米澤穂信『可燃物』を読みました。
年末恒例の各ミステリランキングで三冠を達成した話題書です。
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米澤穂信作品が三冠を達成したのは今回で四度目になります。「どれだけすごいんだ!」と驚くばかりですが、実際『可燃物』もめちゃくちゃおもしろかったです。
今回は小説『可燃物』より表題作を含む三つの短編を選り抜き、あらすじから結末までよくわかるネタバレ解説をお届けします。
崖の下
物語の主人公である葛(かつら)は群馬県警捜査一課の警部。その人柄はというと……
“葛がいる現場はいつも息詰まり、冗談一つ出ることがない”
葛は四角四面な警察官です。推理小説に登場するような一癖も二癖もある探偵とは違って、彼は事件解決のために不必要な言動は一切とりません。
冷静。的確。無感情。
人間味を削ぎ落したかのような葛からは「仕事人」という言葉が連想されます。
部下からの評価は次の通り。
“彼らは葛をよい上司だとは思っていないが、葛の捜査能力を疑う者は、一人もいない”
さて、葛の人となりがわかってきたところで最初の事件です。
凶器
現場は雪山。崖の下に滑落した二人のスキー客のうち、一人が亡くなっていました。
首に刺し傷。派手に出血した痕跡。事故ではなく他殺だと判断されます。
現場に残った足跡などから、犯人は救急搬送されたもう一人のスキー客だとしか考えられない状況でした。
では、これにて一件落着? もちろんそんなわけはありません。
現場には凶器が残されていませんでした。被害者の持ち物にも、犯人の持ち物にもそれらしいものはありません。
「後東は何で殺されたか」
凶器は何だったのか? それがこの事件の唯一にして最大の謎です。
犯人らが滑落した崖の上には雪庇が張り出していて、その端からは凶悪な形状の氷柱(つらら)が垂れ下がっていました。
溶かしたのか。あるいは食べたのか。凶器が氷柱であれば現場から消失させることもできるでしょう。
しかし、解剖医は凶器の形状について「三角柱」との見解を示しました。根元に行くにつれて太くなっていく三角錐ではなく、
「尖らせた先端部を除けばおおよそまっすぐで、おおよそ均等な太さの、棒状の何かだ。イメージとしては、細い杭に近い」
凶器は氷柱ではなかったようです。
推理はふりだしに戻ります。現場にも持ち物にも、凶器はありませんでした。犯人が搬送中に凶器を捨てることも不可能でした。
凶器は何だったのか? それはどこにあるのか?
見過ごせない違和感としては、遺体から検出された「血」が挙げられます。被害者自身のものではない、血液型の異なる他人の血です。
いったいどうしてそんなものが体内に入り込んでいたのでしょうか……?
結末
「水野の意識が戻りました。ただ、合併症を起こして重態です。医者は予断を許さないと言っています」
総合病院に詰めさせていた部下からの一報を受け、葛は病院へと急行します。
たとえ死にゆく者の犯罪だとしても、真実は明らかにしなければなりません。意識のあるうちに自供を取らなくてはなりませんでした。
「水野正。後東を殺害したのは君だな」
犯人と思しき男はひどく瘦せ細っていて、息をするのもやっとという状態でした。葛の言葉に何も反応しないのは黙秘なのか、それともその余力すらないのか。
葛は思考を研ぎ澄ませます。
(たった一つの質問で、的を射抜かなければならない。深夜の山中、崖の下で、水野正は何を用いて後東陵汰を殺したか。なぜ、その凶器が見つからないのか)
※以下、小説より一部抜粋
…………
「骨で刺したな」
右腕の骨が折れていた。右橈骨骨折。それらの報告は正しいが、詳細ではなかった。
搬送された水野が手術を受けたという報告を聞いたとき、自分は気づくべきだったのだ、と葛は悔いた。あれは何の手術だったのか?
