ラストに驚き

小説『だから殺せなかった』あらすじネタバレ解説|結末まで必見【ドラマ原作】

一本木透『だから殺せなかった』を読みました。

印象的だったのは、なんといっても《あの結末》です。

誇張なしに「あっ!」と声が出ましたし、感情がかき乱されました。

この物語は犯人や犯行トリックを解明するだけのミステリではありません。

作品に内包された途方もない《問い》にわたしは言葉をなくしました。

ぱんだ
ぱんだ
なんかすごそう

今回はそんな小説『だから殺せなかった』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。

ぱんだ
ぱんだ
いってみよう!

あらすじ

「おれは首都圏連続殺人事件の真犯人だ」

大手新聞社の社会部記者に宛てて届いた一通の手紙。

そこには、首都圏全域を震撼させる無差別連続殺人に関して、犯人しか知り得ないであろう犯行の様子が詳述されていた。

送り主は「ワクチン」と名乗ったうえで、記者に対して紙上での公開討論を要求する。

「おれの殺人を言葉で止めてみろ」

連続殺人犯と記者の対話は、始まるや否や苛烈な報道の波に吞み込まれていく。

果たして、絶対の自信を持つ犯人の目的は――。

劇場型犯罪と報道の行方を圧倒的なディティールで描出した、第27回鮎川哲也賞優秀賞作品。

(単行本カバーのあらすじより)

主人公の社会部記者の名前は一本木透。作者と同じ名前です。

犯行動機

新聞紙面での公開討論。

一本木が争点としたのはワクチン(真犯人)の犯行動機です。

(犠牲者は)だれでもよかった」とワクチンはうそぶきますが、本当にそうなのでしょうか?

確かに被害者は年齢・職業・住所、そのどれもがバラバラで、無作為に選ばれているように見えます。

しかし、注意深く観察してみると、被害者たちには《一定の共通点》があるようでした。

ぱんだ
ぱんだ
というと?

第一に、被害者はみんな既婚の男性です。

どの被害者も人柄が悪く、暴力的だったり、不倫していたり、問題の多い人物だったという点も共通しています。

これらの事実から、一本木は「一連の事件は計画的な犯行で、標的もあらかじめ定められたいたのではないか」と推測します。

ぱんだ
ぱんだ
ふむふむ

とはいえ、逆にいえば被害者の共通点はそれだけです。

人柄に難のある既婚男性なんて首都圏には数えきれないくらいいるでしょう。

それら大多数の中から、ワクチンはどうやってターゲットを選んだのでしょうか?

被害者たちには、まだ明かされていない《さらなる共通点》があるように思われてなりません。

犯人像

公開討論によって浮かんできたワクチンの人物像は、理知的で博学。

連続殺人鬼という凶暴な存在でありながら、その言説はまるで学者のように鋭く冴えています。

ワクチンの主張はおおむね

  • 人間の愚かさ
  • 社会構造の歪(いびつ)

に集約されます。

第一の事件。亡くなった被害者の個人情報は無関係な野次馬たちによってあっというまに暴かれ、SNS上でさらし者にされました。

第二の事件。被害者がビル屋上から突き落とされると、たちまち周囲には野次馬が集まり、興奮した様子で写真や動画を撮っていました。

第三の事件。通勤ラッシュの駅のホームで倒れた被害者を気にかけて立ち止まる人は誰ひとりとしていませんでした。誰もが「見て見ぬふり」に徹していました。

人間は正しい倫理、正しい道徳を失っているとワクチンは主張します。

『殺人を実行したのはおれだったが、お前(読者)はそれを他人事として安全圏から楽しんでいないか』

事実、いまやワクチンと一本木の公開討論は人々の話題の中心です。

悲惨な事件をも娯楽にしてしまう人間は救いようのない悪だ……ワクチンの指摘に一本木も「一部同意する」と返答します。

凶悪な犯行とは裏腹な、良識的でさえある自論展開。

ワクチンとはいったいどのような人物なのか……謎は深まるばかりです。

ワクチンは「公開討論を書籍にして発売した暁には被害者遺族に利益を分配しろ」と一本木に要求します。

そんな配慮をするくらいなら、どうして遺族にとっての夫であり父親だった被害者の命を奪ったりしたのでしょうか。

容疑者

少しだけ先回りしてネタバレすると、一本木は《ある人物》から次のように伝えられます。

「ワクチンはおそらく……あなたも知っている人物です」

まあ、ミステリ小説的にも「これまでの登場人物のなかに真犯人がいました」という流れが定石ですよね。

数多くの登場人物の中の、いったい誰がワクチンなのか?

