澤村伊智「ぼぎわんが、来る」は本当に怖い小説でした。
今回はあまり怖くないように小説「ぼぎわんが、来る」(映画「来る」原作)のあらすじネタバレをお届けします!
ゾッとする結末とは?
はじめに
小説「ぼぎわんが、来る」は全3章構成なのですが、それぞれの章で主人公(語り部)が入れ替わる特殊な構成になっています。
第1章の主人公は被害者家族の亭主・田原秀樹(演:妻夫木聡)
第2章の主人公はその妻・田原香奈(演:黒木華)
第3章の主人公はオカルトライター・野崎和浩(演:岡田准一)
※田原家を救おうとする霊能力者・比嘉真琴(演:小松菜奈)の恋人
なぜ主人公が交代するかというと、その人物がぼぎわんに……されてしまうから。
いったい田原家に何が起こるのか?
無敵の妖怪「ぼぎわん」の正体とは?
それではさっそく、結末までのあらすじ・ネタバレを見ていきましょう!
あらすじネタバレ
第1章 訪問者(秀樹視点)
それが来たら、絶対に戸を開けてはならない。声に答えてはいけない。
さもなくば、『お山』に連れていかれてしまう。
亡き祖父・銀二から教えられたのは三重県K地方に伝わる妖怪「ぼぎわん」への対処法。
秀樹は子供の頃、玄関越しに「ぼぎわん」と出会ったことがある。
輪郭のはっきりしないぶよぶよとした灰色の塊。
落ち着いた女の声で「それ」は言った。
「ギンジさん…ギンジさんはいらっしゃいますか」
バケモノに「帰れ!」と一喝した祖父は、それから間もなくして息を引き取った。
やがて時は流れ、秀樹は家庭を築いた。
妻(香奈)と2歳になるひとり娘(知紗)を守る一家の大黒柱。
秀樹は良きパパになろうと努め、仕事の傍ら積極的に育児にも参加していた。
「ぼぎわん」のことも、亡くなった祖父母のことも、すっかり頭から抜けてしまっていた。
…だが、「ぼぎわん」の方は秀樹のことを忘れてはいなかった。
最初の犠牲者は、謎の来客を取り次いだ秀樹の部下・高梨。
そうとは知らず「田原秀樹はいるか」という怪異の声に答えてしまった高梨は、前触れなく大量出血し、病院に運び込まれた。
出血の原因は「謎の噛み傷」
外傷が癒えた後も高梨の体はどんどん衰弱していき、最後には枯れ木のような身体になって亡くなった。
次に怪異が現れたのは、秀樹たちが住まう家。
ある日、秀樹が帰ると、買い集めたお守り類がすべて引き裂かれており、その中で知紗を抱いた香奈がぶるぶると震えていた。
(ぼぎわんが、来た…!)
そう直感した秀樹は、ぼぎわんと戦うことを決意。
民俗学者の友人・唐草大悟から紹介された霊能力者・比嘉真琴とそのパートナー・野崎に協力を依頼することにした。
ところが、真琴が提案した解決策は次の通り。
「家に帰って、奥さんとお子さんに優しくしてあげてください。それでたぶん、来なくなると思いますよ」
(ふざけている!そんなことでバケモノが来なくなるものか!)
