三秋縋『恋する寄生虫』を読みました!
まずタイトルに目を引かれて、あらすじを読んでさらに気になって……。
正直、読む前からかなり期待していました。
まずは結論から言わせてください。
これ、めちゃくちゃおもしろいです!
長くなるとアレなのでここでは多くを語りませんが、ラブストーリーとしてもサスペンスミステリーとしても完成されていました。
特に最高だったのは、ラストに待ち受けているどんでん返し!
この記事では驚きの結末までしっかりお伝えしていますので、どうぞご期待ください。
というわけで、今回は小説『恋する寄生虫』のネタバレ解説です!
あらすじ
「ねえ、高坂さんは、こんな風に考えたことはない? 自分はこのまま、誰と愛し合うこともなく死んでいくんじゃないか。自分が死んだとき、涙を流してくれる人間は一人もいないんじゃないか」
失業中の青年・高坂賢吾と不登校の少女・佐薙(さなぎ)ひじり。
二人は、社会復帰に向けてリハビリを共に行う中で惹かれ合い、やがて恋に落ちる。
しかし、幸福な日々はそう長くは続かなかった。
彼らは知らずにいた。
二人の恋が、《虫》によってもたらされた「操り人形の恋」に過ぎないことを―。
(文庫裏表紙のあらすじより)
ネタバレ
最初にはっきりさせておくと、タイトルもあらすじもそのままの意味です。
作中には人間をコントロールする未知の寄生虫が登場します。
※作中ではシンプルに《虫》と呼ばれています
まるでSF小説の設定ですよね。
しかし、実はコレ、あながち「とんでも設定」とも言えません。
というのも、自然界において宿主に影響を与える寄生虫というのは別に珍しくもなんともないからです。
たとえば、ある種の寄生虫は目的とする生物の体内に辿り着くため、まずそのエサとなる生物に寄生し、脳に影響を与えて目的生物に食べられるよう仕向けることが知られています。
また他の例では、人間の脳に寄生し、心身に影響を与える寄生虫だって実在しています。
そうした前例を踏まえてみると、(繁殖のために)ヒトに恋をさせる寄生虫がいてもおかしくはないように思われます。
はい。『恋する寄生虫』はある意味、そこらのホラー小説よりゾッとする物語です。
そして同時に、切なすぎるラブストーリーでもあります。
ここだけ聞くと謎ですよね。でも、本当なんです。
すべてが明らかになるラストに向けて、まずは物語前半の内容から見ていきましょう!
操り人形の恋
《虫》の存在が明かされるのはちょうど物語の真ん中くらい。
それまでの前半は、ふつうにラブストーリーのお話です。
それも「もうこれでハッピーエンドでいいんじゃないかな?」と思うくらい素敵なやつ。
後半への伏線も多いので、軽く内容を押さえておきましょう。
【1】
主人公の高坂賢吾(こうさかけんご)は病的な潔癖症の持ち主です。
- 他人が触れたものに触りたくない
- 他人が吐いた息を吸いたくない
- 一日に何十回も手を洗う
いわゆる強迫性障害というやつですね。
そんな状態ですから仕事は長続きせず、現在は失業中。
もちろん人間関係は絶望的で、27歳にして高坂はキスをしたことだってありません。
高坂が潔癖症になったのは子どもの頃のこと。
完璧主義者で教育熱心だった母親が自殺した事件がきっかけでした。
【2】
ある日、高坂は和泉(いずみ)という男に脅されて、『任務』を言い渡されます。
「ある子どもの面倒を見てもらいたい」
とある弱みを握られている以上、高坂に選択肢はありません。
そうして知り合ったのが、佐薙ひじりでした。
- 金髪
- タバコ
- 大きなヘッドホン
およそ不良少女という表現がピッタリな佐薙は、高坂の苦手なタイプでした。
おまけに完璧な清潔を維持している部屋にずかずか入り込んでくるし、もう最悪。