骨折整復術だ。水野の右腕は開放骨折だった。骨が折れ、皮膚を突き破り、突き出していたのだ――あたかも杭のように。
骨の折れ方は多種多様だ。突き出た骨の先端が尖っていた可能性を否定する材料は、ない。
尖った骨が後東の首筋に食い込み、突き刺さった。後東の血と水野の血が混じり、傷口に凝集反応を残した。
そして凶器は、手術によって水野の体内に隠された。見つからないはずである。
水野の目が開く。大きく息を吸い込んで、声を絞り出す。
「……違います。刺してはいない」
その目尻が、わずかに下がる。笑ったのだ。
「刺さったんです」
かろうじてそれだけを言うと、水野は長い長い息を吐いた。
あの崖の下で何が起きたのか、正確なことを知るすべはない。
わかっているのは、後東が矛盾脱衣を起こすほど錯乱していたこと、水野の母親は後東が原因で死亡していたこと、そして水野の右腕の骨が体外に飛び出していたことだ。
後東と水野が争ったことも、間違いはないだろう。その諍いの中で水野が自らの前腕の骨を力の限り後東の首筋に突き立てたのか、それとも水野が言った通り、骨は刺さってしまったのか。
それは永久にわからない。
(中略)
葛は前橋地裁に水野正の逮捕状を請求したが、逃亡のおそれがないとされ、請求は認められなかった。
水野はベッドから起き上がることなく、十一日の闘病の末、敗血症性ショックで死亡した。
検察は被疑者死亡のため不起訴という決定を下し、後東陵汰殺害事件は捜査終了した。
可燃物
ゴミ集積所で連日の不審火。放火犯を捕まえるため葛班が捜査にあたります。
火がつけられたのはいずれも可燃ゴミでした。ただし、犯行当日の湿度が高かったこと、生ごみなど燃えにくい中身だったことから、幸いにも被害はほぼ出ていません。
葛は部下にゴミ集積所を監視する張り込みを命じます。
人員に限りがあるため、もちろんすべてのゴミ集積所を網羅することはできません。それでも、確たる証拠がない以上、現行犯逮捕にかけるしかないという事情がありました。
ところが、です。
日を置かず続いていた放火が、ある日を境にふっつりと止まってしまいます。
葛の使命は放火を止めることではなく、放火犯を逮捕することです。もしこれ以上、放火が行われなかったとしたら? 捜査が行き詰ってしまうおそれがあります。
葛は思案します。なぜ放火は止まったのか?
動機
実のところ、犯人の目星はついていました。
大野原孝行。71歳。
犯人が可燃ゴミに火をつける際には、雑誌のページを破いて棒状にねじったものが使われていました。そして、大野原が捨てた雑誌からは、まさに犯行に使用されたページが破かれていました。
証拠としての説得力は弱いものの、疑うには十分すぎる材料といえるでしょう。
もともと大野原は夜中にじっとゴミ集積所を見つめていて、その様子を張り込み中の捜査員が不審に思い、マークを始めた人物です。
大野原の過去には、火災との因縁もありました。
「七年前、<ヤスファニチャー>という家具小売業者の倉庫から火が出まして、死者は出ませんでしたが、建物が全焼しました。業務上失火の疑いがありましたので捜査が入り、倉庫の責任者に話を聞いています。その男の名前が、大野原孝行でした」
死者はなかったとはいえ、重体者二名、重傷者四名を出した大惨事でした。
原因は客の捨てた煙草と見られ、大野原については法的責任を問われてはいません。現在、大野原はスーパーの警備員として働いています。
一度、状況を整理しておきましょう。
大野原が犯人だとして、逮捕できるだけの証拠はありません。現行犯逮捕が望ましいところですが、犯行自体がピタリと止まってしまっています。
放火はなぜ止まったのか?
