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『あなたが誰かを殺した』あらすじネタバレ解説|東野圭吾のど真ん中ミステリ

東野圭吾『あなたが誰かを殺した』を読みました。

いきなりですが、これ、めちゃくちゃおもしろいです!

「これが読みたかったんだよ!」な要素が全部詰まっているんじゃないかと思えるくらい、完璧なミステリでした。

夏。避暑地。一夜のうちに起きた連続殺人事件。自首した犯人は事件の詳細を語らず、事件には多くの謎が残ったまま。

予想もつかない事件の真相とは?

今回は小説『あなたが誰かを殺した』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。

ぱんだ
ぱんだ
いってみよう!

あらすじ

8月の別荘地。様々な家族が夏を過ごすためにやってくる。

総合病院を経営する夫妻と我が儘な一人娘、その婚約者。

大企業の会長とやり手の妻とその部下家族。

経営者の妻と公認会計士のパワーカップルと、中学生の娘。

別荘地に移り住んだ未亡人、その姪夫妻。

そして、いまは空き家になっている別荘。

彼らには、毎年恒例の行事があった。それは優雅なバーベキュー・パーティー。

いつも通り開催されたその催しが、思いがけない悲劇の幕開けとなる。

 

事件に巻き込まれた家族たちは、真相を自分たちの手で解き明かそうとする。

そこに現れたのは、長期休暇中の刑事・加賀恭一郎。

――私たちを待ち受けていたのは、想像もしない運命だった。

(単行本帯のあらすじより)

別荘地の人々

バーベキュー・パーティーには15人の人々が集っていました。

あらすじを振り返りながらざっくり登場人物を紹介していきます。

総合病院を経営する夫妻と我が儘な一人娘、その婚約者

こちらは櫻木家。注目はわがまま娘こと櫻木理恵と婚約中の的場雅也です。

的場雅也は櫻木病院の内科医。いかにも病院の跡継ぎの座を狙っていそうな気がします。

大企業の会長とやり手の妻とその部下家族

こちらは高塚家。上流階級が集まる別荘地のなかでもヒエラルキーのトップに君臨する家です。

大企業の会長は夫の俊策ですが、実権は妻の桂子が握っています。

部下家族である小坂家はパーティーの雑用役としてこきつかわれていました。息子の小坂海斗は小学六年生。

経営者の妻と公認会計士のパワーカップルと、中学生の娘

こちらは栗原家。いたってふつうの、仲のよい家族といった印象です。娘の栗原朋香は中学三年生。

別荘地に移り住んだ未亡人、その姪夫妻

こちらは山之内家。未亡人の山之内静江は色気の漂う美人で、唯一、別荘地に定住しています。

看護師の鷲尾春那は、静江の姪です。夫の鷲尾英輔は薬剤師。新婚の雰囲気をまとった幸せそうな夫婦です。

そして、いまは空き家になっている別荘

通称「グリーンゲーブルズ」(赤毛のアンより)

持ち主は高齢のため施設に入っています。鍵は山之内静江が管理しています。

 

以上、別荘地の人々でした。

登場人物が多いですね! ひとまずは四つの家(櫻木家・高塚家・栗原家・山之内家)があるとだけ覚えてもらえればOKです。

バーベキュー・パーティーの日の深夜に起きた事件では、それぞれの家から被害者が出ました。

死亡五名、怪我一名。登場人物が15人から10人になりました。

ぱんだ
ぱんだ
大事件!


犯人の名は

作中でも序盤にあっさり明かされるのですが、犯人は桧川大志という男です。28歳、無職。

桧川は惨劇の後、自ら警察に捕まりました。

犯行動機は「死刑になりたかったから」。殺す相手は誰でもよかったのだといいます。実際、桧川と被害者らとの間には接点がありませんでした。

桧川は被害者の血液がついたナイフを所持していました。正真正銘、犯人で間違いありません。

……と、ここまでは通り魔事件として一応の筋が通っているわけですが、問題はここからです。

桧川は事件の詳細について黙秘を貫きました。

犯行動機や逮捕の経緯を考えると、これはどうも妙な話です。減刑を望んでいるわけでもないのに、どうして事件についてくわしく話そうとしないのでしょうか?

やきもきしたのは被害者遺族たちです。

桧川はいつ、どのような手順で犯行を行ったのか?

