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『ゲームの名は誘拐』あらすじネタバレ解説|東野圭吾【ドラマ原作小説】

東野圭吾『ゲームの名は誘拐』を読みました。

おもしろい! 圧倒的におもしろい!

初版は2002年。スマホもない時代を舞台にした狂言誘拐ものですが、令和に読んでもおもしろいんだから東野圭吾さんはやっぱりすごい。

狂言誘拐というと「身代金の受け渡し」が一番の見せ場だったりするものですが、本作は一味違います。

狂言誘拐が完遂されたその先、ちりばめられていた違和感の答えが明らかになる【真相】にご期待ください。

今回は小説『ゲームの名は誘拐』のあらすじがよくわかるネタバレ解説をお届けします。

ぱんだ
ぱんだ
いってみよう!

あらすじ

敏腕広告プランナー・佐久間は、クライアントの重役・葛城にプロジェクトを潰された。

葛城邸に出向いた彼は、家出してきた葛城の娘と出会う。

《ゲームの達人》を自称する葛城に、二人はプライドをかけた勝負を挑む。

娘を人質にした狂言誘拐。

携帯電話、インターネットを駆使し、身代金三億円の奪取を狙う。

犯人側の視点のみで描く、鮮烈なノンストップ・ミステリー!

(文庫裏表紙のあらすじより)

ゲームスタート

まずは《犯行動機》について確認していきます。

佐久間駿介は数週間もかけて練り上げた一大プロジェクトを、クライアントである日星自動車の副社長・葛城勝俊の一声で白紙にされました。

だから動機は復讐……とそう単純ではありません。

佐久間と葛城は、ある意味、同じタイプの人間です。優秀であるがゆえに傲慢。エリートとしてのプライドが高く、仕事においても絶対的な自負を持っています。

ただし、両者には決定的な差がありました。社会的な立場です。中堅広告会社の一社員である佐久間が、大企業の副社長に異を唱えることは許されません。

だから、佐久間が求めたのは葛城勝俊と対等に知恵比べできる状況でした。葛城勝俊に勝利することで、佐久間は己の有能さを証明しようとしたのです。

ぱんだ
ぱんだ
なるほど

一方、葛城の娘である樹里にも確固とした動機がありました。

というのも、樹里は愛人の子どもだったのです。

葛城家には後妻との間に生まれた千春という娘がいます。となれば、前の愛人との子どもである樹里は邪魔者でしかない……よくある話です。

その日、樹里が佐久間と出会ったのは、葛城邸の塀を乗り越えているところを目撃されたのがきっかけでした。

千春の化粧クリームを使ったことで口論になり、その勢いで家を飛び出したのだと樹里は説明します。突発的な行動だったため、彼女はケータイすら持っていませんでした。

葛城家には恨みがある、と樹里はいいます。また、葛城家の正式な娘ではない彼女には生きていくための金も必要でした。

樹里の話を聞いて、佐久間は決心します。いよいよゲームのはじまりです。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「ゲームをやってみないか」おれはついに口を開いた。

「ゲーム?」樹里は疑う目をしている。

「君の望みを叶えるゲームさ。君は葛城家から、君の価値に見合うだけの金をせしめることができる。同時におれは報酬を手にする」

「何をしようっての?」

「――とは意外な台詞だな。これはそもそも君がいいだしたことなんだぜ」

おれはもう一度缶ビールを手にした。ごくりと飲み、彼女を見据えて続けた。

「誘拐ゲームだ」


ゲームセット

はじまったばかりでアレですが、狂言誘拐の駆け引きは(そこまで重要じゃないので)割愛します。

ぱんだ
ぱんだ
えっ

結論からいえば、狂言誘拐は成功に終わります。

佐久間は警察を欺くため極めて慎重に手順を踏み、一方で、ここぞというときには大胆な手口に打って出ました。

その結果、彼らはついに三億円の身代金を手に入れます。

あとは樹里が葛城邸に戻れば、ゲームは終わり。二人が会うことはもう二度とありません。

佐久間の心には、肉体関係を結んだ樹里との別れに後ろ髪を引かれる思いもありました。しかし、彼は一時の感情ですべてを台無しにするような男ではありません。

警察の事情聴取にはどう受け答えするべきか、念入りに確認した後、佐久間は樹里と別れました。

ぱんだ
ぱんだ
おわり?

