古屋兎丸『女子高生に殺されたい』を読みました!
声を大にして言いましょう。
これは、おもしろい!
二巻完結の漫画なのですが、まるで長編小説を読破したかのような満足感がありました。
常軌を逸した執念深い計画。その最終段階では登場人物全員の思惑が入り乱れて……。
構成力の素晴らしさもさることながら、《あの結末》には思わず拍手していました。
今回はそんな漫画『女子高生に殺されたい』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。
あらすじ
男は、女子高生に殺されたいがために高校教師になった。
彼の標的は教え子である一人の女生徒。
彼女による《理想的な殺され方》を実現するため、男は密かに、そして周到に計画を遂行していくのだった……。
(漫画第一巻のあらすじより)
オートアサシノフォリア
男の名前は東山春人。34歳、独身。
物語は東山のこんな↓モノローグから始まります。
別に僕は死にたいわけではない。やはり死ぬのは、とても怖いことだ。だけど、どうせ死ぬのなら美しい女子高生に殺されたい。僕はそのために、この学校の教師になったのだ。
どうにも変態が匂いたつ独白ですが、東山は表面的には爽やかな好青年といった印象で、女子生徒たちからも人気があります。
とてもじゃないですが、東山が女子高生に殺されるために高校教師になったヤバいやつだなんて誰も夢にも思わないでしょう。
東山の抱える常人には理解不能な欲望は、オートアサシノフォリアという(実在する)異常性癖によって説明されます。
自分が殺される状況に興奮する性癖で、自殺願望や自傷行為とは別物……だそうです。
東山がオートアサシノフォリアの願望を自覚したのは、高校生の頃でした。
「女子高生に」という注文は東山独自のもので、殺される状況についても彼ならではの理想があります。
具体的には扼殺。素手で首を絞められて殺される状況こそ東山にとってのベストです。
そこに加えて
- 全力で抵抗したうえで殺されたい
- 完全犯罪にしなければならない
という条件もあります。
いいえ。驚くべきことに東山の計画はすでに完成しています。
標的は1年生の佐々木真帆。
いつ、どこで、どうやって殺されるのか……道筋はハッキリと見えていました。
『11か月後、僕は佐々木真帆に殺される』
それぞれの思惑
佐々木真帆
東山はなぜ佐々木真帆をターゲットに選んだのでしょうか?
真帆はたしかに可愛い女子高生ですが、特に力持ちというわけではありません。
つまり、(他の女生徒たちと同様に)「全力で抵抗しても勝てない」という条件を満たしていないのです。
この大きな謎を残したまま、ひとまず物語は進んでいきます。
真帆と東山は「遺跡研究クラブ(遺跡部)」というマイナーな部活動の部員と顧問です。
休日ともなれば一緒に近隣の遺跡に出向いたりしていて、ただの生徒と教師の関係に比べて接点は多いといえるでしょう。
やがて、真帆は知的で落ち着いている(ように見える)東山に恋愛感情を抱くようになり……。
後藤あおい
あおいは真帆の親友であり、遺跡部の一員でもあります。
アスペルガー症候群の特徴として他人の感情を読み取れない反面、あおいにはいくつもの天才的な能力が備わっています。
- 芸術的な絵画が描ける
- 東大レベルの数学も楽勝
- なんでも覚えている記憶力
あおいにとっては真帆だけが友達です。
やがて訪れる真帆のピンチにおいても、あおいは重要な役割を果たすことになります。
川原雪生
雪生は中学の頃からずっと真帆が好きです。
真帆を追いかけるため猛勉強して同じ高校に入学し、遺跡部にも入部しました(※)
※遺跡部の生徒は真帆、あおい、雪生の三人です
おちゃらけているキャラクターですが、雪生が真帆を想う気持ちは本物です。
もちろん最終局面においても活躍します。
川原五月
五月は東山の元カノです。
スクールカウンセラーとして高校に赴任し、東山と再会します。
付き合っていた期間は3年ほど。
ちょうど東山が臨床心理士から教職へと進路を切り替えた頃につき合っていたのが五月でした。
