佐藤正午『鳩の撃退法』を読みました!
一切の誇張なしに最高におもしろかったです。
文庫上下巻1100ページを読み終わって「もう終わっちゃったのか……」とロスを味わうくらいおもしろかったです。
とはいえ「おもしろいからぜひ読んで!」とおすすめにするには1100ページはちょっと長すぎます。
というわけで今回は小説『鳩の撃退法』のあらすじがよくわかるネタバレ解説(と感想)をお届けします!
Contents
あらすじ
かつては直木賞も受賞した作家・津田伸一は、「女優俱楽部」の送迎ドライバーとして小さな街でその日暮らしを続けていた。
そんな元作家のもとに三千万円を超える現金が転がりこんだが、喜びも束の間、思わぬ事実が判明する。
――昨日あんたが使ったのは偽の一万円札だったんだよ。
偽札の出所を追っているのは警察だけではない。
一年前に家族三人が失踪した事件をはじめ、街で起きた物騒な事件に必ず関わっている裏社会の《あのひと》も、その動向に目を光らせているという。
小説名人・佐藤正午の名作中の名作。
圧倒的評価を得た第六回山田風太郎賞受賞作。
(『鳩の撃退法 上』文庫裏表紙のあらすじより)
ネタバレ
物語には2つの軸があります。
- 家族三人失踪事件
- 偽札事件
あっさりネタバレすると、2つの事件の黒幕はヤクザの幹部である倉田健次郎という男です。
※あらすじに出てくる「あのひと」のことですね
主人公である津田伸一は「そんな偶然あるの?」と言いたくなるほどの巡りあわせによって両事件に関わり……というか重要な役割を果たすのですが、しかし本人にその自覚はありません。
津田が床屋で支払った一万円は「たまたま」問題の偽札でした。
当然、津田はヤクザ(倉田)から追われる身になってしまいます。
身に覚えがないのですから「これこれこういうわけで」と警察なりヤクザなりに事情を説明すればそれで終わりだったのですが、とある事情があって、そういうわけにもいきませんでした。
かくして、津田は偽札事件に巻き込まれていきます。
一方、家族三人失踪事件。
まるで神隠しのように忽然と消えた幸地(こうち)一家の主人・幸地秀吉と、津田は失踪の前夜に会っていました。
といってもドーナツショップで「たまたま」相席になり、津田が読んでいたピーターパンの本の話をして、「読み終わったらお貸ししましょう」と社交辞令の約束を交わしただけに過ぎないのですが。
しかし、よくよく真実を探っていくと、津田は幸地家三人が失踪する事件に別の角度からも関わっていて……。
津田は小説家です。
家族三人失踪事件と偽札事件、身近で起きた事件をモデルにして小説を書きます。
小説は想像でも書けますが、事実をベースにするに越したことはありません。
津田は過去完了形の家族三人失踪事件と現在進行形の偽札事件、その真相を探り、自分が知らず知らずのうちにとんでもない事件に関わっていたのだと気づく。
『鳩の撃退法』はそんな物語です。
では、ここからはもう少し詳しく説明していきたいと思います。
家族三人失踪事件【上】
- 幸地秀吉
- 奈々美
- 茜(4歳)
幸地家はごく平凡な家庭ですが、ひとつだけちょっとした秘密を抱えています。
それは幸地秀吉は茜の実の父親ではない、ということです。
といっても、浮気だの不倫だのという事情ではありません。
幸地秀吉は奈々美が妊娠していると知った上で交際し、結婚しました。
そして現在、幸地秀吉は妻と娘を心から愛しています。
何ひとつ問題はありません……ここまでは。
問題は奈々美が二人目の子ども妊娠したことです。
奈々美は欠端(かけはた)というクズ男に妊娠させられた自分を受け入れてくれた夫に恩を感じています。
待望の夫婦の子ども。
きっと喜んでくれると確信して奈々美は愛する夫に告げました。
「あたしのおなかにあたしたちのあかちゃんがいる」
ところが、です。
奈々美がそうであるように、幸地秀吉にも生涯の伴侶にすら伝えていない《秘密》がありました。
