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漫画「累(かさね)」あらすじとネタバレ!最終回の結末は?【完結!】

松浦だるま「累(かさね)」を読みました!

今回は漫画「累」のあらすじを1話から振り返りつつ、結末のネタバレまで追っていきたいと思います!

全体的にダークな雰囲気が漂う「累」ですが、果たして最終回はハッピーエンドなのか、それともバッドエンドなのか…!?

あらすじネタバレ

「伝説の女優」の名をほしいままにし、美しいままこの世を去った淵透世(ふち すけよ)

その娘である累(かさね)は、母とは似ても似つかない醜い容姿をしていた。

小学校では常にいじめられ、世を恨みながら過ごす日々。

学芸会の主役…シンデレラに推薦されたのも自分を晒し者にするためだと累は理解していた。

だが、それでも、透世の娘であるというプライドが累に「やります」と言わしめた。

累は、もしかしたら学芸会を通して状況が変わるかもしれない、という淡い期待を抱く。

 

ところが、いざ蓋を開けてみればなんてことはない。

練習からは締め出され、一人河原で発声練習をする日々が続いた。

おまけに本番ではいじめの首謀者である美少女・西沢イチカが「シンデレラの変身」とともに役を明け渡せと迫ってくる。

(…わかっていたことじゃない。イチカちゃん、その唇からどんなに汚い言葉がこぼれようと可愛らしい顔の均衡は崩れない。うらやましい。ほしい。その顔がほしい!)

累の唇に塗られた深紅の口紅は、母の遺品。累は母から聞いた言葉を思い出す。

『口紅を塗って、あなたのほしいものに、くちづけを』

劇の幕間、累はイチカにくちづけして『顔を奪った』

キスとともに累の顔は美少女のそれになり、イチカの顔は醜い累の顔になったのだ。

 

累はそのまま西沢イチカとして舞台の上に舞い戻る。

そこに待っていたのは、かつて見たことのない世界。

誰もが美しいものを称賛する眼差しを累に向けてくる。

母譲りの演技の才能も花開き、学芸会は大喝采の中幕を閉じた。

 

学芸会の後、西沢イチカは足を滑らせて屋上から落ち、命を落とした。

累の顔は元の醜いそれに戻る。

母の幻影が累にささやく。

『その醜い顔を見て、あなたの父はあなたを捨てた。だから美しくなりなさい。顔も愛も奪い取ってやりなさい』

美しくなければ愛されない。醜ければ全てを失う。

累は母と同じ道を辿ろうと決意する。

「伝説の女優」だった母も、きっとこの口紅を使っていたのだ。

ならば母の足跡を信じて、累ね歩いてゆくしかない。

醜い自分を捨て、美しい誰かになるために。

 


 

高校生編

高校生になっても累へのいじめは続いていた。

演劇部に入ったものの、周囲からは除け者にされている。

そんな中、美しい顔を持つ五十嵐幾(いがらし いく)だけは累の実力を認め、友達になろうとしてきた。

「私も昔いじめられていたの」

そう言う幾に心を開きかけた累だったが、すぐに思い知ることになる。

幾は美しいがゆえに妬まれていたことを。自分とは根本的に異なることを。

 

そして舞台本番の日が来た。

演目は「銀河鉄道の夜」

主役のジョバンニを演じるのはもちろん幾だ。

累は幾に睡眠薬入りの飲み物を含ませて眠らせると、顔を交換して舞台に立った。

(戻ってきた。私のための光。私のための静寂。今、ここにある数百の目に醜い化け物は映っていない。私は今、美しい…!!)

誰もが心奪われるような累の演技。

舞台はスタンディングオベーションの中、幕を閉じた。

 

累は惜しみながら再び幾に口づけて、顔を元に戻す。

今回の事で、はっきりと累は理解した。

自分が生きる道は、舞台の上にしかないことを。

母は仕事も結婚生活もある中で、ずっと顔を変えていた。

きっとあるはずだ。美しい顔をずっと維持していられる方法が。

 


 

羽生田釿互

透世の十三回忌の日。

累はその男・羽生田釿互と出会う。

演出家と名乗るその男は、透世の秘密を知っていた。

「透世さんから頼まれてるんだ。醜い少女に美女の役を与えてやるようにと。もちろん『口紅』を使ってな」

羽生田は協力者として母を支え、秘密を共有していた人間なのだという。

羽生田の目的は、舞台に取りつかれた累を母と同じ場所に立たせること。

つまりそれは「累に顔を提供する女がいる」ことを意味していた。

累は羽生田の背後に母の幻影を視る。

「母はあなたに何と言って私のことを頼んだんです!?」

『娘を、奈落の底から白い照明の下へ導いて…!』そう言われたかな」

累の運命が大きく動き出す。

 

協力者

羽生田は累に「丹沢ニナ」という美しい女優を引き合わせた。

ニナは『眠り姫症候群』を患っていて、いつ数週間~数カ月に及ぶ眠りに落ちるともしれない状況だ。

しかし、ニナは両親のため、そして自分自身のためにも『女優・丹沢ニナ』の名を売りたいと考えている。

そこで、累だ。

顔を交換することで累は舞台の上で輝ける。ニナは名を売れる。

利害の一致!