別れを切り出したのは五月のほうで、東山を一方的にフッています。
とはいえ、別れてから7,8年も経っていることですし、再会後はふつうに親しい感じで東山と接します。
五月は保健室通学をしているあおいをきっかけに、真帆や雪生とも仲良くなるのですが……。
ネタバレ
真帆には他の女生徒とは一線を画す重大な《秘密》がありました。
一言で説明するなら「二重人格」ということになるのでしょう。
現実から目を背けたくなるようなショックな出来事に直面すると、真帆は意識を失い、もう一人の人格である《カオリ》が出てきます。
数年前、こんな出来事がありました。
真帆があおいと一緒に公園を歩いていると、何の前触れもなく大型の狩猟犬が襲いかかってきたのです。
真帆は恐怖のため気絶。入れ替わったカオリは獰猛な大型犬を力で制し、首を絞めて息の根を止めてしまいました。
はい。東山が真帆に目をつけた理由がようやく明らかになりました。
真帆は非力で可憐な少女ですが、カオリならば力で東山を抑え込められます。
「全力で抵抗したうえで殺されたいけど、相手は筋肉質なタイプではなく文化系の細い子がいい」なんてわがまま放題な東山の注文に、真帆(カオリ)はバッチリ当てはまっているのでした。
真帆はカオリの存在を知りません。大型犬に襲われたときも、どうやって窮地を脱したのか覚えていないのです。
一方で、カオリは真帆の見聞きしたことをすべて知っています。
カオリはもともと、真帆が両親からの虐待に対して心を守るために生み出した自己防衛のための人格です。
男勝りな性格も、驚くべき怪力も、すべては真帆を守るために備わったのでしょう。
カオリは姉のように真帆を見守る存在であり、危機とあらば物理的にも真帆を守ります。
つまり、東山が真帆を傷つけようとすれば……?
計画実行前夜
季節は巡り、真帆たちは二年生に進級しました。
東山は辞表を提出し、一学期いっぱいでの退職を申し出ます。
繰り返しになりますが、東山は「真帆を犯罪者にしない」という条件を自らに課しています。
現職の教員がいきなり消息不明になったのでは事件性が漂い、真帆に警察の捜査の手が及んでしまうかもしれません。
誰にも怪しまれず社会から消えるために、東山はあらゆる手を尽くします。
賃貸の解約に、所持品の処分。特に身分を証明する免許証などは念入りに切り刻みます。
殺される場所は人目につかない山中に決めました。遺体が発見される前に腐敗するよう、季節は夏。さらに念を入れて、人通りが減る盆前の時期がベストだと東山は考えました。
導き出された計画の実行日は、奇しくも東山の誕生日でもありました。
「8月8日、16時頃。この木の下で、僕は真帆に殺される……。いよいよ、僕の殺害計画を始動させよう」
はじまり
東山が真帆をターゲットに選んだのはカオリという裏の人格に期待しているから……というところまではお伝えしていましたね。
さて、この説明には大きな穴があることに、お気づきになったでしょうか?
真帆はカオリの存在を知りません。昔からその存在を知っていたのは大型犬に襲われたときにその場に居合わせていたあおいだけです。
では、東山はいったいいつ、どうやってカオリの存在を知ったのでしょうか?
話は真帆が8歳だった頃にまでさかのぼります。
当時、世間を騒がせたニュースの中に「怪力少女による殺人事件」というものがありました。
家に一人きりだった少女にイタズラしようと忍び込んだ男が、当の少女によって返り討ちにされ殺されたという事件です。
男は身長181㎝、体重82㎏。
少女は身長131㎝、体重26㎏。
天と地ほどの体格差があるにもかかわらず、少女は男の首を素手で絞めて息の根を止めていました。
もうお察しのことと思いますが、この怪力少女の正体こそ真帆(カオリ)です。
東山はこの事件をきっかけに真帆を狙い始め……いいえ、ちょっと待ってください。
真帆は当時8歳で、事件は不起訴処分になっています。
当然、真帆の名前も、顔も、住所も、そしてなによりカオリの存在も、一切報道されていません。
では、東山はいったいどのような経緯で真帆(カオリ)のことを知ったのでしょうか?
