五十嵐貴久『リバース』を読みました!
こちらは『リカ』シリーズの三作目ですが、時系列的には一番目で、リカの子ども時代が描かれています。
※トラウマ級のシリーズ一作目↓
「怖い怖いもう限界!」と叫び出したくなるほど濃密な怖さ不気味さ。
それらは物語が進むほどに膨張していき、最後にはホラー小説を読み慣れた人でもドン引きするぐらいの展開が待ち受けています。
- 気持ち悪い
- 不気味
- おぞましい
そんな言葉では足りないほど、本当にゾッとする物語でした。
今回はそんな小説『リバース』のあらすじネタバレ解説(と感想)をお届けします。
あらすじ
医師の父、美しい母、高貴なまでの美貌を振りまく双子・梨花と結花。
非の打ち所のない雨宮家で家政婦として働く幸子は、彼らを取り巻く人間に降りかかる呪われた運命に疑念を抱く。
そして、ある「真相」にたどり着いた幸子は、留守番電話に悲痛なメッセージを残すが……。
最恐のストーカー・リカ誕生までの、血塗られたグロテスクな物語。
(文庫裏表紙のあらすじより)
双子の姉の名前は梨花(リカ)
シリーズをご存じの方ならピンとくる名前ですね。
主人公と時代背景
物語の主人公は雨宮家の家政婦・花村幸子。
高校を卒業して地方から上京してきたばかりの純朴な田舎娘で、教会で育てられたため人を疑うことを知らない素直な性格をしています。
時代は「お金持ちの家にはカラーテレビがある」という具合ですから、1960年前後でしょう。
スマホで助けを呼ぶこともできなければ、警察の科学捜査もまだ発展していない時代です。
ネタバレ
雨宮家は絵に描いたようなお金持ちの家です。
- 父・武士(タケシ)
- 母・麗美(レミ)
- 双子姉・梨花(リカ)
- 双子妹・結花(ユカ)
一家はまばゆいほどに美男美女で、まるでドラマに出てくる理想的な家族のようです。
旦那様はいつも明るく朗らかで、奥様はお優しくお美しく、二人のお嬢様は賢くて愛らしく、皆さん幸子にも親切です。
何もトラブルがない、幸せな家族。
はい。そんなはずがありませんよね。
幸子は人間の悪意に鈍く、ぜんっぜん気づいてくれないのですが、読者目線で見る雨宮家はとにかく歪んでいました。
一家の柱たる雨宮武士は女性にだらしなく、看護婦から家政婦までやりたい放題不倫しています。
幸子の前任の家政婦・中田雪乃が書き置きだけ残して辞めたのも、きっと旦那に手を出されたからに違いありません。
※その点、幸子はぱっとしない容姿をしているため安心
もちろん妻の麗美は夫の女癖に気づいていますが、時代が時代です。
簡単に離婚するわけにもいかず、その怒りの矛先は巡り巡って子どもたちに向けられました。
児童虐待です。
麗美は躾(しつけ)だと言っては、小学6年生の双子をしばしば厳しく折檻してしました。
竹のヘラで腫れて血がにじむほど手を叩いたり、水でいっぱいの風呂に頭を押さえつけて沈めたり……。
双子がどんなに泣き叫んで謝っても、麗美は憑りつかれたように我が子を痛めつけ続けました。
麗美「これはあなたたちのためなの。ママの心はもっと痛いの。わかる?」
そうして理不尽に痛めつけられるのですから、子どもたちは母親を憎みそうなものですよね。
しかし、梨花は「ママは悪くない」といいます。
梨花「悪いのは結花なの。そうよね、結花。梨花は悪くない。何も悪くない。ぜんぶ結花のせいでしょ結花が悪いに決まってる」
梨花は怒られた原因をすべて結花に押しつけ、そして結花を虐めました。
双子には明確な力関係があり、梨花が主人で、結花が奴隷です。
ヒエラルキーの底辺にいる結花だけは、誰にも何にも八つ当たりできません。
結花は内気な性格で、常に姉の機嫌をうかがうように生活していました。
ただし、結花が姉を憎んでいるかといえばそうではなく、むしろ「姉のようになりたい」と尊敬しているようでした。
いったん、まとめますね。
雨宮家には《負の連鎖》が存在しています。
武士の不倫が麗美の児童虐待の呼び水になり、さらに梨花が結花を虐げる。
この歪(いびつ)な構造に、幸子はぜんっぜん気づいてくれません。
優しくて愉快な旦那様、時に厳しいことをおっしゃるけれど、思いやりのある奥様。二人のお嬢様も明るく元気です。
少しばかり変だなと思っても「東京ではそうなのだろう」と納得してしまうんですね。
さて、物語はまだまだ序盤も序盤。
これから一家と幸子はどうなってしまうのでしょう……?
