ラストに驚き 記事内にPRを含む場合があります

「盤上の向日葵」あらすじとネタバレ!結末のラスト5行に鳥肌!

2018年本屋大賞2位!

ずっと気になっていた柚月裕子「盤上の向日葵」を読みました!

正直、将棋には詳しくないのですが、そんなこと気にならないくらい人間ドラマが濃くておもしろかったです!

単行本で560ページの大作でしたが、あっという間に読み終わってしまいました!

というわけで今回は小説「盤上の向日葵」のあらすじネタバレをお届けします!

心臓が一瞬止まるほど衝撃的だった結末とは!?

あらすじ

平成6年8月。

白骨化した遺体が埼玉県大宮市天木山の山中から発見された。

性別は男性。年齢は40~50代。

服には刺された跡があり、血液が付着している。

おそらくは、殺人事件。

埼玉県警はすぐに捜査本部を立ち上げた。

この事件のカギを握るのは、遺体とともに埋葬されていた将棋の駒だ。

初代菊水月作、錦旗島黄楊根杢盛り上げ駒。

値をつければ600万円は下らない、名品中の名品である。

なぜ、そんな貴重な駒が遺体と一緒に埋められていたのだろうか?

今のところ、遺体の身元さえわかっていない。

それから4か月後。平成6年12月。

将棋界は世紀の対決に熱く盛り上がっていた。

将棋界最高峰のタイトル戦「竜昇戦」

それを賭けて戦うのは、将棋界でいま最も注目されている2人の棋士である。

・7つあるプロ将棋のタイトルのうち6冠を保持している正統派の天才・壬生芳樹(24)

・奨励会を経ず、実業界から転身して特例でプロになった東大卒のエリート棋士・上条桂介(33)

将棋界最強をかけた勝負は、将棋ファンのみならず広く世間から注目を集めていた。


ネタバレ

はじめに

「盤上の向日葵」は過去と未来を行き来しながら物語が進んでいきます。

現在編の主人公は元棋士の刑事・佐野直也(ドラマでは女性に変更されています)

過去編の主人公は数奇な運命を背負う棋士・上条桂介。

一見、ダブル主人公のようですが、物語の中心は完全に上条桂介の方です。

この記事では小説の内容をわかりやすくお伝えするため、現在編の大部分を省略しています。ご承知おきください。

では、前置きはこのくらいにして、さっそく物語を読んでいきましょう!