パパ友と交流を深めるなど、秀樹には積極的に育児に参加しているという自負があった。
的外れな提案に激怒し、その場を後にする秀樹だったが、結局、後日改めて協力を申し出てきた真琴たちを受け入れることにした。
知紗はすぐに子供好きな真琴になつき、しばらくは平穏な日々が続いた。
しかし、そんな平和な日常はいとも簡単に崩れ去る。
怪異は何の前触れもなく再来した。
きっと一度目の訪問でも同じ現象が起きたのだろう、再び買い集めたお守りの数々が目の前でビリビリと真っ二つに裂けていく。
「ぼぎわん」が少しずつ近づいて来ているのだ。
頼みの綱の真琴はガタガタと震えながらも、額に汗して呪文を唱えている。
だが、迫りくる「ぼぎわん」に対して実力不足であることは誰の目にも明らかだ。
いよいよ怪異の気配が玄関にたどり着き、誰もが「もう終わりだ」と思った瞬間、ふっと嫌な雰囲気が消えた。
「……帰った。とりあえず、今は」
真琴の言葉に脱力する一同。
その直後、真琴のスマホが着信音を鳴らした。
電話をかけてきたのは、超一流の霊能者である真琴の姉・比嘉琴子。
「あれは相当に厄介なので、微力ながらお力添えをさせていただきたくお電話いたしました」
琴子は真琴を通じて完全に状況を把握していた。
「あなたに近づこうとしているモノは、極めて凶悪です。そして極めて執念深い。さらに、極めて強い。真琴ではどうにもなりません」
琴子は幾人かの霊能力者を秀樹に紹介した。
どうやら「ぼぎわん」は予想よりも遥かに強大な力を持つバケモノだったようだ。
琴子が紹介した高名な住職ら霊能力者たちは、「ぼぎわん」の存在を感知したとたんに「自分の手には負えない」と匙を投げた。
唯一、逢坂勢津子という人情派の霊能力者だけは協力を申し出てくれたが、少し目を離した隙に「ぼぎわん」に腕を根元から噛み千切られ、やがて亡くなった。
「田原さん、ご家族…」
逢坂の最後の言葉に秀樹はハッとする。
今、秀樹と野崎は逢坂に会うため喫茶店に来ている。
ここで逢坂の腕を噛み千切った妖怪は、いまどこにいるのか?
嫌な予感がした秀樹は家に走りながら電話をかけ、香奈と知紗を家から離れさせた。
電話を切ると、今度は琴子からの着信。
「あれは田原さん、あなたを追いかけています。既にあなたのことは完全に知覚しています。絶対に逃げられない。ご家族に合流してはいけません」
琴子によれば、残されてた手は1つだけ。
秀樹自身が家に結界を張り、怪異を追いやる…危険を伴う方法だったが、家族のため、秀樹は「ぼぎわん」と決着をつける覚悟を決めた。
家に帰ると、秀樹は琴子の指示に従って呪いの準備を進めた。
・家中の鏡を割る
・刃物を簡単には取り出せない場所に隠す
・水を入れた茶碗を床に並べる
それらの効果は秀樹にはわからなかったが、ともかく準備は整った。
あとは玄関の鍵を開けて待つだけ。
じりじりと時間が過ぎていく。
不意に、家の固定電話が鳴った。
スマホで通話中の琴子は「あれです。出てはいけません」と言う。
やがて留守番電話に切り替わると、固定電話から比嘉琴子の声が聞こえてきた。
「油断していました。すぐにそこから逃げてください。あれの罠です。万が一無理なら…」
怪異が嫌がるもの…鏡や刃物で身を守るように。
秀樹の思考が止まる。
呪いの準備のため、鏡は割り、刃物は隠している。
そもそも、固定電話の方が本物の比嘉琴子なら、今まさにスマホで通話中の「比嘉琴子の声をした女」はいったい誰なのか?
手元のスマホから琴子の声が聞こえてくる。
「わたしもいろいろと、知恵をつけたということですよ」
全身に悪寒が走った。
すべて、「ぼぎわん」の仕組んだ罠だったのだ。
逃げ出そうにも、床一面に並べた茶碗が邪魔で走り出せない。
そうこうしているうちに、開け放たれた玄関から人の形をした何かがゆっくりと入ってきた。
1歩ずつ、秀樹に近づいてくる。
「ヒデキさん、行きましょう、お山に。みんな待ってる」
黒く長い髪と両腕。輪郭のはっきりしない灰色の胴体。女の声。
怪異は少しずつ、確実に近づいてくる。
気づけば、目の前の景色が一変していた。
ぬらぬらとした紫色の空間に、大小バラバラな白い塊が並んでいる。
この黄ばんだ白いものの列は…歯?
