早見和真「イノセント・デイズ」がドラマ化!
主演の妻夫木聡さんを始め、竹内結子さんや新井浩文さんなど豪華なキャストが注目を集めました。
わたしは小説も読んだのですが…とにかくラストが衝撃的すぎて、思わず「えぇっ!?」と声が漏れてしまいました。
まさか、あんな結末が待ち受けているとは…!
賛否両論ある結末ではありますが、とにかく心揺さぶられるラストであることだけは間違いありません。
というわけで今回はドラマ化もされた小説「イノセントデイズ」のあらすじとネタバレをお届けします!
Contents
あらすじネタバレ
★はじめに
小説「イノセントデイズ」は全7章にプロローグとエピローグを加えた計9つの区切りで構成されています。
1章~5章までが「第一部・事件前夜」
6章と7章が「第二部・判決以後」
プロローグの段階ですでに物語の中心人物「田中幸乃」には極刑判決が下されていて、第一部では「幸乃の生い立ち~事件当日まで」が、第二部では「判決~刑の執行まで」が描かれています。
なお、各章ではそれぞれ語り部(視点)が変わっていきます。
複数の人物の視点から「田中幸乃」の人物像と半生が語られていく構成がこの作品の大きな特徴の1つなんですね。
というわけで、今回はそんな原作小説の構成にのっとって物語の内容を追っていきたいと思います!
※簡潔にネタバレ部分だけを知りたいという方はこちらの記事をどうぞ!
プロローグ「主文、被告人を――」
『放火により一家の妻と幼い双子の娘の命を奪った』
これが被告・田中幸乃(30)の罪状だ。
動機は逆恨み、あるいは身勝手な復讐。
昔、幸乃は燃えた井上家の主人・井上敬介と恋人関係にあった。
2人は1年半ほど交際し、2年前に破局。
別れを切り出したのは敬介の方だった。
その時、敬介は後に妻となる美香とすでにつきあっていたのだ。
幸乃は「納得できない」と別れを拒み、後にストーカー化。
敬介にこんなことを言っていたという。
「あなたが私以外の誰かを守ろうとしているなら、私はその女を許さない。すべてを消し去って、私も後を追う」
激化していく幸乃のストーカー行為に、敬介は次第に追い詰められていく。
やがて美香の妊娠を機に、敬介は夜逃げするようにして幸乃の前から姿を消した。
家も変え、電話番号も変え、幸乃に居場所を知られないように気をつけて。
そうして逃げた敬介だったが、幸乃への借金返済だけはその後も続けていた。
だが、ある日、敬介はうっかりコンビニのATMから金を振り込んでしまう。
案の定、敬介の新しい住処はすぐに幸乃に見つかってしまった。
敬介は美香と相談して残りの借金を一括で返済したが、かえって幸乃のストーカー行為は激化していく。
そして、事件当日の夜。
夜勤で職場にいた敬介に、美香から電話がかかってきた。
「ねぇ、パパ…。あの女だ…。あの女が外にいた」
それが敬介が聞いた最後の美香の声となった。
事件後、警察はすぐに幸乃を逮捕した。
幸乃は自宅で服薬による絶命を図っていたが、警察に踏み込まれたことで失敗。
…そうして今、幸乃は法廷で裁判長の言葉を聞いている。
「覚悟のない十七歳の母のもと――」
「養父からの激しい暴力にさらされて――」
「中学時代には強盗致傷事件を――」
不幸な生い立ちの幸乃に同情するような声色から一転、裁判長の言葉が固くなっていく。
「罪なき過去の交際相手を――」
「その計画性と深い殺意を考えれば――」
「反省の様子はほとんど見られず――」
「証拠の信頼性は極めて高く――」
そしてついに読みあげは最後の一文に達する。
「主文、被告人を――死刑に処する!」
退廷するとき、幸乃は静かに傍聴席にいる誰かに向けて微笑みかけた。
マスクをして俯いている若い男。
テレビで目撃証言を語っていた老婆と、その隣に控える金髪の少年。
被害者遺族。
果たして、幸乃は誰にむけて微笑んだのだろうか?
