アガサ・クリスティー『ナイルに死す』を読みました。
クリスティーといえば
- 『そして誰もいなくなった』
- 『オリエント急行殺人事件』
などが有名で、近年では日本リメイク版も放送されましたね。
『ナイルに死す』は名探偵ポアロシリーズの一編で、上記の代表作にひけをとらない名作のひとつ。
いや、あんまりごちゃごちゃいうのはやめましょう。
『ナイルに死す』、めちゃくちゃおもしろかったです!
約80年前に刊行された小説がこんなにおもしろいだなんて……色あせない名作とはまさにこのことです。
最新の話題作を読むのもいいですが、たまには往年の名作にも手を伸ばしてみるべきだと痛感しました。
というわけで、今回は名作小説『ナイルに死す』のネタバレ解説をお届けします!
Contents
あらすじ
美貌の資産家リネットと若き夫サイモンのハネムーンはナイル河をさかのぼる豪華客船の船上で暗転した。
突然轟く一発の銃声。
サイモンのかつての婚約者が銃を片手に二人をつけまわしていたのだ。
嫉妬に狂っての凶行か?
……だが事件は意外な展開を見せる。
船に乗り合わせたポアロが暴き出す意外きわまる真相とは?
(文庫裏表紙のあらすじより)
あらすじの補足
『ナイルに死す』はページ数も、登場人物も、とにかく情報量の多い作品です。
一応、次の項目では登場人物について紹介しますが、ぱっと見で全員覚えるのは難しいでしょう。
とはいえ最低限、次の3人の主要人物の名前と関係性だけはチェックしておくべきです。
リネット
お金持ちで若くて美人。しかもビジネスをさせても超優秀。
リネットが望んで手に入らないものはありません。
そんなリネットが結婚相手に選んだのは、身分の違う貧乏男・サイモンでした。
サイモン・ドイル
体格が大きくて、手先も器用。
愛嬌のある顔立ちのイメージどおり、やや子どもっぽい(単純な)性格。
リネットの夫になる前は、ジャクリーンと婚約していました。
ジャクリーン・ド・ベルフォール
サイモンの元婚約者。そしてリネットの元親友。
つまるところ、ジャクリーンは親友であるリネットに恋人を奪われたわけですね。
ジャクリーンは嫌がらせのため、リネットとサイモンのストーカーになります。
◆
この小説のミソは、リネットがどのようにしてサイモンを手に入れたのかまったく描かれていないことにあります。
リネットが金と美貌にものを言わせて強引にサイモンを奪ったのか?
それともサイモンが貧しいジャクリーンを捨てて、望んでリネットに求愛したのか?
あるいはジャクリーンの愛が重すぎて、サイモンもうんざりしていたのか?
実際のところ、物語の結末近くまでこの点は謎に包まれています。
読者が確認できるのは、
- サイモンとリネットはとても幸福そうだ
という描写と、
- 新婚夫婦はジャクリーンを迷惑に思っている
という描写、そして
- ジャクリーンの憎悪は激しく、いつもピストルをバッグに忍ばせている
という事実だけです。
登場人物
ナイル川を渡る豪華客船「カルナク号」の乗客はぜんぶで18人。
誰もが癖のあるキャラクターであり、それぞれに大小の《秘密》を抱えています。
それでは、一人ずつ簡単に紹介していきますね。
エルキュール・ポアロ
われらが名探偵。
ミセス・アラートン
50歳くらいの上品な婦人。いい人。
ティム・アラートン
↑の息子。病気がち。なぜかポアロを警戒している(怪しい)
ミセス・オッタボーン
女流作家。空気読めないやっかいおばさん。
ロザリー・オッタボーン
↑の娘。母親がそんなだから、いつも機嫌悪そう。
ヴァン・スカイラー
金持ちイジワルおばあさん。上から目線の権化。
コーネリア・ロブスン
スカイラーの雑用係として同行している親戚の娘。純粋で善良な性格。
バウァーズ
スカイラーの看護婦。
アンドリュー・ぺニントン
リネットの(アメリカにおける)財産管理人。なにか企んでいる(怪しい)
ジム・ファンソープ
弁護士。ぺニントンからリネットを守ろうとしている?