端的に言えば、幸地秀吉は子どもをつくれない体質だったのです。
必然、妻のお腹の中の赤ちゃんの父親は、どこの馬の骨とも知れない男ということになります。
「わかってるんだろう、きみにも。教えてくれ、おなかの子の父親はだれなんだ」
今度は奈々美が絶句する番でした。
奈々美はお人好しな夫なら簡単に騙せると思っていました。
まさかこうもあっさりと不倫してできた子どもを夫の子どもだと偽る計画が破綻するなんて、夢にも思いませんでした。
2月28日のことです。
この日を境に幸地家三人は行方不明になりました。
家族三人失踪事件【中】
2月28日。嘘を見破られた奈々美は、不倫相手と逃げることにしました。
お腹の中の赤ちゃんの父親は晴山次郎という若い郵便配達員で、数か月にわたって何度も何度も肌を重ねている相手です。
深夜。茜を車に乗せて、無人駅で晴山青年を拾いあげ、街を出て行こうとした奈々美は、しかしあっさりと捕まってしまいます。
幸地秀吉に、ではありません。
奈々美たちを取り囲んだのは、危険な雰囲気が漂う男たち……倉田健次郎の部下たちでした。
話は実に簡単です。倉田健次郎と幸地秀吉は無二の親友同士だったのです。
奈々美も重々、そのことは承知していました。
奈々美を弄んだ欠端が蒸発したのも、倉田と夫が消したからに違いないのです。
(このままでは晴山も消されてしまう)
最悪の結末を恐れた奈々美は、図々しくも「晴山を生かせ」と倉田に注文します。
はい。裏社会なめんな、という話ですよね。
後日、街の貯水湖の底から男女二人の遺体が発見されました。
もちろん男のほうは晴山です。女のほうは身元不明とのことでした。
家族三人失踪事件【下】
ちょっと引っ張ってみましたが、貯水湖の底で発見された女の遺体は奈々美ではありません。
はい。幸地秀吉は裏切られてもなお妻を愛していました。
お腹の子どもも茜と同じように我が子として育てたいと望んでいました。
しかし、話はそう簡単ではありません。
いかに親友同士といっても、幸地秀吉は家庭内のいざこざを解決するため、裏社会の助けを借りました。
このうえ「妻も晴山も許してやってほしい」なんて言おうものなら、倉田の部下にしてみれば「なんだそれは」という話です。
当然、倉田は部下たちからの信頼を失うでしょうし、組織での立場も危うくなりかねません。
親友だからといって特別扱いはできない、と倉田は念を押します。
「あの女を孕ませた男はこちらで面倒を見よう。そのかわり、おまえの居場所はなくなる」
覚悟はできている、と幸地秀吉は応じます。
2月28日深夜。港の桟橋。
倉田の部下のたちに土下座する幸地秀吉の姿が、そこにありました。
そばにはガタガタと震える晴山青年が立たされています。
少し離れた場所からそれを眺めつつ、倉田は奈々美に言いました。
「あいつは、おまえが一緒に逃げようとした男のために、命乞いしてるんだ」
部下たちはニヤニヤと笑いながら、幸地秀吉を殴り蹴り……それだけは済みません。
シャベルが振り下ろされると血しぶきが舞い、幸地秀吉の左手の指がまとめて切断されました。
痛々しい絶叫が、車のなかの奈々美の耳にまで届いてきます。
同じく車の中から状況を眺めている倉田は平坦な声で言いました。
「夫と、夫以外の男と、人生で両方取ることはできないだろう。どっちを選ぶか、答えろ。頭を使え」
幸地秀吉か晴山次郎か、好きな方を選べと倉田は言います。
とはいえ、奈々美に選択肢などありません。
「秀吉さんを助けて」
奈々美の願いを聞き入れるにあたって、倉田はひとつ条件を出しました。
「おまえはなにも知らない。過去になにがあったか、いまなにが起きているか、今後なにがどうなるか、なにひとつ知らないんだ。おまえは籠の鳥だ」
つまるところ、今回の騒動の根っこは奈々美が「倉田と幸地秀吉が欠端を殺した」と疑っている、そこのところにありました。
奈々美がその《事実》を告発しようものなら、倉田にとってやっかいな事態になります。