幸子の前任の家政婦・中田雪乃は家政婦協会にもあいさつせず、いきなり消えました。
書置きには「実家に戻る」とありましたが、実際には実家に戻っていないと判明します。
「あっ……」と察するポイントですね。
はりぼての幸福
雨宮家は代々医者家系で、武士のクリニックは祖父の代から続いているもの……と幸子は聞かされていました。
しかし、それは真っ赤な嘘。
実際は武士も麗美も、東京の人間ですらありません。
ちょっと複雑なのですが、クリニックを開業した先々代は、愛人に子どもを産ませていました。
その子どもというのが、麗美のことです。
麗美は母(先々代の愛人)と一緒に、地方で暮らしていました。
ところが、クリニックを継いだ息子一家が事故で行方不明になったため、先々代はやむなく医者の婿をとることを条件に、クリニックを愛人の娘、つまり麗美に譲りました。
その後、麗美は地方出身の貧乏医学生だった武士と結婚。
いまの雨宮家に至る、というわけです。
広尾の一等地に住む本物のセレブたちに対して、麗美には成り上がり(偽物)であるというコンプレックスがありました。
子どもたちのわずかな失敗すら許さないほどの麗美の神経質さは、見栄を張りたいという心境の表れでもあります。
不倫してばかりの武士と離婚しないのも、周囲の人間に見下されたくないから。
はらわたが煮えくり返るほど夫のことを憎悪しているにもかかわらず、麗美は人目を気にして「夫と仲の良い幸せな妻」を演じ続けています。
すべては「本当は自分は田舎者だ」というコンプレックスの裏返しでした。
はたしてクリニックの正統後継者だった息子(二代目)は本当に事故で行方不明になったのでしょうか?
麗美はクリニックだけではなく、先々代の遺産も手に入れています。
麗美にとってあまりに都合のいい話です。
この謎の真相は最後まで明かされませんが、想像が膨らむエピソードですよね。
麗美の狂気
麗美はもともと神経質な性格で、「米を食べると頭が悪くなるからパンしか食べてはいけない」なんて極端な思想の持ち主でもありました。
素養があった、ということなのでしょう。
いつからか麗美は新興宗教にズブズブと傾倒するようになっていました。
この頃、結花が悪性の脳腫瘍で入院し、危険な手術に臨まなければならず、しかし、それが奇跡的に自然治癒するという出来事がありました。
麗美はすべて教祖のおかげだと錯覚し、ますます怪しげな宗教にのめり込むようになりました。
前半の麗美の怖さはヒステリーの延長線上のようなものでしたが、後半の麗美の怖さは「洗脳されきっている狂信者」のそれです。
- 目はうつろで、
- ぼうっとする時間が増え、
- 一度暴れ出すと手がつけられない
症状はまるで薬物中毒者のようで、有坂という怪しげな教祖と面会している時間をのぞいて、いつキレるかわからない危うさが漂っていました。
実際、幸子も理不尽に罵倒され、首を絞められるという目にあっています。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「何もわかっちゃいない」
口から泡を吹きながら、奥様が獣のように吠えました。
「お前は何もわかっちゃいないんだ」
それから延々と、叫び声が続きました。何をおっしゃってるのかわかりません。
野犬より恐ろしい顔で叫び、怒鳴り、しまいには床を足や拳で何度も叩いていました。
幸子は何も言えず、呆気に取られて、その場に座っているしかありませんでした。
長い髪を振り乱したまま、奥様が這うようにして近づいてきました。
怖くなったのはその時です。奥様の目に暗い何かが宿っているのがわかりました。
すっと奥様の手が伸び、幸子の首に回りました。ゆっくりと両手に力がこもっていきます。
奥様の目は真っ赤でした。血の色です。
逃げなければなりません。でも体が動きません。
気が遠くなりかけたとき、遠くでチャイムが聞こえました。
