『ミステリーベスト10 国内部門1位』(2013)
ずっと気になっていた小説「教場」を読みました!
まずはPVをどうぞ!
『教場』というのは警察学校における『クラス』のことですね。
今までありそうでなかった警察学校小説というのが「教場」の売りです。
ミステリーベスト10第1位以外にも
- 本屋大賞ノミネート
- このミステリーがすごい第2位
など一時期かなり話題になった小説で、結論からいえばもちろんおもしろかったです!
というわけで今回は、長岡弘樹「教場」のあらすじネタバレ(と感想)をお届けします!
あらすじネタバレ
【はじめに】
「教場」は6つの短編で構成されている連作短編集です。
どの短編の舞台も同じ第98期短期過程の風間教場(クラス)ですが、主人公は毎回変わります。
今回は6つぜんぶの短編の内容をまとめています!
では、さっそく1話から見ていきましょう!
ちなみにドラマ化されるのは1話・2話・4話・6話。
それと「教場2」の短編もドラマ化するようです。
第1話 宮坂定
警察学校とは、つまるところ篩(ふるい)である。
警察官を育てる学校であると同時に、警察官としての資質に欠ける学生を早い段階ではじき出すための篩。
入校から50日。
宮坂定(さだむ)が所属する風間教場(クラス)では、すでに4人が退校させられている。
◆
宮坂定はいわゆる落ちこぼれのレッテルを貼られている。
しかし、それは《わざと》だった。
同じ教場には恩人の息子である平田和道がいる。
成績最下位の平田がまっさきに退校のターゲットにならないよう、宮坂はわざと『できないやつ』のふりをしているのだった。
平田の父親は駐在所の警察官で、宮坂にとっては命の恩人でもある。
きっと平田もいい警察官になるに違いないと確信しての行動だった。
しかし……
◆
「俺がこの学校で一番嫌いなのは、お前だよ、宮坂。あんまり考えなかったみたいだな。自分よりできの悪いフリをされた人間がどんな気持ちになるかなんて」
控えめに言って状況は最悪だった。
場所は寮の自室。
宮坂は手錠で拘束されていて、身動きが取れない。
そんな中、平田は着々と部屋をガムテープで密閉していっている。
ガスによる自殺。
それに宮坂を道連れにするつもりなのだ。
ちょうど風呂の時間のため、他の学生の助けは期待できない。
「頭のいいお前なら知ってるだろ。硫黄入りの入浴剤と、酸性の洗剤。この2つを混ぜ合わせるとどうなるか」
宮坂の脳裏に『硫化水素』の文字が浮かぶ。
平田は本気だ。
このまま警察学校から脱落すれば世間の笑いものだし、父親に合わせる顔もない。
本気で、すべてを終わらせるつもりなのだ。
「成績がビリってのは、確かに辛いよ。教官に殴られたら、そりゃあ痛いよ。だけどな、他人から憐れみを受けるってのも相当しんどいぞ」
そんなつもりはなかった。
ただ、平田もいずれ父親のように立派な警察官になると信じていただけだった。
「平田さん、聞いてくだ――」
「おまえは俺を助けたんじゃない。見下したんだ」
◆
平田が2つの液体を混ぜ合わせようとした、その時。
「平田、風呂の時間だぞ。宮坂もだ」
部屋の外から教官である風間公親の声がした。
平田は一瞬で動揺する。
「こ、ここに来てもらっては困ります。巻き添えを食いますよ」
「構わん」
風間の口調に乱れはなかった。
「平田、きみの度胸を試してやる」
やれ。
風間が発した短い言葉は、宮坂のわめき声にかき消された……。
◆
後日談。
平田はそれでも計画を完遂した。
入浴剤と洗剤を混ぜ合わせた。
しかし、何も起こらなかった。
なぜなら、洗剤のボトルの中身がただの水にすり替えられていたから。
すり替えたのは、もちろん風間である。
その日、風間はいきなり全員にグラウンド25周のランニングを命じていた。
その間に寮をガサ入れし、平田の部屋から洗剤のボトルを見つけていたのだ。
では、なぜ風間は平田の計画に気づけたのか?
