柚木麻子『ナイルパーチの女子会』を読みました!
一般的な話として、現代社会にはなんとなく「男性と女性では友人関係の性質が違う」というイメージがあります。
女性のほうが友人と密につながっている、とか。
あるいは女性の友人関係には陰湿なところがある、とか。
ぶっちゃけ、そんなもんは「人による」としか言いようがないのですが、かといって心当たりがまったくないというわけでもありません。
この物語の主人公は《女友達が一人もいない》二人の女性です。
- 友情とはなにか?
- わたしたちを苦しめているものは何なのか?
柚木麻子さんによるズバリとした文章には何度もハッとさせられました。
今回はそんな小説『ナイルパーチの女子会』結末までのあらすじネタバレをお届けします!
あらすじ
商社で働く志村栄利子は愛読していた主婦ブロガーの丸尾翔子と出会い意気投合。
だが他人との距離感をうまくつかめない彼女をやがて翔子は拒否。
執着する栄利子は悩みを相談した同僚の男と寝たことが(同僚の)婚約者の派遣女子・高杉真織にばれ、とんでもない約束をさせられてしまう。
一方、翔子も実家に問題を抱え――。
(文庫裏表紙のあらすじより)
ネタバレ
序盤から中盤にかけては、とにかく栄利子のヤバさにドン引きする展開が続きます。
一言でいえば、ストーカー化。
栄利子はたった一回お茶しただけの翔子に対して、
- 一日に何十通もメールを送ったり
- ブログから家を特定して押しかけたり
「怖っ!」と思わず声が出るような行動をとります。
しかも、なにが一番怖いって、栄利子は自分の異常性にまったく自覚がないんです。
「親友ならこれくらい当たり前」と本気で思っています。
※出会ってすぐの翔子を「親友」認定しているところも怖い
翔子はすぐに栄利子の異常性に気づいて距離をとろうとしますが、それがかえって火に油を注いでしまう結果に……。
栄利子は「翔子の態度は自分に対して誤解があるからだ」と思い込み、誤解を解こうとますますストーカーとしてこじれていきました。
栄利子には女友達が一人もいません。
それは「他人との距離のとりかた」が絶望的に下手だからです。
もっと具体的に言うと、栄利子のなかには「友達とはこういうもの」という理想があって、それを相手に押しつけてしまうんですね。
相手に期待しすぎている、と言いかえてもいいでしょう。
だから《理想》とは違う行動をとられると、パニックになってストーカーじみた軌道修正をしようとしてしまうんです。
その根底には完璧主義というか、
- 友達くらい普通はいる
- だから私にも友達が必要だ
という強迫観念が見え隠れしていました。
栄利子(彼女と仲良くしたかっただけなのに……。ああ、もう三十歳になのに、友達一人うまくつくれないなんて)
拒絶
栄利子は大手商社勤務で年収一千万円オーバー。
しかも容姿端麗でセンスも良く、ある意味(表面上は)働く女性の理想像のような存在です。
怠け癖のある翔子は最初、そんな栄利子に憧れたのですが、ストーカー事件によって考えを改めます。
翔子「今度おかしなことしたら、会社や親に連絡するからね。あなただって困るでしょ? ね、頼むからもう、こんなことやめて。メール攻撃とか待ち伏せとか」
はっきりとした拒絶。
しかし、栄利子の思考は次のとおりです。
栄利子(なに、翔子がいくら騒いだところで、社会的な信用度は自分の方が高い。彼女の言うことは恐るるに足りない)
これって「自分のストーカー行為が問題になることはないだろう」って意味じゃないんですよ。
「そもそもストーカーだなんて、この女(翔子)はなんで大げさに言うのだろう」と真剣に思っているんです。
まさに自覚のないモンスターって感じですよね。
- 自分は正しい
- 自分が間違っているはずがない
だから、栄利子は「翔子にこそ問題がある」と考えました。
以下、小説の一場面をご紹介します。
…………
「私、翔子さんのためを思って言うんだからね?」
「なによ……」
「おかしいのは私じゃなくてあなただよ。都合が悪くなると、すぐ逃げて、話を聞こうともせずに全部、相手のせいにする。あなたにまったく非がなかったって言えるの?」
(中略)
もはやファミレス中の視線がこの席に向けられているが、ちっとも恥ずかしくなどない。
こうでもしなければ、翔子に自分の気持ちは届かないのだ。
むしろ、心を剝き出してぶつかって行くことに、充実すら感じている。
「あなた(翔子)に友達なんて今まで一人でもいた? 職場の人間関係が悪くなったのだって、女の人が陰湿で嫉妬深いっていう一般論にすり替えているけれど、あなたが無神経な上に怠け者で自分に甘いから、知らないうちに周りをイライラさせてたんじゃないの?
