『彼女たちの犯罪』あらすじネタバレ解説｜事件の全貌と結末【ドラマ原作小説】

横関大『彼女たちの犯罪』を読みました。

失踪した妻、その夫の愛人、そして驚くべき三人目の女。

三者三様の思惑が交錯し、複雑怪奇な事件が起こります。

三人の女は何を思い、何を為したのか？

どんでん返しに好きにはたまらない傑作ミステリです。

今回は小説『彼女たちの犯罪』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。

あらすじ

医者の妻の神野由香里は夫の浮気と不妊に悩んでいたが、ある日突然失踪。

海で遺体となり発見される。

死因は自殺か、それとも――。

一方、交際相手が既婚者と知った結婚願望の強い日村繭美は偶然その妻と出くわし、ある決意をする。

ワケあり女が一人二人……もう一人？

女の数だけ二転三転、どんでん返しミステリ。

いつの時代も女の人生は険しい。

（文庫裏表紙のあらすじより）

神野由香里

神野由香里。34歳。

高級住宅街である桜木に屋敷を構える神野家に嫁入りした彼女は、世間的には玉の輿に乗った勝ち組といえるでしょう。

夫の智明は医者であり、容姿も整っていて、スポーツマンでもあります。

田舎出身の地味な女である由香里とは不釣り合いだと、誰よりも彼女自身が思っていました。

由香里はまるで現代のシンデレラです。

ただし、現実は童話のように甘くはありません。

結婚から八年、智明はもはや由香里のことを抱こうともしません。

それどころか医者の付き合いで休日も家に寄りつかず、由香里はすっかり放置されています。

一方で、同居している姑からは孫の顔を見せろという圧力が強まってきていました。

そもそも抱かれていないのに、どうやって子供をつくれというのでしょう？

そう言い返せたらどれだけ胸がすくだろうかと思いつつ、従順な嫁である由香里には黙っていることしかできません。

姑からの嫌味に耐え、家事に追われ、由香里の一日は終わっていきます。

息の詰まる生活でした。

最近では夫の浮気を疑うようにもなり、心が休まる暇もありません。

同じ桜木の住人で歳も近い玉名翠（たまなみどり）とは友人になれたのですが、彼女は慰謝料をとって離婚してはどうか、と言います。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「もし智君が本当に浮気してるなら、あんたは有利な条件で離婚できるかもしれないんだよ。旦那が普通のサラリーマンだったらたいした慰謝料は見込めないだろうね。でも智君は医者だし、年収だってそこそこの金額のはず。となるとかなりの慰謝料を期待できるんじゃないかな」