幸地秀吉が殺されかけているこの状況は、だから奈々美の口を永遠に封じるための儀式です。
ちょっとでも倉田に逆らえば家族がどうなるか、奈々美はそれをまざまざと見せられているのです。
次に狙われるのは茜かもしれません。
奈々美はもう二度と夫を裏切ることはもちろん、欠端の行方をちらりと想像することすら許されません。
奈々美が幸地秀吉を選んだことが伝わったのでしょう。晴山青年はニヤニヤと笑う部下たちに連れられ、車に押し込まれました。
※以下、小説より一部抜粋
…………
「なにも訊くな」と倉田がさきに注意した。
「彼をどこに連れていくの」と幸地奈々美は訊いた。
倉田が吐息を洩らした。彼女の涙はもう乾いていた。声も震えてはいなかった。
やっかいな女だとあらためて倉田は思った。
「欠端みたいに、また殺すの?」
「なにも言うな。おまえはなにも知らないままでいろ」
だがそれでも幸地奈々美は倉田の確かなことばを欲しがった。
「どうしても殺さなくちゃいけないの?」
「ああその通りだ」
倉田が吐息とともに答えた。
「殺さなくちゃいけない。おれがこの手で絞め殺す。おまえの腹にいる赤ん坊の父親は秀吉だ。父親は、二人も要らないからな」
予想外の率直な言葉に、幸地奈々美は返す言葉がなかった。
「よく聞け。片手を失っても秀吉は生きられる、だがお前なしではあいつは生きちゃいない。そのことを二度と忘れるな」
こうして幸地家の三人は街から消えました。状況としては夜逃げのようなものです。
今は家族四人となって、どこか遠くで暮らしているのでしょう。
偽札事件【上】
3403万円が詰められたキャリーバッグ。
津田が床屋で支払った一万円は、そこから抜き取った一枚でした。
順を追って説明しましょう。
危険な香りが漂うそのキャリーバッグは、房州老人の遺品として津田が受け取ったものです。
房州老人というのはケチな古本屋の店主であり、津田とは憎まれ口をたたき合う……いわば年の離れた悪友のような間柄でした。
- なぜ房州老人が大金を持っていたのか?
- なぜ津田なんかに大金を譲ったのか?
そのあたりの事情はどんなに頭をひねってもわかりませんでしたが、なにせ津田はその日暮らしの貧乏人です。
突然舞い込んだ大金にさして疑いを持つでもなく、満面の笑みで幸運を喜びました。
ところが、です。
いざ端数の三万円から一枚抜いて使ってみると、それは偽札でした。
しかも、その偽札は裏社会の危険人物(=倉田)が追っているものだというではありませんか。
津田は考えました。
残りの3402万も、すべて偽札なのだろうか? と
試しに二万円になった端数から一枚抜いて、切符を買うふりをして駅の券売機に入れてみます。
何度試しても、一万円は受けつけられず返ってきました。
偽札です。
問題の偽札は人間の目には本物と区別できないのですが、機械には必ず弾かれてしまうのです。
こうなると、残りの3401万円もかなりの確率で偽札でしょう。
仮に札束の中に何百万円か本物が混じっていたとして、それを見分ける方法はありません。
小さい街です。いちいち機械に通して真贋を確認しようものなら、いずれ怪しい男として倉田の耳に入ってしまうでしょう。
この場合、津田は始末されることになります。
では、素知らぬ顔をして人に直接手渡す(機械を通さない)方法でお金を使うというのは?
もちろん論外です。
偽札はやがて機械に通されます。そこから金の出どころをさかのぼって津田にたどり着かれたら一巻の終わりです。
では、思い切って警察に相談するか、いっそ全部燃やしてしまうというのは?
実際のところ、これが「正解」でしょう。
津田は何も偽札を刷ったわけではありません。
やましいことはないのですから堂々と警察に持っていくなり、逆に自発的に裏社会に献上するなりすればいいのです。
しかし、津田は二の足を踏みます。
もし本物のお金が混ざってたらもったいなくね?