- 宮坂がわざと『できないやつ』のふりをしていること
- トイレから洗剤が盗まれたこと
たったこれだけの情報から、風間はすべてを見抜いていたのだった。
◆
平田は退校。
警察学校初任科第九十八期短期過程風間教場は、一人減って三十六人となった。
第2話 楠本しのぶ
警察学校で学んでいるのは男性だけではない。
風間教場にも女子学生が6名いる。
そのうちの1人、岸川沙織は身に覚えのない《脅迫状》に悩まされていた。
『おまえの悪事を知っている』
いったい、何のことを言っているのだろう?
頼れるのは親友の楠本しのぶだけだ。
「しのぶさんは私の味方だよね? これからも私を見捨てたり裏切ったりしないよね?」
「もちろん」
「絶対だよ。絶対に裏切ったらいやだよ」
「わかってるって」
◆
6月に入った。
もうすぐ婚約者だった和馬の命日だ。
楠本しのぶは便箋を取り出すと、白手袋を両手にはめ、サインペンを走らせた。
『岸川沙織に告ぐ。2年前の6月6日に、おまえが犯した罪をおれは知っている。人をひき殺しておいて、ただで済むと思うな。絶対に逃げられない。さっさと観念して出頭しろ』
あの写真を見せられたときの衝撃は、今も忘れられない。
沙織が見せてくれた愛車の色は、暗い赤の弁柄色。
かつて婚約者の命を奪ったひき逃げ犯が乗っていた車と同じ色だった。
運転手の顔は見ていないが、あの車の色は間違いない。
元インテリアコーディネーターのしのぶは、己の色彩感覚に絶対の自信を持っていた。
◆
(……やられた)
立体駐車場で沙織に襲われた。
常備している催涙スプレーで撃退したものの、足が車を昇降するパレットに挟まれていて身動きが取れない。
……この足は大丈夫なのだろうか?
もう長時間ずっと挟まれていて感覚がない。
最悪の場合、もう動かなくなってしまうのでは……。
しのぶの脳裏に恐ろしい想像が浮かんだ。
しのぶはなんとか携帯電話を手繰り寄せ、風間に救援を要請した。
すぐに使いとして宮坂定が現れる。
しかし、なぜか宮坂はすぐに機械を操作しようとしない。
しのぶは電話越しに叫んだ。
「教官、宮坂に言ってください。早くボタンを押せって。お願いします」
『彼は私の指示で動いている。そう責めてやるな。岸川に脅迫状を出していたのはきみだな? いったい何があった? 話せ。話せば宮坂にボタンを押させる』
しのぶは耳を疑った。
これではまるで拷問ではないか。
いや、それよりも、なんで《脅迫状》のことを知っている?
左手で描いて筆跡はごまかした。
投かんだって無関係な遠い場所からしている。
それなのに……
風間から指示を受けた宮坂が、脅迫状を顔の前に突きつけてきた。
手紙からは、しのぶがよく使っているミントオイルの香りがした。
そうか。この香りのせいでバレたのか……。
教官にも、そして沙織にも……。
◆
『話せ』
冷厳な風間の声に観念して、しのぶはすべてを打ち明けた。
沙織がひき逃げ事件の犯人であること。
その被害者が自分の婚約者だったこと。
脅迫状を送る一方で、沙織の親友を演じていたのは《良い警官、悪い警官》の応用だった。
圧力をかける警官と、優しく理解のある警官。
被疑者はやがて優しい警官に罪を自白する。
取り調べの古典にして定番である。
いくらしのぶが沙織の罪を確信していても、物的証拠はない。
しのぶは一人二役を演じることで沙織に罪を自白させようとしていたのだった。
「さあ、これで全部話しました! 早く助けてください!」
『いまなら正直に言えるな』
「何をですかっ」
『前の仕事を辞めてまで警察官を志した本当の理由だ』
予想外の問いに言葉が詰まる。
とはいえ、この場を支配しているのは風間だ。
こうなっては何一つ隠し事などできない。
「……それは……、自分の手で犯人を」
『捕まえようとしたのか』
「……はい」
婚約者が死んでからは、何も手がつかなくなった。
廃人のように日々を過ごして、ようやく見つけた目標がそれだった。
『これからどうする』
「辞めます。終わりましたから、私の仕事は」
逃げた沙織はいずれ捕まるだろう。
捕まればひき逃げの件も明るみに出るはずだ。
『残る気はないか』
「ありません。さっさと宮坂に命令してください! ボタンを押せって! 何なの! いい加減にしてよ!」
『楠本、本当にきみの仕事は終わりか』
「……どういう意味ですか」
『犯人を捕まえるために警察学校に入った。するとたまたま同期にその犯人がいた。そこまで都合のいい偶然が現実に起こると思っているのか?』
「そんなこと言ったって、現実に起きたんですからしょうがないでしょう」