もちろん、ここで終わるはずもありません。

むしろ、本番はここからです。

狂言誘拐を完遂した佐久間は、とある噂を耳にします。

それは「葛城樹里が行方不明らしい」というものでした。

噂を裏づけるように、葛城勝俊からも身代金を払ったのだから娘をはやく解放しろという催促が届いていました。

いったいどういうことなのか? まさか樹里は家に戻らず、金を持って行方をくらませてしまったのか? だとしたらまずい。樹里はいずれ警察の網に引っかかる。そうなれば狂言誘拐だったことが露呈してしまう……。

佐久間が困惑している間にも事態はどんどん深刻になっていきます。テレビからは警察が葛城樹里の捜索に乗り出したというニュースが流れてきました。

そして――

※以下、小説より一部抜粋

…………

おれが心底驚いたのは次の瞬間だった。テレビ画面に女の顔が映し出されたのだ。

何かのスナップ写真らしい。写真の下には、葛城樹里さん、と文字が出ている。

女性アナウンサーの説明が続いていた。しかしおれの耳に彼女の声は届いていなかった。

もしもそばに誰もいなければ、おれはテレビ画面に向かって喚いていたことだろう。その衝動を抑えるのに、とてつもない努力を強いられていた。

テレビに映っている葛城樹里の顔、それはおれの知っている樹里ではなかった。

全く知らない別人の顔だった。

ぱんだ
ぱんだ
どゆこと!?


違和感

佐久間の共犯者だった樹里は、本物の葛城樹里ではありませんでした。

彼女はいったい何者だったのか? なぜ、葛城勝俊は身代金を支払ったのか? 本物の樹里が行方不明になっている理由は?

噴出する謎に答えを出すためにも、まずは伏線……狂言誘拐において佐久間が覚えた数々の《違和感》について整理しておきましょう。

ぱんだ
ぱんだ
違和感?

たとえば、葛城勝俊の行動がそうです。

娘が誘拐されたというのに、葛城は平然と会議に出席していました。そしてなぜか、プロジェクトから外したはずの佐久間をたびたび会議に呼び出していました。

ある時など、佐久間は自身の手がけたゲームのプレゼンまでさせられています。日星自動車とのプロジェクトとはまったく関係がないにもかかわらず、です。

葛城勝俊は明らかに佐久間駿介を意識していました。

これはいったい……?

ぱんだ
ぱんだ
ふむ……

同様に、樹里(偽)の行動にも不審な点がありました。

たとえば、彼女はすすんで佐久間に抱かれようとしていたように思われます。そうなるように誘導した、と言いかえてもいいでしょう。

共犯者としての信頼関係を築くため。ストックホルム症候群。説明はいくらでもできそうですが、それでも小さな違和感が残ります。

そして、もうひとつ。「ユキちゃんのマンション」について。

狂言誘拐が始まってまもなくのこと、樹里(偽)は友人のユキちゃんに電話していたことを思い出します。留守番電話にメッセージを残してしまったとも。

狂言誘拐だと一発でわかってしまうような重要な証拠です。幸い、ユキちゃんはアメリカに行っていて、樹里(偽)はユキちゃんの家に入ることができました。

樹里(偽)の提案で、二人はユキちゃんのマンションがある横須賀に出向きます。そうして留守番電話のメッセージを消去しました。

佐久間の車でマンションに乗りつけてはいらぬ目撃情報を増やす恐れがありました。そのため佐久間は(樹里が留守電のメッセージを消す間)近くのファミレスで待機していたのですが、そのとき、車にスプレーを吹き付けられるいたずらをされてしまいます。

