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小説『月の満ち欠け』あらすじネタバレ解説|奇跡の結末|佐藤正午【映画原作小説】

佐藤正午『月の満ち欠け』を読みました。

直木賞受賞作。読後の感想は「すごすぎる」のひと言に尽きます。

すぐにでもこの名作の物語をお伝えしたいので、前置きは省略。

今回は小説『月の満ち欠け』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。

ぱんだ
ぱんだ
いってみよう!

あらすじ

あたしは、月のように死んで、生まれ変わる──。

この七歳の娘が、いまは亡き我が子? 今は亡き妻? 今は亡き恋人?

そうでないなら、はたしてこの子は何者なのか?

三人の男と一人の女の、三十余年におよぶ人生、その過ぎし日々が交錯し、幾重にも織り込まれてゆく。この数奇なる愛の軌跡。

第157回直木賞受賞作。

(文庫表紙のあらすじより)

生まれ変わり

物語は少し不思議な場面から始まります。

若い母娘と、老紳士。最初のうち、カフェで向かい合って座る彼らの関係はいまいちつかめません。

どうやら老紳士は亡き娘の遺品を手渡すため、わざわざ東北新幹線に揺られて東京まで出てきたようです。

手渡す相手は人気女優でもある母親……ではなく、7歳になる娘のほう。

「緑坂るり」という名前のその女の子は、老紳士の娘の生まれ変わりなのだといいます。

だから、風呂敷に包まれた遺品……老紳士の娘が高校生のときに描いた絵画も、自分の所有物だというわけです。

老紳士こと小山内堅(おさないつよし)は、生まれ変わりだなんてありえないと思っています。

一方で、彼が遠路はるばる出向いてきたのは、生まれ変わりを予感させる出来事に、思い当たる節があるからに他なりません。

るりという少女は本当に小山内の娘の生まれ変わりなのか?

小山内に絵画を持ってこさせたのは何のためなのか?

その謎を解き明かすべく、物語は過去に向かって時計の針を戻しはじめます。


小山内瑠璃

15年前、小山内は妻子を同時に亡くしました。

娘は高校を卒業したばかりの享年18歳。交通事故でした。

妻の梢(こずえ)と娘の瑠璃(るり)が何のためにどこへ行こうとしていたのか、小山内には知るよしもありません。

事故の後、小山内は過去のとある一時期を何度も何度も思い出すことになります。

11年前。瑠璃が7歳だった頃の記憶です。

謎の高熱に数日うなされてからというもの瑠璃の様子がどうもおかしい、と小山内は妻から何度も訴えられたことがありました。

誰に教えられたわけでもなく昔(生まれる前!)の流行歌を口ずさむ。

デュポンのライターを一目で見分ける。

ノートに吉井勇の短歌(君にちかふ阿蘇の煙の絶ゆるとも萬葉集の歌ほろぶとも)を書く。

どれも小学一年生の瑠璃が持ちあわせているはずのない知識です。

妻は言います。

「変よ。気味が悪い」

一方、小山内はそれらの出来事を軽く受け流します。往年の歌謡曲を歌うから、だからどうしたというんだ……という具合です。

小山内の感覚では娘は「いつもどおり」でした。

「瑠璃はふつうの女の子を装ってるんだと思う。演技してるのよ。とくに堅さんの前では」

小山内は「どうやら妻は精神を病みかけているらしい」と判断しました。

もともと名前の通り堅実で保守的な性格です。妻の異常な言い分に理があるとは思われませんでした。

ぱんだ
ぱんだ
ふむう

その後、7歳の瑠璃がひとりで電車に乗って高田馬場まで《家出》したときも、小山内は考えを改めようとはしませんでした。

なぜ閉店して久しい高田馬場のレンタルビデオ店に行こうとしていたのか?

その理由を厳に問い質そうとも思いませんでした。

小山内はただ、娘に「今日で懲りただろう」と諭し、高校を卒業したならひとりで旅行をしてもいいと約束しました。

「わかった。あと十一年だね」

それから11年間、小山内家は実に平穏でした。

瑠璃はもう家出したりしませんでしたし、妻の様子もいたって穏やかでした。

だから、妻子を喪った小山内が思い出すのは決まってこの頃の記憶です。

妻の言い分は正しかったのではないか?

