ラストに驚き

「九月の恋と出会うまで」のあらすじとネタバレ!映画の結末は?

ぱんだ
ぱんだ
ようこそ!

松尾由美「九月の恋と出会うまで」が映画化!

高橋一生さんと川口春奈さんがW主演を務めるラブストーリーということで早くも注目されていますね!

また、映画の原作小説は『書店員が選んだもう一度読みたい恋愛小説』第1位に輝いた話題作でもあります。

私もさっそく小説を読んでみたのですが…面白い!

タイトルからほんのりわかるように『時間系SF』の要素が物語のカギになっているのですが、結末で明かされる真実には「そうきたか!」と驚かされました。

そして、驚きの後に待っていたのはラブストーリーとしての爽やかな感動!

幸せな読後感を味わえる、素敵な作品でした。

というわけで今回は、映画化も決まった小説「九月の恋と出会うまで」のあらすじとネタバレ!

『未来から届く声』の真実とは!?

 

※本記事ではあらすじ・ネタバレとして詳しいストーリー展開を追っていきます。「一番大事なネタバレ部分だけ知りたい!」という方はこちらの記事をどうぞ。

関連記事:「九月の恋と出会うまで」のネタバレ解説!2周目の前に!

 

 

「九月の恋と出会うまで」のあらすじとネタバレ!

【第1章】

2004年、夏。

北村志織は東京郊外の旅行代理店に勤める27歳で、趣味はカメラ。

ある日、雑貨店の店先で熊のぬいぐるみと目が合った志織は、「彼」からこうしゃべりかけられたような気がした。

『引っ越しちゃえば?』

志織は一目惚れで熊のぬいぐるみを購入。

ちょっとしたご近所トラブルに嫌気がさしていたこともあり、「彼」の助言どおり引っ越すことにした。

 

新居の「アビタシオン・ゴトー」は各階2部屋ずつの2階建てで、つまり全部で4世帯。

オーナーである権藤老人の意向で「少しでも芸術活動に関わっていること」が入居条件のちょっと変わった物件だった。

志織の場合は「自分で写真の現像までしている」ということで、ギリギリ合格したらしい。

志織の部屋は2階のB号室。

他の住人は美人女医の祖父江(1A)、話好きなオーケストラ団員・倉(1B)、そして会社員の平野(2A)

倉によれば、音楽家にも芸術家にも見えない平野はどう考えても「普通の人」であり、そんな平野がなぜこの物件に住めているのかが「このマンション最大の謎」になっているという。

 

ある日、志織は階段で平野とすれ違った。

顔だちは整っているが、体つきは細く貧弱。猫背気味で、おどおどした態度が情けない印象を与えている。

平野は志織の挨拶にぼそぼそと聞こえない返事をして去っていく。

倉が「オタクっぽい」と表現したのも頷ける「へどもど」した青年だった。

※へどもど…どうしていいのかわからなくて、 うろたえまごつくさま。

 

部屋へ帰ると、志織は平野の印象を熊のぬいぐるみの「バンホー」に話した。

ひとり言の相手としては、可愛らしく寡黙なぬいぐるみは最適だ。

それは、志織が平野の「へどもど」に言及したときだった。

「ぷっ」

堪えきれずに吹き出したような笑い声が、壁の向こうから聞こえた。

完璧な防音が施されている壁の向こうから。

しかも、隣の部屋とつながっていない…ベランダ側の壁の向こうから。

 

 

第2章

「誰か、そこにいるんですか?」

「…です」

「シラノさん?」

言った後で気づく、声は「平野」と言ったのですはないか?

「もしかして、平野さん?」

「おっしゃるとおり、平野です。この前は失礼しました」

低くかすれた声。初めて聞く平野の声には余裕ささえ漂っており、志織は意外に感じた。

 

志織は今、まるでそこに電話でもあるかのように、壁に向かって話しかけている。

より正確に言うなら『電話』の役割を果たしているのは天井近くに空いた「エアコンの穴」だ。

志織の部屋にはエアコンがない。

本来エアコンと室外機とをつなげるホースが通るはずの「穴」は塞がれ、ちょうどマグカップ1つ分ほどの空間が壁の外側に向けて出っ張っている。

志織は現像した写真を吊るすため脚立に上っており、たまたまその穴の近くからバンホーに話しかけていた。

その声が、やはりエアコンのない平野の部屋の穴から聞こえてきたのだという。

もちろんその穴に機械的な仕掛けがあるわけではなく、外側から見てみても異常はない。

 

「どうして、こんなふうに話ができるんですか?」

「もっともな疑問です。まずはいくつかのことを説明しなければなりません」

平野はまず、今現在隣室から話しかけているわけではないと説明した。

確かに、隣の2A号室は留守のようだ。

では、どこから平野は話をしているのか?

