小西マサテル『名探偵のままでいて』を読みました。
『このミステリーがすごい!』大賞(新人賞)の大賞受賞作。
認知症を患う《祖父》が安楽椅子探偵として、不可解な謎を解き明かしていきます。
いわゆる連作短編の形式でいくつかの事件が描かれているのですが、どの物語も楽しめました。
そして結末に待ち受けているのは……。
今回は小説『名探偵のままでいて』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。
あらすじ
かつて小学校の校長だった切れ者の祖父は、七十一歳となった現在、幻視や記憶障害といった症状の現れるレビー小体型認知症を患い、介護を受けながら暮らしていた。
しかし、孫娘の楓が身の回りで生じた謎について話して聞かせると、祖父の知性は生き生きと働きを取り戻すのだった!
そんな中、やがて楓の人生に関わる重大な事件が……。
(単行本カバーのあらすじより)
祖父と認知症
物語の中心人物は楓と彼女の祖父。名字は最後まで明かされないのでおじいちゃんのことはそのまま《祖父》と表記することにします。
ところであらすじを読んで思いませんでしたか?
「認知症のおじいちゃんが探偵役なの?」と。
もちろん答えは「YES」なのですが、これはレビー小体型認知症の病状に関係しています。
難しい説明は置いておくとして、ざっくり言えば「体調のよいときに限れば知性に衰えはない」というわけでして。
もともと祖父はミステリ好きであり、推理力も論理的思考もバツグンの切れ者でした。
そんなわけで祖父は話を聞いただけで真相を解き明かす安楽椅子探偵として鮮やかな推理を披露してくれます。
ちなみに祖父はほぼ総白髪の長髪で、シミのない肌の持ち主だそうです。かっこよくて渋いおじいちゃんのイメージですね。
一方、楓は公立小学校の先生。27歳。一人暮らしをしていて、祖父のいる実家には足しげく通っています。
居酒屋の密室
本作は《日常の謎》系ミステリに分類されていますが、のっけから題材は殺人事件です。
舞台は割烹居酒屋『はる乃』
女将がひとりで切り盛りしている店で、カウンター席のほかはテーブル席がふたつだけの小さなお店です。
遺体はその『はる乃』の男性トイレで発見されました。
トイレの個室には内側から鍵がかかっていたので密室……と言いたいところですが、天井部分が空いているので厳密には半密室といったところでしょうか。
被害者は身元不明の中年男性。スキンヘッドにタトゥーにピアス、といかつい外見です。
遺体の背中にはナイフが深々と突き刺さっていました。ナイフはもともと被害者が携帯していたもののようです。
第一発見者は『はる乃』の客。トイレに行くと個室の下から血が流れていて、異変に気がつきました。
さて、問題はここからです。
事件当夜はサッカー日本代表の試合が中継されていて、『はる乃』も満席の大盛り上がりでした。
彼らの証言によれば午後9時30分~10時までは誰もトイレに行っていません。
第一発見者がトイレに向かったのは午後10時過ぎ、飲み仲間である《H》がトイレから戻ってきた直後のことでした。
トイレは空いているかと尋ねると《H》は言いました。
「あぁ、どうぞ――空いてるよ」
そうして《H》と入れ替わりに席を立った男性はトイレで血だまりを発見した……という流れです。
大事なポイントを確認しておきましょう。午後10時をすぎてトイレに立ったのは《H》だけです。
ふつうに考えれば《H》が犯人ということになります。
しかし、彼は真面目な人柄で、とても殺人犯とは思われません。女将に恋心を抱いていた彼のことですから、なおさら彼女に迷惑のかかる場所で犯行に及ぶとも考えられません。
さて居酒屋『はる乃』ではいったい何が起こったのでしょうか?
第一発見者が血相を変えて女将に事情を伝えたとき、彼女はなにやら紙を破り捨てました。新メニューを考えていたのか、スパイスらしきメモがちらりと見えました。
解決編
楓は事件の詳細を、第一発見者から直接聞きました。楓の同僚である岩田先生の後輩が彼で、黙秘を貫いている《H》のために真相を解き明かしたいということでした。
楓は録音した彼の話を祖父に聞かせます。
すると祖父はたちまち犯人が女将であると見抜いてしまいました。
前提として、祖父はかつて『はる乃』の常連でした。
だから、女将が遠い昔に世間を騒がせた男女二人組の押し込み強盗の片割れだと知っていました。女将は当時高校生で、主犯の男に無理やり従わされていたのです。
すると被害者の男の正体は十分に察せられます。
刑務所から出てきた主犯です。男は以前から女将を脅し、金を無心していました。
……では、そろそろ真相解明といきましょう。
殺人そのものの経緯についてはシンプルです。
いつものように金の無心に来た男を、女将は男子トイレに誘導。そこで口論になり揉み合いの末、男が持っていたナイフが刺さってしまった……正当防衛が認められる状況といえるでしょう。
とはいえ、飲食店で殺人事件など起きた日には一巻の終わりです。
女将はどうにか事件を隠ぺいしようとしました。
男子トイレの内側から鍵をかけて天井から脱出し、急いで『故障中』の貼り紙で誤魔化そうとしたのですが……その前に第一発見者によって事件は公になってしまいました。
女将が破り捨てた紙は『こしょうちゅう』の貼り紙でした。第一発見者はそれを【胡椒】と読み取り新メニューの開発かと思い込んだのです。
ええ、わかっています。まだ肝心の謎が残っていますよね。
疑問そのいち。女将は午後9時30分~10時の時間帯にトイレから出てきています。それなのに客が「誰もトイレに行っていなかった」と証言したのはなぜか?
