佐野徹夜「君は月夜に光り輝く」
一言でいえば『病気の女の子と訳アリの男の子がボーイミーツガールする物語』です。
10代の恋する男女と不治の病。
号泣を予感させる組み合わせの通り、めちゃくちゃ泣けます。
今回は映画化もされた「君は月夜に光り輝く」のあらすじネタバレをお届けします!
- 主人公が抱える『秘密』の正体とは?
- 号泣不可避の結末とは?
Contents
登場人物
岡田卓也
主人公(=僕)。高校一年生。
三年前に交通事故で姉を亡くしている。
渡良瀬まみず
ヒロイン。ずっと入院している卓也のクラスメイト。余命わずか。
香山彰
卓也の『恩人』。イケメンだけど性格はひねくれている。女遊びが激しい。
渡良瀬律
まみずの母。
深見真
まみずの父。律とは離婚している。
あらすじネタバレ
第1章「桜の季節と、リノリウムの温度」
入学早々、僕が渡良瀬まみずの病室に足を運んだのは、別に望んでそうしたかったからではなかった。
クラスを代表して寄せ書きを持っていくため。
要するに、貧乏くじのようなものだ。
もともと僕は人づきあいをうっとうしいと思うタイプの人間だから、さっさと終わらせてしまおうとすら考えていた。
それなのに、どうしたことだろうか。
僕は今、再びまみずの病室にいる。
2度目の訪問の理由は、なぜか香山から「病状を聞いて来てほしい」と頼まれたからだが、それだけではない。
とても病人には思えないほど明るく人懐っこい渡良瀬まみずのことを、僕はそれほど嫌いではなかったのだ。
「ねえ、卓也くん。私って、あとどれくらい生きそうに見える?」
「わかんないな」
「私、余命ゼロなんだ」
聞けば、まみずは1年前に『余命1年』と宣告されたらしい。
それから1年が経過したから、余命ゼロ。
まみずは、そんな自分のことを「幽霊みたい」と言った。
「私って、いつ死ぬのかな?」
『発光病』
それは原因不明の不治の病で、10代から20代で発症する。
致死率は高く、だいたいの人間が大人になる前に命を落とすことになる。
月の光を浴びると皮ふが光るから「発光病」
病状が進行すればするほど、その光は強くなっていくという。
その日は、家に帰ってからもまみずのことを考え続けた。
命の終わりを目前にして、彼女はいったいどういう心境で日々を過ごしているのだろう?
なぜ、あんなに明るく振るまえるのだろう?
3度目の訪問。
病室に入ると、まみずはノートにペンを走らせていた。
「私ね、今、死ぬまでにしたいことのリストをまとめてるんだ」
とりあえず、まみずの命はあと半年は大丈夫だという。
その時間を有意義に使いたいというわけだ。
とはいえ、まみずは外出禁止の身。
病院どころか、病室からも出てはいけないと言われている。
だから、ノートに書き綴られた「やりたいこと」を、彼女が体験することはない。
そう説明する彼女の顔がいかにも残念そうだったので、僕は無意識のうちに口を開いていた。
「それ、僕に手伝わせてくれないか?」
「本当に?」
驚きと期待が入り混じったまみずの声に答える。
「絶対、約束する。」
彼女はいったい何をしたいのか?
