倉井眉介『怪物の木こり』を読みました。
『このミステリーがすごい!大賞』大賞受賞作(2019)
主人公は殺人鬼。敵は手斧で頭をかち割って脳を持ち去る連続猟奇殺人犯。
ぶっとんだあらすじですが、B級映画のような設定負けはしていません。
犯人は誰なのか? なぜ主人公を狙ったのか?
ミステリ定番の謎が楽しめるのはもちろん、物語の構造にも《とあるトリック》が施されていました。
今回は小説『怪物の木こり』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。
あらすじ
良心の呵責を覚えることなく、自分にとって邪魔な者たちを日常的に何人も殺してきたサイコパスの辣腕弁護士・二宮彰。
ある日、彼が仕事を終えてマンションへ帰ってくると、突如「怪物マスク」を被った男に襲撃され、斧で頭を割られかけた。
九死に一生を得た二宮は、男を捜し出して復讐することを誓う。
一方そのころ、頭部を開いて脳味噌を持ち去る連続猟奇殺人が世間を賑わしていた――。
(文庫裏表紙のあらすじより)
脳チップ
あらすじから察せられるように、
二宮を襲った怪物マスク = 脳を持ち去る連続猟奇殺人の犯人
です。
この時点で、
- なぜ怪物マスクは脳を持ち去るのか?
- なぜ怪物マスクは二宮を襲ったのか?
という疑問が浮かんでくるわけですが、その理由は二宮の頭の中を撮影したCTに見出すことができます。
二宮の頭には【脳チップ】が埋め込まれていました。
作中では次のように説明されています。
脳チップとは脳内に埋め込むマイクロチップのことで、神経細胞の間でやり取りする電気信号を制御することにより、人の感情や記憶を操作する医療機器のことだ。
脳チップは治療のための機器ですが、人格に影響を与える点が問題視され現在では使用禁止になっています。
二宮は自分の頭に脳チップが入っていることを知りませんでした。ただ、もろもろのタイミングを考えると手術が行われたのは三歳前後ということになります。
二宮は児童養護施設の前に置き去りにされていた捨て子でした。
その時点で既に脳チップが埋め込まれていたことになります。
ただ、これは妙な話です。脳チップの埋め込みには開頭手術が必要で、それは幼児にとって危険な行為です。当然、規制前から禁止されていました。
つまり、二宮は違法な手術によって脳チップを埋め込まれていたということになります。
いったい二宮の過去になにがあったのか?
読者は小説のプロローグを思い出すことになります。
プロローグでは26年前に発生した静岡児童連続誘拐殺人事件、通称「東間事件」の様子が描かれていました。
東間事件
二宮にはサイコパス仲間(?)がいます。
杉谷九朗、脳神経外科医。二宮の本性を知るただ一人の男です。
脳チップの件を相談すると、杉谷は幼児誘拐殺人事件として知られる「東間事件」の裏側について説明してくれました。
「報道に規制がかかっていたから一般には知られていないけど、実は、東間は誘拐した子供たちの頭に脳チップを埋め込む人体実験をしてたんだよ。このことは脳神経外科医のあいだでは知られていてね」
二宮は東間事件の被害者でした。
この事実が意味するところは、なんとなく察せられるのではないでしょうか。
そう。二宮のサイコパスは、脳チップによって人工的につくられたものだったのです。
事実、怪物マスクに襲われて以来、二宮は共感能力を取り戻しつつあります。
映画をおもしろいと思えるようになったり、他人のために怒りを覚えるようになったり……普通の人間に戻りつつあると言いかえてもいいでしょう。
それもこれも頭部への衝撃により脳チップが故障した結果です。
「彰くんの脳チップは治療のためじゃなく、異常を引き起こすためのものだってことだよ」
もう一人の主人公
戸城嵐子。警視庁捜査一課の刑事である彼女こそ、物語のもう一人の主人公です。
小説は
- 二宮視点の場面
- 嵐子視点の場面
を交互に繰り返しながら進行していきます。
二つの陣営は「怪物マスク」を先に探しだして逮捕する(殺す)ために競い合っているような関係、と考えるとわかりやすいでしょうか。
怪物マスクは短期間で次々に犯行を重ねていきました。
それに対して警察の捜査は難航します。被害者たちに共通点を見出せず、また何のために脳を持ち去るのかについても皆目見当がつかなかったからです。
それでも嵐子は粘り強く捜査を続け、少しずつ手がかりを集めていきました。
- 被害者はいずれも性格に難があった
- 被害者はいずれも捨て子であり、児童養護施設出身
- 被害者はいずれも三十歳前後である
