たまに無性に「イヤミス」が読みたくなるときがあるのですが、イヤミスといえば湊かなえさん!
というわけで、湊かなえさんの短編集「ポイズンドーター・ホーリーマザー」を読みました!
※イヤミス……読んだ後イヤな気持ちになる小説(誉め言葉)
結論からいえば「そうそう、これが読みたかったんだよ!」という安定した面白さに大満足!
今回はそんな「ポイズンドーター・ホーリーマザー」に収録されているすべての短編のあらすじを結末までネタバレしつつ、感想も添えています。
この記事だけでも充分「イヤミス」を味わえるので、ぜひゆっくり読んでいってくださいね!
6つの短編のネタバレと感想
「ポイズンドーター・ホーリーマザー」に収録されている短編は6つ!
上の目次から好きな短編にジャンプすることができます。
では、さっそく1つ目の短編から見ていきましょう!
マイディアレスト
妊婦ばかりを狙う通り魔事件。
その3人目の被害者となって、妹の有紗は死んだ。
犯人はまだ捕まっていない。
警察からの取り調べに、私(淑子)は答える。
「その時間は、部屋で猫の蚤(のみ)とりをしていました」
◆
子どもの時からずっとそうだった。
母は長女の私には厳しく、6歳下の妹には甘い。
特に異性関係については雲泥の差がある。
私は女子大学の女子寮に入れられたのに、有紗は共学に通い一人暮らしをした。
私に声をかけてくれる異性をことごとく突っぱねておきながら、母は有紗がとっかえひっかえ彼氏をつれてくることに何も言わなかった。
結婚にしたってそうだ。
有紗はいわゆる「できちゃった婚」で、相手は礼儀作法も知らない男だったのに、母は怒るどころか初孫を喜んだ。
そんな理不尽にも思える教育方針の差のせいで、私にはいまだに男性経験がない。
「え、もしかしてお姉ちゃん、その年になってまだ……? って、ゴメンゴメン。そんなわけないよね」
常日頃から、有紗はそんな私のことを見下していた。
◆
事件当日、私はコンビニに行くという有紗につきあって夜道を歩いていた。
すると愛猫のスカーレットが野良猫に襲われているではないか。
私はとっさに目に入った建築資材の中から角材を手に取った。
「ちょっと、お姉ちゃん。どうしたの」
「スカーレットが襲われてる!」
「何言ってんの、交尾じゃない。スカーレット、ちっとも嫌がってないよ」
「そんな……」
どこからか笑い声が聞こえたような気がした。
あざけるような母の笑い声が。
呪いのような妹の笑い声が。
「あーあ、スカーレットに先越されちゃったね」
声に振り向くと、そこには巨大な蚤の姿があった。
腹をパンパンにふくらませた蚤が……。
スカーレットの蚤とりは私の日課だ。ぷちぷちと卵をつぶすのが気持ちいい。
私は角材を思い切り振りあげて、蚤の腹に打ち込んだ。
何度も何度も繰り返し……。
そして、最後に頭をつぶした。
誰が何度、あの夜のことを私に訊いても、答えは同じだ。
『蚤とりをしていました』
<完>
感想
短編集の1作目にふさわしい「THE・湊かなえ」なイヤミスでしたね。
途中で主人公の淑子が猫の蚤とりをするシーンがあるのですが、ただの蚤とりなのに頭や腹をつぶす描写がとても気持ち悪くてゾッとしました。
「有紗の命を奪った犯人は連続通り魔ではなく淑子」というオチは予想しやすかったのですが、それにしてもラストがえげつない!
最後の1ページ。
淑子が『蚤とり』をするシーンには「うわぁ……」と思わず声が漏れていました。
一度目と二度目ではまったく違って聞こえる「蚤とりをしていました」の一文も最高!
