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呉勝浩『爆弾』あらすじネタバレ解説|このミス1位の大傑作!【おすすめ小説】

呉勝浩『爆弾』を読みました。

『このミステリーがすごい!』第一位!(2023年版)

いやもう、とんでもない作品でした。取調室という小さな空間でのやりとりをずーっと描いているのですが、それでこれだけおもしろいってどうかしてます(ほめ言葉です)

謎に包まれた犯人の正体は? 目的はなんなのか?

今回は小説『爆弾』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。

ぱんだ
ぱんだ
いってみよう!

あらすじ

微罪で逮捕された男が、秋葉原の廃ビルで起きた爆発を《予言》した。

あと二度あるという爆発を止めようと詰め寄る刑事。

だが、男は巧みな話術でその正体すら掴ませない。

そんな中、男が口にしたのは四年前に自殺した刑事の名前。

警察が目を背けてきたそれが、事件を紐解く鍵か。

タイムリミットが次々迫る中で巻き起こる、男と警察の頭脳戦。

息をもつかせぬノンストップ・ミステリー!

(単行本帯のあらすじより)

男の名は

東京都中野区。野方警察署の取調室ではスズキタゴサクと名乗る男が刑事からうんざりした視線を投げかけられていました。

年齢は49歳。でっぷりと腹の突き出た肥満体型で、いがぐり頭のてっぺんには大きな10円ハゲ。

男は酔った勢いで自動販売機を蹴り飛ばし、止めようとした酒屋店主を殴り飛ばし、そうして取調室の椅子に座っているのでした。

罪状は傷害ですが、男に乱暴な雰囲気はありません。むしろその態度は卑屈なほどへりくだっています。

「わたしは鈍行ですよ、鈍行。頭からお尻まで、首尾一貫してのろま野郎なんです。こんなのと比べたら、刑事さんはポルシェとかフェラーリなんでしょう」

起訴するような案件でもなく、さりとて男は一文無しで手打ちにする金もない。タゴサクなどといういかにもな偽名を名乗る男は所持品もなく、どこの誰かもわからない。さて、どうしたものか……。

うんざり顔の刑事の表情は、しかし、すぐに緊張で張り詰めることになります。

「事件が起きる気配です。ああ、これはどこかなあ、秋葉原の辺りかなあ。たぶん、そこまでひどいもんじゃないと思うんですけど」

5分後、男の予言(本人によれば霊感)はピタリと的中しました。秋葉原の廃ビルで爆発。

そして……。

「わたしの霊感じゃあ、ここから三度、次は一時間後に爆発します」

1時間後、東京ドームシティで爆発。被害の小さかった秋葉原とは違い、今度は夫婦が爆発に巻き込まれ重体、のちに妻のほうが亡くなります。

二度の爆破予告をもって、スズキタゴサクは連続爆破事件の重要参考人になりました。


四年前の不祥事

引き続き野方警察署の取調室。スズキの前には新たな取調官が座っています。

警視庁捜査一課特殊犯捜査課、清宮輝次。

スズキタゴサクはさらなる爆発を予言しています。警察としてはスズキを拷問にかけてでも情報を引きずり出したいところですが、もちろんそんなことは許されません。

そこで投入されたのが交渉のプロである清宮です。

スズキが爆弾を仕掛けた犯人だとして、こうして警察に捕まったのもタイミングよく爆発を予言してみせたのも「わざと」に違いありません。

打つ手さえ間違えなければ、爆発を止めるためのヒントをスズキはきっと口にするはずだ。清宮は人命の乗った肩の重さをあえて意識から切り離しつつ、穏やかにスズキの《取り調べ》をはじめました。

ぱんだ
ぱんだ
どきどき

のらりくらりとした会話が続きました。

勇んで本題に切り込もうとすると、スズキは「どうやら霊感が働かなくなってきたみたいです」などと言って追及を制止します。スズキに黙られては困るので、清宮はおしゃべりにつき合うほかありません。

あまりにどうでもいい話ばかりだったので、不意をつくようにスズキが発した最初のヒントに、清宮はただ「え?」と返すことしかできませんでした。

ハセベユウコウ

ぱんだ
ぱんだ

長谷部有孔は野方署の番人とも呼ばれたベテラン刑事でした。人情に厚く、捜査は粘り強い。野方署の誰もが彼を慕い、尊敬していました。

――四年前までは。

刑事の鑑だった長谷部有孔の名前は、今や野方署の汚点として記憶されています。

四年前、週刊誌に掲載された《お恥ずかしい不祥事》と見出しのついた記事。

長谷部は昨日まで仲間だった刑事たちから厳しく糾弾され、定年を目前に退職しました。そして三か月後に自殺……。

スズキが長谷部の名前を口にした理由はわかりません。けれど、これではっきりしたことがひとつあります。

奴が沼袋を選んだのは、野方署を選ぶためだった。

野方署に連行されること。爆発を予言すること。警察の交渉人と向かい合っていること。すべてはスズキの計画通りだということです。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「知能は高め。本人もそれを自覚している。実力を発揮する環境と性格に恵まれず、人生に嫌気が差したゆえの犯行と考えられるが、行き当たりばったりとはちがい計画は入念。行動に迷いなし。犯行がもたらす結果は、被害も自分の処遇も、完全に理解している」

清宮は、わずかに力を込めてまばたきをした。

「問題ない。多少変わり種だが、愉快犯のよくあるパターンだ」

 

お恥ずかしい不祥事

長谷部が報じられた不祥事は「犯罪が起きた現場で自慰行為に耽っていた」というものでした。

冤罪か? あるいはなにか事情があったのではないか?

そう思わずにはいられませんが、後にすべて偽りのない事実だったと判明します。

長谷部本人にもわからない特殊性癖で、凄惨な犯罪現場ではそうせずにいられない衝動に駆られるのだといいます。


頭脳戦

長谷部の名前を口にしたのはスズキの背景と関係があるからか? それとも警察をかく乱するための話題でしかないのか?