答えは簡単。女将がトイレの備品を持っていたためです。
店主である女将のその姿を見れば、備品の整理か交換をしたのだろうと誰もが思います。だから女将は「トイレに行った人」にはカウントされなかったのです。
ミステリ的には『見えない人』と呼ばれるジャンルですね。
続いて疑問そのに。《H》の言動について。
実のところ《H》が男性トイレに行ったとき、個室の中には(遺体と一緒に)女将がいました。
女将は「女性トイレが使用中だったから男性トイレを使っている」と言ってその場をやり過ごします。
《H》はならばと煙草を一本吸うために席に戻ると、女将が「すぐに出るから」と言っていたのを思い出し、友人である第一発見者に告げました。
「あぁ、(お先に)どうぞ――(たぶんもう)空いてるよ」
そうして『故障中』の貼り紙が間に合うことなく事件は発覚した、という次第です。
《H》は女将を慕っているため黙秘を貫いていると考えられます。
結末
ところで本作には決め台詞があります。
「楓。煙草を一本くれないか」
この文句が飛び出したら、そこからが謎解きの本番です。煙をスクリーンにして祖父は真相を幻視します。
本作のもともとのタイトルは『物語は紫煙の彼方に』
この短編において祖父が煙草を呑みはじめたのは、これまでにお伝えした推理が終わったあとでした。
すなわち、本当の謎解きはここからです。
祖父は言います。
「犯人は女将ではなく、やはり《H》だったのだ」
先ほどの推理には明らかな矛盾が含まれていました。
たとえば、女将が揉みあいの末にナイフを刺してしまったのだとしたら、その方向は被害者の正面からだったはずです。被害者の腹部にナイフが刺さっていた……となるはずです。
しかし、ふりかえってみるとナイフは遺体の背中に突き刺さっていました。これは妙です。
妙といえばもうひとつ。当日の客の男女比は14:2。ほとんどが男性客でした。であるならば、女将が誰にも見られたくない男(被害者)とのやり取りをする場所は女性トイレの個室のほうが適切です。
以上を踏まえて、あらためて祖父の推理を聞いてみましょう。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「今いちど考察してみよう。まず、九時五十分ごろ、クライド(被害者)が店先に現れる。女将は彼に目配せをしてトイレに促す――ここまでは先ほどの論考と一緒だね。だが彼らが話し合いを持ったのはトイレの中ではなく、その前の廊下だったのだ。
やがてふたりは激しく揉みあい始め、クライドは女将の首を絞め、さらにナイフを手に取り女将を刺そうとする。まさにこのとき、《H》がやってきたのだ。
そして《H》は女将を助けようとクライドからナイフをもぎ取ったのだが、勢い余って彼の背中を刺してしまったのだ」
(中略)
「実はこのとき、クライドにはまだ息があった。傷はすでに致命的なものではあったろう。腹か背中に深々と刃物が突き刺さったままとなった場合、人間はまず助からないものだよ。
だがこの時点では女将も《H》も、まさか死ぬとは思ってもいなかった。
女将はうめきながら悪態をつくクライドの手を引き、とりあえず彼を女性用トイレに連れ込んだ。男性用に連れ込むより騒ぎが気取られるリスクははるかに低いからだ。
『Hさん、ゴメンね。こちらはなんとかするから、介抱は任せて! 万一のときは救急車を呼ぶから!』女将の声を背に、《H》は茫然自失の体で席へと戻っていく。
一方、女将のほうはクライドに『大丈夫?』『救急車を呼ぼうか?』などと声を掛けていたのだが、――クライドはまたもや狂暴性をあらわにさせ、女将を殺そうとする。刺さったままのナイフが栓代わりとなり、まだ体外への目立った出血はない。
慌てた女将は廊下奥へ逃げる。そして狂ったように襲ってきたクライドをかわし、たまたま扉が開いたままになっていた男性用トイレに突き押した。
その勢いで背中のナイフがタンクに激しくぶつかり――彼の動脈を完全に断ち切ったのだよ。
だが、この突発的な自衛行為を犯罪と断ずるのは酷だろうね。あくまで不可抗力の産物であり、クライドの死期をほんのわずかばかり早めたに過ぎないからだ」
「そっか……。そして女将は男性用トイレの鍵を内側から掛けて上から脱出したのね。で、クライドの所持品とエプロンを屑籠に入れてホールに戻ろうとする――」
「そうした咄嗟の行為は、店の今後のためというよりも、むしろ《H》に累が及ばぬようにするためだったのではないだろうか。かたや席に戻った《H》は用を足すことさえ忘れ、動転した気持ちを少しでも落ち着かせようと煙草に火を点けた。
そして『トイレ、空いてる?』と訊かれたそのとき、彼の肩越しに女将の姿を目にとめたのだ。《H》からすれば男性用トイレは確実に空いているはずだから、やむなく『あぁ、どうぞ――空いてるよ』と答えたのだね。
だが実際には、思わぬトラブルにより血まみれの遺体が忽然と男性用トイレに現れる結果となった。当然《H》はこう勘違いしたはずだ――(女将が改めて殺害してしまったのだ)とね。
だからこそ《H》は女将を庇い、今も黙秘し続けているのだ。犯人は自分であることも知らないままに」
<おわり>
プールの人間消失
続いての題材は《人間消失》ものです。
小学校の美人先生がプールに飛び込んだまま消えてしまったという摩訶不思議な事件が楓の耳に入ります。
消えてしまったマドンナ先生は今も行方不明のまま。捜索願が出されていないため、警察が介入することなく日常が続いています。なんとも不穏な気配がしますね。
当時の状況についてもう少しくわしく説明しましょう。
水泳の授業でのことです。