大満足のスタートになりました。
ベストフレンド
大豆生田(まみゅうだ)薫子。
私(涼香)が彼女と出会ったのは、テレビドラマ脚本新人賞の表彰式でのことだった。
実体験をモデルにしたという薫子の脚本が最優秀賞。
私ともう一人、直下(そそり)という珍しい苗字の男の脚本は優秀賞。
あとでプロデューサーの郷(ごう)から聞いた話では、本当なら私の脚本が最優秀賞を獲るはずだったらしい。
審査員の有名脚本家が私情から薫子の脚本を強く推したため、やむなくこういう結果になったということだった。
◆
薫子の脚本はドラマ化されたが、正直、出来は悪かった。
主演は見たこともない女優だったし、放送用に手を加えられた脚本はめちゃくちゃ。
これなら薫子に次はないだろう。
新人賞では負けたけれど、実力なら長年脚本家を目指してきた私の方が上なのだ。
郷からは私のプロットが会議を通ったと連絡があった。
今に見ていろ。
あんなダサい田舎者に負けはしない。
◆
私が脚本を書いたドラマはさんざんな結果に終わった。
原作小説に盗用疑惑が持ち上がったことで、視聴率が激減したのだ。
全10回予定だった連続ドラマは第6回で打ち切られた。
しかも、そのエンドロールに私の名前はない。
実際に脚本を書いているのは私なのに、クレジットには有名脚本家の名前が載っている。
たとえ打ち切りドラマだったとしても、私の名前を載せてほしかったのに……。
絶望的な低視聴率のせいで郷は失脚。
パイプを失ったことで、私の脚本家への道は閉ざされた。
それでも郷さえいてくれればいい、と思ったけれど、彼は既婚者だった。
私は数ある浮気相手のひとりに過ぎなかったのだ。
やがて郷は暴力事件を起こして地方にとばされていった。
私は夢も恋も失ってしまった。
◆
ふと映画館に足を向けると、薫子が脚本を担当した映画が上映していた。
その映画があまりにも感動的で、私は愕然とする。
薫子にできて、私にできないはずがない。
それから私は脚本を書きまくって、あらゆる脚本コンクールに応募した。
しかし、結果はでなかった。
◆
この頃はよくテレビで薫子の顔を見る。
タッグを組んだ有名な映画監督との結婚話が話題になっているのだ。
出会った頃と比べて、薫子は明らかにキレイになっていた。
洗練されていて、表情にも余裕がある。
本当なら……。
本当なら、そうして笑っているのは私だったはずなのに。
◆
海外の映画祭から帰国する薫子を空港で待ち構える。
両手に大きな花束を抱えて。
一歩一歩、薫子がこちらに近づいてくる。
もうすぐ手の届きそうな距離……。
と、そのとき、背後から荒い息遣いが聞こえてきた。
ちらりと振り返ると、ナイフの刃先が目に入る。
彼がどうして。
考えるより前に体が動いた。
花束を押しつけるようにして薫子の前に飛び込む。
焼けるような背中の痛みを感じながら、私は大豆生田薫子の足元に崩れ落ちた。
◆
「私はずっと漣(さざなみ)涼香さんのことを誤解していました」
匿名掲示板に書き込まれている悪評。
個人ブログでの大豆生田薫子批判。
薫子はそれらが涼香によるものだと思い込み、その日もブログの犯行予告通り涼香があらわれることを警戒していた。
空港で涼香の姿を確認したときは、花束に隠してナイフでも握っているのではないかと思い、私服警官にそれとなく合図していた。
しかし、実際にナイフを握っていたのは涼香ではなく直下(そそり)だった。
匿名掲示板への書き込みも、ブログの主も、涼香ではなく直下だったのだ。
漣涼香は直下に刺されて死亡。
本物の涼香のブログには、最後にこんな書き込みがあった。
『悔しい、悔しい、悔しい。だが、この悔しさが私を脚本の世界に留めていてくれる。夢をあきらめるなと誰よりも強く語りかけてくれるのは、大豆生田薫子なのだ』
『親友とは、このような存在のことをいうのではないか。親友を得たことを心の底から幸せに思う』
『この思いを伝えるために、彼女に花を届けよう。そして言うのだ。出会ってくれてありがとう、と』
<完>
感想
素直な感想は「やられた!」の一言に尽きます。
もう思いっきりミスリードに引っかかってしまいました。
薫子も最後に『誤解』と言っていますが、私も「涼香は薫子に嫉妬し、憎んでいる」と思い込んでいました。
ちょくちょく登場するネットへの書き込みも、涼香によるものだと思っていましたし、
「はいはい、ラストは涼香が薫子を刺すんでしょう? それでタイトルが『ベストフレンド』ってのが皮肉なんでしょう?」
と湊かなえの手のひらのうえで踊っているとも知らずにしたり顔でした(笑)
それなのに、まさか「ベストフレンド」というタイトルが嫌味じゃなかったとは!
