小説「リカ」を読みました。
これ、めっっっさ怖いです……!
ホラー小説とかイヤミスとか全然平気で読めるのに、この「リカ」には(いい意味で)ドン引きしました。
特にヤバいのは文庫版で加筆されたエピローグ。
記事のラストでネタバレしていますが、読むかどうかは自己責任でお願いします。
※小説そのものよりだいぶマイルドにはなっていますけどね。
というわけで、今回は小説「リカ」のあらすじネタバレです!
「リカ」は五十嵐貴久リカシリーズの第一作目。
2019年のドラマ版では大谷亮平さんが登場する『第二部』の物語です。
第一部の原作「リハーサル」は下の記事からチェックできます。
あらすじ
本間隆雄(42)は平凡な会社員。
家庭にも仕事にも特に不満はない。
小学校に入ったばかりの娘・亜矢は天使のように可愛いし、十分に幸福な人生を歩んでいると自覚している。
だから、『出会い系』に手を出してしまったのは、ほんの出来心からだった。
なにも本気で浮気や女遊びをしようと思っていたわけではない。
ただ、波風のない人生にちょっとしたスパイスが欲しかった。
本当にただ、それだけのつもりで……。
実際、出会った相手とホテルに行ったときには妻子への罪悪感がひどかった。
良くも悪くも普通の小市民である本間には、どうも《隠し事》は向いていないらしい。
そこで本間は考えた。
会うのはあと一人だけにしよう、と。
最後の一人なのだから、当然慎重に選ぶことになる。
メールのやり取りを重ねて「これは!」と思う相手を選ばなくてはならない。
そうして何百通と見知らぬ相手とメールを交わし、ついに本間は最高だと思える女性に巡り合った。
女の名前は『リカ』
職業は看護師。
メールからうかがえる性格は内気で真面目……だけど本当は誰かに認めてほしい。
そんなところか。
本間はリカとのやりとりに確かな手ごたえを感じていた。
日に日にリカは心を開いていく……こちらに依存するようになっていく。
本間はリカとのやりとりが楽しくて楽しくて仕方がなかった。
……このときは、まだ。
本間はまだ知らない。
リカが想像を絶する《怪物》であることを。
そして、自分が見るに堪えないほど無残な最期を迎えることを――。
小説「リカ」が刊行されたのは2002年(平成14年)のこと。
当時はスマホなんてなくて、みんなガラケーを使ってました。
「出会い系」も流行ってましたね。
また、この頃はストーカー法がようやく制定された年代でもありました。
ネタバレ
携帯の番号を教えたのがよくなかった。
1日に何十回も電話がかかってくる。
当然、仕事中に出るわけにもいかず、無視することになる。
すると、留守電には「なんで出ないのよ!!」というヒステリックな悲鳴が何十件も吹き込まれる。
リカへの期待はみるみるうちに失望へと変わっていった。
「もう電話をするのはやめてくれないか。伝言も残すな。すごく迷惑してるんだ。わかるか」
「いっぱいリカの声聞けて、本田さん嬉しいでしょ」
※「本田」は出会い系用の偽名
この女はどこかおかしい、と私はようやく気づいた。
「いいか、二度と電話するなよ。これ以上うるさくつきまとうようならこっちにも考えがある。出るとこ出たっていいんだからな」
「怒られちゃった。忙しいんだね。本田さん、ストレスたまってるんじゃないの? でも、いつでもリカは本田さんの相手してあげるからね」
……どうも会話が成立しない。
極度の妄想癖・虚言癖があるらしく、一方的に送られてくるメールは支離滅裂な内容で埋め尽くされていた。
曰く、本当は七歳であるとか。
曰く、前世では私と兄妹だったとか。
……どうかしている。
止まらない着信の嵐にうんざりした私は、携帯電話を買い替えて番号を変えた。
リカにはフリーメールのアドレスと携帯電話の番号しか教えていない。
まだ会ったこともないのだ。
携帯番号を変えれば、もう連絡手段はなくなる。
(さよなら、リカ)
私は心の中でつぶやいた。
出会い
半月後、いつものインターネットカフェに行くと、顔見知りの店員が心配そうな顔で「大丈夫なんですか?」と尋ねてきた。
「え、なにが?」
「いや、だって……」
店員に教えられるままに出会い系サイトの掲示板をのぞく。
すると、掲示板はリカからの書き込みで埋め尽くされていた。
『本田たかおはどこだ! あいつは私の体を弄んで捨てた! 私は妊娠しているのに!』
書き込みには妄言と一緒にリカが知る限りの私の個人情報が記されていた。
サーっと顔が青くなる。
店員が気づいたくらいだ。
知り合いが見れば「本田たかお」が私であることくらい、すぐにわかる。
リカはこんな書き込みをありとあらゆる出会い系サイトに、ひっきりなしに投稿しているらしい。
冗談じゃない!
