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『夜明けのすべて』あらすじと結末|感想|瀬尾まいこ【映画原作小説】

瀬尾まいこ『夜明けのすべて』を読みました。

若い男女の物語ですが、恋愛のお話ではありません。

心身の不調を扱った物語ですが、悲劇も奇跡も起こりません。

隣に苦しんでいる人がいたら、助けてあげたいと思う。おせっかいで優しい二人の助け合いを描いた物語です。

今回は小説『夜明けのすべて』のあらすじと感想をお届けします。

ぱんだ
ぱんだ
いってみよう!

物語のネタバレを含みます。ご注意ください。

あらすじ

職場の人たちの理解に助けられながらも、月に一度のPMS(月経前症候群)でイライラが抑えられない美紗は、やる気がないように見える、転職してきたばかりの山添君に当たってしまう。

山添君は、パニック障害になり、生きがいも気力も失っていた。

互いに友情も恋も感じてないけれど、おせっかい者同士の二人は、自分の病気は治せなくても、相手を助けることはできるのではないかと思うようになる――。

生きるのが少し楽になる、心に優しい物語。

藤沢美紗

PMSと一口にいっても症状は人によってさまざまですが、美紗の場合は《怒り》の感情が爆発してしまいます。

かっと頭に血が上ったが最後、目についた人を攻撃せずにはいられません。

山添くんには「ペットボトルのキャップを開ける音がうるさい」なんて言いがかりでしかない理由で当たってしまいました。

  • 「炭酸飲むのやめてほしいんだけど」
  • 「その音、すごく耳につくし」
  • 「炭酸ばかり飲んでないで、さっさと仕事すればいいのに」
  • 「私おかしなこと言ってますか」
  • 「私がおかしいみたいに、なんなんですか?」

めちゃくちゃなことを言っているという自覚は美紗にもあります。頭ではちゃんと理解しているのに、口からは勝手にひどい言葉があふれ出してしまうのです。

今の職場、社員6名の栗田金属では理解を得られていますが、新卒で入社した会社はわずか半年で辞めなくてはならなくなってしまいました。

美紗のPMSのやっかいなところは、いつ症状が出るかわからないことです。

生理周期に合わせて月に一度ほどの頻度ではあるものの、「今日だ」とわかるものではないですし、昼か夜かも不安定です。

うまく家で発散できればいいのですが、会社や友達といるときに爆発してしまうと……。

ぱんだ
ぱんだ
しんどいね

美紗は28歳。PMSとのつきあいはもう10年以上になります。

ありとあらゆる対策を試してみましたが、どれも効果はありませんでした。


山添孝俊

ある日、山添くんは会社で倒れてしまいます。パニック障害の発作によるものでした。

やる気がないなぁ、くらいに思っていた山添くんが深刻な病気を抱えていただたんて、美紗は思ってもみませんでした。

山添くんがパニック障害になったのは二年前のことです。

心因性、特にストレスが原因だとされるパニック障害ですが、山添くんにはまったく身に覚えがありませんでした。

今となっては見る影もありませんが、山添くんはもともと陽気で活動的な性格でした。仕事もプライベートも順風満帆そのもの。悩みとは無縁の楽しい人生を謳歌していました。

それがどうしてパニック障害になってしまったのか、山添くんには今もわかりません。

ぱんだ
ぱんだ
……

パニック障害の症状をひと言でいえば「不安」です。

わたしたちには想像もできないほどの激しい不安。そこには耐えられないほどの気持ち悪さがともないます。全身から冷や汗が吹き出し、一歩も動けなくなって……地獄の苦しみといっても過言ではないでしょう。

パニック障害の発作は特に「身体的な自由を制限される状況」で発症します。

美容院や歯科医なんてもってのほか。電車や外食などもNG。室内では出口を意識することでようやく落ち着いていられます。

パニック障害は山添くんからあらゆるものを奪っていきました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「前の俺は、おしゃれな美容院にだって行けたし、ジムにも通ってたからもっと筋肉質だったし、洋服にも気を遣ってたし、あちこちに出かけて……。

それに、仕事もバリバリしてたし、友達も彼女もいて、週末はだいたい出かけてて、マクドナルドやスタバどころかフランス料理もラーメンも食べられたし。

それが一瞬にして変わってしまったんです。だから、今は楽しいことなんて何もない」

 

