新川帆立『倒産続きの彼女』を読みました!
こちらは『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した『元彼の遺言状』の続編です。
新しいヒロインが挑むのは連続殺【法人】事件の謎。
二重三重の謎に包み隠された企業倒産の真相とは?
今回は小説『倒産続きの彼女』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします!
あらすじ
山田川村・津々井法律事務所に勤める美馬玉子。
事務所の一年先輩である剣持麗子に苦手意識をもちながらも、ボス弁護士・津々井の差配で麗子とコンビを組むことになってしまう。
二人は、「会社を倒産に導く女」と内部通報されたゴーラム商会経理部・近藤まりあの身辺調査を行なうことになった。
ブランド品に身を包み、身の丈にあわない生活をSNSに投稿している近藤は、会社の金を横領しているのではないか? しかしその手口とは?
ところが調査を進める中、ゴーラム商会のリストラ勧告で使われてきた「首切り部屋」で、本当に死体を発見することになった彼女たちは、予想外の事件に巻き込まれて……。
(単行本カバーのあらすじより)
弁護士・美馬玉子
物語は合コンの一幕から始まります。
「じゃあ、私が立候補しちゃおうかなあ」
軽い調子で場を盛り上げつつ、玉子は心の中で男を冷静に評価していました。
(私と同年代、二十代後半の医者なんて、現場じゃ使い走り程度のものだろう。それなのに、男女の場にくると突然大きな顔をするのが気に入らない。年収だって私の半分以下だろう。それでいて生活面を支えて欲しいなどと抜かす男に、こちらから用があるとでも思っているのか)
その日の合コンはまったくのハズレでした。
しかし「友達を紹介してもらえるかもしれない」という可能性を考慮して、玉子は最後まで男たちを上機嫌にさせる「ぶりっ子」を演じ続けます。
「男に媚を売ってばかり」だの「男好き」だの、同性から嫌悪されるのにはもう慣れていました。
別に男好きじゃない。ただ、私みたいな不美人は放っておくと彼氏もできず、結婚もできない自信がある。だから頑張っているだけだ。それをブリッコだとか男好きだとか言われても困る。
ここまでの玉子は「愛嬌抜群で配慮も完璧。でも実は腹黒」といった感じですよね。
しかしながら、そのイメージは玉子の本質ではありません。
玉子は幼い頃から祖母と二人で暮らしています。
家は貧しく、奨学金を借りて入学した大学でもアルバイト漬けの毎日でした。
弁護士になった今でも、玉子は毎月の給料をせっせと貯金しています。
祖母のシマはまだ元気ですが、やがて本格的な介護が必要になることを思えば、贅沢する余裕なんてちっともありません。
唯我独尊のエリートである麗子とは違って、玉子は苦労人であり、根っからの庶民でした。
※以下、小説より一部抜粋
…………
早朝に起きて、眠い目を擦りながらシマばあちゃんの食事の作り置きをする。
タッパーに詰めて粗熱をとっている間に、慌ただしく化粧をしているのだ。
アイプチで二重幅を作り、涙袋にうまく色をのせて目を大きく見せる。フェイスカラーを駆使して顔に立体感を出し、鼻筋も細く通す。
こまごまと手を入れる部分が多いから、化粧は剣持先生より大変なはずだ。
その後に朝食の用意をして、シマばあちゃんを起こす。
誤嚥なく朝食を平らげるのを見守ったのちに、家を出ている。
学生時代から染みついたルーティンだから慣れている。けれどもやはり、体力的に辛いときはある。
剣持先生の顔を見ていると無性に腹が立った。彫りの深い綺麗な顔。何の苦労も知らないくせに。大きな下駄をはいて、すいすいと進んできただけのくせに。
玉子は麗子が苦手です。つい嫉妬してしまうし、自分がみじめになってしまうから。
倒産続きの彼女
玉子と麗子は、倒産寸前の企業に届いた《匿名の通報》の真偽を調査することになります。
『彼女が転職するたびに、会社が潰れるんです』
名指しされていたのはアパレル企業・ゴーラム商会の経理である近藤まりあという女性です。
確かに近藤の経歴はやや不自然で、これまで在籍した3社は入社後2~3年のうちに潰れていました。
現在進行形でゴーラム商会の経営が傾いているのも、もしかして近藤のせい……?
津々井「さしずめ、連続殺『法人』事件ということでしょうか」
近藤には明らかな不審点があります。
私生活が派手すぎるのです。
麗子「このバッグ、250万円はするよ」
SNSに投稿されている華やかな生活は、とても近藤の給料で賄えるものではありません。
全身の高級ブランド品の購入費用だけで、年収(450万円)が軽く吹き飛ぶ計算です。
麗子は言います。
「近藤がランダール社に協力する見返りに、報酬をもらっていると考えると辻褄は合う」
ゴーラム商会の経営不振の原因は、ランダール社と交わしていた独占販売契約の打ち切りにありました。
いいえ、正確には打ち切りではありません。
これまで独占販売契約は一年ごとに自動更新されてきたのですが、最新の契約書からは自動更新の項目が消されていて、うっかり契約が満了してしまったのです。
とはいえ、ゴーラム商会だってバカではありません。
自動更新条項についてはしっかり確認していましたし、稟議書にもちゃんと該当項目が記載されています。
しかし、正式な契約書からは肝心の自動更新条項が抜け落ちていたわけで……。
「ランダール社のだまし討ちに、まんまと引っかかったってことですか?」
そういうことになります。
状況的に、ゴーラム商会側に内通者(スパイ)がいたとしか考えられません。
というわけで、話は麗子の指摘に戻ります。
「近藤がランダール社に協力する見返りに、報酬をもらっていると考えると辻褄は合う」
- 不自然な羽振りの良さ
- 入社した企業が必ず潰れている事実
状況はほとんど黒に近いグレー。近藤まりあはかなり怪しい社員だといえるでしょう。
首切り部屋
近藤まりあの調査中、玉子たちは血まみれの死体を発見します。
遺体の身元はゴーラム商会の総務課長である只野愛子(35)
凶器の包丁は現場に落ちていて、愛子は喉を切り裂かれていました。
注目したいのは事件が発生した場所です。
通称「首切り部屋」と呼ばれるその部屋はフロアの奥まった場所に位置していて、もっぱらリストラ勧告のために用いられていました。
ゴーラム商会社内でも防音性が高いというのがその理由ですが、しかし、殺人事件の現場としてはやや不自然です。
状況から犯行は10時15分~11時40分の間に実行されたものと考えられます。
しかし、その時間帯、隣の部屋ではまさに玉子たちが近藤まりあにヒアリング(聞き取り調査)を行っていました。
つまり、犯人は隣の部屋に人がいると承知したうえで、犯行に及んだことになります。
犯行を未然に阻止されていた可能性、あるいは逃亡時に目撃される危険性を考慮するなら、わざわざ「首切り部屋」を犯行場所に選ぶ意味がわかりません。
屋上から突き落とすなりしたほうが、より安全だと思われます。
ただ、結果として犯行は首切り部屋で完遂されており、玉子たちは一切の騒ぎを耳にしていません。
犯行は大した物音もなく行われていたということです。
誰が、なぜ、どのように愛子を殺したのか?