目の前の光景がバケモノの口の中だと気づいたときにはもう遅かった。
「ううあ、あ、おお、おそい…もう、あかん」
としわがれた声がして、がりりり、という音が秀樹の脳に直接響いた。
頭がかじられる音だと気づいた瞬間、秀樹の意識はブツリと途絶えた。
第2章 所有者(香奈視点)
半分しか顔の残っていない秀樹の遺体が見つかってから2週間後。
バタバタとした日々が過ぎ、香奈はようやく日常を取り戻し始めていた。
夫が怪物に喰われたことへの悲しみや喪失感はない。
むしろ、香奈の気分は晴れ晴れとしていた。
これでもう秀樹の育児に付き合わされることはない、と。
香奈と知紗にとって、秀樹の「育児」は苦痛以外の何物でもなかった。
・泣きわめいている知紗を自分本位に抱え上げ、振り回す
・家事育児で疲れている香奈に大量の育児本を読むように命令する
・「パパ友との交流会」に行っては、酒臭くなって帰ってくる
・自分の予定が急に空いたからと、前々から香奈と知紗が楽しみにしていたママ友との食事会を無理やりキャンセルさせる。「家族との時間の方が大事だろう」と言って。
時に秀樹は育児ブログの記事を書くため、目の前にいる知紗を邪険に扱いさえした。
要するに、秀樹は「良きパパである自分」に酔っていたのだ。
秀樹が夢中になっていたのは「育児に熱心なパパになること」であって、育児そのものではなかった。
秀樹の目には、目の前にいる香奈や知紗など映っていなかったに違いない。
何の助けにもならないどころか、香奈や知紗に負担をかけてばかりの「育児ごっこ」
質が悪いことに、秀樹は自分が正しい振る舞いをしていると盲目的に信じ込んでいた。
「パパきらい。パパ怖い」と娘に言われているとも知らず。
ある日、香奈は秀樹がつくった名刺を発見した。
【ぽかぽか陽気に誘われて、今日も子供と遊びます 田原ファミリー代表取締役・イクメン会社員 田原秀樹】
名刺の裏には秀樹自作の勘違いポエムが印刷されている。
きっと仲間内に配って遊んでいるのだろう。
(わたしはこんなものに付き合わされているのか。知紗はこんなことのために生まれ、育てられていたのか。秀樹にとって育児とは、こんな紙切れをばらまくことなのか。この家は、秀樹のエゴで囲われた牢獄だ。わたしと知紗は彼の囚人…いや、奴隷なのだ)
香奈の中の何かがプツリと音を立てて切れた。
「うあああああ!」と泣き叫びながら、香奈は秀樹が集めていたお守りの数々をハサミで切って回った。
そう、秀樹が「ぼぎわんが来た」と直感した一度目の事件は、実は錯乱した香奈が起こしたものだったのだ。
その後、秀樹は勝手に納得して専門家である真琴を連れてきた。
そして、バケモノに頭と顔を喰われた。
自分の都合が悪くなると「うるさい!たかが1人産んだくらいで偉そうにするな!」と逆ギレしてきた夫はもういない。
知紗と2人きりになり、香奈は今、幸せだった。
しかし、香奈が手に入れたささやかな幸福は長くは続かなかった。
ある夜、突如として知紗が憑かれたような状態になり、秀樹の声で話し始めたのだ。
正気に戻ると、知紗は言った。
「パパきてたよ。おやまで遊ぼうって」
(まだ、終わっていない…!)