この日から累は『丹沢ニナ』として生きていくことになる。

キスによる顔の交換は、平均して12時間しか持続しない。

累はニナと1日1回キスすることで、その美しい顔を保っていく。

 

さっそく累はニナとしてオーディションを受け、合格。

人気演出家・烏合零太の目に留まり、無名の女優ながら主役に大抜擢された。

演目はチェーホフの「かもめ」。累は主役の「ニーナ」役。

累はプロの舞台で演じられる喜びを噛み締めるとともに、演出家・烏合と惹かれあっていった。

一方、同じく烏合に恋心を抱いていた本物のニナは、累が自分の顔で烏合とキスしているところを目撃し、激昂する。

ついに累が烏合と結ばれようとした、その日。

ニナは累から口紅を奪い、自分本来の顔で烏合との待ち合わせ場所へと向かった。

(私は精一杯、丹沢ニナを演じてきた。顔も、声も、しぐさも、においですら…だから烏合さんは気づきようがない)

「見えるものが…すべて…だもの…」

雨の中、醜い顔の累はへたり込んで泣いた。

 

烏合の件を巡って対立した2人は協力関係を解消することに。

ところが累がニナの部屋を出ていこうとした矢先、ニナは意識を失い倒れこんだ。

『眠り姫症候群』が発症したのだ。

 


 

…次にニナが目を覚ましたときには、すでに季節が廻っていた。

「かもめ」の公演は大成功で終了。

今や「丹沢ニナ」は注目すべき女優として世間に認知されている。

ニナの顔をした累の演技を映像で見たニナは泣き崩れた。

「こんな素晴らしいニーナを見せられたら…自分でもわかる…私は一生かかってもこのニーナを越えられない!」

仮に今、ニナがそのままの自分で舞台に立てば、周囲は「丹沢ニナの演技はあの程度だったのか?」と失望の眼差しを向けてくるだろう。

ニナは取り返しのつかないことをしたのだと、ようやく気がついた。

羽生田「お前の望み通りじゃないか。累がいる限り、お前が世間から忘れ去られることはないんだ。逆にあいつがいなくなれば、お前は何を失うのか…。よく考えた方がいい」

(丹沢ニナ、その美しい顔は才ある者に捧げるためにあるのだ)

カチャ…

目覚めたばかりのニナの部屋に、累が入ってくる。

「おはよう、ニナ」

「かさね…?」

変貌した累を見て、ニナは言葉を失う。

ニナの顔をした累は、しかしニナ本人よりも明らかに美しく、気高く、異彩を放っていた。

 


 

崩壊と覚悟

眠りから目覚めたニナは、徐々に心を病んでいった。

そして、ニナはビルの屋上の際に立ち、累に言い放つ。

「かさね…あなたは素晴らしい女優だわ。だから、もしあなたを手放して私自身が舞台に立ったとしても、周囲を失望させて私は恥をかくだけ。忘れられるよりつらい屈辱が待ってる。だからといって、今の状態を続けることももう耐えられない!よくも…よくもこんな冷たい袋小路まで追い込んでくれたわね

ニナは累を憎しみに満ちた目で見つめると、その身を宙に投げた。

 

ニナは奇跡的に一命を取りとめたものの、意識不明の重体。

顔を交換していたため、ニナは「淵かさね」として入院することになった。

累はニナを見舞うふりをして顔を交換し続ける。

 

そうして3カ月が経った。

その段階で医師からはついに『植物状態』と判断される。

羽生田と累はニナを彼女の自宅へと連れ帰り、そこで介護と交換を行うことにした。

次の舞台はオスカー・ワイルドの「サロメ」

累が演じるのは、踊りの褒美に恋した相手の首を欲する美しくも恐ろしいユダヤの王女『サロメ』だ。

 


 

舞台の稽古が順調に進む中、一つの問題が発生した。

ニナの母親が累を疑い始めたのだ。

何も知らないニナの両親を騙す罪悪感に悩む累だったが、羽生田に鏡を突きつけられて思い出す。

ニナの顔にすっかり慣れ切っていたが、本来の自分の顔は…

「…ばけもの…」

「そうだ。この顔がお前からすべてを奪った。だから友も、家族も、愛も、お前は持ちえなかった!違うか?」

「違わないわ…」

(そうだ…すべてこの顔のせい。何もかも…何もかも!)

決定的な何かを壊してしまったかのような笑い声を響かせた後、累は残酷にも非情に徹する覚悟を顔に滲ませた。

「ふふふ…誰も彼もあざむいてみせる。私が生きるための虚構(せかい)を、誰にも壊されないように」

 

累はニナの母親を罠にはめることにした。

幸い父親の方は累がニナだと信じて疑っていない。

ならば「母親の方が狂っている」と父親に認識させればいい。

『カプグラ症候群』

身近な人物が別人にすり替わっているという妄想を抱く病気が実際にある。

累は一芝居打ち、父親に「妻はカプグラ症候群だ」と思わせ、正常な母親を病人に仕立て上げた。

…これでもう障害はない。

 

(どんなに私自身が罪にけがれていたとしても、奈落の底から光の下へ…私は私の意志で這い上がる)

母親のせいでも、羽生田のせいでもない。

自分自身の意志で、欲望で、舞台に立つ。

たとえ、何を犠牲にしても、どんなに罪を犯しても。

甘さを切り捨てた累の演技はますます冴えわたり、「サロメ」は大成功。

「女優・丹沢ニナ」の名はさらに演劇界で評価を上げた。

 


 

