柚月裕子「孤狼の血」を読みました。
直木賞候補作にノミネートされ、このミス3位(2016年)など多くの賞を獲得した本作。
内容はまさに『仁義なき戦い × 警察小説』な感じで、裏の社会と癒着している悪徳警官とその部下を描いた物語です。
読んでいるうちにどんどんその悪徳警官を好きになっていくのですが……
今回は映画化もされた「孤狼の血」のあらすじネタバレをお届けします!
魂が震えるラストとは!?
あらすじネタバレ
昭和63年、広島。
呉原東署二課暴力団係に赴任してきた新米刑事・日岡秀一(25)は、班長・大上章吾(44)の下につくことになった。
県警内で大上章吾といえば有名人だ。
数えきれないほどの表彰を受けた敏腕刑事でありながら、同時に数えきれないほどの処分歴をも持つ問題刑事でもある。
裏では暴力団と癒着していると噂されているが、警察内部の不祥事も数多く握っているため上層部もうかつには手が出せないという。
その大上が実際にどんな人物かというと…
大上「なに、ぼさっとしとるんじゃ!上が煙草を出したら、すぐ火つけるんが礼儀っちゅうもんじゃろうが!」
大上「なにしとるんじゃ、わりゃァ。われが先じゃろうが!極道の世界じゃのう、下のもんが先を歩くんじゃ。面倒なやつとぶつかりでもして、親分や兄貴分になんかあったら、指が飛ぶけんのう」
見た目も行動も、まるでヤクザのよう。
日岡は不満を抱きつつも、新入りの部下として「大上流」を受け入れることに。
その日、いきなり加古村組の武闘派・苗代と喧嘩させられたり、大上が懇意にしている尾谷組の若頭・一ノ瀬守孝に面通しされたりで、日岡の赴任一日目はさんざんなありさまだった。
その夜、日岡は大上・一ノ瀬と小料理屋「志乃」へ。
一ノ瀬「ガミさん、あんたのこと、えろう高く買うとられるみたいですね」
日岡「そうでしょうか。初日から、叱られてばっかりでしたけど」
大上と20年来の付き合いがあるという志乃の女将・晶子が言う。
晶子「ここにはねぇ、ガミさん、気に入った人しか連れてこんのよ。前の相棒の人なんか、いっぺんも連れてきたことないんじゃけん」
どうやら、日岡は大神に気に入られたようだった。
悪徳刑事・大上
現在、大上班が追っているのは「上早稲失踪事件」
加古村組の息がかかった闇金・呉原金融の経理をしていた上早稲二郎が行方不明になった事件だ。
わずかな手がかりから、大上は加古村組の久保忠が事情を知っていると睨む。
とはいえ、令状はない。任意の取り調べで久保が口を割るとは思えないが…
大上「久保!なんならこりゃァ!」
大上は任意で久保にバッグの所持品検査に協力させると、隙をついてクスリを仕込み、罪をでっちあげて久保を逮捕してしまった。
もちろん完全に違法行為だ。
久保「嵌めやがったの、大上!」
その後、久保の車からは実際に大量のクスリが押収された。
久保は主に上早稲の件で厳しい取り調べを受けたが、口を割らない。
暴力団係係長である友竹は言う。
友竹「ガミさんの取り調べで口を割らんとは、久保っちゅう男もずいぶん根性あるのう」
大上「逆ですよ。根性がないけえ、口を割らんのです。わしに上早稲の件をしゃべったら、命が無うなる。じゃけん、貝みたいに口を閉じとる」
大上「この事件、けっこうでかいですよ。つついたら鬼が出るか、蛇が出るか…」
上早稲失踪の裏には、何か大きな事件が絡んでいる…?