「簡単に言いますと、ぼくは北村さんとは別の時間に属しているのです。そちらは2004年ですよね?9月の…」

「1日ですけど」

「やっぱり。だとすればちょうど1年ずれていることになる。こちらは2005年の9月1日ですから」

要するに、声の平野は未来の人間なのだという。

しかし、とても信じられない。

そんな志織の心中を見抜いていたかのように、平野は「今後1週間分の新聞の見出し」を志織に伝えた。

それらの予言が的中していたら、確かに声の平野は未来人だということになる。

毎朝新聞の見出しを確認するように念を押すと、未来の平野は言った。

「1週間後に、もう1度話しましょう。今日と同じ水曜日の夜9時に。同じように、それぞれの部屋のエアコンの穴の前で」

その時には頼みたいことがある…そう言い残して声の気配は消えた。

 

 

信じがたいことに、平野の予言はすべて的中した。

それから1週間の新聞の見出しは、一言一句すべて平野から聞いたものと同じだった。

 

約束の水曜日、再び未来の平野から声が届いた。

平野は志織に「2004年の平野を尾行してほしい」という。

志織の仕事が休みになる水曜日だけ、平野を追ってその姿を写真に収めてほしい。

それが平野の頼みだった。

尾行だなんて気が引けたが、平野は「とりあえず1度だけでも」と強引に志織に承諾させる。

そのくせ、尾行の理由については「まだ説明できない」とはぐらかすのだ。

ともあれ、約束してしまったからには実行する他ない。

尾行には「重大な意味」があるという話だし…。

尾行決行は翌週の水曜日。

その日の夜には、再び「シラノ(※)」と話をすることになった。

※未来の平野を区別するための便宜上の呼び方

その時こそ、シラノは尾行をしなければならない「理由」について説明してくれるというが…。

 

 

第3章

9月15日水曜日、尾行当日。

志織はこっそりと平野の後をつける。

出勤の電車、取引先との打ち合わせ、次の打ち合わせへの移動…。

平野がこちらに気づく様子はない。

道中、平野は工事現場に立ち寄ってコンクリートの塊を拾っていたが、あれは何だったのだろう…?

シラノから「尾行は5時まででいい」と言われていたので、夕方ごろに志織は引き上げた。

 

帰宅後、志織はいつものようにバンホーに向かって独り言をつぶやく。

「コンクリートの塊をわざわざ拾って持っていく人なんている?」

すると、どうしたことか。

『いるんじゃないの?人によっては』

バンホーから返事があった。

いつのまにか、可愛らしい熊のぬいぐるみは話せるようになっていたらしい。

ただし、外見に反してその口調には遠慮がなく、皮肉っぽい。

バンホーは暗に「コンクリートの塊は凶器として使うつもりなのではないか?」と言ってきた。

これは志織の無意識がつくり出した幻聴なのだろうか…?

 

やがて9時になると、シラノの声が聞こえてきた。

志織が尾行について報告すると、シラノは満足そうな声で丁寧に礼を述べた。

それにしても、今日の尾行にはどんな意味があったのか?

「申し訳ないのですが、理由はまだ話せません。ぼく1人の判断では済まないのです」

先週の約束と違う。

だというのに、シラノは図々しくも「一生恩に着ますから、あと何回かだけは続けてもらえませんか?」と頼んでくる。

断ってやりたい気持ちもあったが、理由がはっきりしないままというのも気持ち悪い。

それに、シラノの熱意だけは本物のように思われた。

この尾行によって救われる人は確かにいるのだろう。

そんなわけで、志織は仕方なく尾行を続行すると約束してしまった。

 

街でばったり祖父江に会った。

話題が平野のことに及ぶと、祖父江は「平野は部屋で人を殴る練習をしていたようだ」と志織に話した。

 

 

次の水曜日。2度目の尾行も特に問題なく終わる。

気になることと言えば、またも平野が工事現場で不審な行動をしていたことくらいだ。

※工事現場に侵入しようとしていたように見えた。

バンホーは『平野は犯罪者、またはその予備軍なのでは?』と志織に言った。

 