真相を探るため、遺族たちは検証会を実施することにしました。

検証会には各家族二名まで部外者の同行が認められます。物語の探偵役・加賀恭一郎は鷲尾春那に依頼され、検証会に参加することになるのでした。

検証会

遅くなりましたが、事件の犠牲になったのは次の人々です。

  • 櫻木洋一
  • 高塚桂子
  • 栗原夫妻
  • 鷲尾英輔

単純に考えれば、櫻木洋一が消えたことで利益を得るのは娘婿(予定)である的場だと考えられます。ただし、その的場も事件当夜にはナイフで刺されていました(怪我一名)

また、高塚桂子や栗原夫妻に関しては、ネット上で黒い噂がささやかれていました。

いわく、高塚桂子は社員に過剰労働を強いている、栗原正則は公認会計士として詐欺を働き、そのうえ資産家の妻と密通していた、などなど……。

噂の真偽は不明ですが、怨恨による犯行、という線も考慮に入れておいた方がよさそうですね。

……というのも、桧川の証言はどうも信用できません。

桧川が東京から離れた別荘地の人々を殺害したのは、本当に偶然だったのでしょうか?

誰でもよかったというなら、身近な場所で犯行に及びそうなものです。事件にはまだ明かされていない裏があるように思えてなりません。

もしや、被害者遺族のなかの誰かが犯行をそそのかしたのでは?

疑心暗鬼のなか、検証会がはじまります。

参加者は13名。

  • 櫻木千鶴、理恵、的場雅也
  • 高塚俊策、小坂均、七海、海斗
  • 栗原朋香
  • 山之内静江、鷲尾春那

以上、被害者遺族ら10名に加えて、

  • 加賀恭一郎
  • (さかき)
  • 久納真穂

榊は地元警察の刑事課長です。高塚が呼んだ人物で、警察の内部情報を教えてくれる立ち位置になります。

久納真穂は栗原朋香の同行者です。朋香は遠方の中学校で学んでいるのですが、久納はそこの寄宿舎の指導員だと紹介されました。両親を失った朋香が一人で検証会に参加するのは心細かったのでしょう。

ぱんだ
ぱんだ
人名が多い……!

検証会は加賀の司会によって進行されることになりました。

被害者が発見された順番、犯行が行われた順番、防犯カメラの情報確認……。それぞれの家の証言をまとめることで事件の全体像が少しずつ明らかになっていきます。

一方で、もちろん謎もあります。

たとえば、桧川は事前に一部の防犯カメラを無効化していました。具体的には高塚家のカメラの配線を切断し、栗原家では防犯カメラの映像を記録する媒体からSDカードを抜いていました。

「死刑になりたいから」と警察に捕まった桧川の行動としてはどうも腑に落ちません。栗原家に侵入した方法は鍵のかけ忘れた窓があった、などと説明できるとして、SDカードを抜き取る際に指紋を残さないよう注意していたこともやはりどこかちぐはぐです。

もしかして桧川は当初、逃げ切るつもりだったのでしょうか?

いいえ、櫻木家や山之内家、グリーンゲーブルズの防犯カメラには桧川の姿がばっちり映っていました。逃げ切るつもりなら、すべての防犯カメラを無効化していたはずです。

謎はそれだけではありません。凶器についても不可解な点があります。

  • 鷲尾英輔
  • 櫻木洋一

この二人には凶器のナイフが刺されたままでした。また、桧川は栗原夫妻の血が付着したナイフを所持していました。

この時点でナイフは三本。

ネットの購入履歴から、桧川はナイフを十本購入していたようです。そして、うち五本は自宅から発見されています。

10-5-3=2

高塚桂子と的場雅也を刺したナイフの行方はわかっていません。被害者の体に突き刺さってもいませんでしたし、現場周辺からも見つかっていません。

なぜ桧川は彼らのナイフを処分したのでしょうか? 二本のナイフはどこへいってしまったのでしょうか?