伏線はすでに張られていました。
東山はもともと大学では心理学を専攻していて、そのまま大学院へと進んでいます。
結論からいえば、東山は精神科病棟での研修中に解離性同一性障害(多重人格)と診断されていた真帆と対面していたのです。
彼女はまだ8歳の小学生ながら、僕はその美しさに目を見張った。
真帆の退院後、東山は行動を開始しました。
僕は彼女を追って二鷹市に引っ越しし、教員資格勉強を始めた。
それだけではありません。
例の大型犬を真帆にけしかけたのも東山です。
「真帆に危険が迫れば、カオリが現れて敵を殺す」という仮説を実証しておく必要がありました。
結果は大成功。
あとは真帆が女子高生になるのを待つだけです。
東山の計画は9年前に始まり、そしてようやくフィナーレを迎えようとしています。
東山が遺跡部を立ち上げたのは、真帆が中学の自由研究で二鷹の遺跡を調査していたからです。真帆は知らず知らず東山の周到な罠にはまっていたというわけですね。
8月8日
夏休みまっただ中の8月8日。
東山は万全を期してこの日を迎えました。
真帆は誰にも行き先を告げずに家を出て、土器を調査するためだと信じて山の中へと足を踏み入れることになるはずです。
東山を殺すのはあくまで裏人格のほうであり、真帆には一切の記憶が残りません。
あくまで誰にも迷惑をかけることなく、ただ東山が理想的な死を手に入れることですべては終わる……はずでした。
身もふたもない話ですが、すんなり計画が成功してはおもしろくありません。
予期せぬトラブルの連続により、東山の計画は少しずつ狂わされていきます。
たとえば、集合場所にあらわれた真帆は一人ではありませんでした。
東山と会うだなんて全く知らなかったはずの後藤あおいが、まるで予知でもしたかのように真帆を心配してついてきたのです。
真帆「あおいが玄関の前にいて……どうしてもついて来るって聞かなかったんです……」
東山が延期という選択肢を検討したのは、ほんのわずかな間だけでした。
今日という日のために東山は9年間を費やしたのです。もはや強行するしかありません。
東山は二人を《犯行現場》へと導きます。
「ここですか? まずはなにからしましょう?」
これから土器を掘り出すものとすっかり信じ込んでいる真帆の問いに、東山はくるりと振り返って答えました。
「まずは僕を殺してもらうよ。佐々木真帆……いや、キャサリン!」
キャサリン
キャサリンは真帆の《第三の人格》です。
ここでもう一度、9年前の事件をふり返ってみましょう。
いたずら目的で家に侵入してきた男を返り討ちにしたのはカオリだった、というのがこれまでの認識でしたね?
実はそれ、違います。
そもそもカオリは真帆が両親からの虐待から心を守るために生み出した人格です。
強気でタフな性格ではありますが、カオリには怪力である必要性(理由)がありません。
つまり、カオリでは大柄な男に勝てなかったはずなのです。
実際、精神科病棟でカオリは次のように証言しています。
「あの男の力は強くて私でもどうにもならなかった。私よりもっと動物みたいで凶暴なキャサリンって奴がやったんだ」
簡単にいえば、キャサリンとは男から身を守るために真帆が生み出した暴力的な別人格です。
便宜上「人格」と言ってはいますが、キャサリンは暴力の化身であり、意思疎通はできません。
一種の《暴走状態》だと言った方がわかりやすいでしょうか。
キャサリンはカオリでは対処できない危機に目覚め、規格外の怪力によって外敵を排除します。
9年前の事件で男を扼殺したのは、カオリではなくキャサリンでした。
精神科医の分析はこうです。