第1章「覚悟のない十七歳の母のもと――」
幸乃の判決について知ったとき、丹下健生は「違う」と思った。
(確かにヒカルは十七歳だったが、母になる覚悟がなかったとは思われない)
丹下は幸乃の母・田中ヒカルを担当した産科医だ。
丹下は静かに当時のことを思い返した。
…。
田中ヒカルの語った半生はありふれた不幸に塗れていた。
ヒカルは父から性的虐待を受けて育ち、その父が他界してからはホステスとして働き始めた。
横浜の店で黒服と恋に落ち同棲を始めたが、黒服はどうしようもないDV男であり、ヒカルの妊娠を知ると姿を消した。
当時、ヒカルはまだ十七歳。
子どもを育てる自信がないと中絶するつもりで丹下の病院を訪れたのだった。
「私、やっぱり堕ろした方がいいんですよね」
「私に言えることがあるとすれば、たった一人からでも大きな愛を受けていれば、子供は道を踏み外さないということだ。本当に愛し続けられるのか。その覚悟が君にあるのか。大切なのは自信じゃない。覚悟なんだと私は思う」
それから3か月後。
再び丹下の前に現れたヒカルのお腹はすっかり大きくなっていた。
その表情は以前とは打って変わって明るく、まるで別人のようだ。
聞けば、新しい結婚相手がいるのだという。
昭和61年3月26日。幸乃は祝福されてこの世に誕生した。
第2章「養父からの激しい暴力にさらされて――」
幸乃の姉である倉田陽子もまた、一連の報道の中に「誇張された嘘の情報」が紛れ込んでいることに気づいていた。
確かに父は幸乃に手を上げたことがあるが、一度だけだ。
そして、父はそのことを酷く後悔していた。
さも真実のように報道されている「養父からの執拗な虐待」という言葉には怒りを覚える。
父はちゃんと幸乃のことを愛していたし、一家の良き父親だった。
かつて幸乃が「野田幸乃」だった頃、野田家は本当に幸せな家族だったのだ。
あの事故が起きるまでは。
…。
陽子は幸乃より1歳年上の姉である(ヒカルと再婚した野田の連れ子)
あれは姉妹が小学校3,4年生だった頃、2人はいつも「翔」と「慎一」という男の子たちと一緒に遊んでいた。
翔は陽子の同級生で、慎一は幸乃の同級生。
子ども心にではあるが陽子は翔のことが好きで、慎一は幸乃のことが好きだった。
あの頃から幸乃には「興奮すると失神する」というヒカルから遺伝した持病があり、陽子たち3人はそんな幸乃を守る保護者のような心持ちだった。
4人は本当に仲のいいグループだったが、やがてその平穏な時間は大人たちの卑しい好奇心によって壊されることになる。
ヒカルが元ホステスであることや野田の後妻であることが噂に流れ始めたのだ。
親たちの真似をするように子供たちは姉妹をイジメるようになり、街でのヒカルの肩身もどんどん狭くなっていった。
そして、唐突にすべてが崩壊する。
ヒカルが交通事故で亡くなったのだ。
自動車の運転中に失神したことが原因だった。
もちろんヒカルはその危険性を重々承知していたし、実際に長らく運転を控えていた。
あるいは、ヒカルは自ら命を絶ったのかもしれない…。
最悪な形でヒカルを失った野田は荒れ、封印していた酒に手を出した。
自責の念と後悔で壊れそうになる父に、幼い幸乃が寄り添おうとする。
しかし…
「お父さん、泣かないで。もうユキも泣かないから。許すよ。ユキはお父さんを許すよ。だからお願い。泣かないで」
「俺に必要なのはお前じゃないんだ。必要なのはヒカルの方だ」
野田の酒癖は最悪だった。
心配した幸乃を思い切り殴り飛ばし、残酷な言葉を口にする。
陽子は慌てて幸乃をそんな父から遠ざけた。
…。
どこから情報が漏れたのか、野田の暴力は瞬く間に新たな街の噂になった。
そのためヒカルの母である田中美智子が虐待を理由に幸乃の引き取りを申し出てきたとき、野田はそれを拒むことができなかった。
ヒカルが幸乃を守るため絶対に会わせようとしなかった相手に、幸乃を引き渡すことになってしまったのだ。
