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『十角館の殺人』あらすじネタバレ解説|衝撃の一行と結末【綾辻行人】

綾辻行人『十角館の殺人』を読みました。

1987年に刊行された本格ミステリの金字塔。

《たった一行》の衝撃が今なおミステリファンの間で語り継がれている、まさに不朽の名作です。

孤島・館・連続殺人。犯人はいったい誰なのか?

今回は小説『十角館の殺人』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。

ぱんだ
ぱんだ
いってみよう!

あらすじ

十角形の奇妙な館が建つ孤島・角島を大学ミステリ研の七人が訪れた。

館を建てた建築家・中村青司は、半年前に炎上した青屋敷で焼死したという。

やがて学生たちを襲う連続殺人。

ミステリ史上最大級の、驚愕の結末が読者を待ち受ける!

(文庫裏表紙のあらすじより)

いざ十角館へ

物語の舞台は大分県の海上に浮かぶ角島(つのじま)

かつては中村青司という天才建築家が《青屋敷》なる邸宅に住んでいましたが、半年前(1985年9月)の火事で全焼してからは無人島になっています。

推理小説研究会の大学生たちが宿泊する十角館は青屋敷の離れのようなもので、名前の通り十角形の奇妙な建築です。

正十角形の中央ホールをぐるりと十室の台形の部屋が取り囲んでいて、

  • 玄関ホール
  • 厨房
  • バス・トイレ

を除いた七部屋が客室になっています。

ぱんだ
ぱんだ
ふむふむ

合宿の日程は一週間。最終日に迎えの船が来る約束になっています。

それまで島から出ることはできませんし、電気が通っていないので外部との連絡も不可能です。

好奇心に任せて島に上陸した大学生たちは、これから惨劇が待ち受けていようとは夢にも思っていません。

 

登場人物

ミステリ研のメンバーはそれぞれ海外の作家の名前で呼び合います。

  • エラリイ
  • カー
  • ルルウ
  • ポウ
  • アガサ
  • オルツィ
  • ヴァン

それぞれ個性のあるキャラクターですが、もりもり死んでいくのでくわしい紹介は割愛します。

ちなみにアガサとオルツィが女性。主な探偵役はエラリイといっていいでしょう。

また、今回の合宿が成立したのは不動産業を営むヴァンの伯父が角島を手に入れたためです。そのためヴァンは先行して島で準備を整えてくれていました。


もうひとつの事件

一方その頃、海を隔てた本土でもひとつの謎が生まれていました。

推理小説研究会の元会員である江南(かわみなみ)のもとに送られてきた一通の手紙。

『お前たちが殺した千織は、私の娘だった』

差出人の名前は中村青司となっていますが……これは妙な話です。半年前の事件で中村青司は亡くなっています。

普通に考えれば誰かが中村青司の名前を騙っているのでしょう。

では、手紙の内容については?