裏では捜査員が長谷部の家族に連絡を取っているはずですが、スズキがそうそう簡単に尻尾を出すとも思えません。

時刻は深夜。取調室ではスズキタゴサクが思いついたことを思いつくままに、話題をころころと変えながらとりとめなくしゃべり続けていました。

タイガースの試合。未来を予言する半獣半人の妖怪。焼き肉のタン。

話題が変わるごとに右手の指が立てられていっていると清宮がようやく気づいたのは、三本目の指が上げられたときでした。

四本目は謎の呪文「神の言葉は母と子のみか」

五本目「天はいつも気まぐれ」

もうあきらかだった。クイズだ。次の爆弾についてのクイズを、スズキは披露したのだ。

立てられた指は全部で五本。スズキは言います。

「刑事さんが答えをいってくれるまで、わたしもう、しゃべりません。黙ります。ちょっとひと休みします」

謎解きの詳細は割愛しますが、タイガースは「寅の刻(午前3時から5時)」の暗喩、未来を予言する人面牛身の妖怪は件(くだん)で、タンを意味する「舌」の音とあわせて「九段下」を意味していました。爆発の時間と地域です。

では最後の呪文は?

※以下、小説より一部抜粋

…………

「……テンか」

類家(※)は宙を見上げた。

※類家(るいけ)は清宮の部下。頭のキレが売りで、ここまでスズキの謎かけをすべて解いてみせたのも彼でした。

「天じゃなく、点か」

「何をいってる」

尋ねた警備部の男をいきおいよくふり向き、

「イントネーションを変えていたんだ。ほんとうは天じゃなく点だった」

困惑する面々を置き去りに、そうか、そういうことかと天然パーマをかき混ぜうめく。

「おい、ちゃんと説明をしろ!」

「だから濁点なんです。気まぐれなのは濁点。回文ですよ。『カミノコトバハハハトコノミカ』、逆から読んでもいっしょです。ちがいは濁点の位置だけだ」

それがなんだ? みなの疑問は清宮の疑問でもあった。

「だからカミノコトバです。神様じゃなく、ペーパーの紙です。紙の言葉、そして回文」

この時刻にそろそろ届く、紙の言葉。

「――しんぶんし」

清宮のつぶやきに、理解が波を打った。


完全敗北

3つめの爆弾は九段下の新聞販売所、その配達バイクに仕掛けられていました。

爆弾といっても大きめのペンケースほどのサイズです。配達員が気づかなかったのも無理はありません。

現場の機転もあり、爆発こそ許してしまいましたが間一髪のところで被害はありませんでした。

これで残る爆発はあと一回。

スズキは前回と同じ「クイズ」によって爆発をほのめかします。

謎解きは割愛。今度も類家が答えを導き出していきます。

時刻は午前11時。場所は代々木。爆弾が仕掛けられている場所は幼稚園か保育園。

よりによって子どもを狙うとは! スズキの指はまだ四本しか立てられておらず、いつのまにか立てられていた一本目の指のヒントもわからないままでしたが、清宮はもう十分とばかりに取調室を飛び出しました。

爆発まであと二時間。それだけの時間があれば代々木にあるすべての幼稚園と保育園、小学校や中学校など子どもが集まる場所の避難を促すことは可能です。

清宮の計算は間違っていませんでした。11時までに避難は完了し、幼稚園に仕掛けられていた爆弾の発見、無力化にも成功します。

そして、午前11時。

60名以上を巻き込んで爆弾は爆発しました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「どこだっ」と清宮は問うた。

一拍置いて、返事があった。「代々木公園、南門です。そこで――」

パチリと頭の中で音がした。ああ、と心が叫んだ。耳にしたことがある。大昔、交番の巡査だったころ。勤務地とは離れていたが、たしかに聞いたことがある。

月曜日の午前十一時、そこで炊き出しが行われているのだと。

「よかったですね、子どもじゃなくて」

スズキの顔が目の前にあった。

「被害者が、タダ飯を食らうような連中で、よかったですね」

右手の人差し指が、ふたりのあいだでピンと立った。

「いま、ほっとしていますか?」

(中略)

(類家)「子と午が示す方向。そしてゲート。公園より北にある幼稚園と、南門。二兎を追う者は一兎をも得ず――。気づけたはずだ。知っていれば気づけたはずだ。なのにわたし(類家)は知らなかった。代々木公園の南門で、炊き出しをやっていること自体を」

苦渋がにじんだ。「……六十名以上が巻き込まれたようです。おそらく、かなりの死者が」

それを聞いても、清宮に罪悪感は薄かった。それがたまらなく醜悪だった。

おれは、ほっとしているのだ。子どもが被害に遭わなくてよかったと思っているのだ。それだけは阻止したくて、だから子どもが被害に遭うと思った瞬間、ほかの選択肢が見えなくなった。

無意識に、選んでしまった。

「無差別爆弾魔は悪、でしたっけ?」

涙目のスズキが嗤う。

「なら、あなたはなんです?」

選んだ男は。命は平等といいながら、子どもたちを選んだおれは。

(中略)

「ありがとう、清宮さん。楽しかったです」

ずるりと清宮は尻もちをついた。もう、何も考えられない。

スズキがいった。「次のお相手は誰ですか?」

「次?」と類家が返した。

「そうです。だって助けたいんでしょう? 善良な市民のみなさんを」

「……あと三度ってのは、嘘だったわけか?」

「まさか。嘘なんてつきません。わたし、こういったんです。『わたしの霊感じゃあここから三度、次は一時間後に爆発します』。ここから三度です。秋葉原から、ここまでが一度目なんです。一回戦だったんです。あ、もちろんわたしは、ただ霊感を、刑事さんたちにお伝えしているだけですけど」

 

清宮リタイア

スズキは爆発のクイズに関してはフェアでした。清宮は炊き出しのことを知っていましたし、南門の爆発を止められるチャンスが確かに与えられていました。

救えるはずの命を救えなかった。

子どもの命とホームレスの命が平等ではないと認めさせられた。

清宮の心は完全に折れてしまいました。再起不能です。すべてはスズキの思惑通りに進んでいます。


もうひとつの爆発

スズキタゴサクが言葉遊びのような謎かけを出題している一方で、取調室の外側では捜査員を総動員した全力捜査が行われていました。

長谷部有孔。スズキが唐突に口にした元刑事の名前も当然、捜査対象です。

長谷部の妻だった石川明日香は、見せられたスズキタゴサクの顔写真に「見覚えがない」といいます。

年齢以上に老けた顔。生活苦が見てとれる部屋。長谷部は駅のホームから飛び降りて命を絶ちました。賠償金はすさまじい金額だったはずです。一家離散の後、いまは娘の美海と同居させてもらっているのだと明日香は語ります。

その美海は警察への不信感のためか顔すらみせようとしません。長男の辰馬はいまも離れて暮らしているとのことでした。

……と、ここまでの情報を踏まえまして。

スズキタゴサクの言葉を借りれば《二回戦》にあたる爆発は、長谷部の息子である辰馬を吹き飛ばしました。

ぱんだ
ぱんだ
どゆこと!?