夜になり、シラノとの会話が始まる。

前回と同じく、シラノはのらりくらりと言い訳を重ねるばかりで、一向に尾行の理由について説明しようとしない。

さすがに志織もイライラしてきた。

「事情を説明してください」

「この前も言いましたよね。ある人の気持ちを考えないといけない、と」

前回の話では「ある人」の正体は、志織も知っている人物らしい。

「誰のことなんですか?」

「ぼくにとって近いような、遠いような人です」

「その人と連絡はとれないんですか?」

「全くとれないというわけではないんですが…けれども、その人は今、ここにいないのです。ぼくのいるここには」

「どこかへ行っていて、戻ってくる?」

「そのはずです」

「いつ?」

「たぶん、9月29日に。いろいろなことがうまくいけば」

29日といえば、来週の水曜日だ。

「わたしが来週もこれまで通りにすれば、その時こそは話してくれるということですか?」

「そうできればと、ぼくとしては思っています。お願いします。だから来週だけは、ぜひとも。何をおいても」

いつもにも増して熱っぽいシラノの口調に押されるようにして、志織は「あと1回だけですよ」と答えた。

「ええ、それで結構です。ありがとう」

 

会話の最後、シラノは毎回の恒例行事になっている「新聞の見出しの予言」を志織に伝える。

「もういい」と言っているのだが、「こういうことはきっちりしたい」とシラノが譲らないのだ。

「おっと失礼、3日ほどよけいでしたね」

その日、シラノは10日分の予言を志織にメモさせてから消えた。

「それでは、おやすみなさい。くれぐれも、よろしくお願いします」

 

 

第4章

9月29日、水曜日。

3度目の尾行。

この日、志織は朝から酷く体調が悪かった。

それでも志織は約束通り平野の後を追ったが、途中で後ろ姿を見失ってしまう。

シラノからは「見失っても5時までは探す努力をしてください」と言われていたので、諦めずに探してみるが、見つからない。

結局、そのまま5時になり、尾行失敗で終了。

くたくたになって家へと帰ると…妙なことにドアに鍵がかかっていない。

中に入ると、案の定、部屋が荒らされていた。

詳しく調べてみると、現金がなくなっている。

間違いない。空き巣に入られたのだ。

そういえば、そんな話もあったような…。

盗られた現金は大した額ではなかったが、へとへとに疲れていたこともあり、志織はガックリと落ち込んだ。

 

報告のため、アパートからほど近いオーナー・権藤老人の家に行ってみたが、あいにくの留守。

仕方なく部屋に戻ろうと来た道を歩いていると、志織はふと気がついた。

『2階A号室にエアコンがついている』

前に確認したときは確かになかった。だが、いつのまにかエアコンが設置されている。

これにより、平野の部屋からは「穴」が消失したわけだ。

これでは「1年後の2Aの穴から話している」というシラノの話と矛盾するではないか。

志織の脳裏にいくつかの疑問が浮かんでくる。

『シラノの正体は本当に平野なのか?』

『シラノはどうやって声を届けていたのか?』

 

空き巣の件で2人組の刑事が訪ねてきた。

犯人は決まって水曜日に事件を起こしているらしい。

「何かあったら連絡を」と言い残して去っていく刑事たちの後ろ姿を眺めながら、志織は考えていた。

前回の会話の中で、シラノは刑事たちの来訪を暗に予言していた。

だが今、隣室の平野は留守だ。

「平野=シラノ」ならば、なぜシラノはこのことを知っていたのだろうか?

 

 

やがて9時になった。シラノとの約束の時間。

だが、いつまで待っても声は聞こえてこない。

…今日こそは、尾行の理由を説明してくれる約束だったのに。質問したいことがたくさんあるのに。

志織は10時まで声を待ち続けたが、結局シラノからの連絡はなかった。

 

もやもやした思いを抱えたまま、ベランダへ出る。

隣を見ると、最近まではなかったエアコンの室外機がある。

志織が憎々しげにエアコンを見ていると、偶然にも平野がベランダに出てきた。

「どうしてエアコンをつけたりしたんですか」

思わずきつい声で言ってしまった。

平野にしてみれば理不尽な言いがかりに聞こえたことだろう。

「あの、すみません。何か問題でもあるんでしょうか」

心外そうに答えた平野の声は高く澄んでいて、その口調には落ち着きがない。

この時、志織は初めて2004年の平野の声を耳にした。

そして、すぐに確信した。

これは、シラノの声ではない。

 