山添君は投げ捨てるように言った。

「そんなこともないだろうけど……」

「そんなことあります。何を食べてもおいしくないし、何を見てもおもしろくないし、やりたいこともやるべきことも、何もないんですから」


助け合い

二人の交流は美紗のおせっかいから始まります。

休日に山添くんの家に押しかけて、開口一番

「その髪型、ひどいなってずっと思ってて」

喧嘩を売っているわけではありません。美容院に行けない山添くんのために、髪を切ってあげようという申し出です。

「髪が伸びているから、私が切りますってこと。とりあえず上がっていい?」

困惑する山添くんを横に、美紗はちゃっちゃと準備を進めていきます。散髪用のハサミ、くし、ケープ。

そうしていざ、髪を切ってみると……

「あれ、おかしいな……」

結果は大失敗。山添くんは無残にもこけしのような髪型になってしまいました。

山添くんはショックで青ざめるか、はたまた怒り出すかと思いきや……

「二年ぶりに笑った……。久しぶりすぎて、みぞおちが痛い……」

意外にも大ウケでした。

その後、髪形はなんとか軌道修正に成功。山添くんはちょっと不格好ながらもスッキリとした髪型になりました。

そのお返し、というわけでもないのでしょうが、次は山添くんが美紗のフォローを買って出ます。

PMSでイライラが爆発する気配を感じ取った山添くんは、美紗を会社の近くの空き地に連れ出します。そこでならどれだけ喚いても(山添くん以外には)迷惑はかかりません。

おかげで美紗は、いつもお世話になっている栗田金属のみんなに突っかかって後から自己嫌悪に陥る……というパターンを回避できました。

それからも問題を抱えた二人の小さな交流は続いていきます。

トラブルをフォローするだけじゃなくて、お正月にお守りを送ったり、いつもカロリーメイトばかり食べている山添くんにご飯を買ってきてあげたり、感動した映画の感想を熱弁したり……。

※ぜんぶ美紗のアクションですね

二人は友人でも恋人でもありません。けれどお互いの苦しみを知っている隣人がいるというのは、それだけで負担を軽くしてくれるようでした。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「俺、三回に一回くらいなら藤沢さんを助けられる自信があります」

「助ける? 何から?」

「藤沢さんのいらだち、俺、なんとなくタイミングがわかります」

「山添君、おかしなことに自信過剰なんだね」

「次のPMSのいらだち。起こる前に、止めますね」

「そんなことできるの?」

藤沢さんは目を大きく開いた。

「藤沢さんを観察してれば、なんとなくわかりますから」

(中略)

好きじゃない相手であったとしても、笑ってくれるとうれしくなる。

毎回じゃなくていい。たった一度だとしても、パニック発作を減らしてくれるとしたら、どれだけありがたいだろう。

藤沢さんも同じはずだ。

来月。きっと藤沢さんを止められる。

根拠のない小さな自信が、俺の中に湧いていた。


結末

パニック障害は治るまでに十年、二十年とかかる人も多いそうです。

山添くんの病気が簡単に治ったりはしません。

ただ、美紗と話をするようになってからというもの、山添くんはいい方向に変わっていっているようでした。前よりずっと生き生きして見える、といいましょうか。

好きだったことを思い出した、と山添くんは言います。

和菓子を食べること。自転車に乗ること。そして仕事も。

これまでの山添くんは、決められた仕事をこなすだけでした。仕事は生きていくためのお金を確保するためのものでしかありませんでした。

物語の終盤では、そんな山添くんが企画書を提出し、新しいプロジェクトを立ち上げます。

プロジェクトといっても栗田金属の倉庫を一般向けに開放して、個人のお客さんにも商品を知ってもらってはどうか、という小規模なものです。

それでも社長はうれしそうにゴーサインを出してくれました。山添くん自身もワクワクしています。

そうした心の持ちようの変化のためでしょうか。月に一度の心療内科では、薬の量を減らしてみることになりました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

