新川帆立『競争の番人』を読みました!
公正取引委員会なる聞きなれないお役所の物語なのですが、エンタメてんこ盛りでたいへんおもしろかったです。
殺人未遂事件に、ホテル間のウェディングカルテル(後述)、ヒロイン個人にも最悪な大事件がふりかかり……!?
今回はそんな小説『競争の番人』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします!
あらすじ
公正取引委員会の審査官、白熊楓は、聴取対象者が自殺した責任を問われ、部署異動に。
東大首席・ハーバード大留学帰りのエリート審査官・小勝負勉と同じチームで働くことになった。
二人は反発しあいながらも、ウェディング業界の価格カルテル調査に乗り出す。
数々の妨害を越えて、市場を支配する巨悪を打ち倒せるか。
ノンストップ・エンターテインメント・ミステリー!
公正取引委員会とは
公正取引委員会は独占禁止法に違反する企業を取り締まる組織です。
……といっても「なんのこっちゃ」って感じですよね。
たとえば作中では地方のホテル三社が手を組んで、毎年少しずつウェディング費用を値上げしているという事件(カルテル)が扱われています。
内容そのままに値段だけがいたずらに高くなっていくのですから、結婚式を挙げる新郎新婦(消費者)にとっては迷惑以外の何ものでもありません。
一方、ホテル側からしてみれば競合他社と競争する必要がないので、楽してお金儲けができるわけで……はい、これ犯罪!
公正取引委員会はそんな企業の不正・ズルを取り締まる組織です。
具体的には探偵のようにこっそり証拠を集めて、警察のようにズバッと立ち入り検査をしたりします。
公取委は認知度も権力も弱い官庁ではあるのですが、これまで小説の題材にされなかったことが不思議なくらい「正義の味方」をしている組織なんですね。
一筋縄ではいかない事件
公取委のチーム《ダイロク》は、栃木県S市のホテル三社によるウェディングカルテルの摘発に乗り出します。
ところが、これがなんとも一筋縄にはいきません。
のっけから「Sクラシカルホテル」のオーナーである安藤が刺されて意識不明に陥る殺人未遂事件が発生。
白熊と小勝負は「ホテル天沢S」の責任者である天沢雲海を見張っていたのですが、その雲海の前にも包丁を持った男が現れます。
さすがに黙っているわけにもいかず、白熊(空手女子)はとっさに飛び出て不審者を絞め落とすのですが、そのせいで尾行がバレてしまいました。
ふつうなら「まあ、でも雲海には恩を売れたわけだし……」とプラスの材料にできそうなところですが、この雲海というのがまったく厄介な男でして……。
わかりやすくいえば、この天沢雲海こそが今作のラスボスです。
ちょっとだけ先回りしてネタバレすると、実は包丁男騒ぎも尾行者を特定するため(+もう一つの目的のため)に雲海自身が仕組んだものでした。
もちろん逮捕された包丁男……名前は石田というのですが、彼は安藤を指した犯人でもなければ、雲海の指示に従っていただけで本当に刺すつもりなんてありませんでした。
白熊たちはまんまと雲海の罠にハマってしまったというわけです。
ならばと公取委は「ホテル天沢S」への立入検査によってカルテルの証拠を掴もうとするのですが、なんと雲海は怒号一喝し検査を拒否!
警察ならぬ公取委の立入検査には責任者の承認が必要であり、拒否されてしまえば強制することができません。
法律的には拒否した場合の罰則が設けられているのですが、それが適用された前例はなく……。
雲海「どうぞどうぞ、罰則を科してもらって結構。できないだろ? 逮捕できるならやってみろよ」
チーム《ダイロク》の全面敗北でした。
とはいえ、諦めるわけではありません。
ありませんが……調査期限が迫る中、新たに「ホテル天沢S」による納入業者いじめが発覚したり、逆にその納入業者にも不正が見つかったり、さらに白熊のプライベートにも大問題が発生したりして……!?
はたして白熊と小勝負、チーム《ダイロク》は天沢雲海の悪事を暴けるのか!?
安藤を刺した意外な犯人とは!?