ほんの小さなことに思えますが、これも違和感のひとつです。

樹里(偽)に関する違和感は他にもあります。身代金の分け前は樹里(偽)が九割でした。二億七千万円の現金を隠しておく場所として、樹里はユキちゃんの部屋を思い浮かべます。

そうして二人は再び横須賀へと赴きました。二億七千万は物理的に大荷物です。今度は佐久間の車で直接、ユキちゃんのマンションに乗りつけることにしたのですが……。

ぱんだ
ぱんだ
ですが?

樹里(偽)の道案内はあやふやで、ユキちゃんのマンションにたどり着くまでに佐久間はうろうろと運転させられました。そして、樹里(偽)がマンションに入っていったあと、佐久間はマンションを俯瞰していたのですが、どの部屋にも明かりがつかなかったのです。

樹里(偽)によればマンションは女性専用で、部屋の間取りはワンルームだといいます。部屋の明かりを見逃すはずがありません。

樹里(偽)は暗い部屋で現金を隠す作業をしたのでしょうか? マンションの前に佐久間の車が乗りつけている以上、今さら警戒もなにもないように思われますが……。

ぱんだ
ぱんだ
たしかに

続いて、狂言誘拐全体を通しての違和感です。

佐久間は警察の動きを把握するため数々の策を実行しました。たとえば、身代金を運ぶ葛城の車に尾行がついていないか、といった確認です。

しかし、どうしたことでしょう。葛城を尾行する警察の車両は確認できませんでした。それだけではありません。あらゆる検証において、警察の影はまったくありませんでした。

葛城勝俊は警察に通報していなかった?

まさか、と否定しつつも、佐久間の頭からはいつまでもその疑いが消えませんでした。

ぱんだ
ぱんだ
伏線がいっぱい!

さて、長々とお付き合いいただきましたが、残す違和感はもうひとつだけです。

最後にして最大の違和感。それは葛城勝俊があっさり《ゲーム》に敗北したことに他なりません。

狂言誘拐を通して、葛城にはこれといった抵抗が見られませんでした。佐久間の指示に従順に従い、もしかしたら警察にも通報せず、身代金の三億円を支払いました。

佐久間の知る葛城勝俊は、断じてそんな男ではありません。誘拐をも犯人との《ゲーム》と捉え、全力で勝利をもぎとりにくるような男であるはずなのです。

それなのに、葛城はあっさりと《ゲーム》から降りました。

あまりに無抵抗すぎて、逆に不気味ですらあります。

それだけ樹里(偽)が大切だったということでしょうか? しかし、樹里は愛人との子どもですし、なにより佐久間が誘拐したのは本物の樹里じゃなかったわけで……。

……といったところで、伏線の紹介は終わりです。

樹里(偽)は何者だったのか? 葛城勝俊の目的は?

ここからは狂言誘拐の裏に潜んでいた事件の真相に迫っていきます。

<すぐ下のネタバレに続く>


ネタバレ

佐久間と行動をともにしていた樹里は偽物でした。しかし、彼女が葛城邸の堀を乗り越えて家出しようとしていたことは確かです。

となれば、偽物の樹里の正体には見当がつきます。

葛城勝俊のもう一人の娘、葛城千春です。

ニュースを見た佐久間も同じ考えに至りました。千春はお嬢様学校に通う高校三年生ですが、ここのところはずっと欠席しているとのことでした。

佐久間は千春の同級生から彼女の顔写真を見せてもらいます。間違いありません。

狂言誘拐に加担していたのは葛城千春でした。

しかし――

“わからないのはそこからだ。なぜ彼女は自分のことを樹里と名乗ったのか”