唐沢光一朗との出会い

桂介の子ども時代は悲惨なものだった。

母親の春子は精神を病み、若くして他界。

それをきっかけに父親の庸一は博打と酒におぼれるようになり、今では桂介に食事すらまともに与えない。

だから小学生のころ、桂介はいつもやせ細っていて、小汚い身なりをしていた。

風呂にさえ、入ることができなかったのだ。

桂介のことを不憫に思う者は多かったが、他所の家庭の問題に口を出すのは難しい。

実際に救いの手を差し伸べたのは、定年退職した元教師の唐沢光一朗だけだった。

唐沢は桂介に食事を与え、風呂に入らせ、そして将棋を教えた。

唐沢夫婦には子どもがなかったので、夫婦は実の子どものように桂介のことを可愛がった。

ひと言でいえば、桂介は天才だった。

IQは140。

教えれば教えるだけ将棋の腕前は上がり、たった2年で自称アマ3段の唐沢と互角に戦えるようになった。

棋力だけを見れば、とても小学6年生とは思われない。

桂介にプロの資質を感じ取った唐沢は、考え抜いた末に大きな決断を下す。

「桂介を、奨励会へ入会させる」

奨励会とはプロ棋士を養成するための専門組織である。

全国から集まった若き将棋指したちを負かしてプロ棋士になるのは、東大に合格するより難しいと言われている。

また、わが子を奨励会に入れようと思う場合、親の経済的負担も決して小さくはない。

唐沢は一切の金銭的負担を引き受けてでも、桂介を奨励会に入れるべきだと思ったのだった。

「君は、今のままでいいのか。あの家で、お父さんと2人で暮らしていく毎日でいいのか。ひもじい思いをして、怖い思いに耐えながら生きていく人生でいいのか」

唐沢は桂介の肩を力強く掴んだ。

「君はプロ棋士になるんだ。強い、誰にも負けないプロ棋士になるんだ。君ならなれる」

桂介は唐沢の目を真正面から見て、しっかりと頷いた。


問題は桂介の父・庸一が認めるかどうか。

桂介は東京に下宿することになるが、金の負担がないなら認めるはずだ、と唐沢は思っていた。

しかし……

「ダメだ! 桂介は俺のもんだ! 許さねえ!」

庸一は桂介の新聞配達のバイト代をギャンブルに使っている。

ろくに育てもしないどころか暴力までふるい、そのうえ金を稼いでくる桂介を手放したくないというのだ。

唐沢は庸一のクズさにはらわたが煮えくり返った。

「子どもは親の所有物じゃない!」

唐沢の言葉に、庸一は耳を傾けようとしない。

想像以上におぞましい庸一に直面して、唐沢は確信した。

(今、この男から引き離さなければ、桂介の人生は終わってしまう)

取っ組み合いの殴り合いの末に、唐沢は決意のこもった声を張り上げた。

「あなたには桂介くんは任せておけない! 彼は、私が引きとります」

唐沢はまっすぐ桂介の目を見つめる。

「桂介くん、私の養子にならないか」

桂介の目に喜色が浮かんだ。

しかし……

「桂介ェ……お前も行っちまうのか……あいつ(桂介の母親)みたいに俺を残していっちまうのか。俺をひとりぼっちにしてよぉ……」

力押しではダメだと悟ったのか、庸一は泣き出した。

そんな情けない父の姿を見る桂介の目には、先ほどとは違う哀れみの色が浮かんでいた。

どんなに人間のクズでも、泣いて引きとめる父親を引き止めることなどできない。

桂介は、まだ子どもなのだから。

桂介は肩を震わせながら、唐沢に詫びた。

「ごめんなさい」

桂介はプロ棋士への道を諦め、庸一の息子として生きることを選んだ。

本心では唐沢の息子になりたいと思っていても、情がそれを許さなかったのだ。

その日を境に、桂介は唐沢の家に来なくなった。

唐沢が次に桂介を見たのは、1年後。

中学1年生になった桂介は、あきらかに大きく成長している。

書店で将棋雑誌を立ち読みしている桂介を遠目に眺めながら、唐沢は心の中でつぶやいた。

(桂介、頑張れ)


東明重慶との出会い

昭和55年10月。

桂介が東京大学に入学してから半年が経っていた。

なにげなくいつもと違う帰り道を選んだ桂介は、懐かしい音につられて将棋道場に足を踏み入れる。

「よろしくお願いします」

対局が始まる。

桂介の将棋は肉を切らせて骨を断つ。激しい攻めの将棋だ。

攻撃は最大の防御。

それは唐沢から教え込まれた真剣勝負の理念に基づく将棋だった。

「ありがとうございました」

桂介の勝ち。その棋力はおおよそアマ4段。

将棋道場で桂介はひとりの男と出会った。

東明重慶。

元アマ名人にして、日本最強とも噂される真剣師。

※真剣師……賭け将棋を生業とする人

昭和56年2月。

東北の地で、人知れず世紀の名勝負が繰り広げられた。

東明 vs 元治(東北最強の真剣師)