またまたミステリの定石に照らし合わせて考えてみると、疑わしいのは「事件によって得をした人間」です。

ぱんだ
ぱんだ
得をした人って?

首都圏連続殺人事件によって最も利益を手にしたのは、他でもない、一本木が働く新聞社(太陽新聞)です。

昨今、新聞業界は斜陽産業として認知されています。

業界最大手の太陽新聞(※)も例外ではなく、業績は右肩下がり。

※朝日新聞をイメージするとわかりやすいですね

今年度も赤字が続くようなら経営陣全員を退陣させる、と株主からは宣言されていました。

ところが、ワクチンとの紙面討論が始まってからはどうでしょう。

売り上げは急速にV字回復。早々に今年度の黒字が確定しました。

ワクチンの正体が太陽新聞の上層部の誰かだとしたら、まさに思惑通りといったところでしょう。

もし内部犯行だとしたら、ワクチンが太陽新聞だけに討論を求めてきた理由にも説明がつきます。

また、ワクチンの正体が「一本木の知っている人物」だという指摘にも矛盾しません。

ぱんだ
ぱんだ
たしかに

読者目線で怪しいのは、吉村という男です。

  • 退陣を宣告されていた経営陣の一人であること
  • かつては一本木の直属の上司だったこと

なによりワクチンが紙面で明かした「子どもを捨てたことがある」という過去にも、吉村なら当てはまります。

※吉村は離婚していて、親権は妻に渡している

それに、ちょっとズルい考え方にはなりますが、一本木との関係性の深さといい、物語への登場頻度といい、吉村はじつに「ちょうどいい」立ち位置にいるんですよね。

ワクチンの《本当の目的》は自作自演で太陽新聞社の経営を立て直すことだったのでしょうか……?

毛賀沢教授

読者目線で怪しい人物といえば、毛賀沢教授もそうです。

ぱんだ
ぱんだ
誰ー?

毛賀沢教授は生物学の権威なのですが、最近ではバラエティ番組なんかにも出演していて、どちらかといえばタレントとして認知されています。

テレビでも週刊誌でも、毛賀沢教授の不倫ネタを目にしない日はありません。

ぱんだ
ぱんだ
不倫?

はい。毛賀沢教授の周囲には女性関係のスキャンダルが絶えません。

本人に反省の色はなく、「遺伝子の命令だから仕方がない」などと開き直って笑い話にしている始末です。

噂によれば、10人も隠し子がいるとかなんとか……。

「子どもを捨てたことがある」というワクチンのプロフィールに、毛賀沢はバッチリ当てはまります。

それだけではありません。

ワクチンは紙面討論において、しばしば生物学の専門知識を披露しています。

人間をウィルスとみなし、自身をワクチンとする発想も生物学的ですね。

妙に何度も何度も物語に登場する点といい、読者に「絶対になにかある」と確信させるような怪しさが毛賀沢教授にはあります。

ぱんだ
ぱんだ
動機は?

毛賀沢教授がワクチンなら、犯行動機は明確です。

被害者たちの家には、それぞれ事前に脅迫電話がかかってきていました。

「おれの女に手を出したら命がないぞ」(機械音声)

毛賀沢と被害者たちには「不倫男」という共通点があります。

あるいはワクチンの犯行は、女性の奪い合いによるものだったのでしょうか……?

もう一人の主人公

小説『だから殺せなかった』には主人公が二人います。

一本木透と、江原陽一郎です。

ぱんだ
ぱんだ
誰!?

陽一郎は血の繋がらない(育ての)父親と暮らす大学生です。

捨て子だった陽一郎が江原夫妻に引き取られ、やがて真実を知り傷つくも、それでも家族として絆を深めていく……作中ではそんな陽一郎の物語が本編と並行して語られます。

ぱんだ
ぱんだ
……なんで?