津田は決断を先延ばしにすることにしました。
すなわち、3402万円の詰まったキャリーケースを手元に置いておくことにしたのです。
津田はかなりのダメ人間で、かなりのクズ人間です。
金と女にだらしがなく、今も大学生の女の家に居候しています。もちろん家賃光熱費は一切払っていません。
偽札事件【中】
やがて津田は職を失い、ヤクザの女に手を出し、小さなその街から出て行くしかない状況に追い込まれます。
そうなると問題はやっぱり例の偽札です。
悩みに悩んだ末、津田は大きな決断を下します。
……というか、ヤクザの女に手を出した「落とし前」から逃れるため、とっさに言葉が口から飛び出していました。
「倉田さんに電話して伝えてくれないか? ここに津田と名乗る小説家がいる。あなたの欲しいものを渡したいと言っている」
津田は3402万円と、それからついでにピーターパンの本を下っ端のチンピラに渡すことで命拾いしました。
なぜピーターパンの本かというと、どうも幸地秀吉が失踪前日に津田と交わした何気ない会話のことを話題にしていたらしく、倉田が(親友が借りる予定だった)「ピーターパン」に興味を持っているらしいと耳にしていたからです。
とりあえずの危機は脱したものの、街にとどまっていてはいつまた「落とし前」が追ってくるかわかりません。
津田は小さな街を離れ、東京へと移りました。
倉田を怖がって津田をクビにした社長から仕事を紹介してもらっていたので、行き先は決まっています。
津田は中野ふれあいロードにあるBAR「オリビア」のバーテンダーになりました。
考えてみれば、使えない金なんていくら持っていても何の役にも立ちません。
三千万円への未練は時間とともにゆっくり薄れていきました。
ところが……
偽札事件【下】
東京での生活にも慣れてきた頃、ひとりの男が「あの街」から津田を訪ねてきました。
男の名前は堀之内元。
彼は慈善団体の人間で、津田に「あるもの」を渡しに来たのだといいます。
『寄付金受領証明書』には津田の名前と、¥マークに続く八桁の数字が記載されていました。
¥33,010,000-
話を聞いてみると、どうやら倉田が津田の名義で「例の偽札」を寄付したようです。
しかし……
はい。堀之内元の話によれば、寄付金は問題なく銀行に預けられているとのことでした。
しかし、偽札は銀行に預けられません。機械が真贋を見抜いてしまいます。
もう一度数字を確かめてみましょう。
津田が倉田に献上した金額は3402万円。
寄付された金額は3301万円。
差し引き101万円。それは倉田が札束から回収した偽札の金額とイコールです。
つまり、津田は本物の3301万円を偽札だと思い込んで、みすみす手放してしまったということになります。
後悔先に立たず・後の祭り・逃した魚は大きいぞ。
「なんてこった」と天を仰いだ津田の心情は語るに及びません。
しかも、です。
今度は居候していた大学生から手紙が届いて
- 実はキャリーバッグから100万円抜いていた
- 良心の呵責に耐えかねるので津田の口座に入金した
というではありませんか!
確認してみると、たしかに津田の預金は七桁になっていました。
銀行を経由できたということは、もちろん本物の日本銀行券だということです。
もう一度、数字を整理してみましょう。
キャリーバッグに入っていた金額が3402万円。
そこから大学生が100万円抜いて、残りは3302万円。
津田名義で寄付された金額が3301万円。
差し引き1万円。
つまり、です。
津田が房州老人から受け取った3403万円のうち、偽札はたったの2枚しか入っていなかったのです。
津田はそのうちの1枚を床屋で使い、残る1枚を駅の券売機に入れて突っぱねられたわけです。
その2枚以外は、ぜんぶ本物のお金だったというのに!
まあ、実際のところは単純な確率の話とも言えません。
3403万円のうちほとんどは帯付きの札束で、端数の3万円は無造作に折って入れてありました。
端数から手をつけようという心理は理解できます。
端数の3万円の内訳は偽札が2枚と、本物が1枚。
津田は床屋で「3分の2」のハズレを引いて、続く切符売り場では「2分の1」のハズレを引いた……これならまあ「ちょっと運が悪かったね」程度の話に収まります。
※確率的には「3分の1」ですね
しかし、です。
話にはまだ続き……というより《裏側》があります。
結論から先に言えば、ある意味、すべては津田の自業自得だったのです。
蛇足ながらちょっと電卓を打ってみました。
3403枚から2枚の偽札を引く確率は0.00058771672
3402枚から1枚の偽札を引く確率は0.00029394473
両方が同時に起こる確率は……宝くじの1等を当てるより低そうですね。
鳩、かく飛びき【上】
いまさらですが、作中では偽札の符丁として【鳩】という単語が使われています。
もともとの鳩の飼い主は倉田でした。
ヤクザが精巧な偽札を刷ったわけです。
では、その鳩がいったいぜんたいどうして房州老人のキャリーバッグに紛れ込んでいたのでしょうか?