「事件の時、誰かがキャサリンと連呼したことによって、瞬間的にキャサリンは生まれ、その身を守った」
事件当時、被害者の男は犯行を隠すべく大音量でテレビを流していました。
テレビで放送されていた洋画には「キャサリン」と連呼する場面があり、まさしく医師の分析に合致します。
キャサリンを呼び出す条件は2つ。
ひとつ。真帆がカオリでも対処不能な危機に瀕すること。
ふたつ。キャサリンと連呼すること。
9年前の事件以来、キャサリンはずっと真帆の心の奥底で眠り続けていましたが、一度だけその猛威を振るったことがありました。
そう、例の大型犬の襲撃です。
東山は狩猟犬を解き放ちながら(まるで犬の名前であるかのように)キャサリンと連呼していました。もともとキャサリンを召喚できるかどうかの実験だったのです。
実験は大成功。キャサリンは消えていませんでした。
さて、再び場面を現代へと戻しましょう。
人気のない山中。東山は華奢な真帆の首を両手で絞めながら大声で叫びます。
「キャサリン!」「キャサリン!」「キャサリン!」「キャサリン!」「キャサリン!」「キャサリン!」「キャサリン!」「キャサリン!」「キャサリン!」「キャサリン!」
そしてついに……
阻止
東山は息の続く限りキャサリンを呼び続けましたが、真帆(カオリ)は苦しそうにもがくだけで、変化の兆しはありません。
東山「なんでだよ!? おかしいだろ!? 来い! キャサリン!!」
焦る東山の意識は目の前の真帆に集中していて、背後に迫る足音にはまったく気づきませんでした。
「この変質者ぁぁ! なにしてんだよ!!」
どこからともなく現れた雪生のタックルに、東山は大きく体勢を崩します。
渾身の力で首を絞めていた両手が、真帆の首から離れました。
「なっ、なんでお前たちが!?」
振り返った東山が目にしたのはここにいるはずのない雪生、そしてその背後に立つ五月の姿でした。
混乱する東山を哀れむように、五月は言います。
「阻止するためよ。私は知っていたの。あなたの計画を……」
五月の過去
本当にささやかな疑問点ではあるのですが、ここに至るまでにまだ解き明かされていなかった謎が一つあります。
それは「なぜ五月は東山をフッたのか?」という疑問符です。
別にスルーしても問題ないようなわずかなひっかかり。しかし、そこには大きな意味が隠されていました。
お察しの通り、五月は東山の計画を知ってしまったために急に別れを切り出したのです。
話は簡単です。いきなり彼氏が進路変更を決めたり、引っ越しをしたり、犬を飼いだしたりすれば、誰だって不審に思うに決まっています。
五月は浮気を疑って東山のPCを調べました。
そして、隠しフォルダの奥の奥で一つのワードファイルを見つけます。
開いてみると……
『女子高生に殺されたい』
それは東山の犯罪計画書でした。
小説という体をとってはいるものの、登場人物は明らかに東山と真帆です。
五月は激しく苦しみました。東山を愛していたからこそ、悩んで、泣いて……。襲いくる耐えられないほどの嫌悪感のなか、五月は結論を出しました。
「気持ちがなくなっちゃった……ごめんね」
五月は東山と別れ、カウンセラーとして順調にキャリアを積んでいきます。
しかし、東山の存在を完全に忘れられたわけではありません。
むしろ、他人の心を健康にする手助けをすればするほど、東山を見捨ててしまったことへの後悔が募るようでした。
(私は……愛する人のことは投げ出してしまった……。なぜあの時、春人の話を聞き、その深い闇を光の方へ導かなかったのだろう……)
五月は行動を開始します。まずは興信所に依頼して、真帆の情報を集めました。
実際に一目見てみようと中学校の体育祭へ足を運んでみると……
(春人……!)