僕はそれが知りたい。
まみずは表情が読みやすい。思ったことがすぐ顔に出る。
だから、まみずが何やら閃いたことはすぐにわかった。
「じゃあ、これを卓也くんにやってもらおう」
「……は?」
僕が手伝うといったところで、まみずは外に出られない。
だから、僕がまみずの代わりに「やりたいこと」を実行し、その感想を彼女に話す。
まみずは良いアイデアが浮かんだと言わんばかりの満足顔で説明した。
なんだか妙な話だけれど、現実的にまみずは病室から動けないのだから仕方がない。
僕は彼女の提案に乗ることにした。
最初の「やりたいこと」は……
「私、遊園地に行ってみたい!」
1週間後。
僕はGW真っただ中の遊園地にいた。1人で。
ジェットコースター、スイーツ、etc……。
1人でこなすには、あまりにも精神的ダメージが大きいミッションだった。
周りから注目され、笑われ、あげくの果てには写真まで撮られた。
何の苦行だ、これは。
「卓也くん、サイコーだよ!おなか痛い!」
僕が最悪な遊園地体験を話すと、まみずはベッドの上でケラケラと笑いこけた。
「じゃあ、次のお願いなんだけど……」
2つ目のミッションは、新型スマホを入手するため、徹夜で行列に並ぶこと。
退屈と寒さにやられながら、なんとか完遂する。
まみずにスマホを渡すついでに、アドレスを交換しておいた。
ある日、まみずと一緒に病院内の売店へと行った。
本当は病室から出るのも禁止なのだけれど、まみずがどうしても行きたいと言ったのだ。
そこで彼女は、僕のためにイヤホンを買ってくれた。
……けれど、やっぱり止めておけばよかった。
『売店まで歩く』
たったそれだけのことで彼女は体力を使い果たしてしまい、売店で倒れてしまった。
その後、病院内はちょっとした騒ぎになり、僕は看護師やまみずの母親の律さんからしこたま怒られた。
また別の日、まみずは3つ目の「やりたいこと」を口にした。
「なんで離婚したのか、その理由を私のお父さんに聞きたいの」
律さんは離婚の理由を決して話さないらしい。
まみずは自分のせいで両親が離婚したのではないかと思っているようだ。
住所を頼りに、隣県に住む父親の家へ。
真さんは僕の話を聞くと、正直に離婚の原因を教えてくれた。
当時、真さんは会社の経営に失敗して、借金をつくってしまった。
取り立てのせいでまみずの治療費を奪われないように、離婚したということだった。
今でも真さんは肉体労働をしながら密かに仕送りをしているが、取り立ての目がある以上、まみずと会うことはできないという。
自分のせいで苦労していると思わせないため、まみずには黙っていたのだという。
僕は「メールだけでも」と頼み込んで、連絡先を教えてもらった。
病室でまみずに一部始終を伝える。
まみずは安心したようだったが、次の瞬間には表情が曇った。
「私、生まれてこなければよかったね」
両親を離婚させてしまったのに、自分の病気は治らない。
ならば、自分は意味もなく両親を不幸にしているだけではないのか。
ゾッとするほど暗い顔でいう彼女に、僕はなにも言えない。
すると、まみずは矛先をこちらに向けてきた。
「卓也くんだって、迷惑だよね。私みたいな面倒くさい女の子、病気の女の子と会って。言うこと聞いてくれて。私、もう卓也くんに甘えるのも、やめるね」
僕は決して軽い気持ちで励ましてはいけないと思った。
だから、こんなふうに言った。
「『死ぬまでにしたいこと』のリスト、まだたくさんあるんだろ。次は僕、何をすればいい?」
「でも、嫌じゃないの?」
僕は少し考えてから言った。
「まぁ……嫌じゃないかな。」
「卓也くんって、もしかして、すっごくいいやつ?」
まみずはきょとんとした顔で僕を見た。
「そうだな」
僕は呆れながら返した。
第2章「最初で最後の夏休み」
姉の遺品の教科書を開くと、中原中也の詩に赤い線が引いてあった。
『愛するものが死んだときには、自殺しなきゃあなりません』
姉には恋人がいた。
香山正隆。香山彰の兄だ。
正隆は姉が亡くなる半年ほど前に、やはり交通事故で亡くなっている。
きっと姉は……鳴子は……。
それからも僕は、まみずの無茶ぶりに応えて過ごした。
「私、メイド喫茶でバイトしてみたかったの」
「私、バンジージャンプがしたい」
「クラブに行ってみたい」
たまたまバイト先で知り合った女の子とクラブに行ったと言うと、まみずは何故か不機嫌になった。
まみずのリクエストに応え、報告を聞いて笑う彼女の顔を眺める日々を、いつしか僕はそれなりに楽しんでいた。
でも、このまま心残りがすっかり消えてしまったら、まみずはどうなるんだろう?