祖母に引き取られていく幸乃の表情は怯えきっており、それまでの純真無垢な少女の面影は失われてしまっていた。
「味方だからね!僕だけはずっと味方だよ!」
最後の日にそう叫んだのは、翔だったか慎一だったか…。
まるで別人のように絶望した表情を浮かべる妹を見送った後、陽子は静かに涙を流した。
第3章「中学時代には強盗致傷事件を――」
小曽根理子は中学生時代の幸乃にとって唯一の親友だった。
2人の共通点は読書好きであることと、学校ではあまり目立たない存在であること。
ただし、幸乃が完全に学校で孤立しているのに対し、理子には不良グループとのつきあいがあった。
だからつい理子は幸乃に「学校では絶対に話しかけないで」と言ってしまったのだが、幸乃は静かにそれを受け入れていた。
同じ趣味を持つ理子と幸乃だったが、2人には他にも大きな違いがあった。
家庭環境だ。
理子は裕福で幸せな家庭で育ったが、幸乃はいわゆる「ドヤ街(貧困労働者たちの町)」でスナックを営む祖母と一緒に暮らしており、その祖母からも疎まれている始末だった。
朱に交われば赤くなる。
やがて理子は不良グループのリーダー山本皐月に従い、少しずつ不良の道に足を踏み入れていく。
酒を飲まされ、望まぬまま男にも抱かれた。
皐月にとって理子は「都合のいい玩具」あるいは「身代わり」
「少年法って知ってる?」
14歳の誕生日を迎えた皐月はまだ少年法で守られている13歳の理子に「何かあったら私の代わりに捕まって。大丈夫、理子はまだ13歳だから」と猫なで声で命令する。
理子は自分が身代わり要因としてグループに入れてもらっていることに気づいていながら、そのことから目を背け続けていた。
そんな理子にとって唯一の癒しは、幸乃と一緒に過ごす時間だった。
「私には幸乃が必要なんだ。背伸びしないでいられるから。私を認めてくれるから。幸乃がホントに必要なの」
図らずも、その言葉は幸乃が最も欲しているものだった。
その日から2人の仲がさらに深いものへと変化したのは、やはり「あなたが必要だ」という言葉があったからこそだったのだろう。
幸乃は自分の薄幸な生い立ちを理子に語って聞かせたし、理子も懺悔のように自らの過ち(命じられて男に抱かれたこと)を幸乃に語った。
…思えば、これが悲劇の始まりだったのかもしれない。
「小曽根さんに謝ってくれないかな」
ある日、幸乃はいきなり理子への謝罪を皐月に求めた。
その場に居合わせた理子は顔を青くしたが、皐月の対応は思ってもみないものだった。
理子と同じくまだ13歳だった幸乃を次なる玩具候補に見立てたのか、怒るどころか素直に理子に謝罪し、幸乃をかわいがり始めたのだ。
幸乃に笑顔を向ける皐月を見て、理子は危機感を覚えた。
幸乃の身を案じてのこと…ではない。
『幸乃に自分の居場所がとられてしまう』と焦ったのだ。
皐月から見捨てられないよう、理子は求められるままにすべてを差し出し始めた。
金も、モノも、すべて。
だが、いくら理子が裕福な家庭の子だといっても、中学生が用意できる金には限度がある。
ついに理子は金を用意できなくなったが、だからといって皐月の要求は止まらない。
いや、むしろエスカレートしていく一方だ。
最悪なことに、皐月は「理子が男に抱かれている姿を収めた写真」を持っている。
金がなくなったからといって、皐月の要求を拒否することはできない。
そんなある日、理子は幸乃に連れられて行った古書店で、つい出来心から無人のレジを物色してしまう。
だが、それは店主の巧妙な罠だった。
「やっぱりお前だったのか」
どうやらその古書店ではたびたびレジの金が抜かれていたらしく、店主は理子をその犯人だと勘違いしているようだった。
もちろん理子は常習犯ではなかったものの、状況は最悪だ。
「親にいじめられていることを知られたくない」と焦った理子は、気づけば店主の老婆を思いきり突き飛ばしていた。
打ち所が悪かったのか、老婆は立ち上がる気配もなく呻いている。
…まずい、まずい、まずい!