さまざまな人の手を飛び渡った鳩の軌跡をたどってみましょう。
倉田は3羽の鳩が入った薄い封筒を幸地秀吉に預けました。
事情はわかりませんが「3時間ほど預かってくれればいい」とのことでした。
幸地秀吉も鳩の「ヤバさ」は重々承知しています。
本来なら自分の背広の胸ポケットにでも入れて、しっかり監視すべきでした。
しかし、倉田が鳩を預けたのは2月28日。
そう、幸地奈々美の不倫が発覚したあの2月28日です。
幸地秀吉は妻のことで頭がいっぱいで、鳩の管理は二の次になっていました。
【鳩】は倉田の部下が秀吉の経営するBAR「spin」に持ってくる段取りになっていました。
幸地秀吉は信頼するチーフの岩永に指示して、封筒を金庫に保管させます。
何も問題はない……はずでした。
ところが、です。
封筒はBAR「spin」の従業員である佐野という女性によって店外に持ち出されました。
佐野が敵組織のスパイだった……というわけではありません。
その日、佐野は給料の前借を頼んでいて、店主であるところの秀吉からOKをもらっていました。
その額、三万円。
はい。佐野は金庫のなかの「三万円入った封筒」を見て、わざわざ用意された給料の前借分だと勘違いしたのです。
佐野が給料の前借を頼んだのは、友人に借りた金を返すためでした。
こうして、鳩入りの封筒は佐野の友人であるところの遊び人の大学生の手に渡ります。
遊び人の大学生は金をすぐさま「女優俱楽部」(風俗)で使いました。
覚えているでしょうか。
「女優俱楽部」とは津田が送迎ドライバーとして働いていたところです。
遊び人の大学生が支払った三万円は高峰秀子という源氏名の嬢にわたり、嬢は日当として受け取ったその金で借金を返済しました。
高峰秀子は誰に金を借りていたのか?
答えは送迎ドライバーの津田伸一です。
そう、この時点で津田は一度、三枚の偽札を懐に入れていたのです。
津田は雑な性格で、財布を持っていません。
高峰秀子から受け取った三万円を、津田はとりあえず読みかけのピーターパンの本に挟み込みました。
ところが、です。
津田はこの夜、ピーターパンの本を紛失します。
ピーターパンの本が津田の手に戻ってきたのは、1年以上後のことでした。
房州老人の遺産として受け取ったキャリーバッグ。3401万円と、2枚の偽1万円が詰められていた鞄のなかに、なぜかピーターパンの本も一緒に入っていたのです。
【鳩の軌跡】倉田→BAR「spin」の金庫→佐野→遊び人の大学生→高峰秀子→津田伸一
鳩、かく飛びき【下】
2月28日の夜、津田は奥平という女性を自宅まで送り届けました。
奥平は「女優倶楽部」に応募してきた30代の子連れの女性で、その晩、津田は社長の代理で彼女の面接を担当しました。
といっても津田が面接場所のガストに着いたのは約束の時間から3時間も過ぎた頃で、もう面接どころではありませんでした。
※津田が遅れたのは「晴山次郎を幸地奈々美の待つ無人駅に送り届けていたから」なのですが、くわしくは割愛
外は大雪。タクシーには期待できません。
奥平が何時間も待ち合わせ場所にいたのは、我慢強かったからというより、単純に帰る手段がないためでした。
社長に言いつけられていたので、津田は「自宅まで送ります」と申し出ます。
そして奥平とその娘であるところの「さっちゃん」を自宅まで送り届けて……はい、ここです!