おかげで高坂は佐薙が帰った後、部屋中を除菌しなければなりませんでした。
【3】
そんななか、ある事件をきっかけに高坂と佐薙は心を通わせることになります。
結論からいうと、佐薙ひじりは視線恐怖症に苦しめられていました。
- 他人と目を合わせられない
- 他人から見られている気がする
高坂と同じ強迫性障害の一種です。
佐薙の視線恐怖を知った高坂は、自然と自分の潔癖症について打ち明けていました。
強迫性障害に苦しむ人々は、自分の障害を隠そうとする傾向にあります。
佐薙と高坂は『誰にも言えない秘密』を共有したんですね。
こうして高坂と佐薙は「相容れない他人同士」から「同じ苦しみを持つ仲間」になりました。
このシーンで、高坂は傷ついた佐薙をなぐさめるためにその頭を撫でます。
素手で、です。不潔さに耐えられず、手はぶるぶると震えていました。
それでも高坂は佐薙のために嫌悪感をぐっと我慢しました。
一方、佐薙はキスをしたこともないという高坂のために、マスクの上から唇を合わせます。マスク越しとはいえ、ファーストキスでした。
【4】
心の距離が縮まるにつれて、高坂と佐薙には《ある変化》が訪れました。
ふたりでいると、それぞれの症状が軽くなるのです。
そこで佐薙はこんな目標↓を高坂に提案しました。
「クリスマスイヴまでに、私は視線を気にせずに街を歩けるようになる。高坂さんは汚れを気にせずに他人と手をつなげるようになる。
この目標を達成したら、イヴ当日、駅前のイルミネーションの通りを二人で手をつないで歩いて、そのあとでささやかなお祝いをするの」
高坂と佐薙の間には、すっかり恋人になる一歩手前の甘い空気が漂っています。
この頃、高坂はもうはっきりと「佐薙ひじりのことを愛している」と自覚していました。
27歳で初恋。
相手は10歳も年下の女子高生。
けれどそんな歳の差なんて、まったく気になりませんでした。
それなのに……
【5】
「このまま一緒にいたら、私、いつか高坂さんを殺しちゃうと思う」
その一言を残して、佐薙は高坂の前から姿を消しました。
突然の出来事に、高坂は混乱するばかり。
言葉の意味を尋ねようにも、電話は通じないし、住所も知りません。
残されたわずかな希望は、クリスマスイヴの約束だけでした。
そして、12月24日。
高坂は寒さに身を震わせながら、約束の場所で待ち続けました。
しかし、いつまでたっても佐薙は現れません。
約束の時間はとっくにすぎています。
高坂も内心ではもう望みはないとわかっていました。
だから、それでも待ち続けたのはただの意地でした。
しかし、結果として、最後まで佐薙はやってきませんでした。
すべてを諦めて帰ろうと立ち上がったその時、高坂は同じように待ちぼうけをしている人影がいることに気づきます。
黒髪の女子高生で、佐薙と違って制服をきちんと着ている子でした。
同情から少しの間その子を見つめていた高坂の目が、ふと見開かれます。
「……それは、ずるいよ」
高坂は全身の力が抜けていくのを感じながら、つぶやきます。
「いくらなんでも変わりすぎだ。わかるはずがない」
そう。その黒髪の女の子は佐薙ひじりだったのです。
※以下、小説から一部抜粋
…………
「髪色を戻したってことは、学校に戻る気になったの?」
「まあ、それもあるけど」
「ほかにも理由が?」
「ええっと」
佐薙は視線を斜め下に落とし、雪に濡れた黒髪をいじりつつ言った。
「高坂さん、どうせこういう真面目っぽいのが好きなんだろうなって思ったから」
佐薙は冗談めかして笑ったが、高坂は笑わなかった。
冷え切っていた体の芯が、にわかに、火が点いたみたいに熱くなった。
次の瞬間には、高坂は佐薙を抱き寄せていた。
えっ、と佐薙が驚嘆の声を発した。
「……平気なの?」
腕の中で、佐薙が気遣わしげに訊いた。