真相はまだ闇の中です。
テトラ貴金属
遺体発見の翌日には早くも第二の事件が発生します。
次の被害者はゴーラム商会を担当していた川村弁護士で、背中に深々とナイフが突き刺さっていました。
幸い命に別状はありませんでしたが、玉子が早期に発見していなければ危なかったかもしれません。
今回の事件現場は玉子たちが務める丸の内の法律事務所内。
関係者しか立ち入れないため所属する弁護士や秘書たちが容疑者になりますが、日本最大級の法律事務所には1000人規模で関係者が出入りしていますし、抜け道だっていくらでも考えられます。
それよりも、注目すべきは川村弁護士が刺された理由についてです。
津々井は言います。
「川村先生は、ゴーラム商会を(倒産から)救うために動いていました。その中で、掴んではいけない情報を掴んだ。そのために処分されそうになった。私はそう推測しています」
つまり、犯人はゴーラム商会を確実に倒産させるべく、川村弁護士の命を狙ったというわけですね。
考えてみれば首切り部屋の事件にしてもマスコミに嗅ぎつけられれば倒産を後押しする報道になるわけで、ゴーラム商会の倒産を目論む犯人による犯行だったとも考えられます。
川村弁護士が残していた手帳により、新たな事実が浮かび上がります。
ゴーラム商会は経営危機を乗り切るため、優秀な人材が揃っているマーケティング部門ならびにプロモーション部門をまるごと売却することになっていました。
売却先の企業は【テトラ貴金属】
テトラ貴金属にしてみれば破格の安さで優秀な部門を買収できているわけで、なるほどゴーラム商会の経営不振により得をしているという意味ではやや怪しい存在だと言えるでしょう。
しかも、川村は刺された当日、テトラ貴金属社長の自宅を訪ねています。
相手先の弁護士を通さず、直接社長の自宅に押し掛けるというのは弁護士として異常な行動です。
川村弁護士はいったいなぜそんな非常識な行動を押し通したのでしょうか。
いずれにせよ、その日のうちに刺されていることを考えれば……。
「何か不都合なことを知ってしまったのかもしれません」
津々井は言います。
「テトラ貴金属、あの会社は変ですよ。色々な会社を吸収してできた、ツギハギの会社です」
テトラ貴金属は倒産する企業から優秀な部門を安価に買収することにより、成長してきました。
「小野山メタル」からは調達部門を。
「マルサチ木材」からは在庫管理部門を。
「高砂フルーツ」からは流通部門を。
もちろんビジネスとしては何も悪いことをしているわけではありません。
しかし、それらすべての会社に近藤まりあが在籍していたとなればどうでしょう?