話は昨年(1985年)の1月にまでさかのぼります。

ミステリ研究会の新年会。その三次会の席上で中村千織は亡くなりました。

急性アルコール中毒。もともと心臓の弱かった千織は心臓発作を併発して……。

客観的な事実としてそれは事故でした。とはいえ、彼らもいくらか強引に千織に酒を勧めたでしょうし、その点を踏まえれば「殺した」という文面も理解できます。

ただし、江南は三次会の途中で帰宅していました。

事故の瞬間に居合わせていたのは、むしろ角島に向かったメンバーのほうです。

調べてみると、エラリイたち合宿組の住所にも同じ手紙が送られているようでした。

また、江南と一緒に途中で帰宅した守須(もりす)のもとにも手紙は届いていました。

『本土』の場面では江南と守須(+もう一人)によって、手紙の謎、ひいては半年前の四重殺人の謎が解き明かされていきます。

青屋敷の惨劇

『角島青屋敷、謎の四重殺人』その概要は次の通りです。

死亡したのは屋敷の主人である中村青司、その妻の和枝、使用人だった北村夫婦。計四人。

当時、角島にはもう一人、庭師の吉川誠一がいたはずですが、彼の遺体は発見されていません。

この状況からして、容疑者として真っ先に疑うべきは消えた吉川でしょう。

財産目当てか、あるいは和枝夫人に横恋慕していたのか、ともかく彼は四人を殺害して逃亡した……筋は通っています。というか、他に疑うべき人物もいません。

ぱんだ
ぱんだ
ふむ

ただし、角島の殺人には奇妙な点がいくつかありました。

ひとつめ。絞殺された和枝夫人の左手首が切断されていたこと。

左手首の行方は現在も不明のまま。犯人が持ち去ったものと考えられます。けれど、なんのために?

ふたつめ。犯行時刻のズレ。

最初に和枝夫人が殺されたのは遅くとも9月18日。北村夫婦が斧で頭をかち割られたのが翌9月19日で、最後に灯油をかけられた中村青司が焼死したのが9月20日。この時間差はいったい?

みっつめ。逃走手段の謎。

モーターボートは島に残ったままでした。犯人はどうやって島から脱出したのでしょうか?


中村青司は生きている?

十角館ではついに惨劇の幕が上がります。

第一の被害者はオルツィ。続いて第二の被害者はカー。両者とも左手首が切断されていました。

オルツィに関しては死因も絞殺と、和枝夫人の死に様を彷彿とさせます。左手首が持ち去られている点についても同様です。

※毒殺されたカーの左手首はバスタブに置かれていました。

(残る5人の中の)いったい誰が犯人なのか?」疑心暗鬼に陥る仲間たちに、エラリイは外部犯の可能性を指摘します。

たとえばそう、中村青司であれば娘の復讐という動機があるうえ、十角館のマスターキーを持っていたとしても不思議ではありません。

ぱんだ
ぱんだ
いや、でも……

はい。中村青司は半年前の事件で亡くなっているはず、ですよね?

ただ、その遺体は真っ黒に焼け焦げていました。

はたして本当に焼死体は中村青司のものだったのでしょうか?

消えた吉川誠司は背格好も年齢も、中村青司に近しいものでした。

中村青司こそ半年前の事件の真犯人で、焼死体の正体は庭師の吉川誠一だった……可能性としては十分に考えられます。

そうやって中村青司が生存していて、のこのこ十角館にやってきた娘の仇たちに裁きを下しているのではないか。エラリイは真剣にそう語ります。

ぱんだ
ぱんだ
なるほどね

一方その頃、本土の江南は青司の実弟である中村紅次郎のもとを訪ねていました。

江南はそこで島田潔という男と出会うのですが、事件に興味を持った島田はそれから積極的に江南たちの「探偵ごっこ」に参加することになります。

さて。話を戻すと、紅次郎にも例の手紙は届いていました。

『千織は殺されたのだ』

事件を告発する短い文章。江南や守須はともかく、手紙はエラリイたちが角島に出発するのと入れ違いになるタイミングで送られていました。

もしエラリイたちを脅迫する意図なら、なんとなくちぐはぐです。

  • 手紙の送り主は誰なのか?
  • どのような意図が込められているのか?

結局、紅次郎宅では島田という協力者を得ただけで、手紙の謎については進展なし。

江南は見聞きした情報を安楽椅子探偵を標榜する守須に報告するのでした。

大学はちょうど春休み。守須は連日のように絵を描くため遠出しているので、江南の捜査には同行していません。彼の部屋に飾られたキャンバスの絵は日数の経過を示すように少しずつ完成に近づいていきます。


ネタバレ

場面は江南・島田の本土組。いくらかの捜査を経て、彼らは再び中村紅次郎のもとを訪ねていました。

青屋敷が全焼し、四人が亡くなった半年前の事件。その裏に隠された《秘密》の一端に、彼らは辿りついていました。

ぱんだ
ぱんだ
秘密って?