「まみずは、自殺したいと思ったことあるか?」
藪から棒の質問に、彼女は表情一つ変えずに答える。
「毎日、思うよ」
その答え方にドキッとした。
嘘じゃないんだろうな、となんとなく思った。
大がかりな検査が実施された。
結果は……残念ながらあまり良くなかったらしい。
もしかしたら外出できるようになるかもしれないと期待していた彼女は目に見えてガッカリしていた。
「ねえ、私がいつか絶対に来ないでって言っても、会いに来てくれる?」
弱気になっている彼女に、僕は深く考えずに答えた。
「変な心配すんなよ。なあ次、何がしたい?」
「……じゃあね、私、天体観測がしたい。私、星って好きなの」
まみずの声はどこか甘えているようで、僕は彼女のそんな声を初めて聞いたと思った。
僕たちの距離は縮まっているのかもしれない。
……あるいは、縮まりすぎているのかもしれないけれど。
その夜、夢を見た。
夢の中で、まみずは元気に学校に通っていた。
僕はそれが夢だと気がついて、夢の中で泣いた。
起きてみると、現実でも僕は泣いていた。
まみずは、いつか死ぬ。
そのとき僕はどうするんだろう。
それまでに僕は、どうするんだろう。
望遠鏡を持って、夜の病院に忍び込む。
そして、まみずを連れて屋上へ。
天体観測の準備をしていると、まみずが急に声をあげた。
「やだ!」
振り向いて、ハッとする。
まみずの肌が、淡く光っていた。
ともすると忘れそうになるけれど、彼女は発光病を患っているのだ。
「恥ずかしいから、見ないで」
彼女は哀願するように言ったけれど、僕はそれを恥ずかしいとは思わなかった。
「ごめん。でも、まみず、綺麗だよ」
よほどショックだったのか、それでも彼女の表情は暗い。
「卓也くん、引いたでしょ。化け物か妖怪みたいだよね」
「まみずは、まみずだよ」
そう答えて、望遠鏡をセットする。
うん、よく見える。
まみずを促すと、彼女はすぐに星々の輝きに目を奪われた。
さっきまでの暗い雰囲気は消えている。
僕はそれだけで満足だった。
ふいに、望遠鏡を覗き込んだまま、まみずが言った。
「ねぇ、卓也くんってさ、彼女とかいるの?」
いたらこんなに頻繁に来てはいない。
「じゃあ、好きな人は?」
「………」
僕は答えない。人を好きになるのは、なんだか怖い。
僕はごまかすように言った。
「モテないんだよ」
「そんなことないと思うけど」
まみずはするりと近づいてくると、僕の腕を軽くつかんだ。
「予行演習してみよっか。卓也くんに、彼女ができるように」
「別にいらないよ」
「私がしてみたいんだよね。お願い。5分だけでいいからさ」
彼女は何かロマンティックなセリフを吐けと言う。
そんなことを急に言われても、気のきいたセリフなんて浮かんでこない。
まみずは仕方ないなという顔で「プロポーズでもいい」と言う。
……こんな感じだろうか。
「病めるときも、健やかなるときも、君を愛し、助け、真心を尽くすよ」
「私も、卓也くんのことがずっと好きだよ」
まみずはまっすぐ僕を見ている。
僕も、まみずの目を見つめ返す。
「冗談だよ」
やがて、彼女が言った。
「笑えるね」
クスリともせずに、僕は返した。
まみずは再び望遠鏡を覗き込んだ。
首すじの肌が、うっすらと光っている。
無防備に星空を眺めている彼女に、僕は言った。
「まみず、僕、君のことが好きだ」
まみずは僕の方を向かなかった。
「もう、5分たったよ」
彼女の声は、少し、震えていた。
「冗談じゃないよ」
僕は真面目なトーンで言った。
数瞬の沈黙が流れる。
「ごめんね」
まみずの声には、どうしてか、涙が混じっていた。
第3章「君とロミオとジュリエット」
僕たちの学校では、一年生は文化祭で演劇をやることになっている。
演目は『ロミオとジュリエット』
ロミオ役は香山で、ジュリエット役は……僕だ。
まみずのリクエストとはいえ、女装のジュリエットというのはどうなのだろうか。
連日繰り返される演劇の練習の休憩時間に、香山が言った。