一番ねちっこくてナヨナヨしてるのはあなた自身じゃないの? 遅刻したこと、あったでしょ? 大事な伝言を伝え忘れたことも、あったんでしょ? いっつも誰かのせいにして都合が悪くなると逃げ回るから、周囲に疎まれるんじゃないの?」
「……ひどい」
彼女の声が震えている。目が吊り上がり、充血していた。
「なんの権利があって、そこまで攻撃するの」
「友達だからだよ。友達だから、他の人が言えないようなことを言ってあげてるんじゃないの。あなたが成長できるように、あえて言い辛いことを言ってあげてるんじゃないの」
「友達って何? 私とあなたはこれまでたった五回会っただけだよ。遠慮なくなんでも言い合って許し合えるほど、親しくないじゃない」
翔子の目から涙が一筋流れ落ち、栄利子は息を呑む。
「もう連絡しないで」
そう言って翔子は立ち上がると、来たときと同じように頼りない足取りで店を出て行った。
(中略)
彼女(翔子)はああ言ったけれど、いつか分かり合えるはずだ、と栄利子は自分に言い聞かせる。
翔子の方がはるかに酷い仕打ちをしたのだから、可哀想だけれど当然の報いなのだ。
これはよくある口論に過ぎない。すぐに元通りになる。
ほとぼりが冷めた頃、また翔子に連絡してみよう、と栄利子は心にメモを取る。
翔子もまた女友達ができないタイプで、過去のエピソードなんかを栄利子に語っていました。
栄利子が指摘した翔子の欠点のなかには図星を指すものもありましたが、それはもちろん関係性の浅い栄利子が指摘していいものではありません。
でも、栄利子にはそれがわからないんですよね……。
代償
無敵のモンスターのように思われた栄利子ですが、物語の中盤からは一気に落ちぶれ、次々に打ちのめされていきます。
きっかけは翔子から拒絶され傷ついた自尊心を満たすため、同僚の杉下と寝たことでした。
杉下は派遣女子の高杉真織(23)と婚約中。
精神状態がいよいよ狂ってきている栄利子は(愚かにも)ほとんど自分から浮気の事実を真織に明かしてしまいます。
なぜって、真織には女友達がいっぱいいたからです。
仕事もできないし、ぽっちゃり体型。けれど女子の輪の中心にいる真織のことが羨ましくて、傷つけてやろうと思ったんですね。
ところが、栄利子にとって計算外の出来事が起こります。
真織はとてもじゃないですが、栄利子の勝てる相手ではありませんでした。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「康行(杉下)はあの通り、ちやほやされないと気が済まない男だからね。浮気の相手なんて今さらどうでもいいけど、あんたってところにはゲロが出そう。
あんた、あたしの育ちやら学歴やらを見下してるみたいだけど、あたしから見ればあんたの方がずっと下衆だよ。あーあ、せっかくこぎつけた結婚だっていうのに、気分が台無しじゃんか。
あたしがここまで来るのに、どんだけ嫌な思いをしてきたか分かってんの? 高校にも行けそうになかったあたしが、派遣とはいえどうして大手町でOLやれてるか分かる?