その女・野菊

幼い頃から実の父から犯され続けてきた美女・野菊。

彼女はついに狂った父親を亡き者にして、屋敷から飛び出した。

とはいえ野菊はこれまで18年間、ずっと屋敷に監禁されてきたため、世間のことなど何一つわからない。

野菊は仕方なくカラダを売ることで生きていくことにした。

彼女の目的はただ一つ。

自分とは違って自由に生きているはずの実の姉を探すこと。

姉の名は「かさね」。母の名は「淵透世」

世を憎むような鋭い目つきをした野菊の顔は、かつての大女優「淵透世」にそっくりだった。

 

野菊はすべて理解していた。

口紅で顔が入れ替わること。実の母が屋敷の地下室に監禁され顔を奪われ続けてきたこと。

そう、野菊の母親は本物の淵透世だ。

世間が淵透世だと認識していた偽物の本当の名は「誘(いざな)」

野菊の実の父にして稀代の演出家だった海道与は、醜いが素晴らしい演技の才能を持つ誘と手を組んで「透世」を監禁し、美貌と才能を併せ持つ虚構としての「淵透世」を完成させたのだ。

そして海道は透世と誘…両方との間に子をつくった。

誘の子は醜い累。透世の子は美しい野菊。2人は異母姉妹。

累は醜いがゆえに家から追い出され、野菊は美しいがゆえに透世(虚構)を失って狂った父親に飼われ続けてきた。

…だから今、野菊は行き場のない怒りの矛先をまだ見ぬ姉にぶつけようとしている。

私を差し置いて幸せになっていたら許さない、と。

 

一方、累はニナとしてますます成功を手中にしていた。

仕事が順調であるのはもちろん、プライベートでも「サロメ」で共演した新進気鋭の若手俳優・雨野と恋人関係になっていて、まさに幸せの絶頂。

嘘の顔で雨野と愛し合う累と、素の顔で男たちの慰み者になる野菊。

2人は同時につぶやいた。

『美しさというものは…』

野菊「呪縛ね」

累「祝福だわ」

 

そして、ついに2人は邂逅した。

きっかけはささいな偶然。

しかし、2人は一瞬で惹かれあい、お互いの素性を知らぬまま無二の友人として絆を深めていく。

この先に待つ残酷な運命を知らぬまま…。

 


 

一つの終焉

丹沢ニナとしての累と安らかな時間を過ごす一方で、野菊はカラダを買う『客』である天ヶ崎に「淵かさね」のことを調べさせていた。

細いつながりを手繰り寄せてたどり着いた先は…親友だと心から信じていた「丹沢ニナ」

野菊は信じられないと思いながらもニナの家に忍び込み、『開かずの扉』の向こうに何があるのかを見た。

そこにいたのは…横たわったまま動かない醜い顔の女。

誘から押し付けられた晩年の母の醜い顔にそっくりの『本物の丹沢ニナ』

ついに野菊は真実にたどり着いてしまった。

世間から称賛されている丹沢ニナの正体が淵かさねであること。

本物の丹沢ニナが植物状態であること。

そして、ずっと自分は累に騙されていたのだということ。

 

野菊が呆然とニナの名を呼ぶと、ピクリとニナの指が動く。

二度、三度…偶然ではない。

本物の丹沢ニナは指だけしか動かせない状態だが、意識はある!

(そんな…植物状態になってから一年以上経つはずよ…?あなたは…一体どんな孤独を…今の今まで…!!)

野菊は指一本でも意思疎通できる方法(口文字盤)で、ニナが何を伝えたいのかを探った。

五十音を一文字一文字決定していってできた文章は…

『おねがい わたしをころして』

 

どうするべきか葛藤しながら、野菊は累の舞台に足を運んだ。

テネシー・ウィリアムズ「ガラスの動物園」

舞台の上では、燦然と輝きを放つ丹沢ニナが素晴らしい演技を披露している。

野菊は「にせものを越えられない」というニナの苦しみを想い、ゾッとしながらも決意を固めた。

「ニナ…私にしかできないのね…。あなたの望みを私が叶えてあげる。そしてあの化けものと口紅も…私が必ず…」

野菊は再びニナの部屋に忍び込むと、涙を流しながら本物の丹沢ニナの顔に強く枕を押し付け、その息の根を止めた。

「ニナ…待っててね。あなたの地獄と私の地獄…それ以上に苦しい奈落の底へと、あのひとを堕としてみせるから──」

 


 

地獄

それから一週間が経った。

「丹沢ニナが失踪した」というニュースが連日、テレビを賑わせている。

累は動揺しながらも羽生田と協力し、入れ替わりの証拠を隠滅。

丹沢ニナが自分の意志で失踪したかのように装いつつ、その遺体を埋めた。

現在、累はとある地方に身をひそめている。

 

今まで築き上げてきた夢も、愛も、友も、いっぺんに失ってしまった。

その上、自分の顔のなんて醜いことだろう!

醜い顔のまま過ごす日々は、累にとってまさに地獄の再来だった。

身体の内から声がする…。

『人の目にふれてはいけない。醜いお前に生きる価値はない』

(ここは口紅を使い始める以前より、ずっと屈辱的で惨めな地獄──)

目に涙をためて、累は一人叫んだ。

「嫌よ…嫌…絶対に嫌!!私は…生きる最後のその瞬間まで、光の中で美しく在りたい!私は『本物の私』に成るために、生きるために、美しさが必要なのよ」

そう考えてすぐ、累の脳裏に一筋の希望ともいえる美しい顔が浮かんだ。

「…野菊…」

 

累はまだ、野菊がニナを手にかけた張本人だとは気づいていない…。

 


 

咲朱(さき)

