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清水カルマ『禁じられた遊び』あらすじネタバレ解説|悪夢の結末【映画原作小説】

清水カルマ『禁じられた遊び』を読みました。

  • おぞましい
  • 不気味な
  • 禍々(まがまが)しい

ホラー小説にとっては賛辞にあたる形容詞をこれでもかと贈りたくなる一冊です。

はっきり言って、めちゃくちゃ怖い!

今回は小説『禁じられた遊び』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。

ぱんだ
ぱんだ
いってみよう!

あらすじ

伊原直人は、妻の美雪と息子の春翔と共に幸せな生活を送っていた。

しかし、念願のマイホームを購入した矢先、美雪が交通事故に遭い、死亡してしまう。

絶望する直人に対し、春翔は「ママを生き返らせる」と美雪の死体の指を庭に埋め、毎日熱心に祈りを捧げる。

同じころ、フリーのビデオ記者、倉沢比呂子のまわりで奇怪な出来事が起こり始める……。

(文庫裏表紙のあらすじより)

復活の儀式

あらすじからお察しかと思いますが、今作における怪異は伊原美雪です。

5歳になる息子の春翔が遺体の【指】を庭に埋め、花の種を育てるように世話をしたことで美雪は復活を果たします。

といっても、聖書のキリストのようにはうまくいかず、理性を失ったゾンビのような存在になってしまうのですが……。

それにしても疑問なのは春翔の行動です。いくら幼いといっても、母親の指から全身が生えてくると信じて土に埋めるなんて普通の発想ではありません。

ぱんだ
ぱんだ
たしかに

話は美雪の生前にまでさかのぼります。

ローンで郊外に建てた一軒家。かわいい息子にじゃれつく子犬。伊原家はまさに絵に描いたような「幸せな家庭」でした。

ある日のことです。

はじめて目にするトカゲの尻尾に目を輝かせながら、春翔は父親に尋ねました。

「この尻尾からもトカゲさんが生えてくるの?」

子供らしい無邪気な質問です。直人は微笑ましくなって、ついイタズラ心を働かせてしまいます。

「うん、そうだよ。この尻尾からもトカゲが生えてくるんだ。だけど、土に埋めて、ちゃんと水をあげないと駄目だぞ」

春翔は父親の教えを素直に守りました。尻尾を庭の隅に埋め、水をやり、教えられた復活のの呪文を唱えました。

「えろいむえっさいむ、えろいむえっさいむ……」

もちろんそんなことをしても切り離された尻尾からトカゲの胴体や頭が生えてくるはずもありません。

直人はささいな嘘の帳尻を合わせるため、新しくトカゲを捕まえてきて土に埋め、「ほら、トカゲが復活したぞ」と春翔に見せてやらなければなりませんでした。

幸福な日常の一コマを彩るちょっとした冗談。それが取り返しのつかない事態を引き起こすことになるとは、このときの直人にはまだ知るよしもありませんでした。


美雪

春翔が目撃した「トカゲの復活」は直人が用意したニセモノでした。種も仕掛けもある手品のようなものです。

一方、美雪は自然の摂理に反して指一本から再生していきます。最初はわずかに、やがて目に見えて明らかに、指を埋葬した場所の土が盛り上がっていきました。

「ねえ見て。ママの身体がだいぶ生えてきてるみたいだよ」

庭の片隅の土中で禁忌に触れるであろう【何か】が成長しているのは明らかでした。

しかし、いったいなぜそんなことが起こるというのでしょう。

直人は生前の妻のことを思い出します。

美雪は《不思議な力》を持つ女性でした。

ぱんだ
ぱんだ
不思議な力?

説明が難しいのですが……たとえば、こんなことがありました。さかのぼること約5年。そのころ直人は美雪の存在を重荷に感じ、職場の部下……妻とは違うタイプの女性に惹かれていました。

女性も頼れる上司だった直人に好意を寄せていて、いわば両想いの関係です。

いつ一線を越えてもおかしくない甘い雰囲気。しかし、結果として指一本触れないまま二人の関係は断ち切られることになります。

ぱんだ
ぱんだ
なんで?

