中山七里『夜がどれほど暗くても』を読みました!
事件報道によって関係者の身になにが起こるのか?
漠然と知っているようで実はあんまり知らないその《リアル》を描いた小説で、中盤まではけっこうしんどいシーンが続きます。
そのかわり、物語の終盤ではグッとくる熱いクライマックスがあったり、事件の真相が明かされる謎解きがあったりと大盛り上がり!
今回はそんな小説『夜がどれほど暗くても』のネタバレ解説(と感想)をお届けします!
あらすじ
志賀倫成(しがみちなり)は、大手出版社の雑誌『週刊春潮』の副編集長で、その売上は会社の大黒柱だった。
志賀は、スキャンダル記事こそが他の部門も支えているという自負を持ち、充実した編集者生活を送っていた。
だが大学生の息子・健輔(けんすけ)がストーカー殺人を犯した上で自殺したという疑いがかかったことで、幸福だった生活は崩れ去る。
スキャンダルを追う立場から追われる立場に転落、社の問題雑誌である『春潮48』へと左遷。
取材対象のみならず同僚からも罵倒される日々に精神をすりつぶしていく。
一人生き残った被害者の娘・奈々美から襲われ、妻も家出してしまった。
奈々美と触れ合ううちに、新たな光が見え始めるのだが……。
事件の概要
事件現場である星野邸には、三人の遺体が転がっていました。
- 星野希久子
- 星野隆一
- 志賀健輔
いずれも心臓を刺されて即死。
凶器の包丁には健輔の指紋だけが付着していました。
- 凶器の指紋
- 星野邸に健輔がいる不自然さ
これらの状況証拠からは『健輔が加害者であり、星野夫婦が被害者である』という構図が連想されますね。
健輔は大学講師である希久子のゼミ生であり、
- SNSをフォローしていた
- 日常の姿を隠し撮りしていた
といった痕跡がスマホから見つかっています。
警察の見立ては次のとおり。
『健輔は希久子のストーカーだった。希久子と無理心中を図ろうとして、夫の隆一氏はそれに巻き込まれた』
星野夫婦を刺したあと、健輔もまた自ら命を絶ったというシナリオです。
星野希久子は誰からも慕われる人気の講師で、彼女に恨みを持つ人物は見つかりません。
夫の隆一氏は文科省の官僚であり、星野家は特に問題のない裕福な家庭でした。
違和感
犯行の場所
もし健輔が本当に希久子のストーカーで、最初から無理心中を狙っていたのだとしたら、どうして星野邸で事件を起こしたのでしょうか?
油断している希久子を狙うのなら、家族がいる自宅よりももっと安全で成功率の高い場所がいくらでもあったはずです。
星野邸で無理心中しなければならない理由があったのか?
あるいは、そもそも無理心中ではなかったのか?
残念ながら健輔の無実につながるような違和感ではありませんが、それでも犯行動機といった点ではまだまだ暴かれていない真実がありそうな気がしますね。
警察の動き
よくよく考えてみると、警察の動きにも違和感があります。
というのも、捜査の終結が早すぎるんです。
- 凶器の指紋
- スマホの隠し撮り写真
犯行現場における状況証拠は確かに健輔が犯人だと指し示していました。
しかし一方で、追加調査においては健輔が希久子をつけまわしていたという事実は確認できていません。
健輔が犯人だという警察の見立ては「健輔は希久子のストーカーだった」という前提に基づいています。
その前提がしっかり確認できていない以上、ふつうならもっともっと捜査が続けられてしかるべきですよね。
にもかかわらず、警察は(やや強引に)捜査を打ち切りました。
これはいったい……?