五つの謎と一つの解

検証会のまとめとして、加賀は5つの疑問を指摘します。

1.なぜ犯人は遠く離れた別荘地を犯行現場に選んだのか。

2.なぜ栗原夫妻が車庫にいることがわかったのか。

3.なぜ犯人は、高塚桂子さんが屋内で一人きりだとわかったのか。

4.逮捕されるつもりなのに一部の防犯カメラを無効化したのはなぜか。

5.高塚桂子さん殺害、的場雅也さん刺傷に用いたナイフはどこに消えたのか。

初出の情報があるので、少し補足しますね。

2番。栗原夫妻は自宅の車庫で亡くなっていました。車庫は独立した造りで、シャッターは半開きになっていました。これは夫妻が逃げようとしてシャッターを開けようとした名残だと考えられます。

だとすれば、犯人は最初から車庫に潜んでいたことになります。時刻は深夜。なぜ犯人は栗原夫妻が車庫に現れると知っていたのでしょうか?

続いて3番。

事件の夜、高塚俊策は小坂均をともなって駅近くのバーへ出向いていました。運転手は小坂七海。したがって、高塚家には桂子夫人と小学生の小坂海斗だけが残っていたことになります。

海斗は部屋にいました。そして、桂子夫人はリビングで殺害されています。犯人は屋内に侵入して犯行に及んだわけですが……やはり不自然です。

なぜ犯人は桂子夫人が一人きりだと知っていたのでしょうか?

室内に押し入り、そこに屈強な男たちでもいたらひとたまりもありません。犯人は桂子夫人が一人だと知っていたのです。

さらに情報をもうひとつ。桂子夫人の手には紙片が握られていました。犯人が持ち去る際に破れてしまったのでしょう。

6.高塚桂子さんの手にあった紙片は何か。元の紙は誰が持ち去ったのか。

この謎も事件の真相に大きく関係しています。

ぱんだ
ぱんだ
ふうむ

事件の謎は整理されました。加賀は言います。

「ここにある1から5までの疑問については、たった一つの解答を用意することですべて説明がつきます」

※以下、小説より一部抜粋

…………

「何者かにそそのかされて桧川大志が犯行に及んだだけではなく、その何者かはもっと積極的に犯行に加担した可能性がある、ひと言でいえば共犯者だった疑いが極めて濃い、というのが俺の推理です。

1の疑問、なぜ犯人は遠く離れた別荘地を犯行現場に選んだのか。答え、共犯者から指示されたから。

2と3の疑問、なぜ犯人には栗原夫妻が車庫にいることがわかったのか。なぜ高塚桂子さんが屋内で一人きりだとわかったのか。答え、共犯者から教えられたから。

4の疑問、逮捕されるつもりなのに一部の防犯カメラを無効化したのはなぜか。答え、共犯者の姿が映るのを防ぐため。

5の疑問、高塚桂子さん殺害、的場雅也さん刺傷に用いたナイフはどこに消えたのか。答え、共犯者が処分した。

そして6の疑問にも答えられるかもしれません。紙片を持ち去ったのは共犯者、ただし元の紙が何だったのかは不明」


三人の容疑者

被害者遺族たちの中に共犯者がいるかもしれない……その一言を皮切りに検証会参加者たちは取り繕った仮面を脱ぎ捨て、本性をあらわにしていきます。

容疑者として最初に槍玉にあげられたのは小坂七海でした。

身内に犠牲者が出ている家のなかに共犯者がいるはずがない。ならば小坂家の人間こそが共犯者である、という理屈です。

事件が起こっていた頃、高塚と小坂均は駅近くのバーにいました。つまり、アリバイがあります。

一方、小坂七海は彼らを車で送り届けた後、店の近くで待機していたのだといいます。アリバイはなし。小坂七海なら別荘地にとんぼ返りして犯行に及ぶことができたはずです。

小坂家はなかば奴隷のように高塚夫妻からこきつかわれていました。犯行動機は怨恨、という線で納得もできます。

ぱんだ
ぱんだ
あやしい……

二人目の容疑者は山之内静江です。

亡くなった鷲尾英輔は静江にとって姪の夫でした。身内といってもやや遠く、そのため疑われる優先度も高くなります。

……というのはまだ序の口でして。

山之内静江にもまた犯行動機がありました。結論からいえば、桂子の口封じです。

実は静江は栗原正則と男女関係にありました。正則には詐欺の噂がありましたが、そこに関連して登場する「亡くなった資産家の妻」というのが静江のことだったのです。

静江と栗原正則の密会は空き家であるグリーンゲーブルズで行われていました。そして、別荘地の女帝たる高塚桂子はオペラグラスでその様子を盗み見ていました。

では、静江は弱みを握られていることを理由に桂子夫人を殺害したのでしょうか?