そうしてついに、嵐子は一人目の被害者のCTに脳チップが埋め込まれていた事実を掴みます。
しかも、医師の話によれば(二宮のときと同じく)本人は脳チップのことを知らなかったようだったといいます。
そこから導き出される結論は……
※以下、小説より一部抜粋
…………
「わたしが言いたいのは、今回の被害者全員の脳に、チップが埋められていたのではないかということです。おそらく、脳泥棒(怪物マスク)が盗んでいたのは脳ではなく、その中にあった脳チップだったのではないでしょうか」
(中略)
「その頃起こった脳チップ絡みの誘拐事件といえば、ひとつしかない。通称、東間事件。脳にチップが埋められていたなら、被害者たちは、あのとき東間に誘拐された子供たちだろう」
怪物の木こり
二宮を襲った犯人が身につけていたマスクは『怪物の木こり』という絵本に由来するものでした。
『怪物の木こり』のストーリーをざっくり説明します。
1、木こりに擬態した怪物が村人を食べていく
2、怪物は「自分は本当は木こりなのではないか?」と疑問を持つ
3、怪物は各地の木こりの子どもを怪物にして見極めようとする
あらすじの③は、子どもをサイコパスに改造した東間と重なりますね。
また、この絵本を二宮たちの状況に当てはめると、
- 怪物 = サイコパス
- 木こり = 普通の人間
と解釈することができます。
犯人はなぜ『怪物の木こり』のマスクを被っているのか?
脳チップが故障した二宮はサイコパス(怪物)に戻ることを望むのか、それとも普通の人間(木こり)になることを望むのか?
物語は佳境へと突入していきます。
<すぐ下のネタバレに続く>
ネタバレ
二宮に届いた一通のメール。
そこには口元をガムテープでふさがれて寝転がる映美の姿が映っていました。
荷見映美(はすみえみ)は二宮の婚約者です。
映美は不動産会社の社長令嬢。二宮は次期社長の地位という打算的な理由で彼女と交際していました。
当然、そこに恋愛感情はありません。
サイコパスである二宮にとって、映美を人質に取られたところでどうということもない……はずでした。
脳チップが故障した二宮は、サイコパスから普通の人間に戻りつつあります。
これまで涙を流したことなどなかった二宮が、映美の歌声に心を揺さぶられて泣いてしまったのも、その影響によるものでしょう。
“映美が死んだら、もう二度とあの歌を聴くことはできない。そう思えば思うほど、気持ちが落ち着かなくなった”
今の二宮には映美を切り捨てることができません。
メールには住所が示され、「ここに来い」というメッセージが記されていました。
“脳泥棒だ。あの野郎、俺じゃなく映美を狙いやがって……”
映美の安否が気になるところですが、脳泥棒との決着はむしろ望むところです。
二宮は杉谷の【助け】を得るために携帯の番号を押そうとして、ふと指を止めました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
待てよ、助け、だと? もしかして脳泥棒って……。
二宮は鞄を掴むと中から『怪物の木こり』の絵本を取り出した。急いでページをめくり続け、ある一文で目をとめる。
二宮はこれ以上ないほど鋭く口の端を吊り上げた。
「そうか、そういうことか。怪物の木こりというのは、そういう意味だったのか!」
違和感
一方、嵐子は新たに発見された《脳のない遺体》と向き合っていました。
剣持武士。彼もまた東間事件の被害者の一人です。
脳チップによりサイコパスにされた剣持は、保険金殺人に手を染めていました。ろくに働きもしない彼を献身的に支えていた妻を金のために手にかけたのです。
証拠不十分で逮捕されなかった剣持は、反省するどころか義父に暴言を吐く始末。あまりのクズっぷりに嵐子の先輩刑事である乾が殴りかかり、捜査一課を降ろされるという一幕もありました。
それはさておき、遺体です。
剣持の遺体にはわずかな違和感がありました。
というのも、現場に《穴の開いた頭蓋骨の破片》が残されていたのです。
頭蓋骨の穴は、脳チップ手術の際にできたものです。
脳泥棒が脳を持ち去るのは「脳チップの持ち主 = 東間事件の被害者」を標的にしているという事実を隠すためでした。
斧で頭をかち割るのも、開頭手術の痕跡を破壊するためです。
「ですから、これまでの被害者の頭蓋骨にも穴はあったはずなんですが、脳泥棒が手術のあった事実を隠そうとしていたため、これまで現場からは穴の開いた頭蓋骨は発見されていませんでした。それが今回は残っている。なぜでしょう?」
これまで完璧な仕事をしていた脳泥棒が、剣持の遺体ではミスを犯している理由。
なんらかのトラブルが起こったのか、あるいは……?