「湊かなえならこうくるに違いない」とはいう読者の先入観を鮮やかに裏切る良作でした。
罪深き女
15名もの死傷者を出した凶悪事件。
電気店で刃物を振り回して現行犯逮捕された黒田正幸容疑者(20)は黙秘を貫いている。
無差別に人々を傷つけた彼の犯行動機はなんだったのだろうか?
◆
「ぜんぶ、私のせいなんです」
天野幸奈(25)が刑事に語ったのは、次のような経緯だった。
- 子度の頃、正幸は母親から育児放棄されていて、ガリガリにやせていた。幸奈なそんな正幸に食事を与えていた。
- 当時、母親から厳しくしつけられていた幸奈は正幸に「助けて」と口にしたことがある。その結果、正幸はアパートに火をつけた。火災により幸奈の母親と正幸の母親が死亡。
- 正幸と再会したのは先月のことだった。懐かしくなって近況を一方的に話した。
- 正幸が事件を起こしたのは、幸奈がひとりで幸せになっていたからだ。不幸な自分の身の上と比較して裏切られたように感じ、許せなくなって事件を起こしたに違いない。
「すべての罪は私のせい。どうか、彼ではなく私を罰してください……」
◆
「天野幸奈? 誰それ?」
録音していた話を聞かせてようやく、黒田正幸は幸奈のことを思い出したようだった。
「ああ、あの気持ち悪い女か」
どうにも我慢ならないという顔で正幸は幸奈の話を訂正する。
- 正幸は母親から放置されていたことは一度もない。
- 当時、下の階に住んでいた幸奈の母親から執拗な嫌がらせを受けていた。
- そのせいで母親は再婚相手を失い、やがて正幸に暴力を振るうようになった。
- アパートに放火したのは母親からの暴力に耐えられなくなったからで、幸奈はまったく関係ない。
- 幸奈と再会したことは覚えているが、幸奈だとは気づかず、頭のおかしい女が急に話しかけてきたと思っていた。
最後に、正幸は犯行の動機を「運の悪い人生に嫌気がさしたから」と言った。
彼の運の悪さのひとつに、天野母娘と出会ったことが含まれるのではないだろうか。
〈完〉
感想
正直なところ、前の2つの短編に比べるとインパクトは弱めでしたね。
それまで「善良なふつうの人」という認識だった幸奈がラストで一気に「妄想女」に変貌したことには驚かされました。
黒田親子の平穏な日々を壊したきっかけが天野家だったことを思えば、ある意味では事件の罪は本当に天野母娘にある、と読み解けるのも嫌味で良かったです。
でも、なんだかちょっと物足りない……。
「幸奈が語っていた内容は本当はこうだったのではないか?」と想像できる余白が大きくとられている作品なので、もっと読解力のある人が読めばよりおもしろく感じられるのかもしれません。
優しい人
自然公園のバーベキュー広場で奥山友彦(25)の遺体が見つかった。
胸や腹部に複数回刺された跡あり。
警察は奥山友彦と一緒にバーベキューに訪れていた樋口明日実(23)から事情を聞いている。
◆
「友彦は優しい人だった」
母親・教師・友人・同僚。誰もが口を揃えてそう証言した。
友彦はおとなしい性格で、人と争うことは大の苦手だった。
引っ込み思案なせいで異性にモテなかったため、明日実のような悪女に引っかかってしまったのだろう。
聞けば、友彦は二股をかけられていたというではないか。
なのになぜ、友彦の方が刺されなくてはならなかったのか……。
◆
「誰にでも優しくしなさい」
樋口明日実は子供の頃から母親にそう言われてきた。
それは穏やかな命令形。
そのせいで明日実は、他人が嫌がることを引き受けることが多かった。
だが、そんな明日実の『優しさ』が報われたことはない。
クラスで浮いている男子に優しく接した結果、告白されたことがある。
断るとその男子は不登校になってしまった。
その男子を遠巻きにしていた周りの生徒たちは言う。
