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『ある閉ざされた雪の山荘で』あらすじネタバレ解説|東野圭吾【映画原作小説】

東野圭吾『ある閉ざされた雪の山荘で』を読みました。

最初にお伝えしておくと、男女七人が宿泊するペンション「四季」の外は快晴です。

暦は四月。地面には雪など積もっていませんし、彼らは歩いてバス停に行くができます。電話だって使えます。

「話が違うじゃないか」と困惑されたでしょうか。ですが、ご安心ください。

七人の宿泊客たちはちゃんと世間から断絶されます。

物理的な雪ではなく、心理的な雪によって。

今回は小説『ある閉ざされた雪の山荘で』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。

最後の最後に待ち受けるド級のどんでん返しまで、ぜひご覧ください。

ぱんだ
ぱんだ
いってみよう!

あらすじ

早春の乗鞍高原のペンションに集まったのは、オーディションに合格した男女七名。

これから舞台稽古が始まる。豪雪に襲われ孤立した山荘での殺人劇だ。

だが、一人また一人と現実に仲間が消えていくにつれ、彼らの間に疑惑が生まれた。

はたしてこれは本当に芝居なのか?

驚愕の終幕が読者を待っている!

(文庫裏表紙のあらすじより)

状況設定

男女七人は二十代半ばの役者たち。一人以外はみんな劇団「水滸(すいこ)」に所属する劇団員です。

いきなりずらりと名前を並べても頭に入らないかと思いますが、形式的なものとして七人の名前を紹介しておますね。

  • 笠原温子
  • 元村由梨江
  • 中西貴子
  • 雨宮京介
  • 本多雄一
  • 田所義雄
  • 久我和幸

彼らはオーディションに合格し、演出家・東郷陣平の次回作に出演する予定です。

こうしてペンションに集まったのも「舞台稽古をする」と東郷から手紙で呼び出されたからでした。

しかし、どうでしょう。

ペンションのオーナーから話を聞いてみると、東郷は来ないというではありませんか。しかも、四日間の日程中は役者たちだけで生活しなければならないのだといいます。

困惑する役者たち。と、そこに東郷からの速達が届きます。

『さて、では状況設定を説明する――』

※以下、小説より一部抜粋

…………

今回の作品の台本はまだ完成していない。

決まっているのは推理劇であるということ、舞台設定と登場人物、それからおおまかなストーリーだけだ。

細部はこれから、君たち自身の手で作りあげてもらう。

(中略)

さて、では状況設定を説明する。

君たちがいるのは、人里から遠く離れた山荘である。

実際には、最寄りのバス停まで目と鼻の先だが、そういうものも存在しないと想定する。

七人の客は、その山荘で予想外のアクシデントに遭う。

それは記録的な大雪だ。

そのため外との行き来は完全に不可能な状態にある。また雪の重みで電話線が切れ、電話も使いものにならない。さらに悪いことに、町へ買い物に行ったオーナーも帰ってこないのだ。

君たちはやむをえず自分たちで食事をし、風呂を沸かし、夜を過ごすことになる。

雪は依然として降り続く。救助は来ない。

(中略)

追伸、現実には電話は使用可能である。

ただし電話を使用したり、外の人間と接触を持ったりした時点で、この試験は中止する。

またその場合、先日のオーディション合格を即刻取り消す。


第一の殺人

東郷から命じられたのは山荘を舞台にした即興劇。穿った見方をすれば、台本を役者に丸投げしたようでもあります。

困惑する者、ため息をつく者、期待感に胸を膨らませる者――それぞれの反応を見せつつ、それでも「馬鹿馬鹿しい」と投げ出す者は一人もいませんでした。

せっかく勝ち取った合格をふいにする手はありません。

食事を用意し、風呂に入り、山荘での一日目は何事もなく終わっていきました。

そうして、二日目の朝。

彼らは早くも《事件》が起こっていることに気づきます。

笠原温子が、いつまでたっても起きてこないのです。

同室の元村由梨江が言います。

「そういえば温子、昨夜は何時頃部屋に戻ってきたのかしら。あたしは先に寝ちゃったから、彼女がベッドに入ったところを見てないんだけど」

温子は昨夜遅くまで遊戯室でピアノを弾いていました。

そこで遊戯室を確認してみると……

「大変よ、みんな。温子が消えちゃった」

遊戯室の床には、一枚の紙が落ちていました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

設定の第二、笠原温子の死体について。

死体はピアノのそばに倒れていた。首にヘッドホンのコードが巻きついており、絞められた痕がある。

この紙を見つけた者を、死体の第一発見者とする。

第二の殺人

六人になった役者たちは、いよいよ芝居の稽古が始まったのだと理解しました。

笠原温子は第一の被害者として昨夜のうちに山荘を出て行ったに違いありません。

では、温子は自分が殺され役であることを隠していたのでしょうか?