「近藤の入退社を追いかけるように、会社の経営が傾き、テトラ貴金属が事業を吸収しているわ」
テトラ貴金属は近藤まりあを内通者として送り込み、会社を倒産させることによって優秀な部門を安く買い叩いていた……そんな絵が浮かびますね。
しかし、各社の倒産の経緯を調べてみると、明らかに近藤とは無関係な原因によって潰れていたケースも見受けられました。
その他の企業においても、ただの経理である近藤に会社を破滅に導く力があるわけもなく、「近藤まりあの暗躍によって倒産した」とは程遠い状況であることがわかります。
玉子たちもこの謎の前に頭を悩ませました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「近藤が、テトラ貴金属と組んで、情報を横流ししたり、社内をかき回すアシストをしているんじゃないでしょうか。その報酬を受け取っているから、実際の給料以上の暮らしができているのかもしれません」
古川君(玉子と同期の弁護士)が首を傾げた。
「それなんだけどなあ。一社目の小野山メタルでは、近藤はどちらかというと、巻き込まれた側なんだよ。社長が課した厳しいノルマに耐えられなくなって、営業部員が不正に走る。その不正をごまかすために、経理課に頼み込んで、決算を改ざんしたらしい。近藤は、経理部の一員として改ざん作業の一部を担当してはいる。けれども、近藤側からの働きかけは特にはないようだった。これは、当時の営業部長と、経理課長それぞれに聞いて、確かめてある」
「高砂フルーツだと、もっと無関係だわ」
剣持先生が口を挟んだ。
「社長が勝手に社外の人を連れてきて、新事業ぶち上げて、それで失敗したんだから。近藤は、ただ普通に決算を締めていただけ」
登場人物
法律事務所
美馬玉子 | 干し柿をつくるのが得意 |
剣持麗子 | キックボクシングを習い始めた |
津々井 | 玉子たちの上司 ベテラン弁護士 |
川村 | 倒産チームのベテラン弁護士 |
哀田 | 川村の部下 ゴーラム商会担当 |
ゴーラム商会
近藤まりあ | 転職先が必ず倒産する経理 |
只野愛子 | 総務課長 首切り部屋で死亡 |
安西 | 管理部門役員 |
その他の人々
美馬シマ | 玉子の祖母 最近婚約した |
赤坂宗男 | テトラ貴金属 代表取締役 |
幸元耕太 | マルサチ木材専務(社長の息子) |
ネタバレ
近藤まりあが入社した企業はすべて倒産しているとお伝えしましたが、正確には二社目のマルサチ木材だけは民事再生により現在も存続しています。
社長の幸元によれば、倒産の原因は仕入れ先として頼っていた外国人(ノフィ)の失踪だったそうです。
ノフィを幸元に紹介したのは《とある商社の人》
そして、その商社マンを幸元に紹介したのは近藤まりあ。
近藤はマルサチ木材の倒産に無関係ではないものの、倒産の責任を追及されるほどの役目は担っていません。実際、幸元も倒産が近藤のせいだとは露ほども思っていませんでした。
近藤まりあへの疑いは晴れもせず、深まりもせず……。
そんな中、幸元が警察に連行されるという事態が発生し、事態は急展開を迎えます。
事情聴取からひとまず解放された幸元が口にしたのは、実に驚くべき内容でした。
なんと、幸元はあの首切り部屋で只野愛子が自殺する現場に居合わせていたというのです。
第一に、幸元と愛子は知り合いでした。
倒産の原因となった例の外国人を紹介した商社の人間というのが愛子だったのです。
「今だから言うけれど、卸のノフィを紹介してくれたのは、只野さんです」
10月15日、幸元は愛子に呼び出されてゴーラム商会を訪れていました。
愛子は首切り部屋で幸元にこう訊ねたのだといいます。
「只野さん、大きな目でじっと僕を見て『私の姉を覚えていますか?』って言ったんです」
幸元は愛子の姉に覚えがありませんでした。
そう伝えると、愛子は立ち上がり、折り畳みナイフで自分の喉を掻っ切ったそうです。
「あれは、私に返り血を浴びせるためだったのかもしれません。喉を切れば、一番血が出ますからね」
幸元は慌てて、それでいて慎重にその場から立ち去りました。
警察が愛子殺しの容疑者として幸元を連行するまでにタイムラグがあったのはその慎重さが時間稼ぎになっていたからです。
ここで一度、話を整理してみましょう。
【1】只野愛子の死は自殺だった
【2】マルサチ木材の幸元に殺人の容疑がかかっている
一見して、愛子は命を賭すほどの恨みを幸元に抱いていたように思われます。
しかし、その恨みとはいったい?
ポイントは愛子が発した「姉を覚えているか?」という発言にありそうですね。
幸元は覚えていませんでしたが、愛子の姉である只野理江はかつて契約社員としてマルサチ木材に勤めていました。
人員整理の折に解雇するまで特にトラブルなどはなかった、と幸元の妻はいいます。
愛子が命を投げ捨ててまで復讐しなければならないような動機はないように思われますが……?
※以下、小説より一部抜粋
…………
「そもそも只野さんって、お姉さんがいたんだっけ?」
と(麗子は)言いながら、只野さんの死亡事件を取り扱った週刊誌を手繰り寄せ、ページをめくる。
「被害者の只野愛子(三十五歳)は、中学生のときに両親を亡くし、年の離れた姉・理江のもとで育った。しかし大学在学中に、唯一の肉親であった理江も亡くしてしまう。その後、姉・理江が勤めていた金物メーカーに就職し、商社勤務を経て、ゴーラム商会に転職する。彼女を知る人は皆、口をそろえて、『働き者で、倹約家。良い人だった』という……」
剣持先生は小声でそこまで読み上げ、急に動きを止めた。視線を誌面に注いでいる。
「どうしたんですか?」私は立ち上がって、誌面を覗き込んだ。
剣持先生は誌面の一部分を指さした。
「金物メーカーに就職したって、これ、小野山メタルじゃないの?」
(中略)
「只野さん、いました」
と古川君が興奮気味に、会議室に戻ってきた。