累は野菊を探し出し、真実を打ち明けた。

自分こそが「丹沢ニナ」の正体だったこと。

口紅によって顔を入れ替えていたこと。

自らの美貌を呪い『他の誰かになりたい』と語る野菊に、累は取引をもちかける。

新たな『協力者』にならないか、と。

野菊は累と羽生田を軽蔑しつつ、その提案に乗った。

…累を徹底的に破滅させるために。

 

こうして淵透世そのものの美貌と、執念によって成熟した才能を持つ新たな女優が誕生した。

その名は『咲朱(さき)

ゼロから再スタートした咲朱は瞬く間に話題の女優として噂されるようになり、大舞台への出演が決定した。

シェイクスピアの「マクベス」

咲朱の役どころは、かつて母たる淵透世(誘)が最後に演じた因縁の『マクベス夫人』

夫を血なまぐさい闘争と陰謀に駆り立て、その果てに精神を病んでしまう狂気の女だ。

 

舞台の稽古が始まった。

累はときに役が『抜けなくなる』ほど役柄にのめり込むタイプの女優だが、今回は特にそれがマイナスに働いた。

マクベス夫人を通して累が視たものは、己の『罪業』

小学生の頃の西沢イチカ、かつて友のような関係だったこともある丹沢ニナ。

自分の欲望のせいで他人が命を落としたという消えぬ事実。

精神的に追い詰められた累は稽古中に倒れてしまったが、野菊の励ましもあり復活する。

「過去や罪は消えなくとも、あなたは歩いていけるはずよ。私もあなたと一緒にその地獄を歩んであげるわ」

苦境から脱した累の演技はさらに冴えわたり、かつての母を超えるほどの領域に達しようとしていた。

 


 

一方、野菊の計画は最終段階に入っていた。

累に協力して顔を与えていたのも、累が舞台に立てるように励まし続けてきたのも、すべては計画のため。

すでに累の信頼は充分に勝ち得ている。

あとは累の口紅を偽物にすり替えて、その素顔を衆目の前に晒してやればいい!

大勢の観客と著名な舞台関係者が集まる「マクベス」最終日のカーテンコールで、累は醜い素顔を露呈し、すべてを失うのだ!

 

そして、ついに舞台の最終日。

計画通り、野菊は累の口紅を精巧な偽物と取り換える。

本物の口紅はすぐに処分した。

一日二回行っているキスは、偽の口紅に効果がないとわからないように暗い部屋で行った。

カーテンコールの時間は毎回ズレることがない。

計算通り、累は最高の晴れ舞台で奈落の底へと落ちていくだろう。

完璧だ。

累が二度と変身することはない!

「…しっかり見届けてあげるわ。咲朱(あなた)の運命の最後の瞬間(クライマックス)をね」

 


 

化けもの

ついに公演が終わり、カーテンコールの時間が来た。

(…?)

1分…2分…なぜ顔が戻らない!?

(口紅は確かにすりかえた!大丈夫…きっと今…)

動揺する野菊の目に飛び込んできたのは、こちらに視線を向けている舞台上の累の表情。

ゾクッ

それは、凄絶な憎しみと軽蔑の眼差し。

混乱する野菊は、急激な眠気に襲われ、そのまま倒れこんでしまう。

あらかじめそのことを承知していた羽生田が野菊を受けとめてつぶやく。

「すごいと思わないか。この最終公演、あいつは見事に演じきった。きっと胸の内は野菊(おまえ)の裏切りによってずたずたに引き裂かれていたろうに」

野菊の計画は失敗に終わった。累は野菊の裏切りに気づいていたのだ。

 

次に目が覚めた時、野菊は手足を縛られ、口には猿ぐつわをはめられ、冷たい地下室の床に転がっていた。

羽生田はそんな野菊に事の顛末を説明してやる。

きっかけは累を励ましたあの言葉…「過去や罪は消えなくとも」

野菊は累の罪(ニナの死)を知らないはずなのに、なぜそんな言葉が出てくるのか?

それに疑問を持った羽生田は、逆に野菊を吊り上げるための芝居を打つことにした。

最終公演、累の口紅は野菊がそうするまでもなく偽物と入れ替えられていたのだ。

累は最後まで野菊のことを信じようとしていたが、口紅が野菊によって再度入れ替えられていることを知り、非情に徹する覚悟を決めた。

これから野菊は、ただ顔を略取されるだけの存在に成り果てるのだ…。

「い…嫌…」

 

こうして改めて『咲朱(化けもの)』が誕生した。

かつて心を許した友に裏切られ、累の心に残ったのは純粋に舞台にかける執念のみ。

羽生田(野菊の企みも憎しみもすべて、『咲朱』が完成するための養分となったのだ──)

 


 

昔話

これまで羽生田はずっと「淵透世」のことについて一切話そうとしなかった。

だが、野菊を手に入れた今なら頃合いだろう…。

羽生田は累に「誘」という人物の生涯について語って聞かせた。

 

誘という女は「朱磐」という地方の村に生まれた。

その村では時代外れな因習が残っており、誘は生まれてすぐに「醜いから」という理由で命を奪われそうになる。

ところがそれを不憫に思った助産婦は密かに誘を助け、外界から隔離された小屋で誘を育てた。

だが、それは誘にとってどれほどの屈辱だったのだろうか?