事件発生
マル暴の刑事は暴力団と敵対するだけでは勤まらない。
大上のように普段から暴力団の人間と関わりを持ち、時に情報を引き出したり交渉したりするやり方は、暗に認められていた。
暴力団内の人間をエス(スパイ)として飼いならしている刑事は、大きな功績をあげることができる。
その点、大上は広島の裏社会の人間で知らぬ者のいないほどの大物だ。
警察は大上の癒着を苦々しく思いつつも、実際に功績をあげることや内部の不祥事を握られていることから手出しはできない状況にあった。
大上は古くからの友である瀧井組組長・瀧井銀次から上早稲拉致の情報を引き出すと、現場の連れ込み宿に急行。
苗代を始めとする加古村組の人間が上早稲を拉致している様子を写した防犯カメラの映像を手に入れた。
これで上早稲失踪事件は解決へと動き出すはずだ。
ところが、ある事件が起きて上早稲事件の捜査は先送りになってしまった。
加古村組と尾谷組の若衆が衝突し、尾谷組の若衆・タカシが刺されて亡くなったのだ。
また、数時間後には路上で発砲事件が発生。
続けて加古村組の事務所や尾谷組の幹部・備前の家にも銃弾が撃ち込まれた。
事がエスカレートすれば、組同士の抗争が勃発してしまうかもしれない。
それだけはなんとしてでも防がなければならない。大上は奔走する。
まずは事情の確認だ。大上は尾谷組の若頭・一ノ瀬から話を聞いた。
一ノ瀬「ガミさん、今回の事は、やつらが先に仕掛けてきたことじゃ」
そもそもの発端は、加古村組の幹部・和山が備前のやっているクラブの女を引き抜いたことによる。
備前は和山に筋を説いたが、和山はとぼけ続け、やがて加古村組の若衆の暴言をきっかけに乱闘が始まった。
その頃、別の場所ではタカシが加古村組の若衆の挑発に耐えきれず、ここでも乱闘。後に待ち伏せされて刺されていた。
「タカシをやったのは、加古村の者です!」
タカシの一件が伝わると、備前と和山の乱闘の空気が変わった。
備前「おどれら、生きて帰さんど!」
備前の剣幕に恐れをなして逃げ出した加古村の若衆が逃げざまに発砲、路上で拳銃の応酬になったということだ。
現在、尾谷組の組長・尾谷憲次は刑務所で服役中だが、まもなく出所してくる。
加古村組は尾谷組長不在の今、尾谷組に難癖をつけ戦争を起こし、一ノ瀬を葬って尾谷組のシマを奪おうという考えなのだ。
さらに言えば、絵図を書いているのは加古村ではなく、加古村組を傘下におさめる巨大組織・五十子会会長・五十子正平であると思われた。
一ノ瀬「わしがなんぼ堪えても、若い者は聞かんですよ。尾谷の者はみな、自分の命より看板を大事にしちょりますけん」
加古村や五十子の思惑を知ってなお、一ノ瀬は戦争を止められないと言う。
大上「わかった。こんな(おまえ)の恰好がつくようにしちゃるけん。ちいと時間をくれや」
市民が巻き込まれる恐れがある。抗争だけは何としても避けなければならない。
大上は一ノ瀬を堪えている数日のうちに、問題を解決すると約束した。
出口に向かう大上に、組員たちが一斉に頭を下げた。
大上の正義
大上は上早稲誘拐事件をきっかけに、加古村組を壊滅状態に追い込もうと考えた。
幹部を軒並み逮捕してしまえば、もう抗争どころではなくなる。
上層部は片方の組に肩入れすることに渋面を示したが、事件解決を優先し大上の策を採用。
ところが、いざ実行犯を逮捕しようという段になって、上早稲を拉致した若衆たちがすでに雲隠れしていることに気づく。
…警察内部の誰かが情報を流し、苗代たちを逃がしたのだ。
思惑が外れた大上は鳥取刑務所に収監されている尾谷に面会。
尾谷の協力を得て一ノ瀬たちが抗争を起こすまでの時間を稼ぐと、強硬手段に出た。
またも違法捜査だ。
大上が狙ったのは加古村組の吉田滋という男。