久我和幸は推察します。

「殺人事件である以上、犯人がいるはずです。じつは筋書を知っているのはその犯人役だけで、笠原さんは昨夜その人に、突然殺され役を指示されたのかもしれない」

どうやら六人のなかには東郷から指示を受けた《犯人》が紛れ込んでいるらしい――彼らはそのように解釈しました。

見事、犯人を突き止められれば名探偵の役を射止められる。一方で、隙を見せて殺され役になってしまえば舞台から退場し出番がなくなる。

《ゲーム》の主旨が明らかになったことで、役者たちは盛り上がります。

とはいえ、犯人につながるような手がかりもなく、山荘での二日目は何事もなく終わっていくのでした。

そうして、三日目の朝。

本格ミステリの定石を踏むように、新たな犠牲者が発見されます。

第二の被害者は元村由梨江。

「例の紙」は彼女の自室に落ちていました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

設定の第三、元村由梨江の死体について。

死体はこの紙の落ちていた場所に倒れていた。前回と同様、紙を見つけた者を死体の発見者とする。

死体の前頭部には鈍器による打撃の痕、首には手で絞めた痕が残っている。

尚、諸君らは依然として雪の中に閉じこめられており、電話等による外との連絡も一切不能のままである。


混乱

さて、お待たせしました。この小説の醍醐味はここからです。

元村由梨江もまた殺され役としてペンションを出て行ったのだと解釈した生存者五人ですが、《凶器》の発見により混乱が生じます。

ぱんだ
ぱんだ
凶器?

はい。死体発見後、彼らは推理劇のお決まりとして山荘の内外を調べました。

その結果、本多雄一が山荘裏に落ちていた鈍器――金属製の一輪差しを発見します。

元村由梨江の頭部には打撃の痕があると《紙》には書いてありました。だから、ここまでは問題ありません。一輪差しは犯人が設置した小道具だと解釈できます。

しかし、花瓶には本物の血が付着していました。

いくら小道具とはいえ、そこまで凝った演出をするでしょうか?

さらに、再び元村由梨江の部屋(=犯行現場)を捜索してみたところ、ゴミ箱にはこんな《紙》が入っていました。

『この紙を鈍器(洗面所の花瓶)とする』

文面そのままに受け取るならば、芝居としての凶器はこの紙だということです。

では、本物の血がついた現実の花瓶は……?

考えられる可能性は二つあります。

1.芝居ではなく現実の殺人事件が起こっている

血のついた凶器の説明として真っ先に頭に浮かぶ可能性ですね。

この場合、この合宿そのものが犯人の仕組んだ計画だと考えられます。

「殺人劇は芝居じゃないってことだ。芝居のように思わされているが、じつは全部本当に起きていることなんだ。(中略)要するにだ、温子も由梨江も、本当に殺されちまってるってことだよ」

2.すべては東郷陣平による演出である

これまでの役者たちには緊張感が不足していました。

芝居か現実かをあいまいにすることで、より差し迫った恐怖や不安を与えようという意図であるとも考えられます。

あるいは、そう思わせることこそが《犯人》の狙いなのかもしれませんが……。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「どんなに深刻な事態になっても、死体が見つからないかぎりは現実に事件が起きていると断定することはできません。

何もかも、全て東郷先生の仕掛けた罠では、という考え方が可能だからです。

でも見方を変えれば、これこそが犯人の計画の最も優れた点だということもできるのです。

これは推理ゲームなのか、現実の事件なのか、それがはっきりしなければ、僕たちが東郷先生に問い合わせることも警察に届けることもできません。

あの速達で送られてきた指示文の最後に書いてあった一文が、重大な効果を発揮しているわけです。

電話連絡したり、外部の人間と接触を持ったりしたら、即刻オーディションの合格を取り消す、という一文です。

犯人は僕たち役者の心理を、じつに巧妙についているのです」(発言・久我和幸)


久我和幸

久我和幸はこの物語における探偵役です。

ペンションに集められた七人のうち、久我だけは劇団「水滸」の人間ではありません。

オーディションは劇団の内外を問わず挑戦することができたのですが、結果として劇団外から合格したのは久我ただ一人だけだったということになります。

そんな久我の目的は東郷陣平の芝居に出演して役者として名を売ること……というのももちろんあるのですが、目的のもう半分は元村由梨江でした。

ぱんだ
ぱんだ
どゆこと?

単純な話、久我は元村由梨江とお近づきになりたかったのです。

退場してから紹介するのもアレですが、元村由梨江はハッとするほどの美貌の持ち主でした。しかも、お金持ちのお嬢様でもあります。

同じく合格者の一人である田所義雄などはわかりやすく由梨江を狙っていたりしたのですが、どうも彼女は雨宮と深い仲にあるという噂もあり……。

まあ、それも今となってはどうでもいいことですね。

本筋に戻りましょう。殺人劇は芝居か現実か、という話です。

この謎を検討するにあたり、真っ先に浮かんだのは死体の行方でした。

もし殺人が現実のものだとしたら、犯人は死体をどこにやったというのでしょう。

ぱんだ
ぱんだ
たしかに

疑問はすぐに解消されました。山荘の敷地内には古井戸があったのです。

懐中電灯で照らしても底が見えないほどの深さ。石を落としても音が返ってこないのは、底が土だからか、それとも……。

井戸を封鎖していた木の板には、笠原温子が着ていたセーターの糸が絡まっていました。

殺人事件が現実のものだという印象が強まるようですが、それすら東郷の狙いだと考えることもできるわけで、結局は堂々巡りになってしまいます。

ぱんだ
ぱんだ
むう……

生存者五名の間で議論は進行していきます。

「これは芝居である」と主張する一派は、次のように疑問を提示しました。

1.殺人が目的ならば、わざわざ山荘に集める必要はない

《事件》は一晩に一人のペースで進行しています。残すは三日目の夜だけであることから、犯人のターゲットは最初から三人だった(=皆殺しが目的ではない)と推察できます。

だとしたら、なぜ犯人は合格者全員を山荘に集めたりしたのでしょう?

