りに溶接したのです。
※開いた本を支えていたのは子どもの五指。接地面が小さく、専門の道具があれば切り離すのは容易でした。
美幸が「翌朝に濃い霧が出る」という予報を待って犯行に及んだのは、朝方にブロンズ像を溶接する際の光を目立たなくするためでした。
美幸のアリバイは崩れました。最後の一押しは物証です。
その夜、美幸は帰宅中の伸枝を襲撃すると、遺体を車のトランクに入れて小学校まで運びました。その際、トランクにわずかな証拠も残らないよう、床も側面もしっかりとブルーシートで覆っていました。ブルーシートはすでに燃やしています。
なかなかの手際です。しかし、結果としてトランクには物証が残っていました。
実のところ、伸枝は運ばれている途中で一時的に息を吹き返していました。とはいえ、両手両足を縛られている状況です。伸枝にできる悪あがきはトランクの天井に頭突きすることくらいなものでした。そうして伸枝は今度こそ絶命します。
遺体の額が内出血していた理由は、カバーしていなかったトランクの扉(天板)にしっかりと《額紋》として残っていました。
第4話 第四の終章
【佐久田肇】は【元木伊知朗】の自殺を目撃しました。
「大変ですっ。死ぬ、って言ってるんですっ」
隣に住んでいる【筧麻由佳】の緊迫した声に慌てて部屋を出ると、彼女の部屋では今まさに元木が首を吊るところでした。
「お隣さんか……。ほっといてくれ。余計なお世話だ。おれは、とんでもないことをしちまった。死んで責任を取る……」
元木は佐久田の目の前で、間違いなく自分の意思で、足場を蹴って首を吊りました。
「救急車っ。早く呼んできてくださいっ」
佐久田は転がるように自分の部屋に取って返して救急車と警察を呼びました。
5分ほどして隣室に戻ると、せめて首に体重がかからないようにしていたのでしょう、麻由佳は元木の腰を後ろから抱きかかえるように支えていました。
『こうなったら死ぬしかない。本当にすまないことをした。責任を痛感している。命をもってお詫びする』
部屋からは元木の筆跡が確認できる遺書も見つかりました。
謎
【早坂すみれ】の直感は他殺の可能性を告げていました。
一見するとただの自殺のようですが、なにかが引っ掛かります。風間にしても、これが殺人事件であることを前提に考えているようです。
被害者である元木は劇団員でした。同じ劇団の看板女優である麻由佳とは親しい間柄で、彼はほとんど毎日のように彼女の部屋に通っていました。
元木は演技の勉強には熱心であるものの、性格にはやや難があったようです。佐久田をからかって困らせては、愉快そうにしていたのだといいます。
ふと、すみれは違和感の正体に気づきました。
「はやまらないで、モッチ」
これは今まさに首を吊ろうとする元木に麻由佳が叫んだ言葉です。元木はこれを聞いて不思議そうな表情をした、と佐久田は証言しています。
いったいなぜ元木はそんな表情をしたのでしょうか?
結末
元木に自殺の意思はありませんでした。彼は隣に住む佐久田をからかおうとしただけです。
元木は次に演じる予定だった有島武郎(※)になりきって台詞をなぞり、首を吊ったように見せかける。実際には芝居用のハーネスに支えられるため呼吸に支障はない……そのはずでした。
※小説家。首吊りにより他界。
ところが、いたずらの協力者だったはずの麻由佳が裏切り、本当に首を吊らせてしまったというのが事件の真相です。
麻由佳が元木の体を支えていたのは、救助しているように見せかけて、元木が蘇生しても首を圧迫できるよう待機していたのでした。
遺書は元木が有島武郎になりきって書いたものです。普段から彼は麻由佳を相手に演技の練習をしていました。その際、麻由佳は元木のことを武郎(たけお)と呼んでいました。
「はやまらないで、モッチ」
元木がこの言葉に不思議そうな表情をしたのは、麻由佳が彼のことを武郎(役名)ではなくモッチと呼んだためでした。
動機
麻由佳はなぜ元木を殺したのでしょうか?