「正直に言うと、あんまり平気じゃない」
高坂は佐薙の頭を慈しむように撫でながら言った。
「でも、佐薙に汚されるのは、どうしてか許せるんだ」
「……失礼なひと」
おかしそうに言うと、佐薙は遠慮なく両腕を高坂の背中に回した。
【6】
……というラブストーリーのクライマックスが終わったあたりで、物語はようやく折り返し地点。
それから高坂と佐薙は『人生で最も穏やかで満ち足りた7日間』を過ごします。
そして、年が明けて一月一日。
ついに《その日》がやってきました。
高坂に向かって、和泉が宣告します。
「あんたの頭の中には、新種の寄生虫がいる」
※以下、小説から一部抜粋
…………
「まだ正式な学名がないから、俺たちはただ《虫》とだけ呼んでいる。面倒な説明を省いて大雑把に言っちまうと、あんたが社会に適応できないのは、その《虫》のせいだ」
何かの冗談かと思った。
しかし、佐薙の表情を見れば、それが冗談ではないことは一目瞭然だった。
彼女は唇を震わせ、血の気の引いた顔でじっとうつむいていた。
まるで、その話を高坂に聞かれることを、心の底から恥じているかのように。
「そしてこの《虫》は、佐薙ひじりの頭の中にもいる」
と和泉は続けた。
「あんたの頭の中にいる《虫》と、佐薙ひじりの頭の中にいる《虫》は、互いに呼び合っている。あんたは佐薙ひじりを運命の相手と思っているかもしれないが、その感情は《虫》によって作り出されたものだ。
あんたたちの恋は、操り人形の恋にすぎないのさ」
和泉の表情は、どこまでの真剣だった。
高坂は否定の言葉を求めて佐薙に視線を送った。
しかし、彼女の口から漏れ出てきたのは、
「……騙してて、ごめんなさい」
の一言だった。
というわけで、やっとあらすじに追いつきました。
ミステリ小説でいえばここからがようやく《謎解き編》です。
恋する寄生虫
《虫》が人間に与える影響は次のとおりです。
- 人間を嫌いにさせる
- 他の宿主に恋をさせる
高坂の潔癖症や佐薙の視線恐怖症は《虫》によって作り出されたものでした。
そして、高坂と佐薙の恋愛感情もまた、《虫》が作り出したものでした。
いったい、なんのために?
《虫》の研究者である瓜実(うりざね)医師は、種の繁殖のためだと言います。
《虫》は他の宿主の《虫》としか生殖ができません。
そして、この《虫》はキスや性行為によってヒトからヒトへと伝染します。
お察しのとおり。《虫》が宿主同士に恋をさせるのは、つまりそういう理由からです。
思えば
- とんとん拍子に恋が進展したこと
- ふたりでいると症状が軽くなったこと
これらは《虫》による現象だったわけですね。
《虫》が宿主を人間嫌いにさせるのも、間違いなく他の宿主と恋をさせるためだと考えれば納得できます。
高坂と佐薙の恋は本物ではなく偽物。
《虫》がつくった紛い物(まがいもの)の恋でした。
事実、《虫》が駆除(治療)されるにつれて男女の恋愛感情がなくなっていくという前例が確認されています。
なお、高坂は一度も佐薙に手を出していません。
つまり、高坂のなかにいる《虫》は佐薙から伝染したものではないということです。
佐薙とは関係なく、高坂は最初から《虫》の宿主だったんですね。
未知の危険性
実は《虫》にはもうひとつ重大な性質があると考えられています。
それは、やがて宿主を自殺させるというものです。
「このまま一緒にいたら、私、いつか高坂さんを殺しちゃうと思う」
そう言い残して佐薙が高坂の前から消えたのは、そうした理由があったからなんですね。
ただし、この性質についてはまだわかっていないことが多くあります。
そもそも、宿主が命を失えば《虫》は共倒れになります。
《虫》にとって、宿主の命を奪うメリットはなにもないはずなんです。
それなのに、どうして……?