「私は離婚なんて考えてませんから」

「本当にそうかな？」

翠の言葉が胸に突き刺さる。本当にそうなのか。本当に私はこのまま智明との結婚生活を続けたいのだろうか。

掃除と洗濯。それから買い物と料理が日課だ。昼間は大抵義母と過ごす。

たまの休みも智明は外出することが多く、夫婦揃ってどこかに出かけることなどほとんどない。

最近では十二日に一度の割合で日本橋の水天宮にお参りするという慣習も加わった。智明とは性交渉がないというのに子を授かる祈願なんて馬鹿げている。

「私からは、今のあんたは神野家のお手伝いにしか見えない。嫁という名のお手伝いだよ。彼は姑と仲良くやってくれるお手伝いさんが欲しかったんじゃないかな」

お手伝い。その呼び名が自分にぴったりのような気がした。

由香里さん、今日はお風呂掃除をよろしくね。由香里さん、今日の煮物は少し味が濃かったわよ。由香里、このワイシャツの染み、どうにかしてくれないか。

由香里は翠を見た。少しだけ翠のことが嫌いになった。

なぜこの人はこんなに意地悪なことを言うのだろうか。しかし由香里の胸中を見透かしたように彼女が言う。

「そんなに怖い顔しないで。私は自分の意見を率直に言ってるだけなんだから。肝心なのは決定的な証拠を見つけることだよ。智君が浮気しているって完璧な証拠をね」

日村繭美

日村繭美（ひむらまゆみ）。34歳。

彼女が軽蔑していたはずの神野智明の愛人になったのは、強い結婚願望のためでした。

では、ひとつずつ片づけていきましょう。

繭美と智明は同じ大学の出身です。智明は野球部のキャプテン、繭美は花形チアリーダー。

部同士で交流があったため、二人は顔見知りでした。

事件は繭美が二年生のときの夏に起こります。

繭美が可愛がっていた後輩のA子が、酔った智明に襲われたのです。

A子はその後、大学を去ることになります。

あらためて説明するまでもないことですが、智明の女癖は最悪です。

事件から14年が経ち、繭美はひょんなことから智明と再会するのですが……。

と、こんな具合です。結婚指輪を外して言っていますからね、これ。

繭美にしてみれば、軽蔑していた智明と付き合うだなんてありえないことでした。

しかし、智明は事件について「あれはA子から誘われた」と言葉巧みに弁明します。

事件が誤解だったのだとすれば、神野智明という男ほど結婚相手としていい物件はありません。結婚を焦っていた繭美は、うっかり誘いに乗ってしまいます。

※智明は35歳。繭美より1歳年上です。

繭美がようやく騙されたことに気づいたのは、何度か寝てしまった後でした。

別れるべきだ、理性ではわかっていながら、繭美は思います。

繭美は智明との関係を続けながら、妻である由香里のことを調べあげ、そして――。

※以下、小説より一部抜粋

…………

私はこの男のことを愛している。同時に殺したいほど憎んでもいる。

既婚者であることを隠し、私を抱いた男なのだ。

しかし今、繭美の中でもう一つの思いが生まれていた。

あの女（由香里）さえいなくなれば彼は私のものになるのではないか、と思い始めていた。

それにあんな地味な女、そもそも智明の妻に相応しくないのだから。

崖上の靴

由香里の遺体が発見されたのは、繭美が不穏な思いを抱いた夏の日から約5か月後、12月上旬のことでした。

これまでの流れから繭美が殺したのではないかと疑いたくなるところですが、状況は完全に自殺を指し示していました。

由香里は神野の家から突如として姿を消し、家族から捜索願が届けられていました。

その間、由香里は一週間ほど静岡県伊東市の旅館に宿泊していたのですが、事前に料金を精算して失踪。その後、漁船が彼女の遺体を引き上げます。

伊東には数年に一度の頻度で自殺者の出る崖があるのですが、そこには女物の靴が残されていました。

さらには遺書らしき絵はがきも見つかっていて、なるほど、どう考えても由香里は崖から身を投げたとしか思われません。

智明が遺体を妻だと確認したこともあり、由香里の死は自殺として処理されました。

容疑者

事件が新たな展開を迎えたのは、由香里の葬儀が執り行われた後のことでした。

地元食堂の従業員から寄せられた目撃証言によれば、由香里が身を投げたとされる木曜日の夜、彼女は男と一緒に食事をしていたのだと言います。

にわかに浮上してきた謎の男の存在。本当に事件性はなかったのか？

疑問を抱いた世田谷署の刑事・上原武治は、部下の熊沢、伊東署の脇谷と連携して捜査を開始します。

神野智治が不倫していたことはすぐにわかりました。

犯行動機という点では愛人である日村繭美も怪しいところですが、彼女にはアリバイがありましたし、なにより女性です。

では由香里と一緒にいた男は誰だったのかといえば……目撃証言をもとに作成された似顔絵は、上原のよく知る人物の面影を宿していました。

なんのことはありません。謎の男の正体は神野智治だったのです。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「刑事さん、信じてください。妻は自殺です。私は何もしていません」

「どういうことですか？　詳しい話を聞かせてください」

上原がそう言うと、智明はやや下を向いて話し出した。

「あの日、電話がかかってきたんです。無言電話でした。三十分おきに何度かかかってきました。無視しようと思ったんですが、何度目かの電話のときに不意に思ったんです。もしかしたら由香里かもしれないって」

