芥川賞を受賞した沼田真佑「影裏(えいり)」が映画化!
綾野剛さん&松田龍平さんというキャストに惹かれて、まずは原作小説を読んでみました。
率直な感想としては、よく言えば「味わい深い」、悪く言えば「なんのこっちゃわからん」
『THE・純文学』な作風にはわかりやすい起承転結はなく、まさに「考えるな、感じるんだ」という印象の内容でした。
うっかり流し読みでもしようものなら「え? もう終わり? で、何が言いたかったの?」と混乱してしまうレベル。
ただ、ここが面白いところなんですが、だからといって読んでみてつまらなかったのかといえば、そうでもないんですよね。
というわけで、今回は映画化する「影裏」のあらすじを紹介しつつ、私なりの感想や考察を書いていきたいと思います。
ちなみに、私が小説を読んで特に気になったのは
- 主人公である今野の(心の)性別は?
- 今野は日浅のことをどう思っていたの?
- タイトル「影裏」の意味は? なんでこのタイトルなの?
という点です。
この点については特に頭をひねって考えてみました。同じような疑問を抱いた方の参考になればいいなと思います。
それではどうぞ。
沼田真佑「影裏」のあらすじ・感想・考察!
★あらすじ
会社の出向で岩手に移り住んだ今野秋一(31)は、同僚の日浅典博と気の置けない友人になる。
日浅の退職によって一時は疎遠になるものの、偶然の再会によって二人は再び休日をともに過ごす仲に。
そんな中、震災(3.11)が東北地方を襲う。
行方不明になった日浅を探す中で、今野は今まで知らなかった日浅の《もうひとつの顔》に触れることになる……。
日浅のもうひとつの顔って?
※以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。
大方の予想通り、日浅はちょっと悪いやつでした。
具体的には
・大学の卒業証書を偽造していた(学歴詐称)
・営業職に転職後、ノルマを達成するため友人知人に(やや図々しく)契約をお願いしていた。
・日浅のために契約してくれたパートの西山さんに、借金までしていた(30万円)
極悪人とまでは言いませんが、周りにいたらちょっと距離を置きたいタイプの人間ですよね。
日浅は金や地位に関してコンプレックスのある性格らしく、今野に対しても「おまえは正社員だから金があっていいよな」的な発言をしていました。
※日浅は前職でも転職先でも非正規雇用
物語中盤までの日浅は「気のいい奴」とか「どこか俗っぽくない、超然とした人物」みたいな印象だったので、終盤でどんどん明らかになる日浅の《本性》には確かにビックリ……というよりガッカリさせられました。
そう、ちょうど、アレです。急に仲良くなった人に呼び出されて行ってみたら何かの勧誘だった、みたいなガッカリ感。
アレと似たような残念さを、私は日浅に対して抱きました。
◆
ただし、物語の主人公である今野の対応はちょっと違います。
日浅の《もうひとつの顔》を知っても、全然ガッカリなんかしません。
それどこか「それだけたくましい人間なら、きっとどこかで生きてるはずだ」と超ポジティブ思考。
物語はそこでふっと終わるので、結局日浅の行方も、今野がなぜそんなふうに考えたのかもわからないまま……。
◆
……そうして「影裏」を読み終えたとき、私は日浅の《もうひとつの顔》なんかより、今野のことが気になって仕方がありませんでした。
というのも、「影裏」では意図的に今野の性別が隠されていたからです。
今野の性別、また日浅への感情によって、「影裏」はまったく違う読み方のできる小説になります。
今野の性別についての考察
混乱のないようハッキリ言っておくと、今野は男性です。
「今野秋一」という名前からわかるように、男性の肉体を持っています。
というわけで、ここで問題としたいのは『今野の心の性別』です。
私に言わせれば、小説「影裏」の味わいと魅力、そして最大の謎はこの点に詰まっています。
◆
映画では綾野剛さんを一目見て今野が男性だと認識できますが、活字の世界には『叙述トリック』というものがあります。
小説を読んでいる途中、私は一度本気で「なるほど、実は今野は女だったのか!」と錯覚(納得)してしまいました。
というのは、「今野の元恋人は副嶋一哉という男性」という情報が中盤で提示されたからです。
その時点ではまだ今野の下の名前は明かされていませんでしたし、今野の性別に関する言及はありませんでした。
そして同時に今野の一人称で進む(=今野の考え方が透けて見える)物語の中で、私は今野に少し違和感を覚えていました。
たとえば、今野はいやに日浅を「あいつはすごいやつだ」ともてはやします。
それに、今野は日浅の言動によって激しく気分が浮き沈みします。
それは同性の友人に向ける態度というより、片思いしている異性への恋愛感情に近いもののように感じられました。
だから今野の元恋人が男性だと発覚したとき、私は「なるほど、今野は女だったのね!」と大いに納得したんです。
◆
ところが、その後の展開によって今野が男性であることが確定します。
そして、副嶋一哉が実はトランスジェンダーで、現在は手術により女性になっていることが明らかになります。
ああもう、ややこしい!