それを説明するためにはもう一人、登場人物を紹介する必要があります。
【椿あさみ】は麻由佳の前に看板女優だった人物です。半年前に駅の階段から転落して大怪我を負い、現在もまだ車椅子で生活しています。
転落のとき「誰かに押されたんです」と彼女は証言していました。そして彼女は元木から交際を申し込まれ、これを断っていました。
つまり、真相はこうです。
麻由佳は看板女優の座を手に入れるため、あさみを階段から突き落とした。彼女に恨みのあった元木もそれに加担した。元木はその事実を脅迫材料にして麻由佳をいいようにしていた。
そして、最後は麻由佳が元木を殺害した……加害者にも被害者にもまるで救いようがありません。
第5話 指輪のレクイエム
【仁谷清香】の死因はガスによる中毒死でした。
フッ化水素ガス。フッ素加工樹脂で加工されたフライパンを空焚きすると発生するガスです。
清香は認知症を患っていました。ふとした拍子に料理中であることを忘れてしまい、そのままフライパンから発生したガスで亡くなったものと考えられます。
すべては【仁谷継秀】の脚本通りでした。
妻が倒れた時刻、仁谷は愛人である【田瀬葵】とレストランにいました。つまり、アリバイがあります。
まさかレストランから自宅に電話をかけただけで妻を殺せたなどとは、誰にも気づかれるはずがありません。
仁谷が妻に告げた台詞は次の通りです。
「さっき見たら、冷蔵庫の中が少し汚れていたみたいなんだ。悪いけど、掃除をしておいてくれないか」
なんてことない頼み事です。しかし、たしかに清香はこのメッセージによって殺されたのでした。
仁谷夫婦は20歳も年が離れています。犯行動機は介護疲れでした。
結末
清香には毎週水曜日の午後七時に決まって鰆のホイル焼きをつくる習慣がありました。
その習慣を知っていた仁谷にとって、清香が火をつけたタイミングで電話することなど造作もありません。
認知症の妻が料理中であることを忘れて冷蔵庫の掃除を始めることも、仁谷には計算できていました。
真相
この事件には物証がありません。風間は犯人の罪悪感に訴えて罪を認めさせるよう【大里翔子】に指示しました。
翔子は清香の習慣に注目します。
清香はまだら認知症であり、認知症の症状には波がありました。水曜日に鰆のホイル焼きをつくるという習慣は、認知症の症状というより健常者らしい行動のように思われます。
では、清香はなぜ毎週同じ料理を作り続けていたのでしょうか?
その理由は、日頃の清香の悩み事に見出すことができます。
「指輪をどこかにやっちゃったみたい。秀ちゃんからもらったやつ」
清香は婚約指輪を失くしてしまったことをずっと気に病んでいました。夫から「また買ってやる」と言われても心は晴れませんでした。大切な思い出の詰まった大事な指輪だったからです。
清香が指輪の紛失に気付いたのは料理の最中でした。
清香が水曜日の午後七時に鰆のホイル焼きをつくっていたのは、当時の状況を再現して指輪を見つけようとしていたからです。妻は今でも夫のことを愛していました。
清香は安らかな表情で亡くなっていました。
倒れていたのは固定電話のそば。清香が触ったのでしょう。仁谷家の電話には塩がついていました。助けを呼ぶために……ではありません。受話器にもダイヤルボタンにも塩は付着していませんでした。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「清香さんが押したのは、これですよ」
ダイヤルボタンから離れた大里の指が指し示したのは、赤いボタンだった。
「これを長押しして、清香さんは午後七時二十分に受けた電話の録音内容を消したんです(※)。この意味がお分かりですか」
※認知症で忘れっぽくなってしまった清香はいつも電話を録音していた。
がくんと視界が揺れた。太腿から力が抜けたせいだった。
「あなたが罪に問われないように、彼女はそうしたんです。それができたから、清香さんは安心して死んでいったのだと思います。清香さんは、いままであなたに迷惑をかけてきたことの償いをしたかったのでしょう。それ以上に、あなたを守りたかったのだと思います。二十年前に結婚したときと同じ気持ちで」