「ぼぎわん」の魔の手を感じた香奈は、真琴・野崎に相談。
2人は以前にも増して田原家の状況を解決するべく動き始めた。
それはちょうど、真琴が遊びに来ていた時のこと。
ぼぎわん伝承について調べていた野崎から緊急の連絡が入った。
「唐草にハメられた!ぼぎわんは親や兄弟の声色を使って、子供を自ら山へ向かわせることもできる。やつは遠隔攻撃できるんだ!娘さんは今まさに狙われている!」
香奈はとっさに「知紗!」と叫び、その姿を探す。
すると、今まさに知紗はベランダの柵を乗り越え、どこかへ行こうとしていた。
白目をむき、尋常ではない気配を漂わせている知紗の口から、またも秀樹の声が響く。
「知紗は俺のものだ。産んだだけの女に渡すものか」
暴れる知紗をなんとか真琴が取り押さえる。
「ぐあ…あ…あああ…と、とぉ…あいとん、ぞ…」
しわがれた声がもがき苦しむ知紗の口からもれる。
『戸が、開いている』
真琴はすぐに怪異の言葉を理解し、呆然とつぶやいた。
「ベランダの窓が開いてる…入ってこれるんだ」
次の瞬間、柵の向こうから歪な灰色の手がぬっと現れた。
ぼきわんが、来たのだ。
真琴は弾かれたように駆け出すと、香奈に知紗を渡して部屋の中へと突き飛ばした。
「逃げて!」
真琴はそのままベランダ側から勢いよくバンと窓を閉めた。
その瞬間、
窓ガラスに鮮血が飛び散った。
真琴のくぐもったうめき声が聞こえる。
香奈は知紗を力いっぱい抱きしめると、鞄だけを掴んで家を飛び出した。
行先は京都にある秀樹の実家…気は進まないがそこしかないだろう。
新幹線が走り出すと、それまでの焦りが少し落ち着いた。
すっかりいつも通りな知紗を男女兼用のトイレに連れていく。
個室の中に入り、鍵をかける。
すると…
コンコン。
コンコン。
外から見ればわかるはずなのに、執拗に扉がノックされ始めた。
「チサさん、いますか」
その声を聞いた瞬間、香奈は悪寒とともにすべてを理解した。
ぼぎわんが、追ってきたのだ。
「チサさん、おやまに行きましょう」
ドアがガタガタと激しく揺れ始める。
「おいで知紗。一緒にお山で遊ぼう」
今度は秀樹の声。香奈はとっさに叫んだ。
「やめて!秀樹はそんなこと言わない!あの人は、知紗とわたしを…お前から守ろうとしたもの」
自分で言ってハッとした。
(そうだ、あの人はわたしたちを苦しめたけれど、このバケモノからは最期まで守り通そうとしてくれた。命と引き換えにしてまで。その犠牲に報いるためにも、わたしたちの子供を渡すわけにはいかない!)
香奈は真琴から預かっていた組紐(くみひも)をぐるぐると個室内に張り巡らせ、結界のようなものをつくった。
すると、次第にドアの揺れが小さくなっていき、声も遠のいていく。
助かった…。
香奈が息を吐きだした、その時だった。
「ようみぃ、あいとるやろ、うらぁ」
『よく見ろ、開いてるだろ、裏が』
個室内に窓はない。ドア以外に開閉するものがあるとすれば…
香奈が手を伸ばすよりも先に、便器の蓋がバンと跳ね上がった。
そこから大きく長い二本の手が、黒い舌が、長い黒髪と小さな頭が這い出てくる。
怪異はでたらめに並んだ歯をむいて、長い両手を差し出して、叫ぶ間もなく香奈から知紗を奪い取ると…
その小さな身体を丸呑みにした。
新幹線の終着駅。精神崩壊した状態で発見された香奈は、そのまま精神病院に収容された。
医者ならずとも、快復の見込みがないことは誰の目にも明らかだった。
第3章 部外者(野崎視点)
野崎と真琴は恋人関係にある。
2人はともに子供ができない体質だったが、子供への接し方は真反対だ。
真琴は子供が大好きで、子供を守るために依頼を受けることもしばしばある。
一方、野崎は子供…というよりも「結婚して子供がいるのが普通だ」という常識が、そう考える大人たちが大嫌いだった。
一言でいえば羨望、あるいは転じて憎悪。
だから野崎は田原家の依頼にしても、最初はそこまで深入りするつもりはなかった。
真琴が最初に忠告したように、原因は夫婦間の不和。
田原秀樹のDVにあるのだから。まったくくだらない。
とはいえ、いつものように真琴が知紗を守るため首を突っ込んでいる以上、付き合わないわけにもいかなかった。
田原家の依頼では、真琴が頻繁に田原家に出入りする一方、野崎は怪異としての「ぼぎわん」の伝承について調査していた。