リケティ
考古学者。
ベスナー
医者。
ファーガスン
暴言ばかり吐く社会主義者。
ルイーズ・ブールジェ
リネットのメイド
レイス大佐
英国特務機関員。ポアロのサポート役を務める。
◆
ここにリネット、サイモン、ジャクリーンの3人を加えて計18人。
「カルナク号」はナイル川往復7日の船旅に出航します。
事件の幕開け
ようやく事件が起こったのは(200ページを過ぎた頃の)船旅5日目の夜。
まず事実だけをお伝えすると、ジャクリーンがサイモンを撃ちました。
弾丸はサイモンの脚に命中したため、命に別状はありません。
※とはいえ骨が砕けているので重傷ですが……
ジャクリーンは酒を飲んでいて、ついカッとなって引き金を引いてしまったようでした。
ジャクリーンは衝動的にサイモンを撃ってしまったことでパニックになり、放っておくと船からナイル川へ身を投げてしまいそうだったので、看護婦のバウァーズが鎮静剤を注射し、一晩中つきそいました。
そして、翌朝。
ポアロの船室に駆け込んできたレイス大佐は、このように事件の幕開けを告げたのでした。
「リネット・ドイルが死んだ――昨晩、頭を撃たれて」
ジャクリーンがサイモンを撃った時刻は0時20分。
日付が変わる前から翌朝まで、ジャクリーンは常に誰かと一緒にいました。
一方、リネットの死亡推定時刻は午前0時~2時の間。
つまり、ジャクリーンには完璧なアリバイがあり、リネットを殺すのは不可能でした。
犯行動機から考えれば犯行の最有力容疑者は恋人を奪われたジャクリーンでしょう。
しかし、ジャクリーンには実際、犯行は不可能だったわけで……。
さあ、おもしろくなってきました!
当然ながら、足を撃たれたサイモンにも犯行は不可能でした。
ネタバレ解説【問題編】
まずは状況の整理から始めましょう。
リネット・ドイルの死
リネットは自室で亡くなっていました。
眠っている間に、頭に直接銃口を押しつけられて、そのまま撃たれています。
※その証拠に、リネットの肌には焦げ跡が残っていました。
犯行に使われたのは、なんとジャクリーンのピストルでした!
※弾丸の口径が一致。サイモンの分とあわせて弾が二発減っていました。
ジャクリーンのピストルは床に落ちたあと、わずかな混乱の時間(0:20~0:30)に消えていて、翌日になってナイル川の中から発見されています。
このわずかな時間にピストルを拾った【何者か】が犯人だと考えてよいでしょう。
展望室の動き
23:30~00:20にかけて、展望室には4人の人間がいました。
- サイモン
- ジャクリーン
- コーネリア
- ジム・ファンソープ
リネットの事件に関して、この4人には23:30~00:20にかけてのアリバイがあることになります。
では、次に発砲後の状況です。
コーネリアはジャクリーンを船室へと連れていき、ファンソープは医師ベスナーを呼びに行きました。
やがてサイモンはベスナーの船室へと運ばれ、応急処置を受けます。
ファンソープが00:30に展望室に戻ると、ジャクリーンのピストルは消えていました。
◆
くり返しますが、リネット殺害に使われた凶器はジャクリーンのピストルです。
つまり、犯行時刻は正確には00:20~午前2時の間ということになります。
しかし、その時間においてジャクリーンはバウァーズに付き添われていて、サイモンは足を砕かれて一歩も歩けない状況なのです。
くどいようですが、ジャクリーンとサイモンには犯行が不可能でした。
容疑者たち
捜査線上に浮かびあがった容疑者は以下のメンバーです。
ぺニントン
ぺニントンはリネットの財産管理人です。