動きを止めた奥様が手を離し、その場から離れていきました。
二年後
間一髪で幸子の命を救ったのは、恩人である教会の神父が倒れたという報せでした。
幸子はすぐに家政婦を辞め、地元に戻って神父の看護につとめます。
そして、二年後。
神父がすっかり回復したのを見届けてから、幸子は再び東京へと旅立ちます。
東京で保母の資格を取って村に帰るのが、幸子の夢でした。
家政婦協会に働き口を尋ねると、偶然にも雨宮家が家政婦を探しているということでした。
二年前の嫌な記憶がよぎりますが、他に住み込みで働ける家はありません。
「あの時、奥様はきっと疲れていただけに違いない」と自分を納得させ、幸子は再び雨宮家の家政婦として働き始めます。
二年ぶりに訪れる雨宮邸は、以前とはずいぶん雰囲気が違っていました。
庭の草木はまったく手入れされておらず、荒れ放題。
高級品ぞろいの家具・調度品はほとんど売られていて、二階建ての洋館は空っぽの箱のようです。
麗美が新興宗教に大金を払い続けるため、家にはほとんど財産が残っていなかったんですね。
雨宮武士は半年前に亡くなっています。
ひき逃げということでしたが、犯人は捕まっていません。
麗美は夫の生命保険金も教祖に差し出しているようでした。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。
ひとつ確かなのは、雨宮家の周囲では不審な事件が多発しているということです。
- 行方不明になったクリニックの二代目家族
- 失踪した家政婦・中田雪乃
- 何者かにひき逃げされた武士
それだけではありません。
二年前のことですが、武士が可愛がっていた愛犬のマロンも一夜にして消えています。
そして、双子のピアノの先生だった小柳千尋。
彼女もまたある日を境に、ぷっつりと行方が分からなくなっています。
当時、金に困っていた千尋は、武士に迫られて愛人契約を結んでいたようでした。
すべての事件の犯人は麗美……?
リカ
梨花は中学三年生になり、大人びた色気を漂わせるようになっていました。
「ほとんど完全体に近い」と言えば、シリーズをご存じの方には伝わるかと思います。
この頃、梨花は家庭教師で医大生の宗像忍(むなかたしのぶ)に恋していて、将来結婚しようと迫っては宗像を苦笑いさせていました。
「宗像先生がクリニックを継ぐの。梨花と結花は看護婦になります。梨花は一生、先生のおそばにいて尽くします。約束します」
15歳の少女の夢見がちな恋ととらえれば可愛いものですが、大人のリカを知っていると笑えません。
梨花が誘うように宗像にボディタッチしているすぐよこで、結花は黙って二人のことを見ていました。
「リカはもう完全体に近い」と先ほどお伝えしました。
男を手に入れることに執着するストーカー気質についてもそうですが、キレたときの暴走モードについても、その片鱗を見出せます。
たとえば、こんなシーン↓がありました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「生意気なのよ、幸子は」
梨花様が幸子の周りをぐるぐる歩き始めました。
「使用人のくせに、家政婦のくせに、誰のおかげでこんな立派な家に住めてるかわかってる?」
もちろんです、と何度も首を振りました。
「前もそうだった。態度が悪くて、すごくイライラした。田舎娘のくせに、頭悪いのに、ブスなのに、東京に出てきてどうする気? ホントにイライラするイライラしてお前なんかイライラする頭おかしいんじゃないの何なのよえらそうに」
いきなり梨花様が幸子のお腹を蹴りました。
みぞおちに入って、息ができなくなり、その場にうずくまってしまいました。
「不潔で、太っているのに、変に女臭くて、いやらしい顔をして。物欲しげに男を見てる。ああ、気持ち悪い。そんなに男が好きなの? 許されるはずない許さない許さない許しておけない」
早口でまくしたてる梨花様が、幸子の体を蹴り続けました。