ただひとつはっきりしているのは、数少ない《虫》の感染者のうち、すでに一組の男女が心中しているという事実だけです。
亡くなった甘露寺医師は寄生虫の専門家で、《虫》の治療研究の第一人者でした。
彼は研究のため自らの身体に《虫》をすまわせ、
- 強迫性障害になること
- 異性の宿主に恋愛感情を抱くこと
- 治療に対して強い拒否感を覚えること
を実証していました。
また、既存の薬物治療で《虫》を駆除(治療)できることを発見したのも甘露寺医師の功績です。
甘露寺医師はイズミという若い患者(宿主)と恋に落ちていました。
彼は理知的に治療するべきだと思う一方で、抗いがたい治療への拒否感を覚えてもいました。
甘露寺医師が残した記録は、そこで途切れています。
だから、なぜ甘露寺とイズミが心中したのか、その詳しい経緯はわかっていません。
甘露寺の後を引き継いだ瓜実医師は、状況から判断して次のように結論づけました。
『なんらかの条件がそろうと、《虫》の宿主は自殺する』
詳しいことがわからないとはいえ、《虫》を駆除してしまえば話はそれで終わりです。
それで命の危険はなくなるはずですし、強迫性障害も消えるのですから。
事実、《虫》の宿主である長谷川夫妻の治療は順調に進んでいます。
仲睦まじかった夫婦の愛は治療とともに冷えていっていますが、それは仕方のないことだと割り切るしかありません。
佐薙ひじりの話
さて、ここから話は高坂と佐薙の出会いへとつながっていきます。
順を追って説明していきますね。
【1】
すべては佐薙ひじりの両親が心中したことから始まります。
約一年前のことで、佐薙は16歳でした。
佐薙は直感的に
- 両親の死が《虫》によるものであること
- 自分のなかにも《虫》がいること
を感じ取っていました。
そして実際、彼女は視線恐怖症になり、不登校になりました。
【2】
(このままではひじりも両親と同じ結末をたどってしまうかもしれない)
そう危惧したのは、佐薙ひじりの祖父である瓜実医師です。
瓜実は佐薙を甘露寺のもとへと連れていき、治療を受けさせました。
ところが、それは解決策にはなりませんでした。
佐薙が治る前に甘露寺が亡くなってしまったから……ではありません。
佐薙ひじりにはそもそも「治りたい」という気持ちがなかったのです。
「治らなくてもいいよ。それで死ぬことになっても構わない。私、こんな世界とは、さっさとお別れしたいの」
【3】
瓜実は頭を抱えました。
《虫》は薬で治るのに、佐薙はなんと薬を飲まずに捨てていたのです。
※《虫》の宿主は治療に抵抗する傾向がある
瓜実は考えました。
ひじりの体内の《虫》を駆除するには、まず彼女の「治りたい」という意志を育てる必要がある。
しかし、どうすれば佐薙が考えを変えてくれるのか、その方法がわかりません。
【4】
和泉が現れたのは、ちょうどそんなときでした。
和泉は甘露寺と心中した女性患者(イズミ)の父親です。
「《虫》の根絶のために自分に何かできることがあればお手伝いしたい」
和泉は娘の喪失というショックに耐えるため、どうしても《虫》の根絶に協力しなければ気が済まないようでした。
そこで瓜実は孫娘のことを和泉に任せてみることにしました。
※以下、瓜実が高坂にこれまでの経緯を語る場面
…………
ひじりが治療に消極的であり、生の意志が希薄であるということを話してみると、彼はその話に飛びつきました。
「私に任せてください」と彼は胸を叩きました。
「必ずや、お孫さんの心を開いてみせます」
このようにして、和泉君は、ひじりの生の意志を取り戻すべく奔走し始めたのです。
そしてほどなく、彼はあなたを捜し当てました。
それはまったくの偶然でした。
和泉君が捜していたのは、あくまでひじりと親密な関係を築けそうな人物であり、まさか《虫》の感染者をもう一人見つけられるとは思ってもみなかったのです。
何はともあれ、結果的に、ひじりはあなたと惹かれ合い、閉ざしかけていた心を開きました。
和泉が高坂に「佐薙ひじりと仲良くなれ」と命令した理由が、これでわかりました。
ただ、たとえ佐薙が生きる意志を取り戻しても、宿主同士が恋をするということはつまり……。
残酷な選択
『治療を受けるか、拒否するか』
高坂の目の前には二つの選択肢があります。
治療を拒否すれば、もう二度と佐薙とは会えません。
※《虫》の影響で自殺してしまう危険性があるから
逆に治療を受ければ、長年の悩みだった潔癖症が治る代わりに、佐薙への愛を失ってしまいます。
完治後であれば佐薙との再会も許されますが、その頃にはもうすっかり気持ちが冷めきってしまっていることでしょう。
高坂は悩みに悩んで、最後には治療を受ける決意を固めました。
佐薙のことを想うと胸が張り裂けそうな切なさに襲われましたが、それは《虫》の抵抗なのだと自分に言い聞かせました。
◆
それは治療を受ける前日のこと。
「《虫》を殺さないで。治療を拒否するって、約束して」
思い詰めた表情で佐薙は高坂に訴えました。
「僕たちの愛は《虫》がもたらした錯覚にすぎない」
高坂は首を振りますが、佐薙は聞く耳を持ちません。
「錯覚だからなんなの? 紛い物の恋の何が悪いの? 幸せでいられるなら、私は傀儡のままで一向に構わない。《虫》は、私にはできなかったことをやってみせたの。
私に、人を好きになることを教えてくれたの。
どうしてその恩人を殺さないといけないの? 私は操り糸の存在を知った上で、それにあえて身を任せているんだよ。これが自分の意思でなくてなんだっていうの?」
佐薙の反論に、高坂は激しく動揺しました。
人間の意識なんて、実のところあやふやなものです。
《虫》がつくりだした恋と、本物の恋とでは、いったい何が違うのでしょう?