晶子に惚れている吉田を「志乃」へおびき出して拘束すると、無理やりとった吉田への被害届をちらつかせ上早稲誘拐の真実を語るよう脅した。
吉田は頑として口を割ろうとしなかったが…
大上「滋よい。わしの本気がどがなもんか、いまから見せちゃるけ」
大上は晶子から受け取った出刃包丁を持ち、吉田に迫る。
日岡「大上さん、やめてください!それ以上やると…」
大上「日岡、心配すな。お前はここにおらんし、なんも見とらん。そういうことじゃ」
一閃
大上の包丁が吉田の頬を切った。
吉田「うあああーーー!」
のたうち回って、少し冷静さを取り戻した吉田は唇をわななかせて言う。
吉田「あんた、狂うとる…」
大上「おお、狂うちょるよ。わしは捜査のためなら、悪魔にでも魂を売り渡す男じゃ。お前がしゃべらんでものう、お前が密告した言うて、後で加古村に吹き込むこともできるんで」
つまり、どうあがいても地獄。
吉田「ガミさん…わし、どうしたら…」
大上「わしに全部吐いて、ほいで、身をかわせい。沖縄でも北海道でも、知らん街に逃げて、ほとぼりが冷めるまで戻ってくな。どうせ加古村らは一網打尽じゃ。組はつぶれる運命よ」
大上が吉田の逃走資金まで面倒を見ると言うと、ついに吉田は折れて真相を話しだした。
結論から言えば、上早稲は加古村組の組員の犠牲になったのだ。
組員は呉原金融の経理である上早稲から、ちょくちょく会社の金を引き出していたが、加古村が会社の金を確認すると言い出して慌てた。
自分たちの使い込みは1千万にも上る。とても用意はできないし、バレれば命はない。
そこで組員らは使い込みを上早稲のせいにして県外に逃がしたが、加古村はさらに激怒。
仕方なく組員たちは上早稲を拉致し、加古村に真実が伝わらないよう始末した。
加古村には上早稲の首が届けられ、事態は収まったという。
吉田はその場所を知らなかったが、上早稲の遺体さえ見つけられれば、苗代たちを指名手配し、ひいては加古村組をつぶすことができるはずだ…。
吉田が大上に頭を下げ去ったあと、志乃では大上と日岡が飲んでいた。
日岡は酒をあおり、服務規律違反を平然と犯す大上への不満を口にする。
日岡「大上さんの正義ってなんですか。大上さんがやってることはめちゃくちゃです!とても正義を守る警察官とは思えない!」
大上「わしの正義かぁ…そんなもん、ありゃァせんよ」
日岡「じゃあ、大上さんが警察官を続けている理由はなんですか。金ですか、それとも権力ですか」
大上は瀧井から金を受け取っていた。ヤクザから金を受け取っていたのだ。
晶子「秀ちゃん。やめんさい」
語気を強める晶子を大上が手で制した。
大上「日岡、お前、二課の刑事の役割はなんじゃと思う」
日岡「暴力団を壊滅させることです」
大上「世の中から暴力団はなくなりゃァせんよ。わしらの役目はのう、ヤクザが堅気に迷惑かけんよう、目を光らしとることじゃ。あとは…やりすぎた外道をつぶすだけでええ」
大上は今回、明らかに尾谷組に肩入れしている。そんなことが許さるはずがない、と日岡は考える。
大上「暴力団にもいろいろある。のう日岡。お前にも、いずれわかるときがくるよ」
大上は独り言のように口にすると、店を出ていった。
店に残った日岡に、晶子が言う。
晶子「あの人のこと嫌いにならんでね。不器用じゃし、やることは荒っぽいけど、ほんまはええ人なんよ」
晶子「ガミさんはね、あんたのことを自分の息子のように思うとるんよ。うちにはわかる」
大上は過去に事故で妻子を失っている。事故として片づけられてはいるものの、裏では五十子会が糸を引いていたという噂もある。
晶子「事故で亡くなった子供さん、男の子でね。名前は秀一。字まであんたと同じじゃったんよ」
日岡(やはり…)
自分が名乗ると、大上の関係者は異様な反応を見せた。日岡は薄々感づいていた。