その後、誘は偶然「口紅」を手に入れて、同じ村の美少女の顔を奪う。

誘は自らの生を否定した村の者たちを亡き者にし、村に火を放って外に出た。

…羽生田は誘と同じ朱磐の人間であり、村の唯一の生き残りでもある。

 

誘はその後、都会で偶然にも「演劇」と「淵透世」に出会う。

周りから推薦され小劇団の女優をしていた透世は、本心では人前で演技を見せるよりも裏方として衣装をつくりたいのだと言う。

これを好機と見た誘は取引を持ちかけた。

口紅の力で顔を交換しないか?

透世は周囲からの期待を裏切らずに済むし、誘は光差す舞台の上で輝ける。

取り引きは成立した。

 

誘の演技の才能は他を圧倒していた。

観る者の目を引き付けて離さない存在感。

女優・淵透世の名は瞬く間に演劇界にとどろき、そしてついにその男の耳にも入った。

俊英の演出家・海道与。

海道は透世を小劇団から引き抜き、自らが企画する舞台のメンバーとして迎え入れた。

海道と組んだ透世の評判は公演を重ねるごとにはね上がっていく。

醜く何も持たなかった女は、海道の手で品も華もある芸術品のような女に仕立て上げられ、「伝説の女優」の呼び名を手に入れた。

 

だが、それだけではない。

海道「結婚してくれ」

誘「…はい…」

かつて生まれることすら許されなかった醜い者は女としての幸せすらも勝ち取ったのだ。

しかし、それこそが最大のあやまちであり、崩壊の始まりだった。

 


 

結婚から数カ月、誘は海道との子供(累)を身籠った。

そうして生まれてきた子供は、ふた目とみられぬ醜い容姿をしていた。

不審に思った海道は探偵を雇い、そしてついに真実を知る。

口紅の魔力。

淵透世の顔を取り去った誘の素顔の醜さ。

海道は誘を母娘ともども屋敷から追い出し、本物の淵透世を屋敷に招き入れた。

透世「だって私…ずっとあなたが…好きだったんだもの…」

海道に好意を寄せていた透世は新たに「妻」の座に収まる。

一方、海道は「愛した女は架空のものだった」という現実が受け入れられず、少しずつ壊れていった。

本物の透世には、焦がれていた品も才能もない…。

そうして透世が子供(野菊)を身籠った頃、ついに海道は決定的に壊れてしまった。

「そうか…!取り戻せば良いのだ!材料(かお)はここにあるのだから…!」

 

海道は透世を地下室に監禁し、誘を呼び戻した。

誘は再び眩い舞台の世界で活躍し始めたが、その心にはもはや海道への愛はない。

やがて誘は海道の元から離れる決意を固めたが、運悪く海道が先にその企みに気づいてしまう。

海道は幼い累を人質に取り、誘に戻ってくるよう説得した。

累のことを心から愛していた誘に選択肢はない。

「…戻ります。あなたの元へ」

「逃げようとしたことは水に流してやろう。お前さえいてくれるなら、他は何もいらない」

そういうと海道は累を橋の上から濁流荒れ狂う川へと突き落とした。

誘も累を追って自ら川に飛び込む。

「透世…?なんてことを…!」

 

後日、川下から「淵透世」の遺体が発見された。

誘に助けられ、累だけは一命を取りとめた。

 

その一部始終を見ていた羽生田が言う。

「身体はほろきれのようになっていたが、顔だけは異様にきれいなままだった。『交換』からとうに12時間以上経っていたのにだ。つまり、顔を永久に入れ替える方法があるはずなんだ」

 


 

次の舞台へ

次の舞台「星・ひとしずく」の稽古が始まった。

今回の主演はWキャスト。

主演の女を2人の女優が演じる。

1人はもちろん咲朱。そして、もう1人は「五十嵐幾」

高校生の時、累がジョバンニ(主役)を演じるために顔を奪った相手だ。

累の過去を知る相手…警戒するよう忠告する羽生田を累はあざ笑う。

…もう、いかなるミスもおかさない。

 

一方、地下室に監禁されている野菊のことを探し回っている男がいた。

屋敷を飛び出した野菊をずっと家にかくまっていた天ヶ崎だ。

今や、天ヶ崎は野菊に情念の対象以上の感情を抱いている。

以前、野菊に見せられたことがある天ヶ崎は「累」のことも「口紅」のことも知っている。

野菊を救い出すため、天ヶ崎はまず五十嵐幾に近づいた。

荒唐無稽な話だとは思いつつも、幾は「咲朱こそが累なのではないか?」という疑念を強めていく。

 

舞台「星・ひとしずく」の公演が始まった。

累が舞台で素晴らしい演技を披露する一方、幾は天ヶ崎と協力して地下室から野菊を逃がす。

顔が奪えなくなったことで、咲朱は舞台を降板。そのまま羽生田の前からも失踪した。

 

再び顔を失ってしまった累は絶望に暮れ、一時は身を投げてこの世を去ろうかとも考えた。

しかし、母が最期に言った「生きて」という言葉と、舞台への執念とも呼べる情熱が累を思いとどまらせる。

 

累の失踪から4カ月。

野菊は累を葬りたいと、幾は累を助けたいと、羽生田は累を成功させたいと思い、その居場所を探すが見つからない。

 


 

最後の舞台

そしてついに累を見つけたのは羽生田。

場所は滅びた村・朱磐。

誘の昏い過去と、口紅の原材料となる鉱物顔料「日紅」が秘められた村だ。

羽生田は累に「自分が演出する舞台に出てほしい」と説得する。

演目の題材は「誘」

累は羽生田の舞台に出ることを了承する。

そのためには「顔」が必要だ…。

 