ズバリ、千織の本当の父親は紅次郎だったのです。

偏執的なまでに愛妻家だった青司が、その娘である千織を可愛がっていなかったこと。

紅次郎が角島を訪れるようになった時期。兄弟仲が悪化した時期。

言い逃れできぬほど詰みあがった状況証拠を突きつけられ、紅次郎は観念したように語り始めます。

指摘されたとおり、千織は紅次郎と和枝の間にできた不義の子であること。

そして、事件の真相について……

「結局のところね、あの事件は青司が図った無理心中だったんだ」

事件の核心はひとえに中村青司が抱いていた妻への愛、これに尽きます。

ものすごく情緒のない言い方をすれば、動機は紅次郎への嫉妬であり、殺人は妻を永遠に自分のものにするための手段だったというわけです。

青司は青屋敷の人々に大量の睡眠薬を盛ると、まず和枝夫人の息の根を止めました。

それから彼自身が灯油を被って焼身自殺するまでに数日を要したのは、妻を愛するために時間を費やしたためです。

切断した夫人の手首は、紅次郎に送りつけていました。和枝は永遠に自分のものになったという宣言のような意味あいだったのでしょう。

最後に補足しておくと、使用人の北村夫婦を殺害したのももちろん青司です。ちょっと先回りになるのですが、実は庭師の吉川も青司によって殺されています。

紅次郎のいうように、半年前の事件の真相は青司の無理心中だったのです。

ぱんだ
ぱんだ
ということは……

はい。エラリイの提唱する青司生存説は否定されますね。

同時に、ミステリ研に復讐する動機を持つ人物という意味では、千織の本当の父親である紅次郎が容疑者として急浮上することになります。

角島は何も絶海の孤島というわけではありません。大学生たちが漁船に乗って島に渡ったように、船さえあれば島に渡ることは可能です。もちろんその船で本土に戻ってくることも。

つまり、本土(別府)にずっといたと思われていた紅次郎が、実は島に渡って殺人を済ませたのち、再び家に戻って島田たちの前にいるという可能性も十分に考えられるのです。

その点を踏まえると、紅次郎には不審な不在時間がありました。

島田「二十七日の夜、ここに寄ったんだけど、呼んでも出てこなかったね」

紅次郎「そいつは悪いことをしたな。締め切り間近の論文があって、この二、三日は電話も来客も居留守を決め込んでいたんだ」

27日の夜といえば、角島では翌朝にオルツィの死体が発見されています。

紅次郎が深夜のうちに角島にわたって犯行に及んだ可能性は否定できません。

同日にはカーも亡くなっていますが、これはあらかじめ毒が塗られていたコーヒーカップのためでした。

オルツィの殺害と前後して毒を仕込んでいたとすれば、やはり紅次郎にも犯行は可能です。

十角館の惨劇の犯人は、娘の復讐に燃える紅次郎なのでしょうか……?

 

千織の事件について

江南が受け取った例の手紙には『千織は殺された』と書かれてありました。

わたしなんかは、つい「実は事故ではなく悪意のある殺害だったのでは?」と深読みしてしまったのですが、この件について特に裏はありませんでした。

半年前の事件の真相も明らかになり、残るは十角館の殺人の謎のみです。


そして誰もいなくなった

角島に上陸して五日目。十角館の惨劇はいよいよ佳境を迎えていました。

この日は朝からアガサとルルウの死体が発見され、そしてポウも毒入りのタバコに口をつけて絶命しました。

残るメンバーはエラリイとヴァンの二人だけ。

幸いというべきか、エラリイは相変わらず外部犯(中村青司)による犯行を主張していたので、生き残りの二人が殺し合うなどという見るに堪えない結末は回避されています。

エラリイは考えます。犯人はどうやって十角館の様子を探っていたのか?