「渡良瀬まみずに会いに行こうと思うんだ」
なんとなく、予感はしていた。
香山は最近になって女関係をきれいに清算していたし、そもそも最初に僕をまみずのところに向かわせたのも香山だ。
「渡良瀬まみずのことなんだけど、オレ、彼女のことが好きだったんだ」
……やっぱり、そうか。
僕が「知ってる」と返すと、香山は「だよな」と言った。
聞けば、香山は中学受験のときに渡良瀬まみずに助けてもらったらしい。
そのおかげで香山は合格することができたが、中学入学と同時にまみずは入院生活を始めていて、会えなかったそうだ。
僕をまみずの見舞いに向かわせたのは、いずれ橋渡し役になってほしかったからだということだった。
「……オレ、渡良瀬まみずに告白するよ」
真剣な表情の香山に、僕はまみずに告白したことも、フラれたことも言い出せなかった。
香山を連れてまみずの病室へ。
大部屋から個室へと移ったまみずの病室に香山だけを残して、僕は外に出る。
2人きりにして、5分後。
病室から顔面蒼白になった香山が出てきた。
「……悔しいよ」
たった一言つぶやいて、そのまま香山は歩み去っていく。
……声はかけないことにした。
加山と入れ替わるように、まみずの病室に入った。
香山はちゃんと告白して、僕と同じようにフラれたらしい。
「なんて断ったの?」
僕が尋ねると、まみずは言った。
「ごめん」
やっぱり、と思った僕に、まみずはさらに言葉をつづけた。
「他に好きな人がいる、って言った」
僕はもうフラれているのだけれど、その言葉になんだかショックを受けた。
……相手はいったい、誰なんだろう?
ある日のこと。
ふと思い立って、夜の病院に忍び込んでみた。
病室に入ると、まみずと2人きり。
「ねぇ、怖くて眠れないって言ったら、朝まで一緒にいてくれる?」
そんな弱気な言葉をまみずが口にしたのは、初めてだった。
この頃、まみずはどんどん痩せているし、顔色も良くない。
……不安になるのも、無理もないことだ。
少しだけ迷ったけれど、僕は結局、彼女のベッドに潜り込んだ。
「言っとくけど、変なことしないでね」
「しないよ」
しばらくして、まみずが寝息をたてはじめたのを確認してから、僕は家に帰った。
演劇の練習のせいで、まみずの病室に行けない日が続いた。
数日ぶりに顔を出すと、まみずは「遅いよ」といってむくれてみせる。
その様子がなんだか生意気だったので、僕は彼女のほっぺたをつねることにした。
「やーめーてーよー」
「やめない」
「ちょーっとー」
何だか変なしゃべり方になっている。
僕はまみずの口調を真似して言った。
「きーみーはーだーれーがーすーきーなーのー」
まみずは僕の手をどけて、急に真顔になった。
「私は誰も好きにならないように努力しているのです」
「なんだそりゃ」
「だから、その邪魔をしてもらっては困ります」
ますます意味不明だった。
まみずは会うたびに痩せていく。
ベッドに横たわる彼女の顔は憂鬱そうで、夏までの快活さは失われていた。
「もう、卓也くん、来なくていいよ」
「なんでそんなこと言うんだよ」
「私のことなんか、全部きれいさっぱり忘れてよ」
「なんだよ、それ……」
「つらいから。もう、あなたの顔、見たくない」
まみずの声は少しヒステリックだった。
「『もう二度と会いに来ないで』それが私の最後のお願いだよ」
まみずがわざと突き放そうとしていることは理解できる。
でも、だからといって傷つかないわけじゃない。
「……わかった」
僕はそう言ってまみずの病室から出た。
……本当はなにもわかってなんかいないのに。
彼女は今までのことを全部忘れて、と言った。
僕は無理だと思った。
2週間後。
文化祭前日に言われた香山の言葉に、僕はハッとした。
「あと2か月なんだろ」
当然知っているだろうという口ぶりで香山が口にしたのは、まみずの余命だ。
これまでわざと聞かないようにしていたけれど、まさかそんなに短かったとは……!
