「やっぱり東野圭吾ってすごいんだな…」とため息をついてしまうほど緻密で鮮やかなトリックと伏線回収。
魅力的なキャラクターと、いろんな意味で気になる人間関係。
今回は小説「マスカレード・ホテル」のあらすじネタバレをお届けします!
予想不可能!? まさかの犯人と結末とは!?
Contents
あらすじネタバレ
都内の一流ホテル「コルテシア東京」
そこで働くベテランフロントクラークの山岸尚美は、支配人・藤木の言葉に困惑していた。
「都内で3件続いている連続殺人事件。次の犯行はこのホテルで行われる。事件を未然に防ぐため、警察がホテルの人間に化けて潜入することになった。君にはフロントに潜入する捜査官の指導と補助を頼みたい」
正直、無理だと思った。
ベルボーイやハウスキーパーならともかく、お客様と接するフロントクラークが素人に務まるはずがない。
何かお客様に失礼でもあれば、ホテルの評判に関わってしまう。
…とはいえ、恩人でもある藤木の頼みを断るわけにもいかない。
仕方なく尚美は教育係を引き受けた。
フロントに配置されるのは警視庁捜査一課の若き刑事・新田浩介。
優秀だがプライドが高すぎるのが玉に瑕。
刑事らしい鋭い目つきは、どう見てもホテルマンのそれではなかった。
一方、その新田は事件について考えていた。
今回の事件には不可解な点が多い。
被害者にも犯行方法にも共通点はなし。
一見しただけでは、誰も3つの事件が同一犯による犯行だとは思わないはずだ。
…あの暗号さえなければ。
【第一の事件】
45.761871
143.803944
【第二の事件】
45.648055
149.850829
【第三の事件】
45.678738
157.788585
2つセットで記された謎の数字の羅列。
その謎を解き、次の犯行場所がこのホテルだとわかったまではいいが、容疑者も次のターゲットも不明。
ひとりフロントに配置された自分の任務は、怪しい客がいないか目を光らせておくことだ…。
真逆の2人
ホテルマンとしての業務はおざなりでいいと考えていた新田に、尚美は強気な態度で次々に注文を入れた。
歩き方、姿勢、髪型、表情。
一流ホテルにふさわしいフロントクラークを急ごしらえするため、尚美の新人教育に熱が入った。
最初こそ反発していた新田だったが「そのままだと刑事丸出しです。犯人に気づかれたら意味なくないですか?」という尚美の指摘には筋が通っている。
それにお客様のことを何よりも優先して考え、手際よくトラブルに対処していく尚美の仕事ぶりには素直に感心させられる。
例えば、こんなことがあった。
片桐瑶子という視覚障碍者の老婆が泊まりにきた時、新田はすぐに「あの老婆は実は目が見えるのではないか?」と気づいた。
老婆は尚美を指名して部屋を変えさせたり、何かと注文をつけてくる。
視覚障碍者だというのなら、常に手袋をしている点も怪しい。
新田は片桐が何か企んでいるのではないかと忠告したが、尚美は「視覚障碍者のふりをすることは別にホテルのルールに反しないから」と丁寧に接客を続けた。
結果的に、やはり老婆の目は見えていた。
盲目なのは彼女の夫であり、今度一人で上京するという夫のために、彼女は盲目のふりをしてホテルの下見をしたのだ。
部屋を変えさせたのは霊感が強い夫が同じことを言いだすかもしれないから。
手袋を外さなかったのは手に火傷の跡があるから。
老婆は尚美の真心のこもった接客に満足して帰っていった。
新田は「ホテルにはいろんな客が来るんだな」と認識を改めつつ、尚美が一流であることを認め、ホテルマンとしての業務にも真剣に取り組み始めた。
一方で、尚美もまた刑事としての新田の能力に感心していた。
尚美でも見抜けなかった客の悪事を、新田は瞬時に見抜いてみせたのだ。
最初は不承不承引き受けた指導・補助の立場だったが、今はそれほど嫌ではない。
いつしか尚美は新田のことを信頼するようになっていた。
暗号の秘密
犯人は何故ホテルを次の犯行現場に選んだのか?