そして気になる白熊と小勝負の関係はどうなる……!?
<すぐ下のネタバレに続く>
ネタバレ
雲海に立ち入り検査拒否されてしまった以上、ウェディングカルテルの調査にそれ以上の進展は期待できません。
そこで公取委《ダイロク》チームは、先に二つの関連事件から手をつけることになります。
ひとつずつ解説していきましょう。
納入業者いじめ問題
「ホテル天沢S」(というか雲海)はウェディング用の花を地域の花屋に発注しています。
花屋にとってホテルへの納入は売り上げを支える大きな柱です。
「ホテル天沢S」(というか雲海)はそんな花屋の弱みにつけ込んでホテルイベントのチケットを無理やり買わせたり、客の要望による花の手直しを無償でさせたりしていました。
「取引と関係のないディナーショーのチケットや、お節の購入を迫られていました。納入額に応じて勝手に購入額が指定されるのです。これじゃ、値引きを強制されているのと変わりません。昨年は、百万円分も購入しました。花を何本売ったら取り戻せるか計算したらゾッとします。取引先に一律に要請しているからと言われると、断れないんです」
これが納入業者いじめです。
花屋にしてみれば「契約解除されたらおしまいだ」という意識があるので、ホテル側からのいじめに耐えることしかできません。
何を隠そう、雲海に呼び出された包丁男こと石田正樹も弱みを握られた花屋のうちの一人でした。
白熊は石田の妻である七瀬と接触。納入業者いじめの実態を証言させようとしますが、うまくいきません。
雲海の不正を役所に話したとなれば、契約が解除されてしまいます。しかも、地域の有力者である雲海に逆らおうものなら、もうその土地では生活できなくなってしまうかもしれません。
花屋の不正
納入業者いじめに苦しむ花屋ですが、実はただの被害者とも言えません。
なんとS市の六つの花屋は結託して、地域のホテル三社に「他の花屋を使うな」と圧力をかけていました。
前述の通り、ホテルとの取引は地域の花屋にとって大きな収入源になっています。
そのためホテル側が新規参入の花屋に乗り換えでもしようものなら、古くからの花屋の経営は一気に苦しくなってしまいます。
そんな事態を避けるために、S市に根づいた六つの花屋は「自分たち以外の花屋を使ったら、(六店とも)今後一切取引はしない」とホテル側を逆に脅していました。
ホテル側にしてみれば、一気に地域の花屋に見限られた場合、ウェディングのための花を調達できない恐れがあります。最悪の事態を避けるため、ホテル側は魅力的な新しい花屋に安易に乗り換えることができません。
一方、六つの花屋にしてみれば他店との競争や経営努力をせずとも継続して大口の仕事が入ってくるわけで安泰です。
この状況、公取委的にはもちろんアウト!
消費者の立場になってみれば、この場合は結婚式を挙げる新郎新婦になるわけですが、不正な取引にあぐらをかいた平凡な花屋と、競争によって洗練された一流の花屋、どちらのサービスを受けたいと思うでしょうか?
はい。もちろん後者ですよね。公取委はこうした消費者の不利益につながる事業者の不正・ズルを取り締まるための組織です。
たとえ、一方ではホテル側からいじめられている被害者であったとしても、情状酌量の余地はありません。
事実、S市にはセンスがよくて経営努力を惜しまない若い花屋がオープンしていたのですが、旧来の花屋の結託によってホテルの仕事から締め出され、苦しい立場に追いやられていました。
納入業者いじめの実態を白熊たちに訴えた石田七瀬(の店)も、一方では花屋の不正結託に加担している加害者だったというわけです。
突破口
解決の糸口は思わぬ形でやってきました。
雲海側についていた人物が二人も寝返り、公取委に協力してくれることになったのです。
一言でいえば、雲海の自業自得というか、身から出た錆ですね。
協力者の一人、「ホテル天沢S」の元ホテル長である長澤は、たった一回のミスで雲海からクビを宣告されています。
実直な長澤は「自分のミスのせいだから仕方がない」と処分を受け入れていましたが、後にそれが体よくリストラするための建前だったことが発覚。
長年の忠義をあっさり袖にされた長澤は、「雲海に逆らえば家族ともども引っ越さなければならなくなるかもしれない」という不安を乗り越え、雲海に一矢報いるべく公取委に協力を申し出たのでした。
ここからは具体的な話になるのですが、長澤は依願退職につき有休消化中……つまり、まだ(書類上は)ホテル長の肩書きを失ってはいません。
立入検査に必要なのは施設の責任者の承認です。雲海が不在であれば「ホテル天沢S」の責任者はもちろんホテル長。ということは……?