動揺を隠すように、僕は香山に言う。
「僕もフラれたんだよ。渡良瀬まみずに」
香山は驚かない。表情を変えずに口を開く。
「いつもそばにいてくれて、でも決して手を触れちゃいけない人」
「はぁ?」
「渡良瀬まみずが好きな男の話だよ」
「本人が言ってたのか?
「そうだよ。だから、お前のことだろ」
「いや……」
否定しかけて、ふっとまみずの言葉を思い出す。
『ねえ、私がいつか、絶対来ないでって言っても、会いに来てくれる?』
その夜、僕は病院に忍び込んだ。
だけど、まみずの病室にたどり着く前に、僕は看護師さんに見つかってしまい、めちゃくちゃ怒られた。
「岡田卓也です」と名乗ると、まみずを担当している岡崎さんという看護師は、怒りと悲しみが入り混じったような複雑な顔になった。
「最近、渡良瀬さん、眠りながら泣いてるんだ。あんたが来なくなってから、ずっとだ。『卓也くん、ごめんね』っていつも言ってる。毎晩、あんたに謝ってる。あんたが彼女を謝らせてる」
その晩、僕は岡崎さんに従って家に帰った。
帰り際に一言だけ、「演劇がんばるから」という伝言を頼んだ。
翌日。文化祭の日。
本番直前になって、まみずからビデオ通話がかかってきた。
画面いっぱいに、まみずの顔が表示される。
「私の顔が、見たいんだって?」
目の下のクマは酷くて、目は真っ赤。
直前まで泣きはらしていたことを、隠すつもりもないような顔だった。
「どう?」
まみずは何故か、ドヤ顔で言った。
「誰がなんて言ったって、この世で一番君が綺麗だ」
僕は本気でそう言った。
ビデオ通話をつないだまま、舞台裏へと移動する。
本番中は先生が撮影してくれることになった。
これで、まみずも一緒に文化祭を体験できる。
女装のジュリエットが登場する「ロミオとジュリエット」は観客の爆笑を誘った。
特にウケたのは、アドリブで塗り替えたラストシーン。
悲劇で締めくくられるはずの結末は、ジュリエットがロミオの自決に待ったをかけるという妙ちくりんな展開になり、最後はロミオのセリフで完全に喜劇へと変わった。
「ジュリエット、生きてるから!」
「わー、ラッキー……!」
観客は爆笑していた。
これでいいんだ。
愛し合う恋人たちがお互いの後を追ってこの世から去る結末なんて、まみずには見せられない。
翌日。
まみずの病室へ行くと、扉に札がかかっていた。
『面会謝絶』
一気に血の気が引いていく。
嘘だろ……。
今日こそ、もう一度、ちゃんと言おうと思っていたのに……。
夜まで病院にいたけれど、その日、僕はまみずに会うことはできなかった。
家に帰ってからも、不安で不安で仕方がない。
20回くらい連続でメッセージを送ってみる。
『大丈夫か?』
『遊ぼう』
『お願いだから、生きててくれ』
既読はつかなかった。
その翌日は、一日中何も手につかなかった。
まみずがいない世界なんて、何の価値もない。
僕はまるで廃人のようだったに違いない。
夕方ごろ、携帯が着信を告げた。
「ごめん、寝ちゃってて昨日。どうしたの、あんなにメッセージ? 心配した?」
まみずの声だ。
僕は我慢できずに泣いた。
次の日の朝。
病室に行くと、まみずの腕には得体のしれない管が何本も突き刺さっていた。
けれども、まみずは意外と元気そうだ。
「生きててよかった」
僕は心の底から言って、まみずを抱きしめる。
すると、まみずは腕に力を込めて僕を押しのけた。
「ねぇ、想像してみて。好きな人が死んだら、つらいよ。しんどいよ。忘れられないよ。そんなの嫌でしょ? 私、想像してみた。生きてくの、無理だと思う。だからね、やめよ? ここでやめよう」
「うるさい」
僕は彼女の目を見て、言った。
「つらくて、しんどくて、いい。絶対忘れない」