仮に樹里のふりをしたのが単なる気まぐれだったとしても疑問は残ります。葛城家は「樹里を誘拐した」とする佐久間の間違いを指摘しませんでした。

本物の樹里が行方不明になったタイミングは、ちょうど佐久間たちの《ゲーム》が始まった頃と同時期です。

葛城勝俊は佐久間が本物の樹里を誘拐したのだと勘違いしたのでしょうか? いいえ、千春は狂言誘拐の人質役として何度も電話口に出ています。父親である葛城勝俊なら、千春と樹里の声を聞き分けられたはずです。

佐久間は考えます。

“犯人が姉と妹を間違えていようと、娘を誘拐されたことに変わりはないから、敢えて指摘する必要もないと思ったのか。下手に犯人を刺激しないほうがいいと判断したのか”

葛城家の二人の娘。千春はすでに家に帰っている、と佐久間は見ていました。

一方で、佐久間とは会ったこともない本物の樹里は消息不明。そして、葛城勝俊は「樹里が帰ってきていない」と誘拐犯に催促している。これはいったい……?

※以下、小説より一部抜粋

…………

それからさらに十日が経った。おれの気持ちが安らぐことはなかった。新聞やニュースを見るかぎり、葛城樹里失踪事件に進展らしきものはない。

このまま何事もなく過ぎてほしいというのが正直な思いだった。できることなら葛城邸に乗り込み、千春に会わせろと怒鳴りたいところだった。葛城勝俊の襟首を掴み、一体何を考えているのかと問い詰めたかった。

睡眠不足が続いていた。この朝、おれは布団の中で悶えていた。起きねばならない時刻だが、頭がどうにも重かった。会社を休む理由を考えたりした。

だがそんなおれを電話のベルが起こした。容赦のない鳴り方だった。這うようにしてベッドから出て受話器を取った。

「はい、もしもし」

「佐久間か。俺だよ、小塚だ」

「ああ、どうかしたんですか」

「眠そうな声を出してるところをみると、まだテレビを見てないな。スイッチを入れてみろ。事情を把握したら、電話をくれ」

それだけいうと彼は電話を切った。

おれは頭を搔きむしりながらテレビのスイッチを入れた。朝のニュース番組が流れていた。

男性キャスターが何かしゃべっている。樹里、と聞こえたのでおれは目を見開いた。ボリュームを大きくする。

「今朝未明、横須賀市で、若い女性と思われる死体が発見されました。女性の身元は指紋などから、日星自動車副社長葛城勝俊さんの長女、樹里さんではないかとみられています。樹里さんは二十日ほど前から行方不明で――」


もうひとつの計画

葛城樹里の死体は三浦半島の丘に埋められていたのだといいます。

佐久間は思い出さずにはいられません。横須賀(ユキちゃんのマンション)からの帰り道、千春に誘われて寄り道したのが、まさに三浦半島の丘でした。

星のよく見える丘でした。そこは佐久間が千春を抱いた場所でもあります。

葛城樹里の死体からは男の陰毛と体液が見つかっている、という裏情報を佐久間は入手します。あの夜、星の美しい丘で、ゴムを処理したのは千春でした。

ぱんだ
ぱんだ
あっ……

一方、テレビでは今さらになって誘拐事件のことが報じられ始めました。

『先日遺体で発見された日星自動車副社長葛城勝俊さんの長女樹里さんが、じつは誘拐されていたことが警察関係者により公表された。誘拐犯からの接触は樹里さんの失踪直後にあったが、勝俊さんらは樹里さんの身の安全のため警察への届けは控えていたという。身代金はすでに支払われており――』