9月29日の長い一日は、まだ終わらない。

よっぽど理不尽な言いがかりに腹を据えかねたのか、平野が部屋に訪ねてきたのだ。

要約すると、平野の言い分は

・自分は貧乏でエアコンも買えなかったが、人から譲られたのでやっと設置することができた。

・自分は暑さにも寒さにも弱いため、ずっとエアコンが欲しかった。迷惑もかけていないのだから外す気はない。

というものだった。至極まっとうな抗議といえる。

もちろん志織もエアコンを外してほしいだなんて思っていない。

「わかりました。それで結構です」と答える。

すると、その豹変ぶりを妙に思ったのか、平野は重ねて尋ねてきた。

「何か、あったんですか?」

少し話しただけだが、どうも平野は悪い人間ではないようだ。

志織は思い切って平野に打ち明けてみることにした。

空き巣に入られたこと、そして「声」のことについて。

声に従って平野を尾行したところまで、包み隠さず。

案の定、平野は志織のことを「頭のおかしい奴」だと認識したようだった。

その表情からは尾行されたことへの怒りの他に、哀れみ(あるいは蔑み)の感情が見て取れる。

信じてもらえなければ何の意味もない。

志織はとっさにシラノの「予言」のことを思い出す。

前回、シラノは3日分余計に新聞の見出しを予言していた。

志織はその見出しのメモを平野の手に握らせる。

「それが外れていたら、わたしのことをどんなふうに思ってくださっても結構です。だけど、もし合っていたら、またここへ来てくれますか。いろいろお訊きしたいことや、お話ししたいことがあるんです」

平野はあいまいにうなずいた。気味が悪いと思いながらも「予言」に好奇心が刺激されたようだった。

平野はメモを受け取ると、ふらふらした足取りで部屋から出ていった。

 

 

3日後の夜。

志織の部屋のチャイムが鳴った。

「それで、ぼくに聞きたいことや話したいことというのは何ですか?」

開口一番に訊ねてきたのは、もちろん平野だ。

平野に渡した3日分の予言は、これまでと同じくピタリと実際の新聞見出しと一致していた。

これには平野も参ったのだろう。

志織を見る平野の目は、前回とは違って真剣なものに変わっていた。

 

志織は改めて平野に「声」に関するすべてを打ち明けた。

問題は何といってもシラノの正体だ。

シラノは志織の行動だけではなく、2004年の平野の行動についてもよく知っていた。

平野とシラノが別人だとすれば、シラノは志織と平野の共通の友人という線が濃くなるが…今現在、該当する人間はいない。

もちろん、今該当する人間がいなくても、2005年9月にはいるかもしれないのだが…。

 

志織の話の中から平野が着目したのは「2Aと2Bのエアコンの穴がつながった」という点だった。

平野には友人に騙されて背負わされた借金があり、とてもではないが1年後に引っ越しているとは思われない(引っ越し費用がない)

同時に、虚弱体質である平野が念願のエアコンを今後外すとも考えられない。

ならば、2005年9月の2Aに住んでいるのは平野ということになり、しかもその時エアコンの穴は埋まっていることになる。

これはシラノの説明と明らかに矛盾している。

そこで平野はこう推測した。

『シラノの正体は、次に2Bに引っ越してくる人ではないか?』

隣の部屋同士のエアコンの穴がつながったという説明よりも、時間を隔てた同じ部屋の穴がつながったという方がまだ納得できるというのだ。

とはいえ、志織だって引っ越してきたばかりで退去の予定はない。

正直なところ、いまいちピンとくる仮説ではなかった。

 

結局、その晩は何も解決しないまま解散することになった。

平野はコンクリートの塊を拾っていたことや工事現場に侵入しようとしていたことについて、断固として説明しようとしなかった。

 

 

翌日。10月3日の日曜日。

仕事から帰ると、郵便受けに一通の手紙が入っていた。

差出人は平野進。

手紙はまず、平野の正体を明かすところから始まっていた。

聞いてみれば何ということはない。

平野の正体は『小説家志望』の青年だった。

志織と同じく、権藤老人の設けた入居条件には「ギリギリ合格」だったのだろう。

尾行中に見た平野の不審な行動は、すべて小説執筆のための準備や取材。

平野が書いているのはミステリーやサスペンスに分類されるものであり、そのために凶器の質感を確かめたり、人を殴る際の動きについて研究していたりしたのだという。

そうした身分を明かした後、平野は「小説家志望なりにシラノの意図について推測してみた」と前置きして本題へと入った。

以下、平野からの手紙の要点。

1.やはりシラノは1年後のB号室から語りかけていたと考えた方が自然だ。

2.ということは、1年後のB号室に志織はいない。また、シラノの正体は自分ではない(※)

※マンション内での引っ越しには2年分の家賃先払いが必要であり、平野には払えない。

3.結局のところ、尾行には何の意味もなかったように思われる。シラノの目的は「その時間帯に志織を部屋から遠ざけておくこと」だったのではないか?