順を追って説明していきましょう。

清宮たちはスズキタゴサクから出題されたクイズを会議室で解いていました。その間、取調室にはスズキと見張りの若い刑事の2人きり。

スズキは「あなただけに教えます」と言葉巧みに刑事の心につけ込むと、現場の警察官に電話させて秘密裏にスマホを回収させました。

電話をかけた刑事の名前は伊勢。電話を受けた警察官の名前は矢吹。二人は同期でしたが、伊勢には矢吹の手柄を横取りして先に刑事になったという負い目がありました。

刑事志望の矢吹にとって、スズキのスマホは手柄を上げるまたとないチャンスです。

スマホには住所が記されていました。矢吹は独断専行でその住所へと向かいます。

到着した家はシェアハウスでした。人の気配はなし。階段を上ると薬品の並ぶ一角がありました。爆弾をつくっていた現場に違いありません。

スズキタゴサクの家だ! 矢吹は勇んで家探しを続行し《その部屋》にたどりつきます。

プロジェクターがスクリーンに繰り返し長谷部有孔の自撮り動画を映し出していました。

『これが最期になるだろうから、おまえに伝えておこうと思う。おれの想いを。報道のとおりだ。おれは、ああいうことをしていた。どうしてもやめられなかった』

スクリーンの向こうは壁ではなく、さらに奥へと続いているようでした。

同行している後輩の倖田沙良に先行して、矢吹は進んでいきます。

※以下、小説より一部抜粋

…………

小部屋だった。物のない小部屋だ。その部屋の、大きな窓がある前に、半透明のビニール袋をかぶった突起があった。

椅子に座る、人間だった。

「大丈夫か!」

矢吹が駆け寄った。床に敷かれた絨毯を踏んだ。椅子に座る人物の肩に手をかけ、ビニールを取り去った。若い男だった。椅子に半透明のテープでぐるぐるに縛りつけられ、ぐったりしていた。

亡くなっている? 沙良の位置から、大きな鼻が目に入った。さっき見た長谷部とおなじ特徴だった。

この青年は、長谷部の家族? だからあんな映像が……。

矢吹が、ごくりと唾を飲んだ。思いつめた様子で完全に固まっていた。その背中がいまにも吐くんじゃないかと思われ、沙良はそばへ踏み出した。

その瞬間、椅子に座る青年のみぞおちのあたり、テープの隙間からにじむ赤い染みが目の端をかすめ――。

「来るな!」

矢吹の叫びに、は? と我が耳を疑った。この状況で強がる気?

かまわず近づき、固まっている背に触れようとして、どん、と両手で突き飛ばされた。

その仕打ちにびっくりし、怒りと文句が込み上げて、けれどぜんぶを、轟音がかき消した。

地面から吹き上げる爆風に殴られた沙良は尻もちをつき、その上に矢吹が覆いかぶさった。

(中略)

爆弾だ。爆発があったのだ。それに自分は巻き込まれたのだ。

気持ちが追いつき、矢吹の下で必死にもがいた。重たい身体を力いっぱいにひっくり返し、ぞっとした。

彼の右足の、膝から下がなくなっていた。

(中略)

長谷部の息子と思しき男。彼が座っていた椅子の前、おそらくは床に、地雷のような仕掛けがあったのだ。

矢吹が固まったのは死体にびびったからじゃない。おかしな装置を自分が踏んだと察したからだ。のんきに近寄ってきた沙良を、身を挺して守ったのだ。くそ、くそ、くそっ!

「いいから早く救急車を寄越してください!」

(代々木)公園の被害者だと? そんなのはどうでもいい。ほっておけ。それより矢吹を助けてくれ。お願いだから。

辰馬の遺体は爆発により粉々に飛び散りました。


紙一重の天才

場面は再び野方署の取調室。スズキタゴサクの前には清宮に代わって類家が座っています。

正式に取調官が交代になったわけではありません。規律違反の現場判断です。清宮は誰よりも規律に忠実な男でしたが、一方で類家以上の適任者はいないと確信していました。

小男。背広とミスマッチな白いスポーツシューズ。天然パーマ。丸眼鏡。

独特の雰囲気を持つ類家は、ひとことで言えば天才です。

たとえば将棋やチェスなどのゲームにおいて、類家にかなう人間は清宮を含めた警視庁捜査一課のなかにはいないでしょう。

一方で、類家はおよそ《刑事らしさ》というものを持ちあわせていません。犯人逮捕に情熱を燃やす昔ながらの刑事の真逆。類家はいつもつまらなさそうな雰囲気をまとっていました。

そんな類家が今、スズキタゴサクとの《知恵比べ》に張り切っています。それは能力を存分に発揮できる場に恵まれたからなのかもしれません

被害を食い止めるためではなく、スズキとの勝負に勝つため。類家にはそんな危うさがありましたが、それでもスズキと対等に渡り合える数少ない人員であることもまた事実でした。

ぱんだ
ぱんだ
ふむふむ

類家の手もとのタブレットでは、捜査情報がリアルタイムで更新されていきます。

シェアハウスで爆発。警察官が負傷し、辰馬の遺体が四散。スズキタゴサクが潜伏していたとみられるこのシェアハウスでは、他に二人の住人の遺体が見つかっています。

亡くなっていたのはいずれも若い男で、名前は山脇と梶。死因は毒。死後三日程度。

類家はすらすらと口の回るスズキを相手に「かまかけ」に成功します。スズキは山脇と梶の外見を知っている……。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「どのみち、だいぶはっきりしてきたね」