「なんて酷いことを」
◆
恋人の淳哉に指摘されて初めて、明日実は自分の本質に気がついた。
「明日実は多分、人間って存在に興味がないんだと思う。深い関係を築くっていう前提がないから、逆に、誰にでも親切にできる。近寄ってきた人間は受け入れる。だけど、相手はそう思っていない。自分は好かれているんだって勘違いする。もっと踏み込みたいと思う」
優しくしてから突き放すことは、何もしないことよりも相手を傷つける。
意識していたわけではないが、明日実のやってきたことはまさにそれだった。
目が覚めた思いで、明日実は「これからは本当に優しい人になろう」と思った。
◆
友彦と明日実は会社の同僚だった。
独身の社員ばかりが集まってバーベキューをしたその日、明日実は同情から友彦の隣にいてあげた。
いつも友彦は女性社員から裏で「キモイ」と陰口をたたかれている。
そのくせ彼女らは都合のいい運転係として、こうやって友彦を使う。
そんな友彦に優しくするのは正しいことだと明日実は思った。
しかし、友彦の方は違う受け取り方をした。
明日実は自分に気があると勘違いしたのだ。
何度か食事につきあってやると、友彦は明日実とつき合っていると勘違いするようになった。
このままではいけない、と明日実は「彼氏がいるから」と友彦を拒絶する。
すると間もなくして、友彦は悪質なストーカーに変貌した。
◆
事件当日。
明日実が友彦と一緒にいたのは「最後の思い出にバーベキューに行きたい」と言われたからだった。
楽しい想い出をつくって終わり。
それでいいなら、と明日実は了承した。
だが、実際にバーベキューに行ってみると、友彦はこんなことを口にした。
「明日実ちゃん、僕のことを無能だとバカにしてるよね。で、でもね、僕、あいつ(明日実の彼氏)の会社の顧客情報を流出させることくらい、あ、朝飯前でできるんだよ。あいつが、やったことにしてね。……な、なーんて言ったら、あ、明日実ちゃん結婚してくれる?」
彼氏への嫌がらせをやめさせるために我慢してつきあってやっているのに、まだ友彦は脅してくるのか。
気づけば明日実は包丁を手に取ると、汚いものを振り払うかのように、力いっぱい振り回していた。
◆
世の中は、全体の1%にも満たない優しい人の我慢と犠牲の上において、かろうじて成り立っている。
あなたは優しい人じゃない。
でも、それは決して悪いことじゃない。
〈完〉
感想
物語が進むにつれて被害者と加害者が逆だったことに気づいていく、という仕掛けが面白かったです。
誰からも「優しい人」と言われた友彦は大人しい人畜無害な存在ではなく、ネットに他人の悪口を書きまくるような、気づかれていないだけの陰険野郎だった。
一方で、誰からも「優しくない」と言われた明日実は、善意というより強制されてのことだったにせよ、他の人間に比べれば十分すぎるほど優しい人だった。
タイトル「優しい人」に込められた皮肉がじわりと効いていました。
また、最終的に最も悪人に見えるのが「何もしなかった大衆」だという点にもグッときます。
特に同僚。友彦のことを「キモイ」と言ったその口で「奥山さんがかわいそうでたまりません。樋口さんがこの会社に入ってこなければ……」なんてコメントしている様にはゾッとしました。
一面を見ただけでは人間の本質なんてわかりっこない、ということですね。
ポイズンドーター
同窓会の案内には「欠席」に丸をつけた。
故郷には帰りたくない。
あの母親が今も住んでいる田舎町には。
◆
子どもの頃から私(弓香)には自由がなかった。
漫画を読んではダメ。
あの家の子どもと仲良くしてはダメ。
男の子とつき合ってはダメ。
一切の反論は許されなかった。
「私の育て方が悪かったのね」といかにも被害者のような顔をされると、罪悪感から何も言い返せなくなる。
