竹宮ゆゆこ『砕け散るところを見せてあげる』を読みました。
途中まで青春恋愛ジャンルだったのに、終盤で一気にサスペンスホラーに変わるという大転換は本当に衝撃的でした。
ちょこちょこ不穏な雰囲気は感じ取っていましたが、まさかここまで血生臭くて、バッドエンドな展開になるとは思わなかったです。
そして、なんといっても特筆すべきはあのラスト。
「は? え……うん?」
と読者を置いてけぼりにするような抽象的な結末のなかに叙述トリックを解くヒントまで仕込まれていて、もういろんな意味で混乱するしかありませんでした。
あまりにもやもやしたので、それからすぐに二周目に突入。
注意して読むことで
- 叙述トリックの伏線と答え
- よくわからない結末の解釈
を見出すことができました。
というわけで、今回は小説『砕け散るところを見せてあげる』のネタバレ解説をお届けしたいと思います!
前半は未読者向けの作品紹介(ネタバレ)なので、既読の方は【ネタバレ解説】の項まで飛ばしてもらってOKです!
目次からジャンプできます。
Contents
あらすじネタバレ【一周目】
「読んでないし、内容も知らない!」という人も、ここから読めばまるっと『砕け散る(以下略)』のことがわかります。
なお、ここではあえて叙述トリックに気づかなかった一周目の視点で書いています。
あとから「実はここが違った!」という解説をするので、ぜひ最後までゆっくり読んでいってくださいね。
では、まずはあらすじから見てみましょう!
あらすじ
大学受験を間近に控えた濱田清澄(きよすみ)は、ある日、全校集会で一年生の女子生徒がいじめに遭っているのを目撃する。
割って入る清澄。
だが、彼を待っていたのは、助けたはずの後輩、蔵本玻璃(はり)からの「あああああああ!」という絶叫だった。
その拒絶の意味は何か。
《死んだ二人》とは、誰か。
やがて玻璃の素顔とともに、清澄は事件の本質を知る——。
(文庫裏表紙のあらすじより)
謎の多いスタート
「UFOが撃ち落されたせいで死んだのは二人」
小説『砕け散る』はそんな謎のプロローグから始まります。
この時点で
- UFOってなに?
- 死んだ二人って?
という疑問が芽生えますが、それはひとまず置いておきましょう。
※意味がわかるのはだいぶあとのことです。
さて、物語の立ち上がりはあらすじのとおり。
主人公の濱田清澄は正義感の強い男子で、いじめられていた見知らぬ一年生女子を助けます。
ところが、その女子は「ああああ!」と絶叫したうえ、清澄にモノを投げつけて逃亡。
その後も、清澄は彼女……蔵本玻璃の様子を見に行くのですが、玻璃はそのたびに敵をにらみつけるような視線を清澄に向けてきます。
「なんでいじめているクラスのやつらではなく、助けた清澄を敵視しているのか?」
当然、そんな疑問が浮かんできますよね。
これに対しては「そういうヤバいやつだから」という説明が加えられます。
玻璃は見るからに陰気な雰囲気をまとっていて、外見はこんな感じ↓
- ぼさぼさの長髪
- くたびれた制服
- 聞き取れないほどこもった声
これに絶叫などの奇行が加わるので、まあ、控えめに言って友達ができるタイプではありません。
ふつうならできるだけ関わらないようにするところですが、清澄は違いました。
「それでも、いじめられるのは辛いはずだ」
清澄は感謝を期待するわけでもなく、ただ「見過ごせないから」という理由で玻璃のことをなにかと気にかけるようになります。
※三年生がわざわざ一年生の教室まで様子を見に行ったりね。
清澄の正義感は、亡くなった父親への憧れからきているものです。
清澄の父は水難事故から多くの人命を助けて亡くなりました。
その生きざまはヒーローそのもの。
幼いころから父親の話を聞いて育った清澄は、いつしか父のようなヒーローになりたいと思うようになっていました。
これが清澄の正義感の背景です。
ライトノベルな中盤
とある事件をきっかけに、清澄は玻璃の本当の姿を知ることになります。
ありがちな展開ですが、実は玻璃は中身も外見も可愛い美少女だったってやつです。
いつも清澄をにらんでいたのは、感謝と謝罪の気持ちを伝えようとしていたから。
話してみると玻璃は意外とおしゃべりで、ころころと表情を変える様子もかわいいし、なによりちょっとアドバイスしただけで外見はすぐに美少女のそれになりました。
ギャップ萌えですね。
それから清澄と玻璃はいじめに立ち向かっていくのですが、案の定というか、その過程でお互いに惹かれ合っていきます。
竹宮ゆゆこさんはアニメ化もしたライトノベル『とらドラ!』の作者であり、このへんの甘酸っぱい展開はお手のもの。
「あれ、ライトノベル読んでるんだっけ?」
ってくらい青春でラブな、思わずニヤニヤしてしまうようなやりとりがしばらく続きます。
清澄は「強くなりたい」という玻璃に父親から受け継いだヒーローの三か条を教えます。
- 一つ、ヒーローは悪の敵を見逃さない
- 一つ、ヒーローは自分のためには戦わない
- 一つ、ヒーローは絶対に負けない
この三か条は実は伏線なので、頭の隅のほうに置いておいてください。
※ところで、『とらドラ!』のアニメがもう10年以上前のことってマジですか……?