瑠璃は何のために高田馬場のレンタルビデオ店に行ったのか?

いくら考えても、答えは出ませんでした。

<すぐ下のネタバレにつづく>


ネタバレ

再び場面は小山内瑠璃の死から15年が経過している【現在】

60代に突入した小山内が「緑坂るり」に手渡した絵画は、青年の肖像画でした。

青年の名前は三角哲彦(みすみあきひこ)

この場の待ち合わせに遅れている最後の一人でもあります。

肖像画は美術部だった小山内瑠璃が高校生の頃に描いたものですが、彼女は生前、三角哲彦には一度も会っていません。

その絵は彼女の《記憶》をもとに描かれたものでした。

正木瑠璃

小山内瑠璃の誕生よりさらに過去の話です。

当時、三角哲彦は20歳の大学生でした。

高田馬場のレンタルビデオ店でアルバイトしていた三角は、そこで出会った年上の女性に恋をします。

彼女の名前は正木瑠璃。年齢は27歳。

一目惚れでした。三角は連絡先も知らない瑠璃を探し回り、映画館でようやく再会を果たします。

それから(今度は)示し合わせた映画デートがあり、長い夜の散歩があり、ベッドで明かした朝があり、ふたりは恋人同士になります。

しかし、ふたりの恋には大きな障害がありました。

瑠璃は人妻だったのです。

夫との関係は冷めきっていましたが、だからといって不倫が正当化されるわけではありません。

三角は若者らしい向こう見ずさで「いつか不幸になるのだとしても、それでも一緒にいたい」と伝えます。

『君にちかふ阿蘇の煙の絶ゆるとも萬葉集の歌ほろぶとも』

吉井勇の短歌の意味はよくわかっていませんでしたが、それでも永遠を誓うという気持ちは本物でした。

一方、瑠璃は言います。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「将来、アキヒコくんがあたしのことを負担に感じて、冷淡になったら、そのときは死ぬ。そして生まれ変われるものなら、もっと若い美人に生まれ変わって、またアキヒコくんと出会う。

(中略)

(わたしは)月の満ち欠けのように、生と死を繰り返す。そして未練のあるアキヒコくんの前に現れる。何回でも現れて誘惑する」

…………

正木瑠璃が地下鉄に轢かれてこの世を去ったのは、それからわずか二週間後のことでした。

最後に過ごした夜の会話とは関係のない、不幸な事故でした。

しかし、突然の訃報に、三角はこう考えずにはいられませんでした。

最後の瞬間、瑠璃さんは死を受け入れていたのではないか?

あの夜の言葉どおり、彼女は月のように生まれ変わってくれるのではないか?

それからしばらくの間、三角はただただ瑠璃の生まれ変わりを待ち続けましたが、やがて奇跡を待つだけの受け身の生活に倦むと、元の生活に戻っていきました。


瑠璃から瑠璃へ

ここで一度、話を整理しておきましょう。

第一に、小山内瑠璃は正木瑠璃の生まれ変わりでした。

地下鉄に轢かれて亡くなった正木瑠璃は、ほとんど同時期に小山内瑠璃として誕生しています。

これは物語的にはもう少し後になって語られる新事実なのですが、梢(小山内の妻)は妊娠中に《予告夢》を見ていました。

ぱんだ
ぱんだ
予告夢?