「何がです?」

「共犯説」

スズキから、完全に表情がなくなった。

そうか、と遅れて清宮は理解した。山脇と梶が死んだのはたった三日前。よほどのことがないかぎり、爆弾製造の実験室に気づかないはずがない。

「この事件はチームプレイ。シェアハウスに住んでた四人が計画し、実行した犯罪。そう考えると、いろいろつじつまが合うんだよ」

おれがさ、と上目づかいにスズキを見る。

「いまいちピンとこなかったのは場所なんだ。秋葉原、東京ドームシティ、九段に代々木。あまり統一性がない。でもこれが、四人の思惑だっていうなら納得できる」

反撃の一手

スズキがとぼけたところで、捜査情報は刻々と更新されていきます。

梶が九段下の新聞販売所を素行不良でクビになっていたこと。矢吹が回収したスマホの契約者が山脇だったこと。

長くホームレス生活をしていたというスズキの身の上話は、代々木公園南門の炊き出しを狙った理由につながるはずです。

これまではスズキから与えられた謎を解くことが爆発阻止の唯一の道でした。

しかし、いまはもう違います。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「阿佐ヶ谷はもう捜索してるぞ」

「はい?」

スズキのいきおいが止まった。「――どこです、それ」

「長谷部が自殺した駅だ、とぼけるなよ、見苦しい」

共犯説が有力になってすぐ、類家はタブレットから提言を飛ばしていた。上層部はそれを受けいれ、現在鉄道会社の協力のもと利用客の避難を進めている。

「人生の暗転を決定づけたゆかりの地。辰馬が狙うならここしかない」

ふうん、とスズキは椅子にもたれ、腹のところで手を重ねた。

「説得力はある気がします。で、見つかったんです? 爆弾」

「手をつけたばかりさ。まだ時間には余裕がある」

「なぜ、おわかりに?」

「次は四時だからだよ」

スズキから表情が消えた。

「申の刻――はどうでもよくて、たんに長谷部の自殺が、午後四時だからだ」


犯行動機

シェアハウスでの爆発から導き出された共犯説。それによって事件の全貌が、まだおぼろげにではありますが、少しずつ見えてきました。

時系列順に整理してみましょう。

はじまりは長谷部有孔の自殺でした。父親を尊敬していた辰馬は絶望の沼へと突き落とされます。残された家族は散り散りになり、辰馬は例のシェアハウスに転居しました。

辰馬が入居した当時の住人は、次々に出て行きました。なぜなら辰馬が自殺志願者の仲間を招き入れ、シェアハウスの空気がみるみる澱んでいったからです。

最後まで残っていた元住人によれば、辰馬は50歳くらいのホームレスをこっそりシェアハウスに住まわせていたのだと言います。状況的にスズキと見て間違いないでしょう。

かくしてシェアハウスは犯罪集団の巣窟となり果てました。手製の爆弾は化学を専攻していた辰馬がつくったものでしょう。自室に仕掛けていた爆弾は父親を切り捨てた警察への復讐といったところでしょうか。

辰馬、山脇、梶。彼らは計画をスズキに託すと爆発を見届けることなく毒を飲みました。もともと彼らは自殺志願者だったのですから。

爆弾は社会への復讐のため? スズキは言います。

「復讐なんて上等なもんじゃない。メッセージもありません。ただたんに、それが少しマシだからです。退屈なドラマのエンディングを、ちょっと盛り上げようってぐらいのもんで」

あるいはこちらの説明のほうがわかりやすいでしょうか。

「彼らは生きるのが嫌になって、みんなで死のうと決心して、でも最後に、このどうでもいい世界に対するムカつきを多くの無関係な人々にぶつけようと決めたんです。ついでの道連れで、殺してしまおうってね」

「ついで」で爆弾を仕掛けられてはたまったものではありませんが、とはいえ辰馬たちの思惑はわかりました。

では、スズキタゴサクは?

催眠だ霊感だととぼけていますが、もはや彼が犯罪者であることは疑うべくもありません。どうあがいても重罪を宣告されることになるでしょう。

なぜ、スズキタゴサクは彼らの計画に協力しているのでしょうか?

その答えは、図らずも取調室に乱入してきた倖田沙良の暴挙によってもたらされました。

「殺す」

あろうことか、沙良は拳銃に手をかけました。矢吹から右足を、刑事になる夢を奪ったスズキのことがどうしても許せませんでした。

羽交い絞めにされながら、それでも沙良は吠えます。

「おまえの右足を寄越せ、スズキ!」

そんな沙良を目前にして、スズキは怯えるでもなく、いいえ、むしろ心底おかしそうに笑いだしました。

「これなんですよ刑事さん。わたしがほしかったもの、わたしの望み。このお嬢さんがくれました。極上のそれをくれました。怒り、憎しみ、殺意です。いま彼女は、わたしを欲望してるんです。お金でも労働でも建前でもなく、純粋に、わたしを求めてくれているんです。濃度の濃い、純粋な欲望で、私という人間を! こんな幸福がありますか? 誰かに欲望されること。純粋な欲望を注がれること。心から破壊を望まれること。それはもう、ほとんど愛です」

常人には理解不能ながら、それは確かにスズキが爆破計画に協力している理由、スズキの犯行動機でした。

殺意や憎悪の感情を向けられること。破壊したいと欲望されること。スズキによればそれは「自分を望まれること」であり、快感なのだといいます。

であるならば、スズキは本当の意味で無敵です。

「ねえ、刑事さん。わたし、ぜったい認めません。何年でも何十年でも裁判をつづけます。粘れるだけ粘りたおします。そしたら世の中の人たちは、ずっとわたしを憎むでしょう? 被害者の遺族さんも傍聴席にいるんでしょうね。ケツでも出してやりますか。ベロでも見せてやりますか。うはは。憎むでしょうね。殺してやるって、思うでしょうね。でもあなたたちが、わたしを守ってくれますからね。それでまた、憎しみは増すんでしょうね。赦せないってなるんでしょうね。勝ち誇ったあなたの顔より、わたしはその記憶を思い出に独房の夜を過ごそうと思います。処刑の日まで、せいぜい楽しむことにします」