追い詰められた理子の口から滑り出たのは、かつて理子自身を呪っていた言葉だった。
「幸乃、少年法って知ってる?」
このとき理子は誕生日を迎えており14歳、一方の幸乃はまだ13歳だった。
法律上の扱いが決定的に変わる一歳差。
理子は幸乃に土下座しながら、震える声で助けを乞う。
「お願い、幸乃。私にはあなたしか頼れないの。私には幸乃が必要なの。だからお願い、助けてください」
「いいよ、理子ちゃん。早く逃げて。理子ちゃんには悲しむ人がいるんだもんね。それに理子ちゃんは私を必要としてくれたから」
救急車を呼ぶ幸乃を尻目に、理子はなりふり構わず逃げ出した。
店を出る時、幸乃が「慎ちゃん」と呼んでいた男の子が走り去っていく後ろ姿が見えた。
やがて、冬休みが明けて新学期が始まった。
幸乃は学校に来ていない。
実のところ、理子は少年法について履き違えていたのだ。
強盗致傷は重罪。
13歳以下の犯行だったからといって、おとがめなしで許されるはずなどない。
それ以来、幸乃が学校に来ることはなかった。
…。
やがて理子は成長し、社会的に成功した。
だが、その陰には常に「罪の意識」がついまとい、理子の心が安息を得ることはなかった。
今でも、あの事件の犯人は幸乃だったということになっている。
幸乃が裁判にかけられていることを知ったとき、理子は「せめて誰かが幸乃の支えになってくれたら」と願った。
第4章「罪なき過去の交際相手を――」
八田聡が井上敬介から「彼女だからよろしく」と幸乃を紹介されたのは今から10年前のこと。
まだ幸乃が20歳、幼なじみである聡と敬介が23歳だった頃だ。
敬介といるときの幸乃は幸せそうな表情を浮かべていたが、どうやら常日頃から敬介に暴力を振るわれているようだった。
ギャンブル好きのDV男と、依存体質の女。
典型的な共依存関係だ。
「別れるべきだ」と思いつつ、自らもまたそんな敬介の友達を辞められない聡には何も言うことができなかった。
やがて敬介は聡に「付き合っている女だから」と美香を紹介してきた。
幸乃とは違って敬介好みの派手なタイプの女。
二股だ。
もちろんそんなことは露ほども知らない幸乃は、以前にも増して傷跡が目立つようになっていた。
あまりに不憫すぎる。
フリーターである敬介が遊ぶ金だって、もとはといえば幸乃の金だ。
敬介のあまりの横暴ぶりを見かねてついに聡は幸乃に「別れた方がいい」と忠告したが、幸乃は頑なに敬介と別れようとしなかった。
「ずっと一人だった私に彼は手を差し伸べてくれたんです。彼に甘えているのは私の方です。本当に彼だけなんです。こんな私を必要としてくれたのは」
「そんなことはないよ。なんでそんなに自信がないんだよ」
「だって、これまでもいっぱい人にすがって、捨てられて、信じて、裏切られてを繰り返してきましたから。子供の頃も、中学生の時も、施設時代も、出てからも…。これが最後のチャンスです。そう思って私は彼に心を委ねました」
「どういう意味?」
「あの人にまで見捨てられたら、もう私に生きている価値はありません」
時は流れ、やがて敬介は就職した。
久しぶりにかかってきた電話で、敬介は聡に告げる。
「美香と付き合う。幸乃と別れ話をするから一緒に来てくれ」
久々に見る幸乃の顔は病的なまでに青白く、かなり思い詰めている様子だった。
「俺、もう別れたいんだよね」
「納得できません」
敬介がどんなに話をしても、幸乃は「納得できない」と繰り返すばかり。
だが、それは当然のことだ。
敬介は美香のことを話していない。
「他に女ができたわけじゃない。イチからやり直したいだけだ」
薄っぺらな嘘。
そんな敬介の真意を知ってか知らずか、幸乃は言った。
「もし敬介さんが私以外の誰かを守ろうとしているなら、私はたぶん許せません。すべてを消し去って、私も後を追います」
言い終えてすぐに浮かべた柔らかい笑みが、彼女の覚悟が本物であることを証明しているように思えた。
「な、なんだよ、お前。ちょっと異常だよ」
敬介の暴言にもいつものような迫力はない。
「もうお前なんかいらないんだ。頼むから黙って俺の前から消えてくれ。俺はもうお前の顔なんか見たくない」
それでも笑みを絶やさない幸乃から逃げるように、敬介はその場を後にした。
それから半年。
幸乃はすっかり敬介のストーカーと化し、敬介は心労からどんどんやつれていった。
「せめて金(150万円)を返せ」という聡の助言どおりに敬介は金を返し始めたが、かえってストーカー行為は激化。
美香の妊娠を機に敬介は夜逃げ同然に引っ越し、幸乃の前から姿を消した。