夢の中で、梢はお腹の中の赤ちゃんから「わたしは瑠璃という名前だ。瑠璃と名づけてほしい」と語りかけられていたのです。

四人目の瑠璃にあたる「緑坂るり」の名前も、同様の経緯によって名づけられています。

ぱんだ
ぱんだ
ふむふむ

正木瑠璃の意識(記憶)は生後から7年、謎の高熱をきっかけにして覚醒します。

以降の瑠璃は存在的には完全に「正木瑠璃」です。

口ずさんでいた昔の歌謡曲は正木瑠璃が好きだった曲。デュポンのライターを見分けられたのは、独身時代の(旧姓:奈良岡)瑠璃が煙草屋で働いていたから。

ノートに書いていた短歌は、三角哲彦から贈られたものでしたね。

そう、三角哲彦。

そもそも瑠璃が生まれ変わったのは、三角哲彦と(今度こそ)結ばれるためです。

小山内瑠璃が高田馬場のレンタルビデオ店を目指して「家出」したのは、三角哲彦と再会するためでした。

しかし、家出は失敗。

瑠璃は高校卒業まで待ち、そしてようやく母親と一緒に三角に会いに行こうとして……そして交通事故により(再び)この世を去りました。

なお、梢は三角哲彦の姉の親友でもありました。瑠璃が三角の連絡先を入手できたのは、そのためです。

梢は頭の固い小山内とは違って、瑠璃に前世の記憶があることを(なかば)受け入れていました。

ぱんだ
ぱんだ
なるほどね

小山内瑠璃が18歳で亡くなったのが【現在】から15年前。

高熱によって前世の記憶を取り戻した緑坂るりの年齢は7歳。

正木瑠璃が初代、小山内瑠璃が二代目だとすると、緑坂るりは四代目の瑠璃に当たります。

ぱんだ
ぱんだ
じゃあ、三代目は?

三代目の瑠璃は両親から「希美」と名づけられました。

なぜなら、「瑠璃」という名前は夫妻が親しくしている《とある人物》の亡妻の名前だったからです。

その人物の名前は正木竜之介。瑠璃のかつての夫その人です。

三代目、小沼希美は正木竜之介が働く工務店の社長夫婦の娘として誕生しました。


小沼希美

小沼希美が誕生したのは、正木瑠璃の死から約18年後のことです。

※小山内瑠璃としての18年が間にあるため

7歳で前世(と前前世)の記憶を取り戻すと、希美はまっさきに正木竜之介の存在に気づきました。

なにせかつての夫です。

生前、瑠璃は正木竜之介に押し切られる形で結婚しました。しかし、やがて正木は瑠璃に興味をなくし、出張とうそぶいては浮気相手のもとに通い詰めるようになりました。

正木は自分勝手な性格であり、夜の営みは瑠璃にとって苦痛でしかありませんでした。

三角哲彦と出会った頃の瑠璃には、そのような背景があったのです。

……話を小沼希美の年代に戻しましょう。

一足飛びに話を進めると、正木はほどなく希美が亡き妻の生まれ変わりであることに気づきます。

ちらりと舌を出す癖。口ずさむ昔の流行歌。それまではべったり甘えていたのに、急によそよそしくなった態度。

不審が確信に変わるまで、さほど時間は必要ありませんでした。

このときの正木と希美の関係性について、少し考えてみましょう。

正木にしてみれば希美は亡き妻と同一人物です。彼はかつて妻をぞんざいに扱いましたが、それは「瑠璃は自分のものだ」という驕(おご)りのためであり、瑠璃への執着心はむしろ並々ならぬものがありました。

しかし、希美が亡妻の生まれ変わりだと主張したところで、いったい誰が信じてくれるでしょう?

そんなことをすれば正木はせっかく社会復帰した職(瑠璃の死後、ギャンブル依存で身を持ち崩した)を失うことになるに決まっています。7歳の子どもに執着する変態として通報されるかもしれません。

一方、希美の立場も複雑です。

両親である小沼夫妻は、小山内梢のように生まれ変わりを受け入れてくれるタイプではありませんでした。しかし、小学生にあがったばかりの彼女が三角哲彦と再会するためには、絶対に大人の協力が必要です。