相手のことが好きだという気持ちに、本物と偽物の差などあるのでしょうか?
その答えは誰にもわかりません。
それに《虫》を放置したからといって、必ずしも命を落とすとは限らないのです。
前例は少なく、死に至るメカニズムも解明されていません。
現に治療を受けている長谷川夫婦はピンピンしています。
- 《虫》がつくりだした恋でもいい
- 命を落とすとも限らない
そこさえ受け入れてしまえば、残る問題は《人間嫌い》くらいしかありません。
それにしたって、ふたりで行動する限りは症状が軽くなるうえ、ふたりはもう十分《人間嫌い》に慣れてしまっています。
ならば、なによりも大切にしたい気持ちを……身を焦がすほどの恋を手放す必要なんてないんじゃないか?
佐薙の言わんとすることは、高坂が心の奥で考えていたことでもありました。
◆
けれど、
それでも、
高坂は治療を受ける決意を曲げませんでした。
これが最後の別れになると悟り、佐薙は静かに涙を流します。
高坂は佐薙の頭に手を置いて、優しく撫でました。
※以下、小説から一部抜粋
…………
「治療が済んだら、もう一度佐薙に会いに来るよ」
高坂は気休めの嘘をつくことを自分に許した。
「体内の《虫》が死に絶えて、それでもまだ僕たちが互いを好きなままでいられるようだったら……そのときは、あらためて恋人になろう」
佐薙は手のひらで涙を拭って顔を上げた。
「……本当?」
「うん、約束する」
高坂は佐薙の細い体躯を抱きしめて言った。
「大丈夫。きっと僕たちは《虫》なしでもやっていける」
「……約束だよ?」
佐薙は涙に滲んだ声で言った。
そのようにして、二人は別れた。
このやりとりの中で、佐薙は高坂を思いとどまらせようと、初めて唇を触れ合わせるキスをしています。実はこれが重要な伏線で……。
《虫》のない世界
~数か月後~
駆虫薬を服用して一か月で、高坂の潔癖症は嘘のようになくなりました。
それからは仕事も決まり、順調に社会復帰しています。
他人とまともにコミュニケーションがとれなかった頃の面影はもう欠片も残っていません。
自信を取りもどした高坂は、今や(いい意味で)ふつうの社会人です。
ただし、何もかもが予定通りだったわけでもありません。
当初の予想に反して、高坂の恋心は消えませんでした。
もしかしたら本当に《ホンモノの恋》だったのかもしれない……。
高坂は何度も何度も佐薙に電話をかけました。
しかし、一度として佐薙は電話に出ませんでした。
考えられる可能性はひとつしかありません。
佐薙もまた駆虫薬による治療を行っているはずです。
その結果、佐薙には恋心が残らなかったのでしょう。
仕方がない、と高坂は冷静に自分に言い聞かせました。
ちょっとした誤算はありましたが、破局そのものは予定されていたことです。
失恋を受け入れて、次に進むほかありません。
幸い、職場の同僚に紹介してもらった女性とはデートを重ねていて、新しい恋の予感もあります。
(違う。僕が本当に好きなのは佐薙だ)
叫びだしたくなるほどの恋煩いも、所詮は一時の感情にすぎません。
やがて時間がすべてを解決するはずだ、と高坂は胸の痛みから目を逸らしました。
ところが……
真実