晶子「うちも身内を亡くしとるけ、ガミさんの寂しさはようわかるんよ」
晶子の旦那は尾谷組の前若頭だったが、当時の五十子会若頭・金村の差し金で撃たれたのだという。
その後、金村は刺し傷だらけの遺体となって墓地で発見された。犯人はまだ見つかっていない。
晶子はその事件で大上に世話になったことを、深く感謝しているのだそうだ。
晶子「ね、頼むからガミさんのこと、嫌いにならんといて。このとおり…」
晶子が深々と頭を下げる。
日岡「じゃあ、嫌いにならんといてくれる?ガミさんの力になってあげてくれる?」
日岡は、不承不承、肯く。
晶子「ほうね!嫌いにならんとってくれるんね!ありがとう、秀ちゃん!」
晶子は店で一番の日本酒の封を切った。
日岡(…もう、行くとこまで行くしかない)
空になったグラスに、晶子は嬉しそうに酒を注ぎ足した。
不穏
大上らは捜査を進め、上早稲の首が切断された現場を特定。
逃亡中の苗代らは全国に指名手配された。
また、大上は一ノ瀬ら尾谷組の幹部と相談し、発砲事件に関わった若衆を出頭させ、その供述をもって和山ら発砲事件に関わった加古村組の人間を逮捕。
一見すると痛み分けのようだが、尾谷組の幹部・備前が見逃されているため、ダメージは加古村組の方が大きい。
さらに、タカシを刺した加古村組の人間も警察の取り調べに耐えきれず犯行を供述。再逮捕された。
大上の思惑通り、加古村組壊滅の筋書きは順調に進んでいる。
あとは上早稲の遺体が見つかれば、チェックメイトだ。
夜、大上と日岡が「志乃」で飲んでいると、新聞社の記者・高坂が現れた。
高坂は14年前の金村が刺された事件について情報提供があったと言う。
高坂「その匿名の投書に犯人の名前が書いてありました」
大上「そりゃぁ気になるのう。で、誰ない」
高坂「大上さん、あんたの名前じゃ」
晶子と日岡に動揺が走る。
晶子「お客さん。看板ですけ」
今までに聞いたことがない、氷のように冷たい声で晶子が言った。
瀧井組長からの情報提供を足掛かりに、大上は違法捜査を進め上早稲の遺体が赤松島に埋められているという情報をつかむ。
人員を動員して捜索した結果、遺体が発見された。
これを受け、苗代ら実行犯4人は容疑を加えられ、改めて全国に特別指名手配されることが決定。
こうなれば苗代らの逮捕は時間の問題だ。
そして苗代らが逮捕されれば、芋づる式に加古村組長らも引っ張ることができる。
加古村組は壊滅し、尾谷組との抗争は避けられるだろう。
山を越えたのだ。
大上は班員を集め、大衆居酒屋で慰労会を開いた。
班員の誰もが大上を褒めたたえて祝杯を挙げる中、座敷のふすまを開けて厳しい顔の友竹が入ってくる。
友竹「署長が呼んどられる。明日の朝、一番で署長室に顔出してくれや」
友竹は大上の耳元でささやくと出ていった。
いい話なら、みなに聞こえるよう言うはずだ。
声を潜めたということは、その逆…大上にとってまずい話だ。
「なんぞ、あったんですか。係長から、なんか言われたんすか」
大上「今日はご苦労さん、だとよ」
それが嘘だということは、その場の、誰もがわかっていた。
抗争勃発の危機
大上に自宅待機の命令が下された。事実上の謹慎だ。
何者かが記者・高坂に情報を流し、高坂が署長にその話を持ち掛けたのが原因だ。
日岡を始めとする大上班の刑事は憤然と抗議したが、上層部の命令は覆らない。
そんな中、新たな事件が発生する。
五十子会の幹部・吉原が撃たれたのだ。
実行犯は尾谷組の人間。
例のごとく五十子会が挑発し、屈辱に耐えきれず犯行に及んだ…という経緯のようだ。
大上の尽力により加古村組は風前の灯火となっているが、その上部組織である五十子会が尾谷組と揉めれば、行きつく先はやはり全面抗争。