ここで「え、じゃあ今野の心の性別はどういうことになるんだってばよ?」と混乱した方も多いのではないでしょうか。
私も混乱したので、とりあえず場合分けして考えてみました。
1.今野はゲイであり、肉体的に男性である副嶋とつき合っていた。
2.今野はストレートであり、精神的に女性である副嶋とつき合っていた。
どちらが自然かといえば、前者でしょう。
そう仮定してみると、二人が《重苦しい対話の末に別れた》という一文が、副嶋の性別適合手術を巡ってのことだったと解釈できます。
また、ネット上で見かけた「もし今野が女性としての副嶋とつき合っていたのなら、副嶋のことを女性名で呼ぶはず」という指摘にも、かなりの説得力を感じました。
というわけで、結論はこちら。
「今野はゲイであり、日浅への気持ちは友情ではなく恋愛感情だった」
小説の結末、今野は行方不明になった日浅の手がかりを探し歩き、ついには日浅の実家にまで押しかけています。
この執着の仕方ひとつとっても、今野にとって日浅がいかに特別な存在だったかがうかがえます。
何も言わずに転職してしまった日浅の面影を求めて、今野が何度もふらふらと倉庫に顔を出したのも、日浅に夜釣りに誘われた今野がウッキウキにおしゃれして出かけていったのも、すべては今野が日浅という男に恋をしていたから。
この点を意識して「影裏」を最初から読みなおしてみると、次から次に気づくことがあり、まるでまったく別の物語を読んでいるかのようでした。
一見なんてことないように思える文章のひとつひとつに、そして語られなかった行間にこそ《今野の本音》が潜んでいたことに気づきます。
1周目ではうわべだけしか見えずつまらなかった物語が、2周目になったとたんガラリと変貌する面白さ。
想像力によって《物語の裏側》を味わう読書体験は、格別なものでした。
タイトル「影裏」の意味とは?
「影裏(えいり)」という言葉の元ネタは明らかに禅語「電光影裏斬春風 (でんこうえいりにしゅんぷうをきる)」でしょう。
この言葉は日浅の実家に飾られている『書』として作中にも登場します。
で、肝心の意味はというと……
《稲妻が春風を切り裂いても意味はない》
から転じて
《人生は短いけれど、悟った人の魂は永久に滅びることなく存在する》
というもの。
なるほど。
…………で?
これについては何度も頭をひねってみたのですが、どう考えても禅語「電光影裏斬春風 」は小説「影裏」と関係ないんですよね。
最初は《魂は永久に滅びない》という部分が、震災で亡くなった人々(あるいは日浅)にかかっているのかとも思いましたが、どうもピンときません。
で、うんうんと頭をひねって考えた結果、私はひとつの考えにたどり着きました。
『影(かげ)』と『裏(うら)』
それはどちらも『表からは見えないもの』です。
あるいは『隠されていて、一見わからないもの』としてもいいかもしれません。
そう考えてみると、この小説において非常に大きな意味を持つ
- 日浅のもうひとつの顔
- 今野の本当の性別
は、まさに『影』であり『裏』ではないでしょうか。
《人間には二面性がある》
《その人の本質は少しつきあったくらいではわからない》
難解な禅語よりも、よほどわかりやすく、また内容にも合致しているメッセージだと思われます。
というわけで、結論はこちら。
タイトル「影裏」の意味は《人間の裏側》
LGBTに限らず、人間には多面性があります。
たとえ家族や恋人であっても、相手のことをすべて知ることはできません。
そこには必ず表からは決して見えない『影』の部分、『裏』の部分が存在します。
だから私たちは慢心して相手のことを全部知った気になってはいけないし、相手を知ろうとする努力を欠かしてはならないし、あるいは相手のことを簡単に信用してはならない。
『影裏』というタイトルにはそんな意味が込められているのではないかと思いました。
※余談※
あるいは純粋に『影裏』というタイトルは《物語の裏側》を指し示しているのかもしれません。
「この物語には裏側があります」という但し書きがタイトルになっているようなものです。
今野の性別考察でも触れたように、この小説では主人公の本音が必ずしも書かれているとは限りません。
その隠された《裏側(=行間)》にある物語に注目してほしい、という意味もまた『影裏』というタイトルに込められているのかもしれませんね。
まとめと感想
芥川賞受賞作品「影裏」が映画化!