もし、犯人が客室で凶行に及ぶつもりなら、一番容易に客室に入り込めるのはホテルの従業員だ。
ならば犯人は…内部の人間か?
疑いを抱いた新田は、尚美の協力を得るために極秘事項である暗号の秘密を教えることにした。
2つセットになった数字の羅列。
その数字の正体は「次の犯行場所を示す緯度と経度」
ただし、それだけではさすがに簡単すぎる。
実際、第一の事件に残されていた緯度と経度が示しているのは北海道あたりであり、都内で起こった第二の事件にはつながらない。
鍵となるのは犯行日時。
緯度と経度から犯行日時をマイナスすることで、正しい次の犯行場所がわかるようになってたのだ。
【例・第一の事件が起こったのは10月4日】
45.761871-10=35.761871
143.803944-4=139.803944
第一の事件に残されていた暗号を解くと、第二の事件の犯行現場が現れる。
そうして、第三の事件の暗号が示していた第四の事件の犯行現場こそ、このコルテシア東京だったというわけだ。
新田は極秘の情報を教えたかわりに、内部の人間にも目を光らせてほしいと頼む。
尚美は憤慨して新田への協力を拒否したが、それも新田の目算通り。
ああして言っておけば、ホテルのことを第一に考える尚美は自然と内部の人間の様子に目を配ってくれるはずだ…。
怪しい客たち
犯人を警戒する中、コルテシア東京には次々とやっかいな客が現れる。
安野絵理子は「この写真の男だけは絶対に追い返して」と言っておきながら、実は男の妻だった。
宿泊客の情報、特に客室の位置を第三者に教えることはないというホテルのルールをかいくぐるため、わざと追われているをしていたのだ。
結果的に、絵理子は夫の部屋を特定することに成功し、夫の浮気現場を目撃することになる。
ストーカーが宿泊することになったと焦って絵理子に夫の部屋番号を教えてしまった尚美のミスだった。
「しかし、お客様もいろいろと絞ってくるものだな」
「そうですね。前にもこんなことがありました」
尚美は一年ほど前、冬の出来事を思い出す。
ある女性が宿泊している男の部屋番号を教えてほしいと言ってきた。
彼女はニューヨークから帰国したばかりで、サプライズで彼氏を驚かせたいのだという。
尚美は心苦しく思いながらも、女性には黙って宿泊している男に確認を取った。
すると、男は「そんな話はでたらめだ。追い返してほしい」という。
尚美は「そのようなお客様は宿泊しておりません。予約は入っていましたがキャンセルされたようです」と伝えるが、女性もなかなか諦めない。
ついには「普通に泊まるから部屋を用意してほしい」と言い出したが、尚美は「あいにく今日は満室で」と頭を下げて拒否。
女性はホテルに泊まることを諦めて去っていった。
もしかしたら外で男が出るのを見張っていたのかもしれないが…ホテルの外のことまでは手に負えない。
逆に言えば、ホテルの中にいる限りお客様を守って見せるというのが、尚美の信念だった。
次のやっかいな客は、新田を知る男。
その男・栗原健治は最初から新田に目をつけており、何かとクレームをつけては新田を困らせようとしてきた。
明らかに新田に恨みのある様子だが、新田は男の正体を思い出せない。
刑事というのは、どこで恨みを買っているかわからない仕事だ。
いや、刑事に限らず、善意からの言動が人の恨みを買ってしまうことだってあるだろう。
例えば、優秀なフロントクラークである尚美でさえ、客から恨まれている可能性はゼロではないのだ。
…結論から言えば、栗原は新田が高校生だった頃、教育実習に来ていた男だった。
当時、新田は友人の悪戯に巻き込まれる形で、栗原に恥をかかせたことがあった。
栗原はそのことを今でも覚えていて、たまたまホテルで見かけた新田に仕返しをしてやろうと考えたのだ。
栗原の狙いは新田に手を出させてクビにさせることだったが、新田は怒りをこらえて、あくまで一流ホテルのフロントクラークとして丁寧に対応した。
結果、最後には栗原の方が根負けし、新田に謝罪して帰っていった。
「御苦労様でした。まさしくプロの仕事ぶりでしたよ」
「犯人の取り調べより緊張しました。あー、参った」
栗原から受けた数々の嫌がらせが思い出される。
新田に丸投げした膨大な雑用をサボらせないよう、栗原は電話を使ってちゃんと本人が作業しているか確認までしてきたのだ。
…電話?