情報源の1人は、真琴たちと田原家をつないだ民俗学者・唐草大悟。
秀樹の親友である彼は田原家のことを何かと心配しているようで、野崎は彼から預かった伊勢神宮の剣祓(けんはらい。お守りの一種)を田原家に持っていったこともある。
だが、実はその剣祓は意図的に効果が裏返るようにアレンジされた「魔道符」だった。
魔道符とは字の通り「悪いモノを呼び込む呪符」
唐草は未亡人になった香奈を何度も誘っていたが、その度に断られていた。
その腹いせとして、あるいは怖がった香奈が自分になびくように、唐草は魔道符を田原家に送ったのだった。
知紗がぼぎわんに狙われていたのは、きっと魔道符のせいでもあったのだろう。
「唐草にハメられた!」
そう電話をした直後、ぼぎわんは田原家に現れ、真琴を血まみれにした。
野崎は急いで田原家に向かい、辛うじて息をしていた真琴を病院へ搬送。
幸い命に別状はないとのことだったが、何日たっても真琴は一向に目を覚まさない。
医師に聞いても、原因は不明だという。
野崎の脳裏に、ぼきわんに噛まれて亡くなった高梨や逢坂のことが浮かぶ。
このままでは…
真琴の噛み傷が化膿し、膿が病室に臭気を漂わせ始めたころ、その人物は颯爽と現れた。
真琴とは比べ物にならない実力を持つ霊能者・比嘉琴子。
琴子がタバコの煙を吹きかけると、病室内の空気は嘘のように清められ、真琴も目を覚ました。
「姉ちゃん…?」
「久しぶりね、真琴。それじゃあ、状況を聞かせてもらえるかしら?」
真琴と野崎から事の経緯を聞いた琴子によれば、知紗はまだ生きている可能性が高いという。
「知紗ちゃんが…!?」
真琴は無理を押して起き上がろうとするが、「寝ていなさい」と琴子にぴしゃりと止められた。
ぼぎわんの噛み傷からは毒(呪い)が体に浸透する。
真琴が治癒に専念すれば毒を打ち消すことも可能だが、それには安静と時間が必要だ。
「でも…知紗ちゃんを助けないと。わたしが…」
「真琴。こんな時にうってつけの人材がいるの。あなたの目の前に」
「まさか…」
「価格は…家族割にするわ」
こうして真琴からの依頼により、琴子がぼぎわん退治に乗り出した。
そして琴子からの要請により、野崎もその仕事を手伝うことになった。
野崎と琴子がまず向かったのは秀樹の実家。
そこで琴子が明らかにしたのは銀二(祖父)による志津(祖母)・澄江(母)への日常的な暴力(DV)だった。
さらに琴子は、銀二の虐待により澄江の姉である秀子が幼い頃に落命していた事実をも指摘。
また、それにより間接的に澄江の兄・久徳までもが亡くなっていることを言い当てた。
血の気の引いた顔でぶるぶると震える澄江に琴子は言う。
「だから、秀樹さんは亡くなったのです」
今とは時代が違うとはいえ、志津は内心では夫である銀二のことを恨んでいた。
銀二に不幸があればいいと、魔道符に手を出してしまうほどに。
つまり、「ぼぎわん」を呼んだのは志津であり、その原因をつくったのは銀二だったのだ。
そもそも「ぼぎわん」とは何なのか?
これまでの調査で得た知識を統合し、野崎はある仮説を立てた。
ぼぎわん伝承の地である三重県K地方、ここではかつて口減らしが行われていたのではないか?
不作が続く不毛な土地に対して、人口は多かった。
村全体を守るために老人や子供が犠牲になっていたとしてもおかしくはない。
ただ、問題はその手段だ。
おそらくK地方の人々は、老人や子供を山の妖怪に差し出すことによって、口減らしを実行していた。
人口を減らしたい村と人間を喰う妖怪の共存関係。
K地方には「こだから山」と呼ばれる山がある。
おそらくそれは人間にとっての子孫繁栄を意味していたのではないのだろう。
『山の妖怪に差し出された我が子が、せめて山で幸せに暮らしていますように』
そう願わざるを得なかった親たちの無念の思いが「こだから山」の語源なのだ。
ならば、ぼぎわんの潜伏先は…知紗の居場所はもしかして…?
琴子と野崎は「こだから山」へ向かったが、ぼぎわんの住む『異界』への門はなかった。
ぼぎわんの住処は、彼岸(冥界)
「お山に住む・連れていかれる」というのは、当時の人々の「解釈」に過ぎなかったということか。
残された手は、1つだけ。
魔道符でぼぎわんを呼び出し、直接対決するしかない…!