そして累はついに野菊とも再開する。

「舞台に出るため、もう一度だけ顔を貸してほしい。これで最後にする」と口火を切る累。

野菊に口紅を差しだしながら言葉を重ねる。

「これなら信じてもらえる? 交換(くちづけ)の主導権を…あなたに、ゆずるわ

交渉は成立。

累はもう一度だけ、咲朱として舞台に立つ。

舞台が終われば命を差し出すと、累は野菊に約束した。

 

暁の姫(あけのひめ)

羽生田が書いた舞台のタイトルは「暁の姫」

朱磐の古い伝承と誘の人生をモチーフにした物語だ。

主役は2人。

美しく村の誰からも愛されている里の巫女「暁」と、醜さゆえに誰からも蔑まれる山の巫女「宵」

2人とも村のために祈りをささげているのに、宵だけはその醜さゆえに村人から口汚く罵られる。

村人と暁を腹の底から恨んだ宵は祈りをやめ、村を滅ぼそうとする。

そういう筋書きだ。

美しい巫女と醜い鬼女、それは透世と誘、野菊と累に通じる運命の一対。

羽生田と誘の集大成とも言えるその舞台で、累は咲朱として「暁」を、そして五十嵐幾が「宵」を演じる。

 

「暁の姫」の舞台稽古は難航を極めた。

原因は累の不調。一言でいえば役に入りきれていない。こんなことは初めてだ。

思えば、累は最初からどこか上の空でいつもの気迫を感じさせなかった。

姿を消していた「空白の期間」に何かがあったことは想像に難くない。

累は何を知った?

『永久交換』の方法か?

それとも記憶から抜け落ちていた誘の最後の言葉を思い出したのか?

 

やがて幾の「宵」が完成に近づいてくると、新たな問題が発生した。

鬼気迫る幾の「宵」を前にすると、どうしても累が動揺してしまい、稽古が続けられなくなってしまうのだ。

無理もない。

醜さゆえに迫害され、醜さゆえに世界のすべてに怒りを抱く「宵」に、累はどうしても自分自身の姿を重ねてしまう。

それはまるで鏡のよう。

完成された幾の「宵」を前に、累は涙をこぼした。

「羽生田さん。私はもう…この先の『暁』を演じることはできません。ごめんなさい。役を…降ります」

 


 

真実と罪

累の降板宣言を聞いてもなお、羽生田は諦めなかった。

野菊と累を拘束して地下室に放り込むと、羽生田は言った。

「降板を言いわたされては…もはや強引にわからせるほかない。今から『永久交換』を完成させ、完全に咲朱になってもらうぞ

羽生田はすでに『永久交換』のやり方を突き止めていた。

必要なのは顔を交換する2人の血液

それを口紅の材料である「日紅」に含ませてくちづけをすれば、2人の顔は永久に入れ替わる。

強引に『永久交換』を成立させようとする羽生田を、累はきっとにらみつけた。

この男は誘(母)に取りつかれている。誘への執念だけで行動している。

しかし、羽生田がそれほどまでに誘のことを想っていたというのなら…

「何故気づかないのよ! 私を助けて川で死んだのが…いざなじゃなかったことに!!!

「…な…」

累はずっと欠けていた大事な記憶を思い出していた。

海道与によって川に捨てられた累を助けるために自らも濁流に飛び込んだ人物。

誰もが美しいと称賛した淵透世の顔をした女の正体は、顔を永久交換した誘ではなく淵透世本人だった。

野菊の母である透世の最後の言葉は…

『かさねちゃん、どうか生きて…。そして…いざなさんのこと、あなたがみてあげて』

 

「私の命を救ったのは、淵透世だった!」

累の叫びに、羽生田は絶望した。

川に飛び込んだのが透世だったということは、海道の家に野菊とともに監禁されていた醜い顔の女は誘本人だったということだ。

羽生田の脳裏に過去の記憶が甦る。

かつて、羽生田は海道与から命じられて腐りかけの醜い女を朱磐に運び、息の根を止めてから埋葬した。

羽生田が「誘の顔をした透世」だと思って殺したのは、誘本人だったのだ。

猛烈な吐き気が羽生田を襲う。

「人生をささげて愛したそのひとを、俺は…この手で…!」

魂の抜け殻となった羽生田は呆然とつぶやいた。

「…なあ、俺を殺してくれよ。かさね」

 

累は誘の遺品である「暁の姫」の台本を羽生田に突き付けると言った。

「よく見て。この『暁の姫』でいざなが演じたかったのは…『宵』の方」

台本には宵の台詞に印がつけられている。

「宵だと…?」

「そうよ。母が演じたかったのは美しい巫女『暁』ではなく、醜い鬼女『宵』。そして…」

累の目から一筋の涙がこぼれた。

「私も今…母と同じことを…望んでる」

 


 

昔話2

「宵を演じたい」という累の申し出を、羽生田は断った。

誘によく似た累の素顔を照明の下でさらし者にすることなど、羽生田には考えられなかった。

累が去った後、羽生田は累から受け取った誘の遺品を眺めた。

「暁の姫」第一稿のコピー、育ての親からもらった腕時計、そして大量の手紙。

あて先はすべて「海道凪」と記されている。

 