その瞬間、新田の頭に閃くものだった。
捜査進展
今回の連続事件の不可解なところは、それぞれの事件に有力な容疑者がいることだ。
例えば、第二の事件。
被害者・野口史子は最近新たに2つの生命保険に加入している。
保険金の受け取り人は夫である野口靖彦。
会社経営に行き詰った夫に多額の保険金…怪しすぎる。
しかし、靖彦には他の事件とのつながりを見いだせない。
第一の事件の被害者・岡部哲晴は会社の経理を任されていながら会社の金を巧みに横領していた。
岡部が亡くなって都合のいい人物がいるとすれば、岡部と一緒に横領していた人物という可能性が高い。
そこで新田が目をつけたのは岡部と同じく経理を担当していた手嶋正樹。
新田の刑事の勘は「手嶋はクロ」だと囁いてきたが、手嶋にはアリバイがあった。
犯行時刻に元カノである本多千鶴からの電話を受けていたのだ(手嶋は家の固定電話で通話している)
その事実は千鶴と一緒の部屋にいた友人・井上浩代も確認している。
…『電話』
栗原の嫌がらせからヒントを得た新田は、手嶋のアリバイ工作について閃いていた。
前提として、手嶋と井上が共犯だったとする。
井上が千鶴に「電話してみなよ」とけしかけたのなら、千鶴からの電話は偶然ではない。
それならば、次のような手順を踏めば犯行現場にいながらアリバイをつくれるはずだ。
「まずは手順その1。井上浩代は本多さんの部屋へ行き、隙を見て携帯電話に登録されている手嶋の番号を別の番号に書き換えます。一方、手嶋はその番号の電話がある場所で待機しています。この場所というのは、第一の犯行現場である品川の近くであると思われます」
「次に手順その2。本多さんが手嶋との電話を終えた後、井上浩代は再び隙を見て、先ほど変更しておいた手嶋の番号を元に戻す。さらにその状態で発信します。その時間に、本多千鶴さんのケータイから手嶋の部屋に間違いなく電話がかけられた、という通話記録を残すためです。おそらく手嶋の部屋の電話は、留守番電話になっていたのでしょう」
「そして最後に手順その3。本多さんが手嶋と話した際の発信履歴を携帯電話から消しておく。これで完了です」
新田の推理を聞いていた品川警察署の刑事・能勢は「ははあ、なるほど…」と唸った。
さっそく新田の推理を裏づけるための捜査に向かう。
能勢は事件解決のため、新田をサポートする役割を自任している所轄の刑事だ。
一見冴えないおっさんという風体だが、同僚の話によればなかなかの切れ者らしい。
いずれにせよ、ホテルから動けない新田に代わって足で捜査を進めてくれる能勢は新田にとってありがたい存在だった。
驚きの新事実
手嶋と井上の件は捜査本部で正式にマークすることになった。
だが、これで事件が一気に解決に向かったかというと、実はその逆。
事件全体の捜査が進んだことにより、新たな事実関係が見えてきたのだ。
『犯人は複数いて、やりとりを行っていた。1人の人物の犯行に見せかけるため、現場に共通する暗号を残していた』
ある意味、この事件の本質はシンプルなものだった。
第一の事件の容疑者は手嶋(共犯に井上)
第二の事件の容疑者は被害者の夫である野口靖彦。
※第三の事件の容疑者はこの時点では見つかっていない
犯人たちはいわゆる闇サイトで出会った見ず知らずの他人同士であり、お互いの本名すら知らない。
どうりでそれぞれの事件に共通性が見つからないはずだ。
それぞれの犯人たちをとりまとめていたのは『X4』…つまり、ホテルで起こる4つ目の事件の犯人となる人物。