一局のかけ金は100万円。

それを7局行う。

プロのタイトル戦に勝るとも劣らない大一番の席に、観戦者として桂介もいた。

桂介がその場にいたのは、東明に「駒を貸せ」と頼まれたからだった。

上京するとき、唐沢から餞別として贈られた将棋の駒。

初代菊水月作、錦旗島黄楊根杢盛り上げ駒。

「将棋の駒は美術品じゃねえ。ホンモノが使ってこそ輝くってもんだ」

大事な品を預けたくないという気持ちと、命を削るような東明の将棋を間近で見たいという気持ちがせめぎ合い、やがて後者が勝った。

7番勝負の結果は、6勝1敗。

数字の上では東明の圧勝だが、その内容はまさに真剣で切り合うような凄みのあるものだった。

最後の対局が終わると、東明はふらりと立ち上がった。

「ちょっとトイレに行ってくる」

その一言を最後に、東明は消えた。

思えば、すべては計算だったのだ。

東明は最初の1戦で負けたあと、初代菊水月を担保に400万円を借りている。

6勝1敗で差し引き500万円。

初代菊水月を質に入れた金が400万円。

合わせて900万円。

普通に7連勝するよりも、そのほうが儲かる。

東明は桂介の初代菊水月を犠牲にして大金を稼ぎ、そのまま逃げたのだった。

桂介はすぐに東明の思惑を察したものの、すでに手遅れだった。

騙された人間が悪い。自己責任。

厳しい現実に目の前が真っ暗になる。

桂介は「いつか必ず買い戻すから人に売らないでほしい」と懇願した。


光と闇

東京大学を卒業すると、桂介は外資系の企業に就職した。

丸2年働いて、やっと5年前に失った駒を買い戻した。

昭和61年。このとき桂介24歳。

駒をとり戻すと、桂介は勤めていた企業を辞めて独立した。

起業したのはソフトウェア会社。

事業は波にのり、2年で年商30億円を達成した。

誰もが桂介のことを若くして成功した時代の風雲児として見る。

だが、光が強くなればなるほど、闇もまた濃くなるのが世の常である。

いくら成功しても、桂介は生きる喜びを見いだせないでいた。

その代わりにあるのは《死への憧れ》

子どものころから、桂介は衝動的に死を想うことが多かった。

精神を病み亡くなった母親はこんな心境だったのかもしれない、と桂介は思った。

光につきまとう闇は他にもあった。

桂介が成功したと耳にした庸一が会社を訪ねてきたのだ。

9年ぶりの再会。

庸一の服装は薄汚れていて、みすぼらしさがさらに増している。

「用件はなんだ。金か」

「へへっ、話が早いな」

桂介は財布から30万円ほど抜き取ると、テーブルに放った。

「最初で最後だ」

やはり、というべきか庸一はたびたび金の無心に来るようになった。

桂介はいちいち言い争うのが面倒で、そのたびに金をくれてやった。

桂介にとってははした金だ。

とはいえ、問題がないわけではない。

『胡散臭い男がたびたび訪ねてくる。桂介は男に金を渡しているらしい』

噂はあっというまに社内に広まった。

このままでは不信感が高まり、社員たちがついてこなくなってしまう。

桂介は思った。

(ゴミみたいなあんな男に、ここまで積み上げてきた自分の人生を台無しにされてたまるか……!)