はい。公取委は雲海不在の隙を突いて立入検査を決行します。
これにより、ウェディングカルテルを裏づける決定的な証拠こそ出なかったものの、納入業者いじめについては摘発できるだけの証拠を確保。
雲海の悪事を一つ、暴くことに成功しました。
公取委に寝返ったもう一人の協力者は、石田七瀬です。
これまでの石田夫妻は雲海の意のままに操られていて、公取委に対しては非協力的でした。
けれど、白熊と小勝負が雲海のあくどいやり口を暴いたことで、七瀬は正気を取り戻し、雲海に楯突く勇気を振り絞ってくれたのでした。
具体的な経緯をかいつまんでお伝えすると、石田夫妻の花屋ではうっかりアヘンの原料になる違法植物(別種の一般的な花とよく似ている)を販売してしまっていたんですね。
雲海はその弱みにつけ込み、表面上は石田夫妻の過失を見逃すふりをしつつ、実際には警察沙汰になるように仕向けていました。
ただでさえ主人の石田正樹が逮捕され経営が傾いていたところに、違法植物の販売というスキャンダルが加わり、石田夫妻の店はにっちもさっちも行かない状況に追い込まれます。
雲海は弱った七瀬を篭絡し、なんと石田夫妻の花屋を手に入れて(傘下に収めて)しまいました。
※主人の石田正樹はまだ警察に勾留中
七瀬にしてみれば店がつぶれるのを回避できたわけで、雲海に救われたという認識です。
けれど、すべては雲海の自作自演。
実は「包丁を持ってこい」と主人の石田正樹を呼び出し、殺人未遂事件の犯人という濡れ衣を着せた件も(尾行者を特定するためだけではなく)石田の店を乗っ取るための布石でした。
七瀬の証言により、花屋の不正についても摘発できるだけの証拠が揃います。
残すは本丸、ウェディングカルテル事件のみ!……と言いたいところですが、雲海も黙ってやられていてはくれません。
なんと白熊と小勝負は再び雲海側に寝返ったホテル長・長澤によってホテル旧館の書庫に閉じ込められてしまうのでした。
競争の番人
「僕としたことが、まんまとハメられましたね」
密室の中、小勝負は珍しく端整な顔を曇らせました。スマホは部屋の外。真冬の書庫は凍えるように寒く、警備員が巡回に来る翌朝までは身動きが取れない状況です。
そして、タイムリミットがくれば白熊と小勝負は「不法侵入した公取委」として警察に引き渡されるわけで、せっかく摘発まであと一歩というところまで迫っている状況の足を引っ張ってしまうことになります。
日付は12月25日。最悪のクリスマスです。
やることもないので、白熊は天沢雲海の正義についてあらためて考えてみることにしました。
はい。雲海が汚い手口もいとわず金を稼いでいるのは、決して私腹を肥やすためではありません。
慈善団体への寄付。不正を働いた事業者の再生。
雲海の理念を一言で表すなら「世直し」ということになるのでしょう。
石田夫妻の店を手に入れようとしたのも利益のためではなく、自分の手で不正のない清い経営へと導くためでした。
「金を稼ぐときはどんな手段を使ってもいい。ただし、使うときは清く正しく使わなければならない」というのが雲海のモットーです。
雲海は自分の優秀さを自覚していて、それによって地域の経済を正しくコントロールしようとしていました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
雲海のやり方はあくどい。石田夫妻をハメたり、白熊たちをこうやって書庫に閉じ込めたり、手段を選ばない。自分より弱いものを容赦なくいたぶり、金を巻き上げる。手段はいずれも不法で非道だ。
だが目的においては、それなりに筋が通っているようにも思えた。
地元の産業を立て直し、回すべきところにお金を回す。経済発展に貢献しているのは間違いない。
地元の事業者たちから頼りにされているわけだ。皆、雲海を恐れながらも、尊敬の念を抱いているように見えた。雲海に任せておけば、経済的には悪いことにはならないのだ。
…………
雲海を鏡にして、白熊は公正取引委員会の存在意義について考えます。
公取委の仕事は正しい経済発展を目指すためのものです。その過程では弱者……競争に敗れた事業者が廃業することもあります。
お人好しな白熊は経済発展のために敗者を切り捨てなければならない構造について、ずっと迷いを抱えていました。
公正取引委員会はなんのために存在しているのか?