清宮でさえ呆然と「殺したほうがいいのかもしれない」と思いました。それほどスズキの本性は常軌を逸していました。社会に存在してはならない邪悪。人間の敵。

絶句するほかない状況で、しかし、類家だけは本分を果たすべく口を開きます。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「スズキ」類家が、立ちながら丸眼鏡を押し上げた。「おれが嫌ならこの人(沙良)に答えろ。この人からもらった憎しみのお返しをしろ。それがおまえのルールだろ?」

スズキは、ゆったりとパイプ椅子に身体をあずけていた。

「阿佐ヶ谷のほかに、爆発するのはどこだ?」

スズキは満足そうにほほ笑んでいる。

「ぜんぶです」

憐れみすら漂わせ、スズキは告げた。

「狙われているのは東京の、丸ごとの駅ぜんぶです」

<すぐ下のネタバレにつづく>


ネタバレ

スズキの爆破予告はありえないものでした。

シェアハウスにあった薬品などの備品から、すでに専門家が製作可能な爆弾の個数を割り出しています。

残る爆弾は多くても十個。とても東京の駅すべてをまかなえる数ではありません。

その情報は安心材料であると同時に、警察の判断を鈍らせる毒でもありました。

スズキの言葉はなにひとつとして信じられません。だからこそ、そんなあやふやな情報を根拠に東京の駅すべてを停止させるなんて不可能です。

それでも阿佐ヶ谷駅から爆弾が見つかっていれば、また話は違っていたでしょう。けれど、どれだけ捜索しても阿佐ヶ谷駅からは何も見つかりませんでした。

現場の見落とし? いいえ、そもそも駅の清掃・点検でも何も見つかっていなかったのです。探すべき場所はすべて探し尽くされていた言っていいでしょう。

だから、そう。午後四時に予告通りの爆発が起こったのも、避難誘導さえできていなかったのも、目も当てられないほどの被害が出たのも、すべては警察の、類家の敗北でした。

ぱんだ
ぱんだ
そんな……

爆弾はちゃんと阿佐ヶ谷駅に仕掛けられていました。とはいえ、まさか自動販売機の中に爆弾が隠されていたとは盲点としかいいようがありません。

山脇は飲料メーカーの配達員、自動販売機を補充する仕事をしていました。彼なら簡単に飲料缶型の爆弾を仕掛けることができたというわけです。

阿佐ヶ谷だけではありません。

反時計回りに円を描くように、通常営業の山手線の駅で次々に爆弾が爆発していきました。

「丸ごとの駅」というスズキの発言は「山手線の丸をなぞるように」という意味だったのです。


反転

スズキの予告したすべての爆発が終わりました。

梶を解雇した九段下の新聞販売所の爆発。ホームレスを狙った爆発はスズキの指定で、警察官を狙ったシェアハウスの爆発は辰馬の復讐。山手線の爆発では山脇が勤めていた会社に多大なダメージを与えています。

世の中への復讐だったのか、はたまたスズキのいう「ついでの道連れ」でしかなかったのか。怨念の程度がいかほどであったにせよ、すべてはシェアハウスに集まった四人が計画した事件だったのだと、今となってはよくわかります。

けれど、本当にそうでしょうか?

ぱんだ
ぱんだ
え?

たとえば、彼らはなぜ辰馬の肉体だけを、ああも無残に、粉々に爆発させたのでしょう?

山脇と梶の遺体は静かに横たえてあったのに、なぜ辰馬だけ?

それはもちろん他ならぬ辰馬が自分を囮にして警察を罠にはめるため……いいえ、それは妙な話です。あくまで捜査員が狙いだったというのなら、原形をとどめないほど爆発四散した辰馬の遺体に対して、なぜ矢吹は右足を失っただけで済んでいるのでしょうか。これでは被害の程度があべこべです。

……と、このあたりで遠回りな「匂わせ」は打ち切るとしましょう。

結論からいえば、シェアハウスの爆発の本当の目的は辰馬の肉体を吹き飛ばすことでした。

それはなぜか?

倖田沙良が矢吹の背後から辰馬の遺体を目撃したときの描写を思い出してください。彼女は遺体に出血の痕跡を確認していました。

つまり、辰馬の死因は服毒による自殺ではありません。

爆発は死因をごめかすためのものだったのです。

必然、次の謎はこうなります。

辰馬はいったいどんな経緯で、誰に殺されたのか?

いよいよ物語は佳境へと突入していきます。


四人目

直感的にはスズキこそが辰馬を殺害した犯人のように思われます。スズキは危険な男ですし、現にひとりだけ生き残っているわけですからね。

では、その場合の動機は?

スズキと辰馬はホームレスの先輩後輩の間柄だったと考えられています。他ならぬスズキが「新人ホームレスを世話したことがある」と語っていたためです。

辰馬は恩人であるスズキに報いるため、シェアハウスに招いた。そしてスズキは辰馬たちの爆破計画の協力者になった。どこにもスズキが辰馬を殺すような理由は見つかりません。

ぱんだ
ぱんだ
たしかに

犯人が誰であれ、辰馬を殺害する理由は間違いなく爆破計画に絡んでいるはずです。

一方で、辰馬たちの計画は徹底的に隠匿されていました。シェアハウスの住人以外には洩れていなかったはずです。辰馬に同調していた山脇、梶の犯行であるはずもありません。

では、誰が辰馬を殺したのか?

再び巡ってきたこの謎に直面して、読者はようやく大きな思い違いをしていたことに気づきます。

もし、辰馬がシェアハウスに引き入れた《四人目》がスズキではなかったとしたら?