東京で一人ずつ始末していけば、それで済む話のように思われます。成功率もその方が高そうです。

ぱんだ
ぱんだ
それはそうね

2.後のことはどうするつもりなのか?

合宿の日程は四日間です。その刻限に至れば、彼らは外に出るも電話するも自由になります。

もし事件が現実のものだとすれば、犯人は確実に警察に逮捕されることになるでしょう。

ここまで緻密な犯行計画を練った犯人が、後のことを考えていないとも思われませんが……。

ぱんだ
ぱんだ
ふむ

結局のところ、議論は結論に至りませんでした。

すべては芝居のようでもあり、現実の事件のようでもあります。

ただし、いずれにせよ《犯人》さえ突き止められれば万事解決です。

実のところ、久我視点では容疑者は三名にまで絞れています。

というのも、彼は二日目の夜に本多雄一とアリバイをつくっていました。

元村由梨江が殺されたとされる0時前後、彼らは同じ部屋で寝ていました。お互いのベッドで扉をふさいでいたため、本多がこっそり部屋を出て犯行に及んだという可能性はありません。

  • 雨宮京介
  • 田所義雄
  • 中西貴子

久我の目線では三人のうちの誰かが犯人だということがわかります。

由梨江と恋人だという噂のある雨宮、由梨江に惚れていた田所が犯人だとは思いにくいですが、彼らが役者であることを考慮すれば、なにもかも演技だった可能性もあるわけで……。

真相はいまだ闇の中です。


犯行動機

謎解きには「なぜやったのか?(Why done it?)」の視点がつきものです。

いわゆる犯行動機についてですね。

その点、久我には気になっていることがありました。

「麻倉雅美」という(元)劇団員の存在です。

久我の目から見て、オーディションでの麻倉雅美の実力は群を抜いていました。それなのに、彼女は不合格となっています。

久我がその理由について尋ねてみると、劇団員たちは気まずそうに目を逸らし、そそくさと話題を変えました。

いかにも怪しい反応ですね。

いったい劇団員たちは何を隠しているのでしょうか?

久我は口の軽い中西貴子から事情を聞き出しました。

1.不合格の理由について

残酷な言い方をすれば、彼女が不美人だったためです。田所などはそれがすべてだと断言しています。

が、事情はもう少し複雑です。

笠原温子は東郷の愛人でした。また、元村由梨江は演技の実力こそ低いものの華やかな美人であり、しかも、父親は劇団のスポンサーでもあります。

麻倉雅美にしてみれば、オーディションの結果にはとうてい納得できなかったに違いありません。

2.麻倉雅美の絶望

オーディションの結果が発表された直後、麻倉雅美はスキーで事故を起こしました。

命こそ助かったものの、その後遺症は重く、半身不随になってしまったということです。

麻倉雅美は滑走禁止エリアを直滑降したのだといいます。

はたしてそれは本当に事故だったのでしょうか……?

ぱんだ
ぱんだ
……

以上の前提を踏まえまして、場面は再び三日目の日中。

麻倉雅美に関する新たな情報が中西貴子の口から飛び出しました。

「思い出したのよ。雅美がスキーで大怪我するちょっと前、温子と由梨江が彼女の家に行くっていってたこと」

オーディション後、麻倉雅美は芝居をやめると言い残して飛騨高山の実家に戻っていました。

そんな彼女を説得するべく、笠原温子と元村由梨江、そして運転手として雨宮京介が訪問していたのだといいます。

温子と由梨江といえばともに《殺され役》になった人物です。

田所義雄は言います。

「なるほど、これでわかった。麻倉雅美の自殺の理由がね。オーディションに落ちて、ただでさえ気持ちが落ち込んでいる時に、合格したライバルたちが慰めに来た。しかも不正に合格したと彼女が思いこんでいる二人が中心だ。ちょっと考えただけでも、これがいかに彼女にとって屈辱だったかわかる。それでさらに絶望感が増し、衝動的に自殺した。まあそんなところじゃないかな」

雨宮は田所の説を即座に否定しました。しかし、彼がいくら「傷つけたつもりはない」と主張したところで、麻倉雅美が傷ついたかどうかは本人にしかわかりません。

雨宮、温子、由梨江。三人が麻倉雅美を訪ねた。その日のうちに雅美は事故で怪我を負った。彼らの訪問と雅美の行動に関連がないと考えるほうが不自然です。

ただ、ここで見逃せない新情報がひとつあります。

事故の直前、麻倉雅美は何者かからの電話に出ていたのだといいます。

以下は、雅美の母親から話を聞いたという本多雄一の発言です。

「短い電話だったようだ。その電話の後、突然思い立ったように、スキーをしてくるといって出ていったんだってよ」

※以下、小説より一部抜粋

…………

「人を自殺にまで追いこむような電話って、一体どんなのかしら」

「雨宮は心当たりないのか」

田所義雄がじろりと横目で見る。雨宮京介は、あわてたようすで顔を左右に振った。

「全くない。何も知らない。電話なんて……その電話を彼女が受け取っていた頃、たぶん俺たちはまだ東京に向かう車の中だよ」

「電話なんて、どこからでもかけられるぜ」

本多雄一の言葉に雨宮は下唇を噛んだが、言い返すことはしなかった。

「麻倉雅美が自殺をはかった直接の原因はわからないわけだけど」と田所義雄が話し出した。

「今ここで起こっている出来事と無関係ではないと思う。自殺未遂の結果、彼女は半身不随という不幸を背負うことになった。となると、その自殺の原因を作った者たちを殺そうとするのは、充分にありうることだ。彼女以外に、温子君と由梨江君を殺す動機を持つ者はいない」