由香里なのか。そう呼びかけると彼女の消え入りそうな声が聞こえてきた。泣いているようだった。

絶対に切るんじゃないぞ。そう言い聞かせてから、智明は少しずつ妻から話を聞き出していった。

「伊東の旅館に泊まっているとわかった途端、居ても立ってもいられなくなって、気がつくと車に乗っていました。旅館の駐車場で彼女は待っていました」

夜九時前のことだった。どこか落ち着いたところで話したいと思い、来るときに海岸沿いの道で見たドライブインの看板を思い出してそこに向かった。

「離婚したい。彼女はそう言いました。理由を聞いても彼女は首を横に振るだけでした」

由香里は多くを語ろうとせず、仕方なく店から出た。旅館の前まで送り、そこで彼女を降ろしてから、智明は再び自分の車を運転して東京まで戻った。

「本当です、刑事さん。信じてください。私は何もしていません。妻を旅館の前まで送って帰ってきただけなんです」

「どうして今まで黙っていたんですか？」

「あの日の翌日、いきなり妻が死んだかもしれないと言われて、私も気が動転したんです。そうこうしているうちに伊東に向かうことになった。打ち明けている余裕もありませんでした。本当です。他意はないんですよ」

深まる疑惑

智明は事件の夜に伊東にいたものの、由香里を旅館で降ろして東京に戻ったのだといいます。

しかし、智明の言い分をそのまま信じるわけにはいきません。

繭美によれば、智明は前々から由香里に法外な慰謝料をともなう離婚を迫られていて、困っていたのだといいます。

勤務医である智明にとって要求された慰謝料は高すぎるものでした。かといって、訴訟だけは何としてでも避けなければなりません。

智明は穏便に――表沙汰にならぬように離婚問題を解決しなければなりませんでした。

「上原さん、どう思いますか？」熊沢からの問いかけに、上原は答えます。

※以下、小説より一部抜粋

…………

円満な離婚が難しい。そう悟った神野智明は妻に殺意を抱く。考えられない線ではない。

しかしまだ何かが足りないというのが上原の率直な感想だった。

神野智明が妻の殺害に関与していたかもしれない。そう思わせる何かが欲しかった。

それが決定的なものではなくても、任意同行さえかけてしまえば、風向きは大きく変わることだろう。

「あと一つ、何か欲しいな」

任意同行

上原が求める「あと一つ」は伊東から出てきました。

地元ガソリンスタンドで働く青年が、事件の夜、崖の近くの路肩に停まっている白いポルシェを見たと証言したのです。

お察しのように白いポルシェは智明の愛車です。智明の説明では崖には近寄っていなかったはずですから、これはいよいよ怪しくなってきました。

伊東署の脇谷は言います。

ここが勝負所でした。

由香里の遺体がすでに火葬されている以上、他殺を立証するには犯人――この場合は神野智明に自供させるしか方法がありません。

12月19日。上原は脇坂とともに智明の勤める世田谷さくらぎ病院を訪ね、任意同行を求めます。

任意とはいえ、断れば疑いが深まるだけです。智明は同行を了承しました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

彼（智明）が病院内に姿を消すのを見て、脇谷が話しかけてきた。

「第一段階はクリアですね」

「そうですね。とりあえず署に戻りましょうか」

こちら側の持ち駒は少ない。あとは取り調べが始まってどう転んでいくかだろう。

いずれにしても任意同行まで持ち込めたのは大きかった。

彼女たちの嘘

赤坂にある一流ホテル。二十階でエレベーターから降りた繭美は、高級そうな赤い絨毯の上を歩いていきます。

【彼女たち】に呼び出されたのは廊下の一番奥の部屋、セミスイートルームでした。

インターホンを押すと、ドアが開きます。

白いシャツにジーンズという軽装で出迎えた女は、神野由香里でした。

豪華なシャンデリアが照らす広々とした空間。

テーブルの上にはルームサービスの食事とシャンパンが所狭しと並んでいます。

由香里は上機嫌でしたが、繭美の顔には困惑が浮かんでいました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

この女性――神野由香里は世間的には自殺したことになっている。

伊東の旅館に一週間泊まり、その後は海岸にパンプスを残して失踪するというのが繭美の聞いていた作戦だった。

旅館に残された私物から失踪したのが神野由香里だと特定され、さらに海岸に残されたパンプスから彼女が崖から飛び降りたのではないかと警察に推測させる。それがシナリオだ。