狂言誘拐の最中、葛城勝俊はやはり警察に届け出ていなかったのです。とはいえ、樹里の身の安全のため、などという話はとても信じられません。

葛城勝俊には【何かの思惑】があったはずです。

いいえ、何かの思惑、などと遠回しな言葉を選ぶ必要はもうないですね。

葛城家には「樹里を誘拐した」犯人とのやりとりを録音したテープがあり、樹里の遺体には誘拐犯の痕跡が偽装されていました。

葛城樹里は誘拐犯に殺されたのだと、誰もが納得する状況です。この状況をつくりあげることこそが、彼らの狙いだったのです。

佐久間駿介は殺人犯の汚名を着せられようとしていました。


最終局面

佐久間は追い詰められつつありましたが、まだ【詰み】ではありませんでした。

警察に駆け込み狂言誘拐について自白すれば、少なくとも冤罪で殺人犯にされることだけは回避できます。

とはいえ、それはあくまでも最後の手段です。

佐久間はまだゲームを諦めていません。残された切り札を頼りに、佐久間は最後の勝負に打って出ます。

『葛城勝俊様

重大な要件あり。至急、連絡を乞う。(中略)こちらは現在の複雑な状況を、取引によって円満に解決することを望んでいる。

葛城千春を預かっていた者より』

メールへの反応は思わぬ形で訪れました。

佐久間が家に帰ると、千春が待ち受けていたのです。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「パパにメールを出したでしょ」

「その返事をずっと待っている。でもまさか君が来るとは思わなかった」そういってからおれは手近な疑問を口にした。「どうやって部屋に入った?」

彼女が小さなバッグから鍵を出してきた。この部屋の鍵に見えた。

「合鍵は作れないという触れ込みなんだけどな」

「あなたが貸してくれたスペアキー」

おれは腕を伸ばして机の引き出しを開けた。スペアキーを入れてあるコーナーを見た。

「スペアキーはここにあるぜ」

千春はにっこりと笑った。「それは偽物」

「偽物?」

おれは引き出しに入っていた鍵を取り出し、自分の鍵と見比べた。メーカーも形状も同じだが、よく見ると突起のパターンに微妙な違いがあった。

「すりかえたわけか」

「同じメーカーの鍵なんてどこにでもあるもんね」

「いつ手に入れたんだ」

「あたしは受け取っただけ。パパがこの近くまで持ってきてくれたの」

「パパが……ね」おれは吐息をついた。全身の力が抜けそうになった。「何もかもそっちが仕組んだことか」

「何もかも、というのは当たってないでしょ。だって誘拐ゲームを思いついたのはあなたじゃなかった?」

「それを利用したってわけか」

「チャンスを生かしたの。絶体絶命のピンチから逃れる、最後のチャンスだと思った」

「ピンチね」おれは無理矢理に笑い顔を作った。実際には余裕はなかった。「そのピンチの内容を当ててやろうか」

千春は射るような目をした。おそらくそれをした時もこういう目をしていたのだろうと想像させる表情だった。

彼女の目を見返しながらおれはいった。

「君が樹里さんを殺したんだろう?」

千春は狼狽を見せなかった。おれの答えを予想していたのだろう。葛城勝俊に送ったメールから、おれがほぼ真相を見抜いていることを、彼等父子も覚悟しているはずだ。

「わざとじゃないよ」彼女はいった。

人にちょっとした迷惑をかけた時の言い訳のように、じつに軽い口調だった。


真相

はじまりは口論でした。原因は樹里が千春の化粧クリームを勝手に使ったこと。

かつて(樹里のふりをしていた)千春はそれが嫌になって家出をしたのだと説明していましたが、真実は違います。

喧嘩の末、千春は樹里を刺し殺してしまったのです。

「何で刺したんだ」「ハサミ」

我に返った千春は葛城邸から逃げ出しました。

何か考えがあっての逃亡ではなかったと、千春は語ります。

「殺したのがあたしだってことはきっとすぐにわかるし、いろんな人間からいろんなことを訊かれるのがうざったかった。それに、犯人があたしだとわかれば、パパやママが何とかしてくれるんじゃないかと期待もしてた。いろんな面倒が片づいたら、家に帰ろうかなと思ってた」