今まさに二人の関係が変わるという、そのピンポイントのタイミングを狙いすましたかのように美雪が倒れたのです。直人は妻が妊娠していること、一歩間違えば流産していたことを知らされ、青ざめます。

こうして直人は淡い恋心を封印し、家庭を優先する良き夫へと戻っていったのでした。

……と、ここまではいわば前座でして。

直人に好意を寄せていた女性はその後、原因不明の怪奇現象に見舞われはじめました。

そのせいで退職に追い込まれ、どころか精神病院に一年間入院することになったという事実から、彼女が想像を絶する恐怖を味わったことがわかります。

女性も、そして直人も、それが美雪の仕業であるとすぐに気づきました。

夫を盗ろうとした女性への嫉妬と憎悪が、呪いの力となって女性を襲っていたのです。

ぱんだ
ぱんだ
呪い……

いま、盛り上がる庭の土を見ながら直人は思います。

美雪ならば指一本からでも再生できるのかもしれない、と。

倉沢比呂子

倉沢比呂子はフリーのビデオカメラマンです。ずっしりと重い大きなビデオカメラを引っ提げて事件・事故を駆け巡っては、テレビ局に映像を売って生活しています。

服装はジーンズに革ジャンパー。髪型はショートカット。

外見も仕事ぶりもタフな比呂子ですが、昔からこうだったわけではありません。

5年前、直人の部下として働いていた頃は少女趣味のお嬢さんといった人物像でした。

ぱんだ
ぱんだ
それって……

はい。比呂子こそはかつて直人に恋心を寄せ、美雪に呪い殺されかけた当事者です。

比呂子は精神病院から退院した後、引きこもり期間を経て、大学写真部OBである草間に声をかけられてカメラマンになっていました。

春翔が母の復活を祈って呪文を唱えているその頃、比呂子の周囲では再び怪奇現象が起こり始めます。

今朝の明け方にパソコン画面に現れた虫と、部屋に飛び込んできて死んだカラス。VTRに映っていた白い影。不気味なことが続きすぎる。

比呂子は仕事で知り合った霊能力者を訪ねてみましたが、無駄でした。霊能力者の力ではとても美雪に太刀打ちできななかったのです。

霊能力者も、その弟子も、比呂子の目の前で呪い殺されてしまいました。具体的には弟子の体を美雪が操って、霊能力者を日本刀で刺し、弟子の首を自分で切り落とさせました。

霊能力者が言っていたことには、美雪の力はまだ弱く、操れてもせいぜい虫や動物、それに霊感のある人物に限られるだろうとのことです。

つまり、霊感のない比呂子への影響力はまだ小さいということですね。

ただし、霊能力者はこうも言っていました。美雪の力はどんどん強くなっていくだろう、と。

比呂子が助かる方法はひとつだけ。美雪の肉体を滅ぼすしかありません。

肉体のない《霊》には生者を呪う力がない、という世界観です。


伊原直人

土の下で身体を取り戻しつつあるらしい美雪をどう扱ってよいのか、直人は葛藤します。

最愛の妻が帰ってくるかもしれないという希望。

おぞまじい怪物がやがて地上に這い出てくるかもしれないという絶望。

やがて意を決して美雪が埋まっている土に杭を打ち込んだ直人でしたが、

ぞっとするような手応えがあった。土の感触ではない。ぐにゃぐにゃとした何かやわらかいもの、そのくせ表面は弾力がある何かの、その表面を突き破るゾッとするような感触……。

いざ最後の一撃となると在りし日の妻の優しい笑顔が脳裏に浮かび、決心が鈍ってしまいます。

とどめだ。とどめを刺さなければいけない。これが……、土の中に埋まっているこれが、愛する妻であるわけがない。そう思いながらも、とどめは刺せない。駄目だ。やっぱり俺にはできない。

一概に直人を意気地なしと責めることはできないでしょう。

なにせ美雪が生き返ろうとしているのは家族への愛情のためなのです。

怪異としての美雪は無差別に呪いを振りまく存在ではありません。彼女の目的は最愛の家族と平穏な暮らしを続けていくこと……ただそれだけです。

そうはいっても怪異となった美雪に理性(=知性)は残っていないので、以前の生活を取り戻すことはどのみち不可能です。

比呂子には嫉妬を原動力にした殺意を向けているわけで、危険な存在という認識も崩れません。

それでも、未練のために蘇ろうとしている妻を、どうして夫が滅ぼせるというのでしょう?