最後の20分間は子どもたちの好きに遊んでいい自由時間でした。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったのは正午のことで、先生の合図で子どもたちは一斉にプールから出るとシャワーを浴びるため歩き出しました。
このとき、マドンナ先生が立っていたのは子どもたちとはプールを挟んで反対側の岸。シャワーに向かう子どもたちにとって背中側に先生は位置していました。
子どもたちが背後に「プールに飛び込む音」を聞いたのはまさにこのときです。
先生が授業の最後にプールをチェックすることそれ自体は自然な行為だといえるでしょう。しかし、先生はいつまで経ってもあがってきません。
「まさか溺れてしまったのでは?」泳ぎの得意な男子たちが数人、プールへと飛び込んで先生を捜します。
ところが……
「先生は、プールのどこにもいなかった――そのままマドンナ先生は、消えてしまったの」
大事なポイントをいくつか確認しておきましょう。
そのいち。先生が飛び込んだ瞬間を見た人はいません。
そのに。これはちょっと先回りになりますが、子どもたちが聞いたのは確かに人がプールに飛び込む音でした。
そのさん。マドンナ先生の背後にはプールの裏門があり、そこから校舎裏門に抜ける道があります。ただし、校長室の窓を拭いていた校長の前を通らねばならないうえ、お昼の時間の校舎裏門にはかき氷屋さんがいました。にもかかわらず誰も先生を目撃していません。
そのよん。放課後になってプールの教師用更衣室と、その奥にある用具入れを確かめたものの、やはり先生の姿はありませんでした。
さて、マドンナ先生はいったいなぜ、そしてどのようにして消えたのでしょうか?
「マドンナ先生」とはこの話を語って聞かせた楓の友人によるネーミングです。彼女は人目を引く美人で、子どもたちも「(水泳用の)キャップとゴーグルをしててもきれいだった」と言っていたとか。
解決編
マドンナ先生が何らかのトラブルに巻き込まれていたとして、真っ先に想像するのは人間関係……というか恋愛関係の問題ではないでしょうか。
祖父が導き出した答えもまさに「恋愛事情のもつれによる殺人事件」というものでした。
祖父は言います。
「校長先生が犯人なのだ」
マドンナ先生は若い男性教師と恋仲になっていて、それを妬んだ校長が……という筋書きです。まあ、ありがちな話ですね。
では、肝心の人間消失トリックについては?
まず、殺害時刻は子どもたちが自由時間を楽しんでいた午前11時45分~11時55分頃。犯行現場は教師用の更衣室で、血痕がなかったことから絞殺の可能性が高いと考えられます。
そして正午のチャイム。遺体をひとまず用具入れに隠した校長は水着に着替えると、キャップとゴーグルを装着して子どもたちにジェスチャーでプールからあがるように促しました。
……ええ、ええ。あなたの疑問はもっともです。楓も思わずツッコんでいます。
「ちょっと待って、おじいちゃん。まさか校長先生が、マドンナ先生に変装したってこと? それって、いくらなんでも無理があるんじゃないのかな」
もっともな疑問ですよね。
いくらキャップとゴーグルを装着したところでマドンナ先生と校長先生の違いなど一目瞭然です。
……と、思ったあなたは(もちろんわたしも)まんまと罠にはまっています。
祖父はずばりと言いました。
「校長先生は若い女性なのだよ」
納得がいかない方もいるでしょうから、祖父の補足をもうひとつ。
「女性が校長を務めることは珍しくもない。ましてや最近では若い優秀な教師が校長になるケースはままあることだ。三十二歳の史上最年少校長が誕生したというニュースが話題を呼んだのはもう何年も前の話だよ」
というわけで正午に子どもたちをプールから上がらせたのは、マドンナ先生ではなく校長先生でした。
では、プールに飛び込んで消えたのも校長先生だったのでしょうか?
もちろんそうではありません。
結論からいえば、子どもたちが背中越しに聞いた水音はマドンナ先生殺害事件とは何の関係もなかったのです。
プールに飛び込んだのはお調子者の男子でした。彼はプールの中で息を止めていました。さて、そのあとはどうだったでしょうか?
「もしかしてマドンナ先生が溺れているのでは?」心配した数人の男子がプールに飛び込みます。
最初に飛び込んだお調子者は、それらの男子にまぎれてプールからあがった……タネがわかればどうということもありません。
「いまさら『先生ではなく飛び込んだのは自分です』なんて、とてもいいだせない空気だったんだろうね」
一方その頃、校長は教師用更衣室でもとの服装に着替えていました。彼女は子どもたちが去るのを確認するとプールの裏口を抜けて校長室に戻ります。
そして、そのあとは……
※以下、小説より一部抜粋
…………
「だけど、用具入れに隠してあった遺体はどこに消えたのかな? 放課後に行ったときには、なんにもなかったのよ」
「その前に手早く処理したのだね。なにしろ(校長は)ふだんから花壇をいじっていてもまったく妙に思われないキャラクターだ。リアカーをプールの裏門から乗り入れて、用具入れのマドンナ先生の亡骸を乗せ、ブルーシートを被せる。そしてそのままリアカーは、花壇の横辺りにでも堂々と置いていたかもしれないね」
楓の脳裏に、ある恐ろしいイメージが浮かんだ。
「じゃあ、マドンナ先生の亡骸は――」
首すじがぞくりとする。
「その日の深夜、月明かりの中、校長先生が、花壇の中に埋めたのね」
「そうとしか思えない。そして校長先生は、今も毎日、校長室の窓を拭きながら、亡骸が埋まった花壇を見張っているのだ――いつ、どこへ移そうか、と考え込みながらね」
犯行動機は恋愛事情のもつれ。若い男性教師をとられた校長がマドンナ先生を妬んでの犯行ということになります。
結末
祖父が語った真相では説明できない《謎》がまだ残っていることにお気づきでしょうか?