今回は原作小説のあらすじ・感想・考察などをお届けしました!
正直に言うと、私は読み始めたとき「ああ、いかにもな純文学だ。つまらなさそう……」と思っていました。
美しい風景の描写はあるけれど、劇的な事件は何も起こらない。
直木賞的なエンタメ作品に慣れきっている私にとっては、ちょっと退屈な作品かなと思っていました。
その予感は、半分当たりで半分ハズレ。
物語は何がどうなるでもなく「え? 終わり!?」というところで幕を閉じ、すっきりしないモヤモヤを私に残しました。
ただ、そんな中で唯一私の心に引っかかっていたのが、作中で明言されなかった今野の心の性別問題。
よくよく考えて「今野はゲイで、日浅に恋していた」という結論を得てから再度『影裏』を読んでみると、そこにはまったく知らない《本当の物語》が広がっていました。
『影裏』は100ページもない短い小説なのですが、2周目ではまるでページ数が倍になったかのように感じました。
今野の主観で進む物語でありながら、今野は読者に本音ではなく取り繕った態度を見せている。
この構造を理解して「じゃあ、今野の本音は?」という疑問を持って読み進めていくと、空白の行間にドロドロとした、あるいはツヤツヤとした《生々しい今野の本音》が見えてきます。
それはまるで《物語の裏側》を読んでいるようで、なかなかに貴重で面白い読書体験でした。
純文学、侮りがたし!
これからは食わず嫌いせず芥川賞作品もちゃんとチェックしていこうと思います。
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初めてブログを拝見しました。
私は先日「影裏」を読み、どんなどんでん返しが待っているのだろうと期待して読んだ結果、大して山がなく、さらっと物語が終わってしまってモヤモヤしてしまい、1回読んでそのままBOOK・OFFに売ってしまいました。
映画化すると知っていて検索してたまたまここに辿り着いたのですが、読んで売ってしまったことを後悔しています。今野の心の性別を知って初めてこの作品が完成するんだとわかり、未完成なままで終わらせてしまった自分が恥ずかしくなりました…
読書の本当の楽しみを知るためにまた借りて読み直そうと思います!
はじめまして地元岩手がロケ地としり小説は読んでないまま映画入り込みましたが「なんのこっちゃ?」たしかに(笑)ぴったりの感想でしたがブログを深読みしていくうちに描写を楽しみながら心の動きを読み解く見方なら違っていたかもです
映画を見てから、原作を読みました。原作は、性別がはっきり書かれてないところからの読み解きが面白さの一つだと聞きましたが、最初に映画を見てしまったので、面白さが一つ減って損をした感じです。また、そこをどう映画にしていくのかという難しさをどうするのかという意味では、映画は、震災に重点がうつり、原作の面白さはいかされているかどうか、難しいですね。
映画を観ました
何かモヤッとした感じで帰りました
綾野剛が好きなので 後悔はしませんでしたが
日にちがたつにつれて 原作を読んでみようと思う気持ちが強くなりました
明日 本屋に行って来ます
2017年に文学界5月号で新人賞を獲った時に読んで筆力に圧倒された記憶があります。海外在住なので最近の日本のニュースに疎くこのブログで初めて映画化されたことを知りました。最初の1段落目の描写から突き抜けてました。いつか映画観てみたいです。