宮坂が近づいてきて、今度は何枚かの写真を目の前に並べてきた。
写っているのはどれも沙織と例の車。
ただし、写真の車はすべて色が違っていた。
見る角度によって色が変わる……偏光性の塗料。
沙織の車は偏光塗料でコーティングされていたのだ。
一方、あの夜目撃した犯人の車は一定の弁柄色だった。
つまり、両者は明らかに別の車。
沙織はひき逃げ犯ではなかったのだ。
『思い込みは刑事にとって命とりだ。それは肝に銘じておけ』
「だって……。だったらどうして、沙織は私を襲ったんですか。犯人じゃなかったら、どうしてっ」
「裏切ったからだろ、おまえが」
吐き捨てるように言ったのは宮坂だった。
『楠本。もう一度訊く。辞めるか。それとも残って、この黒星を挽回してみせるか』
「残れるわけないでしょう」
『きみには見どころがある。失うには惜しい。まだ続ける気があるなら、杖をついてでも授業に出てこい』
「さっき辞めるって言いました!」
宮坂はボタンを押そうとしない。
「助けて。もう許して……」
涙が一粒、写真の上に落ちた。
水分のせいで、その部分だけ車の色が、こげ茶から弁柄色に変化した。
弁柄色になった車体は、だが次の瞬間にはもう、得体のしれない色に変わっていた。
◆
後日談。
沙織は警察学校を去り、しのぶは残った。
あのとき、風間がパレットをすぐにどけなかったのは挫滅症候群をケアしてのことだった。
長時間圧迫された手足をいきなり解放すると、濁った血液が一気に体中を駆け巡る。
するとたちまち意識は混濁し、最悪の場合は死に至る。
それを防ぐため、風間はすぐにしのぶを助けなかったのだ。
「ひどいことをされた。けど恨んじゃいない」
しのぶは後にそう語った。
今は松葉杖をついて、授業に参加している。
第3話 鳥羽暢照
稲辺隆に無断外出疑惑がかけられた。
稲辺が無断外出したとされているのは19日の深夜0時ごろ。
その時間、鳥羽暢照は自習室で稲辺のことを目撃していた。
「どうだ、おまえ、稲辺のアリバイを証明してやれるか」
鳥羽にとって、稲辺は警察学校で最も信頼している親友である。
答えは決まっていた。
「いいえ、できません。僕は彼のことを見ていません」
鳥羽は嘘をついた。
◆
翌日、稲辺は体のあちこちに痛々しい擦り傷をつくっていた。
きっとあのあと、副担任の須賀に柔道場で何十回と投げ飛ばされたのだろう。
◆
なぜ鳥羽は親友を裏切ったのか?
そこにはやむにやまれぬ事情があった。
鳥羽は白バイ隊員を志望している。
白バイ隊員にとって何よりも大切なのは『耳』だ。
白バイ隊員は車のタイヤの音だけで速度違反を聞き分けるという。
訓練の結果、鳥羽は『音だけで速度がわかる』という得がたい特技を習得していた。
ところが、プールでの水難救助訓練の折、鳥羽は耳を故障した。
滲出性中耳炎。
実のところ、今、鳥羽の耳はよく聞こえていない。
もちろん治りはする。
しかし、故障歴があるというだけで白バイ隊員への推薦がなくなった例もある。
だから、鳥羽は故障した耳のことを決して悟られてはならなかった。
特に教官たちには。
そのために鳥羽は工夫したのが毎日提出する日記である。
日記中に過剰なほど『音』の描写を入れることで、鳥羽は耳が聞こえることをアピールしていた。
そして、この日記こそが稲辺を裏切らなければならなかった原因でもある。
19日の夜、自室に戻った鳥羽は隣室の石山から「外で交通事故の音がした」と聞き、そのことを日記に書いた。
交通事故が起こったのは深夜0時ごろ。
鳥羽が自習室から出ながら、稲辺のことを目撃していた時間である。
ところが、交通事故の描写を日記に盛り込んだ以上、鳥羽はそのとき自室にいたということにしなければならない。
日記に事実と異なることを書いたとバレたら、即クビ(退校)である。
だから、鳥羽はつじつまを合わせるため、ひいては夢の白バイ隊員になるために、泣く泣く稲辺を裏切ったのだった。
◆
そうした鳥羽の事情のすべてを、風間は見抜いていた。
風間は鳥羽に宣告する。
「鳥羽、きみには、ここを辞めてもらう」
「……ただし、きちんと稲辺に謝らなければの話だ。明日中にも頭を下げておけ。日記に創作を加えた点は不問にする」
風間の言葉はそのように続いた。
◆
翌日。
鳥羽は稲辺から呼び出されて射撃場へと足を運んだ。
「ちょっとこれ、読んでみてくれないかな」
そう言って稲辺が渡してきたのは小さなメモ帳だった。
鳥羽がメモ帳に視線を落とした次の瞬間、顔の両側に何かが触れる。
イヤープロテクター……いったいこれは何の冗談だ?