単刀直入に言うと「捜索願が出されていない事実」への説明が不足しています。
マドンナ先生には父親がいます。彼はなぜ娘の失踪を警察に届け出なかったのでしょうか?
祖父は言います。
「そろそろ、もうひとつの《美しい絵》の話をするとしようかね」
そう、今回も本当の真相解明はここからです。
祖父はマドンナ先生の抱えていたトラブルを人間関係から「金銭上の問題」へと置き換えました。
それにより、父親が捜索願を出さなかった理由が推察されます。
「たとえば、お父さんが負債を抱え、やむなく自己破産したとする。それでも、反社会的な色彩を帯びた悪徳債権業者であれば、けしててをこまねいてはいないはずだ。借金の元金はもちろんのこと、莫大な金利をマドンナ先生に要求したことだろう。なにしろ公務員は連帯保証人としては最適だからね」
マドンナ先生は父親の借金の連帯保証人でした。法外な金利を要求してくる借金取りに困り果てたマドンナ先生は、尊敬する女性校長に相談します。
「マドンナ先生から相談を受けた校長先生は、考えあぐねたあげく、夜逃げを提案したのだ」
そう、マドンナ先生の失踪は校長協力のもと実行された夜逃げだったのです。父親が捜索願を出さなかったのは、彼がその事実を知らされていたからに他なりません。
水泳の授業の終わり際に起きた一連の出来事はほとんど先ほどの推理と同じです。
ラスト20分の自由時間の間に校長は水着に着替えると、正午のチャイムとともに子どもたちをジェスチャーでシャワーへと導きました。お調子者のいたずらによって発生した《人間消失》の騒ぎが収まるのを待って、彼女は校長室に戻ります。
一方、マドンナ先生はラスト20分の自由時間の間にプールの裏門から学校の裏門に抜け、タクシーに飛び乗って駅へ。その後は新幹線で地方都市へと旅立ちました。
マドンナ先生が校舎裏門を通過したのは11時50分頃。かき氷屋さんが裏門に到着するより前の時刻だったため、目撃情報はありません。
……と、真相は以上なのですが、楓はいまいち納得がご様子。
「でも、いくら優しくて行動力のある若い校長先生だとしても、そんな大それた夜逃げ計画を考え付くものかしら」
祖父の回答はこれ以上ないほど明確でした。
「マドンナ先生に相談を持ち掛けられた校長先生は、今でも交流のある《ある人物》にさらに相談を持ち掛けた」
なんのことはありません。今回の夜逃げ計画の立案者は他ならぬ(元校長の)祖父だったのです。
祖父は少ない情報からやけに具体的な真相を語っていました。自分が考えた計画なのですから当然です。
ちなみに、祖父はその人脈によってマドンナ先生の夜逃げ先の職場も確保していました。
めでたしめでたし、ですね。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「ねぇ、おじいちゃん。ひとつだけ教えてほしいんだけど」
「なんだい」
「どうして、わざわざ『プールでの人間消失』なんていう大仰な計画をたてたの。だっておかしいじゃない。単に夜逃げが目的なんだとしたら、深夜にタクシーを待たせておいて、辺境の駅に逃げればいいだけのことじゃない」
すると祖父は、くすくすと笑い始めた。
「そんな物語、面白くもなんともないじゃないか」
「えっ」
楓は、言葉を失った。
そんな。
事件の動機が――「面白くするため」だなんて。
そんな、馬鹿な。
「夏休みを目前に控えた、最後のプール授業。空は、梅雨が明けたばかりで雲ひとつない。うだるような暑さの中、みんなの憧れだったマドンナ先生が蜃気楼のように消えてしまう。それは子供たちにとってみれば一生、誰かに語りたくなる物語になるはずだ。昔も今も、世の子供たちにとって、ひと夏のふしぎな物語にまさる経験なんてないよ」
そのとき――煙草の火が、じゅっと音をたてて消えた。
「あぁ」と祖父は呻き、「水が入ってきた」といった。
幻視だ。
レビー小体型認知症の患者にとって、床が水浸しになる光景は典型的な幻視なのだ。
「そこの埠頭に、マドンナ先生が立っている。その顔は、前向きな思いに溢れている。彼女は打ち寄せる波濤を眺めながら、早く夏になってほしいと願っている。そして、こうも思っている。この島の海岸でなにも悩むことなく、おもいっきり泳ぎたいと」
(島っていっちゃった。債権業者に聞かれたら大変だったわ)
祖父は離島出身者だったマドンナ先生に合わせ、あえてそのふるさとを想起させるような地方の島の小学校を斡旋したのだろう。
楓は、早くも眠りにつこうとしている祖父の体に、そっとブランケットを掛けた。
<おわり>
ストーカーの謎
最後の短編では楓が事件に巻き込まれてしまいます。
タイトルからお察しの通りストーカー被害です。
少し前から無言電話があったり、視線を感じたりしていた楓ですが、とうとうストーカーに拉致されてしまいます。
注射を打たれ眠らされていた楓が目覚めると、そこは祖父の家の居間。
拘束のせいで身体を動かすことはもちろん、声を上げることもできません。