いつだって仲間がいて、いろんな方法で助けてくれたからだよ。
あたしには友達がいる。信じてる。あいつらのためにも、あたしは夢を叶えなくちゃいけないの。ねえ、どうしてくれるのよ。苦労知らずのあんたが、いつも無傷のあんたが、人の気持ちもわからないあんたが、ねえ、どうやって償ってくれるのよ。
今だってどうせ、この場から逃げることしか考えてねえだろうが!」
「本当に……、ごめんなさい」
栄利子は涙をたたえ、深々と頭を下げる。
彼女の言う通りだった。正直なところ、申し訳ない気持ちより、恐怖のほうが勝っていた。
一刻も早く、この場を丸く収め、元居た場所に戻りたい。
それでも、どうしてもこれだけは聞かずにいられなかった。
「……男を信じてないのに、結婚式がそんなに大事なのはどうしてなんですか?」
「そりゃ、女友達を全員呼ぶからだよ。大切な友達をちゃんともてなしたいんだ。康行の同僚や同級生はエリート揃いだから、仲間に紹介していい出会いにつなげてやりたい。親友たちに可愛いブーケを投げるのがあたしの夢だから」
誠実といってもいい口調で真織は答えた。
敵わない、と栄利子は思った。この女には敵いっこない。
がっくりと肩を落とし、頭を下げる。
「不愉快な思いをさせて、ごめんなさい。どんなことをしてでも償います。あなたの気が済むのなら、なんでもします」
「じゃあ、うちの営業部の男二十三人、康行以外の。全員と寝ろよ」
(中略)
「本当にあんたみたいな女、虫唾が走るよ。甘やかされて欲しいものは何でも与えられて、いい年して親に全部サポートしてもらって、なんでだか全部自分で掴んだ気でいる、エリートぶったクソ女。
なんで友達ができないか教えてやろうか。
てめえがいっつも、いっつも、自分のことしか考えてねえからだよ!」
もはや、限界だった。栄利子はわっと泣き出した。
鼻水が顎を伝うのも構わず、真織の太い腰にすがりつく。
「なんとかします!……ごめんなさい。私、一人でなんとかします。寝ますっ。このフロアの男、全員と寝ます。頑張ります。だから私を許してください」
私と親友になって
栄利子の心身はもうボロボロ。
それでも真織の命令を遂行しようと部長をホテルに連れ込みますが、拒否されたあげく真正面から説教されてしまいます。
「根柢のところで人を信じていないんだろう。だから君に誰も近づかないんだと思うよ。
人を信じられるようになるまで、ずっと一人でいることだよ。恥ずかしいことではないんだよ。いい加減、大人になりなさい」
この事件を境に栄利子は両親によって家に軟禁され、仕事は休職という扱いになりました。
「営業部の男全員と寝る」という約束はうやむやになったものの、プライドの高い栄利子は引きこもり、すっかり廃人のようになってしまいます。
- 人を信じられない
- 自分のことしか考えてない
- 大人になれていない
真織や部長に浴びせられた言葉(正論)がぐるぐると頭のなかを堂々巡りする毎日。
じっと閉じこもりながら、栄利子に残ったのは翔子のブログをチェックする習慣だけでした。
かつてブログの痕跡から翔子の家まで特定して見せた栄利子です。
ちょっとした情報から翔子が今いる水族館を特定すると、栄利子はもう無我夢中でした。
「翔子に会える!」
一目散に家を飛び出した栄利子は、水族館で予想外の光景を目撃します。
翔子の隣には夫ではない若い男がいて、二人は手をつないでいる。
やがて男が顔を寄せると、翔子も彼の首に手をまわして……。
浮気現場の、しかもキスシーンでした。
栄利子が手元に視線を落とすと、無意識のうちに撮影した証拠写真がばっちりスマホの画面に表示されています。
これまでの落ち込みが一気に吹っ飛ぶほど、栄利子は喜びました。
栄利子「誰にも、誰にも言わないでおいてあげる。ただし条件があるの」
「私と親友になって」
※以下、小説より一部抜粋
…………
「もう一度やり直したいの。そして、決して嫌ったり、無視したり、遠ざけたりしないって今ここで約束して。そうしたら私、あなたを怖がらせたりしない。安心して付き合っていける保証があるなら、私はあなたにとってのベストフレンドになれる」
そんなに怯えた顔をしないで。親友同士の規則として、まず翔子にこの怯えた表情も禁止せねばなるまい。