一連の事件の黒幕ともいえる『X4』を逮捕しない限り、この事件は終わらない。
『X4』を確実にホテルで捕えるためには、警察がホテルを警戒していることを『X4』に悟られてはならない。
そこで、警察はこれまでの事件の容疑者の逮捕を保留(警察がまだ同一犯の犯行を疑っていると思わせるため)
また、この新事実についてホテル側に伝えないことにした(伝えればホテル側がマスコミ発表してしまいかねないため)
…とはいえ、警察はこれで完全に真犯人の手がかりを失ったことになる。
これまでの事件の関係者リストは、もはや無用の紙切れになってしまった。
性別、年齢、犯行手段、動機、標的、犯行日時…次の事件に関しては、犯行場所以外のすべてが不明。
…こんな状況で、どうやって犯人を見つければいいというのだろうか?
犯人の影
ブライダル係にかかってきた一本の電話。
とある挙式の進行について尋ねてきたその電話は、どう考えても怪しいものだった。
挙式を妨害しようとする人間がいるのは珍しいことではないが、今は時期が時期だ。
新婦に確認を取ると、実はストーカー被害に酷く悩まされているのだという。
…もしや、そのストーカーこそが『X4』なのだろうか?
警察は週末に控える高山佳子の結婚式に狙いを絞り、『X4』を警戒することに決めた。
一方、新田はその警備から外されて不満顔。
ストーカーが『X4』だとは限らないし、フロントで不審者をチェックする新田の任務は継続されなければならない…理屈はわかるが、ひとりだけ仲間外れにされたような疎外感を感じる。
手嶋の件のトリックを暴いたのは自分なのに、これでは手柄のあげようもない。
そもそも例の新事実について知らされたのだって、新田が最後だったのだ。
近頃すっかり尚美と打ち解けている新田が、ホテル側の人間である尚美に極秘事項を明かしてしまわないように…どうにも気に食わない采配だ。
そんなこんなで新田はすっかり意気消沈。
この頃は1人でも完璧にフロントクラークの仕事ができるようになっていたのに、その仕事にも身が入らない。
だから、新田がうっかり口を滑らせてしまったのは、そういう理由からだった。
そう、よりにもよって新田は誰よりもホテルのことを第一に考える尚美に事件の構造を漏らしてしまった。
もうすべてを話したうえで口止めするしかない。
新田は天井を仰ぎ見た。
新田浩介と山岸尚美
新田は辺りに人気がないことを確認して、尚美に事件の構造について説明した。
当然、命令違反だ。
だが、尚美をごまかすことができたとも思えない。
事情を言い含めて、新田は尚美にこの極秘事項を口外しないように頼んだ。
しかし、尚美の反応は予想通り。
「大事なお客様である高山佳子を囮にするような作戦には賛同できません。支配人にこのことを報告してマスコミ発表してもらいます」
…終わりだ。
新田は懸命に尚美の説得を続けたが、お互いの意見は平行線をたどるばかり。
「X4を逮捕するには、これしか方法がないんです」
「そんなこと、当ホテルには関係ございません」
「あなただから話したんだ。捜査上の秘密を口外するような人じゃないと思ったから、すべて打ち明けたんです」
「見損なったとおっしゃりたいならそれでも結構です。いつもなら私だって、捜査上の秘密を軽々に漏らしたりはしません。でもその秘密がお客様や従業員を危険に晒すとなれば話は別です」
尚美の決意は固い。
「次の土曜日っ!それまで待ってもらえませんか。例のストーカーが『X4』かもしれない。すでにそのための特別警備計画が練られているんです」