桂介が庸一のことで頭を悩ませている、ちょうどその時だった。

東明重慶が訪ねてきたのは。


東明重慶との再会

8年ぶりの再会。

東明はひどく痩せていて、病で先が長くないのだろうと一目でわかった。

とはいえ、人を食ったような態度は以前のままだ。

「久しぶりだな」

東明は悪びれる様子など一切見せず、ふてぶてしくソファにどっかりと腰を下ろした。

だが、桂介はもう何も知らない大学生ではない。

「よく俺の前に顔を出せたな」

昔とは違う強い口調に東明は一瞬、戸惑いを見せた。

「目当ては金か」

庸一に続いて東明まで。桂介は吐き捨てるように言った。

しかし、東明の返答は予想外のものだった。

「俺と勝負しねえか」

一局10万円の賭け将棋。

桂介は即座に断ったが、東明の言葉が心を揺らしてくる。

「将棋、指してえんじゃねえのか。それも遊びじゃねえ。ひりつくような真剣勝負をよ」

ドキリ、と心臓が高鳴る。

東明の言葉は核心をついていた。

今も東北で東明が魅せた大一番が頭にこびりついている。

生の実感が感じられず、死に囚われている桂介が、それでも生き続けているのは、将棋のために他ならない。

将棋にとり憑かれた男。

東明の指摘はあながち外れていない。

「俺は、もう長くねえ。俺と指せる時間はあとわずかしかねえぞ」

とうとう桂介は首を縦に振った。

1局、2局……指すほどに熱くなっていくのを桂介は感じた。

体全体が、そして精神が、まるで燃えているように熱い。

魂がひりつくような感覚。

酒、女、薬、何をやっても味わえないであろう昂奮が、そこにはあった。

その日、勝負は桂介の5連敗で終わった。

50万の負けだ。

とはいえ、東明には400万円の貸しがある。

50万を払う必要はない。

将棋を指したからといって、8年前の遺恨はなくならない。

東明もそのことは承知していた。

しかし、どうしても金が入用なのか、こんなことを言ってきた。

「なぁ、お前、(400万の借りを帳消しにする代わりに)誰か殺してほしいやつはいねえか

本気だ、と桂介は一瞬で悟った。

余命のない今、東明に怖いものはないのだろう。

桂介の脳裏に庸一の顔が浮かぶ。

が、すぐに首をふり、金庫から50万を取り出すと、桂介は無言でテーブルに金を置いた。


狂った血

この1年半で、桂介は庸一に600万円以上渡している。

「お前を育ててやった、当然の権利だ」

育児放棄どころか虐待までしていた男が、どの口でそんなことを言うのか。

桂介が憤怒の表情を見せると、庸一はこう言った。

「言うとおりにしなければ、上条桂介は親を捨てる非常な人間だと週刊誌に話してもいいんだぞ!」

肉親を食い物にする鬼畜。

このままでは桂介は社員からの信頼を失ってしまうし、その前に庸一を手にかけてしまうかもしれない。

桂介は庸一に手切れ金を渡し、完全に縁を切ることを決意した。

深夜。実家の前で待ち伏せていると、雀荘帰りの酔っぱらった庸一が歩いてきた。

桂介は手切れ金3000万円を渡す代わりに二度と目の前に現れるな、と庸一に迫る。

庸一は一瞬考えるそぶりを見せたが、目の前の大金の魅力に抗えなかったようで、首を縦に振った。

「わかったから金をよこせ」

「いいや、まずはこの書類に署名して、拇印を押してからだ」

庸一が口約束を守らないことはわかりきっている。

あとから法的措置をとるためには、念書が必要だ。

「チッ」

庸一は苦い顔をしながら、それでも念書を書いた。

しかし……

「あっ!」

それは一瞬の出来事だった。

念書と3000万円が入ったバッグを交換するその刹那、庸一は念書を破り捨てたのだ。

そのままバッグを抱えて逃げる庸一を、桂介は全力で追いかけた。

「貴様ァ! それでも人の親か!」

老いた庸一と桂介では体力が違う。

桂介はすぐに追いつくと、庸一を地面に引き倒し、馬乗りになって首を絞めた。

全力で、絞めた。

「助けてくれ……し、死んじまう……」

その一言がなければ、桂介は本当に庸一を手にかけていただろう。

桂介はハッと我に返って手を離した。

げほげほと咳き込みながら、庸一はぼそりとぼやく。