しかし予想外のことが起きた。

神野由香里の遺体が発見されたのだ。

地元の漁船が彼女の遺体を引き揚げたという。最初そのニュースを知ったときは耳を疑った。

刑事が来たときも決められた通りに反応したが、内心は気が気でなかった。

見つかった遺体は誰なのか。

とにかく事情を説明してほしい。ずっとそう思っていたが繭美から連絡することはできず、ようやく昨日になって連絡が来たというわけだ。

そして今、繭美は死んだはずの女と同じ部屋にいる。

「とにかく食べましょう。この料理、全部で五万くらいはします、きっと」

（中略）

ずっと聞こえていたモーター音が鳴り止んだかと思うと、白いバスローブをまとった女性が繭美たちのいる部屋に入ってきた。素足にスリッパを履いている。

その女性は繭美を見て「あ、先輩。来てたんですか」と言い、それから由香里の隣のソファに腰を下ろす。そしてナイフとフォークを手に持って彼女は言った。

「あまり時間がないんですよ。神野智明、これから出頭してくることになったので」

「出頭？　逮捕されるってこと？」

「違います。任意同行ですよ」

女はナイフで赤身のステーキ肉を切りとり、それを口に運ぶ。しばらく咀嚼してから「やっぱり美味しいですね」と彼女は言った。

口の端に付着したステーキソースを舌で舐めとり、熊沢理子は満足そうな笑みを浮かべている。

<すぐ下のネタバレに続く>

ネタバレ

熊沢理子。33歳。両親が離婚する前の名字は赤尾（＝A子）でした。

理子の目的は復讐です。

彼女が桜木を管轄する世田谷署に配属されているのは、決して偶然ではありません。

由香里、繭美、理子。

彼女たちは智明を介した利害関係で結ばれていました。

妻、愛人、被害者。

まったく異なる立場の彼女たちが協力体制を築いたのは、ある意味では、自然な成り行きだったのかもしれません。

あれはまだ計画が動き出す前のこと、彼女たちが出会った夏の日に理子は言いました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「私たち、三者三様の思惑がありますよね。

由香里さんはあの男とできるだけ有利な条件で離婚したい。

そして先輩はあの男と結婚して、医者の妻という地位を手に入れたい。

そして私は今でもあの男のことを憎んでいる。

昔は殺したいと思っていましたが、今では熱も冷めました。でも許したわけじゃありません。償わせたいと思っています」

 

私たちの中心にいるのは神野智明だ。ここにいるのは彼をとり巻く三人の女というわけだ。

「何をしようか、特に考えているわけではありません。でも三人集まれば何かいい考えが浮かぶかもしれない。そう思っただけです。私たち三人全員がハッピーになる方法を見つけてみませんか？」

そう言って理子はにっこりと笑った。

ああ、理子ちゃんだ。その笑顔を見て繭美はようやくかつて後輩だった赤尾理子に再会したことを実感した。

彼女たちの犯罪

当初、彼女たちの計画は「智明が愛人（＝繭美）と一緒にいるところに、由香里が乗り込んでいく」という穏当なものでした。

それが現在の計画に軌道修正されたのは、十月下旬のことです。

繭美には知らされていませんでしたが、この時点で理子は計画に【殺人】を織り込んでいました。

なぜ計画が変更されたのかというと、理由は二つあります。

ひとつ。彼女たちが鰻屋で（変更前の）計画について話しているのを、隣の座敷にいた《ある人物》に聞かれてしまった恐れがあったため。

ふたつ。《ある人物》を計画に巻き込むほうが利益が大きくなるため。

もうお察しのように《ある人物》こそ、海から引き揚げられた遺体の正体です。

その人物は莫大な資産を有していました。官僚だった両親を交通事故で亡くし、遺産を相続していたためです。

また、その人物は人間関係が希薄なうえ、たびたび海外を放浪していて、いなくなっても気づかれにくいと推測されました。

最後に、その人物は大学時代、神野智明の恋人でもありました。

その人物の名前は、玉名翠といいます。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「繭美さん、全然別の人に生まれ変わりたいと思ったことありませんか？」

不意に由香里に訊かれ、繭美は戸惑った。

「生まれ変わる？　まさか由香里さん、あなたたちは……」

「そう。私、これから玉名翠として生きていくんです。すでに彼女のクレジットカードは使い放題だし、家だって近々売りに出そうと思ってる。当然、今日のホテル代だって玉名翠名義のカードで支払ったわ。こういうのって全然バレないんですね」