もし、十角館が天才建築家である中村青司の設計によるものだとしたら……

「もしかしてここには、十一番目の部屋があるとか」

はたしてエラリイの読みは当たっていました。

食器の中にひとつだけ紛れ込んでいた正十一角形のカップが鍵となり、厨房の床下に設けられた収納庫、その床板が地下の隠し部屋へと続く階段に姿を変えたのです。

「入ってみよう、ヴァン」

地下室には異様な悪臭が充満していました。

エラリイは懐中電灯の光を闇へと投げかけます。光が照らしだしたのは、腐敗し、半ば白骨と化した人間の死体でした。

そこで物語は暗転するかのように途切れ、そして……

※以下、小説より一部抜粋

…………

夜半過ぎ――。

十角形のホールに人の姿はない。ランプの灯も落ち、そこでは闇だけが、静寂の中でねっとりと絡み合っていた。

遠い、こことは別次元の世界で奏でられているかのような潮騒。暗闇の上に口を開けた十角形の窓から、切れ切れに覗くわずかな星々。……

……不意に。

建物のどこかで硬い物音が響いた。

続いてそれとはまったく異質な、何やら生き物の吐息めいた音が。

吐息は低い呻(うめ)きに。呻きは低い唸(うな)りに。時間の経過とともに、もはや後戻りの利かない成長を遂げていき……。

しばらくの後、十角館は火の手を上げた。

白い建物は透明な赤色に包み込まれる。もうもうと吐き出される煙。夜気を震撼させる轟音。流れる雲をも焦がさんばかりに、巨大な炎が激しく燃え猛る。

その異常な光は、海を隔てたS町にまで充分に届いた。


十角館の末路

翌朝。守須のもとに十角館炎上の知らせが届きます。

「全員死亡、だそうだ」

角島にほど近いS町で江南・島田と合流したのは午後一時頃。

開口一番、同じやりとりが繰り返されました。

「本当に全員死亡なのか」

「うん。十角館は全焼。全員が、焼け跡から死体で発見されたらしい」

去来する無念と後悔。謎の手紙をきっかけに事件に肉薄していながら、どうして角島での新たな犯行を止められなかったのか。

――手紙。

今にして思えば、例の手紙の真意は「中村青司は生きている」と誤認させることにあったのかもしれない。島田は学生たちを前に考えを巡らせます。

島田の頭に浮かぶ犯人像は、ずばり中村紅次郎その人でした。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「だけど、彼はずっと別府にいて……」

「あの若者が云ったことを憶えてるかい、江南君」

「えっ」

「研究会の連中を島まで送ってやったっていう、あの漁師の息子さ」

「ああ、はい」

「彼はこう云ってたね。エンジンの付いたボートがあれば、島との往復は難しくないと。紅さんがそれをやらなかったって云いきれるかい」

「ああ……」

「この数日間、紅さんは論文執筆のため、電話も来客もシャットアウトして、家に閉じこもっていたと云った。だが、果たしてそれは本当だったんだろうか」

海のほうを見つめたまま島田は独り、小さな頷きを繰り返した。

「――そう。友人としては非常に残念だけれども、僕はやはり紅さんのことを疑わざるをえない。彼は娘を死なされた。手の届かぬ恋人との間の唯一の架橋を、あんな形で突然に奪われてしまったんだ。

(中略)紅さんは十角館の前の持ち主でもある。何かのおりに、娘を殺した連中が島へ行くことを知ったとしても不思議じゃない。そこで彼は、青司の生存を匂わせ、疑いをそちらへそらすとともに、やり場のない怒りを吐露するため、君たちにあの手紙を出した。同時に、自分自身に宛てたあの手紙も。みずからも被害者の一人であると見せかけるためだろう」

三人はそのまましばらく、俯きがちに海を眺めていた。

「――確かにね」

やがて守須が呟いた。

「連中を、よりによってあの島で皆殺しにしようなんていう動機は、他にはどうしたって思い浮かばない。いちばん疑わしいのは紅次郎氏ですね。でも島田さん、それはあくまでも憶測の域を出ないことで」