玻璃のUFO
そんな王道ライトノベル展開のなか、玻璃はちょっと不思議な言葉を口にします。
それは、こんなやりとり↓のなかで登場した言葉でした。
…………
玻璃「先輩みたいに強くなって戦いたんです」
清澄「おまえをいじめる連中と?」
玻璃「いえ、UFOを撃ち落とします」
…………
プロローグにも登場したこの『UFO』という単語は、この物語においてめちゃくちゃ重要な意味を持っています。
「は? UFO?」と訳がわからないでしょうから、順を追って説明しますね。
- 玻璃の母親は夫(玻璃の父親)とそりが合わず、娘を置いて家から出ていった
- そのことについて、父親は幼かった玻璃に「お母さんはUFOにさらわれた」と説明した
- 以来、玻璃の空にはずっと「UFO」が浮かんでいる
- 玻璃はいつしか思い通りに行かないことは全部UFOのせいだ、と思うようになった
ひと言でいうなら、「UFO」とは「玻璃を傷つけるもの」のことです。
※もっと抽象的に「敵」や「望まない運命」と解釈してもいいでしょう。
文脈に沿ってもう少し具体的にすると、
- いじめに立ち向かうこと
- いじめに立ち向かえる自分になること
これが玻璃の言う「UFOを撃ち落とす」の意味だと(ここでは)解釈できます。
パンダくんみたいになんとなく雰囲気をくみ取ってもらえればOKです。
さて、「UFO」という超重要な概念も登場したところで、話はいよいよ佳境に突入します。
不穏な空気
玻璃のひと言で、物語はいきなり急カーブして不穏な方向へと進み始めます。
問題のセリフはこちら↓
「(いじめで)殴られたりしたわけでもないですし、私は実際には怪我をしたこともないんです」
「(いじめで)直接暴力を振るわれたりとかは本当にないんです」
たしかに玻璃が言うように、いじめの描写は
- ゴミを投げる
- 机やイスを蹴る
- 掃除用具入れに閉じ込める
といったものであり、加害者たちは一貫して(汚いものを避けるように)玻璃の身体には触れていませんでした。
なのに、ですよ。
玻璃の身体には痛々しい暴力の痕跡がいくつもあったんです。
くっきりと残る内出血は、加害者が力の強い大人の男である証拠。
そして、玻璃の身近にいる大人の男といえば、一人しかいません。
そう、玻璃の父親です。
『玻璃は父親から日常的に暴力を振るわれているのではないか?』
いじめ問題は(少なくとも一時的には)解決し、物語は新たな展開へ向かっていきます。
そもそも玻璃がいじめられるようになったのは、夏でも長袖やタイツを着用し、肌が露出することを極端に恐れていたからです。
それが暴力の痕跡を隠すためだったのなら、すべての元凶は玻璃の父親(仮)だったということになります。
サスペンスホラーな終盤
結論から言えば、清澄の予感は的中していました。
いや、予想以上だった、というべきでしょうか。
玻璃の父親は「娘に暴力を振るうクズ野郎」を通り越して、
『サイコパスな殺人鬼』
でした。
そもそも、最初からおかしいところはあったんです。
玻璃は清澄にこう説明しました。
- 母親は父親を見限って家を出た
- その後は、ずっと三人で暮らしている
- 同居人は父親と(母方の)祖母である
清澄はスルーしてましたが、実の娘が出ていったのに同居を続ける祖母ってなんだか違和感がありますよね。
しかも、玻璃が意味深に
「おばあちゃんは静かなんです。本当に、静か」
なんていうものですから、読者はすぐに気づきます。
「あれ? 玻璃のおばあちゃん息してないんじゃないの……?」
この読者の不安は半分当たりで、もう半分は大当たりです。
おばあちゃんはとっくに亡くなっていて、玻璃の家の近くの沼に沈められていました。
もちろん沈めたのは父親で、玻璃もスーツケースに詰め込まれた遺体を投げ捨てる行為を手伝わされていました。