そうやって母は私を支配していた。
◆
母が私を愛していたとは思えない。
母が私を品行方正な子どもにしようとしたのは、周囲の人々に自分を認めさせるため。
特にうちは母子家庭だったから、母は人一倍「他人からどう見られるか」に気を遣っていたのだと思う。
今でもはっきりと覚えている。
母の命令で、私は当時仲良くしていた子を裏切ったことがある。
その子も母子家庭で、母親は水商売をしていた。
母は言ったのだ。
「あなたがあの子と仲良くしていたら、私まで汚らしい商売をしている女と一緒に見られるじゃないの」と。
本当は「イヤだ」と言いたかった。
でも、養ってもらわないと生きていけない子どもが親に刃向かうことなど、できようはずもない。
私は母の命令に従い、その子とつきあうのをやめた。
もともといじめられていた彼女は、クラスの中でひとりきりになってしまった。
そして、彼女はその後、自ら命を絶った。
彼女を追い詰めたのは、私だ。
◆
母が思い描く「理想の娘」という型に、私は押し込められていた。
母は私が自分の意志を持つことを決して許さなかった。
高校卒業後の進路にしてもそうだ。
母は私に(亡き父と同じ)教師になることを望んだ。
私は母の望むように女子大の女子寮に入り、卒業後は地元に戻ってきた。
……本当は、小説家になりたかった。
◆
採用試験に落ちた私は、市役所の観光課の臨時職員として働きだした。
もちろん母が見つけてきた仕事だった。
とはいえ、そこで女優にスカウトされたのだから、今の私があるのは母のおかげだと言えないこともない。
あの田舎町で、母は「いつも娘を応援してくれてありがとう」と住民に愛想よくしているという。
……いったいどんな表情でそんなことを言っているのだろう。
◆
「私はお母さんの奴隷じゃない!」
母と決別するとき、私は積年の想いを込めてそう言った。
そのとき母が言い返した言葉を、私ははっきりと覚えている。
「あんたの悲劇のヒロインごっこに付き合わされるのは、もううんざりよ」
腹の中の汚いものを吐き出すような声だった。
私を傷つけるためだけの言葉だった。
それなのに、母の悲劇のヒロインごっこは今も続いている。
遠く離れた田舎町から娘の成功を願う母親、という新たなストーリーを組み立てて。
◆
母は今でも文字通り私の頭痛のタネだ。
頻繁に電話してきては、まるで心配しているかのように仕事にケチをつけてくるのにもうんざりしている。
母がベッドシーンを許さないせいで流れてしまった仕事もある。
……もう、耐えられない。
いつまでこんな日々が続くのか。
そんな時だった。
「毒親」をテーマに討論するテレビ番組のオファーが舞い込んできたのは。
◆
送信者:野上理穂
件名:訃報
同窓会の皆さま。
昨日、藤吉弓香さんのお母さまが亡くなられました。
一部ネットでは、弓香さんがテレビ番組で幾度か公表した「毒親」のエピソードと、それにまつわる本の出版もショックによる「自殺」という書き込みが見られますが、絶対に信用しないでください。
交通事故です。
お母さまは、日ごろから弓香さんの活躍を喜ばれていました。
地元のファンクラブの人たちへの挨拶回り、町内会やボランティア行事への参加など、面倒な仕事を笑顔で引き受けてくれていました。
それらの疲労がたたり、信号を見誤ってしまったのではないかと言われています。
お母さまの思いを引き継いで、これからも藤吉弓香さんを応援していきましょう。
〈続く〉
感想
表題作「ポイズンドーター」と「ホーリーマザー」は別々の短編ですが、内容的にはつながっています。
なので感想はまとめて「ホーリーマザー」の方に書くことにします。
ここまではポイズンドーターというよりポイズンマザーというタイトルの方がしっくりくるような内容でしたが、はたして……?