犯人は目的を達成したのかもしれない、と葛は考えます。
目的、言いかえれば犯行動機。
火をつけられた可燃ゴミは、水分を含む生ゴミなど、比較的燃えにくいゴミばかりでした。
葛はハッとして火災現場の写真を見返します。勢いよく燃え上がっているビニール製のゴミ袋。その隣には、新聞紙を入れた紙袋と、ビニール紐で縛られた段ボール箱が写り込んでいました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「すぐ隣に紙束があるのに、なぜそっちにつけなかった。紙の方が燃えやすかったはずだ」
どうしても可燃ゴミでなければならなかった理由があるのだろうか。それとも。
葛は呟く。
「紙ではまずかったのか」
そして、言い直す。
「よく燃えては、まずかったのか」
結末
連続放火が止まったのは金曜日の夜からでした。その日は、張り込みの刑事がゴミ集積所の前で立ち止まる大野原を目撃した日でもあります。
葛は分析します。
(大野原は特に何をするでもなく、ゴミ集積所をじっと見て、立ち去った。いま思えば、やはり大野原は、あの夜も放火を考えていたのではないか)
金曜日の大野原の行動からは、二つのことがわかります。
第一に、大野原が放火の目的を達したのだとすれば、それは土曜日以降であるということ。
第二に、大野原は何らかの理由で金曜日の放火をためらったということ。
大野原は燃えやすい紙束ではなく、あえて可燃ゴミを選んで火をつけていました。葛は報告書のうち、夜間の気象について記した部分を注視します。
- 月曜日 曇り時々雨 微風
- 火曜日 曇り 無風
- 水曜日 曇り 微風
- 木曜日 曇り時々雨 無風
- 金曜日 晴れ 強風
- 土曜日 晴れ 強風
- 日曜日 晴れ 強風
- 月曜日 晴れ 強風
放火が実行されていた日はいずれも空気の湿った、風の弱い日ばかりでした。一方で、金曜日の夜は強風で、空気は乾燥していました。
葛は呟きます。
「犯人は火が強くなることを恐れている」
放火犯の心理としては矛盾しているようですが、葛にはもう犯人の動機までもがはっきりと見えていました。
スーパーマーケット<メルカード吉井>
大野原の職場に到着すると、葛はまず、店舗を一瞥しました。閉店作業中の店の前面には大きく張り紙が出ていて、「リサイクルボックスは店内に移動しました」と書かれています。大野原はいません。
店長に会うなり、葛は張り紙について尋ねました。
「詳しく話してください」
※以下、小説より一部抜粋
…………
「放火が頻発しているのに、可燃物を店の外に出しっぱなしにしておくのはいかがなものかという意見が出まして、ボックスは閉店時に店の中に入れることになりました。どうしても匂いがありますから、屋内駐車場に引き込むだけですがね。回収ボックスだけならまあ大した苦労じゃないんですが、スーパーはとにかく段ボール箱をよく使う商売でして。潰した段ボール箱も鍵のかかる場所に移せっていうんで、閉店作業が一気にきつくなりましたよ」
「連続放火が原因で、店の外には極力可燃物を置かない方針に転換した。こう解釈してよろしいですか」
何が問題になっているのかわからない様子で、日比谷(店長)はあいまいに頷く。
「ええ、まあ、そういうことです」
「では日比谷さん、もう一つだけ教えて頂きたい」
葛はおもむろに問う。
「可燃物を店の外に出しっぱなしにしておくのはいかがなものかという意見が出た、とおっしゃった。つまり、店長であるあなたが発案されたことではない。……では、誰です。誰が、可燃物を店の外に置くなと言ったのか。それをお聞きしたい」
話の矛先が自分から逸れたと感じたのか、日比谷は安堵を滲ませる。