駆け引き
脳泥棒が指定してきたのは、深い森の中に建つ別荘でした。
二宮が警戒しつつ足を踏み入れると、脳泥棒からメールで指示が送られてきます。
『手錠で階段の手すりにつながれ』
呑めない条件でした。身動きを封じられてはひとたまりもありません。
二宮は声をはりあげます。
「おい、手錠を嵌めてほしければ、映美がいるかどうか確認させろ。話はそれからだ」
※以下、小説より一部抜粋
…………
姿は確認してないが、きっと二階にいるはず。そう考えて反応を待っていると、やがて何かを引きずるような音が聞こえてきた。
かなり重いもの。おそらく脳泥棒が映美を運んでいるのだろう。
その予想は当たり、吹き抜けの二階フロアには、怪物のマスクをした男がロープで縛られた状態の映美を引きずるようにしてあらわれた。
右手で斧を持ち、左手で映美を縛るロープを掴んでいるらしい。
脳泥棒は左手をはなし、映美を二階の手すりの前に転がした。
目のところには布が巻かれているが、映美で間違いない。何の抵抗も見せないところを見ると気絶しているようだが、とりあえずは無事のようだった。
二宮は脳泥棒のほうを見上げた。
「お前、脳泥棒なんだってな。もしかして俺のチップも欲しいのか? だったら降りて来いよ」
挑発するように呼びかけたが、脳泥棒は無感情に告げた。
「人質は見せたぞ。次はお前の番だ」
「おい、おい。それだけか? 少しは会話しろ。俺はゲストだろ? きちんと、もてなせよ」
「早く手錠をはめろ」
脳泥棒は斧を映美の方に向けた。言うことを聞かなければ殺すという意思表示だ。
だが、従う気はなかった。駆け引きは下手に出たら負ける。
足元に転がった手錠はその辺に蹴飛ばしてやった。
「……何をしている?」
淡々と、だが、先ほどより低い声で脳泥棒は言った。二宮は逆に文句を言ってやる。
「何をしているだと? それはこっちの台詞だ。ゲスト相手にマスクなんか被りやがって。まずはお前がそのマスクをとれ」
「イカレてるのか? いいから早く手錠を拾え」
「断る。お前のほうこそマスクをとれ。どうせ隠したところで意味はないんだ。なぜって、俺はお前の正体を知ってるんだからな」
犯人の正体
結論からいえば、映美を人質に取るという行為そのものが犯人の正体を示していました。
どういうことかというと……ここは二宮に語ってもらいましょう。
…………
「この人質作戦は冷静に考えると、かなりおかしい。なぜって、そうだろ?
お前から見たら、俺は血も涙もないサイコパスの怪物なんだ。そんな怪物に、どうして人質作戦が有効だなんて思えるんだ?