もし、会社に知られたらどうなる?
もし、家族に知られたらどうなる……!?
◆
インターネットカフェを出た瞬間、強烈な視線に身がすくんだ。
ゆっくりとあたりを見渡す。
いた。
背の高いやせた女が、こっちを見ている。
いや、痩せているどころじゃない。
やつれた顔の色はまるで泥のよう。
表情のない顔に浮かぶ目は黒く濁っていて、まるで白目がないように見える。
本能的な恐怖が、私の足を動かした。
強引にタクシーを止めて乗り込む。
「出せ! 出してくれ!」
「お客さん、どこまで……ひっ!」
運転手の目にも全速力で走ってくる異様な女の姿が映ったようだった。
……が、遅い。
リカはタクシーに追いつくと、外側からドアをこじ開けようとしてくる。
「出せ! 早く!」
叫び声と同時にアクセルが踏み込まれた。
異形の女が背後に遠ざかっていく……。
◆
どうしてリカは私がインターネットカフェに寄るとわかった?
あの店につながるヒントをメールに書いてしまっていたのだろうか?
いや、だとしても「いつ来るか」なんてわからないはずなのに……。
ふと、思い出す。
リカはノートパソコンを抱えていた。
つまり、リカはずっとあの店を見張りながら出会い系の掲示板に書き込みをしていたのか?
2週間以上も?
ゾッと背筋に寒気が走る。
ひとまずは逃げ切れたが、これで終わりとは思えない。
顔を見られてしまった。
次、あの女に見つかったらどうすればいい……!?
接近
警察に相談したのは、時間の無駄だった。
「民事だから」とまともに取り合ってくれない。
それに、警察に頼れば家族や会社にもリカとのことを知られてしまう。
……被害届は出せない。
◆
私は大学で同期だった原田信也に助けを求めることにした。
原田は元警察官で、今は探偵事務所を営んでいる。
「心配するな、無事に終わるさ」
原田は快く調査を請け負ってくれた。
◆
どうやって調べたのか、リカから新しい番号に電話がかかってきた。
『非通知』と表示されるから、すぐにリカだとわかる。
もちろん通話に出るようなことはしない。
すると、リカは留守電に長い長いメッセージを残してきた。
そして、その中には信じられない内容が含まれていた。
「ねえ、亜矢ちゃんは元気? そうだ、昨日着ていた赤のブラウスは、すごくよく似合ってたよ」
ゾッとした。
なぜ、亜矢の名前を知っている?
どうして、娘が昨日着ていた服を知っている!?