人物評
大学で健輔と交流のあった学生たちは、口を揃えて「健輔が犯人だなんて信じられない」と志賀に語りました。
健輔の人物評は、
- 真面目
- 優しい
- 理性的
といったもので、とても事件の犯人像とは結び付きません。
もちろん、どんな人間にだって魔が差すことはあるのでしょうけれど……。
健輔と同じく希久子のゼミ生だった留学生の陳修然は、よく健輔にラーメンをおごってもらったとこぼしました。
バイトをかけ持ちしても借金苦で貧しい陳に、健輔は優しく接していたんですね。
ストーリーの補足
事件が報道されるやいなや、志賀の人生は転落の一途をたどります。
仕事では左遷されて、副編集長からただの編集者に降格。
妻の鞠子は精神のバランスを崩して実家に戻るのですが、やがて離婚届が送られてきます。
ただ道を歩くだけでも「殺人犯の父親だ」と指をさされないようにビクビクしなければならず……。
中盤まではこうした加害者家族への差別・迫害が(いかに理不尽で暴力的であるかということが)描かれます。
そして物語は後半へと折り返し。
志賀は、星野夫婦の一人娘である奈々美が学校でいじめられていることを知ります。
まったく理不尽なことに、被害者遺族にも差別・迫害の暴力が降り注ぐのです。
しかも、奈々美はまだ14歳で、両親を失った今、誰も保護者はいません。
志賀は加害者・被害者という垣根を越えて、身体を張って奈々美を子どもらしい残酷な暴力から守ります。
※そして包帯でぐるぐる巻きになるほどの大怪我を負います
それは加害者家族としての償いだったのかもしれませんし、あるいは健輔とちゃんと向き合えなかった父親としての後悔がそうさせたのかもしれません。
ともかく、怪我の功名というべきか、志賀は少しずつ奈々美からの信頼を勝ち取っていくのですが……。
実はここまでで小説の内容は95%くらい消化しています。
残すはクライマックスと事件の謎解きだけです。
ネタバレ
物語のクライマックス。
火事の星野邸に取り残された奈々美を助けるため、志賀は消防隊員の制止を振り切って無謀にも燃え盛る家の中に突っ込んでいきます。
奈々美「どうして、こんなとこまで」
志賀「息子が君から両親を奪った。ここで君を助けられなかったら、俺は死ぬまで後悔する」
幸いにも奈々美は無事でしたが、火の手は回りきっていて脱出は不可能。
(もはや、これまでか)
覚悟を決めた志賀は、せめて奈々美だけは一秒でも長く守ろうと……。
※以下、小説より一部抜粋
…………
そうか、分かった。
焼くなら焼くがいい。ただし一人だけだ。
志賀は奈々美を再度浴槽に沈め、上から覆いかぶさった。
これなら志賀の身体が焼く尽くされても、奈々美はしばらく炎から護られる。
浴槽の底だからすぐには有毒ガスも下りてこない。
「何してんのよっ」
「少しは時間稼ぎになる。我慢していろ」
「退いてよっ、オジサンが死んじゃう」
「簡単にはくたばらん」
虚勢はそこまでだった。
落下した天井パネルが志賀の背中を直撃した。
息もできなかった。肺に溜め込んでいた空気が洩れ、身体中から力が抜けていく。
畜生、これが限界か。
観念しかけた次の瞬間、頭上で壁の剥がれるような音が聞こえた。
恐る恐る顔を上げると面格子が外されていた。
窓から顔を覗かせたのは一人の隊員だった。
「今、救助します」
助かった。
志賀は言うことを聞かない身体を起こし、奈々美を抱え上げた。
「この子から」
真犯人
こうして二人は火事の星野邸から救出されました。
奈々美は軽傷。志賀は目を背けたくなるほどの大怪我を負っていますが、命に別状はありません。
担架で運ばれる途中、志賀は見慣れた刑事の顔があることに気づきます。
「いったい警察は何をしていたのか」
志賀が食ってかかると、刑事はまったく予想外の言葉を口にしました。
「放火犯はすでに身柄を確保しました。火災発生の第一報を受け、すぐに被疑者のもとに向かいました。奴さんの手からは灯油の匂いがぷんぷんしていましたよ」
話が見えず混乱する志賀に、刑事は……。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「少なくとも、あなたには知る権利がある」
宮藤(刑事)の計らいで、志賀は担架ごとパトカーの傍らまで運ばれた。
宮藤が注意深く志賀の上半身を起こし、後部ドアを開く。
「彼が星野邸放火の容疑者、そして……」
「そして同時に、星野夫婦殺害の容疑者でもあります」
志賀は目を疑った。