友竹「戦争だきゃァ、なんとしても避けにゃァいけん。尾谷憲次と広島仁正会(五十子会を内包する一大組織)の筋に話を持っていって、手打ちにするしかない。じゃが、その役割は誰もができるもんじゃない。名のある親分でも難しかろう。早急にそれができるんは…」
友竹「大上だけじゃ」
日岡(やはり――)
友竹は暗に、謹慎中の大上に対応させるよう日岡に命令している。
日岡は急いで大上の自宅に車を走らせた。
日岡「なんとか、ならんのですか」
大上はすでに吉原の件を把握していた。その上で沈黙している。
事態はすでに大上でも止められない段階にあるということなのだろうか。
それでも日岡は、大上にすがるしかなかった。
大上「五十子と会うてくる」
日岡は耳を疑った。五十子は大上の妻子の命を奪った敵かもしれない。
五十子会にとってもまた、大上は仇敵ではないのか。両者が顔を合わせて、無事で済むわけがない。
大上「安心せい。お前はわしを五十子の事務所まで送るだけでええ。あとはわしがひとりで行く」
いつもと変わらない不敵な笑み。日岡は激しく首を左右に振った。
日岡「いえ、自分はどこまでも大上さんについていきます。それが、俺の役目です」
大上は愛用している狼の絵柄が彫られたライターを日岡に放る。
大上「それ、預かっといてくれ」
受け取った日岡の背に、震えが走った。胸騒ぎがする。
日岡「いや、これはご自分で持っていてください」
が、大上は受け取ろうとしない。
大上「それを使うんは、こんな(おまえ)の役目じゃ。こんなが持っとれ」
大上は大儀そうに立ち上がると、トレードマークのパナマ帽を被り日岡に言う。
大上「なにぼさっとしとるんじゃ。さっさとこんかい」
なぜだか、日岡の胸が熱くなった。
五十子会の前まで大上を送り届けた日岡は、やはり自分も一緒にいくと言い張る。
大上「ええけん、お前は大人しく志乃で待っとれ。もし、日付が変わってもわしが現れんかったら、友竹係長に連絡をつけい。事情を伝えて、機捜を五十子の事務所へ出場させるよう頼め」
大上「ええの、これは命令じゃ」
念を押すと大上は、車を離れて五十子会の事務所に単身乗り込んでいった。
志乃で大上の帰りを待つ晶子と日岡。
十一時五十分、引き戸が開く気配はない。
そして、そのまま零時になった。
カウンターで組んだ手に顔を埋めていた晶子が、いまにも泣きそうな顔で日岡を見た。
日岡が友竹に電話をかけようとした、その時…
大上「待たせたの」
日岡・晶子「ガミさん―」
いつもどおりの飄々とした態度で大上が帰ってきた。
日岡「どうでしたか、五十子との話は」
五十子が手打ちの条件として提示したのは、尾谷の引退、吉原を打った組員・永川の指、見舞金の一千万、そして一ノ瀬の破門だった。
組長が引退し若頭が破門となれば尾谷組は実質的に終わりだ。
大上は五十子が兄貴分を手にかけたという過去の秘密をちらつかせ、一ノ瀬の破門だけは撤回するように脅した。
大上「わしが昔のネタをちらつかせると、五十子の顔色が変わってのう。今日のところは永川の出頭と見舞金で若い衆を押さえる。一ノ瀬の件は週明けまで待ってくれと結論を延ばした」
それから3日が経過し、五十子が結論を出す日となった。
その間に大上は尾谷経由で一ノ瀬を説得し、永川を出頭させている。
また、苗代ら4人はついに逮捕された。加古村組は終わりだ。残るは五十子会のみ。
大上「五十子からは今晩中に返事があるはずじゃ。たぶん五十子は、一ノ瀬の破門より自分が生き残る道を選ぶじゃろう。じゃが人生にゃァ、まさかの坂がそこら中に転がっとる。万が一の時は…日岡、頼む」
大上の声は真剣だった。
その夜、大上は早々に自宅へ引き上げた。
五十子からの電話を待つつもりだろう。
大上の失踪
あの夜から5日が経過した。
大上とは、その夜を境に連絡が取れていない。