続く留守電メッセージの中で、リカはあっさりと種明かしをした。
リカはもうこちらの住所も本名も、すべて知っている。
◆
再びリカからの着信の嵐に悩まされる日々が始まった。
リカが残す留守電メッセージには、必ず直近の妻子の話が出てくる。
疑う余地はない。
リカは間違いなく我が家を監視している。
……日に日に精神が追い詰められていく。
正常な思考力が失われていき、仕事のミスも増えていった。
もうだめだ。
私の心が壊れるまで、もうそれほど猶予はないだろう。
どこか他人事のように、そう思った。
◆
ある日は、家にリカからのファクスが送られてきた。
……内容はとても口に出せるようなものではない。
またある日は、帰宅すると自宅のドアに大量の毛束が張り付けられていた。
おそらくはリカの髪だろう。
いよいよもって常軌を逸している。
リカの狂気が少しずつ近づいてくるような感覚に、私は身震いした。
リカの過去
もう頼れるのは原田しかいない。
私が事情を話すと、原田はこれまで以上の働きを約束してくれた。
昼はリカの身元を調査し、夜は私の家を見張ってくれるという。
◆
数日のうちに、原田はリカの身元についての情報を集めてきた。
『看護師』という細い手がかりから、リカの元同僚を探り当てたというのだから、私は素直に感嘆した。
原田によれば、リカは病院を転々としている看護師で、『雨宮リカ』と名乗っていたそうだ。
当時、リカは同僚の看護師とはなれ合わない一方で、人気のある若い医師に熱を上げていたのだという。
医師の名前は大矢昌史。
※シリーズ最新作(4作目)の主人公。ドラマでは第一部の主人公。
大矢が務める花山病院では、リカが働き始めたころから不幸な事件が連続して発生するようになった。
- 車に当て逃げされる
- 無言電話が50回以上もかかってくる
- 放火される
- 階段から突き落とされる
被害者は全員女性で、みんな事件の直前に大矢と親しく会話をしていた人間だった。
「リカがやったんだな」
「当時の同僚はそう考えている」
「で、その大矢って医者はどうなったんだ?」
私の問いに答えるかわりに、原田は新聞記事の切り抜きをこちらに寄越した。
見出しはこうだ。
『男性のバラバラ死体、海上に――静岡、田子の浦港』
ドクン、と心臓が高鳴る。
続く記事には、被害者の名前がはっきりと掲載されていた。
『被害者は大矢昌史さん(37) 大矢さんは先月30日の午後、病院に欠勤の連絡を入れた後、消息が不明になっていた』
理解したくないのに、頭が理解してしまう。
リカだ。リカがやったのだ。
絶望に頭を抱える私に追い打ちをかけるように、原田は言った。
「大矢の手足、そして頭部はまだ発見されていないそうだ。つまり、リカは大矢をいまだに自分の所有物にしているということだな」
もういい、と言って私は立ち上がった。
これ以上、原田の話を聞く勇気は私にはなかった。
訃報
原田が死んだ。
いや、殺された。
誰に?
……考えるまでもない。
リカだ。
原田が周辺を嗅ぎまわっていることに気づいたのだろう。
原田の遺体は一度バラバラに切り刻まれた後、再度元の形に並びなおされた状態で見つかったのだという。
……どうしてこんなことになった?
私はいったい何を間違えたんだ?
◆
原田の事件は警視庁捜査一課の担当だった。
警察時代に原田を指導したことがあるという初老の刑事が、いろいろと事情を聴いてくれた。
菅原というその刑事がいうには、これから私の家は強固に警備されることになるらしい。
原田への罪悪感を覚えつつも、私は祈らずにはいられなかった。
このままリカが警察に捕まれば、すべてが終わる……!