「あんたの《虫》は、まだ消えちゃいない」
突然訪ねてきた和泉の言葉が、高坂の世界をひっくり返しました。
※以下、小説から一部抜粋
…………
「……何を言っているんですか?」
高坂は引きつった笑みを浮かべた。
「この通り、僕は潔癖症ではなくなりました。再就職に成功して、人間関係も円滑に進んでいます。どこにも《虫》の影響なんて残ってません」
和泉は首を振った。
「あくまで小康状態にあるだけだ。どうしてかは知らないが、あんたの体内の《虫》には薬剤耐性があるらしい。今は一時的に弱って鳴りを潜めているが、薬を飲むのをやめてしばらくすれば、また元に戻るだろう」
和泉はふっと、顔を歪めて微笑んだ。
「そしてそれは、とても幸運なことなんだ」
「幸運?」
「あんたの《虫》の生命力が飛びぬけて強かったことに感謝しろ、ってことさ」
和泉は何かを堪えるように深く息を吸い、それをゆっくり吐いた。
そして告げた。
「あんたを除けば、駆虫薬は《虫》の感染者たちに極めて有効に作用した。そして体内の《虫》が死に絶えたとき……宿主である彼らもまた、死を選んだんだ」
…………
完全に《虫》を駆除したはずの長谷川夫妻が自殺したことで、瓜実たちはようやく《虫》の本質に気がつきました。
逆、だったんです。
それまで《虫》は健常者に寄生し、やがて死に至らしめる存在だと思われていました。
しかし、その解釈では長谷川夫妻の末路に説明がつきません。
論理的に考えるなら、長谷川夫妻は《虫》がいなくなったせいで亡くなったと考えるべきでしょう。
いったい、どういうことなのか?
発想を逆転させるだけで、答えはすぐに見つかります。
つまり、《虫》はもともと自殺傾向がある人間に寄生し、彼らが自ら命を絶たないように守っていたのです。
もちろん《虫》には人間を救っている自覚なんてないでしょう。
ただ単に、《虫》にとって人間の負の感情がエサだったというだけの話です。
おそらく《虫》は健康な精神を持つ人間の体内では(エサがなくて)生きられないのでしょう。
だからまず、放っておけば自ら命を絶つような絶望を抱えた人間に寄生します。
《虫》が負の感情を食べる(減らす)ので、《虫》がいる間は宿主は極端な行動を起こしたりはしません。
《虫》はただ繁殖のために宿主に恋をさせたり、エサの確保のために宿主を人間嫌いにさせたりするだけです。
《虫》が宿主を人間嫌いにするのは、孤独によるストレス(=負の感情)がエサになるからだったんですね。
◆
皮肉にも《虫》の薬剤耐性のおかげで、高坂はまだ引き返すことができます。
いますぐに駆虫薬の服用をやめれば、最悪の結末だけは回避できるでしょう。
……じゃあ、佐薙ひじりは?
和泉が高坂を訪ねてきたのは、まさにそのことです。
佐薙の《虫》は駆虫薬によって全滅してしまいました。
佐薙はやはり自ら命を絶とうとして、(幸いにも)失敗。
大病院に運び込まれたものの、すぐに失踪し、今に至るも見つかっていないとのことでした。
結末
驚くべきことに、佐薙は高坂の部屋に現れました。
しかし、これは妙な話です。
《虫》が全滅している以上、佐薙の恋心もまたなくなっているはずなのですから。
いったい、どうして……?