対決の舞台は東京、真琴の部屋。
琴子は儀式の準備を整えると、魔道符によって自分自身を呪った。
「来ます」
開け放たれた扉から、ぼぎわんが侵入してくる。
「お山へ行きましょう…コトコさん」
本当ならば答えてはいけない問い。だが琴子は声を返した。
「ここにいるわ」
瞬間、虚空に巨大な口が現れ琴子を喰いちぎろうと襲い掛かってくる。
ガキン!
猛烈な一噛みは、しかし琴子が掲げた古い鏡の前で空を切った。
ぼぎわんの歯 vs 琴子の鏡。
激しい攻防が続き、部屋の中のあらゆるものが壊れていく。
ふと野崎が目をやると、玄関口に知紗が立ってた。
「カズヒロさん…お山へ」
どう見ても知紗は正気ではない。
この瞬間、野崎はハッと理解した。
(ぼぎわんは…こうやって増えるのか!)
ぼぎわんは人間から子供を奪い、自分の子にする。
奪われた子供こそが、次のぼぎわんになるのだ。
きっと今、琴子と戦っている怪異も、元はさらわれた子供だったのだろう。
そして、目の前にいる知紗は…ぼぎわんになりかけているのだ!
知紗が歯を剥く。野崎の全身が怖気立った。
戦いはますます激しさを増していた。
野崎は琴子から投げてよこされた鏡を使って知紗から身を守っている。
一方、鏡なしの琴子はやや押され気味のようで、すでに全身が血まみれだ。
このままでは…
捨て身の覚悟で琴子がぼぎわんを抑えている隙に、野崎は知紗のもとへ走る。
せめて、知紗だけは救わなくては…!
しかし、頼みの綱の鏡は粉々に割れてしまい、逆に野崎が大ピンチに。
(もうダメだ…)
野崎がそう思ったときだった。
知紗の口の中からまばゆい光があふれだした。
光源は…真琴が知紗に預けていた銀の指輪!
野崎は一瞬の隙をついて組紐で知紗をぐるぐる巻きにした。
すると、子供とは思えないほど強かった知紗の力が弱まっていく。
…効いている!
きっと銀の指輪を通じて真琴が力を送ってくれているのだろう。
「マコトさん」
事態を察した「ぼぎわん」が目にもとまらぬ速さで野崎を喰いちぎろうと迫ってきた。
目の前いっぱいに広がる口の中の景色。
最悪の結末を覚悟した野崎だったが…
「…真琴がどうしたって?」
見れば、凶悪強大な怪異は琴子の操る「糸」にがんじがらめにされていた。
「真琴の彼氏を喰うつもりか?それとも…真琴を傷つけるのか?わたしの最後の家族を」
もがき苦しみ、逃げようとするぼぎわん。だが、その前に琴子が立ちふさがる。
「仕事は終いだ。お前は消す」
宣言とともに、ぼう、と怪異の体を青い炎が包んだ。
この世のものではない悲鳴がとどろく。
やがて炎は最後の髪の毛一本までぼぎわんを燃やし尽くして消えた。
見てみると、知紗もすっかり子供らしい表情に戻っている。
…終わったのか。
騒ぎに駆けつけてきたパトカーの音を聞きながら、野崎は意識を手放した。
結末(エピローグ)
それから約2か月半後。
晴れた冬空の下、知紗がちょこちょこと走っている。
知紗が戻ってきたことにより、香奈の症状は奇跡的に回復。
真琴も無事に退院し、今はピンクの髪をなびかせて知紗と遊んでいる。
戦闘の事後処理をした琴子は一日だけ入院すると、翌日には退院し、次の仕事へと向かった。
野崎はまだ傷が癒えていないものの、大きな問題はない。
正直なところ、怪異が完全に去ったかどうかはわからない。
それでも戻ってきた平穏な日常を、野崎は好ましく思う。
今ではもう、子供に対して複雑な感情を抱くこともない。
これからも知紗の成長を見守っていきたいと、野崎は思った。
公園からの帰り道、知紗は真琴の背中ですうすうと寝息を立てている。
その口元がもぐもぐと動いた。
「…んああ…さお…い…さ、むあ…んん…ち、が…り」
寝言だ。きっと楽しい夢でも見ているのだろう…。
真琴の背に揺られ、知紗は幸福そうに眠っていた。
<ぼぎわんが、来る・完>
※補足
最後に知紗がつぶやいた意味不明な言葉は、実はぼぎわんが何度も口にしていた言葉。
その意味はわからないままですが、それを知紗が口にしたということは…。
ハッピーエンドのように見せかけて、実はめちゃくちゃ怖い結末でした。
そのことに野崎が気づけなかったのは幸か不幸か…。
解説
ぼぎわんの正体とは?