後部座席には両側を捜査員に挟まれた青年が、ふてくされたような顔で座らされていた。
健輔と同じゼミに所属する留学生二年の陳修然だった。
事件の真相
話を聞いてみれば、なんてことはありません。
陳は金目当てで星野邸に押し入り、家人である星野夫婦を殺した。
たったそれだけの話です。
星野家をターゲットにした理由は2つ。
希久子のゼミ生であり、健輔と同じくSNSをフォローしていた陳は、星野家が裕福な家庭であることを知っていました。
そして、もうひとつ。
陳はその日、星野家が誰もいない空き家になることを知っていたからです。
実は事件前日から星野夫婦は(結婚記念日の)旅行に出発している予定で、旅行中の新聞配達を止める手続きをしていました。
陳は新聞配達のバイトを通じてその情報を入手。
空き巣狙いを企てました。
ところが、あいにくの濃霧で飛行機が飛ばず、星野夫婦はやむなく自宅に戻っていました。
これは陳にとってまったく予想外の出来事で、侵入に気づいて騒ぎ出した星野夫婦をとっさに刺してしまったんです。
空き巣だったはずが押し入り強盗になってしまったというわけですね。
はい。つまるところ健輔も陳に殺されたわけですが、問題は盗人でも家人でもない健輔が星野家にいた理由ですよね。
実は健輔は陳が希久子に向ける不穏な視線に気づいていて、ずっと警戒していました。
だから、事件当日も不審な陳を尾行していたんです。
結局、陳に殺されたあげく、犯人に仕立てあげられてしまったのですが……。
※陳は凶器の包丁から自身の指紋を拭い、健輔に握らせた。
もちろん健輔は希久子のストーカーではありませんでした。
ただ、希久子を慕っていたというのは本当です。
好きな人に注目していたからこそ、健輔は陳があやしいと気づけたんですね。
逮捕の経緯
今回の事件をややこしくしたのは、被害者である星野隆一氏が文科省の官僚だったという点です。
警察には事件を早期解決するよう圧力がかかっていました。
だから、警察上層部はろくに捜査もしないまま「健輔が犯人に違いない」という結論でさっさを事件を終わらせてしまったんです。
そのせいで志賀がどれだけ苦しんだことか……。
事件の担当刑事である宮藤は、本部の決定に納得していませんでした。
宮藤は独自に捜査を続行し、陳の存在にたどり着きます。
陳の手口は素人そのもので、熟練の刑事である宮藤の追求から逃れられるはずもありません。
※陳は町の鍵屋で星野家のスペアキーをつくっていた。
ただ、宮藤にとって誤算だったのは、陳に存在を気づかれてしまったことです。
陳は警察が迫っていることに危機感を覚え、証拠隠滅のため星野家に放火。
そうして逮捕されたのでした。
結末
陳は逮捕され、健輔の無実が報道されました。
志賀はもう『加害者家族』ではありません。
すべて失ったかのように思われた仕事も家族も、きっとこれから取り戻していけるはずです。
一方、奈々美は真犯人が逮捕されたとはいえ、被害者家族であることに変わりはなく、おまけに自宅も全焼してしまいました。
そこで志賀は……。
※以下、小説より一部抜粋
…………
しばらくウチに住んでみないか。
志賀からの提案は単なる思いつきでもない。
(生命保険と火災保険で)経済的余裕があっても、身許保証人がいなければ未成年には何かと支障が生じる。
幸い健輔の嫌疑が晴れたので、奈々美の志賀に対する怨嗟は雲散霧消しているはずだった。
しかし、だからといっていきなり手のひらを返せるほど奈々美は器用ではなかった。
「これまでずっとオジサンたちを目の敵にしていたのに、今さら世話になるってみっともないじゃん」
「気にするな」
「気にするよ。オジサンは殴られた側じゃない。殴った方は忘れても殴られた方は決して忘れない。そういうものでしょ」
「それなら奈々美ちゃんだって散々殴られた側だ。言ってみれば俺と奈々美ちゃんは被害者同盟みたいなものだろ。同盟は助け合ってこそ同盟だろ」
「……変な理屈」
奈々美はいろいろと不都合を並べ立てるが、タクシーに同乗した時点で八割がた態度を決めているも同然だ。
将来は養子縁組も考えているが、奈々美が嫌がるのであれば当面は同居人で構わない。
いずれにしても彼女には庇護者が必要だ。
(中略)
タクシーが自宅マンションに到着する。有難いことにマスコミ関係者の姿は見当たらない。
エレベーターに乗り込むと奈々美が身体を固くしているのがわかった。
「緊張するー」
「どうして。ウチを訪ねるのはこれが初めてじゃないだろう」