混乱する高坂に、佐薙はふっと微笑みました。
※以下、小説から一部抜粋
…………
「今、私の中にいるのは、高坂さんの体内にいた《虫》なんだよ」
「僕の《虫》?」
「あの日、私、高坂さんに無理矢理キスしたでしょ?」
佐薙は気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「あのとき、高坂さんの《虫》の一部が私の中に移動して、私の《虫》と交尾して耐性寄生虫を産んでいたんだよ。ぎりぎりのところで生き延びられたのは、そのおかげ。高坂さんの《虫》が、私の命を救ってくれたんだ」
(中略)
高坂は力なく微笑んだあと、あらためて言った。
「戻ってきてくれて、ありがとう。本当に嬉しいよ」
「こちらこそ、戻る場所を残しておいてくれてありがとう」
佐薙は小さく首を傾けて口元をほころばせた。
…………
あらためて整理すると、
- 高坂の《虫》には薬剤耐性がある
- キスで《虫》が交わった
- 佐薙も薬剤耐性の《虫》を獲得した
- 佐薙の体内にはまだ《虫》がいる
- だから恋心も残ったまま
ということだったんですね。
結局、高坂と佐薙の恋は《虫》によるものだったわけですけれど、本人たちは幸せそうですし、これもまたハッピーエンドということでいいのではないでしょうか。
高坂はこんなモノローグで物語を締めくくりました。
※以下、小説から一部抜粋
…………
結局、僕たちが《虫》に頼らなくても愛し合えるかどうかは、うやむやになってしまった。
でも今となっては、そんなことは大した問題ではないように思える。
だって、《虫》は僕たちの体に欠かせない一部分なのだ。
それを切り離して何かを考えることなんてできない。
僕という人間は、《虫》を含めた上で、初めて僕と呼べるのだ。
人は頭だけで恋をするわけではない。
目で恋をしたり、耳で恋をしたり、指先で恋をしたりする。
それならば、僕が《虫》で恋をしたって、何もおかしくはない。
誰にも、文句は言わせない。
エピローグ
ここからの残り7ページなくして、小説『恋する寄生虫』を語ることはできません。
最初にわたしは言いました。
ラストにはどんでん返しがある、と。
物語の本当のラストは、佐薙ひじりの視点で語られます。
※以下、小説から一部抜粋
…………
私の命は、愛する人とのキスによって救われた。
……それが本当だったら、どれだけよかったことだろう。
確かにあのとき、高坂さんの体内にいた《虫》の一部は私の体内に移動して、私の《虫》と有性生殖をした。
彼の体内でも、同様のことが起きた。それは間違いない。
しかし、その結果新たに生まれた《虫》は、同じではなかった。
耐性寄生虫が生まれたのは、高坂さんの方だけだった。
多分、高坂さんの体内にいた《虫》は初めから薬剤耐性を持っていたわけではなかったのだ。
私の《虫》と彼の《虫》の遺伝子が混じり合った結果、奇跡的に、彼の体内で薬剤耐性を持った変異種が生まれた。その変異種が、彼の命を救ったのだ。
しかし私の体内では、同じ奇跡は起きなかった。
薬剤耐性を持たない無防備な私の《虫》は、駆虫薬によってあっさりと全滅した。
そうして私は、苦悩を処理する器官を失ってしまった。
今の私は抜け殻だ。
首を切られたのにそのまま歩き続けている鶏みたいなものだ。
今日まで生きてこられたのは、最後にもう一度高坂さんに会いたいという執念のおかげだ。
そしてその願いが叶ってしまった以上、おそらくもう数日と持つまい。
私は《幸福の絶頂で死を迎えたい》という欲求に抗えず、自ら命を絶つだろう。
今から高坂さんの《虫》をわけてもらえば持ち直すという可能性もあるが、残念ながら私にその気はない。
(中略)
高坂さんを残していくことだけが、心残りだ。彼には、本当に悪いと思う。
……でも、できることなら、高坂さんにはこう考えてもらいたい。
そもそも私たち二人は、出会う前に死んでいたはずだったのだ。
病める魂に導かれるままに、自ら命を絶っていたはずだったのだ。
それが《虫》の力によって一時的に延命され、愛し合う機会を与えられ、しかも片方は奇跡的にそのまま生き残ることができた。
そんな風に捉えれば、この結末が最善とまではいかないにしても、決して最悪ではないと思えるだろう。
《虫》がいなければ、私たちは出会うことさえなかったのだ。
それに、悲しいことばかりではない。
なぜなら、私の死によって証明できる事柄が、ひとつあるからだ。
《虫》というキューピッドの仲立ちによって成立していた二人の恋は、どちらか一方の《虫》の影響が失われただけで破綻するはずなのだ。
ゆえに、死の直前まで私が高坂さんを想い、また高坂さんが私を想ってくれていたということは、私たちの愛は《虫》の影響を取り去っても成立したということになる。
私たちは、《虫》なんかに頼らなくても、愛し合うことができた。
それは、私が《虫》を失わなければ、絶対に証明できなかったことなのだ。
(中略)
「……ねえ、高坂さん。いいことを教えてあげようか」
「いいこと?」
「そう、いいこと」
佐薙は肯いた。そしてとっておきの笑みを浮かべて言った。
「あのね、私、高坂さんが好き」
「うん。知ってるよ」
「そうじゃなくて、本当に好きなの」
高坂はしばらく考え込んだあと、ふっと噴き出した。
「なんだかよくわからないけれど、嬉しいね」
「でしょ?」
二人は笑いあった。
そう遠くないうちに、高坂さんは私の発言の真意に気づくだろうな、と佐薙は思う。
ただし、その頃には何もかもが手遅れになっているだろうが。
それから彼女は高坂の腕の中で泣き続けた。
これまでの分も。そしてこれからの分も。
<完>
感想
ラストに待ち受けていたのはどんでん返しの連続!