正木竜之介は警戒すべき敵でもありましたが、生まれ変わりの事実を知っているという点において、三角哲彦と再会するために必要な協力者にもなりうる人物でした。

ぱんだ
ぱんだ
ふくざつ

緊張感のある両者の関係は、やがてそれぞれにとって不本意なカタチで幕を閉じることになります。

緑坂るりの存在からも察せられるように、小沼希美は7歳でこの世を去ったのです。

原因はまたしても事故。

正木が運転する車で三角哲彦に会いに行こうとしていた道中の出来事でした。

正木竜之介は女児誘拐の犯人として逮捕。後に死亡しています。

※正木は完全に生まれ変わりを信じていました。彼が拘置所内で亡くなったのはあるいは自殺であり、自身もまた生まれ変われるのだと考えたためだった……のかもしれません。


緑坂るり

ここであらためて【現在】に目を向けてみましょう。

小山内堅の対面にちょこんと座っている「緑坂るり」は四代目の正木瑠璃です。

彼女の目的は一貫して三角哲彦と再会することでした。

そして、三角は遅れているものの、この場に現れる段取りになっています。

つまり、小山内瑠璃、小沼希美での失敗を経て、(三度目の正直というべきか)緑坂るりはすでに念願を叶えているのです。

※くわしくは後述

小山内堅がこの場に同席しているのは、第一には「小山内瑠璃が高校生時代に描いた三角の肖像画」が瑠璃にとって必要なアイテムだったからです。

瑠璃の現代の母親である「緑坂ゆい」は小山内瑠璃の高校生時代の親友でした。彼女は肖像画が完成する現場にも立ち会っています。

肖像画が三角の顔と一致していれば、緑坂ゆいは《生まれ変わり》という常識外れの現象を認めざるをえません。

現在、三角哲彦は50代半ば。その前前前世の恋人であった緑坂るりは7歳。

アンバランスな二人が結ばれるためには、動かぬ証拠が必要でした。

※もちろん緑坂ゆいにとって小山内堅は亡き親友の父親であり、小山内瑠璃の生まれ変わりである「るり」と三角が正式に再会する瞬間に立ち会う権利があると考えたから声をかけた、という側面もあるわけですが

ぱんだ
ぱんだ
なるほどね

今や大企業の重役に任じられている三角哲彦が遅刻するであろうことは、事前に予想できていたことです。

緑坂ゆいは小山内を昼食に誘いますが、小山内はこれを断ります。

時刻は午後1時。小山内は20分後に発車する東北新幹線に乗らなければなりません。

彼には現在、ほとんど事実上の妻といっていい女性がいます。

上京して女優の緑坂ゆいと会ってきた、という事実にいらぬ勘ぐりをされぬよう、普段通りの時間に帰宅するつもりでした。

待ち合わせのカフェを出て、小山内は緑坂母娘と別れます。

すると、いくらも歩かないうちにるりが追いかけてきました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「小山内さん! いいこと教えてあげようか」少女の声が背中にかかる。

「生まれ変わりは、あたしだけとは限らないよ」

大人をからかうジョークの口調だし、振り向くほどのことではない。だが小山内は歩き出すのを躊躇する。るりが言い直す。

「かぎらない、かもだよ?」

「……」

「生まれ変わってでもアキヒコくんと会いたい、そう念じて、あたしがこうなったのなら、愛の深さが条件なら、ほかにも生まれ変わる資格のある人はたくさんいるよ。小山内さんの奥さんだって、愛の深さではぜんぜん負けてないし、有資格者のひとりだよ」

(中略)

「小山内さんが高校の時の初恋の人だって、いつか言うつもりの秘密も言えてないんだし、絶対、梢さんだって生まれ変わりたいはず。生まれ変わって、もう一回、小山内さんに近づきたいと望んでる。十五年前の事故で死んだとき、あたしがそうだったように、別の家の子供に生まれ変わってでも、たとえ別人になっても会いたがってる。可能性はあるよ。可能性じゃなくて、ほんとにそれが起きていたら、小山内さんは、もう梢さんに会ってるかもしれないよ。ただ、小山内さんが気づいてないだけで、死んだ奥さん、別人になってどこかにいるかもしれないんだよ」