「だから、あなた……」

やっとわかった。偽装自殺をしてしまえば当初予定していた慰謝料は手に入らなくなる。

しかし玉名翠という女性に成り代わり、彼女の財産を使えるようになったのだ。

（中略）

幸いなことに玉名翠は人付き合いが苦手なタイプで、しかも一年の半分以上は海外で暮らしていた。彼女が急に姿を消したとしても、真剣に彼女を捜す人間はいないのではないかと思われた。

消えても誰も困らない人間。それが玉名翠だった。

「それに彼女、自殺願望があったんです」

「どういうこと？」

「あの人、休みの日は昼間からお酒を飲むことがあって、酔うと自分のことを話すことが何度もありました。そのときに教えてくれたんですけど、三年前に両親が事故で死んだ直後、彼女自身も病気で倒れたんですって。子宮頸がんだったみたいです」

子宮を摘出したため、彼女は子供を産めない体になってしまったという。そのときから彼女は変わったらしい。

「両親が亡くなって独りきりになってしまったのに、新しい家族を作ることができなくなった。当時結婚を考えていた男性もいたみたいだけど、別れることになったらしいんです。今の私は生きてる意味はない。彼女はそう言ってました」

「だからって、殺しちゃうって……」

言葉が続かない。繭美にとってはほんの悪戯のつもりだった。

既婚者であることを隠して接近してきた智明に対する、ほんの悪戯だ。

しかし死人が出てしまっており、しかも死んだ女性の資産を無断で使っているのだ。やっていることは完全に犯罪行為だ。

理子の考えはわかった。智明から慰謝料をもらうよりも、玉名翠の資産を奪った方が稼ぎがはるかに大きいと考えたのだろう。

そして同時に智明に対して妻殺害の容疑を着せる。これが理子なりの彼に対する復讐なのだ。

「理子ちゃんの取り分は？　あの子もお金が目当てなの？」

「さあ」と由香里は首を傾げた。「でも通帳持って銀行に行ったみたいだから、あの子もお金が必要なんじゃないでしょうか。いくら口座から下ろしたのかは知らないですけど」

「あなたは最初から知ってたの？　理子ちゃんが玉名翠を殺害しようとしていることに」

繭美が訊くと、由香里が小さく笑って答えた。

「知らなかったです。何か企んでるなってことはわかったけど、聞いても教えてくれなかったと思う」

逮捕

12月26日。神野智明は逮捕されました。

妻から離婚にあたって高額な慰謝料を求められていたこと。

白いポルシェが目撃されていたこと。

それに加えて新たに現場からは智明の指紋がついたボールペンが見つかっていました。

これだけ状況証拠が揃っている以上、もはや智明も観念するしかないだろう。そう判断しての逮捕です。

しかし、警察の予想に反して取り調べは難航しました。

どれだけ証拠を突きつけても智明は犯行を認めず、頑なに無実を訴え続けたのです。

無理もありません。事実、智明は誰も殺してなどいないのですから。

警察が頼りにしている証拠はどれも捏造されたものでした。

繭美が証言した「離婚話で揉めていた」という話は嘘です。由香里が離婚を切り出したのは、事件の夜が初めてのことでした。

白いポルシェの目撃証言も嘘です。証言した青年は理子の肉体と引き換えに偽証させられていました。

ボールペンに至っては、智明の私物を現場に置いておいただけです。

どの状況証拠も智明に疑いを向けるのには十分な働きをしましたが、罪を決定づけるまでの力は持ちえません。

結局、智明は弁護士の入れ知恵により主張を翻し、釈放されてしまいました。

くり返しになりますが、（実際には玉名翠の）遺体はすでに荼毘に付されています。

当時は事件性なしと判断されていたため、司法解剖もされていません。

智明が不慮の事故だったと主張してしまえば、それを否定することは警察には不可能でした。

彼女たちの秘密

彼女たちの計画は完遂されました。

由香里はこれから玉名翠として生きていくことになります。彼女自身は亡くなったことになっているのでもう東京にはいられません。もちろん、実家の三重に帰ることも叶いません。

東京駅に立つ由香里は、どこに行くにも自由でした。

一方、繭美は日常へと戻っていました。

あれほど望んでいた智明との結婚も、いまの彼女にとってはどうでもいいことです。由香里の不自由な結婚生活を知ったからか、結婚を焦る気持ちそのものがなくなっていました。