「そうだよ、守須君」

応えて、島田は自嘲気味に唇を歪めた。

「単なる僕の憶測さ。証拠なんて一つもない。そしてね、僕は証拠を探す気もない。このことを積極的に警察へ知らせるつもりもない」

J崎の陰から二隻の船が姿を現すのが見えた。「おや」と云って、島田は腰を浮かせた。

「警察の船じゃないか。こっちへ帰ってくるな。――戻ろうか」


ミステリ史に残る一行

警察はエラリイが事件の犯人だと考えているようでした。

というのも、他のすべての死体に他殺の痕跡が認められるのに対して、エラリイだけは灯油を被って焼身自殺していたようだったからです。

「しかも、こいつの使っていた部屋が火元と思われる。まだ断定できるような段階ではありませんが、あるいはこの男が、他の者を殺して自殺したのかもしれんと」

警部がいうように、捜査はまだ初動の段階です。

犯人につながるような確たる証拠はまだ何も見つかっていません。

やりとりもそこそこに立ち去りかけた警部ですが、ふと守須が「エラリイ」と口にしたのを耳にして尋ねます。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「誰ですと?」

「あっ……あの、松浦のことです。エラリイっていうのは、彼のニックネームみたいなもので」

「エラリイーーというと、例の作家のエラリイ・クイーンと何か関係があるわけですかな」

「そうです。何て云うか、うちの会の慣習みたいなものなんです。そんなふうに、会員に海外の有名作家の名前を付けて呼ぶのが」

「ほう。メンバー全員にですか」

「いえ、一部の者だけですが」

「今回の角島行きに参加したのはみんな、そういうニックネームを持ってたメンバーなんですよ」

と江南が注釈を加えた。警部は面白そうに目をしばたたかせて、

「江南君にも、研究会に入っていた時分にはあったんですかな、同じようなカタカナの呼び名が」

「ええ、まあ」

「何といったんです」

「恥ずかしながら、ドイルです。コナン・ドイル」

※「江南」はそのまま「コナン」とも読めますね。

「ほほう。大家の名ですな。守須くんはじゃあ、モーリス・ルブランあたりですか」

警部は調子に乗って尋ねた。

守須はわずかに眉を動かしながら、「いいえ」と呟いた。それから、口許にふっと寂しげな微笑を浮かべたかと思うと、やや目を伏せ気味にして声を落とした。

 

「ヴァン・ダインです」

ぱんだ
ぱんだ
……え?


結末

事件の真犯人は守須=ヴァンです。

紅次郎への疑惑の際に検討されたように、彼は島を往復していました。

ざっくりいえば、昼間は十角館で過ごし、夜は江南たちの前に現れていたのです。

江南の捜査に同行しなかったのは絵を描くためではありません。その時間、彼は角島に渡ってヴァンとして活動していました。

ヴァンは「風邪気味だから」と夜の早い時間に自分の客室に引っ込むことがあったのですが、これは本土に戻って江南たちの前に顔を出すためです。

いってみればそれだけのことなのですが、実際の計画は微に入り細を穿ち、実に綿密なものでした。

ここでひとつひとつ解説したりはしませんが、結末では守須が回想する形式で、いかにして彼が犯行をなしアリバイを確保したのか、計画の全貌が論理的に説明されています。

ちょっとだけ例をあげると、たとえば守須は進捗状況の異なる三枚の絵をあらかじめ用意していました。

江南はキャンバスの絵が完成に近づいている様子を見ていたため、まさか守須が昼間に絵を描きに行っているのではなく、十角館に行っていたなどとは思いもしません。

江南といえば、例の手紙の送り主も真犯人である守須なのですが、これはそもそも江南に事件を捜査させるための仕掛けでした。江南に捜査させることで、その報告を受ける自分にアリバイをつくろうとしていたのです。