そして、つかの間の平穏が井上家に訪れる。
妊娠を機に派手な装いから清楚な外見に改めた美香。
祝福されて誕生した双子の娘たち。
それはまるで絵にかいたような若く幸せな夫婦の姿だった。
だが、本人たちが忘れようとも、過去の罪は消せない。
ATMでの振り込みから幸乃に住所を突き止められ、再びストーカー行為に悩まされる日々が始まった。
そして、事件当日。
「ねぇ、パパ…。あの女だ…。あの女が外にいる」
放火により、美香と双子の娘たちがこの世を去った。
…。
そして現在。
ニュースでは敬介が「罪のない交際相手だった」としきりに紹介されている。
だが、真実はそうではない。
もちろん幸乃のしたことは許されることではないが、そこまで彼女を追い詰めたのは敬介自身なのだ。
そして、自分もまた彼女を止めることができなかった…。
あれから聡は結婚して子供も儲けたが、いまだに後悔の念を胸に抱えていた。
第5章「その計画性と深い殺意を考えれば――」
独居房の中で、田中幸乃は事件前後について思い返す。
…。
敬介から捨てられて2年。
幸乃は仕事を辞め、抗不安剤を常用する日々を送っていた。
一時は敬介の居場所がまるでわからなくなったことで逆に心の平穏を取り戻していたが、ATMからの振り込みをきっかけに居場所を特定してからは以前の状態に逆戻り。
幸乃は再び非常に危うい精神状態へと陥ってしまっていた。
そんな幸乃の心の支えとなったのは、敬介たちが住むアパートのオーナー・草部猛だ。
草部老人はアパートの周りに出没する幸乃に声をかけては、親身に話を聞いてくれた。
「そんなに(母親譲りの)その顔が憎いのなら、いっそ本当に手術したらいいじゃないか。それくらいで人生のやり直しができるなら安いものだ。人間はね、何度だって生まれ変わることができるんだよ」
老人の言葉に背を押されて、幸乃は事件の3週間前に整形手術を受けた。
これまで恨み言ばかり綴ってきたノートに、新しい決意を記す。
『いい加減自分と決別したい。今日をもってノートともお別れだ。こんな価値のない女を好きになってくれてありがとう。さようなら、敬介さん』
なんとかギリギリで、幸乃は一線を超えることなく踏みとどまれたのだ。
…。
事件が起こった日。
幸乃は確かに敬介のアパートの前にいた。
何か目的があったわけではない。
衝動的な行動だった。
当時の幸乃は薬の過剰摂取により意識がもうろうとしており、事件前後のことはあまり覚えていない。
だが、幸乃は裁判で有利になるであろうその事実を最後まで口にはしなかった。
第6章「反省の様子はほとんど見られず――」
かつて陽子や幸乃と一緒に遊んでいた丹下翔は、成長して弁護士になっていた。
海外で幸乃の報道(判決)を知った翔は、すぐに日本に帰国。
東京拘置所へと足を運んだ。
だが、幸乃が面会を拒んだため会うことは叶わず。
それでも翔は諦めることなく幸乃に手紙を出し、毎週必ず面会を申し込んだ。
幸乃は一審の判決後、控訴していない。
取り調べでもあっさりと罪を認め、裁判では自分が有利になるようなことは一切しなかったという。
かといって罪を償いたいという悔恨の気持ちがあるわけでもなく、反省の色はないそうだ。
それはまるで、ただ極刑に処されることだけを望んでいるような…。
帰国から2年が経過した。
翔は幸乃の事件について調査を続けていたが、めぼしい新情報はなく焦りが募る。
そんな日々の中、「その日」は突然訪れた。
幸乃が初めて面会に応じたのだ。
実に18年ぶりの再会。
結果からいえば、幸乃は「再審を請求しよう」という翔の言葉には応じなかった。
だが、翔に収穫がなかったわけではない。
幸乃の口から出た「ササキシンイチ」という名前。
幼い頃いっしょに遊んだ「シンちゃん」が、裁判の傍聴席にいたのだという。
自分と同じく幸乃のために動いている人間がいるという事実は翔を励ました。
…とはいえ、幸乃たちと遊んでいたのは記憶もあやふやな少年時代の話だ。
今の翔には「ササキシンイチ」の漢字を思い出すことさえできず、せっかくの情報を活かすことができなかった。
再びの停滞。
次に進展があったのは、面会から1年後のことだった。
幸乃のことを書いたブログ「ある死刑囚との日々」の執筆者である八田聡と会えることになったのだ。
期待とは裏腹に聡もこれといった情報を持ってはいなかったが、ただ一点だけ「佐々木慎一というフリーライターにも同じ話をした」という情報には価値があった。
やはり「シンちゃん」もまだ幸乃のために動いている…!