秘密を握った以上、要求はすべて通すつもりだ。
鏡
翔子にしてみれば「たまには女として求められたい」くらいの軽い気持ちで、若い男とは浮気未満の関係のつもりでした。
一線を越えるつもりはなかったし、ましてや夫との安定した生活を手放す未来なんて考えられません。
だというのに、いまや翔子の未来は栄利子の手の中にあります。
弱みを握られている以上、胃に穴が開きそうなストレスを我慢してでも、栄利子の「親友ごっこ」につきあうしかありません。
翔子(友達そのものではなく「友達がいる自分」というものが、彼女が求めてやまないものなのだ)
一方、栄利子は「裏切らない保証つきの親友」を手に入れてすっかり上機嫌です。
栄利子「これから毎日翔子さんと遊ぶんだから。そうよ、毎日女子会ざんまいよ」
- 一日に何度もメールのやりとりをする
- 一緒に外食する
- 一泊二日の箱根旅行
世の中の「女友達たち」を真似して、栄利子は翔子を連れ回します。
しかし、はしゃぎまわる栄利子とは対照的に、翔子は口数も少なくいつもぼんやりとしていて、ちっとも楽しそうじゃありません。
栄利子はそんな翔子に不満を募らせていきました。
栄利子(床に引きずり倒して、意識を失わない程度に首を絞め上げたら、この女は心を改めるだろうか。それくらいのことはしていい気がする)
栄利子も翔子も決して幸せになれない、地獄のような主従(親友)関係。
二人して不幸のどん底に落ちるまで永遠に続くかのように思われたそれはしかし、一瞬の出来事によってぷつりと断ち切られました。
鏡のように街を映す、夜の窓ガラス。
栄利子がふと向けた視線の先、そこに映っていたのは別人のように醜く太った自分の姿でした。
栄利子は一瞬のうちに頭を回転させます。
なぜ、翔子は一言でも注意してくれなかったのか?
友達ならそのくらい言ってくれたって……。
※以下、小説より一部抜粋
…………
私が怖いから? いや、そもそも、この女――。
栄利子の体型の変化に、まったく気づいていないのかもしれない。
そう考えたら、血がどっと落ちていく。
なんだか印象が変わったな、くらいにしか感じていないのかもしれない。
あり得ることだった。もともと、おどろくほど他人に興味がない女である。
ようやく悟った。
どんなに望もうと、この女と親友になるのはもう不可能なのだ。
自分は恐ろしい人間ではない、ストーカーではない、あなたの味方だ、とあらゆる手段を駆使して労を惜しまず、彼女に伝えてきた。
でも、やればやるほど、二人の間からぬくもりは消えていった。
きっと、この先どんなに頑張っても、同じだ。距離は決して縮まらない。
「もう、分かった。あんたなんかいらない」
栄利子はぶっきらぼうに吐き捨てると、ポケットから携帯電話を取り出す。
例の画像を表示すると、一瞬ためらったあとで「削除」を押した。
「本当にいいの……。私を解放してくれるの?」
翔子の表情に希望の光が差している。こんなに晴れがましい顔を向けられるのは初めてだった。
上手く息継ぎできないほど肺が苦しい。
「……好きにしたらいいじゃない。あのつまらない男のところへ帰ったらいいでしょ。あなたも私も……。一生、女友達なんて作れない人種なんだから」
栄利子は歩き出す。
もうこの女に会うことはないだろう、と思ったら、景色がにじみ涙が頬を伝った。
またこの先も、たった一人で生きていかねばならない。
翔子のそれから
ずっと栄利子の被害者だった翔子ですが、そもそもの原因(浮気)を考えると自業自得だったともいえるでしょう。
翔子もそのことは大いに反省していて、これからは誠実になるという決意を込めて、浮気の事実を自分から夫に話し、謝罪しました。
証拠写真が消えても、自責の念は消えません。
罪悪感を手放して楽になりたいという自分本位な気持ちもあったのでしょう。
なにかと寛容な夫なら許してくれるだろうという計算も働いていました。
ところが……
「ごめん。翔子と一緒に暮らせない」
一度も喧嘩したことのない夫から返ってきたのは、はっきりとした拒絶の言葉でした。
絵に描いたような善人である夫の深く傷ついた顔。