ホーリーマザー
弓香の母親(佳香)をよく知る友人は語る。
佳香は話の通じない人ではなかったし、自分の考えを一方的に押し付ける人でもなかった。
はたして本当に弓香は世間に公表しなければならないほど「毒親」の被害に遭っていたのだろうか。
弓香は自分が思い込んでいる母親との関係を世間に公表したのではないか。
佳香は学校の事務員だったが、臨時職員だった。
佳香が弓香に教師になるよう望んだのは、父親と同じ道を歩ませようとしたわけではなく、手に職をつけてほしいと願っていたからだろう。
母親が娘に「この仕事に就いてほしい」と望むことは、悪いことなのか?
佳香は弓香の言うような「毒親」ではなく、ごく普通の、娘のことが心配でたまらない母親だったはずだ。
◆
『藤吉弓香、「毒親」語りは売名のため?』
『深夜に帰宅した娘を叱ったら「毒親」認定? 母親たちの悲痛な叫び』
『地元住民は口を揃えて、藤吉さんは「聖母」のような人でした』
以上、週刊誌の見出しより。
◆
その日、弓香はこっそりと地元に帰ってきていた。
週刊誌に佳香を擁護する記事を出し、弓香を売った犯人を見つけるためだ。
弓香はただひとりの親友である理穂に記事の出どころを尋ねたが、返ってきたのは「つきあっていられない」と言わんばかりのため息だった。
「ねえ、弓香。弓香のお母さんは毒親なんかじゃないよ」
「何でそんなこと理穂が」
「本当の毒親を知ってるからだよ」
◆
母親に命じられて弓香が縁を切った友人の名前は『江川マリア』という。
昔から、マリアは実の母親から体を売るように命じられていた。
そして、母親は娘が稼いだその金でのんだくれていた。
やがて母親が男をつくって家を出ていくと、マリアは自立し、誠実な銀行員の男と婚約した。
やっと手に入れた幸福。
マリアがようやく手に入れた幸福を奪ったのは、やはり母親だった。
マリアが銀行員と婚約したと知った母親は、町に帰ってくるなり婚約者に金を無心した。
婚約者がそれを突っぱねると、母親はマリアが体を売っていた事実を大勢の前で暴露した。
その結果、マリアは自殺。
葬式で泣き崩れている婚約者に、母親は「香典はこっちのもんだよね」と言ったという。
◆
理穂は一度もマリアから母親の愚痴を聞いたことがなかった。
弓香についても、マリアは恨んでいるどころか、芸能界での活躍を応援していた。
本当の毒親に苦しめられていたマリアが声をあげなかったというのに、なぜ弓香がいかにもな被害者面で毒親に支配されていた、などと言っているのか。
理穂は弓香に言う。
「極論に値する人以外は声をあげちゃいけないのか、って弓香言ってたよね。わたしはいけないと思う。
毒親に支配されている人を、海で溺れている人にたとえて考えてみてよ。マリアはかなり冲で激しい波に飲み込まれて、息も絶え絶えに苦しんでいる。弓香は、浅瀬でばしゃばしゃもがいてるだけ。本当に溺れていると思い込んでいるんだろうけど、ほんの少し冷静になれば、足が届くことがわかるのに、気づこうともしない。
本当に助けなきゃいけないのはどっち?
浅瀬の弓香が助けて助けてって大騒ぎしていると、本当に大変な人が溺れていることに気づいてもらえない。それどころか、せっかく海に目を向けて助けに来てくれる人がいたとしても、浅瀬の弓香が大騒ぎしていたら、くだらないことで大騒ぎしてるだけじゃん、って愛想を尽かして帰ってしまうかもしれない。その向こうで本当に溺れている人がいることに気づかないまま。迷惑なんだよ」
◆
弓香は理穂の言葉を笑った。
何も知らないくせに。
女優になった自分に嫉妬しているんでしょう?