50歳くらいのホームレス。「気の毒な人なんだ」と辰馬は語っていたといいます。

この条件に当てはまる人物が、スズキ以外にも一人登場していたはずです。

ぱんだ
ぱんだ
ええと……

誰もホームレスが男だとは言っていなかった、と言えばもうおわかりでしょう。

辰馬がシェアハウスに住まわせた元ホームレスの正体は石川明日香、長谷部の妻であり、辰馬の母にあたる女性です。

その事実にいち早く気づいたのは、スズキが「ハセベユウコウ」の名を口にしたことを受けて明日香を訪ねた野方署の刑事・等々力功(とどろきいさお)でした。

等々力は上司の鶴久に電話をかけます。

※以下、小説より一部抜粋

…………

母親が路上で暮らしていることを知った辰馬は彼女をシェアハウスに住まわせた。やがて今回の爆弾計画を練りはじめた。同居している明日香に隠しとおすのは難しい。だから辰馬は邪魔になった彼女を妹に引き取らせた。

<それが半年前です>

等々力が早口でつづける。おそらくは三日前、明日香は爆弾テロの計画を打ち明けられたのではないか。そして馬鹿な真似はやめろと懇願したのではないか。

<説得にもかかわらず、辰馬の意思は変わらなかった>

それで殺した? 信じられない。だがあり得ないとも断じられない。

<少なくとも彼女は計画の一端を知っていた節がある。娘を職場へ送るのだといっていました。日課だったとは思えません。この爆弾事件があった今日にかぎって、です>

彼女たちのマンションの最寄り駅は爆発があった新宿だ。辰馬が母親に計画を明かすことになったのは、それを伝えるためだったのではないか。

その日は新宿駅を使わないほうがいい――と。

「なぜ、警察を頼らない? 説得が無理でも、テロを止めることはできた」

<息子を犯罪者にしたくなかったからです。教えられた計画も概要程度だったんでしょう。爆弾はセット済みで、爆発はどうあがいても辰馬の犯行になる。そうなれば、また家族が責められる。まともに立ち直った美海も>

長谷部の件で味わった辛苦が、よみがえらなかったはずがない。

<辰馬の決意は固く、もうどうしようもないと明日香は悟った。口論の末かもしれません。彼女は息子を殺してしまう>

毒殺以外の方法で。


真相

場面は再び野方署の取調室。十分な情報が集まったことにより、類家もまた等々力と同じ結論にたどりついていました。

これが、事件の全貌です。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「彼女も、あのシェアハウスに出入りしていたんだな? いや、あそこに住んでいたと考えるほうが自然か」

辰馬がシェアハウスに住まわせようとしていた「五十歳くらいのホームレス」。それがスズキでなく、石川明日香だったとしても矛盾はない。

そしてスズキが伊勢に語った「生きる気力をなくした新人ホームレス」。あれが辰馬でなく、明日香を指すなら、その後に彼女がスズキをシェアハウスへ招いたというストーリーは成り立つ。

「明日香と辰馬。離れ離れに暮らす親子には交流があった。だから彼女は知ってしまった。辰馬がたくらむ連続爆破計画。家族をふたたびどん底に突き落とす暴挙に動転し、彼女は息子を殺してしまう」

待て。突然の飛躍に、清宮は思わず声をあげそうになった。同時に思考が駆けめぐる。辰馬の計画を知った明日香は息子を殺し、そしてスズキに助けを求めた。

スズキはそれを利用して仲間の計画を自分のものにしようと――。

理解が追いついたと思った矢先、類家が言った。

「あんたはそのとき、初めて辰馬たちの計画を、明日香から聞かされたんだ」

駆けめぐっていた思考が止まる。辰馬たちの計画を、初めて? 明日香から?

(中略)

「あんたは山脇と、いや、辰馬や梶とも、仲間どころか知り合いでもなく、正真正銘、見ず知らずの他人同士だった」

清宮は、唖然と言葉を失った。

シェアハウスに、あんたは住んでいなかった。爆破計画とも、まったく無関係だったんだ。あんたがこの計画を知ったのは、奴らが準備を終えたあと、明日香が辰馬を殺したあとだ」

息子を殺害するという非常事態に直面した明日香はホームレス仲間だったスズキを頼り、そこで初めて、スズキは事件に参加した。

「あんたは計画の概要を明日香から聞き、それを『自分の事件』にしたくなり、だから乗っ取ることにした。すでにあった計画を、自分好みに書き換えて」

首尾よく、使える爆弾も残っていた。

「たった数日で、その段取りとシナリオを考えたのは恐れ入るよ。計画の全容を知るために残されたメモやスマホのデータを総ざらいしたんだろ? パソコンもあったはずだ。きっと当初の計画は、梶が狙った九段の新聞販売所、辰馬の阿佐ヶ谷、山脇の山手線だけだったんだ。あとは動画(※)くらいでね。あんたは必死に考え、決断をくだした。自分ひとりの犯行に仕立て上げるのは難しい。けど、自分が中心にいたと装うことはできる、とね」

※山手線の爆発を前に「都内のどこかで爆発がある」と予告する動画を公開していた。

秋葉原、東京ドームシティ、そして代々木を加えた。みずから捕まりクイズをだし、警察を翻弄した。ふたつの動画で世間を煽った。自分はこの事件の主要メンバーだと印象づけた。

※逆にスズキは山手線のどこが爆発するのか知らなかった。飲料缶が爆発するとも知らなかった。だからクイズも「丸ごとの駅」というぼんやりしたものしか出せなかった。

(中略)

「明日香にはどう説明した? 辰馬たちの私物を調べて計画の概要を手に入れて、あんたはこう伝えたんじゃない? 爆弾テロは止めようがありません。代わりに、わたしが罪を引き受けることはできます。だから協力してください」

「あんたは徹底して自分の関与を中途半端に否定した。一方で山脇のスマホや動画を使って自分の犯人性をアピールしてる。事件の報道を見る多くの人は、あんたこそ真犯人だと信じるだろう。なんなら辰馬たちを殺したのも、あんたじゃないかと疑うだろう」

清宮が、そうだったように。

それがあんたの目的だ。真犯人になること。イメージを逆手にとって、真犯人の栄冠を勝ち取ること。邪悪な黒幕、モンスターを演じきること。ほんとうは他人の犯罪計画に乗っかっただけなのに、横からかすめ取っただけなのに。安易な盗人、つまらないフリーライダーのくせに」


最後の爆弾

話を整理してみましょう。

第一に、連続爆破計画は辰馬・山脇・梶の三人が立案・準備したものでした。

第二に、計画を知った明日香が辰馬を殺害します。しかし、すでに仕掛けられている時限爆弾は止められません。

第三に、明日香はホームレス仲間だったスズキに相談します。スズキは計画を乗っ取ることにしました。これにより明日香の殺人はスズキの罪になり、辰馬たちも計画の主犯ではなく従犯(協力者)だったことになります。

ここだけ読むとまるでスズキが明日香を救うために行動したかのようですが、実際にはそうではありません。

「明日香に爆弾を持ってこさせる。それがあんたの最後の罠だ」

製作されたであろう爆弾は20個。これまでに爆発した爆弾は19個。理論上、最後の爆弾が残っていてもおかしくありません。

スズキはその最後の1個を明日香に送っているはずだと、類家は指摘します。

なぜか?