ピーターパンの本は車から降りる際、さっちゃんが持ち出していたのです。
※本当はもうちょっと偶然が重なっての出来事なのですが、割愛
帰宅後、奥平はピーターパンの本に気づきました。
なかに3万円挟まれているのを発見して、奥平は思案しました。
どうにかして津田に金と本を返さなければ……。
奥平の脳裏によぎったのは、(この時点では生きている)房州老人の顔でした。
「女優俱楽部」に応募してきたくらいです。奥平は生活に困っていました。
彼女は房州老人に古本を売り、かなり上乗せされたお金を受けとっていました。
※房州老人の優しさですね
またまた偶然なのですが、奥平が房州老人に本を売る現場に、津田も居合わせていたことがあります。
だから奥平は「房州老人に預ければ、津田に届くだろう」と考えました。
後日。
奥平からピーターパンの本を受けとった房州老人は、挟まっている三万円を自分の懐にしまい込みました。
いえ、ネコババではありません。
房州老人は津田に三万二千円貸していて、津田はのらりくらりと借金返済から逃げ続けていました。
房州老人が津田への預かりものから三万円を抜いても、まあ債権者として当然の権利というものでしょう。
というわけで三万円の偽札(=鳩)は房州老人の手に渡りました。
房州老人はそのうちの一枚をホテルの支払いに使い、一度目の偽札騒ぎが起こります。
※実は津田の偽札騒動はその街では2度目でした
残る鳩は2羽。
房州老人はいつも全財産をキャリーバッグに詰めて持ち歩いていました。
3千万円を超える大金は、房州老人の妻が彼に残したものです。
房州老人は妻の遺言を守り、慎ましやかに生活し、結局、身に余る大金を使うことなく人生を終えました。
津田にキャリーバッグを譲る、という遺言を残して。
キャリーバッグの中身は
- 3401万円(房州老人の全財産)
- 2羽の鳩
- ピーターパンの本
ピーターパンの本も、鳩も、巡り巡って再び津田の手元に戻ってきたというわけです。
【鳩の軌跡】津田伸一→奥平→房州老人→津田伸一(→倉田)
結末
津田はバーテンダーとして働きながら、小説を執筆しています。
- 家族三人失踪事件
- 偽札事件
あの小さな街で起きた事件をネタにした小説です。
津田が見聞きしていない場面は想像(フィクション)で補いました。
犬飼という編集者が「ぜひとも出版したい」と申し出てくれていますが、津田は出版業界を出禁になっているような身の上です。本当に本になるかどうかはわかりません。
ただまあ、手元には元家主から振り込まれた百万円がありますし、いざとなればまた女に頼ればいい津田はぼんやりと考えています。
目下、津田の周囲にピンチの気配はありません。
そんなある日のことです。
「オリビア」に一人の男性客が現れました。
見覚えのない客です。
しかし、笑う時の口元に形に、津田はなにか引っかかるものを感じていました。
男性客が会計を済ませて、店を出て、加奈子ママが見送りに出ます。
やけに長い見送りから戻ってきたママは、封筒を胸に抱えていました。
加奈子ママは包みを津田に手渡します。
「お借りしていた本です。最後まで読み終わりましたので」
封筒の中身は倉田に献上したはずのピーターパンでした。
コーヒー染みの場所まで同じです。まったく同じ一冊でした。
つまり、あの男性客は……
結局のところ、幸地一家が生きているというのは津田の書いた小説のなかでの出来事にすぎません。
現実に失踪した幸地一家はもしかしたら海の底に沈んでいるのかもしれませんでした。
ところが、です。
顔を整形していたのか、あるいは津田が単に忘れただけなのか、ともかく先の男性客は間違いなく幸地秀吉でした。
津田が小説で書いたように、幸地秀吉は生きていたのです。
津田はあわてて「オリビア」と飛び出し、幸地秀吉を探しましたが、ついに見つかりませんでした。
※以下、小説より一部抜粋
…………
今夜、たったいま本物の幸地秀吉が現れたのだ。彼は生きていたのだ。
おそらく神隠しにあった家族全員で、この東京のどこかに暮らしているのだ。
きっとそうだ。やっぱり生きていたのだ。
やっぱり、と僕は自分の予言が具現したかのごとく胸につぶやき、それから、しばらく間を置いて、やっぱり? と自分がつぶやいたことばにひっかかった。
やっぱりとはどういう意味だ? 最初から、むこうで神隠し事件が起きたときから、こうなることが僕にはわかっていたという意味か。
いや、そうじゃないんだ。
まえもって小説に書いておいたように、という意味なんだ。
自分が書き溜めた原稿の筋書きどおり、やっぱり幸地秀吉は生きていたと言いたいんだ。
現実が、小説を裏書きしている、と。
<完>
感想
めちゃくちゃおもしろい!