いいえ、彼女にはもっと具体的な犯行動機があったと推測できます。

栗原夫妻は車庫の地下収納に大量の金の延べ板を隠していました。どう考えてもまっとうに稼いだ金ではなさそうですが……それはともかく、愛人である静江がその事実を知っていたとしたらどうでしょう?

栗原夫妻の死によって、静江は隠し財産を独り占めすることができます。

※隠し財産は現場検証によって発覚した新事実であり、娘の栗原朋香もその存在を知りませんでした

このとき、邪魔になるのは桂子夫人です。静江が安全に栗原家の財産を横取りするためには、正則との関係を知られている桂子の口封じが必要だったと考えられます。

目的は財産、そして口封じ。

化けの皮が剝がれた山之内静江もまた有力な容疑者といえるでしょう。

ぱんだ
ぱんだ
あやしい……

最後の容疑者は的場雅也です。

櫻木洋一の死によって利益を得られる人物だから、ということもありますが、それだけではありません。

司法解剖の結果、櫻木洋一の遺体からは睡眠薬の成分が検出されました。洋一に睡眠薬を用いる習慣はありません。つまり、何者かに睡眠薬を盛られたということになります。

事件の夜、櫻木洋一は的場雅也と一緒に庭で酒を飲んでいました。洋一に睡眠薬を盛ったのは的場としか考えられません。

桧川が確実に洋一を刺せるように手助けをした……まさに共犯者らしい行動だといえるでしょう。

それにもう一つ。的場雅也にはこれ以上ないほどの動機があります。

復讐です。

的場の父親は櫻木病院の医療ミスによって亡くなっています。にもかかわらず病院側は過失を認めようとせず、証拠を捏造することで裁判をもやりすごしてしまいました。

復讐を誓った的場は医師となりました。櫻木病院で働いていたことも、理恵との婚約も、すべては復讐のための下準備です。

櫻木病院ならびに櫻木家の乗っ取り。的場雅也にもまた確固たる犯行動機がありました。

ぱんだ
ぱんだ
みんなあやしい!

<すぐ下のネタバレに続く>


ネタバレ

さて、いよいよ名探偵が推理を披露し、犯人の名前を口にします。

加賀の手柄を横取りするのも忍びないので、この場面は素晴らしい原文のままでお届けします。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「これまで話してきたように、今回の事件には、桧川に共犯者がいたと考えなければ解決しない疑問がたくさんあります。

ではその人物が、桧川とテレグラムを使ってやりとりしたこと以外に行ったことは何か。

一つ、高塚桂子夫人と別荘の外で会う約束をした。

二つ、桂子夫人を殺害した。

三つ、的場さんを刺した。

四つ、ナイフを処分した。

これらすべてを実行可能だった人物こそが共犯者だといえます。

それは誰か。高塚会長、小坂均さん、櫻木千鶴さん、理恵さん、鷲尾春那さんにはアリバイがあり、桂子夫人殺害のチャンスがありません。

ナイフが見つからないことから、的場さんが自らを刺したという説も除外していいでしょう。

※補足:的場は櫻木洋一に睡眠薬を盛ったが、それは洋一のノートパソコンを調べるためだった

小坂七海さんはどうか? 桂子夫人殺害の動機もチャンスもありました。

しかしそのチャンスはたまたま得られたものであることを忘れてはいけません。

※補足:桂子夫人が会長と一緒にバーに行っていたら犯行は不可能。そして、夫人はいつも夫と店にいっていた

七海さんに桂子夫人を別荘の外に呼び出すことが可能だったでしょうか。両者の力関係から、それは不可能だと断言して差し支えないと考えます。その点――」

加賀は再び歩きだし、静江の前で止まった。

「山之内静江さんならば、桂子夫人に別荘の外で会うよう約束することも難しくないと思われます。その日は夫人の誕生日だったそうですね。プレゼントを渡したいから、という理由はいかがでしょうか。

鷲尾英輔さんを捜しに出たというのも、ちょうどいい口実ができたにすぎず、じつは外出する別の理由を用意してあったのかもしれません。

また静江さんには夫人殺害の動機がありました。グリーンゲーブルズを使った栗原正則さんとの密会を知られていたことです。事件終結後に栗原家の隠し財産を我が物にするためには、夫人の存在は邪魔だった。