「これで共犯だな」
罪悪感の欠片も感じられない台詞からも、父親の異常な人間性が透けて見えます。
そして、この異常な父親の犠牲になったのは、玻璃の祖母だけではありませんでした。
ここからは物語終盤のストーリーです。
清澄は母親にも協力してもらって、玻璃の家の秘密を探りました。
そして、玻璃の父親の嘘に気づきます。
玻璃の父親は「義母は市立病院に入院している」と口を滑らせたのですが、なにを隠そう清澄のお母さんはその市立病院で働くナース。一発で嘘を見抜きました。
一方その頃、玻璃は父親から監禁され、拷問のような暴力によって強引に口を割らされていました。
- 清澄の母親が市立病院で働いていること
- (つまり)清澄が嘘に気づいていること
- 清澄の家の住所
玻璃は父親の思惑に気づき、家を抜け出して清澄に会いに行きます。
「父は危険です! 先輩とお母さんを狙っています。今すぐ逃げてください!」
清澄は言葉を失いました。
「私を見たら、だいたいは……わかりますよね……?」
そう口にする玻璃が、まるで別人のように痛々しく変わり果てていたからです。
※以下、このシーンの描写
…………
玻璃の指は何本か曲げられなくなって震えていて、顔の半分は、まぶたから頬まで大きく盛り上がるように腫れてしまった。片目は開いていない。
目の下は黒い隈取りのように内出血を起こし、唇も裂けていびつに晴れて、息をするのも辛そうだった。
(中略)
見えた肌の部分は全部、切り傷やひっかき傷、内出血で覆われていた。
その色彩はまるで花を束ねたみたいだった。青や赤、紫、黄色、ピンク、オレンジ、本当に色とりどりのたくさんの花で、玻璃は全身を覆われているようだった。
…………
玻璃は「逃げろ」と清澄に繰り返します。
(けれど、逃げてどうする?)
(なにより、このまま玻璃を家に帰したらどうなる?)
答えはもう、決まっていました。
「お前をもう、絶対に、誰にも傷つけさせたりしない。これからは、俺がお前を守る」
清澄は怒りを決意に変え、きっぱりと言い放ちます。
「俺たちはUFOを撃ち落とす。今から二人で撃ち落としに行く」
※つまり「父親を倒しに行こう」と言ってるわけですね。
結末
ふつうの小説なら、このあとの展開は
『父親を倒して清澄と玻璃は結ばれました。めでたしめでたし』
となることでしょう。
しかし、この物語の場合は違います。
清澄と玻璃は動かぬ証拠を警察に提出するため、沼から祖母の遺体が入ったスーツケースを引き上げようとするのですが、あえなく失敗。
そして、沼には玻璃の母親も沈められていたという新たな事実を知ることになります。
玻璃「……お母さん、殺されちゃった……」
清澄は「今すぐ警察に通報するしかない」と玻璃の家で電話をかけようとするのですが、その行動が裏目に出ました。
家までの道中で玻璃の父親に遭遇してしまったのです。
父親の手にはゴルフクラブ。
もはや話し合いの余地はありませんでした。
いきなり容赦なく頭を殴りつけられた清澄は一撃で地面に倒れ、続いて玻璃も同じように昏倒します。
それから数分後。
清澄と玻璃は家の中に引きずり込まれ、床に転がされていました。
縛られてはいないものの、ゴルフクラブでめった打ちにされたせいで意識はかすみ、指先ひとつ動かせない状況です。
血まみれの清澄と玻璃を見下ろしながら、父親は家に火をつける準備をしています。
まさに絶体絶命。
このままふたりとも殺されてバッドエンドになったとしてもおかしくない。
そんな不穏な空気が漂っていました。
しかし、結果から言えば清澄も玻璃も生きたままこの地獄から生還することになります。
では、いったいふたりはどうやって父親の魔の手から逃れたのでしょうか。