未練がましく訪ねてきた智明を、繭美は追い返します。彼女の部屋のベッドにはもう別の男が寝ていました。

※友人である優子の恋人なんですけどね……

そして最後に理子ですが、彼女は病院に運び込まれていました。

もう彼女の余命はいくばくも残されていません。理子は末期がんに侵されていました。

彼女の秘密はそれだけではありません。

実のところ、計画の首謀者たる理子の目的は智明への復讐ではありませんでした。

ならば、理子の本当の目的とはなんだったのか？

ここからは執念で真相にたどりついた上原刑事に語ってもらうとしましょう。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「お前が玉名翠を殺したのか？」

理子は答えなかった。無表情なまま上原の顔を見上げている。上原は続けた。

「伊東で見つかった遺体は神野由香里のものではない。残念ながら証拠はないが、おそらく間違っていないはずだ。じゃあ死んだのは誰なのか。神野由香里の近所の住人、玉名翠だ。周囲には海外に行くと話していたそうだが、彼女には出国した形跡はない」

「さすがです。よくお調べになりましたね」あくまでも他人事といった物言いで理子が言う。「でも上原さん、考えてみてください。もう神野由香里は死んだことになってるじゃないですか。今さら蒸し返してもどうにもなりませんよ」

たしかに遺体の主は神野由香里ということになっており、そこに疑問を持っているのは自分のほかには伊東署の脇谷くらいだ。

しかし玉名翠という女性が失踪しているのは紛れもない事実だった。

それに沼津市内の理子の実家で聞いた話で確信を強めた。あの熊沢大輔という少年の顔は今も上原の脳裏に焼きついている。

「今、沼津から帰ってきたばかりなんだ」

上原がそう切り出すと、理子がはっとした表情を見せた。それは初めて彼女が見せる感情の表出だった。

「お前のことをいろいろ聞いた。ニ十歳のときに産んだ男の子のこともな。彼を見かけたよ。頭のよさそうな子だった。名前は大輔君、だったかな。随分長い間会ってないようじゃないか」

理子は口を真一文字に結んでいた。その手は布団のシーツをギュッと握っている。

「あくまでも俺の印象だが、彼にはある男の面影が見てとれた。神野由香里の旦那、神野智明だ。皮肉にも彼はこの病院で働いている。君が八か月だけ通っていた聖花大の医学部卒だ。あの大輔という少年の父親は……」

「私は何も喋りませんよ」上原の言葉を遮るように理子が言った。「絶対に喋りませんから。どんな証拠を突きつけられても必ず黙秘を貫き通す覚悟があります。死ぬまで絶対に喋りません」

その迫力に押された。死ぬまで喋らない。それが比喩でも何でもなく、末期の乳がんと宣告された彼女の覚悟だと伝わってきた。

それでも上原は彼女に対して質問を重ねる。

「何があった？　お前と神野智明との間にだ。それに妻の由香里、そして日村繭美。玉名翠をどうやって殺した？　神野由香里も共犯なのか？」

あの晩、神野由香里は伊東市内にいた。もし玉名翠が殺害されたのであれば、その犯行に加担していたと考えるのは必然だ。

いや、理子なら誰の手も借りずに一人でやり遂げるかもしれない。崖の上から気を失った女の体を突き落とす理子の姿が脳裏に浮かぶようだった。

「彼女はやってませんよ」

嘲笑うように理子が言った。それを受けて上原は言う。

「ということは、お前が……」

「上原さん、よく考えてみてください」理子が言葉を被せてくる。「あの遺体はもう燃やされちゃったんです。神野由香里は死んだことになってるんですよ。当然、死亡届も受理されてますし、葬式だって終わってる。それを覆すことなんて不可能なんです」

それを言われると何も反論できないのが悔しかった。

「将来的にはお骨で遺伝子が鑑定できるようになるかもしれない。でも現時点ではそれは無理。あの遺体が神野由香里ではないと科学的に判断するのは不可能なんです。上原さん、私は絶対に逃げ切ってみせます」