仁谷は頭髪に両手の指を突っ込んだ。
やがて立っていられなくなり、その場に膝をついた。声のない嗚咽を漏らしたあと、体を折り曲げ額も床につけた。
そこはちょうど妻が倒れていた場所だった。
第6話 毒のある骸
【椎垣久仁臣】は法医学者。県の司法解剖を一人で受け持つ大学教授です。
そんな彼が助教授の【宇部祥宏】を殺したのは、口封じのためでした。
話は数日前にまでさかのぼります。
その日、椎垣は後進である宇部に司法解剖を手伝わせていたのですが、マスクを着用するよう指示するのを失念してしまい、彼を青酸ガス中毒にしていまいました。
幸いにも宇部の命に別状はありませんでした。
しかし、医学科長への昇進を控えている椎垣にとっては致命的な不祥事です。
宇部はすべて大学に報告して辞職するといいます。
椎垣は彼の口を塞ぐため、青酸入りの酒を飲ませて絶命させました。
司法解剖を担当するのはもちろん椎垣です。
宇部の遺体に二回分の青酸のダメージがあることなど、専門家である椎垣以外には見てとれません。
警察には涼しい顔で次のように報告しました。
「結論を言います。他殺と思える初見はありませんでした」
謎
【平優羽子】は宇部の最後の行動に注目します。
宇部の遺体は山奥にある自宅のすぐそばで発見されました。
宇部家の前の道は、右側に折れれば下り坂、左側に折れれば上り坂になっています。
宇部は上り坂を進もうとして力尽きていたのですが、これは妙な話です。
助けを求めるなら隣の家のある下り坂を選んだはずですし、上り坂の先には県境の崖くらいしかありません。
もし、左右どちらに進んでも良かったのなら、楽に進める下り坂を選ぶのが自然です。わざわざつらい上り坂を選ぶ理由がありません。
死を目前にして、宇部は何をしようとしていたのでしょうか?
結末
宇部の目的は遺体を隣の件に届けることでした。
隣の県の管轄になれば司法解剖を椎垣ではない法医学者が担当することになります。
そうすれば二回分の青酸の痕跡が遺体から見つかり、必然的に椎垣の悪行も表に出ることになるというわけです。
「宇部さんは危惧した。もし自分の体が椎垣先生に解剖されたら、その証拠を隠滅されてしまう、と」
結果として宇部は目的を果たせませんでしたが、その行動は無駄ではありませんでした。
風間にはちゃんと宇部のメッセージが届いていたからです。
宇部の遺体はすぐに火葬されず、待機遺体として保存されていました。
「風間刑事の指示により遺族の了承を得て、宇部さんの体は――『物証』は、まだ保存してあるんです」
義眼の理由
事件解決後の夜道。
【平優羽子】は暗がりに潜んでいる怪しい人物に気づきます。
最近の悩みの種のストーカー(元カレ)だと勘違いして、安易に近づいたのが失敗でした。
男の名は十崎。風間がかつて逮捕した殺人犯だったはずだと瞬時に思い出します。出所した十崎が復讐のために現れたのです。
十崎は風間めがけて駆け出していきます。その手にはかつてと同じ凶器の千枚通しが握られています。
優羽子はとっさに十崎の背後から当て身を食らわせました。男がよろけたのは一瞬だけ。十崎は崩れた体勢を瞬時に立て直すと、優羽子に向かって得物を大きく振り上げました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
完全には逃げられない。できるのは、受けるダメージを最小限にすることだけだ。そう判断し、とっさに体を捻った。左肩を限界まで持ち上げ、どうにか顔だけは防御しようとする。
次の瞬間、横に吹っ飛ばされていた。自分の体に、風間がぶつかってきたのだとすぐに分かった。
アスファルトの上を転がりながら、聴覚を頼りに、十崎の履いたスニーカーの足音を探る。それは次第に遠ざかっていくところだった。助かった――。
(中略)
往来から再び風間の姿に顔を戻し、優羽子は目を疑った。
風間の右目から何かが生えている。木製で円筒形をしたそれは、千枚通しの柄に違いなかった。
引き抜こうと、とっさに自分の手が動く。その動きは、だが、
「待て」
風間の声に止められた。こんな事態だというのに驚くほど平然とした口調だった。