それは、一瞬の出来事でした。
※以下、小説より一部抜粋
…………
(父親の)手からゴルフクラブが離れた瞬間、玻璃は跳ね起きた。
父親よりも、玻璃のほうが先にゴルフクラブを掴んだ。
思いっきり振りかぶって、身体ごと振り下ろす。
UFOを撃ち落とす。
なにか喚きながら倒れたところに、さらに何度も、何度も叩きつける。繰り返し振り下ろす。
避けようとするこめかみに。逃げようとする後頭部に。動けなくなった脳天に。
玻璃は止まらなかった。木端微塵に破壊するまで、玻璃の戦いは終わらなかった。
空からは真っ赤な雨が降った。
玻璃には雨に濡れてでも、やり遂げなければいけないことがあった。
玻璃は、俺を守ったのだ。
…………
清澄は玻璃を守りたいと心から思っていました。
三か条を体現するようなヒーローになりたいと思っていました。
- 一つ、ヒーローは悪の敵を見逃さない
- 一つ、ヒーローは自分のためには戦わない
- 一つ、ヒーローは絶対に負けない
しかし、ヒーローになったのは、UFOを撃ち落としたのは、清澄ではなく玻璃でした。
真っ赤に染まった玻璃は、まるで別れのあいさつをするかのように言いました。
「先輩。私、先輩が好きです」
それから清澄は意識を失って……
エピローグ
ここからはかなり超展開です。できるだけ簡単にお伝えしようと思います。
『女子高生による父親殺害事件』は一時期話題になり、世間の注目を集めました。
玻璃は逮捕され、清澄との縁は完全に断ち切られます。
この事件が処理されたら、彼女は新しい人間として生まれ変わって、名前も変えて、過去にまつわるすべてを捨てて、まっさらになって生きていくのだ。
(ありがとう。さようなら)
月日は流れ、数年後。
清澄は町でばったり玻璃(新しい名前は不明)と再会し、やがて結婚します。
そのうち玻璃のお腹には新しい命が宿り、清澄は遠回りこそしたものの幸せを掴んだ……ように見えました。
しかし、そうではありません。
清澄にも玻璃にも「空に浮かぶ新しいUFO」が見えていて、そのせいで苦しみ続けていました。
そんなある日のこと。
清澄は事故現場に遭遇します。
川の中には今にも溺れそうな人々の姿。
清澄は迷いませんでした。
いくつもの命を救いだし、清澄は命を落とします。
清澄にはそうしなければならない理由がありました。
なぜなら、清澄にとって助けたのは赤の他人ではなくあの日の玻璃であり、それはつまり「二つめのUFOを撃ち落とす行為」に他ならなかったからです。
はい。たぶん意味不明だと思います。
このあとの解説で補足するので、今は先に進みますね。
といっても、物語はもうほとんど終わりです。
玻璃は男の子を生み、大事に大事に育てます。
玻璃は息子に「お父さんはヒーローだったんだよ」と繰り返し伝えました。
玻璃があまりに愛おしそうに父親の話をするので、男の子は父親がいなくて寂しいとは思いませんでした。
小説のラストは、高校生になった男の子のモノローグでしめくくられます。
母さんがいて、俺がいて、父さんがいる。そしてみんな、愛には終わりがないことを信じている。
ここでの「父さんがいる」というのはもちろん比喩で、そのくらい父親の存在を身近に感じられるという意味ですね。
以上、小説『砕け散るところを見せてあげる』のあらすじネタバレでした。
はい。ただ、もちろんここで記事を終わらせたりはしません。
むしろここからの解説がこの記事のメインです。
ネタバレ解説【二周目】
今回は以下の点について解説・考察していこうと思います。
- 叙述トリックの解説
- ふたつ目のUFOについての考察(とプロローグの言葉の意味)
- 作品のテーマについて
もし他にも
- あれはどういうことだったの?
- これはどう解釈したらいいと思う?