4.9月29日、3度目の尾行の日。もし尾行任務がなければ、体調不良だった志織は明かりを消してベッドで寝ていたはずだ。外から見れば、留守との区別はつきにくい。志織の存在に気づかず、そのまま空き巣が入ってきていた可能性は高い。

5.そうして、未来を生きるシラノがなかったことにしたいような『大変な何か』が起こった。シラノはその『何か』を回避するため、志織を部屋から遠ざけたかったのではないか。

つまり、平野はこう考えたのだ。

2004年9月29日、本来であれば志織は亡くなっていたのではないか?

シラノの目的は、志織を助けることだった。

シラノの介入によってすでに歴史は改変されている。

過去が変わったからこそ、シラノは消えたのではないか?

この仮説に基づくならば、シラノの正体は『現時点で志織が知っている誰か』ということになる。

※本来の歴史では、志織の命は9月29日に尽きている。10月以降に新たに志織と知り合う者はいない。

 

「失礼なことを書いたのですから、苦情、お怒り、何でも受けつける所存です」

手紙の最後には謝罪の言葉と、平野の連絡先が記されてあった。

 

 

第5章

本来ならばもう生きてはいなかったかもしれないという恐怖。

それでも今を生きることができているという安心感。

平野の手紙を見てからというもの、志織は落ち着かない毎日を過ごしていた。

それにしても気になるのは、やはりシラノの正体だ。

平野は「すでに出会っている人物」というが、心当たりはないし、シラノの声にも聞き覚えはない。

そもそも、とりわけ美人というわけでもない自分に誰かが惚れていて、過去を変えるという奇跡まで起こした…という筋書きはどうもしっくりこない。

なぜ、シラノはわたしを助けようと思ったのだろうか?その目的は?

 

次の水曜日は志織の誕生日。

「お誕生日おめでとう」

差出人不明のメールが届く。

すべてが謎に包まれているようで、どうにも気分がすっきりしない。

志織はついに平野に電話をかけることにした。

「なぜ、あんな手紙を寄こしたのか?」と八つ当たり気味な怒りをぶつける。

平野は改めて謝罪すると、志織を部屋に招待した。

今日が志織の誕生日だと知ると、平野は食事とケーキをごちそうしてくれた。

 

話の流れで、志織はついバンホーのことも平野に話してしまった。

ひとりでに話すぬいぐるみ。

平野はバンホーの正体について「旧バージョンの志織の記憶」ではないかと推測した。

※旧バージョンの世界…志織と空き巣が出会っていた最初の世界。今の世界は「現行バージョン」

そして平野は、タイムパラドックスについて志織に説明する。

・志織が助かった場合、2005年にシラノは現れない(過去に声を届ける必要がない)

・2005年にシラノが現れなければ、2004年の志織は助からない

・2004年の志織が亡くなった場合、2005年にシラノが現れ、過去の志織を助ける

「志織の生存」と「シラノの登場」は両立しない。

そのため、この事象は永遠にぐるぐると時を巡り続けることになる。

平野の考えによれば、やがて時は一方の「矛盾する事実」をなかったことにするのだという。

では、もしも「シラノの登場」の方がなかったことになったら?