すぐそこに
亜矢が行方不明になった。
学校が終わって何時間たっても家に帰ってこない。
妻は知る由もないが、考えられる犯人は一人しかいない。
不安。
不安。
不安。
今まで感じたことのない不安が頭と心を支配する。
私は会社を早退し、亜矢の捜索に乗り出した。
◆
最後に亜矢の姿を見たのは、お友達の弘子ちゃんだった。
学校が終わり、亜矢と弘子ちゃんは砂場で遊んでいたのだという。
「そしたらね、しらないおばちゃんがきたの。マスクをしてて……すごくおっきかった」
目の前が真っ暗になった。
間違いない。リカだ。
弘子ちゃんは亜矢と『しらないおばちゃん』を残して先に帰った。
それが亜矢の最後の目撃証言だった。
◆
電話の音にビクリと肩が震えた。
恐怖に耐えながら電話を確認してみる。
『非通知』の文字は表示されていない。
つまり、リカからの電話ではない。
通話ボタンを押す。
「もしもし、本間隆雄さんの携帯でしょうか。緑風荘病院ですが、本間亜矢ちゃんの保護者の方でしょうか」
「父親です。亜矢のことを知っているんですか」
「こちらの病院におります」
話を聞くと、怪我はなく無事ということだった。
私は妻を連れて急いで病院に向かった。
◆
医師からの説明はこうだ。
- 亜矢は麻酔薬のようなもので眠らされ、学校の物置に放置されていた。
- 怪我はなく、いたずらの形跡もない。
「ただ、肉体的には問題ないのですが、精神的な部分で少し問題がありまして……」
ためらいがちに医師が告げる。
「今、亜矢ちゃんは口がきけません。いわゆる失語症です」
医師によれば、失語症の原因は恐怖体験なのだという。
強い恐怖……口がきけなくなるほどの……。
いったい、娘の身に何が……。
幸い、症状は一過性のものであり、やがては快復するということだった。
とはいえ、安心してはいられない。
次も無事に済むとは限らない。
警察が解決してくれるのを待つだけじゃだめだ。
決着をつけよう、リカ。
対決
リカに「今すぐ会いたい」と連絡した。
「今からデートをしよう。いいだろ?」
「もう、本田さんたら急なんだから。でも、いいよ♡」
待ち合わせは1時間後。
場所は豊島園の駐車場。
すでに遊園地の営業時間は終了している。
人の目はないはずだ。
暴力に訴えてでも、リカを警察に連れて行ってやる……!
◆
約束の時間。
あたりを警戒していたはずなのに、リカはいつのまにかすぐ近くに立っていた。
手にしたゴルフクラブをぎゅっと握る。
……あれは、本当に人間なのか?
病的なまでに痩せている、ひょろりと細長いシルエット。
肉が腐ったような悪臭は、話に聞くリカの体臭か。
なにより、目だ。
落ちくぼんだ眼窩の中にある目には光がなく、まるで《闇》が収まっているように見える。
声だけが十代の少女のように可憐なのが、かえって不気味だった。
「どうして娘を巻き込んだ」
「えー? 一緒に遊んでただけだよ?」
「お前のやったことは立派な犯罪だ。警察に自首しろ」
「何いってるの? リカ、わかんなーい」
やっぱり説得はできないか。
予想していたとおりだ。
リカは自分に都合がいい、自分の頭の中だけにしかない仮想現実を生きている。
私のことをいまだに『本田』と呼ぶのもそのためだ。
妄想と現実にズレが生じた場合、リカは現実の方を修正しようとする。
もう私はリカの『修正対象』になっている、と考えていいだろう。
もしリカに勝てなかったら、きっと新聞記事の医師のように……。
◆
私はゴルフクラブを思いきりリカに振り下ろした。
ゴッ、と鈍い音が響く。
手ごたえはあったのに、リカは憎悪をむき出しにして襲いかかってきた。
◆
醜い争いを制したのは、私の方だった。