「ああ、警備をお願いしている、大野原さんという方です。むかし自分の職場で火事があったとかで、ずっと、店のまわりに燃えるものを置かない方がいいと言ってましてね。もっともではあるんですが、まあ毎日忙しいものですから、なんとなく先延ばしにしていたんです。それが、この放火騒ぎでしょう。犯人はいまのところゴミ置き場を狙っているが、いつリサイクルボックスに火種を投げ込まれるかわかったもんじゃない、万が一何も手を打たずに火を出したら地域の信用丸つぶれだと大野原さんに言われて、確かにそうだと思いましたから、可燃物は店の中に入れることにしたんです」
「それは、いつからですか」
「ええと……先週の土曜日からですね」
葛は頷き、立ち上がる。
「帰り際にお引き留めして、失礼しました。気をつけてお帰り下さい」
翌十二月十七日水曜日、捜査本部は大野原孝行に任意同行を求めた。
大野原は事件への関与を強く否定したが、放火に用いられたページが破り取られた「週刊深層」を突きつけると黙り込み、動機を示唆されると犯行を認めた。
大野原は涙を流して言った。
「私はね、火をね、火事をね、二度とね、出さないためにね……本当に、本当に仕方なく、怖いけれど、怖かったけれど、火事を防ぐためにやったんです」
そうした供述が、逮捕状請求書に記載されることはなかった。大野原は建造物等以外放火の疑いで逮捕された。
<メルカード吉井>昭和店には、営業時間外に資源ゴミが出せないのは不便であるという苦情が複数寄せられた。
事件解決から四日後、リサイクルボックスは元通り店外に置かれるようになったと、後に太田南署の刑事が葛に話した。
本物か
ファミリーレストランで立てこもり事件が発生。
犯人の名前は志多直人。34歳。傷害で前科一犯。ブラインドからちらりと顔をのぞかせた志多は、拳銃らしきものを手にしていました。
「……本物か?」
ファミリーレストランでは子ども向けのおもちゃを販売していて、そのラインナップには拳銃を模した水鉄砲がありました。
志多が持っているのは本物の拳銃か、それともおもちゃの水鉄砲か。
形状が酷似していることから、犯人が持っているのは十中八九おもちゃであろうと思われました。しかし、人質がいる以上、警察としては慎重に動かざるを得ません。
ファミリーレストランの店長と女性スタッフです。
葛が電話をかけると、店長の青戸が応答しました。犯人の指示で電話に出たようです。
青戸は最初こそ落ち着いて受け答えをしていましたが、葛が女性スタッフの安否について尋ねると、とたんに冷静さを失い――。
「湯野くんは殺された! 目の前にいるんだ! 助けてくれ! こいつはいかれて……」
電話はそこで切れて、二度とつながらなくなりました。
女性スタッフこと湯野有加里はすでに犯人によって殺害されている、と店長の青戸は言いました。
では、犯人はなぜ湯野の命を奪ったのでしょうか?
立てこもり事件のそもそもの経緯を考えれば、そうした犯人の行動にも理屈が通るように思われます。
大前提として、事件は計画的なものではなかったようです。
この日、志多は六歳になる息子の誕生日を祝うため、ファミリーレストランを訪れていました。
注文したのはストロベリーパフェ。志多はアレルギー持ちの息子のために、事前にナッツが入っていないか店員に確認していました。ところが……
「話が違うじゃないか」
提供されたパフェには砕いたアーモンドがかかっていました。ナッツが入っていないという店員の受け答えは間違っていたのです。
もうお察しかと思いますが、アレルギー説明を間違えた店員とは湯野有加里のことです。
志多が湯野を殺害したというのなら、アレルギーについての説明間違いがそもそもの発端であると考えられます。
時系列
避難した人々から事情を聴きとる際、葛は「いつ、なにが起きたのか」「どの順番で起きたのか」を正確に把握しようとしていました。
そうして整理された情報は、以下の通りです。
1.事務室で大きな物音がした
2.事務室のほうから『逃げろ』という声が上がった
3.その次に非常ベルが鳴り、客と店員が避難した