「北村志織は2004年9月に亡くなった」という事実が残るわけだから、帳尻を合わせるために「今の生きている志織」は消滅すると考えるのが自然だ。

消滅のタイミングは、おそらく2005年の9月…。

「何とかならないんでしょうか?」

「要は、つじつまが合えばいいわけです」

つまり、シラノが現れればいいのだ。

「志織の生存」と「シラノの登場」を両立させれば、矛盾は発生せず、志織も消滅しないはず。

とはいえ、このまま手をこまねいているだけではどうしようもない。

現行バージョンの世界では、志織は生存している。

シラノが「志織を助けるために」過去に声を送る必要性がないのだ。

「だから、ぼくたちで説得するんですよ」

平野は決然とした顔つきできっぱりと言った。

「その前に、彼を見つけるところから始めないといけませんけどね」

 

 

第6章

こうして志織と平野は「対策本部」を設置した。

といっても、実情はただ平野が協力してくれることになったというだけだ。

協力関係になってからというもの、志織は平野とよく話すようになった。

平野は最初こそ「へどもど」した印象だったが、それは相手が見知らぬ女性で、しかも世間話をしなければならなかったからだという。

確かに取引先と話す平野は堂々としていたし、志織に慣れた今は頼もしさすら感じる。

ふと、志織は思う。

平野はわたしのことが好きなのだろうか?

そして、わたしは平野のことをどう思っているのだろうか?

素直に言えば、平野と話をするのは楽しい。向こうもそう思ってくれているように思う。

しかし、これが恋愛感情なのかと言われればよくわからない。

正直なところ、志織はシラノのことが好きだった。

平野の顔をしたシラノのことが。

しかし、そんな人間はいない。

シラノの声の人物と、平野は別人なのだから。

 

 

実のところ、志織はシラノの正体について見当がついていた。

名前は権藤真一。

権藤老人の孫で、小学生の頃、ひと時だけクラスメイトだった男の子。

当時、真一はちょっとしたことで志織に恩を感じていたらしく、別れ際には「再会したら街で一番高いレストランに連れて行ってあげる」と大人びた言葉をくれた。

権藤老人によれば、真一はもうすぐ海外から帰ってくるらしい。

本来なら志織の住む2Bは空き家(しかも事故物件)になっているはずなのだから、真一が2Bの次の入居者になっていた可能性は高い。

同じく権藤老人によれば真一は志織のことを今も覚えているというし、何より真一であれば志織を助けるほかにも「大切な祖父母が建てたアパートで事件など起こってほしくない」という動機も考えられる。

また、権藤老人の亡き奥さんには魔法のような不思議な力があったというから、孫である真一がその力を受け継いでいたとしてもおかしくない。過去に声を届けるという奇跡の説明には十分だろう。

何度考えてみても、シラノの正体はもうすぐ帰国するという真一になるのだった。

 

ある日、いつかの刑事たちが訪ねてきた。

例の空き巣の犯人が捕まったのだという。

家の主と鉢合わせしてしまった犯人はナイフで切りかかったが、逆に家主に取り押さえられたということだ。

幸いなことに、一連の空き巣でのけが人はなし。

しかし、もしあの日、志織が犯人と鉢合わせしていたら…やはり志織の命はなかったのだろう。

 

また別の日、志織は転勤を打診された。

行き先は神奈川の支店。

少しだけ迷ってから、志織は転勤を受け入れることに決めた。

引っ越しの予定について話すと、権藤老人は残念そうにしてくれたが、最後には「あの部屋には真一を住まわせることにしよう」と笑顔になった。

 

 

転勤について、平野に相談はしなかった。

だが、どこかで聞きつけてきたのだろう。

ある晩、平野が部屋に訪ねてきた。

「引っ越すのはやめてください」

「どうして?ここにわたしがいた方が、計画が上手くいくと思うから?」

「それもあります。でも、それだけじゃない」

平野は身を乗り出して言う。

「ぼくは、北村さんが好きだ」

まっすぐな言葉だった。

「ぼくを好きになってほしいというのは、無理ですか」

「…」

「他に好きな人がいる?」

「ええ」

「誰ですか?」

「シラノ」

「そういうと思った」

予想していたのだろう。平野は苦しそうににつぶやいた。

「もし、ぼくがシラノだったらよかったのに…」

それは2人とも1度は考えたことだった。

だが、平野はシラノたりえない。

まず、声が違う。音の高低だけではなく、シラノの声には自信が感じられた。

それに、お金の問題もある。アパート内の引っ越しには先払いで2年分の家賃が必要だ。借金返済で精一杯な平野が2Bに引っ越すことはない。

現実は非情だ。平野は、シラノではない。

「引っ越さないで、ここにいてください」

繰り返される言葉には、ほとんど力がこもっていない。

「できません」

「ぼくは北村さんを殴ればいいのかもしれない。行くな。ばか。そう言って。もっといいのは、ここで北村さんを押し倒して、ぼくから離れられないようにすることかもしれない。もしそんなことができれば。だけど、できないに決まっているから」