「ちくしょう……赤の他人の子どもを育ててやったってのに……」

「……なに?」

庸一によれば、桂介は母・春子の子どもではあるものの、庸一の子どもではないということだった。

「本当の父親は」

「……あいつの、実の兄貴だ」

庸一はぽつぽつと昔語りを始めた。


春子の家は味噌蔵を営む地元の名士だった。

春子は美人でよくモテたが、縁談を断ってばかり。

その理由は実の兄・彰浩と愛し合っていたからだった。

ところが、春子が彰浩の子を妊娠したことで運命は狂いだす。

彰浩は自殺。

「お腹の子の父親は、まさか彰浩なのでは」と疑いをかけられた春子は、2人の逢瀬をぐうぜん目撃していた味噌職人の庸一と駆け落ちした。

あたかも庸一こそが子の父親であるかのように見せかけて。

そうして春子と庸一は夫婦になり、やがて桂介が生まれた。

春子は桂介の誕生を心から喜んでいたという。

ところが、桂介が成長するにつれて、春子は精神に変調をきたし始める。

なぜなら、桂介がどんどん彰浩に似てきたから。

やがて春子は完全に精神を病み、若くしてこの世を去った。

春子の死の原因は、桂介だったのだ。

庸一曰く、地元の名士だった春子の家では、古くから近親婚が多かったという。

そのせいで頭は良くとも精神を狂わせる人間が多く、まともな最期を迎えた人間はいない家系だったという。

《いかれた血》と庸一は口にした。

「その血が、お前にも流れてるのよ」

庸一は3000万が入ったバッグを手に取ると、立ち上がった。

「今の話をマスコミにバラされたくなかったら、大人しく帰れ!」

言うなり走り出す。

桂介は呆然としたまま、それを見送る。

立ち上がる気力さえ、残っていなかった。


盤上の向日葵

幼いころから自覚していた《死への憧れ》

その源泉が体に流れる《狂った血》にあると知り、桂介は計り知れないショックを受けた。

(いずれ自分は死ぬ。身体に流れる狂った血のせいで)

そう思う一方で、桂介は「まだ死ぬわけにはいかない」とも強く思っている。

かつて父と呼んでいた男・上条庸一。

かの鬼畜が生きている間は、先に逝くわけにはいかない。

その一念だけで桂介は生き続けていた。

夜。自宅。今日も東明が我が物顔で部屋にあがってきた。

この半年で東明との対局は100を超えた。

そのうち2割は桂介が勝っているので、東明に支払った額はおよそ600万円になる。

(授業料と思えば安い。あの男にわたす金とは違う)

桂介はそう思っていた。

将棋を指していると、桂介はよく偏頭痛に見舞われる。

痛みがひいていくと、いつも盤上に向日葵の幻影が見えた。

81マスすべてに、小さな向日葵が咲き誇る。

幻影はすーっと消えていくが、いつも1か所だけ向日葵の残像が消えないマス目があった。

向日葵が次に指すべき一手を示しているのだ。

将棋を指しながら、桂介は東明に言った。

「駒の借りを返すって約束、覚えてるか」

その一言で、東明には伝わった。

「誰だ?」

「上条庸一。かつて、俺が父と呼んでいた男だ」

「……いいんだな?」

「ああ」

「わかった。お前は俺が仕事を済ますまで故郷に近づくな」

その日は、3局指してすべて桂介の勝ちだった。

帰り際、東明が言う。

「なぁ、お前プロになれよ。お前なら、なれる。今からでも遅くねぇぞ」

「……」

桂介は無言。

「今度会うときは、借りを返し終わったときだ」

最後にそう残して、東明は出ていった。

上条庸一がこの世から消える。

ひとりきりになった玄関で、桂介は笑った。

笑って、笑って……いつしか笑いは雄たけびに変わる。

いつの間にか、頬が濡れていた。

向日葵――。

かつて母が愛した花の幻影が、玄関先に咲き誇っていた。


竜昇戦

平成6年12月。

プロ棋士となった桂介は将棋界最高峰のタイトル「竜昇戦」を戦っていた。

相手は現竜昇にしてタイトル6冠の天才・壬生芳樹。

勝負は3勝3敗で最終戦にもつれこみ、まさに今、最終局面を迎えている。

お互いに数十手先を読み合う難解な盤面。

お互いに持ち時間を使い切り、状況は互角。

この桂介の一手で、すべてが決まる。

(咲け! 向日葵よ、咲け!)