雲海という難敵との闘いを経て、白熊はようやくその答えに辿り着きます。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「小勝負君、前に言ったよね。私たちの目的は『国民経済の民主的で健全な発達を促進する』ことだって」
「独禁法には、そう書いてある」
「やっとその意味がわかった気がする。雲海のやっていることは、民主的でも健全でもない」
雲海は誰にも頼まれていない。独断で他の人の金に手を突っ込み、自分が正しいと思うことに使っている。民主的ではない。
雲海が決めて、他の人は従うだけ。雲海を頂点とする村社会に入って言うことをきいていれば、生き残ることができる。そうでない者は挑戦の機会も与えられずに排除される。健全なわけがない。
ひと握りの優秀な人、強い人に任せておいてはいけないのだ。
私たち一人ひとりが、不十分でも弱くても、意思をもって動く。勝ったり負けたり、痛手を負ったり。経済としては効率が悪い方法かもしれない。けれども、人任せにしていてはいけない。
一人ひとりの挑戦と試行錯誤が積み重なって、経済が回り、社会がつくられる。
そのプロセスこそが競争であり、私たち公取委は競争を守る番人なのだ。
怪我の功名
結局、白熊と小勝負は書庫から脱出できず、警察に突き出されてしまいます。
しかし、競争の番人たる彼らは転んでもただでは起きません。
白熊たちは雲海に王手を指すための《極秘情報》をちゃっかり持ち帰ってきていました。
書庫に保管されていたのは膨大な量の宿泊台帳でした。
いつ、誰が、どの部屋に泊まったのか。
正直「だからなに?」とでも言いたくなるような、ほとんど意味のない情報のように思われます。
しかし、白熊と小勝負は膨大な情報の海の中から《それ》を見つけ出しました。
九〇七号室の宿泊記録。
そこには過去のさまざまなカルテル事件関係者の名前が記されていました。
カルテル(談合)は思いっきり違法です。公取委に見つかればお咎めを受けてしまいます。したがってその取り決めは人目につかない場所で、情報が漏れないように行う必要があります。
そこで雲海はホテルの一室をカルテル関係者に提供し、見返りとして金銭を受け取っていました。
この情報によって公取委は二つの成果を手にします。
【1】ウェディングカルテルの話し合いの場所を特定できた。
【2】過去のカルテルを大量摘発できるようになった。
怪我の功名。災い転じて福となす。白熊と小勝負は閉じ込められた代償として大手柄をチームに持ち帰ったのでした。
なお、宿泊台帳をそのまま持ち出すと窃盗になってしまうため、九〇七号室の宿泊記録はすべて小勝負が頭の中に記憶して後にデータ化しました。すごい。
結末
「ウェディングカルテルの密会日が分かった。これを最後の戦いにするぞ」
いよいよ最終決戦のときがやってきました。チーム《ダイロク》の面々は気迫に満ちた顔つきで「ホテル天沢S」へと乗り込んでいきます。
立入検査……ではありません。雲海に拒否権を与えれば、前回と同じ轍を踏むことになるに決まっています。
だから……
「逮捕令状だ。天沢雲海を逮捕する」
もちろん公取委には逮捕権なんてありません。令状を掲げたのは同行している刑事です。今回は警察・検察との合同作戦になっています。
「逮捕だと? 俺が一体何をしたっていうんだ?」
青ざめながらも雲海は冷静でした。逮捕令状がおりるような確固とした証拠を残してはいないという自負がありました。
カルテルの現行犯逮捕というわけにはいきません。公取委・警察・検察の合同チームには雲海を逮捕するための名目としての罪状が必要です。
風見(ダイロクの課長補佐)の目配せに応じて、刑事が逮捕状を雲海の前に置きました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「独占禁止法第四十七条第一項第四号違反。立入検査を拒否した罪です。一年以下の懲役又は三百万円以下の罰金が科されます」