「…新田さんが手柄を立てるチャンスを、あと一回だけほしいということですか?」
冷淡ともいえる口調の尚美の言葉。
新田は首を横に振る。
「たとえその男が『X4』で、無事に逮捕できたとしても、俺の手柄になんかなりません。俺はこの警備計画には参加していませんから。でも、だからといって計画が失敗すればいいとは思っていません。自分の手で捕まえたいというのが正直な気持ちですが、それが叶わないのなら、せめて誰かに捕まえてほしいと思っています」
尚美は少し考え込む。
「…新田さんは、縁の下の力持ちという柄ではないと思っていたんですけど」
「嫌ですよ、本音を言えば。でも悪を逃がすのは、もっと嫌なんです」
新田は頭を下げた。
「お願いです。土曜日まで待っててください。高山さんのストーカーが『X4』でなかった場合には、あなたの好きにすればいい。でもそれまでは、黙っててもらえませんか。お願いします」
深く頭を下げた状態で新田は静止した。
山岸尚美が翻意してくれることを祈った。
だが彼の耳に聞こえてきたのは、ごめんなさい、という言葉だった。
顔を上げると、歩き去る尚美の後ろ姿が見える。
…終わりだ。
新田は放心状態になった。
あれから何分経ったのだろう?
気がつけば、そこに尚美がいた。
「もう行ってきたんですか。総支配人室に」
尚美はため息をつき、黙って小さくかぶりを振った。
「どうしてですか」
新田の質問に、尚美は口元を緩めて答える。
「だって、待ってくれと言ったのは新田さんじゃないですか。だから待つことにしたんです。土曜日まで」
理由を知りたかったが、訊かない方がいい気がした。
ひと言、ありがとうございます、とだけ言った。
「でも忘れないでくださいね。もしそれまでに何かあったら、私は辞めます。このホテルだけでなく、ホテルで働くこと自体を辞めます。その覚悟をしています」
「俺も刑事を…警察官を辞めます」
尚美は小さく頷くと、いつも通りの様子で滑舌よく言った。
「では新田さん、職場に戻りましょう」
新田の推理
そもそも、なぜ『X4』は犯行手段を統一しなかったのか?
一連の事件が別人によるものだと発覚したのは野口のPCにメール履歴が残っていたからだが、そんな初歩的なことを『X4』がカバーしていなかった点も腑に落ちない。
まるで『X4』は犯人が別々にいることがバレてもいいと思っているような…。
そこまで考えて、新田は一つの仮説を組み立てた。
『X4』の目的は、4つの事件を1セットにすることそのものだった。
どういうことか?
『X4』はもともと2人の人間の命を奪うつもりだったのだ。
その2つの事件を正しくセットされないように、『X4』は片方を別の事件(手嶋や野口の事件)とセットにした。
そうすれば警察は『X4』が最初から標的にしていた2人の事件を分けて考えるはず。
結果的に『X4』が犯人であると見抜かれる可能性を低くできるわけだ。
…もちろん、これはあくまで仮説。
新田はこの仮説を能勢に話し、裏付け調査に向かわせた。
犯行前日①
前日から宿泊している高山佳子に、毒入りの(正確にはコルクに注射針の跡がある)ワインが送られてきた。
送り主の欄には新婦友人の名前と住所が使われていたが、新婦の郵便物を漁っていたストーカーなら容易く情報を盗むことができたはず。
…いや?
そういえば、新婦には式の進行表を送っていたはずだ。
ストーカーはそれを見ているはずなのに、なぜブライダルコーナーに電話してきたりしたのだろうか?