「只野愛子は大学卒業後、小野山メタルに就職しています。新卒で就職しているので、今から十三年前です。小野山メタルが倒産するまで六年間、勤務していたようです。週刊誌の報道通り、姉の理江も小野山メタルで働いていました。妹の愛子が入社する二年前には、姉・理江の勤務は終了しています。契約社員だったため、契約期間満了での退社ですね」
只野愛子の目的
もう一度、話を整理してみましょう。
【1】近藤まりあが入社した会社は必ず倒産している
【2】小野山メタル(一社目)とマルサチ木材(二社目)には、かつて愛子の姉・理江も在籍していた
【3】愛子もまた小野山メタルに勤めており、マルサチ木材の倒産にも関わっている
偶然の一致だとは思えません。
近藤まりあ、テトラ貴金属と同じように、只野愛子もまた一連の企業倒産に関わっているとみて間違いないでしょう。
例の首切り部屋の事件によって、ゴーラム商会とマルサチ木材は倒産レベルの大打撃を受けていました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「私、分かったかもしれません。只野さんのやろうとしていたこと。只野さん、会社を潰そうとしていたんですね」
「それはそうなんじゃない」剣持先生が口を挟んだ。
「これまでの勤務歴を見ても、倒産させる方向に何かしら関与はしている。協力者だと考えて差し支えなさそうでしょ」
「ええ。ただ、単なる協力者だとは思えません。只野さんは会社を潰すことに、並々ならぬ情熱を注いでいた。そのために自殺までしたのです」
爪楊枝を使っていた古川君の動きが止まった。
「只野さんは、ゴーラム商会とマルサチ木材を確実に倒産させるために、自殺したのではないでしょうか。そう考えると、すべての辻褄が合います」
「うーん、まあ、事実だけを見ると」
剣持先生が首を傾げた。
「只野さんの自殺がきっかけで、その二社の息の根が止められそうなのは確かだけど……」
「まず、首切り部屋での首切りという形をとった(※)のは、ゴーラム商会の経営悪化の噂を劇的に広めるための方策だと思います」
※自殺はリストラへの抗議だったのではないかという憶測から、ゴーラム商会の経営が危ないらしいという噂が広がった。そのため取引先から現金決済を求められるようになり、資金がショートし、倒産が確定した。
「幸元社長を呼び出したのは、社長に殺人の嫌疑をかけ、マルサチ木材の民事再生を潰すためです。そのためには悪い噂が立てば十分でしょう。幸元社長が間違いなく犯人だというところまで、罪を擦り付ける必要はありません。ただ、血を浴びた幸元社長が目撃される必要はある。だからこそ、わざわざ隣で私たちがヒアリングしている時間帯を選んで決行したんです。しかし、只野さんの予想に反して、幸元社長は首尾よくその場を逃走した」
「あれ」古川君が口を挟んだ。
「そもそもマルサチ木材は五年前に一度倒産しているんだろ。その倒産にも、只野さんは関わっていたようだけど」
「一度、潰れかけた。けれど会社をバラバラにして消すのではなくて、立て直す方向に決定してしまった。一旦殺したかと思ったのに、民事再生という手法で息を吹き返しそうになっていたというわけ。実際、あと一年で完全に元通り復活するところまで来ていた。只野さんにはこれが気に入らなかったんだと思う」
「なるほどねえ……そういえば美馬先生、覚えている?」
剣持先生は記憶をたどるように、明後日の方向を見ながら続けた。
「哀田先生がゴーラム商会が助かるかもしれないって話をしたとき、只野さんはえらく興奮していたじゃない。あの時は、ゴーラム商会が倒産しそうなのは自分のミスのせいだと気づいて、自分を責めていると思ったんだけど」
あの時の只野さんの表情を思い出した。丸い目を左右に動かしていた。あの時は私も、只野さんが倒産の責任を感じて動揺しているのかと思った。
「だけど本当は逆だったのね。ゴーラム商会が生き残ってしまうことを懸念したのよ。弁護士たちの頑張り次第では、ゴーラム商会が助かってしまうと危惧した只野さんは、ゴーラム商会にとどめを刺す方法を模索したってわけ。それで、ゴーラム商会とマルサチ木材、両方を一度に殺すための方法が、あの日の自殺だったのね」
なるほど私自身は気づいていなかったが、あの日の只野さんの表情は、そういう意味だったのかもしれない。
「会社を潰して回っていたのは、只野さんだったんですね」
残る疑問
「それよりも、やっぱり分からないことがいくつかあるわ。そもそも、何のために会社を潰すの? それに只野さんが会社を潰すことに並々ならぬ情熱を注いでいるのも変じゃない」
剣持先生は眉間に皺を寄せている。
「今回の連続倒産で得したのはテトラ貴金属だけでしょ。テトラ貴金属の関係者が頑張るのは分かる。只野さんが協力者の一人だとして、それなりに頑張るかもしれない。けど、只野さんが自殺してまで協力する理由にはならない」
私も同感だ。会社を潰しても、良いことは何もないはずだ。ゴーラム商会の安西も「弊社を潰して、何になるというのです」と憤っていたらしい。
「只野さんの、お姉さん絡みでしょうか?」
当てずっぽうに言ってみる。
小野山メタルとマルサチ木材には、只野さんの姉の理江さんも勤めていた。
「お姉さんのことで、何らかの恨みを抱いていて、復讐をしたかったのかな、と推測します」
私の言葉を聞くと、剣持先生は机の上に肘をついた。
「でもさ、それなら、恨みがある人に対して直接恨みを晴らしたほうがよくない? 例えば社長に恨みがあるなら、社長を刺し殺す方がシンプルじゃん。わざわざ会社を倒産させるなんていう壮大で迂遠なことをする必要、全くないもの。もっと簡単な嫌がらせって沢山あるんだから」
そう言われてしまうと二の句が継げない。私も当てずっぽうで言っているだけだ。
只野さんには幸元社長を刺し殺す機会すらあった。だが只野さんは自殺する道を選んだのだ。社長個人ではなく会社が狙いだったと考えると説明がつくが、会社を狙う理由が分からない。