いくら願っても、向日葵の幻影は現れない。

残り時間が10秒を切る。

5……4……3……2……1……。

桂介は直感に従って駒を動かした。

「あっ!」

二歩。

初心者にありがちな、反則負けだった。


天木山の死闘

時は戻り、桂介が東明に《依頼》をしてから半年後(竜昇戦のおよそ2年半前)

東明から桂介に電話がかかってきた。

「約束は果たした」

その一言は、上条庸一がこの世から消えたことを意味している。

「今度は俺の頼みを聞いてほしい」

東明は車で天木山に連れていってほしいという。

そこで初代菊水月をつかって将棋を指したいという東明の頼みを、桂介は素直に聞き入れることにした。

再会した東明は、すでに一人では歩けないほど弱っていた。

桂介はそんな東明に肩を貸して天木山を登る。

どう見ても、東明の体は限界だった。

おそらくこの山での一局が東明にとって最後の将棋になる。

桂介はそう予感した。

「ところで、なんで天木山なんだ?」

桂介の素朴な疑問に、東明は昔語りで返した。

「天木山の麓によ、小浦町って町があるんだ。俺の人生の中で、一番、人間らしい人生を送った場所だ。子持ちの女とねんごろになってよう。今でも思い出す。アパートの部屋の前まで帰ってくると、甘じょっぱい匂いがするんだ。魚の煮つけとか里芋の煮たのとかな……」

東明が遠い目で空を見る。

「結局、その女とは2年しか一緒にいなかったが、いままで生きていたなかで、いい思い出はその町にしかない。死んだ後でもいいから、その町が見下ろせる場所にいてェのよ……」

そのまま東明は瞑目した。

そのまま死んだように動かない。

「おい、大丈夫か」

桂介が肩に手をかけると、びくん、と肩が震えた。

目ヤニのついたまぶたが薄く開く。

「さあ、最後の一局だ。言っとくがこりゃァ真剣(賭け将棋)だぜ」

金をとったところで、すでに使い道はないだろう。

そう思いながら桂介は頷いた。

「いくらだ」

「金じゃねえ。俺が勝ったら、俺を殺して、この場所に埋めてほしい。俺が負けたら、俺のことはほっぽって、このまま山を下りろ」

桂介は息を呑んだ。

とはいえ、いまの東明に負けるとは思えない。

「いいだろう。その真剣、受けた」


はたして東明は強かった。

どこにそんな力が残っていたのかと驚くほど、その指しは力強い。

「俺もまだ捨てたもんじゃねぇだろ」

「ああ、真剣をやらせれば、あんたは今でも日本一の将棋指しだ」

一進一退の攻防が続き、勝負は終盤戦。

幽鬼のような気迫を感じさせる東明が放った一手は……

「あっ!」

桂介は信じられない光景に驚愕した。

「二歩か。俺の負けだな。最後の勝負が反則負けとは、俺らしい……」

言うや否や、東明は大の字に倒れ込み、激しく咳き込み始めた。

「大丈夫か」

桂介は近づいて肩を抱き起こす。

東明は苦し気に口からよだれを垂らしている。

「いいか。お前はプロになれ。お前なら、なれる」

無言で頷く。

東明は途切れ途切れに言葉を発した。

「クスリが切れるとよ、痛えんだ……滅茶苦茶……腹んなかをよ、虫がいっぺえ、這いずり、回ってるよ。何度も、こいつで……」

言いながら東明は上着から匕首を取り出した。

「抉りだそうとするんだが、いざとなると、刺せねえ」

桂介には東明の気持ちが痛いほどわかった。

自分をこの世から抹消したいのに、いざとなるとそれができない……。

「でも、今日で踏ん切りがついた。もう、思い残すこたァねえ」

言い終わると東明は匕首を抜き、止める間もなく腹に突き立てた。

深々と……。

桂介はひたすら土を掘り返し、遺体を埋葬できるくらいの穴を掘ると、亡骸をそこに横たえた。

もう息をしていない東明の顔を見る。

金にがめついろくでなし、超一流の真剣師……東明の生き方をどう見るかは人それぞれだろう。

初代菊水月作、錦旗島黄楊根杢盛り上げ駒。

桂介は駒を磨いて駒袋に入れると、遺体の胸に抱かせた。

香典――。

(地獄でも、この駒さえあれば、何とかするだろう。この男なら)