未練と言うならば、直人だって最愛の妻に戻ってきてほしいと願っています。それは叶わない、許されないと知っていながら、願わずにはいられません。

後悔が、恐怖が、諦めが、直人の精神をボロボロに蝕んでいきました。

春翔

春翔にとって母親の復活は純粋に喜ばしい現象でした。

人間は指一本から再生したりしないなんて常識も、死者を生き返らせてはならないなんて倫理観も、春翔の頭にはありません。

土の中での再生が完了すれば生前の母親がそのまま戻ってくる。春翔は疑うことなくそう信じています。

だから、春翔にしてみれば復活を阻止しようとする人間はみんな敵です。

それがたとえ父親であっても。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「……ママをいじめたね?」

直人は息を呑んだ。言葉が出ない。じっと睨みつける春翔の視線に恐怖を感じた。

春翔がこんな反抗的な態度を見せるのは初めてだった。

「パパは別に……」

声が震えてしまう。

「パパはママにケガをさせたんだってね。木の杭で刺されたって言ってるよ。その傷のせいで、ママはなかなか生き返れなかったんだよ。今度ママをいじめたら、ぼくが許さないからね」

「……な、何を言ってるんだ?」

直人は何も言い返せなかった。春翔の目には五歳の子供だとは思えない憎悪が漲(みなぎ)っていた。そしてその憎しみは、実の父である直人に向けられているのだった。

「じゃましないでね。ぼくは絶対にママを生き返らせるんだから」

冷たく言い放つと、春翔は盛り上がった地面に向き直り、両手を合わせて一心不乱に呪文を唱え始めた。その姿には鬼気迫るものがあった。

これ以上、春翔をこんな異常な家にいさせてはいけない。呪文を唱え続ける小さな背中を見ながら、直人はそう強く思った。


ネタバレ

日増しに強力になっていく美雪の呪いは、確実に比呂子の喉元に迫っていました。

昨晩は友人である麻耶の身体が操られ、あわや包丁で刺される寸前でした。仕事仲間であるディレクター・柏原亮次が身を挺して庇ってくれていなければ、救急車で運ばれていたのは彼ではなく比呂子だったに違いありません。

美雪の力は一日ごとに強くなっています。次に襲われれば、今度こそ比呂子は逃げられないでしょう。

とはいえ、対抗策がまるでないわけでもありません。

美雪からの襲撃は、いつも決まって夜でした。

もし美雪の力が夜にのみ発揮されるのだとすれば、逆に日中の美雪は無防備になっているはずです。

もう一刻の猶予もありません。

麻耶の身体が乗っ取られた騒動をなんとか乗り切り、現時刻は早朝。

次の夜が来る前に、伊原家の庭に埋まっている美雪の肉体を滅ぼす。比呂子は決意を固めて車に乗り込みました。

伊原家へ

伊原家は異様な雰囲気に包まれていました。

そもそも山を切り崩して造成されていた住宅地の開発が途中でストップしたため、あたり一面は赤茶けた土埃(つちぼこり)の舞う荒野であり、ポツンと佇む伊原家の周囲に他の家はありません。

そんな環境のなか、伊原家は庭を隠すように枯れ木やゴミを継ぎ合わせた高い塀に囲われていて、なおいっそう不気味です。

ドアチャイムを鳴らしてみるも、返事はなし。ドアノブを回してみると、鍵がかかっていないことがわかります。

比呂子は思い切ってドアを開けました。

ぱんだ
ぱんだ
ごくり……

家の中はまるで空き家になって何年も経ったかのように荒れ果てていました。床は泥で汚れていて、小石やガラス片が散乱しています。そのため比呂子は土足で上がらなければなりませんでした。

目指す場所はもちろん庭です。

リビングまで進むと、ソファに直人がぐったりと座っている姿が目に入りました。

「君には迷惑をかけたね。本当にすまないと思っているよ」

直人はぽつぽつと事の顛末を語り始めます。

トカゲの尻尾から体が生えてくると嘘をついたこと。その半年後に、美雪の身に襲いかかった交通事故について。春翔が美雪の千切れた指先を握りしめていたこと。その美雪の指を庭に埋めたこと。そして、春翔が毎日、じょうろで水をあげ、復活を願う呪文を唱え続けたこと……。