事件の前、ぺニントンはリネットに内容を読まないまま書類にサインさせようとしていました。
ところが、リネットはちゃんとすべての書類に目を通すようにしていて、ぺニントンは慌てて「今日はこれくらいでいい」と事務作業を打ち切っていました。
はい。露骨にあやしいですね。
おそらくぺニントンは預かっている財産を使い込んでしまったとかで、そのミスを隠ぺいしようとでも考えているのでしょう。
リネットは未成年でしたが、結婚したことで正式に遺産を管理できるようになっていました。
だからぺニントンは慌てて(そして偶然を装って)ナイル川への新婚旅行についてきたというわけです。
そう考えると、ぺニントンにはリネット殺害の動機が十分にあります。
というのも、リネットと違って、サイモンはろくに確認もせず書類にサインをしてしまう男だからです。
リネットが亡くなれば、その財産はサイモンのものになります。
ぺニントンにしてみれば、サイモンが相手であればいくらでも騙せるわけで……つまり、これが犯行動機というわけですね。
ロザリー
スカイラー(イジワル金持ち婆さん)は午前1位10分頃、川に何かを投げ捨てるロザリーを目撃しています。
ところが、ロザリーは「ずっと部屋にいた」と証言を否定。
これにより「ロザリーは実は、凶器のピストルを投げ捨てていたのではないか?」という疑いが発生しました。
スカイラー
凶器のピストルには二枚の布切れが巻き付けてありました。
1枚目はピンク色の安いハンカチ。
2枚目はスカイラーが失くしたと騒いでいた肩掛け。
肩掛けには焦げついた穴があり、銃口をくるんで銃弾が発射されたことを示しています。
もしかしたら「ロザリーを見た」というスカイラーの証言は嘘で、肩掛けの持ち主であるスカイラーこそ犯人なのかも……?
ジム・ファンソープ
サイモンは医師ベスナーの船室に運ばれた後、ファンソープに「ピストルを回収してきてほしい」と頼みました。
しかし、結果は見つからず。
……もし、これがファンソープの嘘だったとしたら?
実はファンソープがこっそりピストルを拾っていたとしたら、彼にはリネットを撃つことが可能でした。
正体不明の容疑者たち
今回の事件では、ややこしいことに「誰かわからないけど乗客のなかに混じっている犯行動機のある人物」という正体不明の容疑者も複数存在します。
もうみんな怪しすぎる……。
真珠泥棒
リネットはびっくりするほど高額な真珠のネックレスを身に着けていたのですが、遺体が発見された朝にはなくなっていました。
これにより単純な金目当ての犯行だった、という可能性も考えなければならなくなります。
疑わしいのは生前のリネットを最後に見た人物であり、また遺体の第一発見者でもあるメイドのルイーズです。
彼女なら真珠の価値も知っていたでしょうし、容易に盗むこともできたでしょう。
メイドになってまだたった二か月しか経過していない、という事情も怪しさに拍車をかけています。
※もちろん、ルイーズ以外の誰かが盗んだという可能性も十分考えられます。
連続殺人犯
そもそもレイス大佐が船に同乗したのは、暴動を煽り何人もの命を奪った凶悪犯罪者が乗客の中にいるという情報を掴んだからです。
その人物は乗客18人のなかにいますが、誰なのかはまったくわかりません。
もしリネットがその人物の正体に偶然気づいてしまっていたとしたら、口封じのために始末されたという線も現実味を帯びてきます。
そういえば、旅の途中でリネットは考古学者リケティ宛の電報を開いてしまって、カンカンに怒られていましたが……?
謎の復讐者?