そこには父兄に混ざって真帆に視線を注ぐ東山の姿がありました。
その時、溢れだした感情は……一言では言えないものだった。懐かしさと……罪悪感と……。
かつての嫌悪感はもう無く、五月は東山を救ってみせると決意を固めます。
スクールカウンセラーになったのも、二鷹高校に赴任してきたのも、すべては五月の計画のうちでした。
「私は春人の計画を阻止するために、ここへ来たのよ」
統合
五月の登場によって計画は完全に破綻していましたが、それでも東山は諦めません。
執念深く真帆に手を伸ばし、声の限り「キャサリン!!」と叫び続けます。
五月は鋭い声で東山を制止しました。
「やめて! もう無駄よ!! キャサリンはもう出て来ないの!!」
それが事実だと断言する五月の声色に、東山の動きがピタリと止まりました。
「この子にはもうキャサリンを呼び出す力はないわ。この子はすでに……統合しかかっているの」
いくら心を守るための存在とはいえ、いくつもの人格を心に棲まわせている状態は不安定で不健康です。
五月はカウンセラーとして密かに真帆の心をケアし、カオリたちがいなくても現実を受け止められるよう支援していました。
統合とはつまり、真帆のなかから別人格が消え去ることを意味しています。
カオリが言います。
『なあ真帆、私そろそろ消えようと思うんだ。あおい、雪生、五月先生。私がいなくても真帆はみんなに守られてるよ。この3人は本気で真帆のことを心配し、この障害を治そうと努力してくれた』
その声は真帆にもしっかりと届いていました。
皮肉にも、東山という脅威を乗り越えたことにより、統合が果たされようとしていました。
『私は消えるよ。キャサリンと一緒に……』
「待ってくれ! キャサリンは連れて行かないでくれ!!」懇願する東山に、カオリは冷めた目を向けて言いました。
『まだわかんないの? キャサリンは私なんだよ』
東山はキャサリンの存在を勘違いしていました。
キャサリンとは独立した別人格ではなく、暴走したカオリを指す状態だったのです。
※「キャサリンモード」のカオリ、という感じでしょうか
東山はすがるような目でカオリに「僕を殺してくれ……」と頼みますが、もちろん聞き入れられるわけもありません。
それどころか、真帆が自分自身にちゃんと向き合い始めたことでカオリの力は弱まっていて、キャサリンが出てくる力はもう残っていないのだといいます。
「そ……そんな……」
絶望する東山の目の前で、カオリ(キャサリン)は真帆のなかから消えていきました。
※以下、カオリが消える場面
…………
『真帆ー真帆ー、じゃあ行くな』
「今までずっと、守ってくれてありがとう」
『私のことは、さっさと忘れちまいな』
「私ね……カオリと会ってから思い出したの、小さい頃からいつも一緒だった、とっても大好きなお人形がいて……でもそれは知らないうちにママに捨てられちゃって……その子の名前が、カオリだった……。ずっと……ずっと私のこと見守っててくれたんだね」
『……』
「忘れない! 私、忘れないから!!」
『……』
「さよなら……カオリ……」
結末(最終話)
東山の計画は失敗に終わりました。
五月は真帆たちを先に帰らせて、打ちひしがれている東山に寄り添います。
「命を奪われたいと願うこと。それは愛されたいと願うことと同じなの」
東山の《病》の根源は、両親からかまってもらえず寂しい思いをした幼少期の体験にあるのではないか、と五月は分析しています。
だとすれば……
「付き合ってた時、私がもっと愛してることを表現すれば……こんなことにはならなかったかもしれないのに……」
五月が人生をかけてまで東山の計画を打ち砕いたのは、後悔と贖罪のためでした。
「君は……僕のこと……愛していたのか……。僕は愛されてることを感じる能力が欠如しているんだ」
座り込んだまま無気力につぶやく東山は精も根も尽き果てた様子で、生きる屍のように空中にぼんやりと視線を漂わせています。
五月はかつて愛した恋人の手を握り、涙ながらに訴えました。
…………
「今からでも遅くない。春人を救いたい」
「無理だよ……」
「無理じゃない……私が……春人を救うから……!」
「ねえ、とりあえず……うちに来ない?」
絶対に救ってみせるという五月の強い決意が伝わったのでしょう。このまま廃人になりそうな雰囲気だった東山の目に、うっすらと涙がにじみます。ふたりの心がつながったのだと察せられる、感動的なシーンでした。
エピローグ
季節は巡って12月24日。