「春翔が埋めた指の欠片から美雪が生えてきたんだ。庭に埋まっているのは、指の欠片から生えてきた美雪なんだよ」

そう語る直人の姿は実に痛々しいものでした。精気を失い、げっそりとやつれ、目の下に大きな隈ができています。

比呂子が美雪の肉体を滅ぼすのだと告げると、直人はがっくりと肩を落とし、その場に膝をつきました。心を痛めつつ、比呂子は庭へと続く窓のカーテンを開けます。

※以下、小説より一部抜粋

…………

ガラス戸の向こうに、異様な気配が漂う荒れ果てた庭が見える。全身に鳥肌が立った。

暗い庭の片隅には土が大きく盛り上がっている。その下に美雪がいる。

ガラス戸のサッシに手をかけた。ひんやりと冷たい。

鍵を開け、一気に横に引き開けようとした時、比呂子の首に背後から何かが巻きついた。直人の腕だった。

「い、伊原さん……」

「駄目だ。美雪の肉体を滅ぼすなんて……。君にそんなことはさせない。美雪は俺の愛する妻なんだ」

直人の腕が比呂子の首を締めつける。比呂子の足が床から浮き上がった。頸動脈が締まり、脳に血がいかない。声を出すこともできない。

足をばたつかせたが無駄な抵抗だ。苦しさがふっと消え、比呂子は意識を失った。


復活

比呂子は両手両足を縛られた格好で目を覚ましました。窓から差し込む日差しは血のように赤く、日暮れの時刻であることがわかります。

比呂子は「もう時間がない」と必死に訴えましたが、直人は聞く耳を持ってくれません。

ふと見ると、直人の手には真新しい鎌が握られていました。ゆっくりと振り返った直人の目にはギラギラとした光が宿っています。

殺される、と比呂子は思いました。

「やめて……。伊原さん、やめて……」

しかし、直人の口から出た言葉は意外なものでした。

「君に美雪を殺させるわけにはいかない。彼女を殺すのは俺じゃなければいけないんだ。君の言葉で、俺は目が覚めたよ。こんなふうにして、指から生えてきたのが美雪であるわけがないんだ。あいつを安らかに眠らせてやるのが俺の務めなんだ」

直人は死者の復活を望んでしまった責任を果たそうとしていました。

美雪が埋まっている場所に直人が歩み寄っていきます。

「美雪……。すまない。おまえにこんな苦しみを味わわせてしまって……。悲しみは悲しみとして受け入れて、お前の成仏を願うべきだった。春翔にでたらめなまじないを教えて、おまえに未練を抱かせるべきじゃなかった、美しかったおまえをこんな姿にしてしまった俺を許してくれ。さあ、美雪。今度こそ、本当に死んでくれ。頼む……」

直人が鎌を振り上げたそのときです。地面からすすり泣きの声が聞こえてきました。

《ひどいわ……。ひどいわ……。私はあなたのことをこんなに愛しているのに……》

日はすでに完全に沈んでしまっていました。

泣き声を聞いて、直人の振り上げられていた手が、ゆっくりと下がっていきます。やがて身体の横で力無く垂れ下がり、鎌がぽとりと地面に落ちました。

「できない……。やっぱり俺にはできない。美雪を殺すなんてできないよ」

直人が戦意喪失してしまった今、美雪の復活を妨げるものはもうありません。

地面から大蛇のような白い腕が飛び出し、直人の足首を掴みます。

荒い息を吐きながら、泥まみれの生物が地中からずるずると這い出してきました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

全身が得体の知れない粘液にまみれている。

その手からようやく逃れた直人が、悲鳴を上げながら地面を這うようにしてあとずさる。

《何を怖がってるの? 私はあなたの妻じゃないの。愛してる……。愛してるわ……》

身体についた泥がぼたぼたと滑り落ち、透けるように白い肌の女がそこに立ち上がった。女は直人のほうにゆっくりと歩み寄っていく。

「美雪さん……?」

目の前の女の美しさに比呂子は息を呑んだ。だがそれは一瞬のことだった。

美雪の美しい顔が苦悶に歪んだかと思うと、肌が不健康に青白くなっていき、全身に水膨れがひろがった。

死んだ人間は体内にガスが発生し、数日もすると巨人のようになるというのを聞いたことがある。その数日間の過程を早送りで見させられているかのようだ。

まるで美雪が一歩踏み出すごとに、死体の上に一日という時間が経過していくとでもいうふうに、肉体が醜く変貌していった。

腐乱した肉体から発生したガスが皮膚の下に充満していき、美雪の身体は今にも破裂してしまいそうだ。

(中略)