そうして塀を乗り越えて逃げ出した千春は、佐久間と出会います。

樹里の名前を騙ったことに、この時点で深い意味はありませんでした。

「葛城千春の名前を出したくなかった。葛城千春が変なふうにうろうろしていることを、変な男に知られたくなかった」

自己防衛のためのちょっとした嘘。それが二人の運命を大きく左右することになります。

誘拐ゲームを提案されたとき、千春は閃きました。

「この人はあたしを樹里だと思っている。その樹里を誘拐したってことにしようとしている。この状況を何とかうまく使えないかなと思った。それでとりあえず話に乗ってみることにしたわけ」

このときの千春の直感は実に正しかったといえるでしょう。

樹里を自称したこと。誘拐ゲームに応じたこと。それらの前提があったからこそ、彼ら父娘の計画が成り立ったのですから。

誘拐ゲームのはじめから、千春は父親と連絡を取り合っていました。

佐久間には「ケータイは置いてきた」と説明していましたが、それは真っ赤な嘘。本当はずっと隠し持っていました。

「あんな大事なもの、忘れるわけないじゃない」

千春はずっとケータイに送られてくる葛城勝俊の指示に従って行動していました。

たとえば、横須賀に行かせたこともそうです。

樹里の死体を埋めるつもりだった場所に佐久間の痕跡を残しておく必要がありました。佐久間の車にスプレーが吹きつけられた事件を覚えているでしょうか。あの悪戯もその一環です。

あのとき、佐久間はファミレスで待機していました。そして、佐久間にスプレーの件を報告したのはファミレスの店員です。店員の記憶にはしっかりと佐久間の顔と車が刻み込まれているに違いありません。

「仮に警察が俺の写真を持って聞き込みに行ったら、店員が証言するかもしれない」

佐久間の痕跡といえば、もうひとつ言い逃れのしようもないものがありましたね。

陰毛と体液。本来、葛城勝俊は毛髪を手に入れろと指示していたのだといいます。

しかし――

「あたしはそれだけじゃ不完全だと思った」

千春は自分の判断で佐久間に抱かれたのだといいます。絶対的な証拠を手に入れるために。

そうとも知らず佐久間は千春に好意を抱きつつあったわけで、なんだか可哀想でもありますね。

とはいえ、まんざら完全な勘違いというわけでもなかったようですが……

「あたし、あなたのこと好きよ。度胸があるし、頭もいい。あなたがもっと頭が悪くて嫌な男だったら、あそこまではできなかったと思う」

佐久間を評価していたのは千春だけではありません。葛城勝俊もまた、佐久間のことを評価していました。

彼らが樹里殺害の件を隠ぺいするためには、その隠れ蓑となる誘拐計画が秀逸でなければなりませんでした。その点、佐久間の手口は葛城勝俊のお眼鏡にかなったのだといいます。

そうそう、佐久間が葛城勝俊にゲームのプレゼンをさせられたことがありましたね。あれには佐久間の能力を確かめるという目的がありました。佐久間のプレゼンに満足したことで、葛城勝俊はいよいよ彼をスケープゴートにしようと決めたわけです。

ぱんだ
ぱんだ
そんな意図が……

最後に、ユキちゃんのマンションについて。

もうお察しのこととは思いますが「ユキちゃんのマンション」は存在しません。佐久間が確かめたところによると、千春に案内されたマンションは女性専用でもなければワンルームでもありませんでした。