そのことを手紙で伝えると、幸乃はあの日以来再び拒んでいた2度目の面会に応じた。
「私は慎一くんに会いたいとは思っていません。今日はそれだけを伝えにきました。もう来ないでください。手紙も結構です。これまでありがとうございました。感謝しています」
冷たく言い放つと、幸乃は面会室から去っていく。
そんな幸乃の姿を見ながら、むしろ翔は覚悟を決めた。
(せめて彼女が彼女自身と向き合うために、罪を直視するために、自分がやれることはもう一つしかない)
慎一を幸乃につなげること。
それこそが自分の使命なのだと翔は思った。
第7章「証拠の信頼性は極めて高く――」
翔からの電話から2日後、佐々木慎一は久しぶりに翔と再会した。
正義感が強かった子供時代の面影を色濃く残す翔とは違い、成長した慎一は挙動不審で卑屈な人間だ。
「若きエリート弁護士」と呼ぶにふさわしい風貌の翔を前にして、アルバイト生活を送る慎一はたちまち劣等感を抱いた。
挨拶もそこそこに翔が本題に入る。
すると、慎一はすぐに翔との立場の違いに気がついた。
翔の目的は「幸乃に罪を直視させ、反省を促すこと」だ。
それが幸乃のためにできる最良の行動だと信じている。
だが、慎一の考えはそれとは異なる。
慎一の目的は「幸乃を助け出すこと」だ。
『あの子、たぶんやってない――』
熱弁を振るう翔に冷ややかな目を向けながら、慎一はその言葉を呑み込んだ。
子どもの頃、慎一は乞われるまま美智子に幸乃に関する情報を伝えていた。
それが幸乃のためになると信じていたからだ。
だが、結果はどうだ。
美智子は慎一から得た情報を武器に、野田家から幸乃を奪っていった。
幸乃が街を去ることになってしまった原因の一端は、慎一にあったのだ。
あの時の不信感と怒りを、慎一は今も強く覚えている。
やがて中学に上がると、慎一は不良グループに目をつけられ、いじめられるようになった。
かつての理子がそうであったように金を搾り取られ、ついには万引きにも手を染めた。
実のところ、あの古書店でたびたびレジの金を抜いていたのは慎一だ。
理子が老婆を突きとばした事件の一部始終についても目撃していた。
だが、慎一は理子を告発することなく、口を閉ざし続けた。
自分の身を守るために。
わずかな勇気をだせなかったがために。
結果として幸乃を再び苦しめてしまったことへの後悔から、慎一はやがて引きこもりになった。
「ああ、まただ」
幸乃の事件について知ったとき、慎一は直感した。
幸乃はまた誰かをかばって罪を被っているに違いない。
裁判に足を運び、傍聴席から幸乃の姿を見た時、その思いはますます強くなった。
慎一の胸に宿ったのは「あの時の悔しさを繰り返してはならない」という強い想い。
「幸乃ちゃんのためにできること…」
うわごとにように繰り返しそうつぶやきながら、慎一は行動を開始したのだった。
翔と再会した日から半年が過ぎた。
あれから翔は幸乃のための支援団体を立ち上げ、熱心に活動している。
慎一も集会に参加したことがあるが、誰もかれも「田中幸乃」に本当に興味を持っているようには思われない。
慎一にはそれが酷く白々しい集まりであるように思われた。
刑の確定から4年。
もはや、いつ幸乃の番が来てもおかしくはない。
(時間がない)
進展のない日々に、慎一は焦りを感じていた。
そんな中、慎一は聡から呼び出しを受けた。
何か新しい情報が入ったのかという慎一の期待とは裏腹に、聡の要件は「もう幸乃の件からは降りる」というものだった。
貴重な情報源でもあり、本音を話せる数少ない相手でもある聡を失うことは、慎一にとって大きな痛手だ。
沈痛な面持ちを見せる慎一に、聡は「最後にとっておきの情報がある」と告げる。
聞けば、例のブログに送られてきたメールの中に「これは」というものがあったのだという。
メールの送信者を突き止めるべく行動した聡が行きついたのは、メディアでさんざん幸乃のことを批判していた例の老婆。
傍聴席では確か隣に金髪の少年を従えていた。
慎一はさっそく老婆を訪ね、ひどく怯える老婆に連絡先を渡した。
(あの老婆は何か重大な秘密を抱えている。それを話してくれれば…)
そんな慎一の祈りも虚しく、老婆からの連絡は一向になかった。
さらに月日が流れ、刑の確定から6年目の春が来た。
舞い散る桜を見て慎一が連想したのは、かつて幸乃と一緒に見た桜の景色。
慎一はありったけの想いを込めて、幸乃への手紙をしたためた。
『もう一度、君とあの景色を見ようと思っています。僕だけは信じてるから。僕には君が必要なんだ。必ず君をそこから出します。だから、そのときはどうか僕を許してください』