実際、一か月くらい前の俺なら、躊躇なく映美を見捨てていただろう。
それなのに、お前は俺が映美を助けにくると確信していた。それでわかったよ」
…………
たしかに今の二宮は映美を失いたくないと思っています。
しかし、その変化は外から見抜けるようなものではありません。
もともと善人の仮面を被って生活していた二宮が、その内側で冷血なサイコパスから情のある人間になりつつあることなど、いったい誰にわかるというのでしょう?
だというのに、脳泥棒は人質が有効であると【確信】していました。
そんなことができる人間は一人しかいません。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「俺が映美を見殺しにしないと、お前が確信できたのは、お前も俺と同じ体験をしていたからだ。つまり――」
二宮は脳泥棒に向かって指さした。
「お前は俺と同じ、脳チップが故障したサイコパス。人の心を取り戻した怪物なんだ。そうだろ? 元怪物の剣持武士さん」
少しの沈黙ののち、脳泥棒こと、怪物の木こりは、おもむろに被っていたマスクを外した。
すると、その下からは、剣持武士の顔があらわれた。
その瞬間、どこからともなく除夜の鐘が鳴り響いた。
構造上のトリック
剣持は死んだはずでは――? という疑問にお答えします。
嵐子が剣持の遺体に向き合っていたのは1月4日のことです。
一方、二宮が怪物マスクの正体を言い当てた場面では除夜の鐘が鳴り響いていました。
つまり、時間軸がズレていたのです。
小説ではページ数が若いほど過去である、という読者の思い込みを利用したトリックだったわけですね。
嵐子が剣持の遺体に抱いた違和感は正しいものでした。
脳泥棒の手口を真似た別人による犯行だったため、後処理に粗が見つかったのです。
……とまあ、この時点で二宮の勝利が確定しているわけですが、クライマックスの場面はもう少し続きます。
脳泥棒こと剣持はなぜ、サイコパスの被験者たちを狩っていたのでしょうか?
犯行動機
剣持の犯行動機を一言でいえば【罪悪感】ということになるのでしょう。
警察のプロファイリング捜査官の台詞がわかりやすかったので引用します。
「脳チップの故障により、倫理観を取り戻した剣持は、これまでの自分の行いを許せなくなり、自分という存在を憎むようになった。そして身代わりとして、自分と同じ境遇にある他の東間事件の被害者たちを殺し始めた」
サイコパスの呪いから解放された剣持を待っていたのは、妻である咲を殺してしまったことへの果てしない後悔でした。
剣持はサイコパスの同胞を狩ることで、疑似的に自分自身に復讐しようとしていたのです。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「咲を殺したとき、俺はいつものように何も感じなかった。どれだけ尽くされようと、どれだけ長く一緒にいようと何の感慨もわかなかった。だが、ある刑事に殴られてから、俺の中で徐々に異変が起き始めた。自分以外の人間のことを、だんだんと自分のことのように感じはじめたんだ」
「脳チップが壊れたのか」
「ああ、他人の痛みから始まり、驚きや喜び、あらゆる感情が他人と共有できるようになった。他人と自分の境界線が消えていくのを感じたよ。だがそのせいで、自分以外の人間にも心があることを知った。この世界には俺ひとりだけじゃないと知ったよ。咲が本当に俺を愛してくれていたことも、な」
言いながら、剣持の頬を涙が伝った。
「俺が飯を食べているとき、どうして咲が笑っていたのか。俺が怪我をしたとき、どうして咲は辛そうな顔をしていたのか。人の心を感じるようになるたびに、俺はその理由を知り、そして幸せというものの存在を知った。それまで快楽と怒りの二つしかなかった人生に、はじめて生きる意味が生まれたんだ」