目隠しをされ、猿ぐつわをかまされ、さらに口にはガムテープを貼られている。両手首は後ろ手に縛られ、両膝に加え、両の足首も縛られている。(中略)紐で全身を簀巻きにされているのだ。
ドアの向こうの書斎からは祖父と介護の男性との会話が聞こえてきます。どうにかふたりに助けを求めたいところですが、楓にはどうすることもできません。
そうこうしているうちに、祖父はちょうど「楓のストーカー」について話し始めます。
「実は、孫娘がストーカー被害に遭っていてね」
一連のストーカー被害をふりかえったとき、真っ先に疑問に思うのは「なぜ楓の電話番号を知っているのか?」という点です。
もちろん、いろんな可能性が考えられるでしょう。
しかし、最も簡単にそれを知ることができる方法といえば……
「この世には、楓の連絡先が黒々と大きく書かれてある場所がひとつだけある。X(ストーカー)は、それを誰はばかることなく堂々と見て覚えたのだよ。すなわちその場所とは――そら。そこの壁に貼ってある、緊急連絡先の紙だ。ぼくのように自宅で要介護状態にある人間の周りには、必ず緊急連絡先を記したメモなりボードなりが貼られてあるものだよ」
楓の両親はすでに他界しています。楓にとってそうであるように、祖父にとって楓は唯一の家族です。だから緊急連絡先には楓の電話番号が記載されています。
犯人がその緊急連絡先を見たのだとすれば、
「つまりXは、この家に出入りしている人物のひとりなのだ」
解決編
祖父の家に出入りしている人物といえば介護をお願いしている方々です。
楓と祖父は彼らのことを親しみを込めたあだ名で呼んでいるのですが、その中で男性といえば、
- 理学療法士の《ソフトクリーム屋さん》
- 言語聴覚士の《親バカさん》
この二人に絞られます。
ソフトクリーム屋さんは若くて体力のある青年です。実家のソフトクリーム屋を手伝いつつ介護の仕事をしています。
一方、親バカさんは還暦を過ぎた好々爺です。軽快なおしゃべりが得意で、いつも決まって娘さんの話題を口にします。
では、いったいどちらが楓のストーカーなのでしょうか?
考慮すべき材料として、ストーカーはかつて体力自慢の岩田先生に追いかけられたとき、走って逃げきっていました。
年齢に加えて心臓を患っている親バカさんというよりは、重いミルクタンクを軽々と扱うソフトクリーム屋さんのほうがイメージに近いと言えるでしょう。
「理学療法士はそもそも恐ろしく体力を使う仕事だ。体重が重い患者さんから全身を預けられることも珍しくない。となるとXの正体は――もう自明の理だよ」
隣室で祖父の論理を聴いていた楓は、ストーカーからバニラの匂いが漂っていたことを思い出していました。
それはいつもソフトクリーム屋さんが身にまとっていた匂いであり、つまり祖父の推理を補強する材料です。
ストーカーの正体が論理的に暴かれた――楓が戦慄とともに納得したその時でした。
「悪いがね――煙草を一本くれないか」
恒例の決まり文句は「ここからが本番だ」という合図に他なりません。
なんとなくもうお察しのことかと思いますので先に結論から申し上げると、ストーカーの正体は親バカさんのほうだったのです。
一方、こちらはお伝えするのが遅くなりましたが、祖父がストーカーについて論じている相手はまさにその親バカさんです。
祖父は犯人を目の前にして、臆することなく真相に至った理由について語り始めます。
まず最初に、逃げ足の速さについて。
「ぼくはだいぶ前から親バカさん、君のことを陸上経験者だと踏んでいるのだがね」
突然ですが「十種競技」と声に出して読んでみてください。
………。
……。
…。
おそらくあなたは(もちろんわたしも)「じゅっしゅきょうぎ」と読んだのではないでしょうか。
ところが、親バカさんが以前、雑談の中でその言葉を口にしたときは「じっしゅきょうぎ」とはっきり発音していました。正確な読み方は陸上経験者ならではといえるでしょう。
状況証拠そのいち、です。
続いて状況証拠そのに。
「今日もそうなのだが――なぜ君の口からはバニラの甘い匂いが漏れているのかね」
祖父の推理はこうです。
親バカさんがストーカーなら陸上経験者というだけでなく、今もそこそこ鍛えているはずで、つまりバニラの匂いは……
「プロテインを飲んでいるからだよ。バニラ味は随分と人気があるそうだね」
他にも楓のスニーカーを見て「いいシューズをお履きなんですね」と言っていたり、親バカさんの言動には陸上経験者らしさが見え隠れしていました。
とはいえ、これらはどこまでいっても状況証拠にすぎません。
祖父はもっと決定的な証拠について話を進めます。
楓が祖父の家の鏡台で髪をとくのに使ったヘアブラシ。そこに(ゴミ箱にも)楓の髪の毛が一本も残っていないのは、ストーカーが持ち帰ったからだと考えられました。
そこで祖父は……
※以下、小説より一部抜粋
…………