リカは気絶しているようで、ぐったりとコンクリートの地面に横たわっている。
こちらも軽くない怪我を負ったが、ぐずぐずしている場合ではない。
このままリカを警察に連れて行く。
正当防衛か過剰防衛か、そんなことはもうどっちだっていい。
この悪夢が終わるなら……。
私は悪臭に顔を歪めながら、リカを抱え上げて助手席に詰め込んだ。
大丈夫、意識はない。
車を発進させようとした、そのときだった。
「もう、本田さんたら気に入らないことがあるとすぐぶつんだもん。まあ、それだけ愛されてるってことだから、リカは嬉しいけど」
耳元で、声がした。
驚いてバックミラーに視線を動かす。
リカが、黄色い歯をむき出しにして笑っていた。
その手に握られた注射器が、私の首筋に刺さっている。
「運転はリカがするね。嬉しいなあ、本田さんとドライブなんて」
……体が、動かない。
リカは私を助手席に座らせると、上機嫌に車を発進させた。
「けっこう遠いから、つくまで寝てていいよ。リカのことは気にしなくていいから。運転するのって、けっこう好きなんだ」
意識が遠ざかっていく……。
恐怖
目が覚めると、見知らぬ部屋にいた。
どこか生活感のない部屋だ。
リカの『隠れ家』といったところか。
目の前に大きな鏡が置いてある。
そこに映る私は、巨大な椅子に銀色の針金で手足をくくりつけられていた。
目の周りにはガムテープが貼られている。
強制的に目を開けさせられた状態で固定されているので、まばたきができない。
必然的に、目が乾燥する。
私はさきほどから目に感じていた激痛の正体を理解した。
◆
ドアが開き、リカが部屋に入ってきた。
「助けてくれ」
それしか、言葉が出てこなかった。
「俺が悪かった。許してくれ。目が痛い。痛い痛い痛い!」
「何いってるの。あたしもよ。愛してるわ」
許しを乞う声も、みっともなく助けを乞う声も、リカの耳には届かない。
従順なふりをして拘束を解かせようとしたが、無駄だった。
「大丈夫。あなたはあたしのものになるのよ」
◆
ガチャリ、と金属質な音を立てて黒いビニール袋がテーブルの上に投げ出された。
リカがその中から《道具》をひとつひとつ取り出していく。
注射器、ハサミ、メス、鉗子、小さなノコギリ……。
リカは透明な液体の入った細い瓶のふたを開けて、注射器を慎重に刺し入れた。
そのまま液体を吸い上げていく。
「それはなんだ」
「麻酔よ」
優秀な臨床医のように冷静な視線でリカが私を見つめた。
「痛くさせるつもりはないの」
慣れた手つきで注射器の中に残った空気を押し出した。針を指ではじく。
「ずっと一緒にいようね」
優しい微笑を頬に浮かべた。
向き直って、注射器をかざす。
「やめろ、近づくな」
全身を縛る針金を引きちぎろうと抵抗したが、無駄だった。
「じっとしてて。手元が狂うわ」
注射器が迫ってくる。
どこだ。どこに刺すつもりだ。
腕か、足か、顔か……。
目だ。
リカが針を刺そうとしているのは、私の目だ。
絶叫が口からほとばしった。
やめろ、やめてくれ。それだけは。助けてくれ。
何でもする。本当に何でもする。誰でもいい助けてくれ。
ああ、針が近づいてくる。
針が、針が。目に。
やめろ。ぼやける。見えない。
やめてくれ、やめさせてくれもうだめだ神様、見えない針が、見えないやめてくれやめてください許してくださいお願いですお願いです許してください許してください許して――
結末
ふっと、のしかかってくるリカの重圧が消えた。
「誰?」
部屋の中にはリカと私しかいないはずだ。
それなのに、リカの問いには返答があった。
「武器を捨てて、手を頭の後ろで組むんだ」
この声は……菅原刑事?