第四の事件の後、ワクチンは殺人予告状を首都圏にばら撒きました。

予告状が届いた家庭の誰かが、次の犠牲者というわけです。

そして、予告状は江原家にも届きました。

母親を病気で亡くした陽一郎にとって、残る家族は心優しい父親の茂だけです。

陽一郎は一本木を訪ね、今後の身の振り方について相談します。

陽一郎から話を聞くうち、一本木は《とある重大な事実》に気がつき……。

<すぐ下のネタバレにつづく>

陽一郎は家族の思い出の地である三角山の山小屋の前に捨てられていました。実の両親は不明です。

ネタバレ

物語終盤。ワクチンは態度を急変させ、新聞紙面で自らの正体を明かします。

文末に「毛賀沢達也」の署名。

犯行動機は「女性を巡ってのトラブル」で、被害者たちは「毛賀沢の愛人の別の不倫相手」だったと、文中では説明されていました。

捜査は急速に進展しました。

犯行現場に共通して捨てられていたタバコに付着していた唾液のDNAは、毛賀沢教授のものでした。

いずれの犯行期日にも、毛賀沢教授にはアリバイがありませんでした。

毛賀沢教授の研究室からは、一本木宛ての手紙に使用されていた封蝋が発見されました。

状況証拠はバッチリです。

肝心の毛賀沢教授は行方をくらましているようですが、逃げるにしても隠れるにしてもいずれ限界がくるでしょう。

『毛賀沢教授、逮捕へ』

各新聞社が一斉に報じる中、しかし一本木だけは速報に「待った」をかけます。

なぜなら、一本木の推理が正しければ、真犯人は別の人物だからです。

真犯人

物語はいよいよ佳境。

ここからは隠されていた真実が次々に明かされていきます。

ぱんだ
ぱんだ
ドキドキ

では、謎解きの時間と参りましょう。

3………

2……

1…

ワクチンの正体は江原茂です。

陽一郎の育ての親で、ワクチンから「予告状」を受けとっていた(※)人物ですね。

※自作自演だった(後述)

では、まずは犯行動機から。

一本木が指摘したように、一連の事件は無差別殺人なんかじゃありません。

被害者には見えない共通点がありました。

ぱんだ
ぱんだ
共通点?

被害者たちはみんな「子どもを虐待していた父親」だったんです。

虐待を受けた子どもたちは児童養護施設に預けられます。

江原は児童養護施設「くぬぎ園」の記録を確かめることで、罰を与えるべきターゲットを選出していました。

別々の県で犯行に及んでいたのは、県警間の連携を乱すため。

計画は実に順調に運んでいました……途中までは。

ぱんだ
ぱんだ
なにかあったの?

はい。江原はうっかり書斎の机の上に「一本木宛ての手紙」を出しっぱなしにしてしまっていたんです。

手紙には特徴的な「V(vaccination=ワクチン)」の押印。

もし陽一郎に見られていたら……連日報道されているワクチンの正体に気づいていてもおかしくありません。

江原は家族として陽一郎を心から愛しています。

父親が殺人犯だという秘密は、なんとしても隠し通さなければなりません。

江原はとっさに「予告状」の作戦を思いつきました。

書斎にあった手紙を「一本気に送る手紙」から「ワクチンから受け取った手紙」にすることで、つじつまを合わせようとしたんですね。

しかし、江原の行動は結果的に墓穴を掘っただけでした。

覚えているでしょうか?

陽一郎はその後、予告状の件を一本木に相談しています。

その際の何気ない発言が、一本木に真相を悟らしめたのです。

ぱんだ
ぱんだ
というと?