痛みではなく、恐ろしくて動けませんでした。
…………
狂ったように言葉をまくしたてる「リカ構文」の原型が見られますね。
もちろん梨花の言っていることは完全に言いがかりで、宗像と親しくしている幸子に嫉妬しての罵倒・暴力でした。
犠牲者
先ほど話に出てきた宗像先生ですが、実は失踪した小柳千尋の恋人でもありました。
彼女のことを覚えているでしょうか。
千尋は双子にピアノを教えていた先生で、武士の愛人でもあった女性です。
宗像は失踪した恋人を心配し、探偵のような執念で事件の真相を探り続けていました。
宗像「彼女は殺された」
小柳千尋は不倫相手(武士)に殺されたのだろう、と宗像は考えます。
千尋は実家の借金のために金が必要で、しかし真面目な性格ゆえに恋人(宗像)を裏切っている罪悪感に耐え切れず、別れ話を切り出してトラブルになった……という筋書きです。
しかし、読者目線では犯人は別にいるように思われます。
麗美です。
麗美は夫と千尋が男女関係にあると知っていました。
女にだらしないだけの武士より、幸子の首を絞めたり、娘を溺れさせかけたり、キレると見境がなくなる麗美の方がずっとやらかしていそうです。
夫と寝たから、という理由だけで犯行動機は十分でしょう。
もちろん証拠があるわけではないのですが……。
宗像が殺されたのは、千尋の不倫相手が武士だったと突き止めた、その翌日のことでした。
表向きは原因不明の火事ということでしたが、タイミング的に放火だとしか考えられません。
宗像は「犯人は麗美だったのかもしれない」という考えにたどりつく寸前でした。
宗像は恋人の失踪についてわかったことを幸子に電話で話していて、雨宮家の人間なら(親機と子機を使って)盗み聞くことができます。
口封じ、ということなのでしょう。
さすがの幸子も、うっすらと雨宮家の闇に気づきつつあります。
ここまでのまとめ
物語もそろそろ終盤。
結末の前に一度、情報を整理しておきましょう。
結論からいえば、すべての元凶は雨宮麗美であるように思われます。
麗美はもともと愛人の子どもでしたが、クリニックの正統後継者である息子一家を始末することで先々代の財産を受け継いだものと推測されます。
麗美は相続の条件として武士と結婚したものの、その女癖の悪さには常日頃から激怒していました。
消息不明の前任の家政婦・中田雪乃も(武士と関係を持ったため)麗美が始末したものと考えられます。
小柳千尋の場合も同様で、麗美が始末したのでしょう。
「夫に近づかないで」と千尋に怒鳴っている麗美の声を、ご近所さんが耳にしていました。
次の犠牲者は、夫である雨宮武士です。
麗美にしてみれば憎くて仕方ない相手でしたし、宗教につぎ込むための生命保険金も手に入れられたわけで、なぜ逮捕されていないのか不思議なくらいに怪しさ満点です。
そして最後は宗像。
麗美は宗像と幸子の電話を盗聴していて、自分が疑われ始めていることに気づきました。
だから、宗像のアパートに火をつけて殺した……。
ただし、以上はあくまで「ここまでのまとめ」にすぎません。
本当にすべて麗美の犯行だったのかどうか……それでは物語の続きを見ていきましょう。
愛犬の行方
深夜、幸子はこっそり玄関の扉を開けると、スコップを持って庭の花壇へ向かいます。
そこに飼い犬だったマロンの骨が埋まっていると気づいたのは、つい最近のことです。
庭にマロンの骨を埋めたのは麗美。
麗美は「みんながショックを受けないように逃げたことにしたかった」と言っていました。
突然死した飼い犬を人知れず埋葬していた……一見、不審点はないように思われます。
しかし、幸子は見逃しませんでした。
小型犬だったマロンの骨の下に、明らかに犬のものではない白骨がちらりと見えていました。
暗闇の中、スコップをふるい続けました。
怖くて怖くて、体が震えていました。でも、確かめないではいられないのです。