と気になる点があったら、コメントで教えてくださいね。
では、さっそく作品最大のトリックから解説していきましょう。
叙述トリックの解説
物語終盤(玻璃が父親を葬ったあと)
病室で目覚めた清治に、母親はこう声をかけました。
「清澄! お父さんも向かってるからね! 連絡したらすぐ来るって!」
小説を読んだ方は、おそらくここで「あれ?」と思ったのではないでしょうか。
なぜなら、清澄のお父さんは人命を救って亡くなっていたはずだからです。
一応、その後の説明で
俺(清澄)が小さかった頃に、母さんは父さんと離婚した。
父さんには新しい家族ができて、俺と母さんの中ではもう死んだような扱いになっていた。
とフォローされるのですが、なんだかやっぱり変ですよね。
- 浮気して離婚した父親
- ヒーローのような父親
清澄の父親像にはなんだか矛盾があるように思われます。
それに、物語序盤での清澄の母親は
- 亡くなった夫のことを愛していて、
- いかに父親がヒーローのようだったか清澄に語っていた
はずです。
これもやはり『死んだような扱いになっていた』という描写と一致しません。
そして、さらにもうひとつ。
結末で清澄は命を落としますが、その様子があまりに清澄が語っていた父親の最期にそっくりなのも気になります。
はい。じゃあ、結論からいいますね。
物語の最初(p7~p20)で亡き父親に憧れていた「俺」は清澄ではなく、清澄の息子です。
小説の通し番号でいえば「1」のところですね。
ちょっと整理してみましょう。
- 清澄の父親は人命を助けていない
- 清澄は父親に憧れてなんかいない
- 清澄の母親は別れた夫のことをヒーローだなんて思っていない
正しくは、こう。
- 玻璃はいつまでも清澄を愛し続け、息子にもその雄姿を語って聞かせた
- 玻璃と清澄の息子はやがて父親のようなヒーローに憧れるようになった
作者は「俺」や「母さん」といった言葉を使うことで、わざと読者が勘違いするように誘導していたんですね。
ちなみに清澄と玻璃の息子の名前は不明。
作中では「真っ赤な嵐」というよくわからない抽象的な名称で書かれています。
で、この叙述トリックになんの意味があったのかというと、主にふたつの役割があったのだとわたしは思います。
一つ目は、清澄のヒーロー性。
わたしたちはまんまと
「清澄は父親に憧れていて、ヒーローになりたいのだ」(だから玻璃を助けたり守ったりしていた)
と思い込まされていましたが、真実が明らかになったことにより、これがくるっとひっくり返ります。
清澄の正義感は、誰に影響を受けたわけでもなく、清澄がもともと持ちあわせていたものでした。
ヒーローの三か条も、清澄が自分でつくったもの。
※母親から三か条を聞いていたのは清澄の息子
物語を根底から覆すようなトリックではありませんが、なんだか清澄のイメージがちょっと変わるような気がします。
やるじゃん、清澄。
続いて叙述トリックの二つ目の役割ですが、これは『作品のテーマ』に関わることなので、ひとまず後回しにさせてください。
伏線は時代背景
叙述トリックを見破るための伏線は、実はちゃんと設置されていました。
二周目を読む際は、ぜひ物語の年代に注目してみてください。
話し手が息子である《p11》には
- 置かれた場所で咲きなさい(2012年)
- 嫌われる勇気(2013年)
- 人生がときめく片づけの魔法(2013年)
などが登場し、年代を示すヒントになっています。
そこから話し手が清澄に移ると、作中年代は一気に20年以上古くなります。
たとえば、この一文なんかわかりやすいですね。
ノストラダムスが教えてくれた世界の終りまで、まだまだ時間がある(p293)
ノストラダムスの大予言は1999年。
少なくても清澄が高校生だったのは1999年以前であることがわかります。
あと、高校といえば土曜日に半ドンの授業がある描写なんかもありましたね。
※毎週土曜日が休みになったのは2002年から
なにより決定的なヒントだったのは携帯電話(スマホ)です。
高校生だった清澄や玻璃の物語には、携帯電話がまったく登場しません。
沼に母親までもが沈められていたと知った清澄と玻璃は、電話をかけるために急いで家に向かいました。
はい。ここ、どう考えても携帯電話で通報したほうが早いですよね。
このことからも清澄と玻璃が携帯電話を持っていなかったのは明らか。
現代において、高校生の男女がそろって携帯電話を持っていないとはちょっと考えられません。
つまり、清澄と玻璃が高校生のとき、まだ世の中に携帯電話は普及していなかったのだと推測することができたんです。
UFOについて
『砕け散る(以下略)』の物語にはふたつのUFOが登場します。
一つ目のUFOについては比較的わかりやすいですね。
玻璃の父親の暗喩(メタファー)だったと解釈できます。
あるいは概念として
- 自由を制限するもの
- 自分を支配するもの
- 敵
- 孤独
のように解釈してもよさそうです。
※いじめがUFOに含まれていたのだとすれば、概念としてとらえたほうがわかりやすいかも
玻璃は父親を絶命させることで、一つ目のUFOを撃ち落としました。
では、二つ目のUFOとはいったい何だったのでしょうか?