鳥羽は両手でプロテクターを取ろうとして……取れなかった。
独特の刺激臭。
プロテクターに瞬間接着剤が塗られていたのだと気づくまで、そう時間はかからなかった。
気づけば、いつの間にか稲辺の姿はない。
しかたなく鳥羽は渡されたメモ帳に目を落とした。
【無理にとろうとしない方がいいよ。顔の皮膚がなくなっちゃうから】
なるほど。先日の仕返しというわけか。
案外、稲辺も子供じみた悪戯をするものだ。
鳥羽は苦笑いしながらメモをめくっていった。
【戦時中、ジャングルで、一人の兵士が耳に怪我をした】
【あるとき、その兵士は耳元で爆弾が落ちたようなものすごい音を聞いた】
【でも本当は爆弾じゃなくて、鼓膜が破れた音だった】
【つまり兵士は、鼓膜を食い破られたんだよ】
その文字を読んだとき、左右、両方のプロテクターから、カサッと小さな音が伝わってきた。
【耳垂れを餌だと思い込んだ蟻にね】
またカサッと音がした。やはりそれは、小さな昆虫の足音に違いなかった。
◆
後日談。
鳥羽の鼓膜は蟻に食い破られ、白バイ隊員への道は断たれた。
稲辺は退校。
鳥羽は残ったものの、見ていられないほど元気を失っていた。
第4話 日下部准
警察学校ではささいな失くしものが命取りになる。
制服のボタン。
手帳のヒモ。
それらを失くしただけで鉄拳制裁を覚悟しなければならない。
ただし、風間教場においてはひとつだけ『抜け道』がある。
樫村巧実に頼めばいい。
代価さえ払えば、樫村はたいていのものを用意してくれる。
樫村の裏のあだ名は《調達屋》である。
◆
樫村の裏稼業は、警察学校においてはもちろん《違法》である。
とはいえ、便利な存在なのだから誰も教官に密告しようなどとは思わない。
ただひとり、級長の日下部(くさかべ)准を除いては。
日下部は元プロボクサーという異色の経歴を持つ学生である。
年齢は32歳。
教場の最年長ということで級長を任ぜられたものの、学科の成績は芳しくない。
そこで日下部がとった苦肉の策が『密告』である。
警察組織は縦社会。
仲間を売れば横からはうとまれるものの、上からは褒められる。
日下部は点数稼ぎのために密告を繰り返してきた。
今回のターゲットは樫村巧実……《調達屋》である。
◆
日下部が密告のことを事前通達すると、樫村は言った。
「見逃してもらえませんか。もちろんタダでとは言いません。准先輩が欲しいものと交換です」
「俺が欲しいもの?」
「成績ですよ。学科の点数です」
それは確かに日下部が喉から手が出るほど欲しているものだった。
そもそも密告は点数稼ぎのためにやっているのだ。
「ぼくだったら准先輩に調達できるんですがね。やましくない点数を」
日下部は二つ返事で取引に応じた。
樫村が調達したのは、具体的には『情報』だった。
授業で何を聞かれるかわかっていれば、答えるのは実に容易だ。
樫村から情報を得た日下部は、とある授業で見事に『正解』を言い当てて教官を驚かせた。
……しかし、結果からいえば日下部はこの行為によって窮地へと追い込まれることになる。
日下部がすらすらと答えたのは『火の起こし方』だった。
そして警察学校では今、小火(ぼや)事件の犯人探しが行われている。
『小火事件の犯人は日下部准である』
いつしかそれが学生たちの共通認識になっていった。
◆
小火事件が起きたのは休日で、日下部はその時間外出していた。
つまり、アリバイがある。