リネットの父親が億万長者の成功者になった裏では、何人もの人間が破滅し、没落していました。
たとえばリネットの父親のせいで破滅した家庭の子どもがいたとしたら、その復讐としてリネットの命を狙ったとしてもおかしくありません。
事実、リネットは乗客名簿のなかに心当たりのある名前を見つけていて、ひどく驚いていました。
※それが誰かは不明
容疑者をしぼっていく
名探偵ポアロは事件の真犯人を浮き彫りにするため、まずは周辺のまぎらわしい事柄から整理していきます。
ロザリーの潔白
ロザリーがナイル川に投げ捨てていたのは凶器のピストルではなく、母親が隠し持っていた酒瓶でした。
なぜそんなことをしたのかというと、母親であるミセス・オッタボーンはアルコール依存症であり、ロザリーはそんな母親がこっそり酒を飲まないよういつも気を遣っていたからです。
いつも無愛想で母親を煙たがっているように見えたロザリーですが、実は母親想いの優しい娘だったんですね。
ポアロに事実を隠していたのは、母親の病気のことを知られたくないという思いからでした。
スカイラーの悪癖
「ロザリーを見た」というスカイラーの証言は正しいものでした。
しかし、そもそもなぜ老婦人であるスカイラーが午前1時10分という時間に船室の外にいたのでしょうか?
実はスカイラーには病的な盗み癖があり、その夜はリネットの部屋から真珠の首飾りを盗んでいたのでした。
看護師であるバウァーズは実は盗み癖の監視役として雇われていたのですが、その夜はジャクリーンにつきそっていて、スカイラーを止めることができなかったんですね。
ただし、この話はまだ終わりません。
なんと、スカイラーが盗んだ真珠の首飾りは精巧な模造品だったのです!
話題の窃盗犯
ポアロの目利きによれば、乗船時のリネットが身に着けていた真珠の首飾りは確かに本物でした。
つまり、首飾りは船内で偽物とすり替えられたわけです。
ポアロは警察関係者から相談されていた『社交界の宝飾泥棒』のことを思い出します。
それは近ごろ頻発している事件で、本物と偽物をすり替えるという手口がまさに今回のすり替え事件と一致していました。
主犯は社交界に友人の多い貴婦人ジョウアナ・サウスウッドらしいのですが、どうやら共犯がいるらしく、警察はまだ逮捕に足る証拠を見つけられていません。
ところで、ジョウアナ・サウスウッドといえばリネットとも友人で、例の真珠のことも知っていました。
そして、そんなジョウアナの従姉妹こそミセス・アラートンなのです。
いやいや早合点はいけません。
ミセス・アラートンは探偵であるポアロにも分け隔てなく接していて、食事の席に誘ったりもしていました。
もしミセス・アラートンが盗みの犯人なら、わざわざそんなことをするはずがありません。
だから、怪しいのはなぜか最初からポアロを警戒していた息子のティム・アラートンの方です。
長くなっているので結論をお伝えすると、ジョウアナと組んで貴重品を盗んでいた共犯の正体こそティム・アラートンでした。
盗んだ真珠は実に巧妙に隠されてありましたが、ポアロの灰色の脳細胞にかかれば一目瞭然。
ティムは罪を認めてがっくりとうなだれたのでした。
復讐者の正体
リネットの父親のせいで家庭がめちゃくちゃになった被害者。
その正体は意外にもコーネリア・ロブスンでした。
しかし、誰よりも純粋で善人なコーネリアは復讐なんてこれっぽっちも考えていませんでした。
凶悪犯の正体
レイス大佐が追っていた例の凶悪犯の正体はやはり考古学者(に偽装した)リケティでした。
決め手となったのはリネットがうっかり見てしまった電報。
一見すると野菜の名前が羅列されているだけの妙な文章は最新暗号であり、リネットにはわけがわからなかったものの、レイス大佐は一発で真相に気がつきました。
※ただし、リネット殺害の犯人ではない。
新たな事件
事件解決までの間に「カルナク号」ではさらに二人の犠牲者が出てしまいます。
- ルイーズ・ブールジェ(メイド)
- ミセス・オッタボーン(ロザリーの母親)
サイモンの病室に呼びつけられたとき、ルイーズは明らかに犯人を知っていて隠しているようでした。
ポアロが「事件の晩になにか見なかったか?」と尋ねると、ルイーズは次のように答えたのです。