(中略)

「犯人は麻倉雅美の恨みを晴らそうとしたんだ」

田所義雄は、先程久我和幸に対していった言葉を繰り返した。

「だからそれは、彼女と深い関係にあった人間だ。おそらく恋人だろう。つまり男だということになる。僕の推理では一番怪しいのは久我君、君だよ。その次が本多。そして雨宮だ。だけどたぶん雨宮は違うと思う。彼は由梨江君に好意を持っていたようだからな。それにもう一つ、これが肝心なところだが、もしかしたら次に狙われるのは雨宮かもしれない」

「どうして?」と中西貴子が目を丸くした。

「雨宮たちが麻倉雅美に会いに行ったことが彼女の自殺の原因なら、温子君、由梨江君ときて、今度は当然雨宮ということになる」


第三の殺人

四日目、つまり最終日の朝が訪れます。

男たち四人はお互いを監視しあうように一階のラウンジで寝ていたのですが、それが有効だったのか、誰一人として欠けてはいませんでした。

二階の自室で寝ていた中西貴子も無事です。

あとはチェックアウトの十時を待つのみ。

安心する一同でしたが、その油断が文字どおり命取りになってしまいます。

彼らが口にした朝食には睡眠薬が盛られていました。

一同は倒れるように眠り込み……やがてタイマー予約がセットされていた大音量の音楽で目を覚ますのですが……。

ぱんだ
ぱんだ
あっ……

はい。寝起きの彼らは《第三の殺人》が起こったことに気づきます。

姿を消していたのは、雨宮京介でした。

久我は床に「例の紙」が落ちていることに気づきます。

「死体の状況、雨宮京介は首を絞められて殺されている――とだけ書いてあります」

ここに至ってはもはや疑いようもありません。

《犯人》は麻倉雅美の恨みを晴らすべく、あの日、飛騨高山を訪れた三人を葬ったのです。

くり返しになりますが、久我と本多には絶対のアリバイがあります。

したがって犯人は田所義雄か、中西貴子のどちらかということになるわけですが……。

いずれにせよ、彼らは指定された四日間を生き延びました。

ペンションから出て、東郷に問い合わせればすべてがはっきりするはずです。

すべては芝居かもしれない……もはや望み薄になった可能性を頭に浮かべながら、四人は山荘から去ろうとして……。

「ちょっと待ってください。もうこれで終わりなんですね」

※以下、小説より一部抜粋

…………

「どういう意味だ」と田所義雄が訊いた。

「僕は、犯人に尋ねているんです。もうすべきことはないのですね。これで幕を閉じるわけですね」

「誰にいってるの、久我君」

中西貴子が久我の視線から身をよけた。田所も同じようにする。それでも久我は視線を動かさなかった。

彼は真っすぐに、本多雄一を見つめていた。

本多は唇を歪めて笑った。

「冗談、きついぜ」

「冗談じゃないことは、本多さんが一番よく御承知でしょう。もう一度伺います。あなたがすべきことは、もうこれで終わりなんですね」

「おい」と本多は真顔に戻った。「怒るぜ」

「それは僕の話を聞いてからにして下さいませんか」

そういって久我和幸は貴子と田所を見た。

「すべて説明します。すみませんが、遊戯室まで行ってもらえませんか」

「遊戯室?」と田所は怪訝そうにした。「どうしてあんなところで」

「あそこが一番都合がいいんです」

「ふうん、何だかわかんないけど」

まず中西貴子が荷物をその場に置いて階段に向かった。それで田所義雄も彼女に続く。だが彼は階段の手前で振り返った。

「どうした、本多。早く来いよ」

本多雄一は渋面を浮かべていた。

「さあ、早く」と久我和幸もいった。

「ちょっと待ってくれ」と本多はいった。「どうだい、何かと誤解もあるようだから、まずは二人で話し合おうじゃねえか」

「いいえ」と久我はかぶりを振った。「それは卑怯です」

この言葉に、本多は返答が思いつかなかったようだ。唇を嚙むと、黙って歩き始めた。

皆が二階に上がるのを確認してから、久我和幸はラウンジと食堂との境にある棚に近づいた。そうしてしゃがみこむ。

「さあ、エンディングだ」と彼はいった。

<すぐ下のネタバレに続く>


ネタバレ

犯人は本多雄一です。

久我とアリバイを共有していた本多は容疑者リストから外れていた人物です。なるほど意外な犯人だといえるでしょう。

とはいえ、本多には不審な点もありました。二日目の夜のアリバイを、決して公表しようとしなかったのです。

最初は生存者たちがパニックに陥らないようにするための配慮かと思われました。しかし、どれだけ事態が切迫しても、具体的には久我が田所から犯人扱いされたりしたのですが、それでもアリバイについて久我に口止めし続けていたのは不自然でした。

では、本多はなぜそうまでしてアリバイの事実を隠したかったのでしょうか?