千春が身代金を隠しに行ったとき、部屋の電気がつかなかったのもそのはずです。千春は部屋には入らず、建物内の物置に現金を隠していたのですから。

「あたしたちが立ち去った後、すぐにパパが回収したってわけ」

狂言誘拐中の数々の違和感、それらは佐久間を陥れるための策略の一端でした。

葛城勝俊の思惑通り、いまや佐久間は樹里殺しの罪を被せられようとしています。

しかし、先にもお伝えしているように佐久間にはまだやれることが残っています。

すべてを警察に打ち明ければ、少なくとも殺人犯の汚名だけは回避できますし、葛城父娘に一矢報いることができます。

ただ、そのことは葛城勝俊も承知しているはずでした。

佐久間は千春に問います。

「君たちは俺をどうする気だったんだ?」

尋ねながらも、佐久間は答えに見当がついていました。佐久間の口から真実が漏れるのを防ぐ方法は、ほとんど一つしかありません。

突然の頭痛が佐久間を襲ったのは、まさにそのときでした。

飲んでいたワインに薬を盛られたのだと、佐久間は一瞬で理解しました。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「ワインに何を入れた」

「知らない。パパから渡された薬。注射器で、予めボトルに仕込んでおいたの」

麻酔薬の一種だなとおれはぼんやりした頭で考えた。

「最初から俺を殺す気だったのか」

「知らない。あたしはパパの指示に従ってるだけだもの」

殺す気だったんだよ。でなきゃ、この計画は成立しない。不完全な計画をあの男が立てるはずがない」

おれは立ち上がろうとした。だが身体がいうことをきかない。足がもつれ、ソファから滑り落ちた。テーブルの角が脇腹に当たったが、痛くない。

「あたしは言われたとおりにしただけ。後のことは知らない。後はパパが全部やってくれるはずだもの」

千春が立ち上がった。ワインを飲むふりをしていただけだったらしい。

意識が消えそうだ。目の前がかすみだした。

このまま気を失ってはいけない。ここで気絶すれば、彼等は計画通りにことを進めるだろう。つまりおれを殺し、自殺に見せかけるはずだ。その動機は、自らの罪の重さに耐えかねて、か。

あるいは、時間の問題で逮捕されることを覚悟して、かもしれない。

「……待て」それは必死で声を絞り出した。

「俺の話を聞け。聞いたほうが……いい」

千春がどこにいるのか、おれにはわからなかった。彼女におれの声が届いているかどうかも不明だった。それでもおれは全神経を喉に集中させた。

「パソコンだ……俺の……オートモービル・パーク(※)の……ファイルを……」

※葛城勝俊に潰された佐久間のプロジェクト


結末

佐久間が意識を取りもどすと、そこはまだ自室でした。

「気がついたようだね」

声の主はもちろん葛城勝俊です。千春の姿はすでにありません。

「先に帰したよ。遅くなると女房が心配するだろうからね」

葛城勝俊は佐久間の向かい側にゆったりと腰掛けて、煙草を吸っています。ひとまず攻撃的な雰囲気はありません。

最後に千春に伝えた【切り札】が功を奏したのでしょうか。とはいえ、まだ油断できない状況には変わりありません。

すると葛城勝俊はそんな佐久間の心中を見抜いているかのように言います。

…………

「計画がうまくいったとしても、葛城家としては安心できない。すべての秘密を知っている人間がいるからだ。佐久間駿介――この男をどうにかしなければならない。この男を自殺に見せかけて殺し、警察には葛城樹里誘拐の犯人と思い込ませる。それが計画の仕上げ。私の青写真はそういうものだったと君は推理したわけだ」

「違うんですか」

「違う、とはいいきれないね。全く考えなかったといえば噓になる。しかしねえ佐久間君。私はそれほど単純ではないよ。そう思われたのだとしたら少々心外だね。もっとも、君の気持ちもわかる。自分の立てた完璧な計画が、自分を陥れる形で逆用されたら、誰だって不安になるだろう。だからこそ君は、万一のことを考えてプロテクトを作っておいた。いやまあ君は本当に、私の見込んだとおりの男だよ」

………

そう言うと葛城勝俊はパソコンに目を向けました。やはり千春に告げた言葉はちゃんと届いていたようです。

実のところをいえば、葛城勝俊のいう【プロテクト】、佐久間にとっての【切り札】は万一のために用意していたものではありません。その写真は、佐久間が偶然、何の気なしに撮影していたものです。