そもそも、日下部が本当に犯人なら、得意げに『火のつけ方』なんて語るはずがない。
冷静に考えれば誰にだってわかる。
しかし、教場の学生たちはもはや冷静ではなかった。
犯人が見つからない限り、学生たちには次々とペナルティが加えられていく。
起床時間が早くなる。
ランニングのノルマが増える。
外出が禁止になる。
心身ともに追い詰められた学生たちはこう考えた。
『本当の犯人じゃなくていい。スケープゴートを差し出しさえすれば締め付けは終わる』
要は生贄である。
誰かひとりを徹底的に追い詰め、やってもいない悪事を白状させる。
その標的に、日下部は選ばれてしまった。
連日、仲間たちからの執拗な嫌がらせが続いた。
◆
そうした事情のすべてを、やはり風間は見抜いていた。
「あと2か月半、我慢できるか。それとも、もう辞めたくなったか」
風間の問いに日下部は答える。
「いいえ。2度は落ちません」
「落ちる? 何からだ」
「篩(ふるい)からです」
「きみにとっては、リングもこの学校も篩か」
「……と思ってます」
風間はふっと小さく笑った。
◆
《謎解き》は練習交番で行われた。
探偵役は風間。
悪事を暴かれる犯人役は樫村。
そしてたった一人の聴衆である日下部。
「小火を起こしたのは尾崎だ」
その一言から風間の謎解きは始まった。
尾崎というのは寮兄と呼ばれる先輩警官で、教官補佐のような存在である。
尾崎は覚せい剤を炙って使おうとしていた。
しかし、誰かに見られそうになって、包みを燃やして逃げた。
その結果、テーブルの一部が焦げ、小火事件となった。
風間の説明は早口で手短かだった。
「樫村、正直に答えろ。尾崎に頼まれて調達したな」
頷いたのか、うなだれたのか。
とにかく樫村は首を縦に動かした。
樫村が調達したのは《無罪》
日下部に「火のつけ方」を詳しく説明させ、スケープゴートに仕立て上げる。
すべては樫村の計画通りだったのだ。
第5話 由良求久
アナフィラキシーショック。
スズメバチに刺された経験のある由良求久にとって、『2度目』は死と同義だ。
だから由良はスズメバチを何よりも恐れる。
だというのに、パトカーのハンドルを握っている最中、由良は耳元にスズメバチの気配を感じた。
狭い車内に、スズメバチがいる。
由良はアクセルとブレーキを間違えるほどのパニックに陥り、パトカーは学生たちの列の中に突っ込んだ。
◆
結果として、けが人は学生をかばった風間一人だけだった。
「教官、わたしを退校処分にしてください」
そう願い出た由良に、風間は答える。
「ここはな、たしかに篩(ふるい)だ。だがその逆でもある。残すべき人材だと教官が判断すれば、マンツーマンで指導してでも残してやる。そういう場所だ」
だから簡単に退校処分などと口にするな、と言いたいらしい。
「わたしの目から言わせてもらえば、警察官としてのきみには魅力が2つある。運転技術と体格の良さだ。この2点でわたしはきみを買っている。残念ながら運転の方ではこの前ミソをつけた。だとしたら、もう片方の魅力は絶対に失うな」
「……わかりました」
「そしてきみには欠点も2つある」
「何と何でしょう」
聞くまでもなく答えはわかっていた。
協調性のなさとハチへの過剰な恐怖心。
風間から『それ』を命じられたとき、由良は耳を疑った。
目の前にあるスズメバチの巣を駆除しろだって?
他でもないこの自分が?