「あともう一つ疑問。只野さんが、会社を潰すことに情熱を燃やしていたとしよう。会社を潰すために『自殺』という手段を選ぶのは、やっぱり変だと思うの。さっきの美馬先生の話だとどうしても弱いっていうか……結果的に上手くいったからいいけどさ。確実に会社を潰すまで生きていたほうがいいじゃない。これまで十年以上かけて色々やってきたわけでしょ。最後だけ死に急ぐのも変よ。粘り強く、会社が潰れるまで何度もトライしたほうがいい。それなのに、イチかバチかの自殺なんて……」
結局、その場では結論は出なかった。
虎の尾
いきなりですが、玉子の祖母であるシマが亡くなります。
82歳。大往生でした。
玉子は生粋のおばあちゃんっ子だったため、それはもう激しく落ち込みました。
しかし、大好きだった祖母の死をゆっくり悼んでもいられません。
葬式での予想外すぎる出会いが、玉子をひどく混乱させていました。
受け取った名刺には次のように書かれていました。
『株式会社テトラ貴金属 代表取締役社長 赤坂宗男』
そう、連続倒産によって得をしているテトラ貴金属の社長です。
驚くべきことに、シマと赤坂は結婚相談所で出会い、婚約までしていたのだといいます。
玉子は祖母から再婚の予定があると聞かされていましたが、その相手がまさか渦中のテトラ貴金属社長であるとは夢にも思っていませんでした。
ゴーラム商会の倒産が確定した今、もはや玉子には近藤まりあへの密告にはじまる連続倒産の謎を調査する義務はありません。
しかし、玉子は静かに決意します。
今回の一連の倒産案件、これを片付けないことには一歩も前に進めない。そんな気がした。
玉子の行動は迅速かつ大胆でした。
赤坂の自宅を訪ね、ズバリ事件の核心をついたのです。
わずかな時間しか接していませんが、赤坂はスッキリとした仕事人という印象で、一連の倒産事件を裏で操っている極悪人には思えません。
ならば、問題はテトラ貴金属が「どうやって買収する企業を選んでいるか」です。
身を削る交渉の末、玉子はようやく敵の影をとらえました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「経営が傾く企業は沢山あるでしょう。その中から、どうやって選ぶのですか」
「コンサルタントに紹介頂いています」
「そのコンサルタントというのは、どなたですか?」
(交渉を挟んで)
「トラ?」
怪訝に思って訊くと、赤坂は、
「経営者界隈では『トラ』とだけ呼ばれています。本拠地が虎ノ門にあるからそう呼ばれているという噂もありますが、真偽のほどは分かりません。」
「これはどういった組織なのですか?」
「表向きは、投資家集団のようです。資金に困った経営者が泣きつくと、助けてくれることもあります。ただ、実態としては経済ヤクザに近いかもしれません。お金になることなら何でもやる集団です。ブレーンがしっかりしていて、詐欺のような、あからさまなことはしません。違法とは言えないラインを狙っているんですな」
「この、トラという組織が、程よい企業買収先を教えてくれていたのですか?」
私はトラの連絡先が書かれたカードを指さした。
赤坂は、自嘲するように微かに笑った。
「はい。愚かなことですが、私は老い先短い人生で、会社を大きくしようと焦っていました。ある経営者仲間から紹介されたのです。その経営者仲間は、その後失踪しました。何か危ないことに首を突っ込んでいたのかもしれません」
(中略)
私は自分の執務室へ戻りながら、思案した。
今回の連続倒産は、このトラという組織が裏で糸を引いているのではないか。
近藤や只野さんはこの組織の一員か、あるいはこの組織に利用されているのかもしれない。
会社を倒産させて、その一部、優良企業を売りさばく。買った者からは手数料をとるか、月々の顧問料をとる。
それでどのくらい儲かるのかは分からない。しかし全国的に、組織的に行えば、普通に事業を行うより利ザヤは大きいだろう。
ふつふつと怒りが湧いてきた。死体に群がるハゲタカどころか、生者の命を吸い上げる寄生虫だ。事業に情熱を燃やす人たちが、こういう寄生虫に利用されているのだ。
私の頭の中で、はっきりとその構造が浮かんだ。
近藤まりあの正体
利益目的で企業を倒産させていたのは「トラ」という投資家集団でした。
テトラ貴金属はトラの斡旋により企業を買収していただけです。
では、愛子や近藤は?
連続倒産に関与していた彼女たちはトラの構成員なのか、協力者なのか、はたまた利用されていただけなのか……。
玉子は麗子とともに近藤まりあを直撃します。
最初こそすっとぼけていた近藤ですが、いかんせん相手が悪かったですね。
「あなた、不正会計に関与していたわよね」
麗子の迫力の前に、近藤はあっさりと口を割りました。
「仕方なかったんです……」
「倒産続きの女」として密告された近藤ですが、実際は愛子の指示で動いていただけだといいます。
愛子の指定した会社に入社し、内部情報を流すだけの簡単な役割です。
近藤は報酬として毎月30万円を愛子から受け取っていて、怪しいと疑いつつも役得を手放すのも惜しく、ずるずると協力を続けてきたということでした。
お金がもらえてラッキー、もらえなくて困る。そういうレベルの認識なのかもしれない。そしてそういう人だからこそ、只野さんに見込まれて、利用された。
つまり、近藤まりあは何の事情も知らされていないただの下っ端だったわけですね。
黒幕は「トラ」。その協力者だったのが愛子。愛子の手先だったのが近藤まりあ。
トラと愛子の関係性がやや不透明ですが、全体像はだいぶはっきりとしてきました。
命の値段
ゴーラム商会の倒産が確定した今、玉子はマルサチ木材だけでも倒産から救いたいと考えています。
「愛子は企業を倒産させる目的で自殺した」と証明できれば、幸元社長への容疑は晴れ、元通り民事再生による立て直しを続けられるはずでした。
ところが……
『先生、親父が見当たらないんです。家の炬燵の上には、家族、取引先に向けた遺書がニ十通。その脇に、経営者保険の保険証がおいてありました』