◆
思わぬ乱入者に、リカは激怒した。
注射器をメスに持ち替えて、突入してきた菅原刑事の左腕に躊躇なく突き刺す。
菅原の口からうめき声が漏れた。
「おまえは狂ってる」
「狂ってなんかない。狂ってるのはあんたの方だ!」
リカは次のメスを掴むと、菅原に飛びかかっていく。
「そうか。じゃあ、仕方ないな」
菅原の声から一瞬遅れて、リカが後方に吹っ飛んでいった。
そのまま食器棚に頭から突っ込んでいく。
顔をしかめて立ち上がった菅原の右手に、拳銃が握られていた。
「菅原さん」
「大丈夫か」
左の腕を押さえながら、菅原が私に歩み寄る。
そのとき、食器棚のガラス戸が大きな音を立てて外れた。
顔面と腹部を真っ赤に染めたリカが立っていた。
「どうして邪魔するの? リカは、本田さんが好きなだけなのに」
リカの手にはまだメスが握られている。
「迷惑なんだよ」
怒鳴った私の前に菅原が立ちふさがった。
「もう終わりだ」
リカの光のない両目から涙があふれ出た。
「どうしていけないの。あたしは悪くない」
噛みしめるようにそう言ったリカが、いきなり宙に飛んだ。
菅原の体と重なるように見えた瞬間、すさまじい音がして再びリカが吹っ飛んだ。
ゆっくりと背中から床に落ちていった。
倒れこんだリカの手からメスがこぼれた。
顔が苦しげに歪んでいる。
横たわった体の下に、血だまりができ始めていた。
「本田さん、どうして……」
そのままリカは目を閉じた。
◆
三十分後、パトカーと救急車がやってきた。
私はすべての拘束を解かれて、別棟の小さな寝室に移されていた。
「あの女は、リカはどうなったんですか」
「救急車で病院に搬送されました」
どうでしょうね、と菅原が肩をすくめる。
「助かるかどうか。しかし、右胸に一発、腹部に一発です。おそらく助からんでしょう」
◆
四時間後、私は自宅に戻っていた。
家は真っ暗だった。
妻と娘の姿はなかった。
代わりに居間のテーブルに手紙があった。
『実家にいます。落ち着いたら話し合いを持ちたいと思っています。もうあなたのことが信じられなくなりました。 葉子』
文面はそれだけだった。
浮気とか、そういう次元の問題じゃない。
娘が誘拐されたのだ。私のせいで。
妻の行動は当たり前のことだった。
おそらく会社も辞めることになるだろう。
けれど、そんなことはどうでもいい。
家庭も、仕事も、今となってはどうでもいい。
そのとき私の心を満たしていたのは、限りない安堵感だった。
もうあの女はいない。
これ以上思い悩む必要はないのだ。
◆
コーヒーを沸かしていると、電話が鳴った。
菅原だった。
さきほどはどうも、と言いかけた私に、黙って聞け、と菅原が怒鳴った。
「いいか、よく聞け。あの女が逃げた」
「……え?」
「十分ほど前に、あのリカって女を搬送した救急車が発見されたんだ。同乗した救急隊員二名と、運転手は車の中で発見された。もちろん死体でだ」
そんな馬鹿な、と私は叫んだ。
「あんなに血が流れてたんですよ。生きていられるわけがない」
「そんなことは知らん」
腹立たしげに菅原が吐き捨てた。
「いいか。とにかくあの女があの体で救急隊員三人殺して逃げたのは間違いのない事実なんだ。どれぐらい前に逃げたのかはわからんが、なんのためにそんなことをしたのかははっきりしている。奴はあんたを追ってるんだぞ」
急にての中の受話器が重くなった。
聞いているのか、と菅原が叫んでいる。
「さっき、俺の方から本庁に連絡を入れた。今、所轄署からそっちに警官が向かっている。いいか、そこを動くな。五分以上はかからない。必ず誰かが行く。あとはそいつの指示通りに……」
そのとき、チャイムが鳴った。
警察だろうか。
いや、違う。
なぜかそのことがはっきりわかった。
「何だ、今の音は」
電話の向こうで菅原がまた怒鳴った。
「菅原さん」
自分でも意外だったが、私の声は落ち着いていた。
あれで終わったと思って、安心していた私が間違っていたのだ。
「遅かったようです」
私は静かに受話器を戻した。