作中において、「ぼぎわん」という名称は「坊偽魔(ぼうぎま)」「撫偽女(ぶぎめ)」が訛って伝えられたものとされています。
さらにそれら「坊偽魔」「撫偽女」は西洋でお化け全般を意味する「bogeyman(ブギーマン)」が語源。
「ブギーマン」→「坊偽魔」→「ぼぎわん」と言葉が変化していったんですね。
しかし、当然ながら「ブギーマン」と名付けられる以前から、その怪異は存在していました。
問いかけに答えたものをお山に連れていく妖怪。
「山に連れていかれたって別にいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、ここでいう「お山」はいわゆる「あの世」と同義なわけです。
「いい子にしていないと、ぼぎわんにお山(あの世)に連れていかれるよ!」
子供を寝かしつけるために親が代々受け継いできた常套句、それがぼぎわんの正体…だったらまだ民俗学的な話で済んでよかったのですが…。
残念ながら「ぼぎわん」は実在する怪異であり、古くは村の口減らしのために老人や子供を食べる、という形で人間と共存関係にありました。
作中において、ぼぎわんの正体は「問いかけに答えたものをお山に連れていく妖怪」であると同時に「人間から子供を奪い、自分の子供にする妖怪」だとされています。
つまり、ある意味ではぼぎわんの正体は「さらわれた人間の子供」
しかも、琴子との戦闘シーンでは、元になった子供の意識(霊魂?)がまだぼぎわんの中に囚われている、という描写があります。
ぼぎわんになった子供は、口と歯の怪異の中で、永遠に痛み苦しみ続けることになるわけですね。
…なんとも哀れで恐ろしい話ではないですか。
ぼぎわんが怖い2つの理由
ちょっと想像してみてください。
今この瞬間、あなたの家の戸がノックされ「〇〇さん、いますか?」と落ち着いた女の声がします(怖っ!)
さて、あなたならどうしますか?
もし何の予備知識もなければ「わたしですけれど」と答えてしまうのではないでしょうか?
すると、どうなるか。
気がつけば目の前には異形が現れ、気づいたときには「がりりり」と音を立て頭を丸かじりにしていることでしょう。
では、もしも問いかけを無視できた場合は?
その場は助かるかもしれませんが、ぼぎわんが「執念深く知恵のある怪異」であることを忘れてはいけません。
ぼぎわんは電波を拾うようにあなたの親兄弟家族の声を、自在につくりだすことができるのです。
追い払うたびに怪異は巧妙な罠を用意し、確実にターゲットを追い詰めていきます。
では、それでも用心深くかわし続けていれば最後には助かるのでしょうか。
答えは「NO」です。
最終的に、ぼぎわんは力ずくで家の中に侵入することも可能です。
多くの妖と同じく「鏡」や「刃物」を嫌うと言及されていますが、本気を出せばそれらをものともしません。
つまり、琴子のような超一流の霊能者の協力を得られない限り、狙われた時点でゲームオーバー。
これが「ぼぎわん」の怖さの理由の1つ、無敵性です。
しかも、「喰われる」という末路は考えうる最期の中でも抜群に嫌な部類のものですよね…怖いし…痛そうだし…。
続いて、私が「ぼぎわん」を怖いと感じる理由の2つ目は、その出現理由です。
ぼぎわんの存在に恐れをなして逃げ帰った高名な僧侶曰く「あんなもん、呼ばんと来ぉへんやろ」とのこと。
確かに秀樹の自分勝手な振る舞いが家庭内に「溝(≒スキマ)」をつくり、悪いモノを寄せ付けやすくなっていたのは事実ですが、ぼぎわんが秀樹の前に現れた根本の原因はそこではありません。
ぼぎわんという超強力な怪異が秀樹の前に出現した理由は「田原銀二の孫だったから」
つまり、祖母である志津の銀二を恨む気持ち(が具現化した魔道符)が、子々孫々までをも呪ってしまっていたんですね。
※だから、ぼぎわんは秀樹の次に香奈(嫁)ではなく知紗(田原家の血筋)を狙った
『人が人を憎む気持ちが、ぼぎわんを呼び寄せた』
これってめちゃくちゃ怖くないですか。
だって、自分の命に関わる出来事が、他人から向けられた感情によって起こってるってことですよ?