「父(江原茂)は10日ほど前に手紙を受け取ってた」と陽一郎は話しました。

それが決め手です。

江原は慌てて(ダミーの)「予告状」を20通ほど首都圏の家庭に配りましたが、それでは不自然です。

だって、江原家だけが飛びぬけて早期に手紙を受け取っていたことになってしまいます。

一本木は新聞社の情報網によって各家庭が予告状を受けとった日付を正確に把握していました。

このような経緯から、一本木は江原茂を疑っていたというわけです。

そもそも陽一郎は書斎の手紙を目撃していませんでした。江原は息子を愛するあまり、ここ一番で判断を誤ってしまったんですね。

父親

江原茂はなぜ「子どもを虐待する父親」の命を次々に奪っていったのでしょうか?

一本木にはその理由もわかっていました。

「あなた自身が、虐待を受けて育ったからではないですか」

江原は児童養護施設「くぬぎ園」の出身者です。

そして、現在でも江原はたびたび慰問のために「くぬぎ園」を訪れています。

クリスマスにはサンタクロースの格好をして……みたいな感じですね。

そんな江原にとって「くぬぎ園」の児童たちのデータを盗み見るのは簡単な作業でした。

一連の事件の被害者たちは、我が子に目も当てられないほど惨い仕打ちをしてきた加害者でもありました。

ぱんだ
ぱんだ
……だから犯行を?

江原に一線を踏み越えさせたのは、妻の死です。

江原は「くぬぎ園」で妻と出会いました。

二人の間に子どもはできませんでしたが、夫婦は血のつながりなど関係なく陽一郎を愛していました。

辛い過去をもつ江原夫妻にとって、それは何にも代えがたい幸福な時間でした。

ところが、せっかく手に入れたささやかな幸福は、病魔によって脆くも壊されてしまいます。

江原はこの世の理不尽を呪いました。

血のつながる我が子を虐待している親がのうのうと生きているというのに、どうして妻は死ななければならなかったのか!

憤怒と絶望が、江原を冷酷な処刑人に変えました。

罪状は『愛すべきものを愛さなかった罪』

あるいは江原は、虐待する父親たちに過去の父親の姿を重ねていたのでしょうか。

自分を虐待した父親への復讐こそ、江原の本当の犯行動機だったのかもしれません。

理由

きっとみなさんそろそろお忘れの頃合いでしょう。

江原茂が真犯人であるなら、失踪した毛賀沢教授はいったい何者だったのでしょうか?

ぱんだ
ぱんだ

結論からいえば、毛賀沢はもう江原の手によって亡き者にされています。

江原は最初から毛賀沢に罪を被せるつもりでした。

公開討論に生物学の知識を織り込んだのも、毛賀沢が愛人と密会する日を狙って事件を起こした(※)のも、拾っておいた毛賀沢のタバコを現場に残していたのも、すべては毛賀沢の犯行に見せかけるため。

※毛賀沢にアリバイがなかった理由。研究室の封蝋ももちろん江原が置いておいたものです。

毛賀沢といえば好き放題に女性と関係を持ち、何人もの隠し子がいると噂されている人物です。

江原が毛賀沢を目の敵にしたのも当然だと……いえ、ちょっと待ってください。

毛賀沢はたしかにいけ好かない人物ではありますが、「子どもを虐待する父親」ではありません。

江原はどうして毛賀沢を手にかけたのでしょうか?

一本木はその理由さえ見抜いていました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「では、なぜあなたは毛賀沢教授を狙ったのか。

マスコミに騒がれるうちに特別の憎しみを覚えたのか。

あなたも世間に同調して彼を許せなくなったのか。

あなたの理性は、そんな安直なものには突き動かされません。

 

理由は、彼が陽一郎君の実の父親だったからではないですか。

毛賀沢教授を心底憎んだあなたは、彼を卑劣な殺人鬼に仕立て上げ、汚名を着せ、最後にあなたの手で息の根を止め、復讐の限りを尽くす――これがあなたの描いたシナリオではないですか」

終幕

毛賀沢は陽一郎の実の父親でした。

陽一郎を捨てた実の母親は銀座のママだったといいます。

  • 毛賀沢への復讐
  • 虐待する父親への復讐

ワクチンは紙面上で社会を憂う旨の高尚な犯行動機を語っていましたが、江原の本当の犯行動機は個人的な復讐心に根差したものでした。

犯人が明かされ、犯行手口が明かされ、犯行動機が明かされ……。

探偵(一本木)と犯人(江原)のやりとりが終われば、いよいよ事件も終幕です。

江原は一本木が手配していた警察隊によって取り押さえられ、逮捕されます。

江原は最後に「陽一郎の父親が毛賀沢であると報道しないでほしい」と一本木に頼みました。

「真実を伝えるのが報道の使命かもしれませんが、一人の人間が、真実を知ることによって不幸になるならば、それを隠し通すこと、書かない選択もまた、報道の役割ではないでしょうか」