《あなた……、寂しかったわ。これからはずっと一緒よ。もう、あなたを放さないわ》

愛おしそうに囁きながらゆっくりと地面に膝をつき、腰が抜けたようになっている直人に美雪が覆いかぶさっていく。

直人が悲鳴を上げてあとずさる。自分の愛する妻の変わり果てた姿に絶望した様子だ。

「これがあなたの奥さんだって言うの? こんな化け物をあなたは愛せるの? こんなものがあなたの奥さんであるわけがないわ。ねえ、そうでしょ!」

比呂子の言葉に、直人は何も答えることができない。そのあいだも美雪は直人に迫り寄る。

直人は地面に座り込んで、現実を認めたくないというふうに、ただ悲しげに首を横に振り続けるだけだ。

 

補足

美雪の身体は急速に腐乱と再生を繰り返しています。

身体にまとわりつく粘液に見えたのは、ぐじゅぐじゅに腐って崩れ落ちていく肉です。

肉が腐り落ちていくそばから新しい肌が再生し、その肌もすぐに腐り落ちていく……。

美雪はサイクルの隙間に一瞬だけ元通りの美しい姿を取り戻しますが、その次の瞬間にはおぞましい化け物の姿に変わり果ててしまうのでした。


決着

時刻は夜。強力な再生能力を持つ美雪に物理的な攻撃は意味がありません。

比呂子はすっかり脱力してしまっている直人の腕を引っ張り家を飛び出すと、近くの森へと逃げ込んでいきました。

美雪の足取りはふらふらと鈍く、すぐに追いつかれる心配はなさそうです。

状況はまるで命がけのかくれんぼ。

神社のお社に隠れ込んで少しは息をつけたと思ったのも束の間、美雪は聖域だろうとお構いなしに踏み込んできました。ご神体らしき石の短剣を突き刺してみるも、やはり効果はなし。

確かに美雪の歩みはゾンビのように鈍いものでしたが、対する比呂子と直人もとっくに疲労の限界を超えています。

暗い森の中を逃げ回り、足を滑らせて斜面を転がり落ち、とうとう比呂子たちは美雪に追いつかれてしまいました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

もう駄目だ。美雪からは――美雪の嫉妬からは逃げ切れない。

比呂子がすべてをあきらめかけたその時、地響きが聞こえてきた。同時に身体の下に激しい振動を感じた。美雪が不思議そうに顔を上げ、迫りくる気配に顔を向けた。

深夜の貨物列車だ。

(中略)

「倉沢君、何してる!」

体当たりされて、比呂子は直人もろとも線路の脇に倒れ込んだ。一瞬遅れて、風を巻き起こしながら轟音がすぐ近くを通りすぎていった。

列車のブレーキの耳障りな金属音が長く続く。それが美雪の断末魔の悲鳴に聞こえた。

数秒後、静寂が訪れた。列車は百メートル以上も向こうでようやく停車したようだ。

比呂子はふらふらと立ち上がり、美雪がいたところを見た。そこにはピンク色の肉片が飛び散り、美雪はすでにもとの形はとどめていなかった。

果たして、列車にはねられただけでこれほどまでになるだろうか?

きっと死滅の限界点まで進行していた美雪の肉体は、この衝撃に耐えることができなかったのだ。

比呂子の目の前で、美雪の肉片は腐敗し、干からび、土に還っていく。

陰のエネルギーに満ちた庭から遠く離れたこの場所で、これらの肉片から美雪が再生することはもうないだろう。もうすぐ日が昇る。そうすれば美雪は永遠にこの世から消え去るはずだ。

(中略)

「終わったのか? すべて終わったのか?」

「そうよ。もう終わったの。何もかも終わったのよ」

比呂子は自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。そうであってほしい。その思いに、もう一度はっきりと言った。

「あんな異常なことは、もう終わったのよ」


悪夢

いいえ、これで終わりなわけがありません。

もちろん森での攻防にも息を呑むような緊迫感があったのですが、どうにも違和感がありました。

ぱんだ
ぱんだ
違和感?