事件は一から十まで完璧に守須の手の上でした。そもそも「伯父が十角館を手に入れたが行くか?」とミステリ研のメンバーを焚きつけたのも、ヴァンでしたね。

角島上陸五日目のラストを思い出してみましょう。

最後まで生き残っていたのはエラリイとヴァンでした。その後の展開は伏せられていましたが、あのあとヴァンはエラリイを睡眠薬で眠らせ、灯油をかけて焼身自殺に仕立てていたのです。

(そうそう、地下室で発見された白骨死体は吉川誠一ものです)

……と、そろそろ動機について気になっている頃合いでしょうか。

真相はときにシンプルです。守須と千織は恋人関係にありました。

つまり、動機は復讐。

千織が亡くなった新年会の三次会、守須は江南とともに途中で帰宅していました。

もし彼が最後まで残っていれば、いいえ、そうでなくとも千織との交際を秘密にしていなければ、結果は変わっていたかもしれません。守須の深い深い後悔は、やがてその場にいた仲間たちへの怒りへと変貌していきました。

そうそう、また少し話は変わるのですが、守須がオルツィの左手首を切断し持ち去ったのは、その中指に光る指輪のためです。

千織とオルツィは親しい友人関係にありました。もしオルツィの指輪が形見分けされた千織のものだとしたら、そのリングの裏には守須のイニシャルが刻まれているはずです。

守須と千織の関係が露見すれば彼はすぐに犯人だと指摘されていたでしょう。それを防ぐため、彼には指輪を回収する必要がありました。

オルツィを第一の被害者に選んだのはそのためです。恐怖を長引かせないように、という優しさも少しだけ込められていました。

ちなみに、左手首ごと持ち去った理由は、

  • 見立て殺人を演出するため
  • 指がむくんで指輪が外れなかったため
  • 指輪に注目されないようにするため

などです。

(カーの左手首を切断したのはフェイク。推理を混乱させるためでした)

『十角館の火災現場から、当時同館に宿泊していた六名の大学生の遺体が発見され、身元が確認された。死亡したのはK大学医学部四回生の山崎喜史、法学部三回生鈴木哲郎……』角島での新たな惨劇を報じる新聞記事に、守須恭一の名前は含まれていません。


エピローグ

夕暮れ時の海。物思いにふける守須のもとに島田が現れて言います。

「あの事件から、もうだいぶ経つね。警察じゃあすでに捜査を打ち切ったようだけれども、君はどう思う」

結局のところ、角島十角館の惨劇はエラリイが犯人だということで決着がついています。

守須が真犯人だと指摘する人間は現れませんでした。

――今、この瞬間までは。

「紅さんが犯人なんじゃないかって、いつか僕は云ったが、実はあれからまた、暇に任せていろいろと想像の網を広げてみてね、一つ面白いことを思いついたんだ。そいつをちょっと、君に聞いてもらいたくってねえ」

島田は気づいたのだ、という予感がしました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「もうやめましょうよ」

抑揚の失せた声で、彼は云った。

「もう終わったことなんですから、島田さん」

そうして彼は身を翻し、呼び止める男を無視するようにして、子供たちが遊ぶ水辺へと降り立った。

自分でも情けなくなるほどに、心が乱れていた。

(……莫迦な)

彼は強くかぶりを振って、動揺を鎮めようとした。

そんなはずはない。気づかれたはずがない。それに、たとえあの男の旺盛な想像力がたまたま真実に行き当ってしまったのだとしても、だからどうだと云うのだ。

何一つ証拠はないのだから。今さら何も、手出しできるはずがないのだから。

(そうだろう? 千織)

恋人の影に向かって問いかけてみた。けれど、彼女は何も答えない。その姿さえもう、見せてはくれない。

(どうして……)

不安が一瞬、津波の隆起を見せる。濡れた砂が重く足に絡む。その足許で、その時――。

何かが、きらりと光った。

(……これは?)