小説にはこのように↓書かれていました。
…………
結婚する直前に、俺の新しいUFOを紹介した。
彼女は「それ、私にも見えてますから」と声を潜めた。
見えている面は違うだろう。
でもたぶん、同じものを俺たちは空に浮かべたまま生きていた。
永遠を誓って一緒にいても、俺のUFOは消えなかった。
幸せなのは間違いなかったから、それは本当に不思議だった。
…………
この「二つ目のUFO」についての解釈は、やや難解ですね。
清澄は見ず知らずの他人を命がけで助けることで、二つ目のUFOを撃ち落としました。
そして、どうやらその行為によって玻璃の新しいUFOも撃ち落とされたようです。
これはいったい?
解釈のヒントは、清澄が今にも溺れそうな女の子を救助しながら考えていたこと(p296)にありそうな気がします。
※以下、小説から一部抜粋
…………
蔵本玻璃。そういえば随分長くその名を呼んでいなかった。
※玻璃は新しい名前になっている
もしかして、もう呼べないのだろうか。呼べばよかった。
思った瞬間、俺は自分が本当はなにを取り戻そうとしているのか、おぼろげながら理解した。
俺はあの子(玻璃)を、赤い雨の中にたった一人で置き去りにしてきてしまっていた。
(孤独だったよな。ごめんな)
俺は新しい君と新しい暮らしをして、新しい人生を始めてしまった。
死んだ玻璃のことは無意味の只中に沈めてしまっていた。玻璃は今もそこにいるんだろう。
俺たちの空に、一人で寂しく浮かんでいるんだろう。
(中略)
俺は玻璃を何度でも蘇らせる。俺はUFOを撃ち落とす。
今度こそ、俺がヒーローになってみせる。
俺は、取り返しのつかなかったあの日をやり直している。
…………
この文章からひしひしと伝わってくるのは清澄の『後悔』です。
- 玻璃を守れなかったこと
- 玻璃に父親を殺させてしまったこと
清澄はあの日のことをずっと後悔し続けていました。
だから、清澄にとってはそれが「二つ目のUFO」だったのだと思います。
清澄は「奥さんになった今の玻璃」と「高校生だった玻璃」をまるで別々の人間であるようにとらえています。
そして、清澄は「守れなかった高校生だった玻璃」を今でもまだ救い出そうとしています。
といっても過去には戻ることはできません。
だから、清澄は見ず知らずの女の子の命を助けることで、過去のやり直しをしていたんです。
女の子にあの日の玻璃の姿を重ねて。
清澄は女の子(過去の玻璃の代替)を助け出すことで、今度こそヒーローになりました。
清澄は「二つ目のUFO」(≒後悔)を撃ち落としたんです。
玻璃の「二つ目のUFO」
まずは、小説の記述から見てみましょう(p303)
…………
二つ目のUFOは、私の命を燃料に空に浮いているようだった。
一つ目のUFOを撃ち落とした夜にそいつは生まれた。
私はそいつにずっと囚われたままで、多分あの頃、本当は生きてもいなかった。
事故が起きて、先輩が見つかって、私は本当に終わったと思った。
(中略)
長く長く苦しんで、やっと真っ赤な嵐(子ども)と出会い、私は蘇った。命を取り戻した。
それでわかった。UFOは空から消えた。
先輩は勝ったんだ。
勝って、二つ目のUFOを撃ち落としてくれた。
…………
そもそも玻璃がずっとサイコパスな父親と暮らしていたのは、家族を失って孤独になることを恐れていたからです。
父親の息の根を止めた瞬間に誕生した二つ目のUFOは単純に「肉親を手にかけてしまった罪の意識」というだけではなく、
『この世界で孤独になってしまった』
という気持ちの象徴だったのではないでしょうか。
のちに玻璃は清澄と結婚しますが、清澄と同じように過去の自分を今の自分を切り離してとらえていたとすれば、いつまでも(あの日の玻璃にとっての)『孤独』が消えないことにも説明がつきます。
さて、玻璃の二つ目のUFOが『孤独』だったとすると、それが撃ち落とされた理由も見つかりそうです。
- 子どもが生まれて孤独ではなくなったから
- 清澄が命を懸けて「あの日の玻璃」を救い出したのだとわかったから