中西貴子のなにげない発言をきっかけに、久我は答えを見出します。

「今まで犯人だと思いこんでた人が、そうじゃないとわかると、きっとすごいショックだと思うから(みんなを信じてる)」

※以下、小説より一部抜粋

…………

もしかしたらこれか、と俺は思った。

本多雄一を犯人だと思っている人間がいる。その人物に、依然として本多が犯人だと思わせておきたい。

だからアリバイがあることなどを、俺にしゃべられたらまずいのだ。

ではその人物とは誰か。なぜ本多はその者に、彼が犯人だと思わせておく必要があるのか。またその者は本多と犯人だと思うなら、なぜ皆の前でいわないのか。

だがこの考えにも欠陥があることに俺は気づいた。

アリバイ作りのことを持ちかけた時、どちらかが犯人役だった場合のことを考えて、俺たちが同じ部屋で寝るということを誰か第三者に知らせておくということになった。

この時点で本多は、俺が雨宮、田所、貴子、由梨江のうち、誰を証人に選ぶかはわからない。その上で特に何もいわなかったということは、誰が証人であってもいいと考えていたということだ。

ということは、この四人の中には、彼が自分のことを犯人だと思わせておくべき人間は入っていないということになる。

(中略)

彼は一体、「誰に対して」アリバイを隠したいのか。

ところがその答えは、意外な形で得られた。そのヒントをくれたのは、皮肉にも、本多だった。

「壁に耳あり、だからな」

二人で彼の部屋を出る時、彼がいった言葉だ。彼はたぶん何気なくいったのだと思う。しかしこの一言には、我々以外の存在を暗示する響きがこめられていた。

もしこの山荘に、もうひとつの目あるいは耳があるのだとしたら。

そして本多雄一が意識しているのは、じつはその目や耳なのだとしたら。

そう考えると納得できることがある。俺がラウンジで彼にアリバイのことをいおうとしたら、彼は即座に自室で話すことを提案した。

周りには誰もいないのに、だ。ラウンジには、その目や耳が存在するのではないか。

(中略)

こうして俺は、例の棚の中に隠してある盗聴器を発見したのだ。

「問題は」と俺はいい、盗聴器を再び差し出した。「これを聞いているのが誰かということです」

「やっぱり……東郷先生じゃないの」

「そうでしょうか。ではなぜ本多さんは、先生に自分が犯人だと思いこませる必要があるのでしょう」

「そんなの……わからないわ」

「先生でなきゃ、誰なんだ」

田所義雄の声は震えていた。

俺は本多雄一に近づくと、彼の顔の前に盗聴器を突きつけた。

「おっしゃってください。誰が聞いているんですか」

(中略)

「雅美だ」と彼は答えた。「麻倉……雅美だ」


真相

本多は麻倉雅美に代わって復讐を果たしたのだといいます。

「三人を殺したのか」「ああ」

「ちくしょう」我を忘れて本多に飛びかかろうとする田所を、久我が食い止めました。

「落ち着いてください。もう忘れたんですか。本多さんにはアリバイがあるといってるじゃありませんか」

二日目の夜、本多は自室から出ていません。その事実は久我が確かめています。

本多に元村由梨江を殺すことは不可能だったはずです。

ぱんだ
ぱんだ
またまた

「なにかトリックがあるんでしょ?」という声が聞こえてくるようです。

ならばお答えしましょう。アリバイ破りのトリックなどありません。

ぱんだ
ぱんだ
え?

本多雄一は、正真正銘、元村由梨江を殺していません。

では誰が由梨江を殺したのかといえば、雨宮京介です。

ぱんだ
ぱんだ
は?

これだけの情報ではまったく意味がわかりませんよね。でもご安心ください。ここからは久我がすべて説明してくれます。

真相解明は、こんな一言から始まりました。

「本多さん。あの三人は、今どこにいるのですか」

※以下、小説より一部抜粋

…………

この一言で、貴子も田所も口を閉ざした。呆然と俺を見つめる。

空白の時が流れた。本多雄一はうなだれて固く瞼を閉じると、絞りだすようにいった。

「すまん、雅美。騙したわけではないんだ……」

 

――引き続き、遊戯室。

「どういうこと? あの三人はって、何なの。由梨江たちは生きてるの?」

中西貴子が目まぐるしく視線を動かしながら訊いた。

「生きています。そうですよね、本多さん」

久我の問いかけに本多雄一は小さく頷いた。そして目を閉じたまま、ポケットの中から紙きれを出してきた。

中西貴子がそれを受け取って広げた。

「ペンション『フェアハウス』、電話番号××××。ここにいるの?」

本多の頭がかすかに縦に動く。それを見て中西貴子は踊るように遊戯室を出ていった。

「ええと」

事態を把握しきれていないようすの田所義雄が、虚ろな目で二人を見較べた。「これは一体どういう……」

「事件は三重構造だったのです」と久我和幸はいった。

「何もかも芝居という状況の中で、実際に殺人が起きる――これがおそらく麻倉雅美さんが立てた二重構造の復讐計画でした。ところが本多さんは、これをさらに芝居にしてしまったのです。つまり三重です」

「えっ、どういうことなんだ。結局は芝居?」

「そうなります。本多雄一さんが、殺され役三人の協力を得て作りあげた芝居でした。ただし観客はたった一人。いうまでもなく、麻倉雅美さんです」

「何と……」

言葉をなくしたのか、田所は口を開けたままで停止した。


犯行場面

事件の真相は「芝居に見せかけた殺人、に見せかけた芝居」でした。ややこしいですね。

犯人役の本多と殺され役の三人(温子・由梨江・雨宮)は共犯者ならぬ共演者だった、といったところでしょうか。

隣のペンションから呼び戻された三人が加わると、遊戯室にはオーディションに合格した七人の役者全員が再び顔をそろえました。

ここで場面は事件の振り返りへと移ります。

「今度の事件が三重構造の芝居になっているのではないかと僕が考えついたのは、いくつかのヒントがあったからです。まずその一つはこの部屋にあります。電子ピアノのヘッドホンです」

《第一の事件》では遊戯室で笠原温子が殺され(役を演じ)ました。

ヘッドホンをつけて電子ピアノを弾いていた温子は、背後で扉が開き、犯人が近づいてくる足音にも気づかず……という状況設定でした。

ところが、この設定には明らかに不自然な点がひとつ含まれています。

というのも、遊戯室は防音仕様になっていたのです。

音が洩れる心配がない防音室で、なぜ笠原温子はヘッドホンをつけていたのか?