日岡は上に捜査網を敷くよう頼んだが…
日岡「公にできないって、表立っての捜査をしないということですか。緊急配備も検問も、五十子会への捜索も、しないということですか!」
頭に血が上った。大上を見捨てるような上層部の判断に、怒りを抑えられなかった。
世間では今、五十子から入れ知恵された高坂の新聞記事が話題になっている。
大上が暴力団と癒着していると匂わせる記事…この状況で大上が消えたとなれば、組織の面子が立たないのだ。
日岡は瀧井組長と接触し、事情を説明する。
瀧井組は五十子会と同じ広島仁正会系列の組織だが、何よりも大上の身を案じていた。
瀧井は直々に五十子と話をつけに行ったが、はぐらかされるばかりだったという。
仁正会の中では瀧井より五十子の方が立場が上なのだ。
瀧井「もしものことが章ちゃんにあったら、わしも腹ァ括る。戦争、上等じゃ」
大上になにかあれば、一ノ瀬ら尾谷組も黙っていないだろう。呉原は戦場になる。
いったい、大上は今どこにいるのだろうか…。
大上章吾の遺志
大上が、遺体で発見された。
埠頭に上がった遺体は水でふくれて原形をとどめていなかったが、日岡には一瞬で大上だとわかった。
警察は酔った末に海に落ちた事故として処理したが、日岡には事の真相がはっきりとわかっている。
大上は、五十子にやられたのだ。
大上は志乃へと向かう。
言葉少なに晶子と酒を酌み交わす。
やがて晶子は店の奥に隠していた風呂敷を取り出すと、日岡に手渡した。
日岡「これは?」
晶子「ガミさんから、万が一、自分になにかあったら、あんたに渡してくれって頼まれとったもの」
『万が一のときは、頼むど』
最後の夜、志乃のカウンターで日岡に言った大上の言葉が、耳の奥で蘇る。
風呂敷包みの中身は現金二千万円と大学ノートが1冊。
現金の方は大上がヤクザの上前を撥ねて貯めた金だという。
大上はこの金を捜査費用に充てていた。情報をつかむは金がかかる。
晶子「でもね、ガミさんがあんたに渡したかったんは、お金よりもこっちの方…」
ノートには、大上が長年集めた、警察の不祥事や警察上層部の醜聞、事件の揉み消しといった汚行が綴られていた。
その情報量は尋常ではない。日岡は機動隊時代の上司・嵯峨大輔の名前まであるのを見て驚いた。
流通りにあるバー「カサブランカ」のホステス、瞳と懇ろになり、子供を堕胎させる、と書かれている。
日岡は確信した。
このノートがあったから、警察は大上に手を出せなかったのだ。
このノートは、大上が警察組織で生き残るための切り札だった。
晶子「ガミさんの形見じゃけ、あんたがしっかり使いんさい」
日岡「…」
言葉が出なかった。
日岡(俺はこれから、どうすればいい)
日岡の覚悟
大上の葬儀には、溢れかえるほどの人が参列した。
大上に世話になった者、ヤクザの名代で来た女たち、裏の人間も堅気の人間も、みな一様に大上を偲び、涙を流していた。
日岡は固く目を閉じ、合掌する。
ポケットのなかにある大上から預かったままのジッポーを、日岡は強く意識した。
葬儀の後、日岡は志乃へ向かう。
いつも大上が座っていたカウンターの端には、コップ酒が置かれていた。
晶子「いま、うちがこうしておられるんは、ガミさんのおかげなんよ」
晶子は語り出す。
晶子「金村を刺したんはガミさんやない。うちや」
夫の仇。14年前、五十子会の幹部・金村をやったのは晶子だった。
大上は何も言わず全ての後処理を請け負い、事件を隠匿した。もちろん大上の行為も犯罪に当たる。
大上以外知る者のいなかったという秘密を打ち明けると、晶子は言った。
晶子「うちは、自分の秘密を、あんたに打ち明けた。事件はまだ、時効になっとらん」
正義とは何か?大上は正義だったのか?自分はこれからどうすればいい?