取り乱した様子で電話してきたのは、幸元社長の息子である耕太でした。
『家の近くを捜し回っていますが、見つかりません。最後に親父を見たのは二時間ほど前です。もしかしたら、ゴーラム商会のほうに行っているかもしれないです。あの場所が発端ですから』
玉子には幸元社長の考えがはっきりとわかりました。
このまま会社が潰れ、家族や取引先に迷惑をかけるくらいなら、せめて自分の命をお金に換えて残そうとしているに違いありません。
玉子はゴーラム商会へと走りました。
エレベーターを持つ時間も惜しく、パンプスを脱ぎ捨てて階段を駆け上り、四階の「首切り部屋」へと飛び込みました。
開口一番、思いきり叫びます。
「だめっ」
はたして部屋の中では幸元社長が出刃包丁を自分に突き立てようとしていました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「死んだらだめよ」
私は大声で言った。
「あなたが死んだって、会社は助からない」
急に大きな声を出して、喉が痛んだ。
「たった一億か、二億。それじゃ、会社は助からない」
包丁を持つ社長の手が震えていた。
「大の大人の決めたことだ。堪忍してくれ」
私は社長めがけて突進した。
途中でジャケットを脱いで、社長の顔に覆いかぶせる。
その隙に椅子を持ち上げて、社長の腕を無茶苦茶に叩いた。
社長の手の力が緩み、包丁が床に転がった。
足先でその包丁を踏み、入り口めがけて蹴り出した。
包丁は、ことん、という音とともに、部屋の外に出た。
「死んだって意味がないのよ。あなたは死ぬよりも、生きているほうが、よっぽど価値があるんだから」
叫びながら、涙と鼻水がこぼれてきた。
「逃げるな! 生きて働け!」
真相
玉子がこうも必死に幸元を止めようとするのには理由があります。
かつて美馬家は干し柿をつくる会社を営んでいたのですが、その倒産に際して玉子の両親は今の幸元と同じように首を吊ったのです。
「うちの、お父さんと、お母さんもそうだった。お金のために死んだけど、お金は足りなかった。無駄死にだった。それだったら、生きていて欲しかった……」
玉子の悔しさが滲んだ言葉に、さすがの幸元社長も勢いを削がれて大人しくなります。
このまま一件落着かと思われた、その時でした――。
「美馬先生のご両親は、立派な死にざまでしたよ。干し柿の、美馬柿店だったかな。家族と従業員を守るために二人そろって首をつったらしいですね。人間一人の生涯年収は二億円から三億円です。経営者保険で、ひとり二億円、二人で四億円もらえたなら、得意したほうです」
つらつらと玉子の実家の事情を語ったのは、同じ法律事務所の哀田弁護士でした。
哀田は川村の部下としてゴーラム商会の倒産を担当していました。この場にいることそのものにはあまり違和感はありません。
しかし、うっすらと笑う表情に、手に持った包丁……明らかに尋常の様子ではありません。
「いいかい。お金ってのは、命を削って稼ぐもんだ。美馬先生のご両親は、正しい命の使い方をしたんだよ」
ひょろりとした長身痩躯の哀田はいつもの頼りなさげな存在感から一転、不気味で不穏な雰囲気をまとっていました。
哀田は続けて言います。
「只野さんの死も立派だった。これから、君たちも立派に死ぬことになる。幸元社長は、美馬先生を刺殺。その後、自殺するってわけだ」
わけのわからない状況ですが、哀田がふたりを亡き者にしようとしているのは確かです。
震えながら「なんで……?」と声を絞り出した玉子に、哀田は答えます。
「トラについて、知りすぎたからだよ」
絶望的な返答でした。哀田はすでにトラの秘密を洩らした赤坂を始末してきたのだといいます。
哀田が扉側に立っているため、玉子たちに逃げ場はありません。
まさに絶体絶命のピンチです。
もはやここまで――、そう思われたときでした。
「やめなさいっ!」
怒鳴り声とともに飛び込んできた麗子が、哀田に見事な飛び膝蹴りを食らわせます。
さらに、息つく暇なく回し蹴りをどてっぱらに叩きこめば――あっという間に形勢逆転でした。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「こいつを取り押さえて」
剣持先生の言葉で、幸元社長と私が動こうとすると、哀田先生が、
「ちょっと、待ってくれ。取引だ。トラについて、知りたくないか」
と言った。
「美馬柿店を潰したのも、トラだよ」
思わず私は動きを止めた。
「どういうことですか?」
質問する私の声が震えていた。
「干し柿作りに使っていた工場、更地になった後、大きな商業ビルが建っただろう。あの土地が欲しい人がいた。だから、トラが潰した」
哀田先生は、痛みに身体をねじらせながらも、声を絞っていた。
「それ、本当ですか」
血の気が引いていくのを感じた。すごく寒い。
「トラは、そういうのは、慣れている。只野さんが、会社を四つ潰したいと言い出した時に、相談に乗ったのもトラだ。やり方を教えただけで、あとは只野さんがほとんど一人で実行したがね。只野さんは、自分の貯金を削って、近藤という女に小遣いまで渡していたらしいね。トラが出してやるかという話もあったんだけど、最終的には資金供与を断った。それで只野さんは身銭を切って、計画を実行したのだから偉いよ」
「只野さんが自殺をするよう仕向けたのも、哀田先生だったんですね」
自分でも驚くほど乾いた声が出た。
哀田先生は、只野さんにゴーラム商会を「必ず助けます」と言い、事業売却により延命できる見込みだとわざわざ告げていた。あの時は只野さんを励ます意図かと思った。
だが実際には、只野さんを追い詰めるための言葉だったのだ。
哀田先生の言葉を聞いて、どうにかして会社を潰さないといけないと、只野さんは焦ったはずだ。
「只野さんに法律の一般論を教えただけですよ」
哀田先生がトラの一員だということを、只野さんも知らなかったのだろう。
「只野さんは立派だったよ。お姉さんは就職氷河期で就職できず、ずっと非正規社員だった。只野さんが潰した四社は、お姉さんを冷遇し、お姉さんの首を切った四社だよ。職を繰り返し失ったお姉さんは、心を病んで自殺した。」