美雪の力が弱すぎたんです。

これまで人を操って比呂子の命を狙ってきたような《呪いの力》が、森へと追いかけてきた美雪には感じられませんでした。

姿かたちは恐ろしくとも、動きは遅々として鈍く、散り際もあっさりとした印象でした。

この美雪の弱体化にはちゃんと理由があります。ただ、答え合わせはちょっとだけ待ってください。

場面は昼の伊原家。帰宅するという比呂子を見送り、直人は荒れ果てた家でひとり、解放感を味わっていました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

直人は立ち上がり、窓辺に寄ってカーテンを一気に開いた。そこには昨日までとは違う、日の光に溢れた平和な庭があるように思えたのだ。

だが、もちろん高いゴミの塀に囲まれた庭には明るい光は届かない。それどころか、目の前にひろがるおぞましい光景に、直人は全身が粟立つのを感じた。

庭には小さな土の盛り上がりが無数にあったのだ。

しかもその小山はどれもが、直人の目の前でみるみる大きく盛り上がっていく。

地中で何かが成長しているのだ。もちろん、それは美雪のはずだ。

鎌を突き刺されショベルで腕を切り落とされた時(※)に飛び散った美雪の血や体液や肉片から、新しい美雪が再生してきているのだ。

※地面から這い出てきた美雪を比呂子たちが攻撃していた

それはものすごい勢いで成長を続けている。

「まさか、こんなことが……。まだ悪夢が終わってなかったなんて……」


清算

時刻は夕暮れ。あまりの光景に呆然と立ちつくしていた直人は、いつのまにか集まってきていた大量のカラスの鳴き声で我に返りました。

庭には不吉にうごめくいくつもの土の盛り上がり。

このまま夜を迎えれば、無数の怪物が地面から這い出してくることになるでしょう。

「わかったよ。美雪、おまえの気持ちはよくわかった」

直人は石油ストーブのために準備していた灯油のポリタンクを手に持つと、庭にまんべんなく撒いていきます。

「もうすべて終わりにしよう。この呪われた家と一緒に忌まわしい出来事を全部燃やしてしまうんだ」

※以下、小説より一部抜粋

…………

「駄目なんだ。こんなことはもう駄目なんだ。許してくれ、美雪。おまえは死んだんだ。指の欠片からまた生えてくるなんて、そんなことがあっていいわけがない。俺が悪かった。許してくれ。俺が春翔にあんな冗談を言わなければ……。だけど、もちろんおまえひとりを逝かせたりはしない。俺も一緒だ。おまえが生き返らなくても、俺がおまえのところに行ってやるさ。それでいいだろう?」

気がつくと、自分の口からそんなつぶやきが際限なく洩れていた。

(中略)

「さあ、火をつけるんだ」

自分を鼓舞するようにつぶやきながらも、ライターのウィールにかけた親指は動かない。この下に埋まっているもの……、それは自分の妻なのだ。

彼女を焼き殺すなんて。胸が押しつぶされそうだ。

直人はじっと庭を見つめた。小山がいくつもできていて、ぞっとするような光景だ。

この下に埋まっているのは確かに美雪であるかもしれないが、似ても似つかない醜い姿をしているはずだ。それがいくつも蠢いている。日暮れを待ちきれないというふうに、地面の下でもぞもぞと動いている。

屍肉の塊として蘇ってきて、直人と比呂子を追いかけまわしていた美雪の姿。それよりもおぞましいものが、今にも顔を出そうとしている。見たくない。もう、そんな美雪の姿は見たくない。

親指に力を込めた。

「さあ、一緒に地獄へ堕ちよう。行き先がわからないっていうのなら、俺が案内してやるよ」

ライターを手に、今まさに火をつけようとしたその時、可愛らしい声が幻聴のように直人の身体の奥を震わせた。

「パパ、何してるの?」

弾かれたように振り返ると、テラスの上に春翔とそれに付き従う従順な下僕であるポチの姿があった。

「またママをいじめてるんだね。そんなこと、ぼくがゆるさないよ」


真相

話は少しさかのぼるのですが、伊原家からいつのまにか春翔の存在が消えていたことにお気づきでしたか?

これは直人が両親に頼んで春翔を実家に避難させていたためです。

だというのに、今、直人の目の前にはいるはずのない春翔が立っています。

父親への憎悪をむき出しにしている春翔を見て、直人はようやくすべてを悟りました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

すべては春翔の仕業だったのだ。

そのことに直人は今初めて気がついた。怖れていたことは事実だったのだ。

美雪の力が春翔に遺伝していても、なんの不思議もない。そう、ふたりは母子なのだから。

死んだ美雪が生き返ったのは彼女の力ではない。

春翔の力が、指だけになった母を蘇らせたのだ。この庭に満ち溢れる陰のエネルギーは、すべて春翔が撒き散らしたものなのだ。

(中略)