「罰金で済むといいですねえ」
風見がニヤニヤと笑った。
「その罰則規定は使われた前例がなかったはずだ」雲海が言った。
小勝負が雲海の前に立ち、その目をまっすぐ見すえた。
「前例がないだけで役人が諦めると思ったら大間違いだ。法を犯しても罰せられないと思うなよ。ここは正義が治める国だ」
雲海の顔が真っ赤になった。手先がこきざみに震えている。
「あなたたちの悪だくみは、全て終わりですよ」
…………
海千山千の雲海もとうとう年貢の納め時でした。万事休すです。ところが雲海は、メッキが剥がれたというべきか、予想外の暴挙に出ました。
花瓶を床に叩きつけて割り、その破片を蹴り上げ、一瞬の隙を突いて白熊を人質にとったのです。
※以下、小説より一部抜粋
…………
カッターの刃は白熊の首元に向けられていた。
「動くな。お前たち一歩でも動いたら、この女の首を刺す」
雲海はそう言って、白熊の身体を引っ張り、扉に一歩近づいた。
すぐそばに、怯えた表情を浮かべる緑川(女性検事)がいた。
白熊の口から、はあ、とため息がもれた。
雲海の運もここで尽きた。せめて緑川のほうを選んでおけばよかったものを。
一同の視線が白熊に注がれ、その場に静寂が流れた。
白熊は呼吸を整え、一気に足を引いた。素早く雲海の足にかけ、右手でカッターを払い、左手で胸倉をつかむ。腰の回転を使って引き倒した。
倒れ際、雲海が悟ったような表情をした。
襟をつかんで首を固定し、締め上げる。
雲海は口を半開きにし、苦しそうな表情を浮かべたと思ったら、失神した。
白熊は手を放し、身体を起こす。
「この人、大丈夫なの?」
緑川が小声で言った。
「大丈夫。失神してるだけ。締め技だよ」
最後の謎解き
ウェディングカルテルの調査から派生した一連の事件は公取委の全面勝利で幕を閉じました。
一件落着の雰囲気ですが……実はまだ解き明かされていない謎が一つだけ残っています。
ウェディングカルテルに加担していた「Sクラシカルホテル」のオーナー・安藤が刺された殺人未遂事件です。
物語前半では石田正樹こそが真犯人かと思われていましたが、彼は雲海の指示に従って包丁を握っていただけであり、安藤の事件とはまったくの無関係でした。
結論からいえば、安藤を刺した犯人は「ホテル天沢S」ウェディング部門のトップ・碓井(うすい)です。
雲海の指示で安藤を刺した……というわけではありません。むしろ真相は逆です。
碓井は安藤と結託して雲海を裏切っていました。九〇七号室(カルテル部屋)での会話を録音し、そのデータをネタにカルテル関係者を脅して金を巻き上げていたのです。
彼ら小悪党の悪事は、やがて雲海の耳に入りました。九〇七号室の利用者からクレームが入ったのです。
雲海は即座に安藤の関与に気づきましたが、時を同じくして安藤は碓井に刺されてしまいます。金を巡っての醜い仲間割れ、といったところでしょうか。
雲海は焦りました。安藤が意識不明になり、録音データの行方が分からなくなってしまったからです。犯人(この時点では碓井だとは知らない)が逮捕されれば、雲海の悪事まで警察に露見してしまうかもしれません。
そこで雲海は警察の捜査をかく乱するための、つまり時間稼ぎのための一手を打ちました。
石田正樹に殺人未遂犯の濡れ衣を着せ、安藤の件と同一犯だと警察に誤認させたのです。
雲海は警察より先に犯人を見つけ、録音データを回収するつもりでした。ところが、碓井が共犯だと突き止めたまではいいものの、碓井は固く口を閉ざし、録音データの在り処を隠し続けます。仕方がないので雲海は碓井をホテルの一室に監禁していました。
そうこうしているうちに公取委が乗り込み、雲海はあえなく逮捕。