ふつうのジャーナリストなら決して首を縦には触れない申し出です。

彼らの使命は注目を集める記事を書くこと……もとい、真実を世間に伝えることだからです。

しかし、一本木の場合は少し違います。

『たった一人を救うために、真実を報道しない』という選択。

20年前にも突きつけられ、そして判断を誤ってしまった選択肢。

一本木は江原に答えました。

「私もかつて、たった一人の信頼を守れなかった十字架を背負ってきました。報道やスクープの陰に、少なからず犠牲者がいること。私も忘れないようにします」

※明確な返答を避けた受け答えですが、一本木は結局、記事では陽一郎について一切触れませんでした。

一本木の十字架

20年前のことです。

一本木は群馬県政の汚職事件を暴き、特大スクープとして報じました。

第一報で大々的に掲載したのは、県のNO.3である出納長の逮捕の瞬間。

許しがたい犯罪者として全国紙に掲載された白石という出納長は、当時の一本木の恋人の父親でした。

ぱんだ
ぱんだ
うわぁ……

一本木だってなにも好きで大切な人の身内を吊るしあげたわけではありません。

ただ、気づいた時にはもう手遅れだったんです。

途方もない時間と労力をかけて、やっと記者仲間たちと掴んだ特大スクープを、どうして個人の事情で差し止めることができるでしょう。

それに、もし一本木がネタを握りつぶしたとしても、出納長が逮捕された事実が変わるわけでもないし、報道だって結局はされてしまうんです。

ジャーナリストとして真実を報道するか。

それとも、恋人のために特大スクープ(速報)を台無しにして、辞職するか。

20代前半だった一本木は前者を選びました。

ぱんだ
ぱんだ
つらい……

白石出納長が賄賂として受け取ったのは、50万円相当の反物でした。

上等な反物があれば、結婚を控えた娘のために晴れ着を仕立ててやることができます。

白石出納長に道を踏み外させたのは、ながらく疎遠になっている娘を想う親心でした。

その後、白石出納長は自殺。

娘の琴美に残した遺書には、次のような一文が記されていました。

『お前の彼にはきちんとした父親として会いたかった。お前が選んだ男だ。きっと立派な人物に違いない』

ぱんだ
ぱんだ
きっつ……

話にはまだ続きがあります。

結局、汚職の根源は県政のトップである知事でした。

知事が建設会社から受け取った金額は2億円。

汚職の発覚を恐れた知事は、下の役職の人々にも賄賂を受け取らせることにしました。

そうしておけば汚職の追及を下の役職までで止められるかもしれませんからね。

ところが、白石出納長は200万円の賄賂を一度受け取り拒否しています。

知事が「反物なら受け取るかもしれない」と建設会社に入れ知恵したのは、いざというときに白石出納長を身代わりにするためでした。

ぱんだ
ぱんだ
それじゃあ……

白石出納長はたしかに賄賂を受け取りました。

しかし、同時に彼は知事の保身の犠牲者であり、決して悪人として全国に報道されるような人物ではありませんでした。

にもかかわらず、新聞の読者たちにはもちろんそんな事情までは伝わりません。

それが一本木の選択の結果です。

その後、白石琴美は山中で自殺。

「どうしても載せるの? 私の父なのに?」

あのときどうすればよかったのか……答えはいまだ出ず、一本木は十字架を背負い続けています。

※以下、小説より一部抜粋

…………

今でも思い返すことがある。

愛する人や家族を守る行為が、社会への背徳になるとしたら……。

あの時、私が守るべき、選ぶべきはどちらだったのか。

琴美とその家族か、報道の使命か。

社会正義を貫くことが、愛する人を裏切ってしまうこともある。

たった一人の信頼を打ち砕く。

ふと、もう一つのあり得た人生に思いを巡らせる。

 