「もちろん、あたしが眠れなくって、階段の上まで上ってきたんだったら、その殺人犯人がマダム(リネット)の船室に入るところを見たかもしれませんけど……」
「見た」でも「見ていない」でもなく、↑のようにルイーズが答えた理由……実のところ、この点さえわかってしまえば事件の謎は解決したも同然です。
それはさておき、ルイーズはおそらく犯人を脅迫して金を巻き上げようとしていたのでしょう。
ルイーズの遺体の近くには破れた紙幣が落ちていました。
金に夢中になるあまり油断して、犯人に心臓をブスリと刺されたのです。
※凶器は医療用のメスのようなものでした。
◆
三人目の犠牲者、ミセス・オッタボーンはポアロたちの目の前で頭を撃ち抜かれて亡くなりました。
というのも、オッタボーンはルイーズを殺した犯人を知っていると駆け込んできて、ちょうど犯人の名前を言おうとしたところで撃ち抜かれたのです。
犯人はすぐ近くにいたはずですが、残念ながら取り逃してしまいました。
なお、このとき使われた凶器はぺニントンが所有するリヴォルヴァーでした。
残る容疑者はただ一人
残る容疑者もいよいよ少なくなってきました。
というか、どう考えても怪しいのはぺニントンです。
ぺニントンが発言した嘘の数々にポアロはもちろん気づいています。
ついには本人も認めることになるぺニントンの思惑と行動は次のとおり。
- ぺニントンはリネットの財産に手をつけていた
- リネットが結婚したことで焦り、旅先に急行
- 悪質な書類にサインさせようとするも失敗
- 夫のサイモンが相手なら簡単に騙せると気づく
旅の最中、上陸したリネットめがけて大岩が転がり落ちてきた事件があったのですが、その犯人もぺニントンでした。
一方、ジム・ファンソープはぺニントンの悪事を阻止するために送り込まれてきた人員でした。
というのも、ファンソープの伯父はリネットのイギリスにおける財産管理人であり、ぺニントンの不正に気づいていたのです。
リネットが亡くなれば、ぺニントンは考えなしのサイモンをいとも簡単に騙して莫大な財産を好き放題することができます。
これ以上ないほどの犯行動機といえるでしょう。
事態を複雑にしていた窃盗犯や凶悪犯も見つかり、ロザリーやスカイラーに対する容疑も晴れています。
もう、残るはぺニントンしかいないのです。
◆
「ああ、条件はみんな揃っています」
ポアロは事件解決の瞬間を待ち望むレイス大佐に向けて言いました。
「レイス、ぺニントンがやったんじゃありませんよ」
「なんだって!?」
犯人は誰?
次はいよいよ犯人と真相のネタバレです。
最後に謎を解くために重要な情報だけをまとめるので、誰が犯人なのか推理してみましょう!
◆
ジャクリーンがサイモンを撃ったのが午前0時20分。
リネットは殺されたのはこの時間以降ですが、常に誰かと一緒にいたジャクリーンと、足を撃ち抜かれたサイモンは容疑者から除外されます。
ジャクリーンはコーネリアに連れられて船室へ。
ファンソープは医師ベスナーを呼びに行き、サイモンを展望室から運び出しました。
凶器のピストルは展望室の床に落ちて、ジャクリーンが長椅子の下に蹴り飛ばしていましたが、ファンソープが午前0時30分頃に展望室に戻ったときには消えていました。
◆
次に、凶器のピストルについて。
ピストルの引き金が引かれたのは計二回。
- ジャクリーンがサイモンを撃ったとき
- 犯人がリネットを撃ったとき
ナイル川から拾い上げられたピストルには二枚の布切れが巻き付けられていました。
- ピンク色のハンカチ
- スカイラーの肩かけ
スカイラーの肩掛けは、おそらく(防音のため)発砲時から銃身に巻き付けられていたのでしょう。
肩掛けに空いた(銃弾の)穴には、銃口が直に接していたことを示す焦げつきが確認されています。
◆
犯人は寝ているリネットの頭に直接銃を突きつけて発砲したようです。
リネットの頭にはやはり焦げ跡が確認されています。
◆
ポアロはリネットの船室を調べたとき、化粧台に置かれたマニキュアの瓶のうち、赤インキが入っている小瓶があることに気がつきました。
実のところ、これはかなり重要な手がかりになります。
◆
頭にひらめくものはありましたか?