屈み込んでみて、彼は驚きに表情を凍らせた。引き攣った唇の間から、ふっと短い息が洩れた。

それは、薄緑色の小さなガラス壜(※後述)であった。波打ち際で半分がた砂に埋もれたその壜(びん)の中には、折りたたまれた何枚かの紙片が見えた。

(ああ……)

淡く苦い笑みを浮かべて、彼は壜を拾い上げた。防波堤に腰かけたままこちらを見ている男のほうを、ちらを振り向いた。

(審判、か)

子供たちがそろそろ家路につこうとしている。彼は拾った壜を握りしめ、彼らのほうにゆっくりと歩み寄っていった。

「坊や」

一人の男の子を呼び止めた。

「ちょっとお願いがあるんだ」

子供はきょとんとした目で、彼の顔を振り向いた。夕凪の海のように静かな微笑を見せながら、彼は子供の手にそれを持たせた。

「あそこにいるおじさんに、これを渡してきてくれないかい」

<おわり>

 

補足解説

守須が拾った小瓶は、事件前に彼自身が海に放り投げたものでした。

瓶に詰められた紙片には、守須が遂行した計画の全貌が細かい文字でぎっしりと記されています。

その小瓶は守須の良心であり、人ならぬものに託した審判でもありました。

自分の行いは正しかったのか、守須はその是非を海に問うたのです。

守須にとって爆弾に等しいその小瓶を、よりによって自分で拾い上げたときの彼の心境はどのようなものだったのでしょう。

子供たちを介して小瓶を島田に渡したという行為は、事実上の罪の告白です。

島田であれば守須の気持ちを汲んで通報しない……という可能性も考えられますが、それから守須がどうなったのかは、誰にも分りません。

蛇足ながら一応触れておくと、小瓶に計画の全てを記して海に流すという行為はまるきり『そして誰もいなくなった』ですね。かの犯人と守須とでは小瓶に込められた意図はぜんぜん違ったわけですが、全滅した十角館といい、どことなく作品全体からも『そして誰もいなくなった』へのリスペクトが感じられました。

ぱんだ
ぱんだ
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まとめ

今回は綾辻行人『十角館の殺人』のあらすじネタバレ解説をお届けしました。

今から約40年前に刊行された本作ですが、新装改訂版だからか読みやすく、そして次の展開が気になって休憩を忘れるほどおもしろかったです。

そして、なんといっても「あの一行」の衝撃ときたら!

一瞬のうちに頭の中で点と点がつながっていく感覚にくらくらするほど痺れました。

※たとえば、守須が《巽ハイツ》に住んでいたのは、ヴァンの伯父である巽昌章が不動産業者だから、とか

江南が「コナン」であるように、守須はそのまま「モリス」だと自然に思い込んでいたのですが、まさかそれすらもトリックだったとは……。きれいに騙されていっそ清々しい気分でした。

この記事では十角館で起きたひとつひとつの殺人、そしてヴァン(=守須)が具体的にどのような立ち振る舞いをしたかについてまでは言及していません。

めちゃくちゃ長くなっちゃうからですが、けれどある意味、その謎解きパートこそがこうした本格ミステリの《お楽しみ》であるとも言えます。

守須=ヴァンははたしてどのように綱渡りじみた計画を成功させたのか?

その詳細はあなたの目で確かめてみてください。

 

ぱんだ
ぱんだ
またね!


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POSTED COMMENT

  1. テトラ より:

    いつも楽しく拝見させてもらっています。
    読書の時間をなかなか取れない私にとってとてもよみやすくまとめられているわかたけさんの記事は素晴らしいの一言です。
    記事の感想、ではなくリクエストになってしまうのですが、もしお時間あればリカシリーズの5、6作品めのまとめを書いていただけたらと思います。
    これからも頑張ってください。

    • わかたけ より:

      >テトラさん

      いつもご覧いただきありがとうございます。
      リクエストも嬉しいです!
      積読がたっぷりあるのでお時間いただくかもしれませんが、しっかり『読むリスト』に入れさせていただきますね。
      (わたしもリカシリーズはゾクゾクして好きです)

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