しばらくの間、沈黙の時間が続いた。

「いつ引っ越すんですか?」

「11月の終わりに」

「じゃ、もう少し時間がありますね?ぼくたち2人でこのことを話し合う」

「ええ」

 

 

平野に伝えた引っ越しの日程は嘘だ。

本当の引っ越し日は11月15日。

平野が応募する小説新人賞の締め切り日と同じ日だ。

きっと平野はギリギリまで小説にかかりきりになるはず。

その間に、私は平野から逃げる。

シラノは顔(平野)と声(真一)に分かれてしまった。

ならば、選ぶべきはやはり真一の方だろう。

もちろん平野にも好意はあるし、平野を選んだ方が簡単なのかもしれない。

でも、真摯に協力してくれた平野だからこそ、そんな「第二希望」みたいな扱いはあんまりだと思った。

 

志織は真一を説得するための手紙を書いた。

この手紙を信じて真一が過去に声を送ってくれなければ、志織は消えてしまうかもしれない。

最初は権藤老人に預けようと思ったが、バンホーの強い勧めで「エアコンの穴」に隠しておくことにした。

見つかりにくくなるけれど、ここまで来たからには運命に身を任せるというのもアリなような気がした。

 

 

結末

神奈川での生活は穏やかなものだった。

新しい職場はゆったりしていて、不満はない。

志織は穏やかな気持ちのまま2005年を迎えた。

 

2月中旬、平野が新人賞を受賞した。

新聞によれば、賞金は300万円ということだった。

 

3月某日、志織の携帯電話に知らない番号からの着信があった。

最初は真一からの電話かと思ったが、何を話しかけても返事はない。

結局、無言のまま電話は切れた。いたずらだったのだろうか。

この頃、あれだけ好き放題に話していたバンホーが急にしゃべらなくなった。

 

4月下旬、ついに待ち望んだ電話が来た。

シラノの声!

志織はシラノと待ち合わせの約束を交わす。

やはり、バンホーは何も話さない。

 

待ち合わせ当日。約束の時間に電話がかかってきた。

シラノの声。だけど本人の姿は見えない。

「そのまま、振り返らないで。しばらくこのまま話しましょう。まずお知らせしなければいけないのは、すべてうまくいったということです」

「えっ?」

「例の件はもうすんだんです。今年の9月ではなく、3月だった。『シラノ』と当時の北村さんとの時間のずれは、1年ではなく半年だったのです。ずれが1年というのは、シラノがそう言っていただけで、何の証拠もなかったことでしょう?とにかく、ぼくはやりました。『シラノ』の役を務めたのです。聞いていた通り、壁に空いた穴から、北村さんと話して」

志織は思わず振り返った。そして、彼の姿を見つけて目を見開いた。

「平野さん?」

立ち上がり歩き出そうとする志織を平野が制する。

「こっちへ来ない方がいい。ぼくは今、ひどい風邪をひいています。わかりますか?北村さんが聞いた声、シラノの低くかすれた声というのは、ぼくがのどを腫らしたときの声なんですよ」

そうして、電話越しに謎解きが始まった。

平野が言った通り、声の違いは体調不良のせい。

実際に平野が壁に向かって声を届けていたのは3月のことであり、その時期はちょうど花粉の季節だ。

平野は重度の花粉症であり、だからいつも低くかすれた声だった。

シラノの声に余裕が感じられた理由は、新人賞を獲得して自信がついたから。

アパート内で引っ越すための費用には、新人賞の賞金を使ったという。

いや、でも…シラノの正体は真一だったはずでは?

「北村さんは、自分に話しかけてきたシラノの正体はオーナーの孫の権藤真一さん、そう思っていたでしょう?」

志織の心中を見抜いたかのように、平野は説明を続ける。

真一は確かに海外から帰国し、2Bに入居した。

しかし、オーナーの喘息が悪化したため、2カ月程で部屋を引き払い、オーナーと同居することにしたのだという。

そして、その間、真一は志織からの手紙に気づかなかった。

「こういうわけで、2月下旬にB号室は空き部屋になっていた。その時、ぼくは決心したのです。ぼく自身がB号室を借りればいいのだと。北村さんが聞いた声、旧バージョンのシラノというのは、権藤真一さんだったに違いない。けれども現行バージョンでは、その人はB号室から出ていってしまった。だったら、ぼくが代役をしよう。そう思ったのです。タイムパラドックスを回避するだけなら、同じ人が干渉する必要はないのかもしれないと思いました」