※以下、小説より一部抜粋

…………

「明日香を殺すためじゃない。彼女を追いつめ、自分を殺すよう仕向けるためだ」

手紙がメモを同封しておいたのだろう。明日香からすれば真相を暴露すると脅されるだけで一大事だ。

「だが素人が、慣れない爆弾を片手に狙った獲物だけを殺すのは難しい。それを為そうと思ったら、自爆覚悟でなきゃならない。つまりあんたは、明日香にも選ばせようとしてるんだ。娘の人生か、自分の命か」

それは、たしかにスズキタゴサクという化け物にふさわしいやり方だと清宮は実感できた。あまりにも残酷で、醜悪な罠。

「この建物にいるんだな?」

もはや意味は明白だった。

「だから人を集めたんだろ?(※) 誰がどこに入り込んでも不自然じゃない状況にするために」

※スズキは爆破予告の動画で野方署は安全だと宣言していた。市民が殺到したため、署の一部が解放されている。

類家が、指でスチール机を二度突いた。

「ここを目指しているんだな?」

清宮のとなりで伊勢が息をのんだ。

くくっと、スズキが笑った。うなだれるように背を丸め、我慢できないというように笑みをこぼした。

(中略)

「わたしの望みは、わたしに向けられる欲望だけです。純粋で強烈な欲望だけなんです、それ以外は要りません、それだけが幸福です」

さぞかし、とスズキが笑う。穏やかにほほ笑む。

「彼女は望んでくれてるでしょうね。わたしのことを」

「おまけに彼女は真実を語れない。たとえ捕まっても、あんたに操られたとしかいわない。でないと自分や息子の犯罪を認めなくちゃならなくなる。だからぜんぶ、あんたに押しつけようとする。ひどい男なのだ、悪魔のような男なのだと」

それはスズキが目指す物語を補強する、こいつは、そこまで計算している。

「だけどな、スズキ。おれはたどり着いたぞ。証明ができずとも、世間が騙されたとしても、おまえの物語のからくりを看破した。そんな人間がいることを、おまえは残りの人生で忘れることなんかできやしない。自分の作品の瑕(きず)を見抜いてる男の顔を、ずっと夢に見つづけるんだ」

「それがあなたの勝利だと? わたしを越えられるとでも?」

喜色を浮かべ、スズキは拳で机を叩いた。

「それよりもいいんです? もうすぐその、明日香さんとかって人がいらっしゃるのでは? 爆弾を抱えて、わたしもろとも、みなさんをドカンと殺っちゃう気満々で」

「ないんだろ?」

類家がいって、清宮は息をのんだ。

最後の爆弾はないんだろ? 明日香に送ったのはフェイク。もし爆弾が余っていても、とっくに処分し終えてる」

スズキが、目を輝かせている。

「残り一個が爆発すれば事件は終わる。でもあんたは爆発させない。見つけさせない。そうすることで、おれたちを永遠に閉じ込めるつもりでいるんだ。あんたのゲームのなかに」

時限爆弾の恐怖は、その存在がないと証明されるまでつづく。

「ないものを、ないと証明するのは無理だ。だから、おれは動かない。たとえ明日香がやってこようと、ぜったいにここを動かない」


結末

東京都中野区。野方署の取調室へと続く階段の踊り場では、倖田沙良が石川明日香を抱きしめていました。

明日香がスズキもろとも自爆するつもりだと知って道案内をしていた途中でした。沙良にはスズキを憎む気持ちが痛いほどわかります。矢吹の仇を討とうと拳銃まで抜いた彼女です。

けれど、沙良の足は階段の踊り場で止まりました。

「明日香さん。やっぱり駄目です。あなたに人殺しはさせられません」

沙良は明日香を強く抱きしめました。考えなしに、体が動いていました。暴れる明日香を必死で抑えつけている理由は、沙良にもわかりません。

※爆弾がフェイクである可能性を、沙良は知りません。

やがて、明日香は抵抗をやめました。

「わたし、もう嫌なのよ。誰かのせいで苦しむの」

ごめんね――。明日香がボタンを押します。それでも沙良は明日香を抱きしめ続けます。

そして……爆発は、起こりませんでした。

「ちくしょう」

くずおれる明日香を、沙良はゆっくり踊り場に座らせました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

明日香の身柄が確保され、スズキの移送が決まった。彼女のリュックにはテープで巻かれた箱があり、中身は正真正銘、たんなる洋菓子だったという。

取調室に警視庁の刑事がふたり現れ逮捕状を読みあげる。その間もスズキは、まっすぐ類家と見合っていた。

立てと命じられスズキは従い、手錠と腰縄がつけられた。左右を挟まれ出口へ歩きだす口もとがゆるんでいた。散歩のような足取りだった。

最後まで、スズキはスズキのままだった。

それを清宮は、痛みとともに受け止めた。こうしてこいつと向き合う機会は二度とこないかもしれない。怒りより安堵より、無力感が胸に突き刺さっている。

「『まあいいや』と、思ってたんだろ?」

類家の声に、スズキの足が止まった。

「望んでいない世の中、望まれない自分。でも、まあいいやって、そう思ってたんだろ?」

類家は前を見ていた。誰もいない、スズキが座っていた場所をにらみつけていた。

「自分をシェアハウスに呼んだ明日香の本音、欲望を、罪を被ってほしいから、保身と打算のせいだって、そう読み取って、『もういいや』になったんだろ?」

スズキが振り返る。類家を見下ろす。

「ホームレス仲間から裏切り者と疑われ、嗤われていたあんたに帽子をくれた人。その人が自分を利用しようとしてると知って、『まあいいや』が『もういいや』になったんだろ?」