もう一度チャイムが鳴った。
キッチンに入り、置いてあった包丁を掴む。
そのまま静かに身構えた。
カチャリ、と鍵の回る音がした。
エピローグ
パトカーの赤い光が朽ちた廃病院を照らしている。
キャリア組の戸田は、立ち入り禁止線をくぐるとまっすぐに現場へと歩を進めた。
「菅原さん、大丈夫ですか?」
階級こそ下だが、戸田は熟練の刑事である菅原のことを尊敬している。
いつも冷静で、めったなことでは取り乱さない優秀な刑事として評価している。
その菅原が、こんなになってしまうだなんて……。
「大丈夫です。私は大丈夫ですから」
戸田は思わず目を逸らした。
言葉とは裏腹に、菅原のようすは明らかに異常だ。
そげ落ちた頬の線。
真っ赤に充血した目。
真っ白な顔色。
とても正視できない。
「菅さん、帰った方がいい」
「いえ、わたしが第一発見者ですから」
菅原はつぶやくように状況を報告し始めた。
『リカ』がどんな女なのか、ひとつひとつ丁寧に言葉にしていった。
だが、冷静に報告できたのは最初のうちだけだった。
報告は途中で涙声になり、体はガタガタと震えだす。
「あの女は、被害者を、本間隆雄を拉致したのです。そしてこの潰れた病院に運んで……」
「もういい」
戸田が首を振る。
何も言わなくていい、というつもりだったが、その声は届いていなかった。
「あの女は、ここで、この手術台で、被害者の、本間隆雄の体を、バラバラにしたんです」
言葉は次々に紡ぎだされていく。
「指を、手のひらを、肩から先を、足首を、脚を、あの女はすべて切り取ったんです。そして、まるでクリスマスツリーのオーナメントのように飾りつけたんです」
手術台の上を指さす。
すでにそれらの体の部位は捜査員たちによって運び去られていたが、菅原にとってはいまだに生々しく存在していた。
「きれに揃えて、並べてあったんです。そこに。それだけじゃない。舌も、耳も、唇も、鼻もだ」
いきなり、菅原が胃の中のものを吐いた。
だが、口の動きは止まらない。
「それだけじゃない。あの女は、その作業を、全身麻酔をかけて、外科手術の要領でやってのけたんだ。あの女は全身麻酔をかけて、本間隆雄の体を切り刻んでいったんだぞ」
もうやめてください、と戸田が怒鳴った。
だが、菅原は口を閉じようとはしなかった。
「あの女は、腕を、脚を切断して、そして本間の体を持ち去っていったんです。どういうことかわかりますか。さっき俺は鑑識に聞いたんだ。切り取られた器官には生体反応があったと。それがどういう意味か分かるか」
この世の終わりのような顔で、菅原は言った。
「本間隆雄は、それだけのことをされて、まだ生きているんだ」
菅原の声は、いつしか絶叫へと変わっていた。
戸田に指示された捜査員が、菅原を外に運び出そうと近づく。
しかし、菅原は近寄った捜査員の腕を振り払いながら、なおも喚き続けた。
「あの女は、話すことさえできなくなった本間隆雄を手に入れたんだ。何もかも、女の意のままになるしかない本間隆雄を。あの女は、本当の意味で本間を自分のものにしたんだ」
ゆらり、と幽鬼のように菅原が立ち上がった。
その顔を見た捜査員が「ひっ」と声を漏らす。
「医者の話では、本間の意識はあと数時間で戻るそうです。腕も脚も、目も耳も舌もすでに無くなっているのに、脳だけは機能しているんです」
顔を伏せたまま、菅原は甲高い声で笑った。
しばらくその声は続き、やがて止まった。
「その時のことを、意識が戻った時のことを考えると、わたしは……」
膝がゆっくりと崩れ落ちて、菅原は床に沈み込んでいった。
<完>
五十嵐貴久さんの小説『リカ』
怖い。
とにかくラストが怖すぎる😨😨😨この秋、実写ドラマ化するんだけど……
間違いなく何人かは悪夢を見るね😈😈😈#高岡早紀#大谷亮平https://t.co/Av3BBbmpNe
— わかたけ (@wakatake_panda) September 18, 2019
まとめと感想
今回は五十嵐貴久「リカ」のあらすじネタバレをお届けしました!