日岡は喪服のポケットから、ジッポーのライターを取り出した。
浮き彫りの狼の絵柄を、指先で撫でる。
腹を、括る。
日岡「俺も、同志です」
晶子の表情が崩れた。泣き笑いの顔を、両手で覆い隠す。
指の間から、嗚咽の声が漏れる。
日岡「帰ります」
この後、日岡はかつての上司から呼び出しを受けていた。
嵯峨「日岡、ご苦労だったな。お前も驚いただろう。自分の役目がこんなかたちで終わるとは、考えてもみなかっただろうからな。秋の異動で、お前を県警に戻すつもりだ。機を見て、お前の希望通り捜査一課に押し込んでやる」
嵯峨大輔は今や監察の人間だ。
監察は日岡をスパイにすることで、大上の動向をつかみ、不正の証拠をつかもうとしていたのだ。
そう、日岡は最初から大上を陥れるためのスパイだった。
内部の不祥事をマスコミに追及されることを恐れた警察上層部は、大上を生贄にすることで組織の体面を保とうと考えたのだ。
そのためには、例のノートをつかむ必要がある。
また同時に、日岡は大上の違法行為を記した日誌を書くよう命じられていた。
嵯峨「まあ、大上のことは残念だが、やつにすれば部下に裏切られていたことを知らずに逝ったんだ。それはそれでよかったのかもしれんな」
日岡(違う。大上はきっと自分がスパイであることを知っていた。なのに、監察の犬である自分に、形見ともいえる金とノートを託した。自分を大上の意志を継ぐものだと思っていたのか、それとも、継いでほしいと願っていたのか…)
嵯峨「ところで、捜すように言っておいた例の文書、見つかったか」
日岡は小さく、いえ、と首を振った。嵯峨は落胆しながらも話を続ける。
嵯峨「大上の動向を記した日誌は、持ってきたか」
日岡は日誌を手渡す。ノートを開いた嵯峨の目が、たちまち厳しくなった。
嵯峨「なんだ、これは!この黒い部分はいったいなんだ!」
大上にとって不利になるような内容は、先ほど黒く塗りつぶしたばかりだ。
日岡「書き損じたので、消しました」
怒った嵯峨は日岡を突き飛ばす。転んだ拍子に切ったのか、口の端から血が流れる。
日岡は何事もなかったかのように立ち上がり、嵯峨に一礼すると出口へ向かった。
嵯峨「待て!お前、自分が何をしているのかわかっているのか。大上を庇うつもりらしいが、上司の命令に逆らうとは、警察の職務を何と心得る!」
日岡「わかっとります。本物の警察官の心得は、大上さんからみっちり仕込まれましたけ」
嵯峨「日岡、今ならまだ間に合うぞ。日誌の消した部分を、改めて清書して提出すれば、この場での非礼は忘れてやる」
日岡は無視してドアの取っ手へ手をかけた。
嵯峨「貴様!言うとおりにせんと、県北の駐在へ飛ばすぞ!」
日岡は振り返らずに言った。
日岡「嵯峨さん。カサブランカの瞳いうホステスは、元気でおってですか」
絶句する嵯峨だったが、冷静さを取り戻すと続ける。
嵯峨「なんの話だ。ありもしない妄言を言い立てると、今度は監察室に呼ぶぞ。俺はお前の首くらい、いつでも切れる」
日岡「嵯峨さん。俺が持っとるネタは、まだ仰山ありますがのう…。手を出したら、広島県警は火傷しますよ」
嵯峨「お前…大上の…!」
日岡「ええですね」
言い残し、後ろ手にドアを閉めた。
大上の血を受け継ぐ覚悟に、揺るぎはなかった。
抗争の結末とその後の日岡
五十子が大上に手を出したことで、戦争は起こった。
加古村組、および五十子会の主要人物は軒並み命を落とすか、逮捕された。
五十子は備前に刺されて落命(備前は逮捕され、懲役18年)
一ノ瀬も重傷を負ったが、命は助かった。
尾谷は引退を表明し、一ノ瀬が二代目を襲名。
瀧井の取り持ちで、尾谷組は仁正会に加盟した。
一方、日岡はその翌年(平成元年)に派出所へと左遷された。
平成三年、日岡はかつての大上と同じ巡査部長に昇進。県警本部捜査四課へ転属。
平成五年、広島北署刑事課暴力団係へ異動。