犯行前日②
『X4』が最初から2人の人間をターゲットにしていたのなら、もう片方の事件はすでに起こっているかもしれない。
新田の仮説に基づいて調査していた能勢が、それらしき殺人事件を見つけ出した。
被害者は松岡高志(24)
もともとは劇団員を志して名古屋から上京してきたものの、挫折して売れないモデルに転向。
実情としては同棲していた彼女・高取清香のヒモだった男だ。
犯人・容疑者は当然ながら不明。
遺体からは注射の跡が見つかっており、何かしらの薬物を使われた可能性が高い。
この松岡という男は上京してきた日にコルテシア東京に宿泊している。
また、松岡は受験でコルテシア東京に泊まった時の感動が忘れられず、地元でもことあるごとにコルテシア東京のことを話していたという。
都内で起こった容疑者不明の不審事件。その被害者はコルテシア東京に縁がある人物。
…松岡の一件が『X4』によるものである可能性は低くないはずだ。
途中報告が終わり、能勢からの電話が切れる。
能勢ならば、さらなる手がかりを掴んでくれるはずだ。
犯行当日①
結婚式当日。
警察が万全の警備態勢を敷く中、着々と段取りが進んでいく。
挙式は終了。次は披露宴。
このタイミングでホテルに来る客も多い。
そんな中、フロントの新田は不審な男を発見する。
最初に見た時は確かに男だったのに、次に気づいたときには不自然な女装をしていた。
足元には不審な荷物もある。
新田は冷静に男のことを警備チームに報告。
警備の1人が職務質問に向かう。すると…
「逃げたっ!」
例の男は職質を振り払って逃走。
待ち構えていた新田がこれを取り押さえた。
こいつがストーカーなのか?
「違う!俺は違うんだ。頼まれただけなんだ。ただのバイトだって」
男はネットを介して『X4』から依頼を受けたのだという。
ブライダルコーナーに電話をかけたのもこの男だ。
また、男は『X4』が持たせた例の数字の暗号を所持していた。
4つ目の暗号が指し示す場所は、第一の事件の犯行現場。
これで数字の暗号はループしたことになるわけだ。
結局、男はストーカーでも『X4』でもなかった。
落胆する新田に能勢からメールが届く。
名古屋時代に松岡が所属していた劇団を当たっているらしい。
公演のポスターの画像がいくつか添付されている。
そのなかの一枚に写っている人物を見て、新田の表情が変わった。
「この人物は…!」
新田は能勢にその人物に関する調査を依頼して電話を切る。
急いであたりを見渡す。
…いない!
「山岸さんはどこですか」
「彼女なら、お客様を部屋まで案内しているところです」
「案内?」
フロントクラークが客を案内することなど通常はない(※)
※ベルボーイの仕事
「お客様というのは、もしかして…」
「ええ、先日もいらっしゃった片桐瑶子様です」
犯行当日②
その頃、尚美は片桐瑶子を客室に案内していた。
彼女の夫は今日の夜、泊まりに来るらしい。
その最終チェックというわけだ。
少し変わっているが、相手は心優しい老婆。
…その油断が、隙となった。
霊を払うから目をつぶってほしいという瑶子の言葉通りにしていた尚美だったが、気がつけば両足首を拘束されていた。
抵抗もできず、そのまま両手首も瑶子に拘束されてしまう。
わけもわからず瑶子の顔を見つめて…尚美はようやく気がついた。
(この人は老婦人なんかじゃない。もっとずっと若い。そして──ずっと以前に、どこかで会ったことがある)
犯行当日③
一方、新田は尚美を探しながら、能勢からの報告を受けていた。
「わかりました。例の女性の名前は長倉麻貴。年齢は35歳。婆さんに扮していますが、実際は若いんですな。老け役を得意にしていたとか。松岡さんと同じ劇団に所属していましたが、昨年の暮れ、突然退団しています。松岡さんと共演することが多く、一時つきあっていたのではないかという噂もあったそうですが、真偽のほどは不明です。ただ、一つだけ気になる情報がありまして…」
「何ですか」
「学歴です。長倉は地元の国立大学の薬学部を出ています。しかも、動物病院で勤務していた経験があります」
薬学部…動物病院。松岡の遺体には、注射痕があった。
「能勢さん、引き続きその女のことを調べてください。たぶん当たりです」
電話を切る。
長倉麻貴。あの女の狙いが山岸尚美にあるのは確実だった。
前回ホテルにやってきたとき、別のフロントクラークが応対しようとするのを断ってまで、彼女に担当させようとした。
すべて、今日のための伏線だと考えられた。
だが一体なぜ彼女を?