あとはルイーズがサイモンの病室でわざわざ「犯人を知っている」と匂わせるような発言をした意味を考えれば、細かなトリックはともかく犯人を当てることは可能なはずです。
というわけで、次からはいよいよ謎解き編です!
ネタバレ解説【解決編】
ポアロの謎解きは次のようなセリフから始まります。
「最初から、私たちは間違った先入観を抱いてしまっていました」
間違った先入観とは、この事件がいずれもその場で考えられた突発的なものであったという大前提のことです。
犯人はジャクリーンが感情に任せてサイモンを撃ったシーンを目撃していて、なおかつ床に落ちたピストルを拾いあげ、状況がすっかり落ち着いた深夜にリネットの頭を撃ち抜いた……。
ポアロは最初そのように道すじを立てたのですが、これは何の違和感もない推理の出発点でした。
しかし、その大前提こそ間違っていたのです。
今回の事件は入念に練られた計画のもと実行されたものであり、犯人はポアロに邪魔されないようワインに睡眠薬を仕込みさえしました。
では、その用意周到な犯人とはいったい誰なのか?
いまこそ明かしましょう。
今回の事件の犯人はサイモン・ドイルとジャクリーン・ド・ベルフォールの二人組です。
リネットの死後、サイモンとジャクリーンは自然な流れで復縁していました。
そうなると、結果的にサイモンとジャクリーンはまるまるリネットの財産を手に入れたことになります。
犯行動機は十分。
誰もが一度は「サイモンとジャクリーンが犯人じゃないの?」と疑ったはずです。
しかし、その疑念は完璧なアリバイによって否定されます。
ところが、やはり犯人はサイモンとジャクリーンだったのです。
いったい二人はどんな手口を使って目的を達したのでしょうか?
犯行トリック
今回の事件のトリックを見抜くためには《とある矛盾》に注目する必要がありました。
それはリネットの頭とスカイラーの肩掛けにそれぞれ確認されていた焦げ跡です。
仮にピストルを肩掛けで包んで、リネットの頭を撃ち抜いたとしましょう。
この場合、直接銃口に触れていた肩掛けには焦げ跡がつきますが、リネットの肌には焦げ跡が残りません。
実際にはリネットの肌には焦げ跡がついていたので、ここでは肩掛けが使われていなかったのだとわかります。
では、肩掛けについた焦げ跡はいったいつできたものなのでしょうか?
ジャクリーンがサイモンを撃ったときにはもちろん肩掛けなんて巻かれていなかったので、一発目の発砲のときではありません。
はい。ここで矛盾にぶつかりますね。
引き金はたった二回しか引かれていなかったのですから、もう肩掛けに発砲の焦げ跡がつくタイミングなんてないはずなんです。
つまり、ですよ。
論理的に考えれば、ピストルは3回使われていたということになるんです。
では、隠されていた3発目の発砲はいつ、だれが、どこで使ったものだったのでしょうか?