手紙には、枯れないように加工した桜の花びらを一枚同封した。
…。
幸乃から思ってもみない返信が届いたのは、それから数カ月が過ぎた梅雨の終わりごろ。
わずか数行の文面を読みきったとき、慎一はとめどなく涙を流していた。
もう本当に時間がない。
慎一は願いを込めて老婆にメールを出す。
幸乃から届いた手紙の一部を抜粋して、本文に綴った。
『あの桜を見たくないといえば、うそになります。でも、それ以上に、私は一日も早くここで裁かれることを望んでいます。かかわってしまったすべての人たちの記憶からもいっそ消えられないかと、願う毎日です。生まれてきてしまって申し訳ないという法廷での思いに、今も変わりありません』
裏目に出る可能性があることを自覚しつつ、老婆にも何かを感じとってほしかった。
待ち望んだ老婆からの連絡が来たのは、数か月が過ぎた秋頃だった。
思いつめたような声の老婆に呼び出され、慎一は事件現場近くの公園へ。
江藤と名乗った老婆は慎一の姿を認めると、静かに語り出した。
「まずはここを見ていただきたいと思いました。すべてこの場所から始まったことだったんです」
※以下、物語の核心となるネタバレあり!
ずっと慎一が探し求めていた言葉は、いともあっけなく耳に響いた。
「あの事件の本当の犯人は田中幸乃さんではありません」
事件の真犯人は、老婆の孫である浩明とその仲間の不良グループ。
彼らはあの公園で草部老人から説教されたことへの腹いせとして、草部の家でボヤ騒ぎを起こしてやろうと計画し、軽いイタズラのつもりで火を放った。
ところが、彼らの想像も及ばなかった「2つの誤算」が歯車を狂わせていく。
1つ目の誤算は、事件当日の乾ききった空気。
彼らが放った火は瞬く間に大きくなり、予想を超えた規模の火災を引き起こした。
そして2つ目の誤算は、無関係な井上家の部屋に火を放ってしまったこと。
当時、幸乃のストーカー行為への対策として、草部家と井上家は表札を入れ替えていたのだ。
その結果、むしろ彼らには動機がなくなり、「復讐」というわかりやすい動機が見て取れる幸乃が誤認逮捕された。
浩明は良心の呵責から自首しようとしたが、江藤老婆はそれを許さなかった。
なぜか幸乃が罪を否認せず、「自供した犯人」として報道されていたからだ。
(このまま黙っていれば、浩明の罪が露見することはない)
江藤は孫可愛さに幸乃を身代わりにすることにした。
しきりにメディアに出て目撃証言や幸乃への批判コメントを繰り返していたのも、ひいては孫を守るため。
江藤の思惑通り、最終的に罰は無実の幸乃に下された。
だが、後に江藤は自分がした行為の愚かしさを身をもって知ることになる。
他人の命を自分のために犠牲にして、平然と生きていける人間などいないのだ。
浩明はさらに重くなった罪の意識に苦しみ続け、最後にはバイク事故を起こしてこの世を去った。
遺書のように後悔と謝罪の言葉ばかりが並ぶ浩明のノートを見て、江藤は浩明がわざと事故を起こしたのではないかと直感した。
そして現在。
浩明の三回忌を終え、老婆はやっと覚悟が決まったのだという。
だから慎一にすべてを話したのだ、と。
幸いにもまだ幸乃は生きている。
(間に合った)
慎一は救われる思いで口を開いた。
「たくさんの人の人生がこれから変わるんだと思います。多くの人にとってそれは望まないことかもしれません。あなたにとっても、ひょっとしたら幸乃ちゃんにとっても。それでも、僕はあなたを警察に連れていきます。もう決着をつけなきゃいけません。正義は一つじゃないかもしれないけど、真実は一つしかないはずです」
まるで土下座をするような格好になって、老婆は深く頭を下げた。
記念すべき9月15日。
(本当に間に合ったんだ。次の春には一緒に桜を見ることができる。きっと何かを取り戻せる)
もう二度と大切なものを取りこぼすことのないように、慎一は固く拳を握りしめた。
エピローグ「死刑に処する――」
女性刑務官の佐渡山瞳は、幸乃に執行命令が下ったと知って体を硬直させた。
特別仲が良かったというわけではない。
ただ、同年代だったという点と、「実は無罪なのではないか?」という疑念が、瞳を複雑な心境にしたのだ。
当日。
刑執行は朝一番の「お迎え」で囚人に知らされる。
幸乃は自分の番が来たと知っても取り乱すことなく、ひどく落ち着いていた。
それが瞳には気に入らなかった。
粛々と執行までの段取りが進んでいく。
(本当にこのまま刑を執行させていいのか?)