剣持は何か尊いものを見ているような目をしていた。しかし、その顔はすぐに曇った。
「ただ、それは俺にとって絶望でもあった。そりゃそうだ。お前の言う通り、咲を殺したのは俺なんだ。俺は自らの手で、自分の人生の意味を殺してしまっていたんだ。だから俺はお前らを殺そうとした。俺は俺を殺したかったんだ」
終幕
すでに結果がわかっているように、剣持は二宮に敗北します。
勝敗を分けた要因は3つ。
ひとつ。剣持には映美を殺せなかったこと(咲とかぶるため)
ふたつ。剣持にも人質作戦が有効であったこと。
みっつ。杉谷の協力があったこと。
二宮は「咲の父親を人質にとっている」という嘘の情報で剣持を引き付け、その隙に背後に回った杉谷が注射器を首にブスリ、という寸法です。
先ほどの剣持の独白は、勝負が決した後、二宮から「人の心を取り戻してよかったか?」と質問されて答えたものでした。
二人の元怪物の会話、その続きをご紹介しましょう。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「(妻を殺してしまった絶望に苛まれて)それでも、なお人間に戻ってよかったと思うのか?」
吐き出すように語る剣持に、二宮は淡々と尋ねた。
「ああ、正直なところ、本当に俺が人の心を取り戻せていたのかどうかはわからないが、それでも、俺なりに人の心に触れられてよかったと思っている。そうでなければ、咲の気持ちを知ることはできなかった。俺は人生の意味に触れることができたんだよ」
「そうか、よくわかったよ」
二宮はナイフを置くと、一度部屋を出て行き、代わりに斧を持ってきた。そのまま剣持の背後に回り、斧を頭のところに持っていく。
「これでいいんだよな?」
※剣持自身が復讐の幕引きとして斧で頭を割られることを望んだ
「ああ、お礼にひとつ忠告させてくれ」
「何だ?」
「いずれ、お前はあの映美という女を殺すだろう。そんなことはしないと思っているだろうが、きっとそうなる。だから、そうなる前に自ら命を断て。わかったか?」
二宮は小さく首を傾げた。
「どういうことだ?」
「怪物はどこまでいっても怪物のままってことだ。まあ、頭の片隅にでも入れておいてくれればいい。俺からはそれだけだ。やってくれ」
剣持は言いたいことだけ言って目を閉じた。
なぜ俺が映美を殺すのか理解できなかったが、特に質問はしなかった。答えはしないだろうと思ったからだ。
だから二宮は、覚えておく、とだけ伝えた。そして、言った。
「それじゃあ、もういいな?」
「ああ、話を聞いてくれてありがとう。後は頼む」
「わかった。それじゃあ、おやすみ」
二宮は斧を振り上げた。
結末
剣持の死によって、一連の《脳泥棒事件》はひそかに幕を閉じました。
映美を無事に救出できたことといい、警察に(まだ)見つかっていないことといい、結果的には二宮の大勝利だったと言っていいでしょう。
とはいえ、物語はまだ終わりません。
二宮には《最後の選択》が残されています。
当初、二宮が怪物マスクを追っていたのは復讐のためでした。
しかし、途中からは他の理由も加わっていました。
それは【手術データ】を回収することです。
二宮がもとのサイコパスに戻るには脳チップの交換手術が必要になるのですが、そのためには東間の手術記録が必要不可欠となります。そして、それは脳泥棒のもとにありました。
あのとき、二宮は剣持からデータを回収しました。
それにより脳チップを交換する手術ができるようになったのですが、二宮は迷っていました。
サイコパスに戻るのか? それとも普通の人間になるのか?