結論からいえば、それはサイモンが自分自身の脚に直接押し当てて発砲したものでした。
もうおわかりでしょうか。
そもそもジャクリーンがサイモンを撃ったとき、銃弾はサイモンに当たってなんかいなかったのです。
サイモンが倒れたのは狂言。
サイモンが足に押し当てた赤インキの染みたハンカチを見て、周りの人間は「銃弾が脚に命中したのだ」と思い込まされてしまったんです。
あとはもう簡単です。
コーネリアがジャクリーンを船室に連れていき、ファンソープが医師ベスナーを呼びに行く。
医師ベスナーが展望室に到着するまで、展望室にはサイモンひとりきり。
およそ2~3分というこのわずかな空白時間の間に、(実は脚を撃たれていなかった)サイモンは長椅子の下のピストルを拾い上げ、リネットの船室に走り、犯行を達成しました。
サイモンは赤インキの入った小瓶をリネットの船室の化粧台に紛れ込ませると、再び走って展望室に戻り、スカイラーの肩掛けでピストルを包んで自らの脚を(今度こそ本当に)撃ち抜きました。
あとは凶器のピストルをナイル川に放り投げれば証拠隠滅が完了。
赤インキの染みたハンカチとスカイラーの肩掛けは、ピストルと一緒に川に投げ込まれました。
ナイル川から回収されたピストルにはピンクのハンカチがくっついていました。
これは赤インキの染みたハンカチが水で薄れてピンク色になっていたんですね。
事件二日目の裏
ルイーズとミセス・オッタボーンを殺害したのはジャクリーンです。
サイモンは「ジャッキーを呼んでほしい。2人きりにしてほしい」と頼んでいましたが、これは愛を再確認するためではなく、危機排除のための情報交換を行っていたんですね。
ここでちょっと思い出してみてください。
ルイーズは「犯人を知っている」と匂わせるような発言をしていました。
ポアロとレイス大佐、医師ベスナー、そしてサイモンの前で!
つまり、ルイーズは言外にサイモンに対して「おまえが犯人だと知っている。しかし、交渉の余地はある」と脅していたんですね。
それを受けたサイモンはさりげなく「交渉に応じる」という意志を伝えて、しかし、その裏ではジャクリーンにルイーズを始末するよう伝えます。
サイモンとジャクリーンが密会していたのは治療室こと医師ベスナーの部屋。
ジャクリーンは医療用のメスを持ち出してルイーズを刺し、その後で何食わぬ顔をしてメスを戻したのでした。
◆
ミセス・オッタボーンを撃ったときの状況はより簡単です。
ぺニントンがリヴォルヴァ―を持っていることは周知の事実でした。
ジャクリーンはぺニントンの部屋からリヴォルヴァ―を持ち出し、口の軽いミセス・オッタボーンを撃つ。
そのあと犯人が消えたように思われたのは、ただジャクリーンが自室に戻っただけ。
小説でいえば見取り図がちゃんと頭に入ってさえいれば、簡単に解けるカラクリでした。
見取り図といえば最初のサイモンの犯行のときもそうです。
コーネリアとファンソープが左舷側の通路を使ったのに対して、サイモンは右舷側の通路を走っていました。
だから見つからずに済んだわけですね。
乗客からの聞き取り時、左舷側の船室にいたティムが「足音が聞こえた」と言っていたことに違和感を抱ければ、この点からも真相にたどりつけるようになっていました(難易度高いけど)
三角関係の真相
ポアロの推理によって、難解だった事件はあっさりと解決してしまいました。
小心者のサイモンが罪を認めたことで、すべて終わりです。
ジャクリーンは吹っ切れたような態度で、ことの経緯をポアロに話して聞かせました。
◆
すべては歪な三角関係から始まります。
最初、ジャクリーンはサイモンを屋敷の管理人として雇ってもらうため、リネットに紹介しました。
すると、リネットはたちまちサイモンに一目惚れ。
親友の婚約者であるにもかかわらず、なんの躊躇もなく、全力で、リネットはサイモンを手に入れようとしました。
ところが、サイモンはこれっぽっちもリネットになびかないどころか、何でも思い通りになると思っているリネットのことが苦手でした。
ここまでは何の問題もありません。