清澄は自分のUFO(≒後悔)だけではなく、玻璃のUFO(≒孤独)も撃ち落としていました。
命を失ってまでの行動がひとりよがりではなく、ちゃんと今の玻璃を生かすものだったというのがいいですね。
UFOの犠牲者は二人
プロローグに出てきた
「UFOが撃ち落されたせいで死んだのは二人」
というフレーズ。
作中で亡くなったのは
- 玻璃の母
- 玻璃の祖母
- 玻璃の父
- 清澄
の4人ですが、このうち母と祖母は「UFOが撃ち落とされたせいで」亡くなったわけではありません。
UFOが撃ち落されたせいで死んだのは、玻璃の父親と清澄のふたりです。
玻璃の父親はほとんど一つ目のUFOそのものであり、玻璃が息の根を止めた(撃ち落とした)ことで死亡。
清澄は二つ目のUFOを撃ち落とした直後に亡くなりました。
作品のテーマについて
『愛には終わりがない』
これは映画『砕け散るところを見せてあげる』のキャッチコピーですが、作品のテーマをひと言でまとめるとまさにこれです。
- 物語のラスト
- 二周目のp7~p20(叙述トリックの部分)
「ヒーローになりたい」という真っ赤な嵐を見て、読者は清澄の正義感がしっかりと子どもに受け継がれていることに気づきます。
清澄は命の散り際に「塵になって、あるいは宇宙になって家族を見守っていく(意訳)」と念じました。
一方、真っ赤な嵐は「自分を構成する最小単位の物質から、あるいはこの世界のすべてに父さんはいる(意訳)」と感じとります。
- 青春
- 恋愛
- サスペンスホラー
と『砕け散る(以下略)』はいろんなジャンルを包含する物語でしたが、そのテーマはやっぱり、
『愛には終わりがない』
だったのだと思います。
小説の最後の一行や小さく印字されているサブタイトルからも、そのような印象を受けました。
小説の最後の一行
母さんがいて、俺がいて、父さんがいる。そしてみんな、愛には終わりがないことを信じている。
※真っ赤な嵐のモノローグ
小説のサブタイトル
『The ashes of my flesh and blood is the vast flowing galaxy』
直訳すると
「私の肉と血の灰は広大な流れる銀河です」
ニュアンスとしては
「(たとえ肉体が消えてなくなったとしても)この世界の一部になって家族を見守っていくよ」
という感じですね。
まとめと感想
今回は竹宮ゆゆこ『砕け散るところを見せてあげる』のネタバレ解説をお届けしました!
では、最後にまとめです。
- 実は玻璃の父親はサイコパスな殺人鬼
- 玻璃は清澄を守るために父親の息の根を止めた
- ラストは一言ではいえないけど、どちらかといえばハッピーエンド
- 実は叙述トリックが使われていた!
読み終えた瞬間の感想は「よくわかんないけどすごい!」でした(笑)
実際に読んだ方ならわかると思うのですが、この小説は結末に近づくほどあいまいなメタファーが増えていきます。
正直、読みながら「んん??」と首をかしげることもありました。
同じように消化不良に陥っている方は、あらためて二周目を読んでみるといいかもしれません。
わたしの場合は、叙述トリックの伏線にも気づき、あいまいな結末の解釈もできて、
「深い物語だったんだな」
と納得を得ることができました。
この衝撃的な物語がどのように実写化されるのか、映画も楽しみです。
映画情報と予告動画
予告動画
キャスト
- 濱田清澄:中川大志
- 蔵本玻璃:石井杏奈
- 真っ赤な嵐:北村匠海
- 真っ赤な嵐の母:原田知世
- 玻璃の父:堤真一
映画でも子どもの名前は「真っ赤な嵐」なんですね。
映像では叙述トリックが使えなくなりますが、そのあたりをどうするのか気になります。
また、個人的には玻璃の父を堤真一さんが演じるというのがとっても気になるところ。
正直、堤真一さんによる玻璃の父親が見られるという一点だけでも「これは映画観たいな!」と思いました(笑)
公開日
映画『砕け散るところを見せてあげる』は2020年5月8日公開!