のちに自分が東明と同じ二歩で竜昇戦に負けることを、このときの桂介はまだ知らない。


結末

竜昇戦の最終戦にあるまじき反則負けをしてしまった桂介は、翌日の朝、誰にも見られることなく始発の東京行き新幹線に乗った。

そんな桂介をこっそりと見張る影が2つ――。

埼玉県警の石破剛志刑事と、大宮北署の佐野直也刑事である。

2人は天木山で発見された白骨遺体の謎追うため、初代菊水月の持ち主を追っていた。

そうしてたどり着いたのが、今や時の人となった上条桂介六段である。

この頃になると

  • 遺体が東明重慶であること
  • 東明と桂介に浅からぬつながりがあること
  • 少なくとも桂介がなんらかの形で事件に関わっていること

は明らかになっている。

最低でも遺棄の罪状があるのは間違いないとして、令状もすでにとれている。

上層部からの指示で、2人は世間の注目が集まる竜昇戦が終わるまで、じっと桂介の行動を監視していた。

そして、今……

「本部長の許可が出た。東京駅に着いたら、任意同行をかけて北署へ引っ張る」

声を抑えた石破の耳打ちに、佐野は頷いた。

「了解です」

仮に桂介が殺人犯でなくとも、遺棄の罪だけで将棋界に対する世間の目は厳しくなる。

引退か、除籍か。

いずれにせよ桂介はプロ棋士ではいられなくなるな、と元奨励会員の佐野は思った。


東京駅に降り立つと、桂介はふと空を見上げた。

銀色に輝く雪が、ゆっくり落ちている。

ぼうっと雪を見ていると、背後から声をかけられた。

「上条桂介さんですね」

振り返る。

目つきの鋭い中年の男性と、その後ろに若い男性が控えていた。

……刑事か。

名乗る前から、桂介にはわかった。

「埼玉県警のものですが、天木山山中で見つかった遺体について伺いたいことがあります。大宮北署まで、ご同行願えませんか」

中年の男性が低い声で言う。

潮時――そんな言葉が、頭に去来する。

入線のアナウンスがホームに流れる。

上り新幹線が近づいてくる。

桂介はゆっくりと息を吐き、ボストンバッグをホームに下した。

若い刑事がそれを手にしようと腰をかがめた。

刹那――

身を躍らせる。

銀色に光る雪が、満開の向日葵にとって代わる。

舞った。

向日葵へ向かって――

<完>


解説と感想

ラスト20行くらいは、ほとんど原文ママです。

蛇足ながら補足すると、桂介は新幹線の線路に飛び込んだんですよね。

ラストに向日葵の描写があるのは、血筋の性質である《死への憧れ》を叶えた形での最期だったことを象徴しているものと思われます。

庸一亡き後も桂介が生き続けていたのは、将棋があったから。

もっといえば「プロになれ」という東明の遺言を守るためだったのかもしれません。

そんな桂介が竜昇戦で反則負けし、刑事に追いつかれてしまった(=プロ棋士でいられなくなる)わけです。

桂介にとっては、まさに《潮時》だったのでしょう。

予想できたラストだったのかもしれませんが、私はこの結末に愕然としました。

だって、あまりにも救いがなさ過ぎるから。

桂介がいったいどんな悪いことをしたというのでしょう?

東明の遺体を埋めたのは法的には罪なのかもしれませんが、故人への敬意から遺言を叶えてあげただけです。

劣悪な家庭に生まれ、肉親から愛情を注がれることなく育ち、あまつさえその身には《狂った血》が流れていると言われて……。

十分すぎるほど人生の不幸を味わってきた桂介が、まさかこんな結末を迎えるだなんて、考えてもみませんでした。

桂介の人生の物語を追ってきたからこそ、桂介には幸せになってほしかったんです。

だから、無意識に最悪のケースを考えないようにしていたのかもしれません。

あまりにも悲しく、やるせないラストでした。

※あ、別に「この結末はけしからん!」という意味ではありませんよ。念のため。


将棋知らなくても大丈夫?