小難しい表現をかなぐり捨てて率直な感想をお伝えするとこう↑なります。
なにせ上下巻1100ページというほとんどティッシュ箱と同じくらいの厚みがある文庫本がすいすい読めたのです。
これはちょっと規格外のおもしろさだと言わざるをえません。
なぜもっと早く佐藤正午さんの小説に手を出さなかったのか。いや、まだ間に合う。とりあえず目についた端から注文しておこう。そんな心境です。
こうしてブログを書いているからにはバシッと「ここが見どころです!」とお伝えしたいところなのですが、これがちょっと難しい……。
巻末解説の糸井重里さんは
- 文章の感じがいい
- 文章がうまい
とコメントしていますが、まさにその通りだと思います。
例としてわたしがふだん読むミステリ小説と比べてみましょう。
ミステリ小説というのは序盤中盤とじりじりとエネルギーを溜め続けて、謎解きというクライマックスで一気におもしろさが爆発する構成になっています。
一方『鳩の撃退法』は伏線をばらまいたり終盤で一気に回収したりという構成そのものはミステリ小説のようでありつつ、本質はまったく別モノです。
ずっと読んでいたくなるような心地よい文章、それが『鳩の撃退法』の魅力だと思います。
津田の目線で語られる物語はちょっと信じられないくらいちょくちょく脱線するのですが、その脱線がまたおもしろくて、延々と脱線が続いているのにぜんぜんイライラしないんですね。
なぜかと問われれば「文章の雰囲気(感じ)がいいから」としか答えようがありません。
- 言葉選び
- 文章のテンポ
- 意表をつく仕掛け
文章のうまさを表現する要素を挙げても、きっとピンとこないでしょう。わたしだってピンときません。
結局のところ「文章の感じがいい」というなんともふわふわした結論に戻ってきてしまうのが、わたしの書評の限界のようです。
「読めばわかる。おもしろいから」という最終奥義(あるいは思考放棄)を放って、この感想を結びたいと思います。
あ、そうそう。最後にもうひとつだけ。
今回『鳩の撃退法』のあらすじを結末までお伝えしたわけですが、本書の魅力は10%も伝えられていないと思います。
ストーリーをまとめようと脱線や紆余曲折を削いで、パズルピースのようにぐちゃぐちゃに散らばった伏線を整理したのですが、どちらかといえばその脱線や紆余曲折にこそおもしろさが詰まっていたわけでして。
「そこまで言うならきっとおもしろいんだろう」とちらりとでも思ってくださったあなたにおかれましては、どうぞ安心して、そしてワクワクして『鳩の撃退法』をお手に取っていただければ幸いです。
まとめ
今回は佐藤正午『鳩の撃退法』のあらすじネタバレ解説(と感想)をお届けしました!
なんでもないと思っていた事柄が後々の伏線になっていたり、ラストで一気に伏線を回収したり、(ボリューム的にも)読みごたえのある作品でした。
津田はどの事件にも知らず知らずのうちに首を突っ込んでいて、それをもとに小説を書くのですが、だんだんと「どこまでが事実で、どこからが津田の創作なのか?」と境界があいまいになっていって、その混乱もまた楽しかったです。
あとはそうですね、偽札が3403分の2枚だったことがわかって、津田が運のなさのために3千万円以上も手放してしまったのだとわかるシーンも最高でした。
津田、間違いなくクズなんですが、なんとも憎めない男です。
映画で津田を演じる(すっかりクズ役が板についてしまった)藤原竜也さんにも期待が膨らみます。
小説『鳩の撃退法』を読みました❗️
小さな街で起きた2つの大事件
小説家の津田は想像をおりまぜつつ、事件の全貌を小説に著していきます
ところが、事件の黒幕である《あのひと》の手先が津田の前に現れて……#藤原竜也 さん主演で映画化(今夏公開)
⬇️あらすじと感想🕊️https://t.co/P1JIilbU15
— わかたけ@読んでネタバレ (@wakatake_panda) May 27, 2021
映画情報
予告動画
キャスト
- 藤原竜也
- 土屋太鳳
- 風間俊介
- 西野七瀬
- 坂井真紀
- 濱田岳
- リリー・フランキー
- 豊川悦司
他
公開日
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↓配信中タイトル
- 『ハニーレモンソーダ』
- 『君に届け』
- 『NANA-ナナ-』
読んでいると滝藤賢一が津田伸一として私の頭の中では動いていました。映画で藤原竜也が津田を演じてると知っててもやっぱり滝藤賢一です。