「何回かに分けてヘアブラシの指紋を採ってみたのだ。余り知られていないことだが、鏡台の中にあるものを使っただけで、意外と簡単に指紋というものは採れるものなのだよ。耳かきの梵天にファンデーションを付けて、ヘアブラシの持ち手部分に優しくちょんちょん、と当てる。そこにセロファンテープを慎重に貼れば――指紋が浮き出てくるという寸法だよ」
「よく分からないなぁ。ヘアブラシの指紋がどうだっていうんですか。私の指紋が出てきたとでもいうんですか」
「逆だよ」
「――逆?」
「日をおいて何度試してみてもヘアブラシからは楓ひとりの指紋しか出てこなかったのだ。理学療法士さんは素手だから、ブラシを触れば指紋が残るはずだね。つまりXは――この部屋にいるときに手袋を付けている、ただひとりの人物ということになる」
「こういうやつですか」
「そう、そういうやつだ。楓のストーカー、Xは君だよ」
「そうそう――君はそもそも《親バカさん》じゃない。君には娘などいない。やたらと娘さんの髪の毛の美しさを自慢していたが、あれは楓の髪の毛を褒めていたのだ」
結末
祖父は見事にストーカーの正体を突き止めてみせましたが、状況としてはどうでしょう。年齢を感じさせない力強さを誇るストーカーと相対しているのは要介護の老人です。
祖父ではストーカーに太刀打ちできず、楓を連れ去られてしまうのではないでしょうか。
腕力に訴えればどうとでもなると考えているのでしょう。ストーカーは正体を看破されてもなお余裕の表情を浮かべています。
一方の祖父はというと、こちらも表情に緊張の色は見てとれません。
賢明な祖父はもちろん先んじて手を打っていました。
「そろそろ警察がやってくる時間なのだよ」
さすがおじいちゃんだ――楓は心から安堵しましたが、続く祖父の言葉を耳にしたとたん一転、愕然とすることになります。
「たまたま香苗が来ていてね――君がXだという話をしたら随分と驚いていたよ。それで、すぐに警察を呼ぶように伝えたのだ」
ああ、なんということでしょう! 香苗というのは祖父の娘……つまり楓の母親です。彼女は27年前、結婚式当日に不審者に刺されて亡くなっています。
つまり、祖父が通報を頼んだ香苗は幻視であり、いくら待っても警察は到着しません。
楓は心の中で嘆きました。
(あぁ。そんな。そんな馬鹿な。ここまで圧倒的に知的だったのに。やめて、おじいちゃん。哀しすぎるよ、そんなの。お母さんは……お母さんは!)
一方、ストーカーは思わず笑みをこぼします。
警察はこない。それなのに亡き娘の幻を信じて堂々としている祖父の滑稽なこと!
とうとうストーカーは堪えきれずに声を上げて笑い出すと、哀れな老人に残酷な真実を突きつけました。
「この際はっきり教えてあげましょう。香苗という人間はそもそももうこの世にいません。二十七年前の結婚式の日、私がこの手で香苗を殺したんです。あのひどい裏切り女をね……だから残念ながら警察は来ません」
なんとストーカーの正体は香苗を手にかけた殺人犯でした。裏切りうんぬんは勝手な妄想です。彼はかつて香苗のストーカーでもありました。
そして憎き犯人は時を超え、いままさに母の面影を宿す楓をその毒牙にかけようとしています。
「最近、香苗そっくりになってきた楓のことですけど……あぁいうのを生き写しっていうんでしょうね。あそこまで似てくると私だって自分を制御できませんよ。(中略)あいつさえおとなしくしてくれていれば大切にするつもりです。なにしろ私のことを結局は愛しているんでね。まぁ安心して先に死んでくださいよ」
万事休す――このまま最悪の事態を迎えるかと思われたそのときです。楓の耳に体が倒れたような物音と、「ひぃ」というストーカーの悲鳴が飛び込んできました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「い、痛い。腕が……腕が折れる!」
「ヴィクトリア朝の英国で流行した日本の柔術だよ。ホームズは《バリツ》と呼んでいたそうだがね――彼がこの《腕がらみ》を会得していたかどうかはさだかではない」
「ジジイやめろっ。あとで泣きをみるぞっ」
「逃れようとしても無駄だ、完全に極まっているからな。今日のように体調のいい日は、昔とった杵柄が余計に役に立つ」
「能書きはいいから離せっ……殺されたいのかっ」
「あがけばあがくほど苦しいぞ。さて、岩田先生。首尾はどうかな」
窓が派手に割れる音と同時に、岩田の声がした。
「はい! すべて録音できました!」
(中略)
Xの声は、嘆願調に変わっていた。
「た、頼む。やめてくれ」
「そうはいかん。まずはしっかりと、ぼくの説明を聞いてくれないことにはね」
祖父の声は、腕を逆手に取り続けているとは思えないほどに力強かった。
「ぼくも、香苗が幻視の産物かもしれないとの疑念は持っていた。そこで楓が来るたび『今日も香苗とは入れ違いだったよ』などと声を掛けてその表情を窺っていたのだが……無理に笑っている彼女を見て、やはり――と思ったそうなると、緊急連絡先に香苗の電話番号がないという事実は、恐ろしい過去を示唆していることになる。さらにもっと想像を広がらせるならば、Xは二代続けてストーキングしていた、という可能性も否定できなくなってくる。だがね……やはり人間とは弱い生き物だよ」