小山内は渋面を作る。

「まあ、一理ある」と彼は言う。「実は、きみの言うとおりのことが起きている」

「うそ? マジ?」

小山内は片手をズボンのポケットに差し入れ、乗車券を持ったほうの手で頭を搔きながら、

「マジなわけないだろ」

「……なんだ。そんな顔で冗談言う?」

「るりちゃん」小山内は最後に少女をそう呼ぶ。「子供が大人をからかうもんじゃない」

そして今度は躊躇わず歩き出す。

歩き出したとたん、少女が小山内の背中に言い返す。

「堅さん!」と負けん気を出して名前を呼ぶ。

小山内は立ち止まらない。

「堅さん、そう呼ぶ子がいたら、本物かもだよ」

小山内は振り返らない。

小山内はこのまま緑坂母娘と別れます。追ってきたるりをふり返った瞬間、緑坂ゆいの隣には(ようやく到着した)三角の姿がありました。


月の満ち欠け

小山内堅という人間は良くいえば現実主義者(リアリスト)、悪くいえば頭の固い朴念仁です。

彼は緑坂るりが語るまで、亡き妻である梢の秘密にさえ気づいていませんでした。

ぱんだ
ぱんだ
秘密って?

小山内は大学時代に梢と出会い、そのまま結婚しています。彼にしてみればきっかけは偶然の出会いだったのですが、真実はそうではありません。

梢は高校の先輩だった小山内を追って上京し、初恋を叶えるため積極的に行動していました。

要するに小山内は亡き妻からとんでもなく愛されていたにもかかわらず、そのことにまったく気づいていなかったわけです。

帰りの東北新幹線を目指しながら、小山内はるりの最後の言葉について考えを巡らせます。

「堅さん、そう呼ぶ子がいたら、本物かもだよ」

実際のところ、小山内には心当たりがありました。

彼が交際している荒谷清美……の娘である「みずき」です。

朴念仁である小山内が荒谷清美と親しい間柄になっているのは、みずきの存在があってこそです。

みずきがいなければ、ただの店員と客の間柄だった清美と小山内の人生は決して交わらなかったに違いありません。

小山内が荒谷母娘と出会ったのは8年前。みずきはちょうど【7歳】の年頃でした。

※現在、みずきは15歳。中学三年生。

一方、梢が亡くなった事故は15年前。みずきが生まれた時期と重なります。

駅を歩きながら、小山内はさらに記憶をたどります。

みずきの「わがまま」につき合うかたちで初めて荒谷母娘と食事をした夜、みずきはこう言っていたのではなかったか?

「小山内さん、名前、堅だよね? じゃあ、いまから堅さんて呼んでもいい?」

以降、みずきは小山内のことを「堅さん」と呼んでいます。

しかも、その「堅さん」のイントネーションは青森訛りの混じった亡妻のそれとよく似ている……ような気がしてきました。

こうなっては鈍感な小山内といえど、結論に至らざるをえません。

(すべて符合しないか? 実はみずきと出会ったのではなく、みずきのほうから接近してきたのではないか)

ひとたびその考えに至るやいなや、次々と「みずきは梢の生まれ変わりである」と考えるに足る出来事が思い出されていきました。

子供らしからぬしっかりした態度。梢とみずき、二人に共通する趣味・特技。そもそも「みずき」という名前もどことなく梢に近しいものだし、もしかしたら荒谷清美がシングルマザーであるのも、予告夢や生まれ変わりを示唆する出来事が原因で夫と別れたのではないか?

あり得る、と小山内は思います。

すべては「みずき」こと梢の計画通りであり、彼女は初恋を叶えたことを秘密にしていたように、いつか小山内に「生まれ変わり」の真実を打ち明けて驚かせようとしているのではないか?

ならばこうして瑠璃を巡る物語を小山内が目の当たりにしたのも、あるいは梢(=みずき)の思惑のうちなのではないか?

そこまで考えて、小山内は妄想を振り払うように頭を振りました。

梢の生まれ変わりをほとんど受け入れつつあるなか、彼の理性はまだ抵抗を続けようとしていました。すべては妄想だ、という結論で強引に思考を止めようとしていました。

しかし……

※以下、小説より一部抜粋

…………

たとえば、これから帰る八戸で、彼女たちになんの質問もしないでいられるだろうか?