物語のラストシーン。二宮は杉谷に決断を伝えます。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「そう言えば、お前は『怪物の木こり』が、どうして『木こり』なのか知ってるか?」
唐突な質問だったが、杉谷はすぐに答えた。
「さあ。語感がそれっぽいから?」
「オズの魔法使いだよ。オズの魔法使いには、『ブリキの木こり』というキャラクターが出てくるんだが、そいつはブリキだから、心までブリキなんだ。それで人の心が欲しくて旅をする。その『ブリキの木こり』が、『怪物の木こり』のモデルなんだそうだ」
「へえ、じゃあ、『ブリキの木こり』が『ブリキの心』なら、『怪物の木こり』は心が怪物ってことかな? だから『怪物の木こり』は『人の心』が欲しくなったとか?」
「たぶんな。きっと『怪物の木こり』とは、『人の心』を手に入れようとする怪物の物語なんだろう」
「なるほどね。で、それがどうかしたの?」
興味がないことを隠しもしない杉谷に、二宮は宣言した。
「要するに、俺も『怪物の木こり』だということだ。今回の件で、俺も人の心というものが、ただ煩わしいだけのものではないと学んだ。だから、手術はしない。俺は怪物には戻らない」
そのとき、頭の中には歌を歌う映美の顔が浮かんでいた。
あれを失った人生にどんな価値があるのか。
二宮がまっすぐ見据えると、杉谷は腕を組んだ。
「本気みたいだね。いいの? これまでの自分と違う自分になるのは大変だよ。それに、東間の件や、剣持の件で、警察が周りをうろつくようなことがあるかもしれない。そうなったときは……」
「わかってる」
二宮は杉谷を遮った。
「サイコパスでなくなることで、不利益が生じることは理解している。だが、俺は剣持の言っていた、生きる意味というものに興味があるんだ。だから、それを知るまでは、まだ怪物に戻る気はない。たとえ、いばらの道だとしても、な」
おそらく剣持は『幸せ』に触れたことで、その身を焼いた。
そして、俺も同じように焼かれると、あいつは思っていた。最後の予言はそういうことだろう。
だが、たとえ焼かれることになろうとも、なお生きる意味はあったとも、あいつは言っていた。
ならば、俺も手を伸ばしてみよう。
俺はもう『幸せ』を恐れない。
二宮はそう心に決めた。
<おわり>
小説『怪物の木こり』を読みました📖
主人公は冷酷非道なサイコパス弁護士・二宮。
「怪物マスク」を被った男に襲撃され、斧で頭を割られかけた二宮は、復讐のため犯人を追い始める――。#亀梨和也 さん主演で映画化
⬇️あらすじと結末🪓https://t.co/a0eWM0WHYl— わかたけ@小説ネタバレ紹介 (@wakatake_panda) June 13, 2023
まとめと感想
今回は倉井眉介『怪物の木こり』のあらすじネタバレ解説をお届けしました。
サイコパス弁護士と脳泥棒が戦うというとんでもない構図に、脳チップというキーアイテムまで飛び出すフルスロットルな序盤ににぐいと引き込まれ、気づけば最後まで読み終わっていました。
「脳泥棒は誰なのか? なぜ脳を持ち去るのか?」ミステリとしての謎にもワクワクさせられましたが、本作では二宮の精神的な変化も見どころでした。
サイコパスから人間に戻る過程における葛藤。これはなかなか他作品では見かけません。
最終的に二宮は人間に戻る決断を下します。映美の存在が二宮を怪物から人間に戻したのだといえるでしょう。
けれど、ちょっと待ってください。血みどろな物語がそんなキレイな結末を迎えるものでしょうか。
実は記事のラストシーンの後にはもう少しだけ文章が続きます。
二宮は「普通の人間に戻ったとしても、邪魔するやつは皆殺しにする(意訳)」と口にしています。そしてこう続きます。
“瞼を閉じれば、積み上げた死体に囲まれて微笑む映美の姿が見える”
大団円にはふさわしくない、なんとも不穏なイメージですね。
先ほどの発言もそうですが、二宮は人間に戻りつつあるといっても、まだサイコパスの気質が色濃く残っているということを意識させられます。
剣持という前例を参照するに、二宮はこれからどんどん《怪物》から《木こり》に移り変わっていくのでしょう。
そうして普通の人間の心を取り戻したとき、はたして二宮はこれまでの行いに罪悪感を抱かずにいられるのでしょうか?
ラストシーンでの二宮は楽観的でしたが、この先なにごともなく彼が「普通の人間の幸せ」を手に入れられるとはわたしには思えません。今わの際の剣持の忠告も気にかかります。
解説によれば、『怪物の木こり』には続編の構想があるようです。
続編ではどんな刺激的な《敵》が登場するのでしょうか? 二宮と映美はどうなってしまうのでしょうか? とても楽しみです。
映画情報
特報
キャスト
- 亀梨和也(二宮彰)
- 菜々緒(戸城嵐子)
- 吉岡里帆(荷見映美)
- 柚希礼音
- 染谷将太
- 中村獅童
公開日
2023年12月1日公開
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