首尾よく夫人を殺害した後は、カムフラージュのために栗原家別荘のチャイムを鳴らしました。ところがその帰り、予想外のことが起きた。不意に斜面の下から的場さんが現れたのです。

咄嗟に彼を刺し、逃げた。そして家に戻るとナイフを隠し、何食わぬ顔で、夫が被害に遭ったばかりの春那さんの手助けをした、というわけです」

 

加賀の話を聞き、春那は衝撃を受けた。

何から何まで筋が通っている。それ以外の答えはないように思われた。

本気で、と静江がかすれ声でいった。「本気でおっしゃってるんですか」

加賀の口元がふっと緩んだ。

「空論です。現実的にはあり得ません。静江さんが家を出た時、すでに付近には警察が到着していました。どこに警察がいるかわからないという状況で、別荘の外で待ち合わせた相手を刺そうとする者などいないでしょう。さてそうなると残された容疑者は二人だけです」

加賀は回れ右をし、前に進んだ。

「少年と少女です。しかし少年は桂子夫人と同じ建物にいるわけで、呼び出すのは不自然です。それ以前に様々な実行手段を持っていません。スマートフォンもその一つ。そうなると――」

彼は足を止めた。

「動機も経緯も全く不明だけれど、君以外には考えられない」

加賀の前に座っているのは栗原朋香だった。

(中略)

十四歳、と彼女はいった。

えっ、と加賀が訊いた。すると少女は彼を見上げた。

「十四歳未満、でしたよね。人を殺しても罪に問われないのは」

そうだ、と加賀は答えた。

残念、といって朋香は肩をすくめた。「じゃあ死刑になるのかな」

「十四歳から十九歳までは少年法の適用になる」加賀は続けた。「殺人罪に問われても、十八歳未満だと最高は無期懲役で死刑にはならない」

ふうん、と鼻を鳴らしてから朋香はいった。

「死刑でもいいのに」


真相

桧川の共犯者は栗原朋香でした。

読者が容疑者として疑うことすらしなかったであろう人物です。

まだ子ども、ということもありますが、なにより彼女は事件によって両親を失っています。まさかそれが計画されたものであっただなんて誰が想像できるでしょう?

栗原家の最初の印象は「幸せな家族」「理想的な家庭」というものでしたから、なおさらです。

ぱんだ
ぱんだ
いったいなにが……

栗原正則が山之内静江と愛人関係にあったことは、すでにご存じの通りです。しかし、栗原家の実情はそれどころの話ではありません。妻の栗原由美子にもまた別のパートナーがいて、事実上、彼らは仮面夫婦だったのです。

栗原夫妻は朋香の高校卒業を待って離婚する予定でした。そして、その事実をそれとなく朋香にも感づかせていました。

……と、ここまではまだいいとして。

離婚に際して、栗原夫妻はそのどちらも朋香を引き取りたがりませんでした。朋香を寄宿舎のある遠方の学校に入れて、高校卒業まで結論を先延ばしにしていました。

朋香の運命を決定づける事件が起こったのは、そんなある日のことです。

※以下、小説より一部抜粋

…………

そんなふうに不安を抱えながら毎日を送っている頃、突然学級閉鎖になった。複数の生徒が感染症にかかったからだ。

寄宿生は寮から出ないようにいわれたが、親元に帰ることは認められた。そこで朋香も帰ることにした。(愛猫の)ルビーに会いたかったからだ。

ところが家に帰って見つけたのは、そのルビーの変わり果てた姿だった。朋香の部屋のクローゼットで、目を開いたまま冷たくなっていた。四肢は硬直していた。

正則も由美子もいなかった。帰ることを二人に伝えたのは飛行機に乗る直前だ。どちらも仕事があるから、夜までは帰ってこないだろう。そもそもどちらも、ふだんこの家に住んでいるかどうか怪しい。

泣きながらルビーの身体を撫でていて気づいたことがある。脱毛がひどいのだ。おまけに痩せていた。

家の中を調べ、ルビーがどんなふうに飼われていたかを確かめた。餌皿は空っぽで、水を満たしてあるはずのボウルも乾いていた。そしてトイレには掃除をした形跡がなかった。

さらに、朋香の部屋のいたるところに汚物がこびりついていた。嘔吐した跡だと思われた。

間もなく帰ってきた由美子はルビーの死を知って驚き、こんな話をした。

彼女によれば、ルビーは少し前に窓の隙間から外に出たことがあり、しばらく帰ってこなかった。やがて戻ってきたが、それ以来様子がおかしかった。あの時、外で何かおかしなものでも食べたのではないか、というのだった。