「ウダウダうるせぇな。いいから離せっ」
「今日もぼくは、いつものように香苗が来てくれると思っていた。そして実際に現れた彼女に警察を呼んでくれるよう頼んだときには、これで落着だ、との思いを捨てきれなかった。哀しいことではあるが彼女が幻視である可能性を考えて、四季くん(※後述)と岩田先生にも来てくれるようにお願いしていたのだがね。どうやら香苗が実在するかどうかの問題については」
祖父が一瞬だけ、言葉に詰まった。
そこにはほんの少しだけ、涙の気配があった。
「実在するかどうかの問題については、議論の余地はなさそうだ。さて――ぼくには今、ふたつの物語のどちらかを紡ぐ権利がゆだねられている。ひとつめは――君の腕をこの場でへし折る、という物語だ」
「物語? なにを気取ってんだジジイ。やれるもんならやってみろ」
Xが苦しそうな声色のまま、虚勢を張った。
だが、まるで祖父の耳には入っていないようだった。
「そしてもうひとつは――意志の力で、恨みには流されないという物語だ。ただでさえぼくの知性は、日一日と失われつつあるのだ。君の腕を折ったら……それはもう、ぼくではない」
祖父は、毅然とした口調でいった。
「ぼくには、折れない――」
そして、迷いのない声で続けた。
「ぼくは、折らない」
なお、このあと岩田先生がストーカーをボコボコにしてくれました。
「これは、おじいさんのぶんだっ」「そしてこれは――これは、俺が大好きな人のぶんだっ」
エピローグ
いまさらながら『名探偵のままでいて』はずっと推理ばかりしている物語ではありません。
観劇やジョギングなど、楓の日常の一コマも描かれています。
そんな楓の休日にはいつも二人の男性が登場していました。
ストーカー退治にも協力してくれた岩田先生と四季くんです。
ふたりとも当記事中ではめちゃくちゃ影が薄くなってしまったので、軽く紹介させてください。
岩田先生は楓の同僚で、子どもたちからも人気のある先生です。年齢は楓と同い年の27歳。体力自慢の体育会系らしく、不器用ながらもまっすぐな性格をしています。
作中では岩田先生が天涯孤独の身の上であり、児童養護施設出身であることが明かされます。いまでも施設に顔を出しては「お兄ちゃん」として子どもたちの面倒を見ている岩田先生は、絵に描いたような好青年だといえるでしょう。
※祖父しか家族のいない楓と近しい境遇であるところもポイントです。
一方、四季くんはきれいな長髪の中性的なイケメンです。岩田先生の後輩という縁で楓と知り合います。職業は劇団員(座長)
四季くんは楓と同じ(あるいはそれ以上の)ミステリマニアです。ひねくれた性格のためミステリを批判するような口ぶりで語りますが、よくよく聞いてみると相当に造詣が深いことがわかります。
さて、なぜ物語のラストになって登場人物紹介などしているかというと、もちろん必要な手順だからに決まっています。
岩田先生も四季くんも、楓に好意を持っています。
岩田先生はストーカーをこらしめるどさくさでなんか言っちゃってましたし、四季くんはめちゃくちゃストレートに告っていました。
「楓先生。僕は初めて逢ったときから、ずっと、あなたのことが好きです」
一方、楓はというと母親の事件のせいでながらく男性が苦手だったのですが……
※以下、小説より一部抜粋
…………
「わたしね、初めて、好きなひとができちゃったかもしれないんだ」
祖父は、スローモーションのようにゆっくりと相好を崩していった。
それは、ここ何年もみたことがない、どびっきりの笑顔だった。
まるで十歳は若返ったようだ。
「そうか」
ややあって、噛みしめるように、同じ言葉をくりかえした。
「そうか」
祖父は、また桜の芽に目をやった。
「それは大変な難事件じゃないか」
チャーミングな笑みをたたえたまま、高い鼻に指を添える。
「ふたりとも好青年だからね。『女か虎か?』(※後述)――ぼくが楓だったとしても大いに悩むところだよ。でも、そんな大事な話をぼくが聞いてもいいのかい」
「わたしがおじいちゃんに聞いてもらいたいんだ。相談に乗ってもらいたいんだよ」
すると祖父はまた嬉しそうにつぶやいた。
「そうか」
そして――
やはり、あの言葉を口にした。
「楓。煙草を一本くれないか」
<おわり>
小西マサテル『名探偵のままでいて』を読みました❗️
『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作🎖️
孫娘の語る日常のふしぎ事件を、祖父が安楽椅子探偵さながらに解決していきます。ただし、おじいちゃんは認知症患者でもあり……心温まる良作でした。⬇️あらすじと結末https://t.co/J1yMSgLG0p
— わかたけ@小説読んで紹介 (@wakatake_panda) January 29, 2023
【補足】女か虎か?