翔子はすぐに後悔しましたが、もはや後の祭りです。
離婚になるかどうかは夫の決定を待つしかありません。
ひとまず翔子は距離をとっていた実家に戻ることになりました。
◆
故郷に戻った翔子はまるで天罰のように、さらに追い詰められていきます。
というのも、父親が倒れ、入院してしまうんですね。
この父親というのがまた厄介でして「なにもかも他人がしてくれるだろう」ってくらい怠惰で面倒くさがりなんです。
そのせいで翔子の母親は家を出て行きましたし、再婚した麗子ともいつのまにか離婚している始末。
地主としての資産は酒と遊びのために食いつぶしていて、貯金はゼロ。
おまけに実家はゴミ屋敷のように荒れ放題。
これから翔子に待っているのは、そんな父親を世話するだけの奴隷のような人生……。
まさに「お先真っ暗」という言葉がピッタリの絶望的な状況です。
翔子は穏やかだった夫との暮らしがいかに幸せだったかを思い知りますが、いまさらすぎます。
精神的に追い詰められた翔子は、一度だけ話したことのある人気ブロガー「NORI」さんに助けを求めるのですが……。
「これ以上、連絡をするのはやめてもらえますか? とにかく、丸尾(翔子)さんからあまりにも大量のメールが来るのでご本人は困惑しています」
顔見知りの編集者を介しての拒否反応。
たった一度しか会っていないNORIに深刻な相談メールを何十通と送っていた翔子は、客観的に見れば不気味なストーカーでしかありません。
翔子は思わず笑ってしまいました。
これではまるで、まるで――。
自分が志村栄利子になったみたいではないか。
※以下、小説より一部抜粋
…………
あの恐ろしい女の、意味不明な行動の数々が、翔子は今やっと理解できたのだ。
心を開く相手がまるで居ない状況が続くということは、それほどまでに我を失わせてしまうものなのだろう。
自分がしていることが相手にどう映るか、振り返ってみるということがなくなる。
実際、NORIに自分がどれほどのことをしたのか、翔子はまだよく理解できていない。
一つ一つ行動を点検したら、そこにもう一人の栄利子が現れ、こちらを見つめるはずだろう。
あの女を嫌い、遠ざけていた自分のなんと滑稽なことか。
結末
どん底まで落ちた栄利子と翔子は、それぞれ自分の問題点にようやく気づきます。
といっても、だからといってすぐに性格が変わるわけでも、状況が好転するわけでもありません。
ただ、なんとなく「これから少しずついい方向に向かっていけるんだろうな。そうなるといいな」と思わせてくれるようなラストでした。
翔子の結末
これまでの翔子には(父親譲りの)面倒くさがりで怠惰、それでいて他人からは評価されたいというわがままな一面がありました。
ブログを書いていたのも、若い男からの誘いに乗ってしまったのも、自分の価値を確かめるための行為。
しかし、そうして安易に承認欲求を満たした結果が、夫からの信頼を失ってしまった現状です。
翔子は今になってようやく悟りました。
面倒くさいっていうのは、結局自分が一番可愛くて、自分以外の誰かのために一分だって時間を割きたくないってことなんだ。
きっと、ここから翔子は変わっていけるはずです。
荒れ放題の実家を掃除して、苦手な父親とも折り合いをつけて、夫からの信頼を取り戻せるように努力する。
ずっと翔子の心に沈殿していた「面倒くさい」という気持ちは、いつのまにかなくなっていました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「あのさ、賢ちゃん(夫)。言い訳にはならないけど、あの男の子に好意を持たれたとき、自分もまだまだ捨てたもんじゃないって思うと、ほっとした。ブログが褒められたときも、同じだった。
でも、そうやって自分の評価を他人に委ねたせいで、私は一番大事なものを失っちゃったんだと思う。私、もう人に自分を委ねたりしない……。
調子いいと思われてるかもしれないけど、私、賢ちゃんとやり直したい。
そばにいるだけで、たくさんの可能性があるって、世界は広いんだってあなたが感じられる、そんな相手になるようにありったけ努力するよ」
(留守番)電話を切ると、翔子はゆっくりと瞬きした。