平成十六年、古巣である呉原東署刑事課暴力団係へ異動。
エピローグ
日岡「この一斉捜査で、わしらは手柄を立てる。今月は暴力団取り締まりの強化月間じゃ。点数もいつもの倍で。上手くいきゃァ、本部長表彰もんよ」
日岡は部下の新米刑事に言う。
日岡「やり方は、昔の上司からみっちり教え込まれとる。わしは、その教えに従い、ずっとこの仕事を続けてきた」
凄みのある声だ。
日岡「そのやり方を、お前にもみっちり教え込んじゃる。わしについてこいや」
日岡は廊下を歩きながら、狼の絵柄が入ったジッポーを、ズボンのポケットの中で握りしめた。
<孤狼の血・完>
感想と解説
小説「孤狼の血」にはプロローグとエピローグがあります。
どちらも警察が一斉捜査に乗り出す直前のシーン。
読者はプロローグに登場する不敵な熟練刑事のことを大上だと思い込まされますが、実はその男の正体は「16年後の日岡」
そう、プロローグとエピローグはつながっており、どちらも「大上の後を継いだ日岡」の姿が描かれているんです。
この構成のカッコよさ!気づいたときには思わず声が出てしまいました。
このプロローグとエピローグの構成だけでなく、終盤の「孤狼の血」の展開は驚きの連続でしたね。
- 「まさか大上が命を落としてしまうなんて…」
- 「え!日岡って監察のスパイだったの!?」
ありがちな展開に思われるかもしれませんが、物語に没頭しているときは1ミリもそんな展開になるなんて考えられず、心底「えっ!」とビックリしたことを覚えています。
また、驚きもそうですが、ラスト50ページに凝縮された「男の格好良さ」には本当に魂が震えました。
特に監察のスパイとして動いていたはずの日岡が、大上の行動記録に墨を入れて不正を隠匿するシーンは胸にくるものがありましたね。
というのも、小説は13章で構成されているんですが、実は各章の1ページ目は日岡が記録した「大上の行動記録(≒その章の内容)」から始まっているんです。
読者はその行動記録の中に「――――(1行削除)」という不自然な項目を見つけるのですが、その意味は最後までわかりません。
「ネタバレになるから伏せられているのかな?」くらいに思っていたら、まさか日岡が大上を庇うために最後に削除していたものだとは…!
その行動に日岡の覚悟が見えて、本当に恰好良いシーンでした。
『孤狼の血』
孤独な狼(オオカミ)とは、まさしく警察内でただ1人きり己が信じた正義を全うしようとする大上(オオガミ)のことに他なりません。
そして、その狼の血(大上の意志)は、次なる狼(日岡)に受け継がれていく…。
また、エピローグでは日岡がその血を新たな後輩に受け渡そうとしている描写が見受けられましたね。
正義を謳いながら不祥事ばかりの警察組織。
その中でも、孤高な真の正義の意志は脈々と受け継がれていく。
ハードボイルド、いぶし銀、渋みばしった男の格好良さ。
小説「孤狼の血」の魅力を形容しようとすれば、そのような言葉になるのでしょうか。
とにかく『熱い』物語です。
ピンときた方は、ぜひ小説を読んでみてください!
きっと魂が震える感覚を味わえるはずです。
※ついに映画公開!さっそく見てきました!
まとめ
柚月裕子「孤狼の血」のあらすじ・ネタバレをお届けしました。
『仁義なき戦い × 警察小説』というキャッチコピーがついているこの作品。
だからといって、とっつきにくいと感じることはなく、逆にワクワクが加速してページをめくる手が止まらなくなるほどのエンタメ小説ぶりでした。
任侠映画に馴染みがない人でも置いていかれることはありません。
本当に熱くカッコいい話なので、特に男性には「絶対に読んだ方がいい!」とおススメしたいですね。
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