将棋ど素人の私でも、なんの問題もなく楽しめました。

あくまでメインは人間ドラマなので、将棋に興味ゼロでも「なんじゃこりゃつまんね!」とはならないと思います。

ただ、けっこう詳しめに盤面の解説入れてるので、将棋わかる人が読めばもっと楽しめるのかな、とも思いました。

『7四銀』と一目見てどこに銀を指したかわかる人は、120%楽しめると思います。

「向日葵」の意味についての考察

タイトルにもある『向日葵』は、物語の中で3度ほど登場しています。

  1. 母・春子が愛した花
  2. 若くして自決した狂気の画家・ゴッホの代表作『ひまわり』
  3. 将棋の盤上に現れる幻影

これはすべて『業』あるいは『狂気の宿命』の象徴だと私は解釈しました。

それぞれ

  1. 血筋の狂気
  2. 天才の狂気
  3. 将棋に魅せられた男の狂気

とでもいいましょうか。

上条桂介という男は、やはり常人とは違う《狂気》を背負っていたのだと思います。

それは自らの行動の結果というよりも、先天的な、運命としての《狂気》です。

桂介はその運命に翻弄されながら生き、そして運命に従って死んだ……。

『向日葵』は、ともすれば桂介を桂介たらしめる概念でさえあるその《狂気》をあらわしているのではないでしょうか。

(……あれ、なんか意味わかんないこと言ってるような気がしてきたぞ? 伝わってますか?)

ともあれ、作品の象徴といえる『向日葵』

ドラマではどんな風に演出されるのか楽しみです。


まとめ

今回は柚子裕子「盤上の向日葵」のあらすじネタバレをお届けしました!

では、最後にまとめです。

3行まとめ
  • 白骨遺体の正体は真剣師の東明重慶。
  • 東明は体の限界を感じて自決。桂介はその亡骸を埋葬した。その際、敬意をこめて初代菊水月を一緒に埋めた。
  • 死体遺棄により桂介は有罪。桂介は逮捕される前に自殺した。

ミステリーというよりは完全にヒューマンドラマな物語でした。

ひとりの人間の人生を追っていく小説は、感情移入度がグッと上がりますね。

桂介がまさかの行動をとった結末は衝撃的でした。

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POSTED COMMENT

  1. 217 より:

    タイトルは知っていたのですが、内容は今回のドラマ化で初めて知りました。
    まだ1話しか観ていませんが、どんな話なのか気になってしまい検索を掛けたらこちらに辿り着きました。
    ネタバレ無問題なタイプなので、詳しく書いてくださりとてもスッキリしました!!
    そんなラストを迎えるなんて…悲しすぎます。
    こちらを読みながら涙が出てしまいました(苦笑)

    ドラマの冒頭辺りでは
    遺体→桂介の父親
    殺した人→唐沢先生
    なのではないかとドキドキしていたらラストで桂介なのか??となりましたが、そもそも遺体が父親ではなかったんですね。

    原作は未読なのですが、こちらの記事を拝見させて頂いた感じではドラマの方も原作をしっかりなぞるようなとても丁寧な作りになっていて良いですね。

    一緒に観ていた弟は将棋に詳しいので、対局の盤面や指し手を見ながら「○○かな?」と戦法を楽しんでいましたので、将棋好きはそういう楽しみも出来て良いなぁと思いました(笑)

    個人的な感想ですが、唐沢先生が初めて桂介を銭湯に連れて行って虐待を知るシーン(笑っているのに苦しそうな顔をしていたところ)は、柄本さんの演技に泣かされました。

    ミステリーとのことですがこれは完全にヒューマンドラマですよね。
    残りのあと3回分もとても楽しみです!
    これを期に原作も読んでみたくなりました!

    通りすがりに長々とすみません(^^;)

    • わかたけ より:

      コメントありがとうございます!
      ネタバレ楽しんでいただけたようで嬉しいです(^^♪

      やっぱり最初は「遺体=桂介の父親」って思いますよね!
      私もまんまとそう思ってました(笑)

      銭湯のシーンは小説でも印象的でしたが、ドラマの柄本さんの演技はそれを超えていたように私も思います。
      最終回までに何回泣かされることやら……。

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