そんなはずがない、と朋香は思った。

ルビーのことなら誰よりもよく知っている。とても臆病だったのだ。仮に外に出たとしても敷地からは離れない。クルマの下で丸くなっているのが関の山だ。

しかし何も言わなかった。朋香は確信していた。由美子も正則も猫のことなどどうでもよく、相手任せにしていたのだ。離婚するとなれば、邪魔なだけだ。

冷たくなったルビーを抱き、これは将来の自分の姿だと朋香は思った。

両親に対して殺意を抱くよ うになったのは、その頃からだ。関連するサイトをいくつも閲覧した。その時に目にし、印象に残ったキーワードが「死刑願望」だった。

(中略)

ある時、死刑になりたい方、連絡お待ちしています、という書き込みがあった。

『マリス』という人物によるものだ。意表をつかれた思いがした。この問題で誰かと語り合うという発想はなかった。

あまり迷うことなくコンタクトを取った。こうしてマリスとの繋がりが生まれた。


結末

両親への殺意を抱いた朋香がネットを介して知り合った人物、『マリス』こそが桧川大志です。

その頃、桧川は誰を殺すべきかという問題に頭を悩ませていました。彼の目的は死刑になることでしたが、だからといって誰を殺しても同じということはありません。

どうせなら悪人と殺すべきだ……というのは世直しのためなどではなく、犯行によって英雄視されることを望んだためです。

朋香がバーベキュー・パーティーのことを話すと、桧川は食いついてきました。パーティーの参加者はいずれも黒い噂のある人物ばかり。理想的な標的でした。

“悪事に手を染め、私腹を肥やしながらも罪に問われず、のうのうと生きている奴がいれば理想的だ”

朋香が桂子夫人を殺すことになったのは、桧川が「犯罪史に残るような大事件」を望んだためです。そのためにはできるだけ多くの犠牲者が必要でした。

実際のところ朋香には殺人に及ぶ理由などなかったのですが、計画を進めておいていまさら協力しないとは言い出せませんでした。桂子夫人を選んだのは、単純に自分でも殺せる相手だと思ったからです。

そうして、事件当日。

第一に、朋香は自宅の防犯カメラを無効化しました。記録装置からSDカードを抜き取るだけです。指紋がつかないよう注意しなければなりませんでした。

第二に、朋香はパーティーが終わる頃、高塚桂子に近寄ると、一枚の紙を渡しました。それは『プレゼント引換券』でした。

『お誕生日おめでとうございます。プレゼントを渡したいので、今夜十二時におたくの別荘の外で待っています。この紙は引換券なので必ず持ってきてください。誰にも内緒でお願いします。 朋香』

桂子夫人がバーに同行しなかったのはこのためです。夫人が朋香を招き入れたため、犯行場所は屋内になりました。亡くなった桂子夫人が握り締めていた紙片の正体は『プレゼント引換券』です。

的場を刺したのは、突発的な出来事でした。栗原家に戻る夜道、急に的場が現れたのです。犯行直後に姿を見られるわけにはいきません。朋香は桂子夫人を刺したナイフで的場を刺すと、気づかれることなく別荘に戻りました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