※新しい公開日は2021年4月9日(約1年延期……)
ちなみに「PG12」指定作品です(※)
※小学生以下のお子さんは保護者と一緒に見てね、のやつです
竹宮ゆゆこ『砕け散るところを見せてあげる』
とある問題を抱えた女の子を、正義感の強い男の子が助けようとする物語💑
なんだけど!
ま さ か の 結 末 ❗️
いろんな意味で衝撃的なラストでした
映画のキャストは#中川大志 #石井杏奈 #堤真一 ほかhttps://t.co/Zxzt88G8yr
— わかたけ@読んでネタバレ (@wakatake_panda) March 12, 2020
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わかりやすい解説ありがとうございました。
読もうと思って、読み始めましたが、
私には読めないタイプの物語だと思って断念しました。
映画は見たいと思っていますが、最寄の映画館で上映するかわからないので
未定です。
とてもわかりやすい解説でした!
偶然に映画の予告動画を見てしまって、青春恋愛映画っぽいけどなんか怖そう?一体どういう内容なの?と気になって検索したら、こちらのページを見つけました。
原作の存在も知らなかったので、解説は最初から最後まで読みましたが、全てがわかりやすくて完璧でした。
途中で気持ちを代弁してくれる「ぱんだ」さんの存在のおかげで、さらに理解しやすかったです。
私は田舎に住んでいるので映画館にはもう何年も行ったことがありませんが、映画が見られなくても内容を知ることができてとてもスッキリしました。
映画や小説の中には見る側に解釈を任せるようなモヤモヤさせる結末のものが多々ありますけど、私は自分でそれをやるのがとても苦手で、このように誰かにはっきり説明してほしいタイプです。
そういう多くの人を救う素晴らしい解説だったと思います。
ありがとうございました。
>こぱんださん
わぁ、絶賛ありがとうございます!
コメントを読みながら嬉しくてたまりませんでした。
褒めていただきありがとうございます!
解説ありがとうございました。
読み終わった瞬間から解説が知りたかったのでほんとうにすっきりしました!
ただ1つ疑問に思うのですが、2つ目のUFOのところの
“結婚する直前に、俺は新しいUFOを紹介した。”
の一節。この文の意味がまだ分からないのです。
宜しければ、できたらでいいのですがまた解説をお願いしたいです。♀️
>はるさん
最後まで読んでいただきありがとうございます(^^♪
さて、「結婚する直前に、俺は新しいUFOを紹介した。」の意味ですね。
ここで比喩的に使われている「新しいUFO」とは、
・玻璃に父親の命を奪わせてしまったこと
・自分が玻璃を守れなかったこと
そういった『後悔』のことだと思われます(清澄視点では)
清澄は小さな女の子に玻璃の姿を重ねて水難事故から助け、結果として命を落とすわけですが、これも『玻璃を助けられなかった後悔=新しいUFO』を払拭する(撃ち落とす)ための行動だったわけですね。
時差でのコメントすみません。
とても分かりやすい解説でとてもすっきりしました。
ですが1箇所理解できないところがあって、解説でもあるように実際に死んだのは4人、UFOが打ち落とされたことによって死んだのは2人というのはわかるのですが、冒頭で玻璃と清澄の息子が話してるところで息子が死人は3人だと言っているのはなぜでしょうか?
>neoさん
息子はおそらく(叙述トリックである)清澄のことをカウントしていないのではないかと思います。
冒頭の記述において息子が人数をカウントするそれぞれの指は、
人差し指(お母さん指)=玻璃の母親
親指(お父さん指)=玻璃の父親
中指=玻璃の祖母
薬指=清澄
なのではないかと解釈しました。
昨日、映画を観てきました。人間関係とか相関図は分かったのですが、二つ目のUFOが理解できずにモヤモヤしていました。
こちらを拝見して腑に落ちました。ありがとうございます。
ネタバレを他に見ましたが
ほんとに分かりやすい
Netflixで映画を観て、ここに辿り着きました!
とても分かりやすくて、スッキリしました♪
ありがとうございました