「困るよ」
まみずは僕から目をそらして顔を伏せた。
「好きなんだ」
もう、好きだという気持ちから逃げるのはやめようと思った。
「そんなの困る」
「なんで?」
「………」
まみずは長い時間、沈黙した。
黙って、僕を睨んでいた。
僕は目をそらさなかった。
目をそらしたら、何かが損なわれると思った。
やがて、怒ったようなまみずの目から、涙が流れだした。
一度流れ出すと、決壊したダムのように、あとからあとから、涙が流れて止まらなかった。
「私だって卓也くんのこと、好きだから」
ぽつり、と彼女が言う。
僕は、このまま時間が止まればいいのに、と思った。
それから、僕たちは毎日を数えながら過ごした。
まみずの体調は良くなったり悪くなったりで、安定しない。
そのせいで、いつしか彼女自身も精神的に不安定になり、いきなりケンカをふっかけてきたり、泣いたりするようになった。
『その時』がだんだん近づいてくる。
僕は、彼女に何ができるのだろう?
「なんか、他に『やりたいこと』はないのか?」
「……死んだらどうなるのか知りたいよ」
その瞬間、僕の頭にある考えが閃いた。
「まみず。今日の夜、もう一度来るよ」
そういって出ていく僕を見て、まみずは不思議そうな顔をした。
その夜、僕は病院に忍び込んだ。
今度は看護師に見つからないように気をつけて。
もう1人では歩けない彼女をおぶって、屋上への階段を上っていく。
背中にまみずの鼓動を感じる。
歩きながら、僕は最高に幸せだと思った。
悲しくなんかないのだ。
この時間を過ごすために、僕は生まれてきたんだとすら感じた。
屋上に到着。
いつかの天体観測のときとは比べ物にならないほど、まみずの体は強い光を放っている。
「蛍みたいで、綺麗でしょ」
「宇宙で一番、綺麗だよ」
僕は真剣に言って、まみずをベンチに座らせた。
屋上には、穏やかな風が吹いている。
心地よさそうな声で、まみずが言った。
「私、卓也くんに出会えて本当によかった。もう何も、思い残すことはないよ」
命の終わりを、穏やかに受け入れている声。
満ち足りた表情。
それが、少し切ない。
「僕もないんだ。何も」
思い残すことはない。僕の人生はまみずだった。
彼女のいない人生は虚無だ。
僕の様子に、まみずも悲しそうな顔をした。
まみずに目を閉じるように言って、屋上の隅へと歩いていく。
柵を越えると、そこはもう空の一部だった。
数歩踏み出せば、足元には何もなくなる。
9階分の高さだ。
失敗はない。
「いいよ、まみず!」
僕の合図で、まみずが目を開く。
柵の向こう側にいる僕を見て、彼女ははっきりと困惑していた。
「何……してんの?」
「これから、僕は死ぬんだ。死んだらどうなるのか、まみずに教えるんだ」
「……バカなの?」
「死ぬのなんて怖くないって、君に教える」
僕が本気だと悟ったまみずは、声を震わせて叫んだ。
「怖いに決まってるじゃん!私だって、本当はまだ、怖くてしょうがないのに!」
「僕は生きてる方がずっと怖いんだ」
生きていて、まみずを忘れてしまうのが怖い。
まみずの笑い方を、声を、その激しい喜怒哀楽の表し方を忘れてしまうのが怖い。
まみずがいない人生に、いつか「悪くない」と思えてしまう日が来るのが怖い。
「よく見ていてほしい。死ぬことに興味があるんだろ? それは僕も同じなんだ。だからずっと、君に惹かれていたのかもしれない」
姉の鳴子がこの世を去ってから、ずっと生きていることが後ろめたかった。
無数の『死』の上に成り立っている世界のことを、とても残酷だと思い続けてきた。
だから、本当に悔いはない。
せめて最後にまみずのためになれるのなら、これほど喜ばしいことはない。