「あの時とは目的が違うって」
十階で降り、廊下に出てから見つけた。
1006号室、玄関ドアの前で立ち尽くしていた女がこちらに振り向いた。
鞠子(妻)は不思議そうな顔をしていた。
<完>
感想
それぞれ家族を失った志賀と奈々美が『新しい家族になる』という結末は、ハッピーエンドというと変かもしれませんが、救いのある終わり方でしたね。
作中では「これでもか!」と志賀と奈々美が(善良な市民を自任する)世間の人々から痛めつけられていたので、ほっとしました。
ミステリとしては弱め
『夜がどれほど暗くても』という作品は志賀と奈々美が絆を結ぶヒューマンドラマでありつつ、同時にミステリで、さらにテーマとして社会問題を取り扱っていました。
個人的な印象ですが
- ヒューマンドラマ:40%
- テーマ:45%
- ミステリ:15%
くらいの割合だったと思います。
正直にいって、ミステリ小説としては中山七里先生の他作品に比べてもの足りなかったです。
主人公が謎の手がかりを集めていくわけでもなく、犯人も真相もラストでぜんぶ刑事に教えてもらうという展開でしたし、トリックとして目新しいものもありません。
中山七里先生といえば『どんでん返しの帝王』の異名で有名ですが、今作に関しては「あっ」と驚くどんでん返しはありませんでした。
どんでん返しが好きな方には、同じく報道関係者を主人公にした『セイレーンの懺悔』の方がおススメです。
※『夜がどれほど暗くても』と『セイレーンの懺悔』はどちらもWOWOWでドラマ化されています。
他山の石
これ↓は小説に登場する一文です。
被害者遺族が誹謗中傷の的になるような国は果たして健全なのかと思う。
今までに散々、加害者家族と被害者家族の情報を提供してきた自分が憤るのもお門違いだが、弱者に不寛容な社会はどこか病んでいる。
作中において、志賀と奈々美は見ず知らずの『正義感あふれる一般市民』から数々の嫌がらせを受けます。
会社に抗議の電話がかかってきたり、家にペンキで罵詈雑言を書かれたり……。
事件が報道されたとたん、関係者はまるでサンドバッグであるかのような扱いを受けます。
自分のことだと考えて、ちょっと想像してみてください。
これって、ゾッとするほど怖い話じゃないですか?
「そっとしておいてくれ」とどんなに声高に叫んでも、願っても、なんの意味もありません。
昨日まで「普通の人」だった人間が、ある日(の報道)を境に、社会からつまはじきにされるのです。
極端な話、家族親類がいる限り、誰だって今この瞬間にでも加害者家族・被害者家族になりえます。
いつ、誰が、社会(善良なる一般市民)から差別・迫害される側になるかわかりません。
正直、「自分は大丈夫」とわたしも思っています。
一方で、そんな思い込みに何の意味がないこともまた現実です。
作中では社会的弱者を理不尽に攻撃する『善良なる一般市民』がなぜそんなことをするのか、下衆な心理と正体がズバリと描かれていました。
「人間、ああはなりたくないものだ」
「どんなに落ちぶれても、弱者を痛めつけてうっ憤を晴らすような真似はしたくないものだ」
『夜がどれほど暗くても』を読んで、わたしはそんなことを考えました。
まとめ
今回は中山七里『夜がどれほど暗くても』のネタバレ解説をお届けしました!
今作は中山七里先生のデビュー十周年記念企画である『12か月連続新作刊行』の第三弾。
※2020年3月出版
ミステリの謎解きを楽しむというより、いろいろと考えさせられる一冊でした。
ドラマ情報
https://youtu.be/pYKWYWwxogs
『夜がどれほど暗くても』が早くもドラマ化!
2020年11月22日からWOWOWで放送されます(全4話)
主演キャストは上川隆也さん!
中山七里原作での主演は『テミスの剣』に続いて二回目ですね。
どんなドラマ化になるのか楽しみです。
中山七里『夜がどれほど暗くても』🌙
犯罪者の身内だからと石を投げられ、すべてを失ってしまった主人公
絶望的な状況下、息子とろくに向き合わなかったことを後悔する
それにしても、本当に犯人は息子だったのだろうか?#上川隆也 さん主演でドラマ化❗️https://t.co/92sZJEJsRv
— わかたけ@読んでネタバレ (@wakatake_panda) September 10, 2020
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