以上の順序に前後して、アレルギーの説明間違いに激昂した志多は、事務室に向かっています。そして、事務室には店長の青戸と、退勤準備をしていた湯野がいました。
これらの情報を総合すると、次のような事態が想像されます。
「事務室に押し掛けた志多が青戸店長や湯野有加里と争い、物音が立った。あるいはその時、湯野が殺されたのかもしれない。その後、店長が『逃げろ』と言い、非常ベルを押した。おかしな点はないと思いますが」
以上の発言は、葛から現場の指揮を引き継いだ特殊係・三田村警部のものです。
三田村の見立てに矛盾はありません。極めて妥当な推理と言えるでしょう。
しかし、三田村の「おかしな点はないと思いますが」という発言からもわかるように、葛の目は全く別の真相を捉えていました。
葛は三田村に言います。
「青戸に気をつけろ」
※以下、小説より一部抜粋
…………
「青戸? 人質の青戸店長?」
困惑する三田村に、葛は言った。
「本物の人質か、極めて疑わしい。青戸は凶器を所持していると思われる」
結末
事件とは無関係そうな情報が、実はとんでもなく重要な伏線だった、という驚きは何度味わってもいいものです。
真相を見抜けなかった悔しさより、よくぞしっかり騙してくれたという喜びが勝ります。
今回の場合、真相を見抜くための鍵は「パスタの茹で時間」でした。
「ちなみにイカスミパスタの茹で時間は、何分でしょう?」「四分半です」
聴き取り中のこのやり取りは、ある種の雑談であるように思われました。
しかし、葛はほんの少しでも捜査中に無駄な言葉を発する男ではありません。
何の役にも立たないようなこの質問にも、きちんとした意図がありました。
それでは、解決編と参りましょう。
以下は「おかしな点はないと思いますが」の続き、葛と三田村のやりとりです。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「物音がした時、キッチンスタッフの安田はパスタを茹で始めたところだった。イカスミのパスタは客の久島が注文したもので、ホールスタッフの代崎が運んだ。代崎は久島のテーブルにパスタを置くとき『逃げろ』という声と非常ベルを聞き、動揺して料理をこぼしている」
「順序は間違ってない」
「たしかに。ところでこの店のパスタの茹で時間は四分半だ」
三田村は「あ」と呟いた。その目が真剣みを帯びる。
「茹で時間に加え、ソースと和える時間、配膳に要する時間を考えれば、事務室で大きな物音がしてから『逃げろ』という声が上がるまで、少なくとも六分程度は経過していると見ていい」
「六分か」
「志多と青戸は、大きな物音を立ててから六分以上も静かに話し合っていたのか。それだけの時間が経ってから突然、青戸は『逃げろ』と声を上げたのか」
「たしかに……少し、時間がかかっている。しかし」
三田村はあたりをはばかるように声を低くする。
「では、その六分間に何があったというんですか」
「わからん。だが青戸が、湯野有加里が死んだと言っていたことは忘れるべきではない」
(中略)
「いまわかっているのは、三時過ぎに湯野が事務室にいたこと。おそらく相前後して青戸も事務室に行き、その後、事務室で大きな物音がしたということ。それから六分以上が経ってから志多が事務室に行き、直後に青戸が『逃げろ』と叫び、誰かが非常ベルを押した」
三田村はようやく、葛の真意を悟る。
「青戸が湯野有加里を殺し、志多は偶然、その現場に押しかけてしまった。葛さん、あんたそう言いたいのか」
「……というおそれがある。少なくとも、湯野と二人になる機会があったのは、志多じゃない」
葛は少し息をついた。
「もし湯野を殺したのが青戸なら、青戸がこの場を逃れる方法は一つしかない。全てを志多の犯行に見せかけ、自らは被害者を装うことだ」
三田村は一言の下にはねつける。
「そんなこと、出来るはずがないでしょう。志多が協力するはずがない」