作中ではこの謎がずっとつきまとっていたのですが、種明かしをした今なら答えは明白ですね。

彼らは麻倉雅美に「実際に殺人が起きている」と思いこませる必要がありました。

ヘッドホンはそのための小道具です。

「ヘッドホンをしていれば、こっそりと忍び寄ってきても気づかない。気づかなくてもおかしくない。だから笠原さんはヘッドホンをつけたのです」

※以下、小説より一部抜粋

…………

「えっ、えっ、何だって?」

意味がわからなかったらしく、田所義雄は訊き直した。

「もしヘッドホンをしていなければ」と久我和幸はゆっくりとしゃべった。「背後から近づく犯人の足音に気づくはずだと思いませんか。演奏が途切れた時なら尚更」

「それはそうだろうけど」

「にもかかわらず、知らぬふりをして易々と殺されるふりをしたら、それが芝居だとすぐにわかってしまうじゃないですか」

「ああ、そうか。いや、ちょっと待ってくれ。いくら三重構造の芝居とはいえ、本当に犯行シーンまで演じるわけじゃないんだろ」

「いえ、演じるんです」

久我和幸はきっぱりといいきった。

「この点については後で説明します。ただこれだけは承知しておいてください。犯行シーンはすべて演じられます」

どうやら彼は完璧に真相を見抜いているのかもしれない。

漢字一文字

続いて《第二の殺人》の振り返りですが、後が詰まっているのでこちらはサクッと終わらせてしまいましょう。

二日目の夜、本多はイレギュラーに見舞われます。

久我からアリバイ作りを提案され、犯人役をまっとうできなくなってしまったのです。久我の提案は至極まっとうなものだったため、断るわけにもいきませんでした。

そこで本多は急きょ、犯人役を雨宮に代わってもらうことにしました。

二日目の夜には「犯行時刻のみ停電していた」という謎が残っていたのですが、これは雨宮がブレーカーを落としていたためです。

犯人=本多だと思っている麻倉雅美に顔を見られないようにするための措置でした。

ぱんだ
ぱんだ
え、でも……

はい。先ほどの久我の発言といい、さっきからちょっと妙ですよね。

麻倉雅美はラウンジに仕掛けてあった盗聴器によって山荘内の状況を確認していたはずです。

二階に位置する遊戯室や、その遊戯室の隣に位置する由梨江の部屋の音までは聞こえなかったものと思われます。

また、仮に音を拾えていたのだとしても、

  • ヘッドホン
  • 停電

という視覚的な要素にまで気を配る必要はないように思われます。

「カメラ……?」中西貴子のつぶやきを、久我は否定します。「カメラはありません」

そして久我和幸は言いました。

「でもいろいろと考えてみると、麻倉雅美さんが、状況を聞くだけで満足できるはずがないんです。いやその人の目的を考えると、犯行現場さえも目撃したいはずなのです」

※以下、小説より一部抜粋

…………

やはり彼はこのトリックに気づいていた。

「そんなこといったって」

田所義雄も不安そうな目を周りに配った。「どうやって見るんだい」

「簡単なことです。といっても、僕も正確な見取り図を描くまでは半信半疑でしたがね」

「ああ、そういえば昨夜、そんなものを描いていたわね」

「絵を描いたことで確信を得ました。自分の推理に間違いはないとね」

「もったいぶらないで早く教えてくれ。麻倉雅美はどこにいて、どうやって我々を見ているんだ」

田所義雄が苛立って訊いた。

「すぐ近くにいますよ」と久我和幸は答えた。

「何?」

「さあ、出てきてください。あなたのことです」

久我はくるりと身を翻し、【私】を指さした。

 

補足

小説『ある閉ざされた雪の山荘で』には漢字一文字ですべてがひっくり返る!という売り文句がつけられていました。

その漢字一文字の正体は「私」です。

それまでただのナレーション(地の文)だと思われていた文章が、小説用語でいうところの神の視点ではなく、すべて麻倉雅美の視点だったという驚きが「私」の漢字一文字によってもたらされました。

この記事中で引用した次のような一文も、すべて麻倉雅美の独白(モノローグ)だったということです。

  • 「さあ、エンディングだ」と彼はいった。
  • どうやら彼は完璧に真相を見抜いているのかもしれない。
  • やはり彼はこのトリックに気づいていた。
ぱんだ
ぱんだ
いわれてみれば……


執念

麻倉雅美は最初から山荘の中にいました。

ではどこにいたのかといえば、遊戯室と隣室(由梨江の部屋)の間にある隠し部屋です。

隠し部屋からは吹き抜けになっている一階ラウンジの様子が見下ろせるほか、マジックミラーによって隣接する二部屋(遊戯室・由梨江の部屋)の様子が見られるようになっています。

車椅子に座る麻倉雅美は、期間中ずっとこの隠し部屋(とは名ばかりの細い空間)に潜んでいたのでした。

(隠し部屋内の)周辺を見てみた。カロリーメイトの固形と缶入りが積んである。よくもまあこんなもので四日間も辛抱できたものだ。そしてすぐ横には車内用携帯排尿具がある。それを見ていると、麻倉雅美の執念が伝わってくるようだった。