話は誘が朱磐に隠れ住んでいた頃にさかのぼる。

当時、口紅の伝承について調べていた誘は、少年だった羽生田を通じてある男と手紙のやりとりをしていた。

その男の名前は海道凪。

凪は考古学者であり、口紅の材料である未知の鉱物「日紅」について調べていた。

2人は手紙を通じて情報交換を続け、ついに誘が日紅の在り処を突き止める。

己の利益のためではなく、凪への愛情が誘にそこまでのことをさせた。

しかし、その頃にはすでに凪は他の女性に心奪われていた。

女の名前は浪乃。

誘と同じ家で、誘と同じ年に生まれ、醜い誘が存在を消された一方で、愛されて育った美しい娘。

そして、誘が最初に顔を奪った女。

誘は浪乃から顔を奪い凪と一夜だけの契りを結ぶと、朱磐を焼き尽くして姿を消した。

顔の入れ替わりには時間制限がある。

浪乃の息の根を止めてしまった誘には、浪乃として凪と愛し合うことはできなかったのだ。

 

やがて誘は淵透世として再び凪の前に現れた。

凪は透世に惹かれたが、不幸にもその正体が誘であること、そして誘が浪乃を手にかけた張本人であることを知ってしまう。

凪が真実に気づいたと知った誘は、自らの命を絶つことにした。

場所は朱磐。廃屋となった育ての親の家。

住み慣れた家に火を放つと、誘は玄関を隔てて聞こえてくる凪の声に耳を澄ませた。

「君の素顔も罪も知って、それでも憎みきれない。どころか、浪乃への思いとは別に、ぼくは君を好きになりかけている」

誘の目から涙があふれた。たとえそれが消えゆくものへのはなむけであったとしても、こんなに嬉しいことはない。

「…浪乃は怒るだろうな。あの子の命を奪った人にこんなことを言うなんて。ぼくはきっと地獄行きだ」

「そんなことな…」

誘の言葉を遮るように、凪は言った。

「だから、また君と会えるかな。地獄の底で」

「…ええ」

 

運命は時に残酷な一面を見せる。

家事により倒壊した廃屋の一部に圧し潰されて凪はその場で亡くなった。

一方、誘は駆けつけてきた羽生田の手によって助けられ、一命をとりとめた。

そうして羽生田は生涯を誘にささげることを誓い、誘は凪の面影を宿す兄・海道与に惹かれていった。

 

場面は再び現在。

誘が亡き凪にあてて書いた大量の手紙の中には、羽生田のことも書かれていた。

羽生田の運命を狂わせてしまったことへの後悔。

「暁の姫」を通じて何かを見つめ返せるのではないかという期待。

それは羽生田にとって許しの言葉に他ならなかった。

 


 

口紅との決別

「私にとっては、人から醜いとされる者も、人から美しいとされる者も、同じ『異形』でしかないわ。透世(はは)が守ろうとしたあなたが今も望むなら、顔を永久に交換したとて私に失うものはない」

「…ありがとう。けど私はもう望まない。それに…いざなにも透世にも翻弄されることなく、私たちは私たちのけじめをつけなければ」

「…わかったわ、姉さん」

永久交換の申し出を断って、累は野菊に口紅を渡した。

もう使うことはない。

劣等感と羞恥心を抱えて、醜い化け物として舞台の上に立つと決めたのだから。

 

※補足

野菊の態度が軟化しているのは、かさねと同じように過去を知る人物を訪ねて回ったから。

そこで野菊は知った。

透世といざなが子供を連れて4人で地方に身を寄せようとしていたことを。

透世といざなが無二の親友であったことを。

生前の2人をよく知る人物は言った。

「あの二人は本当に仲が良かったねえ。お互いに頼りあうというか…寄り添って生きてるように見えたわ。まるで姉妹みたいに」

これまで野菊を縛っていたのは「いざなを憎め」という母の言葉。

しかし、それを何度も野菊に言い含めていたのは誘本人だったのだと、野菊はもう知っている。

ならば、野菊と累の関係も…。

 

再始動

一度は中止になった「暁の姫」の舞台が再び動き出した。

キャストは変更され、「暁」を幾が、「宵」を素顔の累が演じる。

稽古場に入ると案の定、咲朱だったころには感じなかった蔑みと好奇の視線が、素顔の累に注がれた。

スタッフの視線が、共演者の視線が、そして想像の中の客の視線が、累を射抜く。

言いようのない恐怖を感じて、累は演技どころか台詞一つ、身動き一つ、満足に表現することができなくなってしまった。

怯えに支配されてしまった累に、羽生田は鏡を突きつける

「鬼女はその醜さゆえに、あらかじめすべてを奪われていた。彼女は哀しみに暮れるのか…いや、恨み憤るだろう。目を吊り上げ、牙を剥き、奈落の底からにらみあげる。お前もそうしてきたように」

役者は己自身と向き合うことから逃れられない。

ならば、直視するしかない。ありのままの己自身を。

「そして、演出家(おれ)自身も…見るべきだったんだ。死んだ虚構(おんな)ではなく、生身で生きる真実(おまえ)

 

その日から累の演技は格段に良くなっていった。

スタッフも「これなら本番も大丈夫そうだ」と安堵のため息を漏らす。

…だが、まだ足りない。

確かに累の演技は及第点に達したが、かつて咲朱だった頃と比べれば雲泥の差だ。

「あいつの才能は…あの程度ということなのか?美しささえ欠けてしまえば…」

羽生田と累は、失われてしまった演技力(ちから)を取り戻そうと苦しむが、結果は出ない。

そんな状態のまま、本番初日の幕が開いた。

 


 

淵かさねとして

本番初日の幕が閉じた。

累の演技力が戻ることはなく、観客からの拍手には勢いがなかった。

カーテンコールの最中に累が目撃したのは、誰よりも先に劇場から出ていく雨野の姿。

気づけば累は、雨野の後ろ姿を追って走り出していた。

 

「何の用かは知らないが、容姿(かお)を見られることを苦痛と思うなら、役者などやめたほうがいい」

雨野からの辛辣な言葉。

累は隠すことをやめた。

「ニナも、咲朱も、私の中にいる。だから自分でも無謀だとわかる。この醜い身でどんなにおいかけても、かつての彼女たちには追いつきようがないもの」

衝撃のカミングアウト。

雨野の表情は驚きから、なんともいえない複雑な感情に変わる。

そして…

「…消えた女優など、追うものではない。それがかつての自分であるならなおさらだ」

そう声をかけると、雨野は振り向くことなく去っていった。

 

(これまでこの顔をさんざん嘲笑われ、見下されてきた。それでも、これほどの悔しさを、私は知らなかった…!)