「待ってください。わたしは一度刺されています。もし、もう一度やられたら」
「アレルギーの過剰反応で死ぬかもしれんな」
こともなげに風間は言う。
「心配するな。機動隊の装備が昆虫ごときに負けるわけがないだろう」
「待ってください。なぜわたしにこんなことをやらせるんですか。命の危険があるんですよ」
「おかしなことを訊くものだな。きみは警察官だろう」
「そうです」
「ならば人の安全を守るのが仕事ではないのか。この巣を放っておいたら、誰かの命が危ないんだぞ」
返す言葉が見つからなかった。
「訂正しよう。由良、きみの魅力は全部で3つだ」
「あとひとつは何ですか」
「人を傷つけたことだ」
経緯はどうあれ、由良は風間に重傷を負わせた。
その負い目は今も心のなかに暗く沈んでいる。
「人を傷つけた経験のあるものほど、よく人を守れる。そういうものだよ。……いいか、間違っても巣を突っつくな。少しでも揺らせば、一斉に出てくるからな」
◆
後日談。
由良が巣を駆除した場所は、交通量の多い道が見渡せる場所だった。
そこで風間のマンツーマン指導を受けた由良は、交通取り締まり技能コンクールの予選で2位という好成績を残した。
さらにもうひとつ、由良は風間からまたとない贈り物をもらった。
ヘアフォームのスプレーである。
スズメバチは整髪料の匂いを好む。
あの日、パトカーの中にスズメバチがいたのは、講師の神林が整髪料をべったりと使っていたからだった。
タネさえわかれば、もはや恐れることはない。
それ以降、由良は常にヘアフォームのスプレーを携帯するようになった。
第6話 都築耀太
卒業生総代。
それは警察学校生にとって最大の名誉である。
いわゆる『首席』に当たり、卒業式では卒業生を代表して答辞を読む。
第九十八期の2クラス67名のうち、選ばれるのはたった一人だけ。
風間教場の中でも特に優秀な都築耀太もまた、その席を狙っていた。
◆
卒業が近づくにつれて、都築は体調を崩していった。
原因は卒業後の未来に対する不安・緊張感。
学校生活をやすやすとこなせてしまったがために、都築は自分を追い込む経験を積めなかったのだ。
風間はそんな都築に告げる。
「きみは防犯畑に進むことを希望していたな」
「はい」
「あきらめろ」
都築は絶句した。風間は都築に退校しろ、と言っているのだ。
「警察官という仕事には度胸が欠かせない。ぎりぎりでの戦いを経験できなかった人間にはそれがないから、第一線では使い物にならない。辞めさせるのが本人のためだ」
例として風間は幾人かの学生の名をあげた。
宮坂定、楠本しのぶ、鳥羽暢照、日下部准、由良求久。
都築の耳にも彼らが何かしらの修羅場を潜り抜けてきたことは聞こえていた。
そして実際、彼らのまとう雰囲気は他の学生のそれとは違う。
変な気負いがなく、堂々としているのだ。
風間は都築に告げる。
「卒業までにわたしを納得させてみろ。もしそれができなかったら、式の当日、朝一番で退校届の用紙を取りに来てもらおうか」
◆
卒業式の朝。
都築は宿直室のドアを叩いた。
部屋の中から風間の声が返ってくる。
この警察学校では、卒業式答辞の用紙に担当教官から一言書いてもらうことが伝統になっている。
都築は卒業生総代として、その一言をもらいに来たのだった。
部屋に入ると、風間は都築の持つ卒業文集に目をとめた。
「都築、この原稿の締め切りはいつだった? わたしの記憶に間違いがなければ9月10日だったと思うが」
「……おっしゃるとおりです」
「ところが、きみはここに9月18日の職質コンテストで優勝したと書いている。つまりきみは、イベントをやる前の段階で文章の方だけを先に記しておいたわけだな」
嘘が厳禁とされている文集を逆に利用し、このとおりにならなければもう終わりだ、という場所へ自分を追い込んでみたのです。
風間相手に解説する必要はないと思い、都築は黙って頷くにとどめた。
「まずまずの度胸だ」
風間が小さくふっと笑う。
都築は最大限の感謝と敬意をこめて、美しい姿勢で敬礼した。
<完>
感想
おもしろかった!
月並みではありますが、素直な感想はこの一言に尽きます。
長編小説のような『ラストにとんでもないどんでん返しが!』みたいな展開はありませんでしたが、1つ1つのエピソードが短編としてすごく完成されていました。
中でも私が特に好きだったのは、第3話!