「もちろん、しないだろう。だが志多は六歳の子どもを連れていた」
三田村が葛をじっと見る。
「葛さん。あなたは、青戸が志多の息子を人質に取り、志多に被疑者を演じさせていると考えているんですか」
「充分に可能だ。志多、時々ブラインドから顔を出せと脅すだけでいい。電話は青戸自身が取った」
「そんなことをしても逃げ切れるわけがない。志多も、その息子も、店内で何を見たか証言するでしょう」
「そうだ。青戸が逃げ切るには、志多とその息子に証言されては困る」
三田村は、葛の言葉を思い出す。――青戸は凶器を所持していると思われる。
「志多に水鉄砲を持たせたのも、志多を凶悪犯に見せかけ、あわよくば警察の手で志多を始末させたいからだろう。だがさすがに青戸も、そう上手く事が運ぶとは期待していまい。青戸はおそらく、自分の手で志多とその息子の口を塞ぐ覚悟をしている。事件が長引けば青戸は、追い詰められた志多が息子を殺して自殺したと言ってくるだろう。志多が青戸を返り討ちにしなければの話だが」
どちらがどちらを殺しても、人質事件の結末としては最悪である。
三田村は呆然とした。
「そんな馬鹿なことが……」
「追い詰められた犯罪者があがくのは、いつものことだ。もちろん、見た目通りの事件だって可能性も、ないわけじゃない。子供の誕生日にアレルゲン入りのパフェを出され、怒り狂った親が自暴自棄になっている。そうかもしれない」
葛は<メイルシュトロム伊勢崎店>を再度見上げる。
「だが……俺としては、青戸に留意することを勧めておく。俺だって六歳児の死体は見たくない。怪我をした同僚もな」
午後八時四十一分、青戸勲が湯野有加里殺害容疑で逮捕された。
裁判の中で検察側は、青戸勲は湯野有加里に執拗に交際を迫っており、それを断られてカッとなったことが殺害の動機だと指摘し、犯行後の立てこもりも凶悪であるとして無期懲役を求刑した。
弁護側は、湯野有加里は青戸勲に多額の金品を要求しており、それに応えられなかった青戸を湯野が侮辱したことが事件の原因だと主張し、情状酌量を訴えた。裁判は長期化の様相を呈している。
志多春太は事件の翌月、伊勢崎市立利根川小学校に入学した。まるで事件のことなど忘れてしまったように元気らしいと、後に伊村が葛に伝えた。
<おわり>
米澤穂信『可燃物』を読みました📖
🥇このミステリーがすごい!
🥇ミステリが読みたい!
🥇週刊文春ミステリーベスト10ミステリランキング三冠の短編集はやっぱりおもしろかった!
⬇️あらすじと結末🔥https://t.co/e25FTk7iPi
— わかたけ@小説ネタバレ紹介 (@wakatake_panda) December 19, 2023
まとめ
今回は米澤穂信『可燃物』のあらすじネタバレ解説をお届けしました。
短編集ということを差し引いても、かつてこれだけ飾りつけのない探偵役がいたでしょうか。いいえ、ここまで過去や人間性が語られない主人公にはなかなかお目にかかれません。
過去に因縁があったり、譲れない信念があったり、主人公の背景は物語を盛り上げる大事な要因ですからね。
では、ひるがえってそれらを排した葛警部の事件簿ははたしておもしろいのか? 答えはもちろん「YES」です。
なぜか? シンプルにお答えしましょう。謎がとんでもなく巧緻だからです。
小細工なし。謎解きに必要な手がかりは常に提示されていました。そのうえで、真相はいつも思いがけない方向から飛んできて、われわれの大好物であるところの「やられた!」を味わわせてくれました。
まさにミステリど真ん中! 長編が有利とされる年末ミステリランキングでの三冠達成は伊達ではありません。
『可燃物』には今回紹介していない短編があと二つ収録されています。ぜひ、米澤穂信一流の短編ミステリをご堪能下さい。
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