冗談まじりにでも、自分から、生まれ変わりを示唆するような、何か途方もない質問を口にしてしまうのではないだろうか。そんな余計な心配がすでに頭にちらついている。

握りしめていた乗車券の皺(しわ)を伸ばしながら小山内は階段をのぼる。

途方もない質問をされた清美とみずきは黙って顔を見合わせるだろう。そのとき彼女たちの沈黙をどう解釈していいものか、正しく解釈がくだせるのか、小山内には自信が持てない。

実のところ、自分は質問などしない。しないだろう。

だから余計な心配だとはわかっているのだが、それでもほんの少し、頼りない気分を味わいながら、小山内は階段をのぼって新幹線改札口の前に立つ。

ほんの少しだ。

この文章をもって小山内の出番は終わります。青森に帰ったのち、彼はどのような行動をとるのか? みずきとの関係はどうなるのか? それは読者の想像次第です。


瑠璃も玻璃も照らせば光る

小山内が帰りの新幹線に向かっている【現在】から数か月前。

物語は緑坂るりのエピソードで締めくくられます。

るり(=小山内瑠璃)にとって母親の緑坂ゆいは高校時代の親友でしたが、だからといって生まれ変わりの事実をすんなりと認めさせることはできませんでした。

瑠璃は焦ります。三角哲彦の年齢を考えれば、もはや悠長に成長を待っている場合ではありません。

瑠璃は小学一年生の体で単身、三角哲彦が勤める会社へと乗り込みました。

とはいえ、問題はここからです。

小学生の女の子がいきなり訪ねてきて「おたくの重役に会わせてほしい」と申し出たところで、いったい誰が取り次いでくれるというのでしょう?

案の定、大人たちは瑠璃の要求を突っぱねました。警察を呼ばれ、抵抗むなしく取り押さえられて、それだけでもう瑠璃は身動きが取れません。

瑠璃は悔し涙をにじませて、声のかぎり叫びました。

「お願い! あたしをアキヒコくんに会わせて!」

するとどうしたことでしょう。力強く瑠璃をとらえていた男の腕力が、ふっと弛(ゆる)みました。

大人たちはみな一方向を向いて動きを止めています。その視線の先には、こちらに近づいてくる恰幅のいい男性の姿がありました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

怪我はない? と彼は訊ねた。立てるかな?

彼女は立って、相手の顔と向かい合った。

しばらく無言の時間が流れた。

思いついた言葉を口にしようとしたとき、折り畳んだハンカチが差し出されたので、黙って受け取り、頬を濡らした涙を拭いた。

だが涙はいくら拭いてもこみあげてくる。

親戚の子です、と彼がほかの大人たちに説明した。この子は僕の身内だから、僕が責任を持つ。お引き取りください。みんなも仕事に戻ってください。

あのね、と彼女がふたたび言いかけると、彼が振り向いてまっすぐに目を見つめた。

見つめられて、続きを喋ろうとしたが息が詰まり、声にはならなかった。

(中略)

結局、用意してきた台詞を彼女はひとつも口にできなかった。

息苦しさに喉をふさがれ、言葉を失っている少女に向かい、彼は笑顔でうなずいてみせた。

その笑顔は、いいんだ、何も喋らなくても、もうわかっているから、と励ますように少女には受けとめられた。

 

瑠璃さん、と静かに呼びかける声が少女の耳に届いた。

ずっと待ってたんだよ、と彼は言った。

<おわり>

 

補足

三角と瑠璃の再会は約35年ぶり。三角は瑠璃を信じ、独身のまま待っていました。

かつて二人が恋人だった頃、生まれ変わりの話をする瑠璃に、三角はこのように言っています。

「僕は、すぐにその人が瑠璃さんだと見抜く。瑠璃も玻璃も照らせば光る、から。どこにまぎれていても僕にはその人が瑠璃さんだとわかる。瑠璃さんの生まれ変わりだと」

35年越しに約束が果たされたラストシーンでは、三角と瑠璃の間に会話らしい会話は描かれていません。

けれど、ただ一言、「瑠璃さん」という三角の言葉にすべてが込められていたように思います。

この後、どのような経緯があったのか、場面は【現在】へとつながります。

ひとり青森に戻る小山内を見送ったのち、彼ら三人は今後の方針について話し合うんじゃないかなと、そんなふうに想像されました。

ぱんだ
ぱんだ
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感想

いま、このときほど自分の語彙力の乏しさを悔しく思ったことはありません。

『月の満ち欠け』という作品をどれほど楽しんで読んだのか、そのありのままをお伝えしたいのに、適切な表現がちっとも思い浮かばないのです。

まず、大前提として『月の満ち欠け』は抜群におもしろい小説でした。

問題は「どのようにおもしろかったのか?」という点です。

キャラクターが魅力的だった? 伏線やトリックが秀逸だった? 心を鷲掴みにされる台詞や場面があった?