スクープの代償は、私の未来の「家族」だった。

「陽一郎と毛賀沢の関係を報道しない」と一本木が決断したのは、後悔を繰り返さないためだったのでしょうか。その心中を想像するとなんともいえない気持ちになります。

陽一郎への手紙

場面は再び現在(江原の逮捕後)

一本木は江原から預かった手紙を陽一郎に届けます。

そこには驚くべき《真実》が綴られていました。

『最後に本当のことを話そう。この手紙をお前に届けにいった一本木記者についてだ。陽一郎、驚かないでほしい。

彼が、お前の本当の父親だ。

だが、一本木記者には、お前が実の息子だとは伝えていない。彼は、毛賀沢教授が陽一郎の父親だと思っている』

ぱんだ
ぱんだ
どゆこと!?

陽一郎は一本木と琴美の子どもでした。

小説は残すところ約15ページ。一本木に子どもがいるだなんて一言も書かれていなかったので、読者にとっても寝耳に水の《真実》です。

一本木は琴美を失うに至った汚職事件の顛末を「シリーズ犯罪報道・家族」と題して記事にしています。

その記事でも一切触れられてなかったことから、おそらく一本木も琴美の妊娠を知らなかったのでしょう。

琴美が首を吊る前に捨てた赤ん坊……その子どもこそ陽一郎です。

新聞紙面で公開討論していたのは、陽一郎の「生みの親」と「育ての親」だったわけですね。

もちろん、それは偶然なんかじゃありません。

手紙の中で江原は語ります。

『父さんは彼を挑発し、彼の頭脳を試した。そして、彼が家族を捨ててまで手に入れた社会的な地位を奪ってやろうと考えた。

陽一郎を捨てて一本木が選んだ人生を、真正面から否定したかった。それは自分と彼と、どちらが陽一郎にとって父親にふさわしいかの対決でもあった』

ワクチンが太陽新聞だけに公開討論を持ち込んだ理由がここ↑にあります。

江原は陽一郎を捨てた一本木に復讐するため、まずは記者の分野である「言葉」のやりとりで打ち負かそうとしたんですね。

とはいえ、新聞紙面でのやりとりは彼の復讐の本質ではありません。

『彼を苦しめ、恥をかかせ、最後はその尊厳をズタズタに引き裂いて殺そうと思った

江原の復讐は一本木の息の根を止めることで完遂されるはずでした。

それは江原にとっていとも容易いことです。

事実、江原には「やろうと思えばやれた」というタイミングがありました。

では、江原はなぜ本懐を遂げられなかったのでしょうか?

手紙にはその理由も書かれていました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

ある晩、太陽新聞本社の前で待ち伏せし、帰宅途中の彼のあとをつけた。

暗い公園を通った時、植え込みの陰で、おれは懐の包丁を取り出した。

こちらの気配に気づいたのか、彼は素早く振り返った。

闇の中で、おれは一本木記者を見澄ました。

その時、振り向いた彼の顔が、閃きのようにおれの心底に感光した。

その刹那だ。

父さんは、彼を殺せなくなった。

この日のために怒りをため込んできたのに。

なぜだと思う?

最も憎んだ相手を目の前に殺せなくなった。強烈な理由が生じた。

暗闇の中、街灯の下に浮かんだ顔が、陽一郎にそっくりだったからだ。

どこか寂しげな目、正直そうな口元、髪の毛から出た少し大きな耳。

おれたち夫婦が、小さいころから胸に抱いて育てた、お前に瓜二つだった。

 