花壇を掘り起こすと、はたしてそこには白骨が眠っていました。
手に取って確認しようとした、その瞬間です。
幸子の肩に手が置かれました。
ゆっくりとふり返ると、そこには微笑を浮かべた麗美が立っていました。
※以下、小説より一部抜粋。二人はリビングに移動しています。
…………
「マロンの死体を埋めたのは、その下にある人間の骨を隠すためなのですね? 千尋さんの骨を……」
「何を言ってるの?」
ティーカップを持ち上げた奥様の顔に、微笑が浮かんでいました。
「いったい何の話?」
(中略)
マロンを手にかけたのは奥さまです。
旦那様が愛し、可愛がっておられたマロン。一番身近にいる、最も弱い者。
真夜中、奥様が何をしたのか、想像するのもおぞましいことです。
奥様はマロンにおやつをあげるふりをして近くに呼び、いつものように抱き上げ、そのまま首を絞めて殺したのか、それともナイフで喉をかき切ったのか。
考えただけで、全身の血が凍るようです。
いえ、待ってください。
翌朝、幸子が起き出すと、お嬢様方がシチューを煮込んでおられました。
幸子もいただきました。とても美味しいシチューでした。
あのシチューは幸子が作ったのではありません。深夜、奥様が作られたのです。
でも、その材料は?
(中略)
あの時、奥様はキッチンでマロンの肉を細かく切り刻んだのです。
そしてシチューにして家族全員に食べさせたのです。
復讐ということだったのでしょうか。旦那様がそれとは知らずに、可愛がっているマロンの肉を食べているところを見て、微笑まれていたのでしょうか。
結末
そのまま幸子は麗美に殺される……そんなバッドエンドが目に浮かぶようでしたが、意外にも幸子は無事にやりすごします。
金が尽き、教祖に見捨てられ、とっくの昔に麗美の精神は壊れていました。
目の焦点は合わず、口からは涎(よだれ)が大量に垂れていました。
廃人同然の麗美はこのうえなく不気味ではあるものの、ひとまず危険はないようです。
時刻は深夜。
警察に行けばいいのか、神父に相談すればいいのか、いずれにせよ幸子は家から逃げ出したい気持ちでいっぱいです。
幸子は交番に行ってみましたが、運悪く警官は巡回中でした。
次に神父に電話してみましたが、やはり誰も出ません。
どうして、と幸子は指でほほを伝う涙を拭った。どうして出てくれないのですか、神父様。
幸子はふと、バスルームのドアが細く開いているのに気づきました。ドアにはスリッパが挟まっています。
※以下、小説より一部抜粋。
…………
奥様、とつぶやきかけて、違うと幸子は首を振った。
スリッパだけではない。まっすぐに伸びたつま先が見えた。
駆け寄ろうとした足が止まった。
ドアの隙間から廊下に、どろどろした何かがゆっくりと流れていた。床が真っ赤に染まっている。
そして、バスルームの奥にもう一人倒れているのもわかった。可愛らしいピンクのパジャマ。
足に力が入らなくなり、幸子は尻から床に落ちた。自分の過ちに気づいていた。
奥様ではなかった、と震える唇からつぶやきが漏れた。
自分と宗像の会話を聞いていたのは、あの娘なのだ。
宗像に想いを寄せていたあの娘。
宗像を振り向かせるために、千尋を殺したのもあの娘だ。
電話で宗像の話を盗み聞きして、まだ千尋のことを忘れていないと知った。
宗像の心が手に入らないとはっきりした以上、むしろその存在は不快で、邪魔だ。
だから宗像のアパートに火をつけた。
でも、そんなことできるはずがない、と幸子は溢れ出す涙を拭った。
お嬢様はまだ中学生だ。子供だ。子供にできることではないだろう。
後ずさりしていた手にが何かに当たった。電話機。
受話器を取り上げ、もう一度教会の番号を回した。
耳に当てた受話器から、留守番電話のメッセージが流れている。
最後にピーという音が聞こえた。
神父様、と幸子はささやいた。
「幸子です。お願いです、庭を――」
息が止まった。背後に誰かがいる。わかっていたが、振り向くことはできなかった。