だいたいの小説を評するには、これらについて検討すれば十分でしょう。

しかし、対象が佐藤正午作品となると、わたしはたちまちはっきり答えることができなくなってしまいます。

どれもこれもしっくりこないのです。

ぱんだ
ぱんだ
どゆこと?

結論からいえば、『月の満ち欠け』(というか佐藤正午作品)魅力は《文章そのもの》なのだとわたしは思います。

テンポよくするする読める心地よさ。どんどん続きが気になって夢中になってしまう話の展開。くすっと笑わせてくれるユーモア。思わずハッと息を呑んでしまう鋭い一文。

いいえ、こんな型にハマった説明ではぜんぜん伝わりませんよね。

究極的にいえば、佐藤正午さんの文章はとにかく【雰囲気がいい】のです。

糸井重里さんはこれを「文章の感じがいい」「文章がうまい」と表現しました。

※『鳩の撃退法』解説より

また、伊坂幸太郎さんに言わせれば佐藤正午という小説家は「小説センスの塊」で「小説というマシンの持つ能力を、フルに使える作家」だそうです。

※『月の満ち欠け』解説より

なんとなくでも、伝わっているでしょうか?

強引にまとめると、第一に佐藤正午という作家の書く文章は別格であり、そのなかでも『月の満ち欠け』は特に素晴らしい作品だということです。

ぱんだ
ぱんだ
そんなに?

もしあなたに読書の習慣があって、『月の満ち欠け』を(幸運にも)未読なら、悪いことは言いません、読んでください。決して後悔はさせません。ネタバレを読んでいても大丈夫です。必ず楽しめます。(正直今回のネタバレではおもしろさの1割も取り出せていません)

最後に、伊坂幸太郎さんによる解説から文章を拝借して、この「『月の満ち欠け』めっちゃおもしろかったし、佐藤正午さんはホント天才だから読んだほうがいい」という趣旨の感想を締めくくりたいと思います。

ここまで好きが高じてテンションのややおかしい感想を読んでいただき、ありがとうございました。

※以下、解説より抜粋

…………

小説を読まずとも人は生きていけますし、それでいいと僕は思っているのですが、もし、誰かが、「一冊くらいは読みたい」「しかも、ただの暇つぶしではなく小説の面白さを知りたい」と言ってきたら、佐藤正午さんの作品を読んでほしいと思っています。

難解さをまとうことで文学のふりをしたモドキよりも、真に文学的で、何より面白いのですから、「これだけ読んでればいいよ」といつも思います。

ぱんだ
ぱんだ
わかる


まとめ

今回は佐藤正午『月の満ち欠け』のあらすじネタバレ解説(と感想)をお届けしました。

もしあなたが「ネタバレ読んだけど、そんなにおもしろくなさそう」と思ったのなら、それは100%わたしのせいです。実際には顎が外れるくらいおもしろいので、騙されたと思って読んでみてください。

このブログの他の記事を参照していただければわかることですが、わたしはよっぽどのことがない限り「絶対読んで!」といった類の猛プッシュをしません。人それぞれ好みもありますし。

けれど、『月の満ち欠け』(というか佐藤正午作品)については別です。

わたしではなく、直木賞を信じると思って読んでください。よっぽどのおもしろさがあなたを待っています。

※文庫もあります。伊坂幸太郎さんが(好きすぎて)解説をお断りしたメールをそのまま掲載した巻末解説(?)も必見です。

 

映画情報

キャスト

  • 大泉洋
  • 有村架純
  • 目黒蓮(Snow Man)
  • 柴咲コウ

公開日

2022年冬公開

ぱんだ
ぱんだ
またね!


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