ランダムに選ばれたからといって納得できるものでもないですが、そこに人間の意志が介在しているというのは「怖さの種類」が違う気がします。
お化けよりも人間の方が怖い、なんて言葉もありますが、この場合はお化けも人間も怖いって感じですね。
感想
もうね、全編通して全部怖いんです。
- じわじわ近づいてくる感じが怖い
- 神出鬼没なのが怖い
- いざとなると俊敏に襲い掛かってくるのが怖い
- そもそも、ぼぎわんのビジュアルが怖い
- 血生臭いのが怖い
- どんどん犠牲者が増えていくのが怖い
およそホラー作品を構成する要素を全部取り入れたんじゃないか?と思うほどあらゆる角度からの「怖さ」が小説「ぼぎわんが、来る」には詰め込まれています。
「どうせフィクションだし平気平気」と平静を保ちたいところだったのですが、その由来や伝承など、あまりに緻密につくりこまれた「ぼぎわん像」はどうしようもなくリアリティを帯びてしまっていて、「いる。ぼぎわんは、いる」と脳が勝手に判断してしまいます。
だからこそ生じる「次の瞬間には、ぼぎわんが戸を叩くかもしれない。もうすでにカーテンの向こうにいるかもしれない」という恐怖。
この作品に触れた後「名前を呼ばれること恐怖症」「チャイム恐怖症」になってしまう人は少なくないのではないでしょうか。
せめて作中で「ぼぎわんは完全に退治された。もういない」と明言されていたならいくらか安心できたかもしれませんが、質が悪いことにこの作品は結末が一番怖い!
『元に戻ったはずの知紗が寝言でぼぎわんの言葉を口にする』
このラストを読んだ時、誇張抜きで鳥肌が立ちました。
作品的にはハッピーエンドともとれる結末だけど、数年後にはきっと再び……。
そんな想像が頭をよぎった時点で、自動的に「ぼぎわんは退治されてはいない。この瞬間、誰のところに現れてもおかしくない」と認めてしまっているわけです。
正直、この感想を書いている瞬間も私はめちゃくちゃ怖がってます。
おそらく、しばらくこの不気味な怖さは心身から離れてくれないでしょう。
※映画「来る」観てきました!あれ…意外と怖くない?
まとめ
今回は澤村伊智「ぼぎわんが、来る」のあらすじ・ネタバレ・感想などをお届けしました!
長い黒髪、黒く巨大な舌、顔よりも大きく広がる口、黄ばんだ乱杭歯(らんくいば)
高位の霊能力者も裸足で逃げ出す怪異・ぼぎわん。
そのビジュアルもさることながら、作中ではホラーらしい登場の仕方やゾッとする正体など、「これが怖くなかったら逆におかしい」と言いたくなるほど濃密な恐怖がこれでもかと描かれていました。
結局、最後はヒロインの姉・比嘉琴子の力によりぼぎわんは消滅。
しかしながら完全には消え去っていないという予感を残し、なんとも後味の悪い結末を迎えました。
はっきり言って、これ、めちゃくちゃ怖いです!
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大変共感しながら読ませていただきました。
人の怖さはともかく、ぼぎわんの無敵性、来たら最後という絶望感が怖かったのですが、周りにはなかなか理解してもらえず…
ずっともやもやしておりましたが、わかたけ様のお陰で一方通行ではありますが共感できましたので気が晴れました!
ありがとうございました!