「刑事の心得を忘れたか。証拠物件の保存が第一だ。犯人の指紋を消すな」
何も言い返せない。たしかに、いま襲撃してきた十崎は革の手袋をしていたが、それ以前に付着させた指紋が残っているかもしれなかった。
「まるひのにんちゃくは」
続いて風間が口にした言葉の意味がすぐには理解できず、マル被の人着――被疑者の人相と着衣を脳裏に呼び出すまで数秒を要した。
「年齢は三十五、六歳くらい、身長は百七十センチ前後。上はグレーのブルゾン。下は紺色のジーンズ。頭には焦茶色のニットキャップ。足元は白のスニーカー。ベルトは黒の革製。一見フリーターふう。それから……」
「続けろ」
「わたしがあいつに体当たりをしたとき、ベルトを掴みました。十崎は気づいていないはずです」
でかした。そう言うように、千枚通しを右目に刺したまま風間は微かに頷いた。
千枚通しは遺留されている。この証拠品から十崎の居場所を割り出すことができるかもしれない。そうして奴に尋問した場合、たとえ否認したとしても、ベルトに裏側を調べれば言い逃れはできない。
擦れて消えたりすることがなければ、そこには自分の指紋が付着している。この襲撃事件の動かぬ証拠として。
「覚悟はしていた……」風間は深く息をついた。
「この仕事をやっていれば、いつかはこういう目に遭うだろうとな。どうする、平。辞めたければ遠慮は要らんぞ」
誰かが消防に通報してくれたようだ。かすかに救急車のサイレンが聞こえ始めた。
――辞めません。あいつに、十崎に手錠をかけるまでは。そしてかけた後も。もっともっと悪いやつを捕まえます。指導官みたいに。
その意を伝えるために、どうにか涙を堪えながら、優羽子は風間の手をきつく握り締めた。
<おわり>
小説『教場0 刑事指導官・風間公親』を読みました❗️
「風間道場」は見込みのある新人刑事の登竜門。風間からのヒントを読み解き、完全犯罪を覆せ!
来年春、#木村拓哉 さん主演でドラマ化(月9)
⬇️あらすじと結末🚔🚨https://t.co/siiH5a4Axq— わかたけ@小説読んで紹介 (@wakatake_panda) November 28, 2022
まとめ
今回は長岡弘樹『教場0 刑事指導官・風間公親』のあらすじネタバレ解説をお届けしました。
どの短編でも風間はたちどころに事件を全貌を見通していて、そのうえで新人刑事に試練(ときにはヒント)を与えるという役どころでした。
かつては県警のエース刑事だった風間ですが、警視庁捜査一課とかでも全然通用しそうな気がします。
個人的に好きだったのは、犯行トリック部門では3話、ドラマ部門では5話でした。
特に5話では最初から匂わせていた婚約指輪が事件の物証になると踏んでいたのですが、あんな泣かせる真相が隠されていたとは……。
涙あり、驚きあり、秀逸な一冊でした。
ドラマ情報
キャスト
- 主演:木村拓哉
放送日
2023年4月期(月9)
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いつも楽しく拝見させて
いただいています。
わかり易くまとめてくださって
ありがとうございます。
>さーまま さん
こちらこそいつもありがとうございます。
読んでくださっている方のお声が聞けてうれしいです。
お返事ありがとうございます。
まさかお返事をいただけるとは
思っていませんでした。
実は妊娠中からかれこれ
5年近く拝見させて
もらってました。
しばらくお休みされていましたが
もう体調は大丈夫ですか?
教場、テレビドラマも
面白いですよね。
wakatake様の解説で
より楽しめました。
ご無理なさらず
また更新楽しみに待ってます。
>さーまま さん
お気遣いありがとうございます。
おかげさまで今は落ち着いています。
それにしても5年もご覧いただいているとは驚きました!本当に衝撃的です。
少しでも楽しんでいただけているのならこれほどうれしいことはありません。
昔と比べてゆったり更新になっていますが、これからもどうぞおつきあいくださいませ。
(来春のドラマ『教場』も楽しみですね!)