あのラストには本当にゾクッとしましたね。
想像もしたくないほどエグイ展開でしたが、イヤミス好きな私としては「これ好きー!!」って感じでした(笑)
さすがにドラマではカットされるようで、その点はちょっと残念です……。
(まぁ、当たり前か)
ちなみに、個人的に6つの短編にランキングをつけるとしたらこんな感じ。
- 第3話(鳥羽暢照)
- 第2話(楠本しのぶ)
- 第1話(宮坂定)
- 第6話(都築耀太)
- 第4話(日下部准)
- 第5話(由良求久)
1位と2位は僅差で、第2話もすごく好きでした。
やっぱりイヤミスなオチでしたし、最初から最後まで伏線だらけで内容が濃かったのもよかったですね。
どのエピソードもかなり省略しているので、機会があればぜひ実際にお手に取って読んでみてください。
警察小説ならぬ『警察学校小説』の魅力がわかると思います。
1話あたり約50ページほどなので、ちょっとした移動時間に読むのもおすすめです。
風間公親の存在感
小説「教場」で最も魅力的なキャラクターといえば、やはりこの人でしょう!
- 白髪
- すべてを見抜く洞察力
- 冷厳な佇まい
最初は「血も涙もない厳しい教官」というイメージでしたが、読み進めていくうちに『教育者』としての風間の懐の深さが見えてきます。
風間はただトラブルを解決するだけではなく、あえて学生に修羅場をくぐらせることで成長を促してるんですよね。
まさに『獅子は自分の子どもを谷に突き落とす』って感じです。
その場その場では「なんてドSなんだ!」と思うことはあっても、実はあとからちゃんとした理由があることがわかったり……。
別に学生から好かれようとしているわけじゃなくて、学生が一皮むければそれでいい、という姿勢がなんとも渋いじゃありませんか!
『すごく厳しいのに学生から慕われる先生』っていいですよね。
風間はまさにそんな感じです。
修羅場を経験した学生たちがたくましく成長している描写がちょこちょこ登場するのですが、それがまた風間の『教師としての優秀さ』を物語っているように思われました。
ドラマでは木村拓哉さんが風間を演じるわけですが、個人的には俳優さんでいうと寺島進さんのイメージでした。
警察学校ってこんな感じなの!?
『警察学校では何が行われているのか?』という未知の世界を知れるのも小説「教場」のおもしろさの1つ!
「へぇー、こんな授業やってるんだ―」とか
「へー、学生たちはこんなふうに生活してるんだー」とか
経験したことのない世界を垣間見れるのが『お仕事系小説』の良さですよね。
私が「教場」を読んでつくづく思ったのは
めっちゃ厳しいな!
ということ。
しわひとつなくアイロンがけしないと厳しく怒られる……あたりの知識はあったのですが、それはまだまだ序の口だったんですね。
体罰あり、連帯責任あり、うっかりすると即退校!
捜査一課の刑事とかではない、交番で見かけるような普通のおまわりさんもこの厳しい世界を生き抜いてきたのかと思うと、ホント見る目が変わります。
これからは警察の方々にもっと敬意を払おうと心に決めました。
まとめ
今回は小説「教場」のあらすじネタバレ・感想をお届けしました!
警察小説でもあり、学校小説でもある『警察学校小説』
警察小説の傍流というより、これはもうまったく新しいジャンルですね。
警察小説を何冊も読んできた私が読んでも新鮮でおもしろかったです。
では、最後にまとめです!
- 警察学校ってめちゃくちゃ厳しい!
- それぞれの短編のクオリティが高い!
- 風間はなんでもお見通し!
繰り返しになりますが、「教場」はホントに《当たり》の小説でした!
ドラマ情報
さて、そんな「教場」がスペシャルドラマ化!
2020年新春に2夜連続で放送されます!
『フジテレビ開局60周年特別企画』と銘打たれているだけあって、とにかくキャストが豪華です!
風間公親 – 木村拓哉
宮坂定 – 工藤阿須加
平田和道 – 林遣都
楠本しのぶ – 大島優子
岸川沙織 – 葵わかな
日下部准 – 三浦翔平
樫村卓実 – 西畑大吾(なにわ男子 / 関西ジャニーズJr.)
都築耀太 – 味方良介
石山広平 – 村井良大
菱沼羽津希 – 川口春奈
南原哲久 – 井之脇海
枝元祐奈 – 富田望生
赤字にしてあるのは、小説「教場」に登場したキャラクターです。
ドラマの原作は「教場シリーズ」で、菱沼羽津希あたりは「教場2」の登場人物ですね。
いやぁ、それにしても本当にキャストが豪華!
今が旬の若手俳優詰め合わせ、みたいな(笑)
原作がおもしろかったので、ドラマにも期待したいと思います!
※続編「教場2」の内容はこちら!↓
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