当初の罪状は独禁法の「立入検査拒否」でしたが、もちろん余罪を追及され再逮捕されました。
なお、碓井と安藤も逮捕。九〇七号室を利用したカルテルも一斉に摘発され、公取委の大勝利となりました。
本当は美月という女子高生が安藤殺人未遂の容疑者になったり、美月を守るために白熊が崖から転落したりともう少し波乱があったのですが、今回は割愛。ふくざつな構成でした。
白熊楓の挫折と成長
vs 天沢雲海の本編と並行して、白熊楓はプライベートにおいてもさまざま苦難に直面していました。
- 地方転勤の打診
- 過保護すぎる母親からの自立
- 結婚を控えた彼氏との関係性
恋に仕事に家庭問題に、頭を悩ませる問題のオンパレードです。
地方転勤はキャリアアップのための通過点ですが、結婚とほぼ同タイミングになってしまいますし、なにより楓を束縛する母親が許すはずもありません。
なにせ警察官になりたいという楓の夢を「危ないから」という理由で否定し、「警察官になるなら親子の縁を切る」と脅しさえした母親ですからね。
ただでさえお人好しな楓は、母親を悲しませまいとこれまで従順にいうことを聞いてきましたが……。
過程をすっ飛ばして結末まで進めると、楓はやはり「公取委をやめなさい」と迫ってきた母親に対して、「私は公取委をやめない。親子の縁を切りたいならどうぞ」とキッパリ拒絶し、地方転勤を決意します。
これまで心配という呪縛によって娘をコントトールしてきた母親は大激怒! 一方、自分の道は自分で決めるのだと覚悟した楓はすがすがしい表情をしていて、人間的な成長が見てとれるようでした。
お次はお待ちかね(?)の恋愛面についてです。
物語の開始時点で、楓には彼氏がいます。名前は徹也。三歳年上の警察官で、空手道場の先輩。交際スタートからすでに五年が経過しています。
小勝負といういかにもな「相手役」がいるにもかかわらず、楓に彼氏がいるということは……?
物語はやがて《お約束》のとおりに展開していきます。
「あたし、エリって言うんですけど。徹也、浮気してますよ」
問題は一度や二度の浮気どころではありません。徹也にとっての本命はずっとエリのほうでした。
にもかかわらず白熊との結婚話が進んでいたのは、
【1】徹也は病気の母親を安心させるために結婚しようとしていて、
【2】けれどエリには彼氏がいたから
という理由です。
要するに「エリとは結婚できないから、母親のためにも楓で妥協しておくか」ってことです。
ふざけんな! ですよね。最低のクソ野郎です。
※エリはエリで、徹也が他の女と結婚するのが気に入らなくて楓に密告していたんですよね。どっちもまあ、性根が腐ってやがることで……。
ところで覚えておいででしょうか。クリスマスの日に楓が閉じ込められていたことを。
その日、楓と徹也は食事の約束をしていました。まっとうな彼氏なら、楓に連絡がつかないと焦って、探し回るなりするものですよね。
しかし、徹也から届いていたメールは……
『そんな幼稚な人なんだとは思わなかった。今までありがとう』
徹也は浮気がバレたのだと悟り、楓がこないのはその仕返しだと思い込んだようです。もしそうだったとしても自業自得であり、許しを乞うべき立場なはずですが、あろうことか徹也は逆ギレして自分から楓を振りやがりました。
楓は恋愛経験に乏しく、これまで徹也一筋でした。その彼氏の浮気が発覚し、さらに向こうから別れを宣告されて……怒りではなく、むなしさや寂しさばかりが湧いてきました。
(すぐに切って捨てられる存在だったのか、と思うと悲しかった)
ゴミ男はこの後もう一度だけ、楓の前にあらわれます。失恋の傷が癒えぬ楓は、復縁を求めに来たのかと期待を抱くのですが……。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「ごめん、楓。このままではいけないと思って、けじめのために、どうしても話しておこうと思ったんだ」