どうして彼を殺せるだろう。

おれは、彼が陽一郎を捨てたことを許せなかった。

怒りと憎悪はたぎり続けた。

だが、最も憎んだはずの人間の中に、自分が最も愛した陽一郎をみた。

お前の父親だからという、まったく同じ理由で彼を殺せなかった。

手紙はのちに「もしかしたら彼(一本木)は陽一郎の存在を知らなかったのかもしれない、と思えてきた」と続きます。

一本木が子どもを《捨てた》のでなければ、江原には復讐する理由がありません。

結末

陽一郎にはふたつの選択肢がありました。

ひとつ。一本木に真実を伝え、血の繋がった親子として生きていく道。

ふたつ。血の繋がりはないとはいえ、連続殺人犯の息子として生きていく道。

どちらがより困難な道かなんて、考えるまでもありません。

陽一郎は迷いませんでした。

僕の父さんは、あの日、あの場所に来てくれた江原茂。あなただけだ。ほかのだれでもない。

陽一郎は血統でつながった家族ではなく、思い出や愛情で結ばれた家族を選びます。

目をつぶれば、優しく微笑む「父」の顔が浮かんでくるようでした。

「ねえ母さん。それでいいよね」

 

一方、一本木透。

事件が解決し、記事も大きな反響を呼んだというのに、一本木の表情は晴れません。

窓外に降る雪を眺めながら、一本木は背負った十字架の在り処を確かめていました。

(琴美は、お腹に子供を宿していた)

話は白石出納長の贈収賄事件の報道直前にまでさかのぼります。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「おれたちはもう結婚できない。堕ろしてくれないか」

琴美は黙り込んだままだ。私は「なあ、わかってるだろ」と静かに問いかけた。

反応がない。琴美の息がかすかに聞こえた。

お腹にいる胎児は、私にはもはや不都合な存在だった。無用だった。邪魔だった。

私は無意識に声を荒げていた。

「堕ろせよ!」

琴美は涙声で叫んだ。

「私とあなたの間に何があっても、私は生まれようとするこの小さな命は殺せない。私とあなたが、ずっと一緒に過ごしてきた時間の証が、この子なのだから……」

泣きながら、声が力なく震えた。

琴美から電話を切った。それが最後のやりとりだった。

あの時、琴美は「殺せない」と叫び返した。

私は「殺せよ」とは言っていない。

たった一字の違いだ。でも、同じことだった。

 

琴美が私の子を宿していたことは「シリーズ犯罪報道・家族」では一切触れていない。

いや、パソコンの画面で一度は打った。

だが手が止まった。辛すぎた。そこまで悪者になる勇気もなかった。

パソコンの画面をみつめ直した。

《だめだ。書けない》

私は削除キーで、一字ずつ罪をかみしめながら削った。

最後の一字を消した時、私は意図して「真実」に触れない狡猾な記者になった。

「書かない作為」だった。

 

私は子供を殺そうとした。いや、きっと殺したのだろう。

ワクチンは児童虐待をした父親たちへの復讐を遂げていった。

私がワクチンの怒りの根源に思い至ったのは、その経験と重なったからだ。

彼はその罪を撃とうとした。

その真意を見抜けたのは、私もまた、人知れず無抵抗の小さな命を葬ろうと謀った張本人だからだ。

(中略)

琴美は山の中で静かに死んだ。

暗い窓の外から寒さと沈みきった静寂が透けてきた。

室内の灯りに、目の前の雪がチラチラ映えた。

私は目をつむり、祈っていた。

琴美の言葉通りに、お腹に芽生えた小さな命が、だれかに託され、どこかに息づいてはいないだろうか、と。

遠い冬の山音に紛れて、かすかな鼓動を聞いた気がした。

<完>

一本木は琴美の妊娠を知っていましたが、その子どもが生きていることや、陽一郎が実の息子であることは知りません。彼にはもう家族はいません。

感想

読み終わってからもずっと考えているのですが、いまだにこの小説をどう呑み込めばいいのか迷っています。

この物語をミステリ小説として読み解くと、探偵(一本木)が犯人(江原茂)を捕まえたのですから、前者が正義(勝者)で後者が(敗者)という構図になるはずですよね。

だというのに、ラストシーンの一本木に漂う物悲しさといったらどうでしょう。

記者として最上級の手柄を上げたというのに、一本木には一片の喜びも達成感もありません。

その様子はまさに敗者そのものです。

琴美を守るために真実を報道しないという勇気を持てなかったこと。

彼自身が子どもを「邪魔だ」と切り捨ててしまったこと。

20年前に背負った十字架はきっと一生、一本木の心に重くのしかかり続けるのでしょう。

一本木は永遠に「愛するものを愛さなかった罪」の罪人です。

一本木という人間の真ん中には空っぽの穴がぽっかりと開いている……そんなイメージをわたしは思い浮かべました。

 