薬を減らせば、発作の回数も、不安を感じる瞬間も増えるかもしれない。それを想像すると怖い。

けれど、いつ来るかわからないものにおびえて、この場から動けずにいるのはもっと恐ろしいことなのかもしれない。

もらった一週間分の薬。一日に飲む量は0.4ミリグラム減っただけだ。手にしてみても、わからない重さ。たったそれだけを切り離すのに二年かかった。

そして、またその0.4ミリグラムがなくてはならない日に逆戻りすることがあるかもしれない。

だけど、今は単純に見せてみたい。何にも支配されていない素のままの俺を。

そう、たぶん、藤沢さんに。

「さあ帰ろう」

自転車に乗って、家へと向かう。空の色はもう濃い紺へと向かっている。

夕日が沈む前に帰らないと。いつも押し迫ってくる夜に焦らされ、家まで急いでいた。

でも、夕日は必ず朝日になることを、今の俺は知っている。

ペダルを漕ぐたびに、春の風が体に触れる。

明日は何をしようか。そんなことを考えながら自転車を進ませた。

<おわり>


感想

この物語ではパニック障害やPMSの症状についてわかりやすく語られています。

わたしなどは「そんなおそろしいことがあるのか」と驚かされたものですが、一方で、啓蒙がこの物語の本質なのではないのだろうな、とも思いました。

「心身になにひとつ問題のない人などいるのだろうか?」作中にはそう問いかける一節があります。

《問題》というと大げさですが、《悩み》と置き換えれば、なるほど大小ひっくるめて悩みのない人などそうそういないように思われます。

……という前提で、物語の展開をふり返ってみると、いろいろと思うところが出てきます。

自分が抱えている悩みは外から見えないこと。

どんなにふつうに見えても、わたしの(そしてあなたの)隣にいる人も悩みを抱えているであろうこと。

正直、わたしは美紗ほどおせっかいではないので「よし、ならば近くにいる人の助けになろうじゃないか!」とはいきません。

せいぜい、身近な人が無理をしてないかそれとなく観察してみようかな、くらいのものです。

やや情けなくもありますが、でも、もし自分がつらいとき、誰かがそれに気づいてくれたら? それだけで気持ちがふっと軽くなることもあるかもしれません。

だから、まずは小さな心がけから。

今よりちょっぴりでも、美紗や山添くんのような「おせっかい」になれたらいいな、と思います。

夜明けのすべて

『夜明けのすべて』は作者の瀬尾まいこさん自身がパニック障害と診断されたなかで執筆された小説だそうです。

以下は、刊行にあたってのコメントです。

人生は想像より厳しくて、暗闇はそこら中に転がっていて、するりと舞い込んできたりします。でも、夜明けの向こうにある光を引っ張ってきてくれるものも、そこら中にきっとあるはずだと思いたいです。

瀬尾まいこさんや山添くんにとってのパニック障害は、夜であり暗闇だったのでしょう。

では、夜明けとは?

病気の完治がそれにあたるような気がします。しかし、物語では山添くんの病状は(ほとんど)変わらないままに幕引きを迎えます。

それでいてあの結末はたしかに「夜明け」のように感じられました。

山添くんにとっての薄明がなんだったのか、野暮なことは言いません。

まさに『夜明けのすべて』という題がぴったりな、優しい小説でした。

ぱんだ
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まとめ

今回は瀬尾まいこ『夜明けのすべて』のあらすじと感想をお届けしました。

とにもかくにも美紗と山添くんの関係がすばらしい小説です。

たしかに二人は友達でも恋人でもありません。

友達でも恋人でもないから、なにかと気を遣うこともなく、素のままの自分で接していられます。

特に好きってわけじゃないけど、一緒にいて楽。美紗なんかはふらっと山添くんの家に寄ったりしていて、「あ、なんかいいな」と思わされました。

作中で印象に残っている場面があって、二人の関係性についてなのですが、

「好き」でも「好きになりそう」でもなく、

好きになることができる。

山添くんが言い出して、美紗が同意したその言い回しがなんだかよかったです。

※ここのニュアンスは説明が難しいので……気になる方は読んでみてください

山添くんが順調に薬の量を減らしていって、薬の影響がなくなっていったら、二人の関係はどう変わっていく(あるいは変わらない)のでしょうか。

そんなことを想像させる爽やかな結末で、たいへん満足しました。

 

映画情報

キャスト

  • 松村北斗(SixTONES)
  • 上白石萌音

公開日

2024年2月公開

ぱんだ
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またね!


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