「逃げ切るってお前、やっぱり……」

何が彼女をここまで突き動かしているのか、その動機がわからなかった。なぜ理子は玉名翠を殺害したのか。

そのとき、唐突に頭に浮かんだ。

この事件は単純に金目当ての犯行ではなかろうか。

死んだ玉名翠は親の遺産を相続し、裕福な暮らしを送っていたという。沼津で会った少年の顔を思い出す。

末期のがんと診断された母親は、息子に対して何か遺してあげられないかと思案する。そして玉名翠の資産に目をつけた。

そもそも今回の事件、不確定な要素が多すぎるのだ。伊東沖でたまたま漁船が遺体を引き揚げたのだが、遺体が見つからない可能性もあったわけだ。

さらにいえば遺体が綺麗な状態のまま見つかる可能性さえあった。その場合、彼女たちの工作は意味をなさない。

しかしそれでいいのだ。わずかな時間――玉名翠に成り代わって金融機関から金を引き出す時間だけあれば、目的は達するのだから。

もしかしたら息子が成人したら金を渡せるよう、すでに何かしらの手段を講じたのかもしれない。いや、きっと何らかの手を打ったはずだ。

「わかったぞ。金だな。金を息子に……」

理子の顔から余裕の色が消えた。

彼女はかけていた布団を下に落とし、床に足を下ろした。懸命に立ち上がろうとしているのだった。すっかり体力が落ちているのか、足元は覚束ないし、背中も小刻みに震えている。

思わず上原は理子の肩に手を置いて彼女の体を支えたが、その手を振り払うようにして理子が言う。

「出てってください。ここから出てって」

そう言って理子が両手を上原の胸に押し当ててくる。非力だったが、上原は後退するしかなかった。

結末

理子の本当の目的が（智明との間にできた）息子に金を遺すことだったとして、事件の結末は変わりません。

遺体が玉名翠だったと証明する方法はすでになく、余命短い理子も決して口を割らないでしょう。

そのうえ、理子は世田谷署の署長とも関係を結んでいました。理子が刑事課にただ一人の女性として配属された理由が察せられます。

上原は事件の真相が闇に埋もれてしまうであろうことを予感しました。

一方、東京を発った由香里は「ドライブインたなか」を訪れていました。

あの夜、智明と一緒に食事をとった伊東市の食堂です。

由香里はこの店のオムライスを絶賛していました。だから再訪したのでしょうか。彼女にどんな思惑があるにせよ、自殺行為なのは間違いありません。

神野由香里が生きているとわかれば、事件は一気にひっくり返ってしまいます。

案の定、店員は由香里の存在に気づきました。

女性店員は動揺を抑えて通報します。電話に出たのは伊東署の脇谷でした。

電話の声を隠すため音量を大きくしたテレビからは、次の元号が【平成】になるというニュースが流れていました。

<おわり>

小説『彼女たちの犯罪』を読みました📖

一人の男をとり巻く三人の女
妻は自由を求め、愛人は結婚を求めます
そして、もう一人の女の目的は――

女の数だけ二転三転、どんでん返しミステリ

この夏、ドラマ化 #深川麻衣 #前田敦子 #石井杏奈
⬇️あらすじと結末👠https://t.co/YyvvVFtECr

— わかたけ＠小説ネタバレ紹介 (@wakatake_panda) June 20, 2023

 

まとめと感想

今回は横関大『彼女たちの犯罪』のあらすじネタバレ解説をお届けしました。

小説は三部構成になっているのですが、第二部『彼女たちの嘘』のラストで理子が登場した場面の気持ちよさは今も忘れえません。

「あ、A子か！」点と点がつながるとはまさにあのことでした。

たった一行が目に入った瞬間にこれまでの伏線が思い出され、なぜ気づけなかったのかと悔しくなると同時に、ワクワクが押し寄せてくるあの感覚！

どんでん返し好きとしてはたまらない瞬間でした。

一方、物語の結末は「読者に想像させる」余韻を残すタイプのものでしたね。

由香里はなぜ、せっかく手に入れた自由を台無しにするような行動をとったのでしょうか？

罪悪感のため？　それとも彼女の望みは金では叶えられないものだったのでしょうか。

常々（実家でもないどこかへ）「帰りたい」と願っていた彼女に必要だったのは【居場所】だったのではないか、などと思ったりしました。

最後に、この物語を象徴する一文（上原のモノローグ）を紹介して終わりにしたいと思います。

 

ドラマ情報

予告動画

キャスト

• 深川麻衣（日村繭美）
• 前田敦子（神野由香里）
• 石井杏奈（熊沢理子）

放送日

2023年7月20日スタート　毎週木曜よる11時59分

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