ひょっとしたら五年前の出来事も……。

そう言えば、美雪が春翔を会社に連れてきて比呂子と対面した直後に異様なことが起こり始めた。あれは春翔がまだ何もわからないなりに、増幅器のように美雪の憎悪の感情を巨大化させたことによって起こったのではないのか。

今回のこともそうだ。

指の欠片から蘇ってきた美雪に理性などない。

自分がいなくなったことで他の女――ずっと密かに思い続けていた比呂子のもとに走るのではないかという嫉妬と憎しみの感情があるだけだった。

その感情を春翔の不思議な力が増幅させていたのだとしたら……。

(中略)

「ママ、ぼくが来たからもう大丈夫だよ。きのうはおばあちゃんとおじいちゃんのところに行っててごめんね。ぼくがいたら、ママをこんな目にあわせたりしなかったのに……。ほんと、ひどいパパだよね」

春翔の言葉に反応して地面の隆起が蠢き始め、モグラや蝉の幼虫が顔を出すように、地表を突き破り、白いゼリー状のものが溢れ出してきた。

肉体として固まるだけの時間を待てずに、再生への渇望に突き動かされて美雪は地上に這い出してきているのだ。

春翔はその液体状のものが自分の母親であるということを確信しているかのように、うれしそうな笑みを浮かべながら眺めている。

「パパにも見えるでしょ? ママがいっぱいいるよ。ぼくが絶対にママを生き返らせるんだ!」

 

補足

昨晩、森へと追いかけてきた美雪の力が弱かったのは、庭から離れていたこと以上に、力の源である春翔が近くにいなかったのが原因でした。

嫉妬の感情を増幅され異形として復活させられた美雪も、ある意味では被害者だったとも言えます。かといって春翔に悪意があったわけでもないのですが……。


結末

目を開けていられないほどの強風が、伊原家の庭に渦巻いていました。

竜巻に飛ばされた小石が窓ガラスを割り、瓦すらも吹き飛んでいきます。

春翔は嵐の中心で一心不乱に呪文を唱え続けていました。

「えろいむえっさいむ、えろいむえっさいむ」

直人がいくらやめるように言っても無駄でした。

春翔は最愛の母の復活を願って、ひたすらにひたすらに呪文を繰り返しています。

それに呼応するかのように、粘液状の美雪の再生も急速に進んでいきます。

この世ならざる光景を前にして、直人は思いました。

俺はこの子の父親なんだ。我が子を化け物を見るような目で見て、恐れおののいているなんて父親失格だ。春翔を救わなくては!

直人が意を決して嵐の中に飛び込もうとしたそのときです。

終わりは唐突に訪れました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

目が潰れそうなほど強烈な光があたりを包み込んだ。

あっと思った時には、爆風が直人の身体を舞い上がらせた。背中から塀にぶち当たり、塀ごと裏の空き地まで吹き飛ばされた。

地面に叩きつけられた直人がなんとか顔を上げると、春翔を始め、再生途中の美雪たちも皆、地面に倒れていた。家の屋根から煙が立ち上っている。

雷が落ちたのだ。

(中略)

春翔がよろめきながら身体を起こした。泥だらけになり、洋服が灯油にまみれている。

幼い顔に憎悪と苦渋の色を滲ませながら、春翔は両手をひろげ、再び大声で呪文を唱え始めた。

「えろいむえっさいむ、えろいむえっさいむ」

火の粉が雨のように庭に降り注ぐ。地面の油に炎が燃え移るのに時間はかからなかった。

(中略)