徹夜の声は沈んでいる。
「けじめ?」
白熊は目を丸くした。浮気のことをきちんと謝るつもりなのだろうか。
「ああ、そう、俺なりのけじめだ。エリは妊娠しているらしい。俺の子供だ。責任を取って、俺はエリと結婚するよ」
徹也は大真面目な顔で言った。全く悪びれていない。
きちんと責任を取る俺、元カノにも筋を通す俺。徹也は自分に酔っているように見えた。
自分はダメなところもあるが、一人前の大人として恥ずかしくない行動をとっていると。
言葉が出なかった。
まばたきも忘れ、徹也の顔を見つめた。
悪びれていないどころか、照れたような笑いを浮かべている。
すべてが腑に落ちたような気がした。
徹也は子供が欲しいと前から言っていた。そして病気の母親を励ますために、結婚を急いでいた。
結婚と子供、望みが一気に叶ったわけだ。しかも、あくまでエリの情報によるとだが、未練たらたらだった元カノとのゴールインだ。フラれてからもずっと好きだったのだろう。それで浮気を続けた。だがエリは結婚してくれるような女ではない。徹也も諦めていた。その女が振り向いて、結婚してくれることになったわけだ。
エリの妊娠は本当だろうが、その子供が徹也のものかどうかは分からない。いずれにしても白熊の出現により、エリの闘志に火が点いたのは確かだ。失って分かる大切さ、とかいうものだろうか。急に徹也のことが惜しくなって、徹也と結婚することにした。
白熊は噛ませ犬だったのだ。
自分が一番だとしても二番手がいる時点で嫌だ。オンリーワンがいいなどというのは、今になって思えば寝言も同然だ。
白熊こそが二番手だった。
ゴミは楓と予約していた式場でエリとの結婚式を挙げるのだといいます。ダメだ、コイツ。楓はもう少し男を見る目を、ね……。あまりにもかわいそうでした。
白熊楓と小勝負勉
というわけで、ここからが(ある意味)本題です。
白熊と小勝負は凸凹コンビとして最初こそ反発しあうものの、やがてはお互いを認め合い、短所をカバーしあえる理想的なバディへと成長していきます。
当然、異性としても意識していくようになるのですが、中盤まではまだ楓に彼氏がいるため大きな動きはなし。
物語終盤では楓が小勝負にバレンタインチョコを贈るなど甘酸っぱいイベントもありつつ……。
さあ、いったい結末ではどうなるんだい? くっつくのかい!? とラストに向けてワクワクが高まっていきました。
ラストシーンは地方に転勤する楓の送別会。
めったに飲み会に参加しない小勝負もこの時ばかりは三次会まで残っていて、みんなが解散した頃、ようやく楓に話しかけたのでした。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「これ」
小勝負がボディバッグから小箱を取り出した。
目も合わせずに、白熊に向かって突き出す。
赤いリボンが結ばれている。クッキーか何かのように見えた。
「ホワイトデーだから」ぼそっと言った。
「え? 今日は十三――」
「日付変わって十四日だ」
片手を突き出し、もう片方の手はポケットに突っ込んでいる。
コートの端が揺れた。
「ありがと」
手を伸ばし、小箱をつかんだ。
受け取ろうとしているのに、小勝負が小箱から手を離さない。箱をちょっと引っ張ってみるが、小勝負の手がついてくる。
「なによ」
小勝負を見上げた。
小勝負は忌々しいものを見るかのように目を細めて、白熊を見下ろした。
「変な男に引っかかるなよ」
「はあ?」
徹也のことが頭に浮かんで腹が立ってきた。徹也にではない。騙されやすい間抜けな自分に、だ。
「なんで小勝負君にそんなこと言われなきゃいけないの」
「だって白熊さん、ツイてないから」
「そんなこと言われなくても分かってます」
小勝負の手から小箱をもぎ取った。