だから、死ぬことすら許さなかった。偽の爆弾を贈り、逃げ道を塞ぎ、この先ずっと嘘をつきつづける人生を、スズキは明日香に強いたのだ。

「だが、ほんとうか? ほんとうに、明日香は利用する気でいたのか? 息子殺しをごまかすために、あんたの存在は必要ない。あの家には山脇と梶の遺体があった。なすりつけるなら奴らでいい。かつて一緒にシェアハウスで暮らしていた明日香なら、奴らがやりかねない人間であることも知ってたはずだ。辰馬を殺し、毒を飲んで自殺した、爆弾テロも、すべてふたりの仕業――そう偽装するほうが、第三者を呼びつけるより、はるかに現実的なんだ」

協力してくれる保証もない。通報されるのが普通だ。

ではなぜ、明日香はスズキを呼んだのか。

「あんたが罪をかぶるといいだし、甘い誘いでそそのかすまで、明日香の本心は、自首しろと命じてほしがっていたんじゃないか? 保身と良心でゆれる自分を、あきらめさせてくれる誰かを願って、あんたを呼んだ可能性はゼロか?」

絞り出すように、類家はつづけた。

「美海の人生を守るのとおなじくらい、爆弾テロを止めたかった可能性は? 罪を認め、警察に託す道を一ミリも望んでいなかったのか? 辰馬の罪を軽くしたいという勝手な都合もあっただろう。さっさと決断しなかったのは愚かだし弱さだ、だとしても、止めたいと願う気持ちまで偽物だとどうしていえる? 顔や名前を知らない他人であっても、助けたい。そんな気持ちが、彼女にあったと考えて何が悪い」

「――たんなる、想像でしょう?」

「そうだ。砂糖まみれの想像だ。だがあんたには、それができない。人間やこの世界が、生きるに値するという想像を勝手にやめて、目をそらしてる。気づいてるくせに、認めるのを怖がって、見ないふりを決め込んでいる。それは不完全じゃないのか? あんたの嫌う、嘘じゃないのか?」

スチール机の上で、類家の拳が強張った。

「おれは逃げないよ。残酷からも、綺麗ごとからも」

スズキは、類家の後ろ姿を眺めていた。何か、唇が動きかけ、しかし言葉は出なかった。

おい、と刑事が促し、あっけないほど素直に、スズキはこの部屋を出ていった。


エピローグ

以下、小説より一部抜粋

事件からひと月が経過した。

石川明日香は容疑を認めなかった。シェアハウスには住んでいない、スズキとは会っていない、話したこともない。ただ、辰馬から相談された。おかしな男が家に住みつき、みんなを洗脳している、身の危険を感じている。

爆弾テロも、息子たちを殺害したのも、すべてスズキの仕業だといってゆずらなかった。

容疑否認のまま、彼女は辰馬に対する殺人の容疑で裁判にかけられることとなった。

スズキタゴサクは一貫して霊感と記憶喪失、そして催眠を主張している。

決め手となる物証を警察は得られず、本籍の確認すらかなわなかったが、世論に押されるかたちで検察は起訴を決めた。

山のような状況証拠、石川明日香の証言。精神鑑定も彼に責任能力を認めた。たとえ裁判が長引いても極刑は確実と見られている。

 

煽情的な報道は終息し、やがて人々は彼の顔を忘れる。電車に乗り、自動販売機で飲み物を求め、野球観戦を楽しむ。

最後の爆弾は見つかっていない。

<おわり>

ぱんだ
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まとめ

今回は呉勝浩『爆弾』のあらすじネタバレ解説をお届けしました。

この物語はほとんど取調室の中で進行していきますが、構造としては群像劇になっていました。

ホームレスより子どもの命のほうが大事だと心から思ってしまった清宮。

見ず知らずの怪我人より、親しかった矢吹の治療を優先してくれと願った沙良。

娘の未来のためにスズキに罪を預けてしまった明日香。

スズキタゴサクというイレギュラーと接触したことで、彼らは否応なくその本性を引き出されてしまいます。

どれだけきれいごとをうたってみても、人間の本性はどこまでいっても自分本位。

スズキタゴサクはおためごかしの、うわべだけのきれいごとを嫌います。それは彼が人間の残酷さ(本性)をイヤというほど知っているからです。

スズキタゴサクは突然変異のサイコパスではありません。人間の業、社会の残酷さがスズキを生み出したといっていいでしょう。

実際、作中のスズキの性悪説的な発言には共感できるものが数多くありました。スズキはわたしたちに宿る負の本質を体現した存在です。いつ誰が次なるスズキタゴサクになってもおかしくない、と思わされました。

作中においてスズキタゴサクに最も近かった人間は類家です。世の中の理不尽を知っていて『まあいいや』と思っている人物。きっかけさえあれば『もういいや』に踏み越えられる人物。スズキは彼にスズキタゴサクを感染させようとしていた節がありました。

そのうえで、類家は去っていくスズキにこう告げています。

「おれは逃げないよ。残酷からも、綺麗ごとからも」

類家のいうことが正しいのだとは言いません。スズキが人間を信じきれなかったのは弱かったからだなんて、口が裂けても言えません。

けれど願わくば、沙良が我が身を顧みず明日香を抱きしめたように、良心は誰の心にもあるだとこれからも信じていきたいものです。

推し

えー、ここまで約二万文字におつきあいいただいておいてアレなのですが、小説『爆弾』読んでください。

正直全編おもしろいです。この記事は泣きながら本筋だけまとめたものなので、ぜんぜん実際のおもしろさをお伝えできた気がしません。悔しいかぎりです。

このうえは「読めばわかるさ」の強硬手段に訴えるよりほかありません。

大傑作でした。おすすめです。

※あと業界関係者の方は実写映画化とかしてください。お願いします。

 

ぱんだ
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またね!


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