「幸子」
低い低い声がした。叫び声を上げ、逃げようとしたが、足が動かなかった。
下を向くと、階段の下から真っ白な手が伸びて、自分の足首を掴んでいるのがわかった。
振り払おうとしたが、鋭い痛みを感じてその場に崩れ落ちた。
動けない。両足首、くるぶしの上の肉が切られ、そこから血がほとばしっていた。アキレス腱が切断されたのだ。
細い手が伸びて、幸子の手から受話器をとり、そのまま架台に戻した。くすくす、という笑い声。
左右の足首が大きく裂けて、中から白い骨がのぞいていた。
足の感覚はない。床は水をまいたように血で濡れていた。
肘の力だけで階段に向かった。誰か、誰か助けて。神様、ああ、神様。こんな惨(むご)いこと――。
背中に焼いた鉄の棒が突っ込まれる感覚があった。痛くはない。もう痛みは感じなかった。
ナイフが何度も体を抉る音がしたが、いつの間にかそれも聞こえなくなった。
幸子は最後の力を振り絞って振り向いた。目の前にいたのは少女だった。
楽しそうに見つめている黒い瞳。
幸子は目を見開いた。体は動かない。叫ぼうとしたが、無駄だとわかっていた。
両脇に差し込まれた腕が、自分の体を引きずっていく。
少しずつ、バスルームに近づいていく。
突然、何も見えなくなった。
最後に聞こえたのは、満足そうに笑っている少女の声だった。
千尋を殺した犯人は麗美ではなく、双子の娘のほうでした。
娘は麗美を殺し、姉妹を殺し、そして幸子も……。
姉妹の関係性、そしてシリーズのタイトルを考えれば、姉と妹、どちらのことを言っているのかはあきらかですよね。
エピローグ
エピローグの主人公は幸子の親代わりでもあった神父・蔭山康則です。
これまでの物語はすべて(幸子の最期をのぞいて)「幸子が蔭山に送った手紙」という体(てい)で語られていたため、蔭山は雨宮家でなにが起こっていたのか知っています。
「幸子です。お願いです、庭を――」
留守番電話に残された不吉なメッセージ。
連絡の取れなくなった幸子を心配した蔭山は、嫌な予感を抱きながら雨宮家の敷地に足を踏み入れます。
麗美ではなく梨花が黒幕であることは、何度も幸子の手紙を読み返して理解していました。
千尋はこの庭のどこかに埋められている。
千尋だけではない。その他の娘たちも、そして幸子も。
彼女たちを殺したのは梨花なのだ。
中学生の娘の犯行とはとても信じられず、けれど何度考えてみても答えは変わりません。
玄関先に出てきた娘に、蔭山は尋ねます。
「結花さん、お姉さんの梨花さんは、今どこに―」
※以下、小説より一部抜粋。
…………
首筋に何かが刺さった。痛みはなかったが、いきなり視界がぼやけた。
何が起きているのか。鼻孔に悪臭が充満する。
細かく痙攣を繰り返す瞼(まぶた)の奥で、眼球が最後に捕らえたのは幸子の手紙だった。
『結花様も梨花様を尊敬し、お姉さまのようになりたいと――』
そうだったのか、と嗄(しわが)れた声が乾いた唇から漏れた。瞼が落ち、なにも見えなくなった。
耳元でささやく声がした。
「あたし、リカよ」
<完>
解説
本当の犯人、そして後の「リカ」の正体は結花のほうでした。
- 小柳千尋
- 宗像忍
- 雨宮麗美
- 雨宮梨花
- 花村幸子
少なくとも結花はこの5人を手にかけています。
最初はやはり宗像への恋心が出発点で、その後は主に口封じが犯行動機だったのでしょう。
結花は「姉のようになりたい」と常日頃から口にしていました。
梨花を殺すことで梨花になり代わる、という発想はわたしたちが知る大人の「リカ」の狂気そのものです。
ちなみにラストの蔭山は、結花に麻酔を注射されています。
「クリニックから麻酔薬がなくなった」という描写が出てきたのは物語の序盤のほうで、そのころから結花が暗躍していたのだとわかります。
『リバース』の英語表記は「REBIRTH」(再生、新生)
この物語は結花がリカに生まれ変わるお話だったわけですね。
感想
いや、怖っ!!