それがこんな形で命綱になろうとは、当時の佐久間は思ってもみませんでした。

葛城勝俊は、そうした偶然を味方につけられるのもまた優秀な人間の条件なのだといいます。

“おれは苦笑した。この男からこんなふうに褒められる日が来るとは、まるで予想していなかった”

さて、長かったゲームもそろそろおしまいです。

二人のプレイヤーはすでにほとんどすべての手の内を明かしました。

残る手札は一枚。葛城勝俊が最後のカードを切ります。

※以下、小説より一部抜粋

…………

「君を殺す気はなかったよ」葛城勝俊はいった。

「なぜなら殺す必要がないからだ。君は警察に捕まらないかぎり本当のことを誰にも話はしないだろう。そして君が捕まる心配はない。なぜなら我々が庇うからだ。君が決して犯人ではない証拠など、被害者という立場を利用すれば、いくらでも作り出せるからね。もちろんそれには、君が完璧にゲームをやり通すという条件が必要だった。もはやいうまでもなく、君はそれをやり遂げた」

「僕を犯人に仕立て上げる必要がないのなら、どうして僕の痕跡が横須賀に残るように細工したんですか」

「ひとつには君の弱みをつかんでおく必要があった。いつでも君が犯人だと示せる証拠をね。だが何より私が欲しかったのは犯人の痕跡だ。誘拐が狂言であることは絶対にばれてはならない。犯人が必ず存在すると示すには、実際に犯人に動いてもらうしかない」

「では、さっきはどうして僕を眠らせたんですか」

葛城勝俊はにやりと笑った。この質問を待っていた、というような表情だった。

「眠ったら殺されると思ったかね」

「正直いいますと」

「だろうね。だからこそ君は最後の力を振り絞って切り札を出した。私が見たかったのはまさにそれだ。君が最後に出すカードだったのだよ」

おれはふっと息を吐いた。

「こっちの手の内を見ておきたかったわけですか」

「ゲームは終わりだよ。しかし勝負はまだついていない。私の持ち札はすべて見せた。後は君がどんな札を持っているかだった」

葛城勝俊がまたパソコンに目をやった。それでつられておれも後ろを振り返った。パソコンのモニターを見た。

一枚の写真がそこには映し出されている。写真の場所がこの部屋であることは誰の目にも明らかだろう。

樹里と名乗っていた頃の千春が、おれのために作った料理を、トレイに載せて運んでいた。

<おわり>

 

補足

佐久間の撮った写真は「佐久間が樹里を誘拐した」というストーリーを絶対的に否定しています。それは狂言誘拐の証拠でもありましたが、同時に、樹里殺人の容疑ついて佐久間の身の潔白を示す証拠にもなっていました。

ゲームの勝敗は(佐久間にちょっとおまけして)引き分け、といったところでしょうか。

ぱんだ
ぱんだ
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まとめ

今回は東野圭吾『ゲームの名は誘拐』のあらすじネタバレ解説をお届けしました。

私怨から三億円の狂言誘拐を仕掛ける佐久間と、その計画を利用して娘の殺人を揉み消そうとした葛城勝俊。そしてある意味、一番とんでもないやつだった千春。

この物語には悪人しか登場しません。まるで「狐と狸の化かし合い」です。

騙しだまされの駆け引きが大好物なわたしとしては、なにか裏があると察しながらも伏線だらけで全貌の見えない序盤中盤、驚くべき真相とどんでん返しの終盤、ずっと楽しんで読むことができました。

これから読まれる方においては、ぜひ千春のふるまいにご注目ください。彼女の名女優っぷり、結末での身の変わりようには唖然とさせられるに違いありません。

悪人と悪人の頭脳戦、大満足な一冊でした。

 

ドラマ情報

キャスト

亀梨和也(佐久間駿介)

放送日

2024年6月放送・配信スタート(WOWOW 全4回)

ぱんだ
ぱんだ
またね!


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