「これ、ありがとう」
小勝負は拗ねた子供のように口をとがらせ、うなずいた。
「小勝負君、元気でね」
「白熊さんも」
突風が吹いて、道沿いに植えられた桜の木がざわざわと揺れた。
桜はまだ咲かない。つぼみだけが二人を見下ろしていた。
(中略)
後ろを振り返ると、小勝負が小さく手を振った。
「なんなのさ、もう」
白熊の頬がゆるんだ。
赤いリボンのついた小箱を見ていると、涙がぽろぽろとこぼれだした。
なんで泣いているのかも分からない。
悲しいのか、寂しいのか、嬉しいのか。
白熊は小箱を胸に抱き寄せた。
いつか感じた(小勝負の)温もりが身体の中に流れ込んできた。不器用で甘い、あの温もりが。
中身が崩れないよう、小箱を大事に鞄にしまった。
今度はもう、振り返らなかった。
<おわり>
余談
白熊と小勝負の関係はあいまいなままというか、最後まで同僚以上恋人未満な感じでしたね。
ラストの↓の一文がふたりの関係を象徴しているように思われます。
桜はまだ咲かない。つぼみだけが二人を見下ろしていた。
これはまあ、続編があると考えていいのではないでしょうか?
今後の白熊楓と小勝負勉の関係性が気になるラストでした。
感想
読み始めてすぐに「公正取引委員会って、こんなにミステリにマッチする題材だったのか!」と驚かされました。
ジャンルとしては探偵小説や警察小説のご近所さんですね。
調査対象を尾行するといったお馴染みの行動もありつつ、一方では公取委ならではの摘発プロセスもあったりして、新鮮な『お仕事もの』として楽しく読めました。
一応、官庁を扱った小説なので「内容的には堅苦しいのかな?」という懸念もあったのですが、読んでみるとこれがまあどエンタメでして。
ジェットコースターのように目まぐるしく展開するピンチとチャンス。
挫折を乗り越えて成長するヒロイン。
強大なラスボスと戦い、最後は正義が勝つ!
※そしてうっすらと漂うラブストーリーの予感!
「最初からドラマ化する前提で書いたのかな?」と疑いたくなるくらいに映像化向きの作品で、幅広い世代に広く受け入れられる王道エンタメだなという印象を受けました。
今回のネタバレでは雲海を中心とした悪だくみの解明……ミステリ的に言えば探偵の謎解きを重点的に解説しましたが、白熊楓と小勝負勉のやりとり、そして関係性の変化、このあたりもめちゃくちゃおもしろかったので、気になったかたはぜひ読んでみてください。
新進気鋭、新川帆立先生の本はとりあえず読んでおいて損なし! と確信するに至ったエンタメぎゅうぎゅう詰めな一冊でした。
まとめ
今回は新川帆立『競争の番人』のあらすじネタバレ解説をお届けしました!
『元彼の遺言状』の剣持麗子が個性際立つバリキャリだったのに対して、本作の白熊楓は等身大という言葉が似あう悩める女子です。
恋に仕事に家庭に……悩みだらけの楓には共感する部分も多く、だからこそ彼女がどんどん壁を乗り越えて成長してく姿には勇気づけられました。
総評としては、そうですね。気軽に読めて、常にワクワクさせてくれて、最後には明るい気分にさせてくれる。疲れた心に元気をくれるような作品でした。
新川帆立『競争の番人』を読みました❗️
「公正取引委員会」という言葉のイメージから想像できないくらいエンタメてんこ盛りな作品でした。凸凹コンビで、恋愛の予感で、正義は勝つ!です🤣
この夏 月9ドラマ化 #坂口健太郎 #杏
⬇️あらすじと感想https://t.co/Ku2rAVkRf2— わかたけ@小説読んで紹介 (@wakatake_panda) June 2, 2022
ドラマ情報
キャスト
- 坂口健太郎(小勝負)
- 杏(楓)
放送日
2022年7月放送スタート 月曜夜9時~
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