X4=長倉麻貴
片桐瑶子という名前は偽名。それどころか彼女は老婆ですらなかった。
「ねえ、あたしの顔に見覚えない?」
長倉にヒントを出されて、尚美はようやく思い出した。
「あの夜のことを、あたしは忘れたことがない。あなたに追い返された、あの夜のことをね」
長倉麻貴とは1年ほど前にコルテシア東京で会っている。
ニューヨークから帰国した恋人だと偽って宿泊客の男に会おうとしていた女性…彼女こそ長倉麻貴だった。
そして、宿泊していた男性の正体は松岡高志。
長倉は目に憎悪の炎を宿らせて、尚美にあの夜のことを語り始めた。
あの日、松岡は名古屋から上京してきた記念としてコルテシア東京に宿泊していた。
では、そもそもなぜ松岡は上京してきたのか?
憧れの劇団のオーディションを受けるため、というのは理由の一部分に過ぎない。
実は松岡は長倉のことを妊娠させており、長倉から逃げるために名古屋を離れたのだった。
長倉はそんな松岡を追って東京へ。
松岡がコルテシア東京に泊まっていることはわかりきっていた。
後はホテルの従業員に怪しまれないよう松岡の部屋番号を聞き出すだけ…のはずだった。
ところが、その計画は優秀なフロントクラークである尚美の対応の前に打ち砕かれてしまう。
宿泊すら断られた長倉は、仕方なくホテルの前で松岡が出てくるのを見張ることにした。
だが、その行動が更なる悲劇を招く。
極寒の中で松岡を待ち続けた長倉は、その代償として流産してしまったのだ。
あの日、せめてホテルに泊まることさえできていれば結果はまた違うものになっていたはずなのに…。
ぺしゃんこになったお腹をさすりながら長倉は決意した。
松岡高志と山岸尚美、この2人だけは生かしてはおけない、と。
あとは新田の推理通り。
長倉は『X4』となり、不可解な連続事件を演出した。
そして、先に松岡の命を奪った。
次は尚美の番だ。
警察は長倉がでっちあげた「高山佳子のストーカー」にかかりきりになっており、今から客室内で起こる惨劇に気づけるはずもない。
※ストーカーは実在しない。新婦に送られた毒入りワインも、実は注射針の跡があるだけで毒が入っていたわけではない。
事が終わったあとも、警察は長倉の計画通り松岡の事件と尚美の事件をセットにして考えることはないだろう。
つまり、長倉が逮捕される心配はないということだ。
長倉は注射器を手に尚美へと近寄ってくる。
「怖がらないで。さほど痛くはないみたいだから。彼も痛がらなかったわ」
結末
その時、ノックの音が聞こえた。
続けて扉が開く音。
マスターキーを使ったということはホテルの従業員だ。
尚美は新田が助けに来たのかと期待したが、状況はあまりよくない。
第一に、尚美は長倉によってベッドからバスルームへと移動させられている。客室の扉を開けただけでは尚美の姿を確認できない。
第二に、尚美の首筋には注射器が当てられている。長倉の脅しによって尚美は助けを呼ぶ声を上げることができない。
扉を開けた人物は中に誰もいないと判断したのだろう。
無情にも、扉が閉まる音が聞こえた。
これでもう、長倉を邪魔するものはいない。
尚美は懸命に暴れて抵抗したが、拘束されている以上、無防備な首筋を守ることはできない。
「逃げても無駄。こう見えてもあたしは、暴れるドーベルマンにだって静脈注射をしたことがあるんだから」
髪の毛を鷲掴みにされる。
針が触れる感触。
尚美は呻きながら目を閉じた。
その時、突然バスルーム内の空気が動いた。
それと同時に悲鳴が聞こえた。
目を開けた尚美が見たものは、腕をねじりあげられている長倉。