麻倉雅美は隠し部屋から復讐劇の一部始終を目撃していました。本多たちはそんな麻倉雅美の目を意識していたため、犯行シーンを正確に演じる必要があったわけですね。

ちなみにこのペンション「四季」のオーナーは麻倉雅美の叔父です。隠し部屋はもともとその叔父が設えたもので、雅美はそれを利用したのでした。

 

補足

小説の頭にはペンション「四季」の平面図(見取り図)が付されています。

事件のたびに何度も確認していた平面図をあらためて見てみると、なんと隠し部屋の存在がきちんとわかるようになっていました。

熟練のミステリファンなら、一瞥して隠し部屋の仕掛けに気づけたりしたのでしょうか……。

物語もいよいよ大詰め。探偵役の久我は事件の核心に切り込みます。

「お願いします、麻倉さん。動機を教えてください。一体何があったのですか」

殺され役の三人は、雅美を心配して実家を訪ねた面々です。麻倉雅美が登場したいま、笠原温子と元村由梨江は部屋の隅でひたすらに泣き、雨宮京介もその横でうちしおれています。

雅美が大怪我を負ったあの日、いったい何があったのでしょうか?

車椅子に乗った雅美が言います。

「わかりました。全部お話します」

雅美の話はこのようなものでした。

説得にきた三人は雅美の演技力を褒める一方で、オーディションに落ちたのは容姿が劣っているからだ、と思っているようだった。

やがて我慢の限界に達した雅美は叫んだ。

「卑劣な手で合格したあなたたちに、同情なんかされたくないわ」

雨宮たちは激怒したものの、すぐに帰ることはできなかった。乗ってきた車の前にトラックが駐車していたためだった。

※以下、小説より一部抜粋

…………

事情を知った母がトラックの運転手を呼びに行き、その間三人は我が家の玄関先で待つことになった。

奥の部屋で、私は彼等の会話を聞いていた。自分の悪口をいっているに違いないと思ったのだ。しかし彼等の会話に私の名前は出てこなかった。

温子が近々婚約する予定の雨宮と由梨江の仲を冷やかし、せっかくのドライブに邪魔者が入るようで申し訳ないというようなことを冗談めかしてしゃべっていた。

それに対して雨宮は、わざわざここまで来たんだから少し遠回りして帰ろうかと提案し、女性二人を喜ばせた。

彼等のやりとりを聞いているうちに、私は怒りがこみあげてくるのを感じた。

結局彼等は、それほど強く自分を説得する気などなかったのだと思った。ここからの帰り道は彼等にとってドライブでしかないのだ。

自分たちに関する楽しい話題で盛り上がり、芝居をやめた仲間のことなど、口の端にも上がらないだろう。そう思うと、悲しくもあった。

私の脳裏に底意地の悪い考えが浮かんだ。

帰り道の途中で立ち往生させてやろうと思ったのだ。

私はアイスピックを持って勝手口から外に出ると、彼等の車の後輪タイヤに突き刺した。さらにスペアタイヤにも同じようにした。

今から考えると、まるで子供っぽい発想だったが、とにかく彼等のドライブ気分を壊してやりたかったのだ。

仕掛けを終えて勝手口に戻る時、玄関から彼等が出てきた。温子がこちらに気づいたようだが、声すらかけてこなかった。

トラックが動かされ、彼等も出発した。私は二階の窓から見送った。ラジアルタイヤだからすぐには空気が抜けたりしない。

どのぐらいの位置で気づくだろう? もしかしたら助けを求めてくるかもしれない。

そんな風に想像を広げるうち、だんだんと嫌な気分になってきた。馬鹿なことをしたと思い始めていた。自己嫌悪に陥り、しまいには何事もなく彼等が東京に帰れることを願ったりした。

そこへ電話がかかってきたのだ。

温子からだった。彼女の声を聞いて私はどきりとした。彼女は泣いていた。

「大変なの。どうしよう、どうしよう。雨宮君と由梨江がね。二人が、落ちて……」

「何いってるの。よくわからないわ。あの二人がどうしたの?」

「落ちたのよ。車ごと。急にハンドルがおかしくなって……。あたし、直前で飛び降りたんだけど、あの二人、間に合わなくて、それで崖に……助からないわ、あんな高いところ。死んだのよ、あの二人。死んだのよお」

耳鳴りがし始めたのは、温子の絶叫のせいではなかった。激しい頭痛が私を襲った。

電話を切り、私は部屋に戻った。頭から毛布をかぶり、気持ちを落ち着かせようとした。

しかし頭の中で、殺人という文字がぐるぐると回った。殺してしまった。私は雨宮京介を、元村由梨江を殺してしまったのだ。

どのくらいそうしていたかはわからない。気がついた時、私はスキーの道具を車に積んでいた。

死ぬ決心を私はしていた。

(中略)

気づいた時は病院のベッドの上だった。

(中略)