一方、一本木と対をなす存在として描かれていたのが江原茂です。

江原は連続殺人犯であると同時に、陽一郎と強い絆で結ばれた父親としても描かれています。

手紙を読んですべての真実を知った陽一郎は、それでも茂こそが無二の父親だと迷いなく選び取りました。

連続殺人犯の息子というレッテルを回避できたのに、そうしなかったんです。

「親子とは何か?」

陽一郎の選択にはその本質がありありとにじんでいました。

 

社会的な成功を手にする代償として、家族を失った一本木。

社会的に許されざる罪を犯したものの、家族の絆だけは失わなかった江原。

いったいどちらが幸せなのか?

いったいどちらが正しいのか?

わたしたちが本当に価値を見出すべきものはなんなのか?

小説『だから殺せなかった』は答えのない人生哲学を問いかけてくるような一冊でした。

ぱんだ
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まとめ

今回は一本木透『だから殺せなかった』のあらすじネタバレ解説(と感想)をお届けしました。

この物語の見どころはなんといっても江原(犯人)が一本木を《殺せなかった》場面でしょう。

なぜ江原の手は止まったのか?

「一本木が陽一郎に似ていたから」という理屈だけでは片手落ちです。

それまでの過去、江原夫妻と陽一郎が過ごしてきた時間を実感できて初めて、この胸に突き刺さるような名場面の真価がわかります。

気になった方はぜひお手に取って読んでみてくださいね。

 

ドラマ情報

キャスト

  • 玉木宏(一本木透)

放送日

2022年1月9日放送・配信スタート(WOWOW)

ぱんだ
ぱんだ
またね!

【追記】コメント返信コーナー

「江原が毛賀沢を殺した本当の動機は何だったのか?」とのご質問をいただきました。

※バンビさん、ありがとうございます!

前提として、江原は逮捕を免れるため誰かを犯人に仕立てあげる必要がありました。

では、その『誰か』にはどんな人物が適しているでしょうか。

紙面上でなりすますため、江原は『誰か』の人となりを知っている必要があります。

最終的には消えてもらう必要があるので、『誰か』には悪人を選ぶべきでしょう。

そこで、毛賀沢です。

毛賀沢は不倫・隠し子騒動で子どもたちを不幸にしていました。

また、ほとんど公人である毛賀沢なら情報も集めやすい(偽装しやすい)ですね。

たとえば、毛賀沢の研究室に行けばDNAが付着したタバコを入手できます。

さらにいえば、毛賀沢はスキャンダル報道を嫌って、不倫当日の足跡(アリバイ)を消していました。

偽の犯人に仕立て上げるのには、うってつけの人物です。

『必ずしも毛賀沢である必要はなかったけれど、毛賀沢が一番ちょうどよかったから』

……というのが表面上の動機ですね。

ぱんだ
ぱんだ
表面上の?

完全犯罪ほど難しいものはありません。

いずれは警察も毛賀沢が真犯人ではないと気づくはずです。

当然、江原もそのことは承知の上。

なので、江原の真の目的は「一本木に毛賀沢が犯人だと誤認(誤報)させる」ことだったと考える方が自然ですね。

※有名人が真犯人だったなんて、特ダネですからね!

「一本木を打ち負かしたかった」「自分こそが陽一郎の父親にふさわしいと証明したかった」と言いかえてもいいでしょう。

※そのためには毛賀沢に罪を着せて殺す必要があった。



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POSTED COMMENT

  1. バンビ より:

    いつも楽しく記事を読ませて頂いております。
    今回の記事の中で1点疑問が残りました。
    江原が毛賀沢を殺害した本当の動機はなんでしょうか。
    記事中盤には「陽一郎の父だから」とありますが、真実は一本木が本当の父であり、江原もそれを知っていたのならばその動機とは矛盾する気がしました。
    もしおわかりでしたら追記等で教えて頂けると幸いです。

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