自分の部屋に入ってから、『マリス』にメッセージを送った。『こちら終了。ふたり刺した。』というものだった。

それから少ししてサイレンの音が聞こえてきた。

両親の死を知った時には、計画通りだったにもかかわらず、激しく動揺した。深い悲しみが襲ってきて、涙が溢れ、止まらなくなった。

ただし二人の死が悲しかったのではない。こんな運命になってしまったことが悲しかったのだ。もっとふつうの親の元で、ふつうに愛されたかったと思った。

『マリス』からの最後のメッセージは、時間的にみて、彼がレストランで最後の晩餐を摂る直前に出されたようだ。

その文面は、『五人殺害、一人未遂。上出来。協力に感謝』というものだった。

事件後、両親について思い出すことはあまりない。どちらも外食が多く、由美子は料理が嫌いだったから、家族揃っての晩餐の思い出など殆どない。

家で食べて美味しかったものといえば、蟹クリームコロッケや春巻き、酢豚などだが、いずれも冷凍食品だ。それらをレンジで温め、ひとりで食べるのが栗原家の晩餐だった。

久納真穂の接近(※)は興味深かった。検証会に出るべきかどうか迷っていたが、彼女のおかげで心が決まった。

大人たちの馬鹿さ加減を楽しんでやろうと思ったのだ。

久納真穂は寄宿舎の指導員ではありません。その正体は桧川大志の妹、桧川真穂です。事件よって、桧川家は大きな損害を受けました。真穂は真相を知るため朋香にコンタクトを取り、検証会に参加したという次第です。


あなたが誰かを殺した

加賀の推理によって事件の全貌は明らかになり、検証会は幕を下ろしました。

残すはエピローグのみ……いいえ、ちょっと待ってください。

事件にはまだ解決されていない謎があります。

朋香は桂子夫人を刺したナイフで、的場を刺しています。言いかえれば、朋香は一本しかナイフを持っていませんでした。

桧川が購入したナイフは十本。その内訳は自宅に五本、栗原夫妻・櫻木洋一・鷲尾英輔を刺したナイフがそれぞれ一本ずつ、そして朋香に一本。合計九本。

一本、ナイフが足りていません。

それに、朋香と桧川の最後のやり取りを思い出してみてください。

『こちら終了。ふたり刺した』『五人殺害、一人未遂。上出来。協力に感謝』

朋香が送信した文章は「ふたり殺した」と解釈するのが自然です。だというのに、桧川はなぜ「一人未遂」だとわかったのでしょうか?

別荘地から東京に帰る新幹線の車中、加賀は隣に座る春那に最後の推理を語って聞かせます。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「なぜ桧川には、一人は未遂だとわかったのか。わかるはずがないんです。

考えられるのは、桧川自身が未遂だと思っている件があったということです。彼は三人を殺し、一人を殺し損ねたんだと思います。

しかし、だとすればおかしいですよね。未遂に終わったその被害者とは誰だったのか。そこで桧川の殺害順序を整理してみます。

最初に襲ったのは栗原夫妻です。その次に櫻木洋一を殺害し、最後に鷲尾英輔さんを刺した。その時点でナイフはまだ一本残っていたはずです。そのナイフはどこに消えたのか。

警察が発見できないのは、何者かの手に渡ったからだと考えられます。それは誰か。桧川が殺し損ねた相手ではないのか。

そのように推理を進めていくと、たどり着く先にある答えはひとつしかありません。まことに……誠に申し上げにくいことなんですが」

 

流暢だった加賀の口調が途中から重たくなり、最後には歯切れが悪くなっていた。

春那は何度か呼吸し、気持ちを鎮めた。心臓の鼓動が速くなるのを抑えるのは難しそうだった。唇を舐めてから口を開いた。「どうぞ、おっしゃってください」

加賀は両手を膝に置き、春那のほうに身体を捻った。

「では率直にお尋ねさせていただきます。鷲尾春那さん、そのナイフを使ったのはあなたではありませんか。あなたが誰かを殺した――違うでしょうか?」

ほかの乗客に聞こえないようにとの配慮からだろうが、加賀の声は低く抑えられていた。それでも春那の耳にはしっかりと届いた。予想していた言葉だったからかもしれない。

自分でも意外だったが、春那は表情を和らげていた。加賀を見て、首を傾げた。

「誰かをって? そこまでいったのなら、言葉を濁すのはやめてください」

春那の反応が予期しないものだったのか、珍しく加賀が気圧されたような顔になった。

「わかりました。申し上げるまでもありませんね。誰かとは鷲尾英輔さん。あなたのご主人です。桧川が殺し損ねた被害者です。あなたが見つけた時、鷲尾英輔さんは死んではいなかった。それどころか、軽傷であったと想像します」

「その彼を私が殺したと?」

はい、と加賀は答えた。

「そう考えなければ辻褄が合わないのです。最後のナイフは誰の手に渡ったか。桧川が殺し損ねた被害者に奪われた、と推察するのが最も妥当です。あなたが英輔さんを見つけた時、彼はそのナイフを持っていた。そして刺されたのは軽傷の一ヵ所だけだった。