その言葉に理穂は怒らなかった。
「弓香がそう思いたいなら、それでいい。好きにすればいいよ。わたしはもう、あんたとはいっさいかかわらない。今日は本当に無駄な時間を過ごしたと思う。でも、ひとつ、これだけはがんばろうって思えることができた」
決別するように、宣言するように、理穂は言う。
「娘が……志乃があんたのような、毒娘にならないように育てる」
◆
弓香に背を向けて歩き出しながら、理穂は心の中でつぶやく。
母親のことを面倒だなと思っていても、姑よりはマシ。
同居なんてしたら、遅くとも一週間以内には、お母さんはとてもいい人だったんだなって思うようになるはずだから。
たくさんの人がそうやって、娘を卒業して、母親になるんだよ。
志乃の幼稚園にも、一緒に遊ばせたくないと思う子はいる。
小学校に子どもたちだけで通うなど、想像しただけでもおそろしい。
いつか志乃に嫌がられる日がくるかもしれない。
だけど私は私が信じた道を進む。
いつかわかってくれる日がくるはずだからと、自分の信じた行動をとる。
これが毒親ならそれでいい。
どうせ十年後には消えているであろう呼び名だ。
◆
週刊誌に、ある地元住民の証言が掲載された。
藤吉佳香は、赤信号とトラックをしっかり確認していた。
あれは交通事故ではなく、自殺だったのだ。
<完>
感想
難しい話ですよね。
たしかに弓香は「毒親」を世間に訴える前に、もっと母親と話し合うべきだったのかもしれません。
世間一般の母親と比較したとき、佳香は特別にひどい「毒親」ではなかったのかもしれません。
でも、少なくても弓香が母親の存在によって苦しんでいたことは事実です。
マリアと比べてまだマシだったからといって、弓香の苦しみが偽物だったというわけでもないでしょう。
私もさすがに弓香が存命中の母親を名指しで非難したのはどうかと思いましたが、それだって「同じように苦しんでいる人たちのために声をあげる」という思いがあったわけですし……。
「ポイズンドーター・ホーリーマザー」は読む人によって感想がガラッと変わる作品だと思いますが、私はやや弓香に同情的というか、弓香のことを否定するのは違うんじゃないかな、と思いました。
ただ、この感想は私が「子」の立場だからこそのものなんだと思います。
もし私に子どもがいれば「親」の立場から、もっと佳香に同情的な感想を抱いていたに違いありません。
親の心子知らず、子の心親知らず。
もっとも緊密な母娘という間柄でさえ、相手のことを理解することなんてできない(からこそ相手を理解しようとすることが大切)
「ポイズンドーター・ホーリーマザー」には、そんなことを考えさせられました。
まとめ
今回は湊かなえ「ポイズンドーター・ホーリーマザー」のネタバレと感想をお届けしました!
みなさんはどの短編がお好きでしたか?
個人的な面白かったランキングはこんな感じです。
- ベストフレンド
- マイディアレスト
- 優しい人
- ポイズンドーター・ホーリーマザー
- 罪深き女
ラスト1ページにどんでん返しがあったり、思いっきりイヤミスなオチだったり、という話が好きでした。
それにしても、50ページほどの短さの中にこれだけ『濃い』世界が表現できるだなんて、やっぱりプロはすごいですよね。
どの短編も手触りを感じられるほど生々しく、身近に感じられました。
「他人事ではない」と思わせるほど精緻な描写だからこそ、私は湊かなえさんの作品に引きこまれ、恐怖を覚えるのだと思います。
1つ1つサクッと読んでいけるので、時間のない方にはこういう短編集がおススメです!
ドラマ情報
「ポイズンドーター・ホーリーマザー」がドラマ化!
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