しかし……
心から愛しあっていたサイモンとジャクリーンには、悲しいかなお金だけが足りませんでした。
ジャクリーンはそれでも彼と一緒にいられれば満足でしたが、サイモンは男の性と言うべきか、お金のかかる趣味や遊びをしたいと欲していました。
だからそう、リネットを亡き者にして財産を奪おうと考えついたのはサイモンの方です。
とはいえ、サイモンは単純というか、あまり頭がキレるほうではありません。
サイモン一人に任せておけば、すぐに犯行が露見して捕まってしまうに違いないのです。
そこでジャクリーンは、サイモンのために完璧な計画を立案してやりました。
まさか「嫉妬に狂った元婚約者と、かつての恋人に迷惑している逆玉の輿夫」という構図がまるっきりお芝居だとは誰も思いつきません。
実際、灰色の脳細胞を持つ名探偵エルキュール・ポアロさえ船に乗っていなければ、ジャクリーンたちはいまごろ合法的に莫大な財産を手にしていたことでしょう……。
結末
「すまないな、ジャッキー」
「いいのよ、サイモン。ばかな勝負をして、あたしたち、負けただけよ」
船から担架で運ばれていくサイモンに寄り添って、ジャクリーンは一片の後悔も感じさせない声色で言いました。
そして……
バーン!
ジャクリーンは隠し持っていたもう一丁のピストルでサイモンを(今度こそ本当に)撃ち、続いて自分の胸をも撃ち抜きました。
二人とも、即死です。
「彼女があんな道をとることを、あなたは望んでましたんでしょう?」
ミセス・アラートンの問いかけにポアロは答えます。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「ええ。まあこれで、サイモン・ドイルは彼の受くべき罰より、もっと軽い方法でこの世を去っていったわけです」
ミセス・アラートンは身を震わせた。
「恋って時には恐ろしいものにもなりますねえ」
「だからこそ、有名な恋物語はほとんど悲劇に終わっているのです」
ミセス・アラートンの目は、太陽の光を浴びて寄りそっているティムとロザリーの姿に注がれた、そして突然、力を込めて言った。
「でもありがたいことに、この世の中には幸福ってものもありますわ」
「その通り、マダム。それはありがたいことですな」
<完>
ラストの補足
ポアロはティム・アラートン(真珠泥棒)の罪を見逃していました。
というのも、ティムは根っからの悪人というわけではなく、かつ(母親を失ったばかりの)ロザリーと惹かれ合っていたからです。
これまで母親のことで苦労ばかりしてきたロザリーは、新しい恋人のティムと、その上品な母親であるミセス・アラートンとともに、これからは心安らかな日々を送ることでしょう。
※ちなみにコーネリアと医師ベスナーも結婚します。
まとめ
今回はアガサ・クリスティー『ナイルに死す』のネタバレ解説をお届けしました!
真犯人を守るのは鉄壁のアリバイ。
怪しすぎる手がかりの数々と、一筋縄ではいかない乗客たち。
見逃せない伏線の多い作品でしたが、どの伏線もめちゃくちゃきれいに回収されていて感動しました。
今回のネタバレ解説では省略した部分も多いで、機会があれば実際に読んでみてください。
正直な話、「これは本屋に平積みされている大部分の話題小説よりおもしろいぞ!」と思いました。
名作は一度は読んでおくものですね。
映画『ナイル殺人事件』
予告動画
公開日
2022年2月25日公開
アガサ・クリスティー『ナイルに死す』
まぁ~~~~おもしろかった❗️
古典といってもいいくらい昔の作品だけど、謎を推理するのが楽しくて、夢中になって読みました
伏線やミスリードがパズルみたいにピタっと完成するラストは必見です🧐
映画は10月23日公開🎦https://t.co/Bbw35Qg1jH
— わかたけ@読んでネタバレ (@wakatake_panda) September 18, 2020
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私も上流階級の人間になれるわ