しかしナイフを手にしたあなたは、彼の胸にそれを突き立てた」

加賀は辛そうに目を伏せ、首を左右に揺らした。「すみません。こんな話をしたくはなかったんですが……」

「今更そんな」春那は笑みを漏らしていた。不思議なほど落ち着いていることに自分で驚いた。心臓の鼓動も正常に戻っている。

「私がそういうことをしたとして、動機は何だとお思いになっているんですか」

「これまた想像に過ぎませんが」加賀は下唇を噛んでからいった。「山之内静江さんが関係しているのではありませんか」

(中略)

春那は、ほっと息を吐いた。

「すべてお見通しなんですね。やっぱりあなたに嘘は通用しない」


エピローグ

鷲尾英輔を殺したのは妻の春那でした。

というのも、英輔は山之内静江と不倫関係にあったためです。

もともと春那がバーベキュー・パーティーに参加したのは、静江と英輔の関係を確かめるためでした。

すると、どうでしょう。静江と英輔は表面的には適切な距離感を装いつつ、別荘地でも隠れてやりたい放題。それでいて春那にはバレていないと思っているのです。バカにするにも程があります。

とはいえ、春那には英輔を殺すつもりなどありませんでした。英輔が軽傷ながらも刺されて裏庭に倒れていたときも、殺害のチャンスだ、などとは思いませんでした。

では、春那に一線を越えさせたのはいったい何だったのでしょうか?

事件の夜、春那は刺された夫のために救急車を呼ぼうと、山之内家の二階にスマホを取りに行きました。そして……

※以下、小説より一部抜粋

…………

窓から裏庭を見下ろすと、静江が英輔に近づくところだった。彼のそばに腰を下ろし顔を覗き込んでいる。

英輔の右腕が静江の首に回された。そして彼女の顔を引き寄せた。二人の唇が重ねられたのだということは二階からでもわかった。

春那は自分の中で何かが壊れていくのを感じた。崩れ落ちたそれらは風に舞い、すっかり消え去ってしまった。つまり虚無になった。

電話をかけず、階段を下りた。裏庭に出ると静江の姿はなかった。

春那は英輔のところに行った。「誰か来た?」

いいや、と彼は首を振った。「誰も来ないよ」

たぶん口づけをした罪悪感から発した嘘だろう。静江とのことは、とことん秘密にしておきたいのだ。

ナイフが目に留まった。犯人が落としたナイフだ。柄の部分には(英輔によって)ハンカチが巻かれている。それをそのまま手にした。

あぶないよ、と英輔がいった。間の抜けた口調だった。

躊躇いはなかった。そのまま胸をめがけ、力いっぱいナイフを振り下ろした。

英輔は驚愕の表情を示し、やがて動かなくなった。

現実感のないまま、春那は夫を眺めた。ナイフが二本刺さっているのを見て、これではまずいかなと思い、脇腹に刺さっているほうを抜いた。さらに胸に刺したナイフからハンカチを取り除いた。

どこかで静江が見ているかもしれないとは思った。それでも構わなかった。これは彼女に対する罰でもあるのだ。

その後に現れた静江は、それについては何もいわない。検証会でもそうだった。見ていなかったのかもしれないし、春那に対するせめてもの詫びのつもりなのかもしれない。

問題は加賀だ。彼はきっと静江からも話を聞こうとするだろう。

そしてあの人物には嘘は通用しない。

<おわり>

ぱんだ
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まとめ

今回は東野圭吾『あなたが誰かを殺した』のあらすじネタバレ解説をお届けしました。

別荘地の見取り図に、時刻表の管理。ミステリど真ん中の推理が楽しめる一冊で、たいへんおもしろかったです。

人間のドロドロした裏の顔が明らかになっていく終盤も、イヤミスのような読み味で大満足でした。

ひとつ強調しておきたいのは、この記事では本作の魅力の半分もお伝えできていないということです。

ひとつひとつ情報が積み重なっていく前半、各人の嘘と本性が暴かれる後半、一冊を通して読んでこそのおもしろさがこの物語にはあります。

特に今回は割愛した結末後のワンシーン。『あなたが誰かを殺した』のもうひとつの意味が示される実にニクイあの場面は実際に読んでいただきたい!

2023年を代表する一冊になるであろう、最高のミステリ小説でした。

 

ぱんだ
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