真帆は雪生とデートしています。当たり前のようにあおいもついてきていて、雪生はちょっぴり不満そうです。和気あいあいとイルミネーションに輝く街並みを歩く三人は楽しそうで、もうすっかり事件の影は感じられません。
一方、東山は五月と一緒にクリスマス・イブの日を迎えていました。
ふたりは生活をともにしていて、幸せそうに笑いあっています。
東山はすっかり立ち直ったようで、まるで憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていました。
五月は僕を愛で包んでくれている。そのお陰で安定した気持ちで生活している。今は臨床心理士の資格を取ろうと再度勉強中だ。
物語も残すところ数ページ。
大団円を迎える準備はバッチリという雰囲気のなか、東山のモノローグが差し込まれます。
臨床心理士の資格と共に、皐月には内緒で勉強していることがある。
それは……催眠術。
そう……僕はまだ……。
ショーウィンドウに足を止めた五月の隣で、東山は賑わうイブの街並みに視線を向けます。
視線の先にいるのは……真帆。
五月に呼ばれて向き直るまでの一瞬、東山の目は獲物を狙う鷹のように鋭く光っていました。
<女子高生に殺されたい 終>
補足
漫画の最後のコマは『女子高生に殺されたい』というタイトルで締めくくられていました。これを東山のモノローグの続きであると解釈するとこうなります。
『そう……僕はまだ……女子高生に殺されたい』
最後の最後でハッピーエンドを完膚なきまでに否定する、ニクイ演出でした。
感想
「なんでこれだけの本格サスペンスが、漫画二巻に収まってるんだ???」いまだに狐につままれたような気分です。
たとえるなら精巧な寄木細工といったところでしょうか。
最初の一ページから最後の一コマまで完璧に計算されていて、見渡す限り一切の無駄・余分がありません。
単行本の帯にも『緻密に練られたプロット』という売り文句が書かれているのですが、まさにその通りだと思います。
物語がおもしろかったのはもちろん、これだけ濃く深い内容をよくも漫画二冊に収められるものだな、とプロの構成力のすごさに感服しました。
そのまま長編小説にしてもたぶん違和感ありませんよ、コレ。
それに加えて、もちろんストーリーもおもしろかった!
オートアサシノフォリアという耳慣れない題材からして興味を引かれましたし、どんどん新事実が発覚していく展開のおかげでワクワクが途切れませんでした。
そしてなんといっても、あの結末です!
「そうでなくちゃ!」と思わず拍手を送っていました。
せっかく人間のドロドロした感情を煮詰めたような物語だったのに、後味スッキリではもの足りません。
「これからどうなるんだろう?」と想像せずにはいられない、最高の幕切れでした。
後藤あおいについて
作中でいちばん印象的だったキャラクターは後藤あおいです。
あおいは最初から東山を警戒していたのですが、その理由が「天才的な記憶力によって、東山こそが真帆をつけ狙っていたストーカーだと気づいていたから」だと発覚するシーンでは鳥肌が立ちました。
また、ラストシーンにおいてもあおいは特別な存在感を放っています。
イブの街並みで真帆を見つめる東山に、あおいだけが気づいていたのです。
真帆が女子高生でなくなるまで、まだあと一年あります。
その間に今度は東山とあおいの攻防が繰り広げられるんじゃないか……そんな想像が膨らみました。
古屋兎丸『女子高生に殺されたい』を読みました❗️
自分を標的にした倒錯的な殺害計画。完全犯罪をもくろむ男の裏の顔に、無垢な女子高生は気づきません。しかし、女子高生にもまた規格外の《秘密》があって……?#田中圭 さん主演で映画化(4月1日公開)
⬇️あらすじと感想https://t.co/7vAdyoz8dq— わかたけ@小説読んで紹介 (@wakatake_panda) February 7, 2022
まとめ
今回は古屋兎丸『女子高生に殺されたい』のあらすじネタバレ解説(と感想)をお届けしました!
古屋兎丸さんが好きな人はもちろん、ミステリやイヤミス系が好きな人にもおすすめです。
漫画を読んでる時間あたりの満足度という意味では、最高にコスパのいい作品でした。
映画情報
予告動画
キャスト
- 田中圭
公開日
2022年4月1日公開
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