「僕は、君より先に死にたいんだ」
そうして僕は、まみずに背を向けた。
見下ろすと、はるか遠くにコンクリートの地面が見える。
ずいぶん遠い。
足が震える。
けれども同時に、足を踏み出せば、恋人の後を追うため道路に飛び込んだ鳴子の気持ちが、ようやくわかる気がした。
意を決してジャンプしようとした、その時。
背後で、がしゃん、と音がした。
柵が揺れる音だ。
驚いて振り返ると、すぐそばの柵の向こうに、まみずがいた。
信じられない。
もう、ほとんど歩けないはずなのに。
自力で、這うようにして、こちらにやってきていた。
「どうでもいい」
彼女は言った。
「死んだらどうなるかなんて、どうでもいい」
彼女の言葉に、僕は混乱する。
……どうでもいい?
そんなはずはない。
「どうでもいいことに、今、気がついた。あなたのおかげで、やっと気づけた」
僕を止めるために、嘘を言っているのだろうか?
「私、ずっとわかってたよ。卓也くんが、もうすぐ死ぬ私に憧れてたこと」
這いつくばっていたまみずが、柵につかまりながら、よろよろと立ち上がった。
その姿に、僕は胸をしめつけられる。
「ずっと、つらかった。こんなにつらい思いをするなら、そもそも生まれてくるんじゃなかったって何度も思った。楽しかったことも嬉しかったことも、憎らしくて悔しかった。生きているから死ぬのが恐ろしいなら、最初から無でよかった。この世界に対する興味を、失いたかった」
初めて聞くまみずの本音。
明るく振るまっていたその裏で、彼女はいつも恐怖や不安に押しつぶされそうになっていたのだ。
「でも、そんな私を、変えた人がいました。君でした」
まみずの目はまっすぐ僕の目を射抜いている。
「他のすべてを諦められても、あなたのことだけは諦められない。ずっと、諦めようとしてたのに。私は狂っているのかもしれません。自分よりあなたが大切だなんて。あなたがこの世にいない未来を、私はさっき想像しました。それだけはありえない、と思いました。そのとき、私は、自分がこの世界にまだ期待していることに気づきました。あなたが生きている世界と死んでいる世界では、何もかもが違うと思った。そして、私は今までずっと封印してきた自分の中の欲望に、気がつきました」
ひとつ息を吸って、まみずは言った。
「私は、生きたかった。もっともっと、私は生きたい。死んだらどうなるかなんて、どうでもいい!私はただ、生きたいだけ。生きたいよ、卓也くん。あなたのせいで、私はもう、生きたくてしょうがないの。だから、私にそんなことを思わせた責任を、ちゃんと取ってください」
彼女の声は透き通っていて、夜の屋上によく通った。
「私の、渡良瀬まみずの、本当の最後のお願いを、岡田卓也くんに言います」
気負った表情で、まみずは僕に言った。
「私のかわりに生きて、教えてください。この世界の隅々まで、たくさんのことを見て聞いて体験してください。そして、あなたの中に生き続ける私に、生きる意味を教え続けてください」
僕は思わず、吸い寄せられるように、屋上のへりから柵の方へと近づいた。
まみずの方へ。
生きる方へ。
それは、僕の敗北だった。
僕は、渡良瀬まみずに負けたのだ。
「私の最後のお願い、聞いてくれる?」
まみずの唇が、すぐそこにあった。
僕は迷わず、彼女にキスをした。
まみずはすぐに唇を離して、僕の目を見た。
それから今度はまみずの方から、キスをしてきた。
好きだよ。
愛してる。
僕はそう、何度も彼女に言った。
それから渡良瀬まみずは、十四日生きた。
第4章「そしてもうすぐ、春が来る」
そのとき、僕は家でミニチュア制作にいそしんでいた。