伝えただけだ――。伝えることしかしていない。
そして、このまま二度と会えなくなる可能性は高い。まだ、たったの一歩だ。
元居た場所を取り戻せたとして、気の遠くなるような道のりをたどらなければならないのだろう。
でも、翔子はもう、引き返そうとは思わなかった。
<完>
栄利子の結末
これまでの栄利子の醜態は結局のところ、
- 人との距離感がわからない
- 友達がつくれない
ということに対する劣等感が原因だったのでしょう。
学歴・美貌・社会的立場と、なまじ他の点では成功を収めているために、栄利子はますます「友達がつくれない」という欠点を受け入れられなかったんですね。
その結果が、一連の暴走です。
社会からの、両親からの、そしてなにより自分自身からの期待に応えなければならない、という強迫観念にこそ栄利子は追い詰められていたのでしょう。
しかし、今の栄利子にはもう何も残っていません。
皮肉なことに、すべてを失ったことで栄利子の苦しみはかえって(相対的に)小さくなっていました。
美しさを完全に失ったことで、最近栄利子はひどく自由になっていた。
ラストシーンの舞台は、深夜のファミレス。
かつて栄利子が翔子と同じように傷つけてしまった学生時代の元親友・圭子と腹を割った(おそらくはその夜限りの)話をするシーンで、物語は幕を下ろします。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「やっぱり生きなきゃ駄目なんだよ。どんだけ、恥かいても傷ついても、たとえ友達がいなくてもね」
圭子が必死になってくれているのは自分のためなんだろうか。
すっかりぎくしゃくした栄利子との関係を一時的であれ回復しようと、堕ちるところまで落ちた元親友がこれ以上おかしくなるのを防ごうと、考えをめぐらせてくれているのだろうか。
もう二人が心から打ち解けることはないし、次の約束は決してないだろう。
でも、確かに今、この瞬間だけ、圭子と栄利子は見えない糸でつながっていた。
こんな風に、翔子ともいつかどこかでまた出会えるのだろうか。
(中略)
きっと自分はもうすぐ、この街を離れるのだろう。
どうやら、栄利子は大切な誰かのそばにいると、その人を傷つけてしまう性分らしいから。
身の振り方はまだ決めかねているが、ここを巣立つべき時が来たのは分かっていた。
きっと、もっと早くそうすべきだったのだろう。でも、過去は変えられない。
栄利子が自由にできるのは、みなすべて明日からのことなのだ。
<完>
感想(とタイトルの意味考察)を下の記事にまとめています。
よかったらあわせてご覧ください。
柚木麻子『ナイルパーチの女子会』を読みました❗️
ズボラな主婦とバリキャリ女子
女友達のいない2人が出会うところから、物語は始まります
喜びもつかの間、新しい友人の様子はどこかおかしくて……?🤔
心に残る一冊でした
⬇️あらすじのネタバレhttps://t.co/GaZFsoQCyP
— わかたけ@読んでネタバレ (@wakatake_panda) January 18, 2021
まとめ
今回は柚木麻子『ナイルパーチの女子会』のあらすじネタバレをお届けしました!
前半ではサイコパスのような栄利子の暴走っぷりにゾッとしましたが、終盤では人間関係や友情について考えさせられる内容になっていて味わい深かったです。
感想にも書いたのですが、わたしたちのなかにも大なり小なり
- 栄利子のような部分
- 翔子に似たところ
があるのだと思います。
彼女たちの物語を読んでいるようで、自分自身の「人との接しかた」についても考えさせられるような小説でした。
高校生直木賞を受賞した本作は若い世代にとって得るものの多い一冊だと思いますし、栄利子たちみたいなアラサー世代(以上)が読んでもたくさん気づきがあるはずです。
きっとハッとする文章がいくつも見つかると思います。
ドラマ情報
第1話予告
キャスト
- 水川あさみ
- 山田真歩
ほか
放送日
- 2021年1月30日(土)放送スタート
- 毎週土曜夜9時00分~9時55分
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