幸元社長は、腰を抜かして、固まっている。
私は包丁を後ろ手で握って、少しずつ、哀田先生に近づいた。
時間を稼ぐ必要があると思った。
「でも、復讐なら、社長にすればいいでしょう。会社なんていう、実態のないものを倒してもいいことはないのでは?」
訊きながら、じりじりと近づく。
「只野さんが復讐したかったのは、正社員と非正規社員という、身分制そのものだよ。もっと言うと、能力のない正社員たちに復讐したかったのさ」
哀田先生は、寝転がった姿勢のまま、顔をゆがめて笑った。
「よくそんなことを思いつくよな。只野さんのお姉さんは優秀だったのに、非正規社員だったが故に解雇され、最終的に死に至った。無能な奴でも正社員というだけで、のさばっているのが我慢ならなかったらしい。会社を倒産させてしまえば、正社員も非正規社員もない。全員、ただの無職だ。能力がある者は次の職を得られる。それはそれで良しということのようだ。ただ、能力のない者は食えなくなる。そういう正常な状態に、戻したかったらしい」
その瞬間、私は包丁を正面に突き出し、哀田先生に振りかざした。
哀田先生は目を見開き、とっさに身体を転がした。
私はすぐにバランスを立て直し、もう一度、哀田先生めがけて包丁を振った。
「やめなさい」
腹をおさえ(※)、這いつくばる姿勢のまま、剣持先生が私の足元に縋りついた。
※飛び膝蹴りの着地の際にわき腹を机にぶつけていた
「放して。この人は親の仇だ」
私は剣持先生を足蹴にした。
剣持先生は痛そうに顔をゆがめた。
結末
あわや玉子が哀田を刺してバッドエンドになってしまいそうな流れでしたが、ご安心ください。
ちゃんと麗子が鋭い回し蹴りで(玉子を蹴って)阻止します。
よろめく玉子に包丁を奪い返そうとする哀田が突進して、もつれて倒れ込み……最終的に包丁は玉子の脇腹に突き刺さりました。
玉子の意識が戻ったのは一週間後のことでした。
病室のベッドの上で、玉子は眠っていた間のあれこれを耳にします。
まず、幸元社長は自殺を思いとどまっていました。
玉子が紹介した弁護士の手腕により殺人の容疑も晴れ、会社を潰さずに済んだとのことです。
「哀田先生は、どうなったんでしょう?」
玉子に包丁が刺さった隙に逃げ出していた哀田は、富山県の山中で遺体となって発見されていました。
おそらくはトラに始末されたのでしょう。
「そういえば、もう一つ、わかったことがあります」
津々井によれば、最初に「近藤まりあのせいで会社が潰れる」と内部通報した通報者の正体は、管理部門役員の安西だったとのことです。
「でも、安西さんがどうして?」
「会社が潰れることに関して、追及されるのを避けたかったようです」
ゴーラム商会が倒産に至った原因のひとつは、ランダール社との独占販売契約が失効したと発覚した際、顧問弁護士に相談するなり適切なアクションをとらなかったことにあります。
「だが、安西さんはそれを怠った」
もし、安西が適切に対処していたのなら、倒産の憂き目は免れたかもしれません。
言い換えれば、安西は倒産の責任を追及される立場にあります。
誰に責任を追及されるのかというと……。
「ああ、株主からの責任追及ですか」
安西は倒産の責任を負うべき役員として、株主から損害賠償請求される可能性がありました。
その事態を恐れた安西は、近藤まりあに責任を擦り付けて、株主の目を誤魔化そうとしたというわけです。
「安西さんの罪はそれだけではありません」
津々井は言葉を続けます。
「最終的に只野さんを自殺に追い込んだのも、安西さんです」
責任追及を恐れた安西は、自分以外の倒産原因を探す中で愛子の企みに気づき、脅したのだといいます。
安西「お前が会社を潰そうとしているのは分かっている。すぐに自首しろ。そうでなければ、俺がバラしてやる」
この保身のための安西の脅迫が愛子を追い詰め、会社を道連れにして自殺するという手段に至らせていたのでした。
「安西さんは、最終的にどうなるんでしょう?」
玉子の問いに、津々井は柔和な笑顔のまま答えました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「僕は、訊き出した情報を警察に流さないことを、安西さんと約束しています。だから、只野さんを死に追いやったことについて、刑事罰を問われる可能性は低いでしょう」
津々井先生は一瞬口を閉じ、瞬きをした。
再びじっと私の目を見ると、明るい口調で言った。
「ただ株主からの訴訟は、依然としてあり得る。僕は会社の顧問弁護士です。究極的には、会社の株主に仕える身。会社役員である安西さんの責任を追及する訴訟は、僕が担当することになります」
「ああ、そういうことか」安堵の声が漏れた。
「そういうことです。大丈夫。僕がきっちり、カタをつけますよ」
津々井先生なら、安西に取るべき責任を取らせるだろう。只野さんの無念も、多少は浮かばれる。
津々井先生は、ほっほっほ、と満足そうに笑った。
味方でいるぶんには心強いが、敵に回したくないと思った。
エピローグ
「美馬、マルサチ木材の社長の自殺を止めたらしいな。でかしたぞ!」
大きな声で玉子を褒めたのは、同じ総合病院に入院していた川村弁護士でした。
「俺たち倒産弁護士が怖いのは、関係者の自殺だよ。会社の経営悪化は仕方ない。救える会社は救うし、もう手遅れの会社はなるべく綺麗に整理して見送る。最悪、会社が死んだっていいんだよ。人間様には関係ない話だから。けれども人間が死ぬのは辛い。本当は死ぬ必要がないからな」
これまで玉子の心の底にはずっと両親の死に対する割り切れない感情が澱んでいました。
お金のために死ぬ必要なんてなかった、という無念さがひっかかっていました。
残された遺族の深い苦しみを知っていたからこそ、玉子は必死になって幸元社長を止めたのです。
「お前、倒産弁護士になれよ」
倒産チームのボスである川村弁護士は、玉子の過去を知りません。