ミステリの世界には、結末がないまま終わってしまう『リドル・ストーリー』というジャンルがあります。日本語なら謎物語もの、ですね。
その代表作が古典『女か虎か?』
四季くんの語りであらすじを見てみましょう。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「ある国に、王様のひとり娘の王女と禁断の恋に落ちた若者がいました。でもこれが王様の知るところとなり、若者は恐ろしい裁判にかけられてしまうこととなります。超満員に膨れ上がった円形闘技場――そこにはふたつの扉があり、若者はそのどちらかの扉を開かねばなりません。一方の扉の向こうにはその国いちばんの美女がいて、こちらを選べば罪を赦され、彼女を花嫁に迎えることができます。ところがもう片方の扉の奥には、その国でいちばん獰猛な飢えた虎が待ち構えているんです。若者はすがるような想いで観客席の王女をそっと見ます。そう……王女は答えを知っていたんです」
(岩田)「面白いじゃないか……それでぇ?」
「王女は耐え難い葛藤に苦しんでいました。当然、恋人を虎に食べられたくはありません。かといって、彼が自分よりも美しい女と結婚するのも許せない。王女は迷いに迷ったあげく、ついに決断をくだします。そして、ひそかな手の動きでそっと片方の扉を指し示したんです。さて――」
四季はいったん言葉を切ってからいった。
「扉から出てきたのは女だったのでしょうか? それとも虎だったのでしょうか? この作品は、読者にこう問いかけたまま終わるんです」
…………
『名探偵のままでいて』のラストは『女か虎か』ならぬ『岩田か四季か』です。
楓がどちらを選んだのかは……あなたの想像にゆだねられています。
まとめと感想
今回は小西マサテル『名探偵のままでいて』のあらすじネタバレ解説をお届けしました。
純粋に「おもしろい!」と思ったのは『居酒屋』『プール』に見られた二重底のような謎解きパートです。
推理が終わったと思ったら同じ材料でまったく別の真相が料理されていく……一粒で二度おいしいというか、「お楽しみ」である謎解きを二倍楽しめたような満足感がありました。
一方で選評には、
ミステリ部分に関してはやや弱く、居酒屋の密室の真相などは不自然
といった厳しい指摘もあり、実際読んでいても「それはちょっとズルじゃない?」という論理があるにはありました。
とはいえ、全体のおもしろさを損なうほどではありませんし、楓や祖父といった登場人物の魅力の前ではささいなマイナスにすぎません。
楓と祖父の間に漂う温かな空気は読んでいるだけで「ほっこり」とさせられますし、最終章ではお互いの心の内がより鮮明に描かれていて涙腺が刺激されました。
- 読みやすく雰囲気がいい
- 登場人物が魅力的
- ひねりのある謎解き
総合的には「これぞ令和のエンタメ短編ミステリだな」と大満足でした!
『名探偵のままでいて』に収録されている短編は6つ。今回割愛した残り3つの短編もおもしろかったので、ぜひお手に取って確かめてみてください。
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先程 作品を読み終えて 最後、楓は岩田と四季のどちらを好きになったのだろうと自分なりに推理してみました! 私は楓が好きになったのは(恋したのは)四季だと考察します。何故なら、P275ページの『岩田先生には、たくさんの“おとうと”や“いもうと”がいるのだ』そしてーーわたしにも、と思う。(わたしにもおじいちゃんがいる)そして…そして…と 続く心の声は、四季だと思うからです。通常〜には、…が有る。と言う【は、】文脈の後に続くのは、私にも、あなたではない別の何かが有ると言う意味合いが含まれて居ることが多くて、更に、直前に四季との眼が合わせられない情景が述べられており、女性は恋をして(自らの気持ちに気づいて)意識すると相手の眼を見つめるのがドキドキして出来なくなる事が有る事と、そして…の後に楓が、顔を赤らめるところから、楓は、男性として四季を意識して居ることが伺えます。想うに楓は、岩田も楓もどちらも好きだけれど、岩田のことはおじいちゃん、お兄ちゃん的な、意味合いの家族のような愛情を感じて居るのに対して、四季への描写は、男女(女性に始めは見えたのに、後から男性的なところに気づく所など)異性を感じさせる描写が、所々に散りばめられて居ることも楓が四季を異性として意識して行く様があえて伏線で描かれているのだと思います。また後に洞察力が優れて居ると言うことが解る岩田が、物語の初めのp115ページで楓に四季のことを、「変人中の変人だから、こいつのことなんて、絶対好きになっちゃいけませんよ」まだ四季への恋心を自覚していない楓に岩田の方が先に気づいて、言って居ることも伏線となって居るのだと想うのです。 また、天涯孤独を恐れずタンポポ色の髪をした少女が、好きなひとに逢いに行く話しの下りで、同じくおじいちゃんと四季にとってもタンポポ娘である楓が、p258で『今日はあなた』とお互いに言い四季と言いて泣いている事は、とても重要なシーンなのだと思います。上記の理由から楓は、異性として好きになったのは、四季だと私は考察したのですが、ぱんださんは、どうラストを感じたでしょうか?
本を読んで感動して語り合いたくなって、ぱんださんの記事がとても素敵だったので語り合いたくて突然のコメント長文失礼しました!
>みゆさん
熱のこもった考察ですね!
この小説を読んだ人は誰もが「岩田か四季か」に思いを馳せることになるでしょうが、みゆさんは根拠となる文章を踏まえて推察されていて素晴らしいと思います。
わたしはといえば、読了時にパッと頭に浮かんだのは岩田でした。これは直感的なもので、いまにして思えば楓と祖父という「家族」を意識させる場面に引っぱられて、お兄ちゃん的な愛情とみゆさんが表現された岩田を思い浮かべたのかもしれません。
岩田も四季もそれぞれ魅力的な人物ではありますが、その方向性は前者が「家庭的な、安心する」であるのに対して、後者は「異性的な、ドキドキする」だと感じました。これまで男性が苦手だった楓がほとんど初恋のような気持ちで「好きな人ができた」と言ったのなら、その相手はやはり四季であるほうが自然なように思われます。
とはいえ、完全に四季一択というわけではないのが悩ましいところですね。これが少女漫画なら「9:1」くらいで四季に軍配が上がるのでしょうけれど、楓は少女漫画のヒロインより年上です。しかも家族を強く意識した作品であるとなれば、良きパートナーとしての像という点では岩田が選ばれる可能性も十分にあり得るでしょう。
総合すると「楓は四季を選んだような気がするけど、岩田も応援したくなっちゃうね」というのがわたしの感想です。考察というより想像になっちゃいましたが、こうして作品の感想を語りあえて楽しかったです。
ぱんださんの感想を拝見して、私も嬉しくて微笑みました!なんだかぱんださんと、語り合えて共有できて嬉しかったです。ありがとうございました(*´ω`*)