青白い炎が地面をさーっと這っていき、庭の中心で仁王立ちして呪文を唱えている春翔を飲み込んでいく。

「春翔ー!」

直人が大声で叫ぶのと、狙い澄ました神の一撃――落雷が春翔を直撃するのは同時だった。

伊原家の禁忌は神の怒りに触れ、雷(神鳴り)によって粛清された……という結末でした。


エピローグ

落雷により春翔は死亡。家は火事で全焼し、美雪もまた元凶の庭ごと消滅しました。

今度こそ本当にすべて終わったのですが、めでたしめでたしという雰囲気でもありません。

神の裁きが稲妻となって春翔を貫いたあのとき、比呂子は異変を察知して伊原家に引き返していました。

「伊原さん、大丈夫ッ?」

直人は絶望していました。無理もありません。妻に続いて子どもまで亡くしてしまって、しかもそのきっかけをつくったのは他ならぬ自分だったのですから。

「馬鹿なことをしてしまった。まさかこんなことになるとは……。全部、俺が悪いんだ。美雪を裏切り、春翔に嘘の呪文を教えた俺が悪いんだ……」

直人も比呂子も、燃え盛る家を呆然と眺めることしかできませんでした。

と、そのときです。

全身を炎に焼かれながら、火の玉と化したポチがよろよろとこちらに近づいてきました。

よく見ると口に何かをくわえています。それはシャツの切れ端に包まれた小さな肉片でした。

「ポチはあの炎の中から春翔を助けようとして、春翔の身体を噛んで引きずっているうちに肉がもげてしまったんだ。見てみろ。ポチが犠牲になってくれたおかげで少しも焦げていない」

直人は涙を流しながら笑い声をあげます。彼がなにをしようとしているのか、比呂子だけが理解できました。

「伊原さん、だけどそれじゃあ……」

それ以上、比呂子は言葉を続けられませんでした。

直人が素早く庭の隅に肉片を埋めるのを、ただ、黙って見ていました。

ぱんだ
ぱんだ
えっ……

季節は巡り、春。

比呂子は伊原家跡地を訪れます。

すると焼け落ちた家の向こうから、ぼそぼそと低いつぶやきが聞こえてきました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「伊原さん、いるの?」

比呂子の声に応えることなく、その低いつぶやきは繰り返される。比呂子がここに着くずっと前からそうやってつぶやき続けているのだろう。

「えろいむえっさいむ……えろいむえっさいむ……」

庭の隅にうずくまり、薄汚れた服を着た男が、低く不気味な声でつぶやいている。

いつの間にか、夕暮れが近づいていた。裏山の向こうに沈もうとする夕陽が辺りを真っ赤に照らしている。その夕焼けの中で男は一心不乱に呪文を唱え続けていた。

「伊原さん……」

「えろいむえっさいむ、えろいむえっさいむ、えろいむえっさいむ……。春翔、だいぶ大きくなったみたいだな。もうそろそろ地上に出られるからな。がんばるんだぞ」

時おり楽しそうに笑みを浮かべ、優しい瞳で地面に語りかけながら、直人はまた、えろいむえっさいむと繰り返す。

入院しているあいだ(※)に直人が正気を取り戻し、春翔の再生をあきらめてくれているのではないかと淡い期待を抱いていた比呂子だったが、その思いは簡単に裏切られた。直人の中では、あの夜から時間は止まっているのだ。

※比呂子もまた伊原家からの帰り道で美雪に襲われ、大怪我を負っていた

声をかけることもできずに、比呂子はその場で立ちつくしていた。その時、焼け落ちた家の柱を何か黒いものが駆け上がった。柱の先端で動きを止めたのはトカゲだった。

まるで自分の縄張りを確認するかのように辺りをぐるりと眺めまわし、赤い舌をしゅるりと出すと、また素早い動きで駆け降り、廃墟の中にもぐり込んだ。

そのトカゲがあの日、春翔から逃れるために尻尾を切り離したトカゲかどうか、それは誰も知らない。

<おわり>

 

補足

直人には美雪につらなる「不思議な力」がありません。なので、いくら呪文を唱えても春翔は復活しないだろうと思われます。

正気を失った直人の哀れな姿がなんともいえない気持ちにさせるラストシーンでした。

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まとめ

今回は清水カルマ『禁じられた遊び』のあらすじネタバレ解説をお届けしました。

森での逃走劇やラストの春翔など派手な終盤もさることながら、じわじわと生活が異常現象に侵食されていく前半の怖さがとんでもなく秀逸なホラーでした。

この記事ではかなりマイルドになっていますが、実際に小説を読んでいるときはちょくちょく休憩を挟んでどうにか怖さを誤魔化さないといけないほどでした。

ホラー小説が好きなら、ぜひ一度は読んでみてください。

和ホラーの醍醐味である不気味さ、おぞましさを存分に堪能できる傑作です。

 

映画情報

中田秀夫監督(「リング」「スマホを落としただけなのに」「事故物件 恐い間取り」)による映画化が発表されました。

劇場公開は2023年とのことです。

※現時点(2022年11月)ではキャスト未発表

ぱんだ
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POSTED COMMENT

  1. ただのファン より:

    今日の記事も引き込まれて読みました。
    次の更新も楽しみにしています。

    • わかたけ より:

      >ただのファンさん

      いつもありがとうございます。
      続けていく励みになります。

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