- 《虫》が宿主の命を維持していた
- 佐薙は無事だった
- 佐薙はやっぱり無事じゃなかったけど、その愛は本物だった
終盤はもうホントに驚きと切なさで、(いい意味で)感情がかき乱されました。
ネタバレ解説だけを読むと、もしかしたら「そんなのありかよ!」と(ご都合主義的に)思われるかもしれません。
しかし、実際の作中には自然な流れでいくつもの(実在の)寄生虫の小話が紹介されていて、それがちゃんとラストの伏線になっていました。
※佐薙は「寄生虫が好きな変わった女子高生」というキャラだったので
なので『恋する寄生虫』は設定的には実に「SF小説」っぽいのですが、読んでみた感想としては
- 切ない恋愛小説
- 上質なミステリ小説
だったという印象で、(いい意味で)あまり「SF小説」っぽくはなかったです。
奇抜なタイトルやあらすじに反して、内容は堅実かつ丁寧。
そのギャップもまた好印象でした。
総括すると、感想は「おもしろかった!」のひと言に尽きます。
三秋縋(みあき すがる)さんの他の小説も読んでみたいな、と思いました。
これは個人的な印象ですが、『恋する寄生虫』は10代~30代くらいの若い世代に好まれそうな物語だと思いました。
調べてみると、作者の三秋縋さんは1990年生まれとのこと。
なるほど、お若い……!
まとめ
今回は三秋縋『恋する寄生虫』のネタバレ解説をお届けしました!
前半は社会からはじきだされた二人の純愛ラブストーリー。
後半は《虫》の存在に翻弄されるサスペンスラブストーリー。
《虫》の存在が発覚する前後で物語が大きく変わる構成は、まるで二部作の映画を連続して観ているようでした。
ラストのどんでん返しはまるでミステリ小説のような読み味でしたが、分類するならやはりラブストーリーということになるのでしょう。
《虫》という異物の存在によってかえって主人公とヒロインの純愛が際立っていたのが印象的でした。
タイトルやあらすじから奇をてらったストーリーを想像しましたが、内容はとても丁寧で読みやすかったです。
気になった方は、ぜひお手に取ってみてください。
小説『恋する寄生虫』
奇抜なタイトルですが、切ないラブストーリーです😢
といっても、ただの恋愛小説ではありません
《ヒトを操る寄生虫》
という怖すぎる存在が登場して……😨
ラストのどんでん返しは必見です❗️
映画化のキャストは#林遣都 #小松菜奈 ほかhttps://t.co/k9Z8Bcatm7
— わかたけ@読んでネタバレ (@wakatake_panda) May 11, 2020
映画情報
キャスト
- 林遣都(高坂賢吾役)
- 小松菜奈(佐薙ひじり役)
公開日
2021年公開予定
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先日、小説を読み切った者です。
まとめ、文章を読ませていただき、
改めてこの作品の面白さに気づきました!
2人はきっと幸せだったのだろうと思い続けます。