今も幸乃の友人たちは彼女の冤罪を晴らすために動いているという。
なのに、ここで終わってしまっていいのか。
刑務官としての本分を忘れ、気づけば瞳は幸乃に詰め寄っていた。
「傲慢よ。あなたを必要としてくれる人はたしかにいるのに、それでも刑に抗おうとしないのは傲慢だ」
狙いは幸乃の持病の発作だ。
幸乃が失神すれば、ひとまず刑の執行は止まる。
倒れろ、倒れろ、倒れろ…!
祈るように言葉で幸乃を追い詰めていく瞳だったが、すぐに周りの刑務官に取り押さえられた。
幸乃は失神するかしないかの瀬戸際で、なんとか呼吸を整えて「生き延びてしまわないように」懸命に気を失うことを拒んでいる。
そして…幸乃は意識を保つことに成功した。
「申し訳ありません。もう大丈夫です」
瞳の方を振り返って言う。
「もう怖いんですよ。佐渡山さん。もし本当に私を必要としてくれる人がいるんだとしたら、もうその人に見捨てられるのが恐いんです。それは何年もここで耐え忍ぶことより、命を失うことよりずっと恐いことなんです」
そう口にした彼女は、驚くほどキレイだった。
瞳の妨害もむなしく、刑執行はまるでベルトコンベアーのように無機質に進んでいく。
坊主の読経は、彼女にとって何の意味もないものだっただろう。
いよいよ、幸乃は最後の部屋に入った。
瞳はその部屋には入れなかったため、想像の中で幸乃の姿を思い描く。
執行室ヘと入る。
足を固く縛られる。
細く白い首に縄がかかる。
想像の中の幸乃は「やっとここにたどり着けた」と満足そうな笑みを浮かべている。
やがて、瞳の想像をかき消すように、現実の世界で轟音が響いた。
刑が、執行されたのだ。
運命の9月15日。
幸乃はやっと願いを叶えたのだ。
当日の朝から、幸乃はずっと佐々木慎一から届いた手紙と一片の桜の花びらを手に抱えていた。
最期の時、幸乃の心を救ったのはきっとあの手紙と花びらだったに違いない。
棺の中の幸乃の表情には一点の曇りもなかった。
生きたいというかすかな衝動を、終わらせたいという強い願いで封じ込めた。
少女のように微笑む彼女に、いったいなんと声をかければいいのだろうか?
「おつかれさま」か「おめでとう」か。
きっと「おめでとう」なのだと知りながら、瞳はその言葉を口にはしなかった。
<イノセントデイズ・完>
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まとめ
今回は小説「イノセント・デイズ」のあらすじ・ネタバレをお届けしました!
この作品について印象的だったのは、やはり終盤の展開ですね。
第7章で読者の期待通り「無実が判明した=幸乃が救われた」と思わせておきながら、エピローグではまさかのデッドエンド!
私も最後まで「でも…いや、でも最後には助かるんでしょ…?」と思っていましたから、かなり衝撃的な結末でした。
「イヤミス」とはまた違うものの、悲しさ・切なさ・無力感・怒り…複雑な気持ちを読者に残すような結末でした。
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