雨野に無様な演技を見せてしまったという悔しさ。

その悔しさは執念となって累の演技に宿り、鬼気迫るほどの迫力をもたらした。

残る舞台は千秋楽の一回のみ。

この土壇場になって、羽生田は最後に累のためのワンシーンを追加した。

ラストシーンに出演するのは、累ひとりだけ。

 

羽生田と累、2人だけの稽古場。

ラストシーンの稽古を始める前に、羽生田は言った。

「…おれはもう、お前の向こうに『いざな』の面影など見ていない。だからお前も、『咲朱』や『ニナ』や『淵透世』に届こうと追うのはやめろ」

羽生田は累にラストシーンの台本を手渡す。

「これはお前の物語だ。長い長い昔話の線上から外れて、未知の果てへと向かう女の生き様だ。その容貌(すがた)で黒々とした執念を、憎悪を、あらがえぬ哀しみを表現してみせろ。二目と見られぬおぞましさが、無様さが、滑稽さが、お前の生き様であるなら、どれだけ醜かろうと構わない!」

「…それが、淵かさね(おまえ)で在りさえすれば」

羽生田の言葉に、累はハッと目を見開いた。

 

そうして、千秋楽の幕が開ける。

(私は今、真実《わたし》と成るために虚構《ここ》に立つ)

 


 

最終回

『暁の姫』の最終公演。

累の演技力は全盛期の迫力を取り戻していた。

美しい巫女である『暁』を呪い、その容貌を奪い取る『宵』

しかし、それでも『宵』は『宵』でしかない。

そう悟ってもなお、『宵』は光を求めて声の限り叫んだ。

その叫びは、累自身の叫びでもあった。

 

舞台は大成功のうちに終了。

「これからどんな舞台をつくっていこうか」と興奮する羽生田の顔をとらえ、累は唇を重ねた。

感謝のキス。

その時の累の表情は、羽生田がこれまで一度も見たことがないものだった。

 

目に涙を湛えたままホールから出る累を2人の人物が待ち構えていた。

1人は野菊、そしてもう1人は…ニナの母親・丹沢紡美。

丹沢紡美の手には野菊が渡したであろう『ニナの日記』と、包丁が握りしめられていた。

 

丹沢紡美の復讐は成就した。

路地裏には喉を引き裂かれた淵かさねの亡骸が転がっている。

 

丹沢紡美は考えた。

今、舞台を終えて満足している累の命を奪っても復讐にはならない。

それでは生ぬるい。

だから丹沢紡美は、己のすべてを捨てて累に絶望を与えることを決意した。

全身の永久交換。

丹沢紡美は正しい手法で、累と全身を入れ替えた。

つまり、この世から失われたのは淵かさねの肉体と、丹沢紡美の精神。

本当の累の精神は丹沢紡美の肉体の中に閉じ込められている。

そうして丹沢紡美となった累は、淵かさねを殺害した罪で逮捕された。

 

累に与えられた罰は、前科者というレッテルと、老いた丹沢紡美の肉体。

しかし、累は絶望してはいない。

それがニナから与えられた運命であるというなら受け入れる。

世間は淵かさねのことを忘れていってしまうだろう。

そのことに対する恐怖や寂しさはある。

だが、絶望はしない。

「私が私を望む限り」

どんな容貌であっても、累は累であり続けるのだから。

<累・完>


漫画「累」最終回の感想

まさかの展開!!

漫画「累」の最終回はその一言に尽きます。

確かに累はめちゃくちゃ悪いこともやってきましたが、だからといってなんて残酷な結末…!

個人的にはハッピーエンドであってほしかったですし、羽生田とキスしたあたりまではそんな雰囲気だっただけに、本当に辛いラストでした。

せっかく…せっかくこれから『淵かさね』としての人生が始まるところだったのに…。

 

とはいえ、最終回の展開が気にくわないものだったかと言われれば、実はそうでもありません。

もともとドロドロしたダークな世界観の作品でしたし、『累という作品らしい終わり方』だったとも思います。

これまで何度も「えっ!?」と読者を驚かせてきた累らしい、とびきり衝撃的な最終回でした。

ハッピーエンドで終わるより、記憶に残り続けるであろうことは間違いありません。

まとめ

今回は松浦だるま「累」のあらすじ・ネタバレをお届けしました。

口紅の力で顔を奪い、演劇界で成功していく主人公・累(かさね)

顔を奪った相手との関係性や母の代から続く因縁も見どころですが、なにより「美しくあることこそ生きること」という累の執念の凄まじさが異彩を放っています。

ジャンルとしては、やはりサスペンスになるのでしょうか。

読み始めたら止まらない系の、のめり込んで読んでしまう漫画でした。



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