あの夜、まみずから受け取ったノートの中に『こんなスノードームをつくりたい』という「やりたいこと」が落書きと一緒に書き込まれていたからだ。
真さんから電話がかかってきたのは、ちょうどそんなときだった。
「まみずが、最後に卓也くんに会いたいって言ってる」
僕は慌ててタクシーに乗って病院に行った。
でも、間に合わなかった。
僕が病院にたどり着いたときには、まみずの顔には白い布がかぶせられていた。
布をとると、その下の彼女の顔は信じられないことに笑顔だった。
「まみずが、卓也くんに渡してほしいって」
真さんは複雑な表情で、僕にICレコーダーを手渡した。
録音されているのは、まみずからのメッセージ。
イヤホンを挿して再生すると、耳の中にまみずの声が広がった。
「さて、実は私にはまだまだ『死ぬまでにやりたいこと』が残っているのです。それをこれから発表してみたいと思います」
最初のお願いは、彼女の遺体を夜の火葬場で焼くこと。
2つ目のお願いは……
「ちゃんと私のお葬式に出てください。それで、私が彼女だったってみんなに言ってください。素敵な彼氏がいたんだって、みんなに見せびらかしたいから。それに、卓也くんにも、こんなに綺麗な彼女がいたんだって自慢してほしいから」
僕は、まみずの言う通りにした。
真さんに連絡して夜の火葬場を開けてもらったし、クラスメイト達にも「まみずは彼女だった」と伝えた。
火葬場からは途中で退散して、香山と一緒に近くの丘にのぼった。
満月に照らされて、まみずだった煙はきらきらと青白く輝いていた。
僕はその光を、とても綺麗だと思った。
この景色を、一生忘れないでいようと思った。
四十九日も過ぎて、半年後にまみずのお墓ができた。
真さんに誘ってもらって、墓参りに行った。
ピカピカの墓の前につくと、僕はポケットから例のスノードームを出して、墓の脇に置いた。
スノードームの中では、ウェディングドレスとタキシードを着た二人が、仲良さそうに佇んでいる。
まるで、そこだけ時間が止まったみたいに。
それから、彼女の墓に手を合わせて、目を閉じた。
もうすぐ、春が来る。
まみずに出会った季節だ。
僕はポケットからICレコーダーを取り出して、イヤホンを耳に挿した。
目を閉じて、あれから何度も聴いてきたまみずの声を、もう一度聴いた。
「お父さんが電話であなたを呼んでいました。もうすぐきっと、最後の瞬間がやってきます」
僕が間に合わなかった最後の時間に、まみずが残した声。
「これが本当に正真正銘、最後のお願いです。私は、幸せが好きです。そして今、とっても幸せです。卓也くんはどうですか?どうか私のために、幸せになってください。あなたの幸せを、心から祈っています。渡良瀬まみずより、これが最後の通信です。さようなら」
そうして、彼女は最後にこう言った。
「愛してます。愛してる。愛してる」
<君は月夜に光り輝く・完>
※いろいろ考えさせられたので、感想を書きました!
まとめ
今回は小説「君は月夜に光り輝く」のあらすじ・ネタバレをお届けしました!
最初から「不治の病で余命わずか」とはっきり言われているんですが、それでもヒロインが亡くなるラストにはどうしてもショックを受けてしまいますよね。
前半では元気いっぱいだったまみずがどんどん弱っていく様子には切ない気持ちになりました。
また、ショックだったと言えば、夜の病院の屋上を舞台にしたクライマックスシーンでの主人公の言動にも驚かされました。
ある意味では卓也も病んでいた(屈折していた)ということが明らかになり「ものすごいバッドエンドになるのでは?」とハラハラさせられました。
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