今回の説明口調の記事では伝わっていないと思うのですが、本当に読んでいて怖かったです。
この物語は幸子(あるいは蔭山)の一人称視点で進むので、自然と語り手に感情移入するというか、自分と重ねながら読むことになります。
すると、どうでしょう。
- 麗美の度を越えた折檻を目撃する
- 梨花に理不尽に痛めつけられる
- なぜか関わった人々が消えていく
どんどん不気味の霧が濃くなっていくにも関わらず、自分の分身である幸子は能天気にも雨宮家から逃げてくれません。
幸子の運命共同体としては、真綿で首を締められるような感覚でした。
一気にとどめが刺されるのではなく、じわじわと逃げ場がなくなり、絶望が濃くなっていきます。
そして、あのラスト。
抜粋部分だけ読んでも伝わるとは思うのですが、頭から通して読んでたどり着いたあの結末は、それはもう体の芯が凍りつくほど恐ろしいものでした。
怖い、という言葉だけでは到底足りません。
- 不気味
- 気持ち悪い
- おぞましい
ほとんど生理的嫌悪に近いというか、本能で「あ、これはマジでダメなやつだ」と感じとれるというか。
「ゾッとする」という表現がこれ以上ないほどピッタリな作品でした。
この系統の小説が好きな人にはたまらない一冊だと思います。
読み終えた瞬間の率直な感想は「やっぱり『リカ』シリーズは最高だな!」でした。
怖ければ怖いほどおもしろい!
五十嵐貴久『リバース』を読みました❗️
怖い!怖すぎる!🥶
ホラーサスペンス「リカ」シリーズの三作目
今作もおぞましくて気持ち悪くてゾッと鳥肌が立って、つまり最高でした😇
⬇️怖さ79%カットなあらすじhttps://t.co/fwct1LXicF
— わかたけ@読んでネタバレ (@wakatake_panda) March 7, 2021
まとめ
今回は五十嵐貴久『リバース』のあらすじネタバレ解説(と感想)をお届けしました!
シリーズ三作目になって、中だるみするどころかさらに怖さマシマシな「リカ」シリーズ。
ザラリとした悪意というか、ドロリとした不気味さというか、イヤな気持ちになる話が好きな人にはこういうのがたまらないんですよね。
今回も最高に不気味でおもしろかったです。
時系列的には
- リバース(3作目)
- リハーサル(4作目)
- リカ(1作目)
- リターン(2作目)
- リメンバー(5作目)
と続いていきます。
刊行順ではなく時系列で「リカ」シリーズを追っていくのもおもしろそうです。
ドラマ情報
ドラマ「リカ~リバース~」
キャスト
- 高岡早紀(雨宮麗美)
- 浅香航大(宗像忍)
- 福田麻由子(花村幸子)
- 山口まゆ(雨宮結花)
- 田辺桃子(雨宮梨花)
- 小田井涼平(雨宮武士)
『リバース』の要はなんとっても梨花と結花!
双子役の二人に期待です。
放送情報
2021年3月20日(土)23時40分より~(全3話)
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