平野の話はいよいよ核心へ。

「やってみてわかったのは、ぼくは代役ではなかったということ」

そう、今の平野の声は、記憶にあるシラノの声と同じ。

「最初からぼくがシラノだった」

旧バージョンと現行バージョン、シラノは2度、過去に声を届けている。

そして、そのどちらのシラノも正体は平野だった。

 

 

シラノがいたのは2005年9月ではなく2005年3月だった。

そして、今は2005年4月。

すでにタイムパラドックスは回避されている。

志織が消える可能性はもうない。

3月の無言電話は、平野による確認の電話だった。

そのときは喉が腫れていなかったので、話すことができなかったらしい。

「旧バージョンの記憶」であるバンホーが3月を境に話さなくなったのも、「旧バージョンの世界」が破棄されたためだったのだろう。

 

最後に残る謎は「なぜ旧バージョンの平野は志織を助けるためにシラノになったのか?」という点。

旧バージョンの世界では、志織は9月29日に亡くなっている。

それまでに志織と平野の間には会話などなかった。

せいぜい8月に1度、階段ですれ違ったくらいの関係だったはずだ。

それなのに、なぜ平野は奇跡を起こしてまで志織を助けようとしてくれたのだろうか?

「もちろん、北村さんのことが好きだったから。それではおかしいですか?」

受話器からはっきりした声が聞こえてきた。

「たった1度階段ですれ違った北村さんのことを、素敵な人だとずっと思っていたから。『旧バージョン』や『現行バージョン』なんてものができる前の8月に」

旧バージョンの平野は9月29日に志織を失った。

旧平野は悲しみに暮れ、やはり新人賞の賞金を使って2Bへと引っ越した。

志織を偲ぶために。

そして、旧平野は壁の穴から志織の声を聞き、シラノとなった。

 

 

一通り説明を終えると、平野は言った。

「ぼくは北村さんが好きです。好きだから、ぼくと一緒にいてほしい。というより、北村さんはそうするべきなんです」

これから先、志織は罪悪感に囚われることになるかもしれない。

「過去を変えたい」「大切な人を救いたい」という数多の願いの中から、自分一人だけが助かってしまったことに、負い目を感じるかもしれない。

だから、北村さんはぼくと一緒にいないといけない。そんな気持ちにとらわれた時のために。その時に、悪いのは北村さんではなくこのぼくだと言うために。一緒にいないといけない。ぼくに感謝するためではなく、ぼくを責めるために。ぼくは一生、それを引き受けます。だから一緒にいなくちゃいけない。暑い夏も、寒い冬も、病気の時にも、元気な時にも。夜中にふっと目が覚めた時にも」

平野からは「振り返らないで」と言われていた。

けれども、志織は振り返った。目に涙を湛えながら。

しかし、そこに平野の姿はない。

「ぼくはこれから十分間、ちょっと散歩をしてきます。もしさっきのこと、ぼくのお願いへの答えが『イエス』なら、そのままそこにいてください。もし『ノー』なら、ぼくが戻るまでの間に行ってしまっていてほしい。北村さんの姿がなければ、そのときには諦めます。それじゃ」

「待って」

言ったときには、すでに通話は切れていた。

だから、志織は平野の言ったことを思い出しながら待つことにした。

答えはもう決まっている。

時間が確かに先へ…知らない未来に向かって進んでいくのを感じた。

<九月の恋と出会うまで・完>

 

 

 

まとめ

松尾由美「九月の恋と出会うまで」が映画化!

今回は原作小説のあらすじ・ネタバレをお届けしました!

実は「真一=シラノ」の伏線(ミスリード)はかなり早い段階からはられていて、私もまんまと「ははあ、これは真一がシラノだな!」と思い込んでしまっていました(笑)

感情移入的にはやっぱり平野のことを応援していたので、ハッピーエンドな結末には大満足!

特に最後の成長した平野の「ぼくと一緒にいるべきです」という告白シーンはよかったですよね~。

爽やかな読後感が残る、素敵な作品でした。

 

で、この素敵なラブストーリーが高橋一生さんと川口春奈さんのW主演で映画化するわけですが…うん、良い!

爽やかな恋の物語にふさわしい美男美女キャストには「異議なし!」って感じですね(笑)

公開は2019年と少し先ですが、今から映画を観るのが楽しみです!


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