やがて私は自分が騙されたことに気づいた。

おそらく彼等はパンクに気づいて立ち往生したのだろう。彼等はそれが私の仕業だと見抜いた。それで温子があんな嘘の電話をかけてきたのだ。仕返しのつもりだったのだ。

迫真の演技に、私は完全に騙された。


結末

雅美にも悪いところがありましたが、それにしても笠原温子らの《仕返し》はやりすぎです。

雅美は雨宮のことが好きでした。それなのに当の雨宮に容姿を言外にけなされ、あまつさえ由梨江と楽しそうにしている姿を見せつけられて……。

ぱんだ
ぱんだ
うわぁ……

電話の一件はもとより、三人はもっと雅美に配慮すべきだったといえるでしょう。

雅美は彼らに騙された結果、半身不随の体になってしまいました。殺したいほど憎む気持ちもわかるというものです。

とはいえ、結果として彼女の復讐は成就しませんでした。

本多雄一は言います。

「俺はとにかく、雅美のためを思ってやったんだ。騙す気なんかじゃない。だけど雅美が俺を憎むんなら仕方がない。ほかに手はなかったんだ」

彼が計画を芝居につくりかえたのは、雅美が最後には自殺するつもりだと見抜いていたからでした。

愛する雅美をこれ以上苦しめないために、本多は事件を三重構造に塗り替えたのです。

いま、麻倉雅美の目の前には死んだはずの三人がいます。

  • 雨宮京介
  • 元村由梨江
  • 笠原温子

雅美は彼らに何を言うのか、何を望むのか。

全員が見守る中、彼女は口を動かしました。

「あたし……知ってたわ。芝居だってこと」

※以下、小説より一部抜粋

…………

ひゅうっと誰かが息を吸い込む音がした。俺は何度も瞬きした。

「知ってた? いつから?」と本多雄一が訊いた。

「最初から少し変だと思ったの。何もかも都合よくいきすぎるもの。由梨江と温子が揃って例の寝室に入ったり、一日目の夜に温子が一人でピアノを弾いたり。ヘッドホンのことも気になったわ。でも、ああこれはあたしに見せるための芝居なんだと確信したのは、二日目の夜よ」

麻倉雅美は真摯な目で、ぼんやり立っている田所義雄を見上げた。「田所君、由梨江の部屋に行ったでしょ。プロポーズしてたわね」

突然話しかけられ、しかも心に秘めていたはずのことを公表され、田所は生き胆を抜かれたようにぽかんと口を開け、そのまま固まった。

「あのとき由梨江はいったわよね。雨宮さんとは何でもないって。そのようすを見て、わかったのよ。由梨江はあたしが見ていることを知っているんだってね」

「ああ」

由梨江は悲しそうに歪めた顔を、両手で覆った。

「すると嘘だと知っていながら、最後まで見ていたのか」と本多雄一が訊いた。

「そうよ」

「どうして?」

「さあ」と彼女は首を傾げた。

「自分でもよくわからない。そりゃあ芝居だとわかった時には腹が立ったわ。でも中止にしようとは思わなかった。この芝居、見てやろうと思ったの。一体どんなふうに演技するのか、見極めてやろうって」

そして彼女は悲嘆に暮れている三人にいった。

「あなたたちの演技、なかなかよかったわよ」

「まさみっ」

雨宮京介が、こらえきれぬように車椅子に駆けより、麻倉雅美の足元に平伏した。

「すまなかった。許してもらおうとは思わない。だけどせめて償わせてくれ。できることなら何でもする。どんなことでもいってくれ」

笠原温子と元村由梨江も同じように泣き伏した。

「彼等は芝居をやめるそうだ」と本多はいった。「やめて君のために何かしたいと」

「そう……」

麻倉雅美は三人を見下ろしていたが、やがてゆらゆらと頭を振った。「残念だけど、あなたたちにしてもらえることはないわ」

三人は揃って顔を上げた。

「だって」と麻倉雅美はいった。「まずはあたし自身が、自分に出来ることを探さなきゃいけないんだもの。せっかく殺人犯にならずに済んだんだから」

「雅美……」

本多雄一の目から涙がこぼれた。麻倉雅美は自分の肩に置かれた彼の手を、そっと握った。

「あなたたち、芝居はやめないで」と彼女は三人にいった。「芝居はいいものよ。素晴らしいわ。改めて、そう思ったもの……」

今まで見事に感情を押し殺していた麻倉雅美が、ついに涙に咽び始めた。

俺の横でも田所義雄が啜り泣きをしていた。中西貴子は全泣きだ。

やれやれ、揃いも揃って甘い連中だ。こんな茶番じゃ、目の肥えた客は満足しないぞ。第一、探偵役の俺の立場がすっかりかすんでしまった。

せっかく俺が完璧な推理劇の仕上げを――。

してやろうと――。

どうしたことだ。涙腺がむずむずしてきた。馬鹿な。こんなことで泣くな。この程度で泣いたら茶番だぞ。泣くな、泣くな、泣くな。

中西貴子がいつの間にかそばに来て、

「はい、これ」

といって、ぐしょぐしょに濡れたハンカチを差し出しやがった。

<おわり>

ぱんだ
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まとめ

今回は東野圭吾『ある閉ざされた雪の山荘で』のあらすじネタバレ解説をお届けしました。

芝居か事件か判然としない中盤の緊張感といい、驚きの真相が次々飛び出してくる終盤といい、大満足の一冊でした。

この作品が発表されたのはなんと1992年(30年前!)のことです。

東野圭吾さんは昔から良質なミステリを手がけていたのだなぁ、とあらためて感嘆しました。

映画情報

特報

 

キャスト

  • 重岡大毅
  • 中条あやみ
  • 岡山天音
  • 西野七瀬
  • 堀田真由
  • 戸塚純貴
  • 森川葵
  • 間宮祥太朗

公開日

2024年1月公開

ぱんだ
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