ねじりあげているのは新田だ。
注射器が床に落ちていた。
「長倉麻貴、殺人未遂の現行犯で逮捕する」
新田は手錠を取り出し、女の手首にはめた。
長倉は何が起きたのかわからないといった表情で放心している。
「怪我はないようですね」
尚美の拘束を解きながら新田が言った。
「新田さん…出ていったんじゃないんですか」
「そう思わせるよう、ドアを開閉しただけです。バスルームの外で様子をうかがっていました。中の状況がわかるまでは、迂闊には飛び込めなかった」
「なぜ気づいたんですか」
「ベッドの乱れに気づかないほど鈍感じゃありません。それになにより、入った瞬間にあなたの気配を感じました」
「私の気配って?」
「それはまあ、はっきりいうと匂いです。あなたは決して化粧は濃くないが、それでもかすかに匂いはします。いい匂いがね」
「私の匂いがわかるんですか」
「それはもう」
新田は肩をすくめた。
「だって我々は、ずっと一緒にいたじゃないですか」
尚美は下を向いた。思わず微笑みそうになるのを見られたくなかったからだ。
こうして『X4』こと長倉麻貴は逮捕された。
それにより、関連事件の捜査も一気に進展。
第一から第三の事件の犯人も無事に逮捕された。
エピローグ
後日、尚美と新田はコルテシア東京最上階のフレンチレストランにいた。
事件解決のお礼ということで支配人が用意した会食だ。
「とりあえず乾杯しますか」
新田はドン・ペリニヨンが注がれたグラスを手にした。
山岸尚美もグラスを持ち上げる。
かちんと合わせたグラスに、東京の夜が映っていた。
<マスカレードホテル・完>
※追記:事件の構造や感想などを別記事にまとめました。モデルとなったホテルとは?
おまけ:タイトル「マスカレード・ホテル」の意味
・尚美と新田の会話
「昔、先輩からこんなふうに教わりました。ホテルに来る人々は、お客様という仮面を被っている。そのことを絶対に忘れてはならない、と」
「ははあ、仮面ですか」
「ホテルマンはお客様の素顔を想像しつつも、その仮面を尊重しなければなりません。決して、剥がそうと思ってはなりません。ある意味お客様は、仮面舞踏会(マスカレード)を楽しむためにホテルに来ておられるのですから」
・事件の解決後、尚美と支配人の会話
尚美は新田から事実を報告しなかったことについて謝罪したが、意外にも支配人は「私も知っていた」と言う。では、なぜマスコミ公表しなかったのか?
「たしかに公表すれば、第四の事件の犯人は犯行を断念するかもしれない。だけど、そのことをどうやって確認できる?結局のところ、いつまでも同様の警備を続けねばならないわけだし、お客様としてはそんな不気味なホテルを使おうという気にはなれないだろう。公表するメリットなど何もないんだ」
常に誠実さで満たされているはずの藤木の目に、一瞬狡猾さが垣間見えた。
ホテルの中で仮面を被っているのは客たちだけではない──改めて思った。
まとめ
今回は東野圭吾「マスカレード・ホテル」のあらすじ・ネタバレをお届けしました!
まさか序盤で出てきた「片桐瑶子」と「ストーカー女」の2つのエピソードが結末や犯人につながるとは全然予想できませんでした。
伏線としての情報開示はされているので、推理力のある人なら結末までに犯人がわかったりするのでしょうか。
私は「はー!そうきましたか!」と唸ってばっかりなので、まだまだその領域には達せそうにありません(笑)
映画『マスカレード・ホテル』の配信は?
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