では、最後にまとめです。
- リカはすでに何人もの人間の命を奪っている怪物だった。
- 刑事に拳銃で撃たれて息絶えたかのように思われたのも束の間、リカは本間を拉致する。そして……
- あまりに凄惨すぎるエピローグ
いや、めちゃくちゃ怖かったです!
ホラー小説も裸足で逃げ出すんじゃないでしょうか。
特に本間が拉致されてから……小説でいうとラスト50ページの勢いはすごかったですね。
- 目に注射が迫ってくるシーン
- 「菅原さん、遅かったようです」で終わる結末
- 予想をはるかに超える絶望が描かれたエピローグ
下手するとトラウマになりかねないレベルの描写に、全身が粟立つのを感じました。
というわけで、小説「リカ」の感想は……
イヤミスなど、後味の悪さを楽しめる本読みにはたまらない一冊だと思います。
ドラマ情報
そんな小説「リカ」がドラマ化!
気になるキャストはこんな感じです。
- 高岡早紀さん(雨宮リカ役)
- 大谷亮平さん(本間隆雄役)
- 小池徹平さん(大矢昌史役)
今回のドラマ化はちょっとおもしろくて、
- シリーズ第一作の「リカ」が第二部
- シリーズ最新作(四作目)「リハーサル」が第一部(時系列的には「リカ」の前日譚)
という特殊な構成になっています。
第一部の主人公は今回のあらすじネタバレにもちょっとだけ登場した大矢医師。
「リカ」のネタバレの中で彼がどんな最期を迎えるかはもうわかっているわけですが……またこっちもめちゃくちゃ怖いんです。
未読の方はぜひ、下の記事からチェックしてみてください。
1シーズンで「リカ」と「リハーサル」、どちらも楽しめる今回のドラマ化はまさに『一粒で二度おいしい』って感じですね(笑)
- 2019年10月5日(土)スタート
- 毎週土曜日23:40~
- 東海テレビ・フジテレビ系全国ネット
小説のなかでもはっきりとした素性が明らかにならなかったリカは自称28歳。
ただし、小説には『50歳のようにも見える』という記述がありました。
で、そんなリカを演じるのが高岡早紀さん(46歳)なわけで……なかなか原作に忠実な気がしますね。
「う~ん、他の人でもそうだけど、リカを演じるにしてはちょっと健康的すぎない?」と最初は思ったのですが、もしかしたら予想を超えるクオリティの《リカ》が見られるのかも……!?
原作がおもしろかっただけに、ドラマにも期待です!
実は小説「リカ」のドラマ化は二回目。
最初のドラマ化は2003年で、そのときのキャストは
- 阿部寛さん(本間隆雄役)
- 浅野ゆう子さん(リカ役)
だったんだよ!
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雑誌でいえば『花とゆめ』『LaLa』とかですね。
オリジナル作品も女性向けが多くてにっこり。
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- 『フルーツバスケット』
- 『三月のライオン』
- 『桜蘭高校ホスト部』
マンガMee-人気の少女漫画が読めるマンガアプリ
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雑誌でいえば『りぼん』『マーガレット』とかですね。
歴代の名作から最新作までとにかくラインナップが豪華!
少女漫画が好きなら、一度はチェックしておきたいアプリです。
↓配信中タイトル
- 『ハニーレモンソーダ』
- 『君に届け』
- 『NANA-ナナ-』