それとは関係なく、前々から玉子に目をつけていたのだと言います。
「美馬は、お辞儀が綺麗だろ。ビシッと腰からまっすぐ曲げる。商売人の頭の下げ方だ。そういう奴は、倒産弁護士に向いてるんだよ」
玉子はひとまず「少し考えさせてほしい」とだけ伝えます。
倒産関係の仕事は、古傷をえぐられるようでこれまで避けてきた分野です。
けれど、もう心は決まっていました。
物語のラストシーン。
お見舞いに来た幸元耕太から食事に誘われた玉子は……
※以下、小説より一部抜粋
…………
「私は働きたいんです」
はっきりと声が出た。
「えっ?」
耕太は困惑したように聞き返した。
「今回のお父様の件を通じて、私は働きたかったんだと気付かされました。やりたい仕事を見つけられました。こちらこそ、ありがとうございます」
「はあ、どうも」
耕太が小さく頭を下げる。
「お父様を助けたのも仕事のうちです。どうか、お気になさらず(※)」
※言外に食事の誘いを断っている
と言って、私は微笑んだ。
そのまま黙っていると、耕太が、
「あの、そしたらもう、玉子さんにはお会いする機会は――」
と口ごもった。
私は耕太に笑いかけた。
「御社が倒産しそうになったら、いつでも呼んでください」
耕太は驚いたように、私の顔を見つめ直した。
(中略。耕太は帰る)
病室の窓を見上げると、雲一つない青空が覗いていた。
からりとしていて、干し柿を作るのに絶好の秋晴れだ。
まぶたを閉じると、宝石みたいに輝く、飴色の干し柿が浮かんだ。
退院したら、干し柿を作ろう。
あげる人がいなくてもいい。自分で食べるから。
まどろみの中でふと、そう思った。
<おわり>
補足
上記ラストシーンは、冒頭の合コン場面との対比になっています。
以前の玉子なら、男性からの食事の誘いにはとりあえず応じるなり、断るにしても愛想は欠かさなかったでしょう。
はっきりと耕太の誘いを断った玉子からは「とりあえず結婚しなければならない」という漠然とした焦りや不安の影がすっかり消え去っています。
進むべき道を見つけて仕事人としての使命感と情熱に燃える玉子は、最初の「ぶりっこ」とはまるで別人で、それでいてより魅力的になっているように思われました。
感想
前作から期待した方向性ではなかったけれど、これはこれでいいよね! というのが率直な感想です。
前作『元彼の遺言状』の魅力はなんといっても剣持麗子という我の強い(褒めてます)ヒロインにありました。
やることなすこと派手な麗子の物語は見ていて飽きる暇がなく、ジェットコースターにも似た起伏の激しいエンタメが実に刺激的でした。
料理で例えるなら味付けの濃い中華(たぶん四川料理)かイタリアン。映画ならアクション映画かヒーローものといった感じです。
一方、続編『倒産続きの彼女』では美馬玉子という新しいヒロインがお目見えします。
ありていに言って、玉子は麗子とは真逆のヒロインでした。
恵まれない環境から努力して弁護士になった玉子は、良くも悪くも常識的な一般人です。
愛想よくふるまって場の調和をとりつつも、心の中ではちょっと毒づいたりもしていて、「うんうん」と共感したくなる場面も多々ありました。
たとえば、こんなふう↓に。
自分より「上」にいる人は、みんな嫌いだ。みんなして不幸になればいいのに。
もうひとつ↓
誰かに同情されるのは嫌いだ。だけど自分の大変さについて、誰かに理解され心配されたいという気持ちはある。それが厄介なのだ。
自分に自信がなくて、でも誰かに同情されるのはまっぴらで、恋愛市場にも疲れていて……玉子は28歳の働く女性が抱えているもやもやをありのままに代弁してくれます。
そんな玉子を中心に据えた物語は、もちろん麗子のそれとは大きく異なっていました。
簡単にいえば玉子の成長物語としての側面が強く押し出されていたように思います。
物語のラスト、玉子は両親を失った事件を乗り越え、倒産弁護士としての一歩を踏み出します。
実りのない合コンに心をすり減らしていた「ぶりっこ」はどこへやら。
「私は働きたかったんだ」という自分だけの答えをつかみ取った玉子はシャンと芯の強い女性としてとっても魅力的でした。
それまで身近に感じていたからでしょうか。玉子が自分で自分の生き方を選び取る結末には、なんだか読んでいるこっちまで誇らしい気持ちになりました。
この物語では「干し柿」が重要なアイテムとして登場します。
潰れた家業であり、ずっと祖母のために作り続けていた干し柿。
祖母は亡くなる直前に「寒風に晒された柿だから甘くなる。人生もそうだ(意訳)」と玉子に言い残しています。
小説のラストページ。
退院したら、干し柿を作ろう。あげる人がいなくてもいい。自分で食べるから。
この一文を読んでジンと感動した理由は、とてもひと言では説明できません。
派手でエンタメな前作からはガラリと雰囲気が変わりましたが、『倒産続きの彼女』も心に残る素敵なお話でした。
小説『倒産続きの彼女』を読みました❗️
前回の『元彼の遺言状』の続編です✉️
転職するたびに会社が潰れる謎の経理。その背後には、とんでもない闇が広がっていました。⬇️あらすじと感想🏢https://t.co/mFo0IPkNVB
— わかたけ@小説読んで紹介 (@wakatake_panda) February 2, 2022
まとめ
今回は新川帆立『倒産続きの彼女』のあらすじネタバレ解説(と感想)をお届けしました。
前作が痛快で刺激的な「読んでいて楽しい」タイプの小説だったのに対して、今作は共感が散りばめられた「味わい深く余韻が残る」タイプの小説になっていました。
物語ではその正体がつかめなかった謎の集団「トラ」
これからシリーズを通しての敵となっていく予感がしますが、はたして……?
四月にはシリーズ三作目もお目見えするとのことで、そちらも楽しみです。
※今度は誰がヒロインになるのでしょうね?
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